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ワーク・ライフ・ランこんにちは、株式会社 アクテナブルの宮崎アキラです。
さて、今回もですね、後藤先生、所さんとですね、グッドビジネス、働き手にとってのグッドビジネスは何かっていう話をしていこうと思ってまして、
今回3回目で、一旦最終回にしたいと思っているので、無事着地できるといいんですけども、
前回から続き話していこうと思います。
それで、今の時代、令和の時代なので、まさに今、企業はですね、
働きがいと社会貢献と経済的利益、この3つで優先順位があるとすれば、
今はどれが一番優先順位に高そうで、どれも大事だと思うんですけど、
というのが、ご意見聞いてみたいなと思っているんですけど、
じゃあまたここも所さんのお勤めの会社は、感覚でいいと思うんですけど、
会社として社員の働きがいとか、あと社会貢献とか、経済的利益っていうのと、どのあたり特に強調されているとかありますか?
言い方が難しいんですけど、場面場面によるという感じですよね。
当然会社なんで持続可能にしていくためには、利益、続けるレベルの利益を上げていかなきゃいけないし、
人がちゃんとそこに勤めてくれるためには、働きが重要だし、
特に社会的貢献っていうのも、それは対投資家もあるし、働きに来る人もそういうところをちゃんとやっている会社化っていうのは、
より見られていく時代にはなっていると思うので、どれも重要ってなっちゃうんですけど、
その、どういうために、誰向けに説明しているかによって、その時強調しているところは変わってきているなっていう気がします。
受け取る相手によってやっぱり文脈が変わるってことですよね。
そうですね。2枚舌、3枚舌とかいうわけではなくて、相手が一番求めている聞きたいことに合わせてそこを強調して、
話したり、見せてたりっていうところはあると思います。どれも重視はしているなという。
そうしてみれば。
3つ全部大事にしているってことですね。
ありがとうございます。
後藤先生はいかがですか?
僕はね、今所さんの話を伺っていて、
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やっぱり組織を継続させるために、いろいろな配慮をしながら、
実際に奮闘されている方だなという印象を受けたんですね。だからこそ、パチパチパチッと、はぎれよく、人事のように語れていないんですね。
やっぱり、一言一言が重いなと思いながら伺っていて。
逆に言ったら変なんですけど、僕の役職が今、会社の中ではなくなっているので、
本当にどこかの本とかニュースとかに書いてある通りなんですけど、仕事が楽しくなるわけですよ。
今の所さんのいろんなプレッシャーを抱えながらとはまた別な感覚ができてくるんですよ。
具体的に言うと、今ホーム的な役割をやっているので、各現場の人たちと話す機会が多いでしょう。
若い人も多いし、マネージャーもいるし。そういういろんなことを聞きながら、こういうこともあり得るんじゃないかと。
いや、それ難しいんですよ。ああ、そうか。こうはどう?みたいなことを、役に立っている実感が溢れているんですよ。
それを実感で感じられるって、すごく健康に良いですよね。まず精神的に健康に良いということが一つ。
あともう一つは、これちょっとまた視点が違っちゃうんですけど、例えば宝くじで1000億円当たったら明日から会社に行きますかっていう問いを自分に投げかけた時に、
今の自分は行きたいっていうことになるんですよ。
なんでかというと、そこには役に立たせてもらっているという実感があったり、それから仲間と年齢の全然違う仲間と映画研究会を作って、ああ、映画面白かったよねって話す機会があったり、
それからちょっとエレベーターの中で最近元気ないじゃんみたいなことを言った、初めて話しかけるもう30歳くらいした社員が、いや実はなんて言って、いろいろありましてみたいな話を聞いて、
飯でも行くみたいな、ちょっと飯を食うだけですよ。ずっと話すわけじゃない。そんな話があり、あるいは勉強会をやろうかみたいな感じで一緒に勉強会をやったり、
これってお金に換算できないなってことに気づくんですよ。1000億円でこれ作れるって言ったら、いやいやいや、お金じゃ作れませんぜっていう世界がそこにあって、これ本当に恵まれてるっていうのもあるんですけれど、
何か働くっていうことの大事な一部分に、この年になってちょっと触れることができた感じがしてるんですね。これは全く自分の感覚で、組織を担っている所さんとはちょっと違って、こうなるんですけれども、そうするともうやりたい放題観点が出てきちゃって、
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例えば、何らかの会社で、会社がずるいことやっちゃダメですよ。何らかの形で利益が出て、お客様から限界以上のお金を預かって、来年も続けてくれよ、次も頼むよっていう期待を込めて利益を出させてもらっている会社である以上、十分な社会貢献じゃないかと。
アマゾンなんてあるだけの社会貢献じゃないですか。どんな会社だってあるだけの社会貢献である可能性は極めて高いなという風に感じていて、そこに自分が役に立っているっていう実感をうまく自分の職場の中でもてて、
さらに、自分がどの水準で給料をもらうかっていうこととの関わりバランスですけれども、自分はこれ十分だって言い方も変ですけどね。この給料で頑張るんだと。
多くの会社員ってそうじゃないですか。独立して何億円何十億円という利益を求める人もいれば、全然悪いことじゃないし、言っても2倍も違わないみたいな世界の中でいいんだと。
その人の高い能力の人はもっと我慢している可能性もあるんですけど、自分が決めた給水準で働くと。ここら辺が全部バランスして、給料のところで例えば昔だったら上に上にって狙っているところを、あるところでこんな水準かなって思った瞬間に考えることがいっぱいできてくるんですよね。
ある前提をきちっと決めて、その中で例えば子どもたち家族あるいは仲間、そういう仕事以外の部分で最大限自分を幸せにしみんなを幸せにするには何ができるんだって考えると、じゃあ高級料理店にずっと行くことが、別にそれはできませんからそもそもと。
じゃあ安いところでもいいから家族との会食を増やしたり、じゃあ家でちっちゃい子のために積み木買ってきて一緒にやるかみたいな大喜びだと。出来上がった瞬間にそのちっちゃい子が走ってきてキックして潰して、何やってんだーって言って。
この時間は会社で残業していくらいくら儲けるよりも貴重な時間かもねとか、自分を取り戻すいいきっかけになる可能性があるんですよね。
働いて働いてとにかく給与給与って思わなくなった瞬間に。じゃあどんどんお金を働いて得ていこう、転職してもらって得ていこうということが悪いことかって言ったら、それも全然悪いことじゃない。悪いことじゃないし、本当にいろいろな価値観を許容できるし、
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給与は必ず一定水準以上ということですけどね。本当に苦しい人もいるから経験には言えないんですけれども、そこに戻ってくる。結局働きがいは自分自身との向き合いになっていくので、会社という環境だけでは語れないし、一方で会社側にとってもこれは個人だけの問題だから個人だけに任せるというわけにもいかない。
もっと会社という組織を体現する一人一人の上長であったり、同僚であったりがやっぱり仲間を見ていく。そういう環境が作れれば作れるほど、キーワードである社会貢献や経済利益働き会がバランスよく自分で納得できていく。そんな気はしますね。双方の努力が必要みたいな。
いつも抽象的な言い方になっちゃうんですけど。
今日の一つの答えとして、働きがいは自分自身との向き合いというのが、後藤先生からいただいた一つの答えな気がしていました。
人と比べちゃう生き物じゃないですかね。人間って。そこで苦しむところもありますよね。
そうですね。
今の後藤先生の話は、本当にもう自分の中の話ですもんね。
時代的な変遷と、人と比べると、自分は入社した頃ってやっぱり同期とかと比べて、どうったらすごい気になり気にしちゃってて、今思うと。
だんだん自分自身の経験年数と時代の変化もあって、今は令和の時代の人たちを見てて、そういう感覚は、自分が平成以降になっちゃいますけどね。昭和からがちょっとわからないんですけど。
感覚って、教育時代を含めて減ってきてて、もともと多様個性みたいなのが、当たり前っていうのが増えてきてる感じで、感覚的には薄れていってるんだろうなっていう気はしますね。時代を振り返ると。
社会は競争だっていう感覚ではないってことですよね。
そう。それも一つの価値観としてはあるんだけど、それだけじゃない。自分はどこを大事にするのみたいなのはそれぞれが持ってるっていう。
その中で働きがい、働きがいっていうか生きがいに近い、働いてる時間以外も含めて、どういう過ごし方をして、どういうコミュニティに属して、そこの自分の幸せを感じていくかみたいなのは、まさに自分自身との向き合いっていうところでそれぞれ。
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自分も今そう思うし、今の令和の時代に入社してくる人、見てもそれぞれあるんだろうなという、そこはちょっと推測含めてですね。
話を僕も感じて、昔は競争があったじゃないですか。
先ほど私、初回の回で、甲子園みたいなチームみたいな、昭和の一連卓賞みたいな話はしましたが、実際にその中にいる人間は常に同僚だったりとの競争感覚。
あいつに負けないとか、スポーツの競争じゃなくて、不安でしょうがないっていう、自分がみんなと比べて落ちていくことが。
だからできるだけ最前線で頑張る。だんだん人間が少なくなってくるんだけど、子会社とかに行ったりするんだけど、ただその軸になっているのは、もしかすると不安だったり競争だったりを会社の原動力にしているような、実はややずるいと言っちゃうんだけど、そういうエンジンの仕組みがあったかもしれないっていうのは今思いますね。
あれだけ一連卓賞でみんな仲良かったら、何にもしなくなっちゃうでしょみたいなね。
まあまあそうです。
そこだけだとそうですよね。仲良しクラブなわけではないわけです。
そこははっきりあったような気がしますね。いてもたってもいられないようなところ。
それを今の時代で、あるそういうような見えない仕組みがあり、それをみんな分かっているんだっていう前提で上の人が発言したりすると、えらくピント外れの発言に聞こえてしまって。
もうちょっとみんなにも会社にどう貢献するか考えてほしいけど、会社だってみんなにどう貢献するか考えてるんだよぐらいから始めた方がしっくりきますよね。
そうですよね。
そういう意味では昭和とはずいぶん変わってきたなっていうのが、おっしゃっていたこと同じですよね。
話また外れちゃうんですけど、コンフォータブルゾーンを求めすぎるのってリスクでもあるっていうか、変化に弱くなっちゃうと思ってるんですよ。
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職場でみんな快適さを求めると思うんですね。人間の政治現象的に。
ただそれを提供し続けると逆に弱くなるって言ったら言い方が合ってないと思うんですけど、競争とかにも適応しづらくなるし、変化にも対応しづらくなっちゃうかなとは思ってまして。
コンフォータブルゾーンをどこまで求めてるのか、提供してあげるのかっていうところのバランスってどうなんだろうなって聞いてて。
今その話を伺って思い出したのは、登山家で植村直美さんっていう単独校でね、マッキンゲンじゃなくなっちゃいますけど、
その方が国際的に有名なアルピストたちと一緒に登山をしたという話を思い出したんです。
実はプロ中のプロが一緒になって登山する。
その一つのエピソードがあって、若い人だったかな、その人がみんな荷物を分担して持つ中に食料を持っていたと。
で、岸壁に張り付いてたのかな。で、その人が半分の食料を落っころしちゃうんですよ。
そうすると毎日食べる量が事実上半分になった。
その時は周りの人たちがどんな反応をするかというと、極めて事務的に反応するんです。
半分落っこったかと。じゃあそれは半分に分けてこうやってこうやってこうやってと。
それ以上でも以下でもない。なぜならばみんなプロだから、いちいち感情を出す必要がないところは意味がないんですよね。
で、その話を今思い出して、なぜ思い出したかというと、業務は業務でそうやってるんですよ、おそらく。
業務は業務でそうやってるんですけれど、その人たちはもうプロ中のプロだから何をやっていいか分かってる。
自立した人たちなんで、映像で撮るとそういうような発言になるし、なってくるんだろうけれども。
実際の職場では未経験なこともたくさん、未体験なことも起こるし、常に今何があった何があったっていうのは言いながら、
まさしくサッカーみたいにごちゃごちゃしながら月何があるか分からない中で動いていかなきゃいけない。
そうするとコミュニケーションは常にしていかなきゃいけない。コミュニケーションルートは熱くしてパイプを熱くしなきゃいけない。
そういうことをやりながらその人たちに何やってるのって言ったらやっぱり岩壁を登ってるんですよね。
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非常に厳しいことをやってる。だからこそそういうコミュニケーションを取りながら進んでいく。
これは今何を申し上げようとしたかというと、昭和時代のような家族を犠牲にしてでもやれみたいなそういう厳しさではない。
それはもうナンセンスだ。
それがなかったからといって、今の時代で逆にコンフォートブルゾーンから抜け出せていないのかというと、
非常に難しいミッションがあり、難易度の高い業務があって、それを何とかしなきゃいけない。
しかもそれはチームで戦っていかなきゃいけない。
そういう時に本当に大変だったらやめちゃうって人も出るかもしれないし、
あるいはこれは自分の望むところじゃない。なぜならば非常に変なストレスがかかる。仕事のストレス以外のものね。
そういうことがあったらやめちゃうって人がいるかもしれない。
ただその岩壁を登ろうとするのは、さっきの上村さんの話に戻ると、一人一人登ることに価値を満たしてるんですね。
これをやった方がいいんだと。
その価値をみんなが会社の中でも持てればいいわけですよね。
会社の場合は山じゃないから、みんなでも持ってるなって実感もあるし、
必要なコミュニケーション、これ道具ですよね。ちゃんとコミュニケーションというツールも機能している。
しかも自分が単なる道具じゃなくて、会社がいいところに行くための道具なんじゃなくて、自分の価値もちゃんと分かられてる。
そんなような体制があって、非常に難しいことにチャレンジしていける。みんなで登っていける。
これをすごく短く言うと、前よりも非常に人間的に良いコミュニケーションができていたとしても、
それと厳しいミッションをやるかやらないかっていうのは別のことのような気がするんですね。
さっきのサッカーの例で言うと、ワールドカップに出ている日本チームであればこそ、すごくコミュニケーションが困っていて、
怒る時もあるけれど、やっぱり信頼関係はそこで結ばれている。
ちょっとイメージの話になっちゃって恐縮なんですけれども、そういうことは感じましたね。
登ることに価値を見出すから、あえて今後ダブルゾーンから外れていくわけですかね。厳しい環境。
これは僕の感覚なんですけど、仕事ってそもそもみんな厳しいものばかりだから、楽な仕事はない前提でね。
その楽な仕事じゃない仕事をどうやるかっていうので、今みたいなさっきの仲間との…
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そもそも楽じゃない仕事をいかに楽しむかって言ったらあれですけど、
それを意味のあるものにしていく。
僕は今さっき最初に話をさせていただいた、ホーム業務でみんなでやりながら
ここはある意味ね、苦しい登山の中のポッと出た休憩場所みたいな感じでご褒美かもしれないと思いますよ。
じゃあ責任はどこにあるか。だいたい責任は現場が取るわけですよ。
そこに一緒に責任を取りたいと思っても取れないわけですよね。
だから全力ではやるんだけど、そういう感じ。
すいません、今話をちょっと…
いやいやいや、ご褒美いいですね。
所さんだから、ご褒美が…ご褒美どうですか、仕事をしてて。
そういう意味だと、大きなご褒美ってなかなかいろんな制約というか役割がある中で難しい時間帯が多くて、
ただその中での自分がご褒美と感じられるちょっとずつのことは感じながら、
あるいは感じられるようにしようというのがあるし、
やっぱり自分にとってそれがご褒美が足りないなって思うと、
ちょっとこれは私の個人の話になりますけど、
必ずしも会社だけが人生じゃないので、それ以外のコミュニティでのご褒美を求めにいってますね。
自分の人生としては一定のご褒美らしいので、
たぶんそういうのが会社で求めにくいときは、別のところでご褒美を求めにいっているのかなと自分自身は思いました。
なるほど。よくわかりました。
お二人ともご褒美を見つけるのが上手いんだと思います。すごく。
やっぱり話を聞いていても、結局仕事って歯車の一部でもあるわけじゃないですか。
本当にそれが意味があるのかというのは手触りがない仕事もたくさんあると思うんですよね。
でもその中でも、今日の話を聞いていると、
すごいそこに価値を価値化するというか、楽しさを見つけるのがお二人すごく上手いんだなと聞いて思いましたね。
自分の中でうまくつなげているというのか。
それ僕、宮崎さんと徳郎さんと一緒に頑張っていても、今回も前から感じますね。
徳郎さんの話だと、別に見つけるとおっしゃったことを僕なりに解釈すると、
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会社がお二人にとっての幸せだよねとポジションが上がったとか、
会社がこれいいだろうと思っている基準じゃなくて、自分の中にご褒美基準がちゃんとあるんですよ。
後藤先生もそうですよね。宮崎さんもそうですよね。
その基準でもってみるから、会社のご褒美基準だけで右往左往しなくて済むんですよ、逆に。
預けてないんですよ、人に。人に預けちゃうと大変。
ただで再開したんだけど、部門的に上と下と挟まれながら、上の意向がすごい来た時に、
仕事イコール苦しみじゃないですけど、納得できないこととかも全部含めてね、
みんなへの説明もできないなとか含めて、苦しいことしかないわけですよ。
ただ、それでポジションを与えられたか、それが別に自分の望んだことだとも思わないし、
あくまで自分の基準はちゃんと残しておいた。最後は良かったと思いますね。
ご褒美をもらうことの条件は、ご褒美をもらった時に嬉しいと思える自分の基準があるかどうかみたいな。
確かにそれがね、前提として。
自分自身の変化で言うと、働き出した頃に、会社で言うとキャリアプラン、
人生で言うとライフプランがどれだけあったかというと、薄かったなとは思うんですね。
だんだん色々なことを考えていく中で、徐々に自分の基準みたいなものも、
ライフプランを持つってことは、どのように生きたいかみたいな基準が徐々に徐々に、
過去を振り返って何が自分の喜びだったんだろうかみたいなのを整理したり、
自分自身みたいなのを付けて振り返ってみつつ、将来どうしたいかなみたいなのをなんとなくスケッチしてみたりすると、
だんだん自分の中では、過去の経験とこれからというところが徐々に割合が変わってきて、
徐々に明確になってきている感覚はありますね。
それは定期的に過去を振り返るとかされるんですか?
それはそうですね。
わかりやすいのは年末年始のお休みとかに1年振り返って、それをまた書き出してみてとか、
自分がちょっと書いてみるようにすると自分的に整理されるのがあるので、
そういうことをやったりして、それを1年でスパンとか積み重なって、
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もう少し長いスパンでのざっくりした振り返りみたいなのをちょっと更新してみたりして、
確実にやっているのは年1回だけですけどね。
大事ですよね。
やったと思うんですね。それをやって自分というのがより分かってくるというか、
働きがいはやっぱり自分との向き合いみたいな話って、そういうところだと思うんですね。
私はちょっとより生きがいって考え、会社は一つのステージという感じで考えてますけど。
ありがとうございます。
すごくいろんな話が聞けてですね、
グッドビジネスは誰かが押し付けるものじゃないっていうのがよくわかりました。
本当に自分との向き合いであったり、自分とのご褒美、自分のご褒美の基準を作るというところがすごく大切だなと思いましたね。
じゃあちょっとそろそろ締めていこうと思う、締めに入っていこうと思うんですけども、
ちょっと感想というか、今日一言でもいいので、どうでしたかというので、感想をいただけたらなと思ってまして。
じゃあちょっとお先に、3回にわたってありがとうございます。
まず正直グッドビジネスっていう話のテーマで聞いて、何が話せるんだろうか、自分がどういう言葉を浮かんでくる、紡いでくるのかなみたいな感覚が全然持ててなかったんですけども、
まずこうやってコミュニケーションを取って、後藤先生や宮崎さんとそういうことであって、
昭和の最初の初回で昭和時代だと、ふと父親の手記の話が言葉のつながりから思い出されてきて、みたいなところから自分の言葉が出てきたり、
このコミュニケーションで振り返りつつ想像していくような機会自体がとても楽しくて、自分の喜びの軸に触れる機会だったので、
会社ではなかなか確かに今ないかなというのを感じました。本当にありがとうございました。
本当にそう言っていただいて嬉しいです。ありがとうございます。
私も本当に楽しい機会をいただいてありがとうございます。
宝くじの1000億円の話を考えてから、何でもちょっとお金に換算してみる癖がついちゃって、
例えば家の中で暗くて洗面所のドアが開いてて鏡が真っ暗でありますと見たくないなと思ったときに、
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その俗っていくらだろう?って思ったりするんですね。
映画の俗を見るために1300円払うわけです。ジャンプスキャンダルを置いて。
でもこれ本当に心底怖いわけですよ。自分がダイレクトに感じてるわけだから。
これプライスレスだよなっていう風に思うわけですね。
今回のお話もそうで、じゃあ1000億円の宝くじが当たりましたと。
その代わりこういう機会はゼロですって言われたとします。
豪華客船にも乗れるし、こういう機会はゼロですって言われたら、
我々本当に1000億円いるのかなって思っちゃうわけなんですよ。
そこがね、やっと自分なりの価値っていうものが分かってきたと。
気がついたのは15年くらい前ですけど、会社にいると楽なんですよ。
自分で価値とか考えなくても常にそこにはこういうことをやるべき目標とかいろんな価値があるから
そんなに真剣に考えなくてもやっていけちゃう。
だから向き合う機会を自ら忘れちゃうっていうのかな。
気づき出して、自分がこういう年代こういう状況になって
はたと気づいたら、なんていろんなところに価値あるものが溢れてるんだろうってことに気がついて。
今日の場もまさしくそうだったと思いますね。
昭和平成令和っていう流れの中でお話をしていて、結局自分の復讐にもなるし
自分が考えてきた軸のことにもなるし、こういう仲間がいない人になっちゃうと寂しいなって。
すいません、まとめともいえない。自分なりのまとめでした。
ありがとうございます。本当に。私もすごい楽しかったです。
話がいろんなところに展開していくのも楽しかったですし、
あとはいくつかキーワードもいただいてたと思うので、また振り返ってみて
自分のビジネスに何か活かせたらなと思ってました。
こういう機会にいろいろ話せてすごく嬉しかったので、また機会があればぜひよろしくお願いします。
ぜひよろしくお願いいたします。
では3巻にわたり、後藤圭一さん、所圭一さんとお話をさせていただきました。
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どうもありがとうございました。
ありがとうございました。