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#54 エクササイズ、トレーニングの楽しさとは ①/橋本 隆正さん、日高 菜穂さん
2025-09-15 23:18

#54 エクササイズ、トレーニングの楽しさとは ①/橋本 隆正さん、日高 菜穂さん

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橋本 隆正さん、日高 菜穂さんをお招きして、「エクササイズ、トレーニングの楽しさとは 何か」について話しています。


今回は主にお二人がランニングを始めたきっかけやこれまでに印象に残っている大会の話をしています。


はっしーさんがランニングを始めたきっかけ/サブエガを目指していた経緯/コロナをきっかけにスパルタンレースに出会う/スパルタンレースからのHYROX(ハイロックス)/なほさんは東京マラソン初エントリーが見事当選/2024年のつくばでサブフォー達成/お二人ともキックボクシングが趣味/はっしーさんは初フル5時間台から順調にタイムを伸ばし、2時間50分台を達成/なほさんのペーサーについていく作戦


『ワーク・ライフ・ラン』

これからの時代を健康的に、そして前向きに生きるためのヒントや問いをお届けする番組です。仕事(ワーク)、日々の生活(ライフ)、ランニング(ラン)をテーマに話しています。


パーソナリティ

宮﨑晃(Miyazaki Akira)

⁠⁠⁠株式会社actenable⁠⁠⁠


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感想

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00:03
ワーク・ライフ・ラン。こんにちは。 株式会社アクテナブルの宮崎 アキラです。
この番組は、仕事のワーク、日々の生活のライフ、 ラーニングのランを中心に、毎回テーマを変えながら、
時にはゲストをお招きして、これからの時代を健康的に前向きに生きるための ヒントや問いをお届けする番組です。
今回は、ゲストをお招きしての対談会です。 それではお聞きください。
はい、ワーク・ライフ・ランです。 今回は、ゲストの方をお招きしてのトーク会です。
今回のゲストは、橋本高政さん、木高菜穂さんです。 よろしくお願いします。
早速なんですけども、橋本高政さんの方から、 簡単に自己紹介をお願いいたします。
はい、橋本高政です。出身は山口県です。
山口県で、高校時代までは山口で、大学から東京に来ました。
仕事は、去年転職しまして、28年間一社でずっと勤めていました。
仕事は、内容はシステムインテグレーション、 システム開発会社ですね。
そこでしばらくやって、去年思い立って転職して、 全然別業界、半導体の製造業界なんですけども、そちらに転職しまして、
ただ、仕事の内容はITなので、あまり変わっていないところはあります。
はい、簡単ですが、自己紹介以上です。
ありがとうございます。 じゃあ、日高菜穂さん、簡単に自己紹介をお願いいたします。
はい、日高菜穂と申します。
私は、家族構成は夫と小6の息子と犬の3人家族で、
扶養内で、週に2、3回パンが好きなので、パン屋さんで働いています。
以上です。
家族構成か。
いや、ほんとに話すことないから。
妻と娘がいます。
ありがとうございます。
ありがとうございます。
ハッシーさんと菜穂さんって私呼んでまして、
お二人、辻風アスリートクラブで一緒に日々練習している仲ということで、
なので、今日はそのハンドルネームで、 ハッシーさん、菜穂さんとお呼びしたいと思います。
お二人の繋がりは、本当に辻風で練習をさせていただいているんですけども、
今日はですね、ランニングの話もしたいと思うんですけども、
お二人ともそれ以外に趣味というか、日々やられているスポーツがあるということで、
それが結構ですね、何て言うんですか。
ハード系って言うんですかね。
なので、その話も聞いてみたいなと思っています。
03:03
まず最初に、ランニングの話からちょっとしていきたいなと思ってまして、
ランニングを始めたきっかけとかですね、
今までに印象に残っている大会とかイベントなんかがあれば、
少し振り返ってみたいなと思っています。
ハッシーさん、ランニングライフ、カップを振り返ってどんな感じだったんでしょうか。
始めたきっかけは、今から20年弱前ぐらいですかね。
もともと格闘技をやっていて、
キックボクシングとかボクシングを習っていたんですけど、
会社の同僚で同じように格闘技をやっている人がいて、
その人は空手だったんですけど、
二人で一緒に稽古していました。
ロードワークですよね。
ランのきっかけは、格闘家ってよくロードワークするじゃないですか。
ちょっとそれを真似してみて、
二人で走っていたんですけど、そろそろ大会に出ようぜみたいになって、
最初は駅伝とか短い距離を走っていたんですけど、
フルマラソンも経験しておこうみたいな流れになって、
僕は初フルが2009年ですね。
その当時はランの仲間が全然いなくて、
いわゆるその月間何百キロ走っているぜみたいな情報交換とかは全くなくて、
ほとんど僕は練習しなかったんですよ。
練習せずに大会に向けた付け置き場の距離を稼いで、
やっぱり怪我をしてですね、
2009年の初フルの時は足怪我した状態で走って散々でした。
その時はタイムは5時間以上かかりましたね。
25キロ走って15キロ歩いたっていうのをよく覚えてるんですけど、
今は富士山マラソンという名前ですけど、
その当時は川口湖マラソンという名前です。
あの時7時スタートでめっちゃ寒かったんですよね。
ただ嫌な思い出はすぐ忘れて、
割とすんなりランライフに入っていけたと思っていて、
しばらくそんな感じで走っていたんですけど、
2011年の東京マラソンを当選して、そこで初めてサブフォー。
そこからランの繋がりができ始めて、
やっぱり情報交換して、
月何百キロ走ってるぜみたいなことを聞いて、
今は年間で200キロとか300キロとかそんな感じだったんですよ。
月間じゃなくて年間でね。
そこからみんなこんなに走ってるんだと思って、
ランニングを習慣に続けるようになりましたね。
サブフォーして、そこからサブスリーに向けて、
計画立てで練習して、
06:02
足踏みしましたけども、
2015年の12月の湘南国際マラソン、
ここで初めてサブスリーしました。
湘南国際のコースってあんまり好きじゃないんですけどね。
そこで頑張ってみて。
そこからもう少しラン続けてみようかということで、
サブ映画2時間50分切りを目指す旅が始まったわけですね。
しばらく月間400キロとか500キロとか走ったり、
その頃僕は辻風に入部したのが2017年。
そこから毎週火曜日のスピード練習を始めて、
着々と力をついてきたんですけども、なかなかサブ映画ができず。
2019年の筑波マラソンが僕のパーソナルベストなんですけど、
そこは2時間50分51秒。
すごいですね。
ベストを狙ってなかったんですよ。
体調も良くなくて、天気もあまり良くなかったんですけど、
そういう時に限って良いタイムが出るんですね。
狙ってた大会は全然駄目だったので、力が入りすぎて。
力抜いた大会でベストが出たような感じ。
じゃあ次の大会で絵ができるんじゃないかと思って、
望んだんですけど、例のコロナですね。
コロナが流行りだして大会がのきなみ中止になって、
2時間50分が2019年の11月で、
そろそろコロナが始まる時期ですよね。
3ヶ月後くらいの静岡マラソンに焦点を合わせてたんですけど、
中止になりましたと。
挫折しましてね。
しばらくサブ映画を諦められなかったので、
練習会も出てたし、調子良かったんですけど、
何か切れたような感じもして。
そんな時にスパルタンレースを始めたきっかけというか、
誰から教えてもらったか忘れたんですけど、
スパルタンレースの存在を知って、
なぜかというと、コロナの時でも
スパルタンレースはその大会だけはやってたんですね。
そうなんですか?
そうなんですよ。
2020年の真っ只中でもやってて、
なんじゃこりゃと思ってちょっと出てみようかなみたいなことで始めました。
スパルタンレースって簡単に言うと障害物レースです。
距離は走るのは走るんです。
距離は5キロと10キロと21キロとか、
いろんなバリエーションがあって走るは走る。
しかもロードじゃなくてトレイルのコースなんですよ。
21キロはガーライザワ、スキー場のゲレンデを夏場開放して
09:04
上ったり下ったりで、かなりすごいんです。
21キロで累積標高が1900メートルぐらい。
富士登山競走の5号目よりも累積が多いんですよ。
結構辛くて。
走りながらポイントポイントで障害物がある感じで、
障害物の種類は壁登ったり重い物を持って歩いたり、
運転とかぶら下がり系もありますし、
高いところに登っているやつもあるし、
いろいろフェイスブックに載せるんですけど、
映える感じ、写真映えはするようなレースです。
そこからスパルタンレースも10回ぐらい出たんで、
そろそろ飽きてきたなってころに、
スパルタンレースやってる人から
ハイロクスっていう競技あるぞって聞いて、
結構似たような感じでもあるんですけど、
スパルタンレースは、ちょっと語弊ありますけど、
アドベンチャーじゃないけど、
そういう感じの要素もあって、
障害物クリアしなくても、
ペナルティーのバーピーとかシャトルランテン、
200mぐらい走るんですけど、
ペナルティーをやれば次の障害物のポイントに行けるんですけど、
ハイロクスはペナルティーとかなくて、
クリアできなかった、そこでゲームオーバーなんですね。
結構スパルタンやってる人たちも、
それに燃えてる人たちが多くて、
ちょっとやってみようぜ、みたいになりました。
スパルタンもそうですけど、
ハイロクスも走る距離がそれなりにあって、
ランナー有利かなっていう面もあるんですけども、
ハイロクスは障害物というよりワークアウトですね。
クロスフィットのワークアウト。
これも重いものを押して進んだりだとか、
バーピーやって前にジャンプして何メートルも移動したりとか、
筋トレですよね、筋トレみたいなワークアウトも。
なのでクロスフィットの世界から流れてくる人もいるような競技なんですね。
そんな感じでちょっといろいろ、
ランだけじゃなくて浮気をしながら。
ただスパルタンもハイロクスもランはあるぞということで、
一応ランニングはずっと継続してつなげているような感じですね。
ありがとうございます。
すごいキャリアというか、どこから振り返るか分からないんですけども、
12:00
そもそもランが浮気だったんじゃないですか、
キックボクシングの空手を始めて。
30代の頃は確かに格闘技にハマりました。
テレビでもいろいろK-1とかプライドとかやってたんで、
確かに僕が30代の頃って2000年代なんですけど、
格闘技流行ってた時期でもあったんですよ。
だから生活もそれが中心になってた感じはありますね。
ただボクシングやっててもシャドーは上手いんですけど、
スパーリングは弱いっていう致命的な結果があって。
やっぱり練習しても、
多分格闘技って練習しなくても、
こういう言い方はあまり良くないけど、
ケンカが強いやつの方が強いんですよ。
なので僕はその面で弱いから、あまり才能ないなって思って、
そこからランにシフトしたような感じです。
なるほど。
ケンカが強い。
なるほどね。
やっぱり格闘技ってやったことないからね。
技は磨いても全然意味なかった。
そういうことですか。ありがとうございます。
ハッシーさんの話、これからいくらでも聞けそうなので、
止まらなくなりそうなので、
なおさんの話もまたスイッチしていこうかなと思うんですけど、
なおさんがランリーズを始めたきっかけとか、
一緒に残っているイベントとかあれば教えてください。
私はただ適当に走っているのをラン歴と呼んで良ければ、
7,8年はラン歴は実はあって、
もともとパンがめちゃめちゃ好きで、
お酒も大好きなので、
それを消化するために運動しなくちゃと思って、
ロード走ったりとか、
たまにハーフマラソンぐらいは出たりしていたんですけれども、
そんな中で2020年に初めて東京マラソンに応募してみたら、
1回目で当たって、
それでフルマラソン走ってみようかなって思ったのが、
ちゃんと練習するようになったきっかけです。
でもコロナになってしまったので、
その後2回ぐらい延期になってしまって、
結局出たのは2022年、2年後に
縮小開催された時に出たんですけれども、
あまりガーミンも持っていなかったですし、
タイムのこととかサブフォーという言葉も知らなかったので、
なんとなく走ったけど、
4時間12、3分ぐらいだったのがフルの初めての結果でした。
またその後フル走れるようになったからと思って、
またゆるランに戻ってたんですけれども、
15:00
きっかけがあって、
皆さんと一緒の辻風に入れてもらって、
それが大体2年前ぐらいなんですけれども、
それでちゃんと練習するということの大切さを知って、
はじめはずっとDグループの皆さんにいろいろ教えてもらったり、
闇練に行って、ゆっくりと頑張り続けて、
そうするとみんながレースに出始めているので、
何か入れなくちゃと思って、
霞ヶ浦だったり、去年なんですけど、
霞ヶ浦、三藤、仙台、筑波に申し込みをしました。
茨城を攻めてますね。
お酒の勢いでクリックしちゃったというのも実際あるんですけれども、
でも1ヶ月に三藤、仙台、筑波は3本ぐらいフルがあったので、
すごいハードな時期だったんですね。
途中で自分の不注意で親指の爪を、指を骨折してしまったりとか、
いろいろあったんですけれども、
筑波でサブ4をすることができたので、
私にとっての一番思い出に残っている大会も筑波かなと思ってます。
ありがとうございます。
ランニング以外のスポーツは何かされているんですか?
ランニング以外は、キックボクシングを6年ぐらいずっと通っていて、
それともうちょっと前ぐらいからジムで、
はじめはトレーナーみたいな人に教えてもらったりしながら、
筋トレもずっとしていて、
ジムだとトレッドミルで走ったりもしてたんですけれども、
他のスポーツと言ったらそのぐらいですかね。
キックボクシングは本当にハッシーさんと同じあれですね。
同じ趣味ですね。
同じ趣味です。
ハッシーさんは、
ありがとうございます。
ハッシーさんはキックボクシングのロードワークで
ランニングを始めて、
ランもハマっていったんですよね。
ナポさんはそういうわけじゃないんですか?
キックボクシングから走り出したわけじゃなくて。
そうですね。
キックボクシングから走り出したわけではないですよ。
その前から走ってたんですか?
その前からちょこちょこ。
でもそれは自分の食べたものの消化のためですね。
基本は一人で走ったんですか?
それともランニングの仲間の方と一緒に走ってたんですか?
一人で走っていました。
ジムとか、あとは近所とか。
たまに駅伝みたいなやつに誘われたら、
幼稚園の時の子供のママ友とかと出たりはしてたかもしれません。
18:00
ハッシーさんが最初のフル5時間で、
その前にもうちょっと怪我があって、
でも出てみてということなんですよね。
そこでやめなかったというか、
でもまたやってみようと思ったんですね。
怪我して走った?
走り終わった後に。
そうですね。
まあ何でしょうね。
辛いことすぐ忘れちゃいますね、僕ね。
やっぱりその流行り者に乗っかるわけじゃないんですけど、
2009年、10年その辺りから、東京マラソンも2007年に始まって、
あとは川内選手とかそういう人たちがメディアに出始めて、
マラソンもだんだん流行りだした時期かなと思ってですね。
そこのムーブに乗って、周りも走ってる人も増え始めたので、
流れで続けた感じですかね。
その後、2011年にサブ4されるまでは基本一人で走ったんですか?
はい。2011年までは格闘技の先輩、同僚と少人数。
2011年の東京マラソンあたりから、
ランニングサークルの募集とかに自分で入ってみて、
だんだん仲間ができて、これは辻風入る前なんですけどね。
そういったランニングを始めた仲間と一緒に練習したりだとか、
それが楽しくなって、飲みも楽しくなって、みたいな感じで続けた感じですね。
すごいですね。それでも順調に15年にはサブ3達成して。
その時期は本当に順調だったんです。
毎年PP更新して、しかもフルもハーフも10キロも5キロもって感じで。
サブ3を達成した大会は何でしたっけ?
2015年の湘南国際。
そうですね。ごめんなさい、失礼しました。
自己ベースとか2時間50分、51秒。
ほぼサブ映画じゃないですか。
サブ映画ですね。
50秒がなかなか切れないんですよ、これがまた。
狙ってない時に1体抜けるの、本当にあれある。
分かりますよね。力が抜けてたぶん。
力が入りすぎると前半突っ込んで後半持たないっていうパターンを繰り返してたんですけど、
その時はほぼイーブンペースでしたね。
最後までキロ4分何秒だ?5秒とかそれぐらいで最後まで行きましたね。
那歩さんの筑波のサブ4は狙ってたんですか?
かなり狙っていました。
そのために生きていたと言っているくらい狙っていて、
私はガーミンがうまく使えないので、その前の仙台は4時間28秒だったんですね。
21:03
自分でも達成したかどうかもよく分からないままにゴールしちゃったんですけど、
やっぱりちょっと惜しいみたいな感じの大会だったので、次こそはと思って、
筑波は早めに並んで、ペーサーの後ろにずっといました。
なので自分のガーミンを頼らなくても達成することができました。
ずっと最後にペーサーについていかれたんですか?
ペーサーを抜いて、そのより前にいたら絶対大丈夫だと思ったので、
追い越されたら追い抜くみたいなのをずっとやっていたんですけど、
32キロぐらいでペーサーの人が、あと2キロ頑張ったら見えてくるよみたいなことを隣でつぶやいてくれて、
その時結構心が折れていたので、そういうふうに声をかけてもらったから、
そこの2キロをまた越えたから最後まで走り抜けたっていうのもあったかなって思いました。
でもその次の名古屋でまた4時間1分だったんですけど。
そうすると初フルが東京の2022年で、それでも4時間12分なんですよね。
そうなんです。それは別に何も考えていなかったんですけど、
でもその時の限界だったと思います。
しばらく足が痛くて病院とか行ってましたね。頑張りすぎて。
頑張ったしきったんですね。
そうなんです。多分体の使い方とか何の練習もしていないので、
多分変に足を痛めていたんだと思うんですよね。
今回もご視聴ありがとうございました。
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皆様からの声が番組継続の力になります。
それでは良い一日をお過ごしください。
また次回お会いしましょう。
23:18

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