そうですね。その後何社かっていう、その何社目かって話をしますけども、
その後も実は契約いただいたりとかして年収がどんどんどんどん上がってきました。
そもそもニュースメディアのインタビューに出てますけども、30歳の時に年収2000万円を超えてたんですよね。
その後もどんどんどんどん上がっていって、自分が働けばお金は手に入るもんだっていうくらいの感覚ですごい天狗になってまして、
転職すれば契約金ももらえるしみたいな、調子に乗ってたわけですよ。
7回転職した時に、インセンティブとベースの比率が今まであったら7ベースで3インセンティブだったところが逆転しまして、
7インセンティブで3ベースになったんですね。
その頃は子供が私立学校に行ってまして、結構な金額生活費買ったわけですよ。
そこでベースが下がってしまうと、インセンティブってもらいますけどもまとめて後でもらえるじゃないですか。
そうするとその間はずっと借金をしなきゃいけないなみたいな、もしくは貯金切り口みたいな感じになってしまって、これもう無理だみたいな話で。
しかもハイインセンティブの契約ってだいたいうまくいかないですよね。
最初の半年とか1年は達成しても、その後で結局達成できずに居場所がなくなっているケースが非常に多いので、
こうやって世の中の外資系の先輩たちが聞いてくる道に気がついたら自分も乗ってたなという感じになりまして、
7回目の転職してるあたりから周りから吉島さんはもう消えるねみたいなことを言われてました。
多くの外資系の先輩たちが外資系頃と言われるようにどんどん転職していきながら、
転職回数が多すぎていいところが見つからずに、結局別業界に転職していく人って当時の外資系の王道だったんですよね。
残れる人は本当に一握りでみたいな感じだったんですね。
まさにそうなってしまって、でも子どもたちは何の悪いこともしなくて、受験勉強で私立に行ったのに、
お父さんが、お父さんが調子に乗って転職しすぎたせいでこんなことになっちゃいました。
これはまずいということで、じゃあどうせハイインセンティブだったら会社を起こそうというふうに思って、
吉島創生という会社を作ったんです。
これはもう完全に自分が成功するためじゃなくて、子どもの学費を大学まで払うための会社です。
その子どもも予約したのが、この10月で最後の学費を収めるので、吉島創生も無事な役割達成したという話なんですけども、
その時にニュースのインタビュー、新聞とか雑誌のインタビュー記事にも書いてますけども、
初年度で年収2400万だったと思いますけども、年収じゃなくて年収ですね。
年収2400万を達成しましたというのは出来たんですけども、
それは才能があるとか運がいいとかって思われるかもしれませんけども、
これ実は必然性がありまして、当時副業全面的な禁止の会社は多かったんですけども、
29歳の時から実は会社に対してずっと副業をしてました。
これ良くないことだと思いますけども、
その副業を今まで土曜日と日曜日しかやらなかったことを平日に展開すれば、
当時の顧問料金と副業の金額の売り上げが5倍になるんじゃないかっていう、
単純に昔からもうその時点で11年間ですか、やってた副業を本業に変えただけなんですかね。
そうしましたらコネクションを使わずに新規は結構取りまして、そうなんです。
会社講師的には皆さん会いに来ないですけども、
応援してますとか言うんですけども、会ってくれないですよね。
どうせ仕事くださいって言われるんでしょう。
なので会っていただいた人はほんの一握りで、
あとは結構新規で飛び込みであったりとかっていうのも結構多かったです。
ただおかげさまであっという間に店員の従事者が2ヶ月、3ヶ月埋まりまして、
そういった当然最低利用金額じゃなくてオプションとかもいっぱい付けていただいたので、
そういう金額をいただくようになりましたみたいな感じです。
吉政創成株式会社は何の業種に挑んだんでしょうか。
これはですね、お客さんをITに絞りまして、
国内初のマーケティングフルアウトソーシング会社になります。
今サブスクっていう言葉が流行ってますけども、
当時で言うと初めてのマーケティングサブスクの会社だったと思います。
それもあって日経産業新聞にハンページ分解の特集もらったことあるんですよ。
中高年の星とかって書かれてですね。
確かに中高年ってリストラになった時代だったので、次どうしましょうとなった時に、
今話してる話も含めて新聞に出まして、
そのサブスクの話をちょっとしますけども、
月は固定でサブスクは続かないんですよ。
マーケティングの当時のお仕事って、
例えばイベント企画して、イベント開催して、
レポート書いておしまいって、
大体3ヶ月単位くらいで契約することが多いんですけどね。
でも続いて1年とかそんなもんですよ。
マーケティングの会社って。
私の吉政創成のお客様の平均契約年数が8年なんですよね。
創立して私代表したのは15年までやったんですけどね。
平均8年ですごい長いと思ってます。
その秘訣っていうのはチケット制定をとりまして、
月額20万円の費用で3ヶ月更新ですと。
この20万円の中には1枚5万円のチケットが4枚入ってますと。
そのうち1枚は定例会議で正規してくださいと。
残り3枚はアウトプット用に私どもがコンテンツを作ります。
なんていうサービスでした。
コンテンツを作りますよっていう話っていうのは、
本当に順風満帆にいきました。
その中の一社がプライムストラテジーって会社だったんですよね。
ありがとうございます。
お話聞いてるだけで、うちの会社もネットの企業なので、
それはいいなって思いながら聞いてたんで、
リスナーの皆さんもそんな感じかもしれませんけども。
その後、プライムストラテジーの創業者の方が退任されるのをきっかけに
代表を引き継いだと、こういうお話をお聞きしてるんですが、
どういった経緯でそんなことが起こったんでしょうか。
もともと遡ることが12年前ですかね、
プライムストラテジーの社長とお会いすることになりまして、
そのご縁というのも、ちょっと余談になっちゃうんですけどね。
私は業界団体を運営してまして、
業界団体のイベントにマイクロソフトさんをお呼びしたんです。
マイクロソフトの人がメインで話しますっていうイベントのほうに、
マイクロソフトさんのほうが、
ごめんなさい、いけなくなりました。
すごい人を紹介しますけど、
その人に話してもらってくださいみたいな感じで、
出てきたのがプライムストラテジーの中村さんだったんです。
中村さんが上手なプレゼンテーションで、
非常に沸かしていただいてありがたかったんですけども、
その話を聞いてて、私、中村さんと組んだら、
プライムストラテジー組んだら、
すごい成功するんじゃないかっていうイメージがきまして、
登壇が終わった後すぐ、
吉島創設して支援させてくださいという申し出をしまして、
当時、一番のメイン製品の草上というものが起こる前、
ワードプレスの製作会社としてやったときの
プライムストラテジーの支援を始めました。
お聞きしたところ、上場社員ですと。
上場社員でしたら、
インテグレーションだけでは厳しいので、
サービス作りましょうっていう話で、
いろいろ考えた結果を出したのが、
世界最高速クラスというか、
ウェブサーバーを260倍高速化するOSみたいなのを
作ったらいいんじゃないですかねっていう話をして、
本当に作っちゃったのが中村さんなんですけど、
できちゃったわけですよ。
当時はクラウド環境が良くなかったので、
通常環境の1000何倍みたいな感じの、
超高速ウェブサーバーOSみたいなのができまして、
これが大ヒットしたのと、
主要なクラウドにはほぼすべて標準でインストールできるようになり、
毎年1万台ずつ普及しみたいな感じですね。
気がついて今年10周年で10万台に達成しましたみたいな感じです。
一言言っちゃうとすごい大変だったんですよね。
もっといろんなことがあったんですけども、
その中村さんが上場のタイミングで体病にかかってしまって、
病気によって退院しなきゃいけなかったと。
その時に私にもお話があったんですけども、
公認として、私は当時はパイソン試験とかPHP試験とか、
吉間装束とかいろんな会社を兼任してたので、
上場する瞬間って専業じゃないと社長になれないんですよ。
申し訳ないけどみたいな感じで、
やめて全部置いてきてくれないって言われたんですけども、
それはさすがにできませんって。
当時は経産省からの認可も資格になってたので、
お断りをしまして、
結局別の方が社長を引き継ぎました。
技術で優秀な方だったので、
やっぱり技術の方に専念されていたりするっていう話になって、
上場した後なので兼業でも大丈夫ということで、
中村さんの方から、吉間さんちょっと申し訳ないけどやっぱりやってくれないみたいな話をいただきまして、
私、上場直前の2期は取締役もしてたので、
経営関係もちょっと把握してることがあって、
去年の9月から復帰することになりました。
なのでよくこのラジオを聴かれている皆さんは、
どうやってその社長になったんですか?みたいなことを聞かれると思うんですけども、
すごく不思議な巡り合わせな感じでなりました。
振り返ってみると、
くつなぎ誕生のところから関わってたりとか、
あと私自身は中村さんという方の成長がすごく早かったので、
このまま世界に行くって言ってたんですよ。
なので一緒に仕事をしたかったので、自分も成長しなきゃいけないと。
そうでないとうちが嫌いちゃうと思ったので、
自分もどんどん強くなって大きくなるために色々やってきたので、
自分のレベルが上がっていった結果、上場企業の社長を引き継げるレベル、
まだ成果出てませんけどね。
何か引き継ぐにあたって、上場企業の社長を引き継ぎにあたって、
高圧だったとか、ご苦労とかそういうのはございませんでした。
それはですね、上場企業の社長になるっていうのは、
株主総会で選任されて、はいなりましたっていう話では実はなくてですね、
その手前に取締役会議で株主総会に出す議案があったりとか、
その手前に取締役会議に頭出しって、今こういうことを検討しますみたいなのがあるので、
結構長い時間かけて代表取締役になります。
元々の質問は何でしたっけ?
高圧だとか、ご苦労とか、上場企業の社長の選挙でございます。
その時に、私がそもそも苦手とされてたような、
経理関係とか財務関係みたいな話がありまして、
私結構ビジネスファンなので、経理とか経営関係の話とかですね、
結構お問い合いとかもあったんですね。
自分自身では、ハーバードビジネスレビューとかっていう、
そういうのは4台とかしてるんですけども、
実践的なことは結構かけてたんですよ。
それもありまして、中村健吾氏に、毎週2、3時間ずつくらいレクチャーを受けてました。
創業者の中村健吾氏が、公認会計士でもあって野村証券出身なので、
もうその辺りの、議員者としても日本で超一流なんですけども、
元々そういう知見もあったっていうこともあって、
そのレクチャーを毎週毎週ずっとやってましたね。
それが苦労だったっていうよりも、それがあったおかげで今がありますみたいな感じです。
なので業務的には困っていることはあまりなくて、順調に回ってますし、
投資家向けの説明会とか、カムイ総会でのプレゼンテーションも結構、
事前質問も多くいただき、しかも事前質問で、
お褒めの言葉から入るような、これはパンみたいな方がいらっしゃるような感じだと思うんです。
普通、株主総会の質問で株価が上がらないんですけど、
後はしてくださいみたいなこと言われるんですけども、
吉島社長になったことで、会社活気が続いて本当に素晴らしいと思います。
お褒めが入ってから質問が来て大変嬉しいんですけどね。
そういった点は上手くいってます。
ただ、もともとはちょっと苦労した点でいうと、もともとは上場の直前に私いなかったので、
別の取締役の方々が経営を支えて運営されてきたので、
当然彼らには彼の自負があります。
同じことをやり続けると業績は変わらない、もしくは打線によって落ちてくると私は思ってるんですね。
なので、新しいことをやらなきゃいけない。
一方で上場させた自負があって自信もありますって人たちに、
いきなりポンと代表取締役で戻ってきましたって。
何か言っても、そう簡単に聞いてくれないですよ。
まずは小さな成功例からみたいな話をやってました。
これは吉松創生のベースとなっているような、来週やったら副業でいろんな会社の再生をしてきたんですよね。
その時にも言えることで、業績が悪化している時にみんな変えなきゃいけないと思っていても、
一番大事だと思っていることを変えようとしないんですよね。
この一番大事だと思っていることが変わらないから業績が悪化してるんです。
大事じゃないところが悪化してても、業績そんなに変わらないんです。
突然ストーンと起こっていくことはないんですけど、
なのでこのコアなところを変えていくのはすごい大変なんですね。
それはプライムスターティスにも同じことを感じていました。
その時にまず小さな成功例が必要なんです。
それが成功したらこれを拡大すれば、もっと成果が出ますねって証明できるんですね。
なのでプライムスターティスがやっている業務と違うところで小さな業務を作り、
成功例を作り、この例の応用例でいくことによって業績を改善しますっていうことを
ようやく今期底を打ったのだと。
長年プライムスターティスにだけ会ったわけじゃないので、
ちょうど一昨日、先一昨日1周年記念です。
去年の9月26日のカムイ総会から着任なので毎日なんですけどね。
ようやく底を打ったなという感じで、
ウェブから自然と入社規模の人がお問い合わせが入るようになり、
ありがとうございます。そうしましたら、全く違うご質問もさせていただければと存じます。
事前に好きなもの、好きなことを聞きまして、これは私大変注目なんですが、
初期、靴、カバン集め、釣り、ロードバイクはですね、
日本中南東京総派ということでですね、私も靴好きでしてですね、靴はどんな系が、
カバンも好きなんですが、靴はどんな系を普段よくお買いになられるんでしょうか。
靴はですね、ベルルッティが大好きでして、
若い時はスコッチグレインっていう、私実はロシア系の血が入ってまして、
ちょっと日本の方とは足の形が違うんですよ。
そういうこともありまして、靴型にフィットすることはすごく大事で、
日本のお店でよく売っている靴だと本当に合わないんですよ。
スコッチグレインがたまたまあったので、もう相当長い間、
しかもスコッチグレインとオーバーホールができるので、全部バラしてまた直してくれるじゃないですか。
なので、一番長い間で15年とかするくらい履いたりするのもあると思います。
革靴って何足も持っていると結構持つじゃないですか。
なのでだいたい5足6足ローテーションでやってたんですけどね。
そこから始まりまして、ベルルッティの非常にソフトな革、だけど水にめちゃめちゃ弱いので、
あそこの履き心地に非常に感銘を受けまして、
美しいので、まだ1回も履いてなくて飾っているだけの靴とかもあります。
そんな買い物ではないですからね。
ありがとうございます。私も靴好きなんでちょっとお聞きしたいなと思ってしまいましたが、
座右のメモをお聞きしてまして、これも素晴らしくて松田寺さんのお言葉とのことですが、
思考に気をつけなさい。それはいつか言葉になるから。
言葉に気をつけなさい。それはいつか行動になるから。
行動に気をつけなさい。それはいつか習慣になるから。
習慣に気をつけなさい。それはいつか性格になるから。
性格に気をつけなさい。それはいつか運命になるからという言葉を選ばれたんですが、
こちらを選ばれた理由を教えいただけませんでしょうか。
これはもう人生長丁場になってきてますよね。
平均年、人生100年時代って言ってますけども、30年後は人生120年時代って言ってるかもしれないです。
家も進化しますし、変な話ですけどね、
佐藤さんの奈美英さんって皆さんご存知の方がいらっしゃると思うんですね。
すごく少々頑張っていらっしゃってて、もうおじいちゃんみたいな感じですけども、
私、奈美英さんの歳を軽く超えてるんですよね。
奈美英さんが今54歳で、私56歳で、ただ当時の54歳はあのイメージだったんですよ。
それから時間が相当経ちまして、今の56歳こんな感じです。
これから経つとまたもっともっともっと若くいれると思うんですね。
そう考えた時に、長く働いていた方が人生の選択肢も増えて、しかも人生の針が出てくるっていうか、
もし私はこの後一気に吹き込むというのは、社会が必要とされなくなった時だと思っていまして、
そうならないためにも健全にやりたい仕事を働くってことはすごく大事だと思うんですね。
働いてて、いらなくなりましたってふうに言われてしまうようなこととか、
あと、どのポジションで70歳とか80歳を迎えかによってどこまで働いてくるかも違ってくるかもしれません。
職人さんみたいだったらすごく長くするかもしれませんけども、そうじゃなくて、
例えばサーリーマンとしてやってくるって言ったらちょっとやっぱり限界が来るかもしれないですよね。
できれば起業してってオーナーの方が長く続きやすいかなと思います。
オーナーで起業してる人の方が若い人多いですよね。すごく若く見える人多いです。
そのポジションとして選ばれる、そこに行く過程の中でいろんなチャンスを得ていくってことを考えたときに、
一番大事なことって私、性格だと思ってまして。
能力が高くてもなんで私は成功したいんだろうと思っている方は、性格っていうか人格かもしれません。
仕事しにくいとか成功しやすい方向性、選ばない性格みたいな感じで、
成功されないのに優秀な方って、きれいに二択で選んじゃいけない方向をズバリきれいに当ててくる感じなんですよね。
見てると。そうやって私よりもっと成功してる人は、吉橋さんがそうだよっていうかもしれません。
私よりもっといい選択肢を判断できる人は、もっと成功してると思いますしね。
当時20代とかでよく仕事をしてた、今日本を代表するような会社の社長になった人たちがいるわけですよ。
当時は同じ真っさらなところで会社を起こそうとか言ってて、成功した人すごいじゃないですかね。
そういう人たちみたいな私はまだまだあったと思うんですけども、
いい選択肢もできるような人格性格考え方っていうのはすごく大事で、
これは普段思っていることから全部起因すると思ってます。
成功されたからよく言われてますけど、愚中ばっかり言ってなんかろくなことないし、そういう思考になっていくよねって話なんです。
かといってポジティブなことばっかり言ってても行動は伴っていけないので、
先ほど言ったマザテレースの教訓なんですかね、言葉を全部実践して、
自分がこういうイメージで成功したいと思っているということをやっていくと成功に近づくと思うから、
これを私は財務面にしています。
なるほど。ありがとうございます。
性格、人格ですね。ちょっと私も良い性格に、良い人格に、ちょっと努力をしなきゃいけませんが。
ありがとうございます。
最後のご質問なんですが、この番組経営者向け、全国全世界の社長様向け、
もしくはこれから起業する方向けの番組でございまして、
もしよろしければ社長の成功の秘訣を教えいただけたらなと存じます。
はい、わかりました。これは私のことと一緒に仕事をしている人とか、
私のことを知っている方は意外に思われるかもしれませんけれども、私は結構用心深いです。
いっぱい入職しているからというその教訓にもあるんですけれども、
成功の秘訣としましては、二の矢、三の矢を常に持っておくことということで、選択肢を失わないことが大事です。
選択肢、これを自重しなかったらもうだめだというのは、この時点でもう負けているんですよね。
それで勝てばいいですけども、長丁場まで勝ち続けるわけがないんです。
負けた時に終わっちゃいますみたいな話なので、これがだめでもこれがある、これがだめでもこれがあるという、
二の矢、三の矢を常に持っていくことが大事なので、瞑想したりとか妄想なのかもしれませんけども、
いろんなことを想定することがすごく多いです。時間的にはこれが非常に多いです。
なんでロードバイクの趣味かというと、ロードバイクで心を無にしながらとか、
企画を考えながらずっと走っているんですよね。それで今度のこの展開でこうなったらこうしようとかっていう、
その選択肢をたくさんポケットに持っていっているんです。なので、いざそうなった時にすぐ出せるから、
速いよね。吉村さんが映っていて、すっごい速いよね。一気に出るよねなんていう話は、
もう全部用意しているからです。この手を何本持つことを長年ずっと、
20年、30年やっているので、すっごい手がいっぱいになります。
なので、昔、消えていくと思われてから会社を成功した時とか、しぶといよねってよく言われました。
しぶといんですよ。子供がいるので負けるわけにはいかないので。
今は株主の皆様の大事な資金を預かっていますし、
このプライマースターティングの会社の戦略をかけている人たちもいるんですね。
なので、思いつきとか、こうやってうまくいくから、自分のやり方ではなくて、
客観的に見て用意する必要があるという話です。あとちょっと上々級の方になりますけども、
冷静に見て客観的に見て成功するか、成功するってわけではなくて、
例えば情熱だったりとか、物事を動かすしかって結構大事なんですね。
そのあたりを大切に生きていきたいと思います。
ありがとうございます。二乃屋、三乃屋、情熱ですね。