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2021-12-01 16:54

第256回 吉村公孝氏(ベイシス株式会社代表取締役社長)【前編】

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今回は、ベイシス株式会社の吉村公孝社長にお越し頂きました。

デジタル社会をインフラで支える「インフラテック事業」を展開する、マザーズ上場企業の社長様です。

5GやIoTに代表される次世代テクノロジーが、社会で役立っていくには、通信インフラの整備が欠かせません。裏方でありながら、私達の生活の「当たり前」を支えて下さっている、無くてはならない存在です。吉村社長が、現在の事業に到るビジネスチャンスを掴み取ってきたエピソードから紬出される成功の秘訣は、ビジネスパーソン必聴です!経営のヒントが得られますので、ぜひインタビューをお聞きください。


なお、過去にこの番組で配信した内容は、経営者インタビューメディア「経営ノート」にも掲載しています。ぜひこちらもご覧ください。

■経営者インタビューメディア「経営ノート」
https://keiei-note.com/




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社長に聞く＀in WizBiz
本日の社長に聞く＀in WizBizは、ベイシス株式会社代表取締役 吉村公孝氏でいらっしゃいます。
まずは、経歴のほうをご紹介させていただきます。
広島県生まれでいらっしゃいます。
岡山理科大学工学部、機械工学科卒業後、 独立系のエンジニアリング会社に就職。
その後、フリーランスのエンジニアとして個人事業として独立。
そして、広島で有限会社サイバーコネクション、 現ベイシス株式会社を設立。
2006年は本社所在地を東京都に移転し、 そしてベイシス株式会社に社名変更されて、
そして、東小マザーズに上場を2021年にされている 東小マザーズ上場企業の社長様でいらっしゃいます。
吉村社長様、本日はよろしくお願いします。
はい、よろしくお願いします。
最初のご質問ですが、ご出身は広島とのことで、 小学校時代どんな少年でいらっしゃいましたでしょうか。
小学校時代は比較的勉強もスポーツも結構好きな方で、 活発なタイプだったんですね。
優等生っぽく聞こえるんですけど、 どちらかというとやんちゃなタイプの小学生でしたかね。
じゃあ、ガキ大将よりですか?
ガキ大将なんですかね。
やんちゃな男の子のグループの中の一人みたいな感じですかね。
クラスでは一番目立っている、 一番モテるタイプの感じですかね。
どうですかね、モテたかどうかわからないですけど、 優等生にとって目立っていた方だと思います。
中学校時代はどんな少年でいらっしゃったんですかね。
中学も小学校の時とはそんなに変わらず、 スポーツもやっていましたし、勉強もそこそこという感じで、
あんまり小学校の時とは変わらないですかね、中学も。
じゃあ、中学の時代はもっとモテるようになったみたいな。
モテたかどうかなんですけども、はい。
高校は広島の方でですかね。
そうです、高校も広島の高校です。
高校はどんなことをして過ごしたかと思いますでしょうか。
高校は引き続き小学校の時からずっとバスケットをやっていたんですけど、
高校3年間もバスケットをやっていたんですね。
なので、結構スポーツが中心でした。
ただ、地元の新学校というか高校に入ったんですけど、
すごく真面目な校風に馴染めなくて、 僕はちょっとやんちゃなタイプだったので、
なんとなく高校はあまり部活以外は楽しくなかった思いで、
部活以外はみんな勉強している。
それが嫌だみたいな感じで、ちょっと僕は反発していたので、
高校の時は成績がかなり落ちたみたいな感じの高校生活でしたかね。
運動、スポーツばっかりやっていたという。
なるほど。
その後、岡山理科大学にお勧めになっているんですが、
何かこの岡山理科大学、理系を選ばれたりというのはありましたでしょうか。
理系は、もともと理系科目が得意で、文系科目苦手だったというのもあるんですけど、
ただ、私の家系自体が結構技術者の家系というか、職人だったりとか、
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何か手に職を持っている身内ばかりで育ったので、
なんとなく子供の時から何か技術的なことをやりたいなというのがあったので、
その影響かなと思います。
大学時代の思い出は何かございますか。
大学はですね、本当にいろんな思い出があるんですけど、
勉強は1年生の時しかやっていない感じで、
1年生からはほとんど勉強は本当にのらりくらりと単位を取っていたという感じで、
そんなに熱心に勉強はしていなくて、
本当はアルバイトと、あとは友達と遊ぶみたいな、
その2つが大半の時間を費やしていって、
ちょっと私、特徴的なところがあって、
高校卒業するときに親に、もうこれから一人暮らしをするし、
普通仕送りとかしてもらうじゃないですか。
僕、でも仕送りしてくれなくていいっていう親に単価を切って、
もう自立したいんでってことで家を出たんですね。
なので、自分でバイトしながら生活したので、
そこは結構貧乏学生というか苦学生というか、
そういったところも学生時代はありましたね。
アルバイトはどんなアルバイトをされていらっしゃったんですか。
もういろいろピンから切りまでというか、やったんですけど、
それこそレストランの厨房で皿洗ったりとかもしましたし、
あとはガソリンスタンドで働いてみたりとか、
いろいろやったんですけど、
ただ先ほど申し上げたように、僕はお金がなかったので、
時給の高いバイトを探して、
本当は掛け持ちでバイトしたりとかということでやってました。
でも最初からそういうのを、
ご両親にお金はいいって言ったってことは、
割と自立してるお子さんでいらっしゃったんですね。
そうですね。だから、本当に物心ついた頃から、
親に何かしてもらうのが嫌。
小さい頃って親に服を着せてもらったりするじゃないですか。
そういうのが嫌だって抵抗してたタイプだったらしく、
全部自分でやりたいみたいな性格だったみたいですね。
小さい時から。
さすが上場企業の社長さん、
お子さんの頃から自立してらっしゃるという感じがしますけども。
その後、独立のエンジニアリング会社さんにご就職されたんですか。
これはどういった会社にご就職されたんですか。
その会社は大阪にある、本当に上場企業とかじゃなくて、
オーナーさんがやってる独立系の会社で、
主に携帯電話会社さんとか電力会社さんとか、
そういったインフラ系の会社さんに対して、
それこそ弊社が今やってる通信のインフラとかネットワークを作ったり、
みたいなことをやってた会社でして、
なんでその会社に入ったんですかってよく聞かれるんですけど。
実はですね、僕は大学4年の時の就活をして、
大学4年の時の就活の時に、
自分が将来どの分野で何をやりたいかがなかなか決まらなかったんですね。
決まらずに悶々としてるとあっという間に就活時期が過ぎてしまいそうになって、
最終、最後に大学の教授の紹介で、
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この会社どうだって言ってもらったところに入ったっていう感じなので、
正直その会社である理由とか、その業界の仕事をしたりとかあんまりなくてですね、
生活するためにとにかく就職しないといけないんでっていうところで、
そんな感じの入った会社なんですね、実は。
どんなお仕事をされてたんですか?
私は就職してすぐに配属されたのは、電力会社さん。
当時関西電力がお客様だったんですけども、
関西電力という電力会社が独自に持っている通信ネットワークってあるんですけど、
その通信ネットワークを監視するためのコンピューターのデータベースがあるんですけど、
そういうのを作ったりとかしてたんです、初めは。
その後その会社が、当時私が就職した頃にその会社が、
携帯電話のインフラの方のビジネスを新規事業みたいな形で、
数年前から始めていて、僕自身はそっちの方に興味が湧き始め、
そっちに移るみたいな形で、今の弊社がやっている
モバイルネットワークに関するところに関わったというところですね。
なので、そこの会社、就職するときは別にそこの会社である理由はなかったんですけど、
たまたまその会社でこの携帯のビジネスに出会ったというところですよね。
ある運命みたいなものですよね。
そうですね。
私、大学生の頃から将来起業しようと思ってたんですね。
だから、どの分野でとか全然決まらずに、先ほどの就活の話になっちゃうんですけど、
そういう状況だったので、とりあえず何でもいいから就職して、生活するために就職をし、
その就職をしてから、いろいろ社会勉強をしながら、
企業のチャンス、ネタを探そうということで就職していたので、
自分の勤めている会社の外にチャンスがあると思って探していたんですけど、
実はたまたま入ったその会社で今のビジネスに出会ったので、
自分が良かったというか、というのは思っていますね。
多分、リスナーが聞いている方々も、
サラリーマンの方は、ここでもしかしたら見つけられるのかという気持ちかもしれない。
すごい話なんですが、その後、1年ぐらいですか。
1年半ですかね。
フリーランスのエンジニアとして個人事業で独立ということなんですが、
割と早いんですけども、これは何か理由があられましたでしょうか。
理由はですね、当時、私は1995年に就職しているんですけど、
ちょうど私が就職した時は、まだ携帯電話はそんなに普及していなくて、
新入社員の私たちは、誰も携帯電話を持っていなかったんですね。
値段も高くて、高値の花で。
就職した年に、Windows 95が出たりとか、
ようやくパソコンとかが一般家庭でも普及し始めたタイミングで、
開けた96年になった時には、新入社員みんな携帯持っていたので、
本当にちょうど携帯とかパソコンが一般の人に普及し始めた時期だったんですね。
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私はビジネスサンスを探していたので、
これはおそらく90年後半から21世紀、2000年代にかけて、
間違いなくパソコンとか携帯電話とか、インターネットとか、
その辺が社会を変えるなというのがピンと95年後半に気づきまして、
であれば早くビジネスサンスを掴まなきゃというところで、
かなり1年半ということで非常に短い期間だったので、
結構周りからはまだ早いんじゃない?と止められたりもしたんですけど、
今このチャンスを、もしこの波に乗り損なっちゃうと絶対後悔しちゃうなと思って、
早いなと思いながらも独立を決意したというところですかね。
なるほど。ちょうどインターネット元年みたいなことで。
そうですね。ヤフージャパンができたのも96年くらいだったので。
そうですね。当初はどんな仕事を中心にやっていこうということで、
個人事業を始められたんでしょうか?
まず資金とか何もないので、本当に自分の身一つでやるしかないので、
フリーランスのエンジニアとして、例えば携帯電話会社様から大手さんに発注があって、
大手さんの子会社とか、多重下請けになっているんですけどインフラ工事の業界って。
我々は本当に個人なので、大手さんはもちろん直接売り切りさせてもらえないので、
本当に3次受け4次下請けみたいなところの会社さんと個人契約を結ばせていただいてやってたと。
具体的に何やってたかというと、例えば携帯電話の電波のアンテナとか基地局とかを
ビルの屋上だとか山の中とかに建てるんですけど、これ工事会社さんが建ててくれるんですね。
私自身は工事屋さんじゃないので工事はできないんです。
ただ工事が終わった後に携帯電話の皆さんがお持ちの端末と基地局がちゃんと通信できるように、
通信の無線に関するいろいろなセッティングとかをやらなきゃいけないんですよ。
例えば皆さんパソコンとか買ったとき初期設定するじゃないですか。
まさにそんな形の基地局の初期設定があるんですけど、そういうのは無線のエンジニアじゃないとできないんですね。
なのでそういったものを受託して、本当にノートパソコンを持って現地に行って、
カチャカチャノートパソコンで設定するみたいなことをやったりとか。
あとはその基地局が電波を出し始めたときに、県外のエリアとか電波届くエリアってあると思うんですけども、
その電波の調査とかを車で調査するんですけど、専門の機材を使って実際の電波のデータを取得するみたいなことをやったりとか。
そんなことを初めはやってましたね。
その後有限会社サイバーコネクションという会社組織に変えてらっしゃるんですが、
これは結構儲かってきたから変えたとか、そんな理由でやらせたんですか?
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私はサラリーマンを辞めてフリーランスになった理由は、とにかく法人化するための資金を貯めようと思ったんですね。
サラリーマン1年目の給料って本当に少ない。
本当に給料日前はご飯食べれないくらい貧乏で、みたいな心境でした。
これでいつまでたっても事業資金がたまらないなということで、
フリーランスになるともちろん単価は上がりますので、それでずっとお金を貯めてたんですけど、
ようやく資金もある程度できたというところで、法人化してしっかりと社員を雇って、
組織化して事業を大きくしようというふうに決断したのがその2000年ですね。
その時も通信の事業がどんどん広がってて、そんな感じですか?
そうですね。2000年当時は、今って携帯電話がまさに4Gから5Gに切り替わってますけども、
当時は2Gから3G、3Gに切り替わるタイミングの時だったんです。
なので非常にまた需要が、モバイルインフラに関する需要がかなり大きくなるタイミングだったので、
法人化してしっかりと3Gのチャンスをつかもうというところでスタートしたという形ですね。
3分コンサルティング。みずみずが社長の悩みを解決。
本日の3分コンサルティングは、Kさま、飲食店経営で28店舗で年賞15億円だそうです。
はじめまして、Kと申します。コロナ前までは増出増益で2019年年賞15個ほどの売上が上がりました。
しかし、2020年コロナが直絡し、売上が半減しました。
そこでコロナ禍でテイクアウト専門業態等新規に取り組みを始めました。
すべて出しは上場で、2021年の売上は昨年より良い推移を示し、多店舗展開できそうです。
そんな時にある経営者から、多店舗展開できそうなら上場して資金調達すればいいのでは?
とのお話をいただきました。
そうかと思えば、同業の経営者とお話をした時に、外食だけで上場は難しいのではないかとも言われました。
そもそも、うちみたいに規模の外食が上場できるのか、コロナの影響で外食企業が上場を目指すのは厳しいのか、というあたりを教えていただければと存じます。
よろしくお願いいたします。
まず、結論から言うとできます。ただ、規模がちょっと欲しくなります。
年賞15億ということですが、30億ぐらいは多分必要になるんじゃないかな。
もしかしたら5億、6億と言ってくる商店会社もいるかもしれません。
あと、営業利益率ですね。できれば営業利益率が20%とか15%とか出てくれると嬉しいですね。
ですので、これをフランチャイズ化して、フランチャイズ本部になって上場するという手もあるんじゃないかと私自身は思います。
もちろん、上場を目指し始めると、逆に上場を目指しているので資金が調達できるということもできますので、
そう考えると多店舗展開が本当にいけるのであれば、ぜひ上場を目指すべきだろうというふうに私自身は思います。
チャンスですので、逆にこういうときはチャンスですので、このコロナ禍なのに外食なのに、外食というか飲食業態なのにテイクアウト業態で儲かっているんだみたいなことを示せると上場はいけると思いますので、
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ぜひ頑張って、儲かっているから上場できると思って頑張っていただければと思います。
ぜひ頑張ってください。何かありましたらご相談のらさせていただきます。
本日の3分コンサルティングはここまで。また来週。
本日も社長に聞くインウィズビズをお聞きくださり誠にありがとうございました。
この番組は2017年1月から毎週配信を続けております。
これまでにたくさんの生光社長、生光経営者のインタビューをお届けしてまいりました。
この内容はすべてテキスト化いたしまして、私どもウィズビズが運営するウェブサイト経営ノートでも閲覧いただけるようにしております。
音声だけでなく文字で読み返すことで新たな発見や気づきがあり、
皆様の会社経営に役立つヒントがきっと見つかるのではないかと思いまして、
サイトの方にもさせていただいています。
ぜひネット検索で経営ノートスペース社長インタビューと入力いただき、
経営ノートのサイトをご覧になっていただければというふうに思っております。
本日の社長に聞くインウィズビズはここまで。また来週。
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