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第496回 河村裕司氏(株式会社YKフューチャーコンサルティング 代表取締役)【前編】
2026-07-22 20:02

第496回 河村裕司氏(株式会社YKフューチャーコンサルティング 代表取締役)【前編】

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今回は、株式会社YKフューチャーコンサルティングの河村裕司氏にお越し頂きました。

コンサルタントとして700件以上の事業者を支援。会社として支援した補助金の総額は55億円超、数多くの経営者を支援されるお姿から、経営のヒントが得られます。ぜひ、インタビューをお聞きください。

なお、過去にこの番組で配信した内容は、経営者インタビューメディア「経営ノート」にも掲載しています。ぜひこちらもご覧ください。

■経営者インタビューメディア「経営ノート」

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社長に聞くinWizBiz
本日の社長に聞くinWizBizは、株式会社YKフューチャーコンサルティング代表取締役、河村裕司様でいらっしゃいます。
私も広告主でもいらっしゃいます。まずは、経歴の方をご紹介させていただきます。
山口県防府出身、防府高校中央大学理工学部卒業後、経営コンサルトとになさっていらっしゃいます。
経営コンサルトとして、新企業開発、新商品サービス開発、マーケティング戦略の立案などなど、企業の新たな出発のご支援をなさっていらっしゃいます。
補助金を活用した設備と新商品開発、販路獲得支援の実績も多数ございます。コンサルタントの先生でございます。
河村社長様、本日はよろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。
まず最初のご質問ですが、ご出身は山口県の防府市ご出身ということで、小学校時代はどんなお子様でいらっしゃいましたでしょうか。
小学校時代ですか。小学校時代はもう落ち着きがなかったというのが、先生からずっと言われてましたね。
落ち着きがない、授業中話を聞いていない、違うところを見ている、他の人と喋っている、忘れ物をする、みたいなことはすごく言われていて、
忘れ物はさすがに自覚はあったんですけど、落ち着きがないというのは自覚がなくてですね、
なんでそんなことをいつも言われなきゃいけないんだろう。中学校までずっと言われてました。そんなことはないと思ってましたけど、
大人になって落ち着きがないんだとわかりましたというか、やっと確かにそうだったなというふうに思います。
常に遊んでましたね。誰かと遊びたくて、家に帰ると名簿を開いて、話したことない人にもどんどん電話をしていって、
女の子も巻き込んで、男の子は全部ダメだったら女の子の家にも電話してみたいな、
本当に常に動いてたというか、遊び回ってた、外を歩いてたような、そんな小学生でしたね。
社長様らしい、コンサルタントの先生らしい、好奇心旺盛なお子様だった。
そうだったんでしょうね。書きやすくもあったですけど、好奇心旺盛でした。
プラス、小学校の時から知らない子にも連絡できるということは、営業力も身につけていらっしゃった、そんな感じでいらっしゃったんですか。
そうですね。何も考えなかったりすると、今だったらできないんですけど、当時は何も抵抗もなく、普通に当たり前のようにやってましたね。
なるほど、ありがとうございます。中学校時代はどんなことして過ごしたなんて思えてございますでしょうか。
中学校時代からは、バンドをやってましたね。
バンド、ギターを買って、仲間にもギターを買わせたり、ベースを買わせたり、ザンガを買わせたりとかして、バンドを始めました。
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学内で、うなか岩の4つくらい切り切りできたんです。僕らって結構流行っていて、ずっとギター弾いてましたね、中学校は。
何系の音楽を弾いていらっしゃったんでしょうか。
その時はロック、ロックノールとかですね。ギターが華やかな音楽。
どんな曲を弾いていらっしゃったなと思いでございますか。
当時弾いてたのはですね、私はレッドゼッペインとか好きでしたね。
レッドゼッペインとかジミヘンとかですね。
当時の僕の世代からだと、まだもっと上の方なんですよ、ジミヘンとか。
近所の友達のお父さんとか、そういった影響は知ってたね。
家に行くとレコードがいっぱい置いてあって、聴かせてもらってたりとかしたらなんかいいなっていうのが、
ちょっと上の世代の方たちは聴いたり、レッドゼッペインとかそういうのがすごいなって練習してましたね。
そうですね、レッドゼッペインだとちょっと上です。ちょっとというかだいぶ上かもしれない。
そうですね、僕普段のお父さんとかそれぐらいですかね。
河村社長今おいくつでいらっしゃいますでしょうか。
僕48ですね。
そうするとガンズが流行った後ぐらいですかね。
ガンズは一番流行ってました、中学生の時は。
ガンザのオースなんかも聴いてましたよね。
なるほど、ありがとうございます。
高校は防腐高校にオススメになっていらっしゃいます。
高校時代の思い出なんてございますでしょうか。
高校時代の思い出はですね、バンドやりながら、あとは陸上に結構ハマりましたね。
陸上は、そのとき初めて始めたんですよ。
それまで実は野球部行って、野球部が全然ハマらなくてですね。
正直楽しいんではなかったんですけど、
友達がいるので、そこに友達に会いに行くと。
練習はやらずにベンチに立ってずっと見てるみたいなことをやってるみたいな野球部だったんですけど、
陸上は本当に自分で楽しいなって思えるようになって。
球技とフィールドトラックで全然違うので、やっぱり自分に向いてたのは陸上だったっていうのと、
父は陸上が早かったので、多分そこを意識して始めたみたいなところもあると。
なるほど。
競技は何を専門とされた?
競技は短距離やってましたね。100、200、時々400みたいな。
じゃあ100は何秒ぐらいで走られてるんですか?
100はね、ベストは11秒1ですかね、私は。
早いですね。
高校のときですね。何とか10秒出したかったんですけど、10秒はちょっと届かなかったですね。
でも11秒って早いですね。素晴らしいですね。
高校生では結構頑張ってたかなと思うので。
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なるほど。運動神経も元々よろしかったんですね。
運動は結構好きですね。今もやってますよ。常々何かやってる感じですね。趣味ですけど。
なるほど。ありがとうございます。
その後、中央大学理工学部にお勧めになってらっしゃいました。
他にお勧めになった理由は何かございましたでしょうか?
これはもう口にするのも恥ずかしいんですけど、特に理由がですね、
まず山口県出身ですね。東京に出たくて仕方がなかった。大阪じゃダメ、福岡じゃダメ。
とにかく東京という、日本一大きいところに行きたいという、田舎出身のよくあるあるですけど。
東京に出るために大学を選ぶんですけど、どこに自分が行けるかっていうところでしか選んでなかったですね。
将来何の仕事がしたいかとか、そういったことはよくわからなくて、理系の勉強が得意だと。
いろいろ学科がある中で、私は中央大学の理工学部、精密機械合格ができましたけど、
それも偏差値のテーブルに中央、ここだったらいけるのかな。
あと他にも受けましたけどね。そんな選び方でしたね。東京にあるかどうかっていうところがもう非常に大きかったということですね。
だから今の仕事と全然ついていないという、そんなテーマです。
中央大学時代の思い出なんて何かございますか。
中央大学時代の思い出、そこでもずっとバンドやってたんですけど、
あとはバンド以外には、海外に1年ほどロンドンに在住しました。
大学を休んでロンドンに行って、1年留年したので、それによってですね。
帰ったときは同期はみんな卒業していって、その年は本当に勉強は自分で頑張るしかなかったんで、めちゃくちゃ頑張ったのを覚えてますね。
友達助けてくれる人になって、教えてくれる人が。
そこから帰って1年ぐらい就職活動して、就職という流れです。
ロンドンにはなぜ行かれたんですか。
ロンドンは、英語のブリティッシュイングリッシュをどうしても習いたかったという、単なる気持ちの問題で一つ。
もう一つが、私は音楽が好きだったので、当時のロンドンってですね。
ロンドンって、UKのロックなんかも当時からすごく盛り上がってきてましたし、
あと私、高校ぐらいからダンスミュージックとかが結構好きになって、当時だとドラムンベースとかですね、
エレクトロニカという音楽とかが現地でどんどん発信されていってて、
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ちょっとアメリカが違う、またロンドンはロンドンで面白い音楽をどんどん発信してたというところで、
その興味もあってですね、ロンドンに選びましたね。
なるほど。ロンドン1年間行くというのは、お父さんもお母さんもよくご許可をなさりましたね。
そうですね。ずっと許可はしてくれなかったんですけど、私、中学ぐらいから留学したいというずっと親にお願いしていて、
たぶん大学で行くまで4,5回ぐらいお願いしたことはあったけど、でもダメで。
最後、大学卒業するまでにラストチャンスだなと思って、
ダメ元で自分で半分持つので半分だけ払ってくれないかっていうオファーしたときにOKというところで、
ちょっと自分も表彰に決めましたけどいいんだと思って、
いってらっしゃいって言ってくれたので、それで順調に答えたという感じでしたね。
周りのお友達からもすごいなと言われたんじゃないですか。
変わったやつだなみたいな見られ方をしてたっぽいですね。
急に言い出したし、あとは理系なので留学してる人なんてほとんど、
英語で留学する理系の人なんてほとんどいなかったので、
周りからも、理系の友達ですからね、不思議だなんて。
なんでここにいるの?って感じでしたよね。
なるほど。好奇心旺盛な小学生時代だと言ってる感じでいらっしゃるんですね。
確かにそういう意味だとつながってますね。
なるほど。ありがとうございます。
中央大学理工学部卒業後は普通に就職なさったんでしょうか。
就職しました。
電子楽器メーカーのコルグという会社に就職して、
今度は楽器を作り始めたということを20年くらいやってましたね。
なるほど。そちらでの思い出というのは何かございますでしょうか。
そこの思い出はそうですね。
私は入社してすぐ、しばらく数年後に商品企画に移動して、
その商品の企画であったり新規の事業の立ち上げとか、
そういったところを最後会社を辞めるまでやってたんですけど、
とにかく自由にやらせていただいたっていうのが私の印象ですね。
本当にはっきり社長からも言われてました。
好きに勝手にやっていいのって言ってくれてまして、
実際にどんなことをやらせていただいたかというと、
例えば1ヶ月ヨーロッパを旅してきたんですみたいなお話をしてですね。
旅をすると、いろんなミュージシャンと会ったりとか、いろんな現場を見れたりとかするんですね。
そこに行くと、ミュージシャンの方と知り合いになって長くなると、
自分の知ってる廊下のミュージシャンが、あさってここでライブやってるからとか、
ミューヘンでやってますから、そういう話が現地でしか入ってこない情報が入ってくるので、
1ヶ月、とにかく自由に動かせてほしかったんですね。
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1ヶ月の予定を決めていくっていう方は、
あまり私が当時求めたマーケティングスタッフにはあってなくてですね。
それを言って、結局入り口ミューヘン、出口がパリでしたね。
あとは間は自由にやらせてくださいっていうのも、全部OKしていただきましたし、
それで味を占めて同じようなことをよくアメリカに行ってやってたりとかもしましたし、
商機の企画なんかも割と通していただけたというか、
話をしっかり聞いていただけたという印象はありますので、楽しかったですよね。
なるほど。今だとNHKで駅ピアノとか空港ピアノみたいな感じの、
ああいうのも見て回ってみたら、そんな感じでらっしゃいます。
そうですね。ロサンゼルスとかは結構早かったですよね、ピアノを設置するの。
今いろんなところでありますけど。
じゃあ現地の方とも一緒に演奏したりとか、そんなこともあるんですか?
演奏というか楽器をテストするために演奏する感じですね。
もう楽器弾くのが仕事みたいなところはあるので、ずっとじゃないですよ。
もちろんExcelを開いたりとか、パート2で資料を作ったりはしますけど、
そのときに楽器が出来上がると、弾いてみないといい音が鳴るのかとか、
求めてる音楽になっているのかってわからないので、
それを一緒にみんなでギター持ち替えながら、
次は君ね、次は君ねとか言って、一緒に弾いて、
あ、どうだったねとかいう話とかはしてましたね。
なるほど。ちょっと楽しそうなお仕事ですね。
すごい仕事だなと思いますね、本当に。
基本の商品はギターとかを作るようになってたんですか?
ギターとシンセサイザーも結構作ってましたね。
あとはチューナーですね。楽器用のチューナーとか。
電子ピアノとかもありましたけど、電子楽器とかも作ってましたね。
なるほど。大変楽しそうなんで、うらやましいなって。
よく言われます。楽器好きな方は楽しいですね。
なるほど。ありがとうございます。
その会社をお辞めになった経緯っていうのは何かございますか?
辞めた経緯はですね、
もうこのコンサルダントの仕事の方が忙しくなってきたっていうのがあって、
副業を認めていただいてたので、
副業をしながら製造業のご支援なんかをやっていたんですね。
それこそ本当に商品企画とか新規利用っていうところを、
別の楽器じゃない全然違う製造業に対して支援をしていたところ。
徐々にオスロルが増えていって、
その中、商品企画、新規事業以外にも補助金のご支援っていうのもだんだん忙しくなってくる中で、
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こちらのほうに自分の会社を作って、そっちにプルスイングしてみたくなったっていうのがありまして。
副業はいつぐらいからやってたんでしょうか?
2016年ぐらいですね。
会社勤めて何年目ぐらいでやってたんですか?
会社勤めてそれで15年目ですね。
副業をやることになったきっかけっていうのはございましたでしょうか?
きっかけはですね、私の資格は現場の実践が必要というか、資格を維持するために現場で実践し続けなければいけない。
実践をすると、ご支援させていただいた会社の社長さんとか、車番を押して証明書みたいに発行する。
ここまでやらなければいけなくて、
そうするとどうしても報酬が発布してしまうときがあるんですね。
ただそれを全部回避していると資格の維持が困難になるというところで、
ご相談をさせていただいて。
たぶん最初の副業、その会社で初めて副業した人は僕だったと思いますね。
ちょっと特別扱っていただいたところはあると思うんですね、その資格の維持というところで。
資格は中小企業診断士でよろしかったでしょうか。
そうですね。
逆に中小企業診断士を取ろうと思ったきっかけなんてございましたでしょうか。
中小企業診断士はですね、もともと会社経営とか企業経営に興味があって、
商品企画というポジションになったときに、仕事を接するお相手がやはり経営者が増えてきたんですね。
で、経営者側のお考えなども理解する必要があるだろうというふうに自分でも思っていたので、
それで勉強のきっかけですね。
最初は海外、MBAに5回行ってたんですけど、
本屋に行ってですね、いろいろ調べてたら、
ちょっと自分が想像したのとまるで一つ違うぐらいですね、
高くてもう到底無理だった。
入学したときみたいに親にちょっと相談を。そんなレベルでもなくて、もう無理だった。
ところで、右側の方に日本版MBAって書いてある本があった。
それを手に取って、中小企業診断士の資格だったんですけど、
見てるとよくできているなというところで、非常によくできる資格に見えたんですね。
私たちは別にMBAを取るということとか、海外にもう一度行くということは強い。
そこは強いモチベーションということではなくて、
経営ってどうやって勉強したらいいんだろうっていう、
何からやっていくかがずっとわからない時期が続いていたんですね。
経営ってすごく広いものですし、中小度も高いところで、何から手をつけていくか。
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それが全部準備されていて、7教科。1次科目は7教科、2次科目は4教科ですね。
これを順番にやっていくと、経営は一通りお勉強はできるという、
そういったカリキュラムってあまりなくてですね、
それを数年かけてやれるようなものっていうのはですね、
なので全然就職企業診断師でいいなと思って始めたのがきっかけですね。
なるほど。ありがとうございます。
本日も社長に聞くインウィズビズをお聞きくださり誠にありがとうございました。
この番組は2017年1月から毎週配信を続けております。
これまでにたくさんの成功社長、成功経営者のインタビューをお届けしてまいりました。
その内容はすべてテキスト化いたしまして、
私どもウィズビズが運営するウェブサイト、
KAノートでも閲覧いただけるようにしております。
音声だけでなく文字で読み返すことで新たな発見や気づきがあり、
皆様の会社系に役立つヒントがきっと見つかるのではないかと思いまして、
サイトの方にもさせていただいています。
ぜひネット検索でKAノートスペース社長インタビューと入力いただき、
KAノートのサイトをご覧になっていただければというふうに思っております。
本日の社長に聞くインウィズビズはここまで。また来週。
20:02

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