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社長に聞くin WizBiz
本日の社長に聞くin WizBizは、株式会社スレイプニル取締役)様です。
まずは、経歴の方をご紹介させていただきます。
神奈川県生まれ、小田原高校卒業後、YMCSを専門学校にお勧めになっていらっしゃいます。
その後、インストラクターでスタートされ、そして旦那様とご一緒に株式会社スレイプニルの創業、現在キックエクササイズを中心に事業をやっていらっしゃいます。
礼様が本日の社長様でいらっしゃいます。本日はよろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。
まず最初のご質問ですが、ご出身は神奈川県ということで、小学校時代はどんなお子さんでいらっしゃいましたでしょうか。
そうですね、やはり外で遊ぶのが大好きで、休みになると父と一緒にスポーツを家でやったり、学校行っても校庭を走り回るような、体を動かすことが大好きな子供でした。
じゃあ暇とあまり変わらない感じですか。
変わってないですね。
はい。
ガキ大将的な感じでいらっしゃいますか。
そう、割とこれやろう、あれやろう、今日はどっちボールをやろうっていう風に自分がリードしてやっているのが子供の頃からなので、変わってないんじゃないですかね。
なるほど。じゃあ活発な少女という感じでいらっしゃいます。
ありがとうございます。はい。
中学時代はどんな感じのお子さんでいらっしゃいますか。
中学時代はそれこそスラムダンクという漫画に触発され、バスケット部に入りですね、部活にも明け暮れつつ、勉強もすごく大好きだったので塾にも通ったりですね。
得意なことだけをやって過ごす中学時代でした。
なるほど。じゃあバスでも運動神経がよろしいですので、すごくお上手でいらっしゃったんじゃないですか。
チーム自体は市内でビリ争いするようなところではあったんですけど、やっぱりバスケットボールをやっていることが楽しいのと、どうやってこれを攻略するかというのを個人的に考えていること自体がすごい楽しかったです。
なるほど。ありがとうございます。高校は小田原高校ということで、お勧めになった理由というのは何かございますか。
これはもう小学校の時から決めてたんですけども、私の父が小田原高校に行ってるってのを知ってですね、私ずっとその先ほど言ったように遊ぶにもパパっ子だったので、パパのやってること真似したい、パパが言ってたなら行きたいと、
その学校のレベルとかも知らずにですね、私はもうじゃあ小田原高校に行くんだと、はい、小学校の時から決めて、いざ中学に入り進路希望とかになってきた頃に、あれ、高校っていうのはレベルがあるんですかということに気づいたらですね、思いのほかレベルが高いぞと、
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はい、気づいたんですけど、いやもう行きたいと決めたし、ちょっと挑戦したいなということで、そこ一本で考えてやっておりました。
幸どれぐらいの高校でいらっしゃったんですか。
たぶん65あったんですかね、ちょっとそこまで覚えてないんですけど、県内では指折りのと言われてちょっとドキドキハラハラしながら、しかも当時は学区があったので、私学外から受けると、あれ、さらになんか店員の8%しか入れないらしいというですね、どんどん窮地に追い込まれるということを経験しました。
おだわりについては、県立のナンバーワン高校ということですね。
ありがとうございます。
受かられた理由っていうのはどうやって受かるようにうまく持ち込んだんですか。
そうですね。
どこまで言っていいのかちょっとわからないんですけども、やっぱり進路規模を出すと、皆さん学生どこに何人ぐらいが行くのかっていう調査が多分始まったんでしょうね。
私の成績だとちょっとちょっと危ないんじゃないかと。
担任の先生、なんと顧問の先生でもあったので、部活終わり、授業が終わった後とかも常に私捕まってですね、ちょっと進路の話しようかと毎回お話しされて、ある時は校長室にまで呼ばれて、両親も呼ばれてというご謝面談みたいな感じもやったんですけども、私はここを受けたいと。
落ちてもいいからやっぱり自分で決めたとこ受けたいと信念を貫き通して、先生にもですね、もうお前どうやったら受かると思うって聞かれたことを覚えてるんですけど、全部100点取るぐらいじゃないと受からないですかねと答えたら、全部100点取っても99%落ちると思うって言われたんです。
なので、じゃあ1%受かれるんだったら私受けますと答えて、そのまま貫き通した。
そしたらですね、幸い他に進路をちょっと変えた方がいたので、定員ぴったりで入ってしまったという結果になりました。
さすがだなと思うんですが、勉強もできたし、根性もあったみたいな感じでしたね。
ほぼ根性で、もうなんかダメだこいつ絶対折れないぞっていうところがですね、先生には伝わったんじゃないかと思います。
でもほぼ100点だったんですよね。
いや実はですね、公立の試験終わった日にテストの解説が番組であって、それを自分でやると答え合わせできるんですけど、あれ?みたいな。
先ほど言ったように得意な教科はすごい10を取るぐらい得意だったんですけど、ちょっとちょっとって足を引っ張る教科もあって、それが案の定ですね、あれこれ大丈夫かみたいな点数出ちゃったんですけども、何とか受かりました。
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じゃあ運もいい感じですね。
運が良かったんでしょうかね。
なるほど、ありがとうございます。
高校時代はどんなことして過ごしたかという思いでございますでしょうか。
そうですね、それこそ私数学が特に得意で、運動もそうなんですけど、なんかコツを見つけるのがすごく人より早くて、それで周りからもいつもどうやってるんだと聞かれることがあって、それを教える。
それが役に立つんだったら教える、教えるってこの教え方もいろいろ考えることが私にとって楽しかったので、数学の教師になりたくて、授業の選択とかもそのまま進めて、理系でバリバリ進んでいたんですね。
部活動はそれこそ今度はまた全然違ったものをやったんですけど、ある時やっぱり体育の先生に捕まってですね、お前うちの部活に来いと引っ張られまして、連れて行かれたらもういつの間にか入部していたみたいな感じで、陸上部で投的、円盤投げとやり投げっていうのをやったんですけど、そこも部活動をやりつつ、数学の教師目指して一生懸命勉強楽しんでたんですが、
高校3年生の夏ですね、大学の入学案内とか学校案内をですね、いろんな学校にももらいに行くってことをしたときに、運動の道は私体育の教師しかないって当時思ってたんで、私運動は好きだけど体育の先生はあんまりなりたいなと思ってなかったんで、全然進路考えてなかったんですけども、
そこのある学校の資料を見ていたら運動処方とかですね、運動生理学、運動心理学、同じ人の体のことだったり、スポーツ、その辺、違うアプローチの仕方を教えるっていう仕事があるというのに気づいて、
いや私そっちやりたいというふうに急に思って、数学の教師じゃなくそっちのスポーツトレーナーというものがあるんだってことも知って、急遽進路変更したっていうそういう思い出があります。
なるほど。ご両親はそんだけ優秀な高校に行っていらっしゃると、え?とかいう感じにならなかったんですか?
私の親はならなかったですね。もともと運動も好きで、それこそ何か教えたり何やり勉強も自分が好きで塾行ったみたいなことももちろん全部知ってたので、あんたがやりたいことはやったほうがいいみたいな感じでですね。
単人の先生もそれをある日言ったときに、お前はジャージ着てる方が似合いそうだなって言われまして、誰からも反対されることはなく、反対に卒業してからですね、言われましたね。
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なんで小田原高校に行ったのに、そういう学校に来たのかみたいなことを聞かれることが多かったです。
周りはみんな大学に行かれるわけですよね。
そうですね、すごい有名なところに推薦で行ったりとか、はい、という中で、ちょっとその頃から異例な感じをやってました。
経営者らしい感じがちょっと。
確かにそうかもしれないです。
MCAスポーツ学校、専門学校ではどんなことして過ごしたなんて思えてございますか?
はい、これもですね、スポーツトレーナーという仕事にすごく魅力を感じて、スポーツトレーナー化というのがあるということで、まず学校説明会行ったときも、
インスタラクターとトレーナーっていう2つの化があるっていうのを見たときに、早速迷ったんですね。
あれ、違うんですかってこともよく分からずにいたので、そこから当時は一番やりたかったのはスポーツ心理学とかテーピングですね。
怪我しちゃった方に何かサポートしたいと思ってたので、やっぱりトレーナーの方優先でやろうって入ったんですけども。
そうですね、いろんな現場にいる先生からお話を聞いて、体のこと勉強していったり、そういうのがすごく楽しくて、私それまで字の本っていうものはですね、基本的に読むのがあまり好きではなく、
中学の時もね、割と勉強しなくてもできたとか得意で大好きだから、教科書を見てテスト勉強するってあんまりなかったんですけど、
専門学校の本がすごく面白かったので、気づいたらまだ入学式始まってないのに半分本読んじゃってたぐらい、
やっぱりこの業界すごい面白いなっていうところに入りまして、でも入ってからがまたスポーツトレーナーの道っていうのがいくつもいくつもあるっていうのは後から知ったので、
あれもやりたいしこっちにも興味あるし、どっからやったらいいんだろうって毎日ワクワクして過ごして、そのまま卒業する時も一つには絞り切れず、
いやこれ卒業してからももうちょっと勉強して、それからもうちょっと絞っていこうかなっていうふうにですね、もう楽しいことの毎日でしたね。
なるほど。私はレイさんと結構いろいろと長く付き合ってるので、変わらないんだなっていうふうに思うぐらい、何でも興味持つというか何にでも手を出していくというか。
これ楽しそうってなると、ある程度極めるというか、人よりできるとこまで知りたくなるっていうんですかね。
逆に言うとですね、あれこれあんま全然興味ないなと思うと全く触れていかないというか、そういうのが結構はっきりしてますね。
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小学校の時からずっとほぼ一緒です。
一緒ですね。変わってないです。
なるほど。ありがとうございます。で、卒業後は就職ですか、それとも個人としてやっていく感じですか。
もう本当にだからこれをやるぞっていうのが決まってなかったので、でまた就職というもの、周りは就職活動してたし、学校の方にも求人とか出てるんですけども、
卒業している先輩方がですね、学校に遊びに来ることが結構ありまして、お話聞いてると、でも皆さんね、自分が就職したいって言ってた、
業種だけではなく行きたいって言ってた会社に、どんぴしゃで就職した方もなぜか辞める人が多かったんですよ。
話を聞いてみると、思ってたのと違ったとか、ちょっと結構厳しかった、先輩がどうのこうのとかですね。
何か皆さんから愚痴というか不平不満、なんかちょっとこんな人生なはずじゃなかったみたいなことで、皆さん辞めてる方が多かったので、
就職すると大変そうだなという印象で、私そもそも一つに決まってないんで、
なんか就職っていうところじゃないな、これは思ったので、もう一箇所もですね、就職活動することもなく、じゃあ私はまだ勉強しますということで、
それこそフリーランスやってきますって言って卒業したんですが、当時フリーランスが何なのか分からずに言ってました。
ある意味、卒業して個人事業にしてフリーランスですんで、社長に急に起業しちゃったみたいなもんですね。
そう、結果的にそういうことをしたんだな私っていうのを後から気づきました。
卒業した後は勉強しながら先輩方から個人的に仕事を受け取ったりとか、そんな感じでいらっしゃったんですか。
そうですね、学生時代からちょっとお手伝いさせてもらってた、それこそ最初はボランティアで見させてもらってたトレーナーの仕事とかを、
卒業した後は例えばお金をいただけるようになったりとか、通ってた学校の講師の先生からこんなお仕事あるよっていうふうにお仕事をいただいたり、
学校の先生からもここでこういう募集があってどうですかっていう話を直接いただいてたので、ありがたいことにその紹介でお仕事をいただけてました。
なるほど、その当時はどんな仕事を中心になさっていらっしゃったんでしょうか。
一番最初はそれこそまだキックボクシングに出会ってなかったんで、プールでやるエアロビクスのアクアビクスっていうものがメインでやっていて、
あとは水泳指導も本当に親子でやる水泳教室から成人の水泳教室まで割とプールの先生をやってました。
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なるほど、じゃあ私の学生時代と一緒ですね。私もスイミングイスターターやってたことがございますね。
そうですね、それをやっておりました。
なるほど、キックボクシングに出会ったのはいつぐらいですか。
そこから2,3年後ですね、ずっと何かキックボクシングとか空手、合気道みたいなものっていうのを対人でやるもの、格闘技っていうのはすごく興味があったんですけど、なんとなくタイミングがなくてやっていなかったんですが、
その時にビリーズブートキャンプが日本にやってきて、自分も一緒にそこに乗っかって試しにやって、やってる姿を練習ですね、自分のインストラクションの練習で鏡を見ながらやってたら、やっぱりキックがかっこよく動けるかどうかが結構難しかったり、左右が上手にできない、もうちょっとこれはかっこよく見せたいなというところから、
じゃあこれをやっぱりキックボクシングやろうとなりまして、たまたま周りにいた先輩の方がフィットネスでキックボクシングエクササイズとキックボクシングを覚えていく技術練習をするようなのと、両方やってるジムがあるよというふうに雑誌か何かを見せてくれて、
たまたまそれが通える範囲にあったので、じゃあ何かそこにも直接通って、会員さんの一人としてですね、一会員として通って自分のエクササイズに取り込めるまでやっていこうというふうになってから始めました。
おだしょー 通い始めたら、これはいけると思ったんで、インストラクターになろうと思った感じですか。
そうですね、もともとインストラクターはやっていたのもあって、初日体験なのに、初日から何をやってるんですかってみんなに聞かれるぐらい、すぐやっぱりできちゃったので、後は種類を覚えるだけだなっていう感じでした。
おだしょー キックボクシングエクササイズでお客様を獲得しに行こうと思ったのは、じゃあ習い始めてすぐぐらいですか。
おだしょー でもね、やっぱり自分で何かずっとスポーツが好きで部活動もやってたので、仕事じゃない場所で自分も体を動かす、要は集中して汗を流すっていう趣味の時間としてもやりたかったんで、最初は本当に事務生として通おうと思ってやってたんですけど、
最初からそんな感じだったこともあり、割と早い段階からそこの事務の会長さんから、うちで先生やってくれないかってお話いただいて、横並びでやってた、なんとかちゃんって呼び合ってた人が今度からお客さんになるというですね、ちょっと不思議な、どう扱えばいいですかねみたいな感じから始まり、
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そこからキックエクササイズをやってる先生ということで、他にもまたご紹介いただいてですね。
おだしょー そうすると途中からキック博言エクササイズがメインになり、本業になると、そんな感じになるんですかね。
大平 そうです、そうです。
おだしょー なるほど、なるほど。
本日も社長に聞くインウィズビズをお聞きくださり誠にありがとうございました。この番組は2017年1月から毎週配信を続けております。これまでにたくさんの生光社長、生光経営者のインタビューをお届けしてまいりました。
この内容はすべてテキスト化いたしまして、私どもウィズビズが運営するウェブサイト、KAノートでも閲覧いただけるようにしております。
音声だけでなく文字で読み返すことで新たな発見や気づきがあり、皆様の会社経に役立つヒントがきっと見つかるのではないかと思いまして、サイトの方にもさせていただいています。
ぜひネット検索でKAノートスペース社長インタビューと入力いただきKAノートのサイトをご覧になっていただければというふうに思っております。本日の社長に聞くインウィズビズはここまで。また来週。