第75回上海香港ワンダフルライフ 上海駐在中のIkegamiです。
音楽の悪魔、再来。香港に駐在する若男です。 今週もよろしくお願いします。
この番組は上海と香港に駐在しているIkegamiと若男の2人が、現地の文化や生活の模様を発信するポッドキャストでーす。
はい。イェーイ! カットインしてきたねー。
音楽の悪魔が。悪魔だから仕方ない。 コントロールできない。
コントロールできない。人間じゃないから。 またゲストでお呼びいただきました。カタクラです。よろしくお願いします。
はい、よろしくお願いします。 4月4日です、今日は。
はい。 前回カタクラ来てくれたの、いつだっけあれは?
第何回? もう、え、いつだろう?今年だったっけ? 結構前だよね。 結構前だね。
あの、チェンソーマンのアニメが始まってほどない頃だったんじゃないかな。 じゃあ去年か? 去年かもね。
第62回だから、10月17日ですね。 もうそんなか。 結構前だね。半年近く前だ。
半年か、早いな。 また呼んでいただいてありがとうございます。30代になるとさ、時間の経過が光のごとく早いよね。
いや、ほんとに。 めちゃめちゃ早いよね。 早い。
最近、音楽の悪魔的にはですね、 クリープハイプってバンドわかる? 名前だけ。
俺も。 今、若い世代に大人気のロックバンドの、なんか声をね、展示する展示会っていうのをやったりしてた。
渋谷パルコさんが主催で、毎年ね、パルコでクリープハイプをテーマにした展示会をやってるんですよ。
で、今回は第3回か4回目なんだけど、今回はこれまでビジュアルを見せたりストーリーを見せたりっていうところから、
彼らのね、声を楽しむ、ビジュアルじゃなくて音の展示会をやろうっていうことで、僕がディレクションで入ることになりまして。
どういうことかっていうと、入り口を開ける、なんか展示会に入ると、まずシャワールームがあるんですよ。
はい。 シャワー? そう。で、あのシャワーのね、降り注ぐ音に包まれながら、目の前にあるシャワーのノブをひねると、
水じゃなくて、こうクリープハイプの歌が降り注ぐみたいな、シャワーにちなんで。 なんと、おしゃれ。
で、廊下を進んでいくと、今度はライブハウスの扉みたいに作った扉があって、そこをちょっと開いて中を覗き聞いてみると、
彼らがリハーをしている声が聞こえてきたりとか。で、だんだんタンスを開けると声が聞こえてくるとか、
電子レンジを開けると、こうチーンって音と一緒に声が聞こえてくるとか、それぞれのロケーションにあった、
彼らのこう、曲の名シーンであったりとか、進録音源が流れるって、こう、音に包まれるみたいな展示をやりましたね。
それは、あの喋って、あとでピーってならないやつ? うん、もう公開済みですね、これは。
ああ、大丈夫なんだ。 オッケーなやつね。 そうそう、全然今回はオッケー。
で、もう、渋谷と名古屋と大阪で巡回して、展示自体はもう終わったのかな。
12月から1月までって書いてあるね。 うん、それが多分渋谷だね。
そうなんですよ。 というふうに、なんかまあ、
前回こう、より一層ね、こう、音を面白く活用するみたいなプロジェクトをやっております。
これはでも何?もともとクリープハイプ、何?どういう手でこの仕事をゲットしたの?
あのね、これ制作してるのは株式会社チョコレートさんっていう、
あの、そのコンテンツや広告を作っている会社さんが受けている仕事なんですよ。
で、僕はそのチョコレートさんにあの映画の音楽を作ったりとか、CMの音響をやったりとかでよく一緒にお世話になってて、
今回も振ってもらったっていう、その僕が何だろうね、その3D音響とか、ちょっと特殊な音の使い方をやりたがっていることは向こうも知ってたから、
それでなんか、やらしていただいたという感じですね。 チョコレートさんの下請けっていう形で。
うんうん、そうね、そうね。 すごい。
いやー面白かったよ。なんかそのやっぱ、ファンの人もさ、こう、なんていうの、ビジュアルがない状態で、その声だけに意識を集中して、
なんかこう感じるっていう体験、やっぱ新しく受け止められたようで、大変面白い展示でしたね。
それこそさ、桃黒がさ、毎年春に春の一大事と称して、各自治体に、そのなんだろう、
うちに桃黒来てくださいっていう自治体を募って、2万人とかそのぐらいの規模で、例えば小学校のグラウンドとか、
地元のグラウンドとか、そういうとこを使って、まちおこし的なイベントをやってて、
その年の自治体の市長さんが、前の年の開催地の市長さんからバトンを受け継いだりとかして、
で、やってて、それをすると桃黒のファンは、ある種、聖地になるわけよね。
去年だったら、福島のJビレッジっていう、あそこでやったりとか、
一番最初は、埼玉の富士見市っていうとこでやったんだけど、あと富山とかね、今年広島だっけな、なんかそういうのやってるんだけど、
なんかそれね、そういう感じで、人が集まるところで、何かしらみんな共通のあれが、目的があってやってると、
そういうイベントに絡めて、なんかできそうな気がするなって、今聞いてて思った。
おっしゃる通りで、なんか観光地とかもさ、そのバーチャルに音を配置できるってことは、
デジタルサイネージとかポスターとかでベタベタ装飾しなくても、イヤホンつけてただ歩いてるだけで、
そのポイントの解説が聞けたりすることもできるし、なんか、だから個人的にやりたいのは、なんかこうね、
こう3つのピースを集めると、ゴールが開かれるみたいな、ゲーム的なものもやりたいし。
でもいいね。なんか、スタンプラリー、バーチャルマンみたいな。
謎解きゲームみたいなね。
なんかそういうふうに、やっぱね。
モモクロの例で言うとさ、その、モモクロの話したいわけじゃないんだけど、無理矢理したいわけじゃないんだけど、
その、だから、ライブがある前日にみんな来て泊まって、観光して、ライブが終わったらみんな帰っちゃうから、最大一泊なんだよね、普通は。
なんか、もう一泊したら次の日、その、昨日のライブの内容に合わせて、ここに行ったらあれが聞こえるとか、
1日もう一泊2万人増やせるから、
めちゃめちゃ面白い。
経済効果がすごいなと。
いや、もう、それ企画書作って提案しておくわ。
うん。
早い。
本当にその通りだね。
なんか、その、このアプリの弱点は、やっぱりその、今、
音楽って、音そのものよりもやっぱ体験が重要になってきてる。
今、池上が言ったように、その、政治巡礼であったり、
ライブって現場に立ち会うってことがやっぱり面白いってなってきてるけど、
なんか、この、ライブの音を使って、例えばその次の日、その、ただデジタルデータを配信してライブがもう一回聞けるようじゃなくて、
なんか、街中の名所を巡りながらもう一回昨日のライブを追体験したりとか、
全部巡ると未発表の新曲が聞けるとか、なんか、面白いアイデアいろいろできそうだね。
それ、やばいね。
それ、参加できたらめっちゃ楽しいな。
やっちゃうよね、そんなね。
っていうふうに、なんかやっぱ、だからね、今、音楽を、新しい音楽を作るっていうよりは、
音楽を使ってどういう新しいことをするかっていう、
で、なんかね、これはあの、俺が常々怒っていることなんだけど、
あの、僕らがさ、中高生時代って、あの、ロックンオンとか、こう、音楽雑誌がいっぱいあったじゃないですか。
はいはい、微妙に伏せられたね。
なんか、あの辺の雑誌って、音楽レビューをすごいやってたわけよ。
その、新譜が出るたびにさ。
で、そこで、語られてた言葉っていうのが、まあ偏見かもしらんけど、例えば、例えばよ、なんか、
夏の夕暮れを思わせるM1とか、失速感のあるダンスチューンがM2とか。
その話、前もしてたね。
したっけ、したっけ、前も怒ってたね。
だから、そういうふうに、やっぱ音楽を言葉で表現するってこと自体、まずは難しいチャレンジで、
で、そういうものが表現なんだっていう文化ができちゃったから、なおさら他のこと言いづらくて、そう。
なるほど。
だから、
フォーマットができちゃった、表現に対する言語化って。
だから、歌田ヒカルが去年だっけ、新譜出したじゃん、BAD MODEが入ってるやつ。
あれのときも、俺もその、一通りネットのライターの論評とか見たんだけど、
やっぱ歌田ヒカルの生活スタイルの変化に絡めた音楽だから新しいんだとか、
なんか、子供のことを歌っ、女性が、大人の女性が歌っている子育ての歌っていうコンセプトが新しいんだみたいな、やっぱ、
言葉の世界で論評することはできるんだけど、
じゃあ音の何がそれを新しいのっていうのってね、やっぱ難しいですよ、やっぱり。
あー、それは実際のなんか、コードだったり、リズムだったりとか、そういう観点でってこと?
そうそうそうそう。
うーん、なるほど。
例えばその、参加してるミュージシャンのその音楽編歴だったり、他に活躍してる、参加してるアルバムがどういうジャンルだとか、
そうそう。
そのリズム処理とか、そのキックの入れ方、スネアの入れ方とか、
うんうん。
ねえ、そういう音色面での話とか、そういうのを聞きたいなっていう話を前回。
前回もして、同じところにまた戻ってきた。
なんか、でもなんかね、その最近その、なんか、俺がすごく音楽について面白いなって思ったのは、
先月かな、あの星野源の恋がさ、あの、なんかアイドルマスターに輸入されたって話わかる?
何それ?
アイドルマスターって音芸?
そうそうそう、アイドルマスターシリーズの音芸に、その、そのなんか、まあ、簡単に説明すると、そのアイドルたちがさ、
その歌って踊る様を鑑賞しながら、こうリズムゲームやるっていうようなゲームなんだけど、
それに、あの、判件曲として、その恋が来たんですよ。
で、可愛い女の子が、その恋の、まあ、ちょっとアレンジしたやつを歌うっていうのを見たんだけど、
俺、それを聞いてかなり衝撃を受けて、あの、星野源の曲ってね、
まあよく言われるんだけど、そのアメリカのモータウンって呼ばれるジャンルというか、レーベルの曲のスタイルをかなり受け継いでるところがあって、
そのレトロだけど新しかったり、そういうサウンドだったり、楽曲作りだったりがカッコいいんですよ、そもそも。
それが、でも、それ女の子の声で歌われたことによって、なんか改めてメロディーがすごくなんていうのかな、
そのね、あ、この曲、サウンドだけじゃなくてメロディーもこんなに聞けるんだって思って、
なんかね、翻訳されたことによって新しい魅力を僕は感じられたんですよ。
なるほど。他の人が歌うことによって、しかも伊勢が歌うことによって、曲の持ってた良さとか目新しさなのかなっていうのが際立ったと。
そうそう。まあ、その具体的な分析みたいなことには避けるけど、なんかそもそも星野源ってアイドルマスターのファンらしくて、
え、そうなの?
だから、なんかね、あ、もともとこういうアイドルソングみたいな、その覚えやすいキャッチーなメロディーっていうもの、
もしかしたら女性が歌って入るような感じってのって意識してたのかなーなんて思うと、いや、改めてあの曲カッコいいなーって思って嬉しくなった。
それは熱い話だね。
うん。あの恋のさ、サビのラララララララララって、なんか星野源が大人の男性の声で歌うと、なんかちょっとバタバタしてさ、
なんか、なんかおじ、なんか渋いおじさん、カッコいいお兄さんみたいなイメージと乖離したメロディーだなって思ってたんだけど、
あの、アイドルマスターのアイドルの中からタタタタタタタタってやると、なんか可愛いのすごく。
はいはいはいはい。
うんうんうん。
そうだね、それに近いことが起きてて、ちょっとみなさんもぜひね、リンクを貼っていただいて、聞いてほしいですね。
星野源的にも熱いよね。
うん、絶対嬉しいでしょ。
うんうんうん。
星野源だから歌えるメロディーだなと思ってたけど、あんまりおじさんぽくないでしょ、おじさんだけど。
そうだね。
先生的というか。
Aメロ、Bメロはさ、けっこうその、なんていうの、その歌いやすい、なんていうのかな、その、なんて言えばいいかな、おじさんでも歌いやすいというか。
歌謡曲っぽいというか。
そうそう、極端な徴訳がなくて、こぶしを聞かせてなめらかに歌えるんだけど、サビだけちょっと異質じゃん、あの曲、徴訳が多くて。
そうだね、カラオケで歌えなくなって追いつけなくなってる人、いそうだよね、サビになって。
それがね、その意味がわかったっていう。
だから俺はこの。
歌謡曲っぽいな、たしかに。
そうなのよ。
なんか、歌謡曲っぽいっていうのは、なんかまた話ずれるけども、あの、俺は最近あの、米津玄師がすごく好きなんですよ、今さら。
今さら良さがすごくわかったんだけど、米津玄師の曲もそうだし、なんか日本のね、ヒット曲のサビ部分だけ聞いてみると、どえんかなんですよ、みんな、メロディーが。
あー、それ俺もね、この間、あれ、ほい、違うな、あ、ごめん、違ったわ、あの、記憶が混じったんだけど、
この間、カラオケで、あの、日本人のメンバーの時にするレモンを歌ってて、で、その後、あの、米津の二世代上の方が、チェッカーズの、なんだっけな、あるじゃん、さようならなんとかみたいなやつ。
うんうんうんうん。
Aメロが完全に、よし行くぞの酒をだなと思って、聞いて。
そうなの。
なんか、日本人は、日本人やっぱそれがずっとずっと好きで、
なんか、例えばね、夜遊びとかってものすごいどえんかなメロディーだなって思うことが多くて、
あ、そうなんだ。
あの、例えば、あの、ガンダムのさ、彗星の魔女のオープニング、なんか、わかる?二人。
えっとね、いつも飛ばしてるから覚えてない。
あの、ララララララン、タッタッタッタ、ラッタラララララン、タッタッタッタッタってやつなんだけど、
それも夜遊び?
そうそう、夜遊びだよね。
夜遊びが歌ってるってのは知ってる。
あれがもうなんか、だってハーフテンポにしたら、
ラララララレー、ラララ、タラ、ってやったらもうなんか、80年代のポップスじゃんっていう。
演歌っていうのはさ、あの、何?最近のものじゃん。
別に日本人のDNAに刻まれてるものでもなんでもなくて、昭和に生み出された音楽じゃん。
うんうんうん。
演歌の前も演歌的なものはあったはずだよね。あれ、なんなの?あのエッセンスは。
わかんない。それは、ちょっとそれ研究しないと何とも言えないですね。
その、アーチ・エネミーとかさ、あの、ヘビーメタルのギターソロとかもさ、演歌じゃん。
で、それが日本人に響いてるから、日本人はメタル好きなんだろうと思ってるんだけど。
なるほど、なるほど。
あの、確かに、アーチ・エネミーとかメタルのさ、ギターソロって拳聞かせるもんね。
うん。
なるほど。なんかね、そこの分析が難しいのは実は明確な理由が多分あって、
あの、日本の音楽文化が明治期に1回途切れてるっていうことに多分関係してると思う。
もはやそれしかないって言ってて。
あー、なるほど。
だからね、たぶん歌唱法とか、そのスタイルとかなんだよ、たぶん演歌らしさって。
でも、あの着物着て、で、ライティングされて、こうやって歌うみたいなのはもう古くなっちゃってて、
で、でもそのやっぱ歌唱法っていうところで、現代でもめくめくと受け継がれてるものはあって、
それをね、なんて言えばいいんですかね、
ジャパニーズ・トラディショナル・ソング・スタイルですよ、だから。
かっけえ。
これたぶんね、海外の歌手が日本の曲カバーしてて、ここを模倣してる人俺見たことないな。
なんか、ジェローとかいたじゃん。
いたじゃんって失礼だけど。
確かに。
ゴーシャブって、すごいヒップホップ風の出たちだけど、黒人で。
あの人確かになんか、そう、原歌的だったね。
覚えてないけどどうだったかな。
なんか印象だと、原歌のテクニックを確かに模倣してるけど、どうも原歌ではないような印象があるけど。
ど真ん中じゃないから新鮮だっていうことだったんだろうけどね。
面白い。
リズム処理じゃない?
そうかもね。
歌ね。
溜めたりとか、ジャストで入らないじゃん、絶対。
うんうんうん。
うん。
原歌はね、もっと日本のポップ歌手はね、原歌っていうキーワードに敏感になってほしいんですよ、だから僕は。
へー、原歌か、あんま気にしてなかったけど。
いや、ディル&グレイは原歌だよ、完全に。
あ、そうなんだ。
そうか、若葉ファンなんだよね、そういえば。
ファンだけど、あんま分かってなかった。
ちなみにどういうあたりが、こう、いわゆるその、カギカコツキの原歌なの?
ちょっと、パッと今曲出てこないの、YouTubeで聞いたりしたら分かるけど。
まあ、メロディーラインもそうだし、なんだろう、その情感の込め方を音楽に優先していいっていう、そこの優先順位のつけ方が原歌。
うーん。
ディル&グレイといえば、予感。
あ、これは原歌ですね。
そうなんだ。
一瞬聞いただけですごい原歌だね、これって。
一瞬で分かるってのはどういうことなの?
いや、なんか、原歌で聞いたことのある抑揚や、なんかこう、流れだよね。
そのテクニックとテクニックの間の関係性。
例えば、あの、ポルタメントって技法はあるわけ、西洋の音楽にも。
ポルタメント。
ポルタメントっていうのは、なんていうの、あの、ドレミファソーってこう、なんか、2つの音程を、こう、なめらかにつなげる歌い方でさ。
これみんなカラオケで自然にやるけど、
ポルタメントはあるけど、それを原歌のしゃくり上げかな、しゃくりにするには、単発じゃダメなんだよ。
なんか、曲の歌詞とかメロディの流れとかの中で、どこでそれをやったら原歌らしいかっていうのが多分あって、おさほが。
それにのっとってないと多分原歌らしくなくて、
ディル&グレイは多分なんか今パッと聞いて、それがなんかありそうだなって感じた。
ちなみにさ、片倉さ、じゃあちょっと聞いてほしいんだけど、
えっと、最新シングルでおぼろっていう曲があるんだけど、そこのサビちょっとパッと聞いてもらえないかな。
ちょっとこれ後で編集想定ですね、ここは。
じゃあ僕、ディル&グレイはね、あの、ザンとかの世代なんですよ。
デビュー当時のね。
その、もっと、なんかできる限り日本のなんか心というかテクニックっていうものを、それは僕らが自然に受け止めて、自然にいいって思えるものだと思うから。
そっちをちゃんと認識した上で、メロディーとか和音の世界に入っていくと、なんか健全な気がなんとなくするかな。
そうだよね。だって俺らが中学生の時とかさ、音楽の授業でクラシック聞かされた後で、みんななんか浜崎あゆみとか聞いてるもんね。
うんうんうんうん。
あれは、そういうことだよね。
そういうことだよね。
演歌だもんね、浜崎。
そういうこと、そういうこと、そういうこと。
うん。
演歌だから聞きたいのかわからないけど。
そうなんだよ、クラシックにどうも演歌はなんかあんまないような気がするね、西洋の音楽には。
君がよとかはあれはどっちになるの?
君がよって結構近代の曲なんじゃない?
君がよはなんかドイツ人の人が作ったんじゃなかったっけ?
そうなんだ。
あ、意外にそうなんだ。
なんか害虫したんじゃなかったっけ?
古代、なんか画学的なやつなのかと思ったけど、違うんだね。
なんか、うーん、なんかストラウスの曲だっていうような説があるけど、ただドイツ人が書いたって書いてあるね。
うーん。
だからあれは演歌、あれだ、あのなんだっけ、オリンピックの時エグザイルかなんかが君がよ歌ったじゃん。
うん。
あれね、頑張ってた時、君がよーってやつなんだけど、なんかあれはだから頑張ってエンカライズしようとしてたと思うけど、
エンカライズ?新しいワード?
演歌のメロディーじゃ、演歌のメロディーじゃないね、やっぱりあれは。
あー、そうだね。
演歌っぽくやりづらい。
だからその、そんな音歌長かったら演歌にできないじゃんっていう。
うーん。
もっとこう滑り、滑るようなさ、なんか流れるような歌いやすさが欲しいだろうね。
確かに。
君がよってなんか難しいよね。誰も好きじゃないよね、みんな。
これ、こんなこと言ったら怒られるけど。
あの、何?いや、国家として大事にしてるしてない人によってノーターンはもちろんあるけれども、音楽として生かしてるなって思ってる人、かなり少ないんじゃない?
あー、わかんない。俺は嫌いではないけど、なんかほら、ちょっとさ、あのアンビエントミュージックっぽいじゃん、なんか。
そうそうそうそう。
言ったりしてて。
あー、ぽい。
なんか、あんまポップ。
グルーブがないもんね。
そうそう、ポップな曲ではないよね、あれ。
抑揚があんまないというかね。
うーん。
なんかね。
そういう良さがあるというふうに解釈可能。
そうそうそう。
まあ、好き嫌いのも、それはその好みの問題だからさ。
でも、演歌ではないね、あれは。
演歌じゃないの?
あと、たぶん演歌ってさ、その俗っぽくて大衆的なイメージがあるってのがたぶん問題なんじゃない?
たぶんこれ、ほんと文化のせいだけど、日本はその明治期にさ、クラシックがやっぱ強要的なものっていうふうに位置づけたわけなんですよ。
で、それがあるから、強要的じゃない俗っぽい演歌とか大衆感みたいなものがたぶんあって、このコントラストが日本の音楽業界の根底にあるっていうのはよく分析されてることなんですよ。
だから。
何が、どのコントラスト?
つまり、音楽っていうのは全部等しく、何でもなんか優劣とか差っていうのはない、一つ一つの音楽が違うだけなんだじゃなくて、クラシック音楽っていうのは交渉で強要的なもので、で、ポップスとかつまり歌謡曲とか演歌みたいなものは、もっと定俗でみんなが親しみやすいものってイメージを、たぶんね、かなり戦略的に作って分けてるんですよ、2つを。
あー、確かにそんなイメージあるかも。
だから、分けてることによって、初めてそのクラシックの権威ってものが出てくるわけ。
そのクラシックを歌詞、本当に歌詞に聞かれたら、あんなふうになんか滝しどきて、まあ聞きに行かないわけですよ。
だから、その、この2つのクラシックってつまり交渉対定俗の延命を図るために、たまにクロスオーバーが起こるって分析してる音楽学者とかがいて、だから定期的に若くてかっこいいあるいは可愛い指揮者がクラシックの世界で目立つっていう。
それはだから、クラシックなんて全然本当は交渉じゃなくて、定俗な音楽としても楽しめるんだよみたいなポーズをとってるわけですよね。
なるほど。むしろそのコントラストを利用してでも、まあその人はその人でのし上がってる。
そうそう、そういうこと、そういうこと。でももうその、それには限界があるよねってこともよく言われるし、もう俺もそう思うね。