今回は、株式会社SHAREの佐伯輝明氏にお越し頂きました。大学時代から創業について考え、株式会社ベンチャーリンクに入社。子育てと仕事の両立を考え、事業部を譲り受けて株式会社SHAREを創業。フィットネスを中心に30拠点以上を経営するお姿から、経営のヒントが得られます。ぜひ、インタビューをお聞きください。
なお、過去にこの番組で配信した内容は、経営者インタビューメディア「経営ノート」にも掲載しています。ぜひこちらもご覧ください。
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サマリー
株式会社SHAREの代表取締役である佐伯輝明氏が、自身の生い立ちから起業に至るまでの道のりを語る前編。北海道の田舎町で育ち、中学・高校時代はリーダーシップやアルバイトに青春を捧げた経験を振り返る。大学では給費制とマリンスポーツに惹かれて神奈川大学へ進学し、交換留学生としてカンザス大学で国際経済を学ぶ貴重な経験を得た。また、スキューバダイビングのサークル活動では、沖縄でのガイドアルバイトを通じて多くの学びを得た。
佐伯氏の生い立ちと学生時代
社長に聞くin WizBiz
本日の社長に聞くin WizBizは、株式会社シェア代表取締役)FE様でいらっしゃいます。
まずは、経歴のご紹介させていただきます。
2002年に株式会社ベンチャーリングに購入した、その後、私の部下になられてちょっとご苦労されたFE様でいらっしゃいます。
その後、2011年に独立し、株式会社シェアを創業なさっていらっしゃいます。
今現在はヒットネスを中心に31拠点運営されている、成功している社長様でいらっしゃいます。
佐伯社長様、本日はよろしくお願いいたします。
こちらこそよろしくお願いいたします。
まず最初のご質問ですが、ご出身はどちらでいらっしゃいますでしょうか?
出身は北海道の田舎、新平川町という町で小学校まで暮らして、中学校から札幌に出てきてという感じです。
なるほど。日高だと馬の日高ですかね。
そうです。まさに競馬の産地としては有名で、今もたくさんの競馬ファンが訪れるような町ですね。
なるほど。ありがとうございます。小学校時代はどんなお子様でいらっしゃいましたでしょうか?
小学校時代は遊ぶのが大好きで、外で遊んでました。田舎だったので。昔だったっていうのもあるんですけど。
外で遊ぶのが好きな子供だったかなと思います。
学期代表的とかそんな感じですか?
全然。学期代表では決してないですね。そこら辺は普通な感じでしょうかね。
なるほど。ありがとうございます。中学は札幌ですか?
そうですね。中学校は札幌、高校まで札幌ですね。
中学時代はどんなことをして過ごしたなんて思いでございませんでしょうか?
中学はあんまり深く考えずに陸上部に入りまして、部長をしてたので、
みんなを取りまとめたりするのに結構勝手に悩んだりとか、
先生とみんなの間ぐらいに立って悩んだりしながら、基本は楽しくやってました。
それぐらいですかね、中学の思い出は。
なるほど。私の部下だったときからよく悩まれるタイプではありました。
その当時の偏見がもう中学のぐらいは出てらっしゃったんですね。
いやいや、新田家さんのような、あの頃のような強烈な悩みではなかったですけど、
もっともっと軽い感じで。
でもキャプテンやれるというか、リーダーシップがその頃からあられたという感じでしょうね。
いやあ、個人的にはそういうふうに全く思ってなくて、
ちょっとでも先生に頼まれたっていうのはあります。
先生から指名されてやったのをやったので、
先生からすれば頼みやすかったのかなっていう感覚ですかね。
あと、敵がいないタイプの中学生だったので、
そういうのもあったのかもしれないですね。
なるほど、ありがとうございます。
おそらく先生から信頼されてらっしゃってということだと思いますが、
高校はどちらの高校に行かれましたでしょうか。
高校は札幌の、札幌東高校っていう高校で、
ちょっと進学校的なところに行きまして。
高校時代はどんなことをして過ごしたのかお覚えでございますでしょうか。
高校時代は、実はスラムダンクがすごく流行った時代だったので、
バス警部に入ったんですけど、3ヶ月で辞めちゃいまして、
ちょっと主人公のように行かなくてですね。
実はアルバイトをしたくて、お金を稼ぎたかったっていうのがあって、
夏休みで毎日練習するって言われて、ちょっとそれがきついなと思って、
両立もできないなと思ったので、
アルバイトが結構僕の中では高校時代の青春だったりします。
なるほど。どんなふうなことをやったとか思い出はございますか。
引っ越し屋の日雇いのアルバイトをしたり、
あとはベースは地元のセブンイレブンでアルバイトをかなりしてまして、
友達もそういうタイプの友達が多かったので、
一緒にアルバイトをした後に遊んだりとかしながら楽しく過ごしてました。
なるほど。ありがとうございます。大学はどちらにお住みでいらっしゃいますでしょうか。
大学は神奈川大学っていうところに進学しました。
なるほど。神奈川大学を選ばれた理由は何かございましたでしょうか。
二つあってですね、一つは給費制っていう、全学学校が学費を出しますよっていう。
僕の家庭は当時そういう余裕がなかったので、
まず上京したければ、東京の方に行きたければ、そういうことしかないっていうのがまずありました。
あとはですね、僕海で遊んだりするのがすごい好きだったので、高校時代からですね。
その横浜っていうのに漠然と憧れがありまして、
そこでのサークル活動の様子をいろいろ見聞きしてて、
そこのサークルに入りたいっていうのも非常に単純で浅い考えなんですけど。
あって入りました。神奈川大学に。
なるほど。ありがとうございます。神奈川大学時代の思い出なんてございますでしょうか。
そうですね。学費もそうだったんですけど、
交換留学生としてカンザス大学ってところに1年間、これも学校が全部学費を出していただいて、
全部料費とかも出していただいて行った1年間は非常に濃密で楽しかったのと、
あと先ほど言ったマリンスポーツのサークルも非常に楽しく過ごさせてもらいました。
その辺が非常に良い思い出ですね。
カンザス大学ではどんなことをしたなんてございますか。
カンザスは経済学部だったので、国際経済っていうのは英語でついていくっていうのは非常に大変だったんですけれども、
いい経験だったなと思います。
あとは単純に英語でコミュニケーションを取るっていうのが、自分の中ではずっとやりたかったことだったので、
それが毎日あったので、すごくそういう意味でも刺激的だったなとは思います。
なるほど。今現在札幌を中心に授業なさってますが、国際的な授業をやろうなんていう構想は今もあられるんですか。
はい。実はありまして、この15年創業してから全くやってないんですけれども、
実はビジョンがですね、札幌から世界へウェルビーングをシェアするっていうビジョンがありまして、
札幌というかもうちょっと広く北海道からですね、そういう意味で実は今年旅行業、インバウンド、
海外から北海道に来る方々を受ける旅行業っていうのは実は今準備してたりします。
やっぱりじゃあカンザスでの経験を生かして、そんな感じですね。
なるほど。ありがとうございます。
神奈川大学時代のサークル活動は結構頑張ってやられたんですか。
そうですね。ちょっと留学した1年があったので、中空いちゃったんですけど、
結構みんなとかなりスキューバダイビングっていうものをやるサークルなんですけれど、
僕の場合は先輩についてって沖縄の座間見島っていう、国立公園になったケラマ諸島っていうところの座間見島っていうところで、
夏休み、冬休み、春休みは、休みになったらすぐその島に行って。
アルバイトですね。1日3本から4本ぐらい、内地から本州から来るお客さんを海の案内をするっていうアルバイト。
ガイドは社員さんがやるんですけど、後ろについてってはぐれたりしないかとか、
空気が切れそうなお客さんいないかとか、そういう安全管理を後ろから見守るっていうアルバイトをずっとやってたりして、非常にいい経験をさせてもらいました、それは。
なるほど。こんなことを聞いたこともなかったので、私もスキューバダイビング大学生時代すごくやってたんで。
一緒に潜ればよかったですね、沢木さん。
いやいや、ほんとですね。
私が教えてもらえればよかったなと。
反省をしております。
ありがとうございます。
株式会社ベンチャーリンクへの入社と経験
これからでもぜひ。
そうですね。ちょっと年なんでね。
もぐれるかどうか微妙ですが、よろしくお願いいたします。
その後、新卒でそのままベンチャーリンクにご入社いただいてると思うんですけども、
ベンチャーリンクを選んだ理由っていうのはございましたでしょうか。
漠然とそのスキューバダイビングの仲間、そこのサークルの部長みたいなと、僕も副部長みたいなことやってたんですけれども、
その3人、副部長2人と部長1人の3人で実はスキューバダイビングの会社をやろうっていう話をしてまして、結構リアルに計画を作ったりまでしてたんですね。
それともともと僕の実家が小さい床屋を営んでいて、僕が大学生になる頃に兄がその床屋を継いで、
兄が有限会社にして拡大を始めてた頃でして、兄との会話とかもあって、漠然といわゆる独立と言いますか、
事業を行うことをしたいという気持ちがあったものですから、ベンチャーリンクの募集のキャッチフレーズが非常に刺さりまして、
起業か廃出期間というふうに当時言ってたのが非常に刺さって入社させていただきました。
なるほど。ありがとうございます。ベンチャーリンク時代の思い出なんてございますでしょうか。
一番濃い思い出だらけなんですけども、そうですね。それこそ新谷さんとの思い出は非常に濃い思い出だらけなんですけれども、
本当僕は同期120人ぐらいいる中でも本当に自分なりにも能力が低いなと思いながらも、
なんとか食らいついていこうと思っていたところを本当に当時は厳しいと思っていましたが、
非常に先輩書士が優しく、優しくはなかったですけど厳しかったですけど、
諦めずにご指導いただいて、本当に今僕も指導する立場なんですけど、
よくここまで付き合ってくれたなっていうぐらい、夜遅くまでご指導いただいたおかげで鍛え去ったなと思っている、
その指導いただいた期間がいい思い出ですね。
お客さんとの時間はどっちかというと楽で、先輩からご指導いただく時間が大変っていう、
そういう感じの会社でありましたし。
ちょっとしゃべりにくいらしく、多分佐伯社長の考えながらしゃべってらっしゃるのがよく伝わってきて、
私は批判をしたいだけなんだろうかとふと思って。
そんなことは絶対ないです。役です役。
ベンチャーリングで札幌市店長をやって、最後全国の責任者までやってらっしゃったんでしょうか。
そうですね。それもやらせていただきました。
札幌市店長の後は、仙台の市店長と札幌の市店長、県務と。
その後、なぜか広島と福岡の市店長という、日本の端と言ったら失礼ですけども、
北と南を統括するっていう仕事をさせていただいて、その翌年、結構すぐに東京のほうに呼んでいただいて、
全国を見てた時期もありました。
なるほど。私が辞めた後、西木さんがどんどん出世なさっていらっしゃった大活躍ということでいらっしゃいますね。
いやいや、それはとんでもないですけども。
仙台さんには本当に、移動後もちょこちょこご相談させていただいてたと思うんですけど、
一番つらかった時期ですね、最後東京で部長を全国統括させていただいた頃は、
元先輩が部下にいらっしゃって、そこのマネジメントっていうのが全く正直、僕は機能してなかったと思うんですけれども、
当時を振り返るとですね、そこをちょっと悩んだことは多かったですね、当時は。
ありがとうございます。ご苦労なさったということで、私のせいかなと一番一緒に思いました。
全然そういう意味で言ったわけじゃないです。
ありがとうございます。
番組紹介と今後の展望
本日も社長に聞くインウィズビズをお聞きくださり誠にありがとうございました。
この番組は2017年1月から毎週配信を続けております。
これまでにたくさんの成功社長、成功経営者のインタビューをお届けしてまいりました。
この内容はすべてテキスト化いたしまして、私どもウィズビズが運営するウェブサイト、
経営ノートでも閲覧いただけるようにしております。
音声だけでなく文字で読み返すことで新たな発見や気づきがあり、
皆様の会社経営に役立つヒントがきっと見つかるのではないかと思いまして、
サイトの方にもさせていただいています。
ぜひネット検索で経営ノートスペース社長インタビューと入力いただき、
経営ノートのサイトをご覧になっていただければというふうに思っております。
本日の社長肉インウィズではここまで。また来週。
15:44
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