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社長に聞くin WizBiz
本日の社長に聞くin WizBizは、Atlas Technologies株式会社代表取締役社長 山本浩司さまでいらっしゃいます。
まずは、経歴の方をご紹介させていただきます。
2005年、株式会社有給レート、現株式会社Ipsilonプレミアマーケティングご入社。
2008年、友人宇宙システム株式会社ご入社。
2011年、独立行政法人宇宙航空研究開発機構出向。
2014年、ソフトバンクペイメントサービス株式会社ご入社。
2018年に、Atlas Technologiesさんを設立され、代表取締役を主任。
2022年には、東証グロース市場に上場された上場企業の社長さまでいらっしゃいます。
山本社長さま、本日はよろしくお願いいたします。
はい、改めまして山本でございます。どうぞよろしくお願いいたします。
最初のご質問ですが、ご出身はどちらでいらっしゃいますでしょうか。
はい、私の出身は北陸の福井県福井市でございます。
福井市で生まれ育ったまでいらっしゃったんですか。
そうですね、18歳高校を卒業するまで田舎の福井県福井市で元気に育ったというところがバックグラウンドです。
小学校時代はどんな少年でいらっしゃったんでしょうか。
小学校時代は全く勉強することなく田舎を駆け巡る少年でした。
東京で育つような方々、子供とはかけ離れた野生児のような形で18歳までほとんど勉強することなく部活だったり遊んだり学校生活を楽しんでいるというようなのが福井での少年でした。
育ち方ですね。
ガキ大将とかそんな感じでいらっしゃったんですか。
そうですね、わんぱくなガキ大将タイプで育ってきた自覚も持っています。
じゃあ今社長様でリーダーシップも取られていらっしゃったんですね。
いいふうに言うと役に立っているかなとは思っています。
ありがとうございます。中学時代はどんなことして過ごしたなと思いでございますでしょうか。
小学校時代中学校時代も本当に田舎育ちでして中学校時代のクラスは2クラス56人の小学校と同じメンバーというのは実はありまして本当にあまり勉強することなく部活ハンドホールをしていましたけれどもボールを投げたり駆けっこしたりというような何も変哲のない中学生でした。
なるほど、高校も福井県内で行ってらっしゃいますか。
そうですね、高校は福井県内の公立高校です。
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分部両棟の藤島高校というところを卒業しているんですけれども、OB、OGで言うと、OGはアパホテルの社長さんの広告党になっていらっしゃる方ですとか、あとはスポーツで言うと中川一選手バレーボール昔のですとか、あとサラダ記念日の田原町さんとかそういった方々いろんな多様な方々を卒業生としては挙げることができますね。
有名人が多数の頭の良い高校でらっしゃると。
頭の良い高校に偶然入れた、あまり勉強しない高校生という感じでしたね。
常常経営の社長さんですので、頭も良しだと思います。
ちなみに本谷社長様はこの前私どもの会社に来て講演をしていただいてますので、ご縁をお返ししますけど。
ありがとうございます。
福井県出身で言うと竹風からのサイバーエージェントの藤田社長もご出身で、よくインタビュー記事を先輩経営者として拝見しますけども、福井県に対する印象というのは全く同じで、すごく閉ざされたが故にどんどん外に出ていきたいっていうところは非常に私も共感する部分は多々ありますね。
そんな感じが地方出身のキャラクターだと思います。
福井は成功する社長がいっぱい出るところ、そんな感じでいらっしゃいますね。
そうなれるように、そう言っていただけるように少しでも自分も貢献したいなというふうには思っています。
ありがとうございます。高校時代はどんなことを過ごしたなんて思いでございませんでしたか。
高校時代は引き続きハンドボールをしたり、水泳で泳いでみたり、文化祭やったり体育祭やったりっていう方、どちらかというとイベントを楽しむような高校生でしたね。
その中であまり引き続き勉強はすることなくっていう感じの生活を送っていました。
なるほど、ありがとうございます。大学はどちらにお勧めになったんですか。
大学は慶応大学の経済学部に進学をしています。
勉強しなくても慶応は早めるものなんでしょうか。
その時は瞬間最大風俗的に受験勉強を頑張りました。
何かお聞きしていると、元が頭良いのでスッといけているようなイメージなんですけど、地頭がよろしかったんじゃないでしょうか。
なんとか短期集中というところで、マラソンはあまり得意じゃないかもしれないですけど、短期集中型で突破できたのかもしれないですね。
なるほど、ありがとうございます。何か慶応を選ばれた理由はございましたでしょうか。
慶応を選んだ理由は、実はその後のキャリアにつながるところがありまして、18歳の時、日本でいうと文系科、理系科というのがまずあると思います。
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その後、どの大学のどの学部に行きますかというふうに続いていくと思います。
私が18歳、ちょうど大学進学をしようかといった時に、あるテレビ特番を見て、それが宇宙開発特集だったんですね。
それにある種、大きな衝撃、インパクトを受けて、宇宙&企業というところを18歳で省略的にやりたいなと目指したのが、まずスタート地点です。
その時に、文系、理系、どういうふうに宇宙開発、宇宙産業を起業するときにアプローチしていこうかと考えた時に、
理系だととても頭のいい人たちがたくさんいて、競争相手がいっぱいいるだろうなというところで、ビジネスアプローチで自分は宇宙開発に携わってみたいというところで、
ビジネス、経済、かつ、片田舎の福井にいるとやはり関西の京都、大阪、あるいは情報が集まる東京に行きたいな、経済関連で有名な大学、行きたい大学どこだろう、で、慶応技術、経済学部に進学したというところが起きて、
大阪、ありがとうございます。慶応大学時代はどんなことをして過ごしたのか、お覚えでございますでしょうか。
慶応大学時代はですね、普通の学生とそんなに変わらない生活をしていました。先ほど申し上げた宇宙の活動というのがまずアンケーブルで、
当時、現、JAXA宇宙航空研究機構は、当時、宇宙開発事業団、NASDAという前身の組織だったんですね。そこに、サマースクールの研修生がいて、
あるいは、当時、学生を国際会議に派遣してくれるというプログラムにも応募して、派遣をさせていただいた、アメリカヒューストンのNASAで行われた、
国際会議に、学生として参加させていただいたり、現地で、ドイ宇宙飛行士、ノグチ宇宙飛行士だったりとお会いしながら、いろいろな活動をしていました。
あと、ゼミがございまして、私たちのプログラムについては、このゼミについては、私たちのプログラムについては、
まず、私たちのプログラムについては、このゼミについては、私たちのプログラムについては、
いろんな国の学生、あるいはプロフェッショナルの方々と、いろんなコミュニティで活動させていただいたのが一つあります。
いろんな国の学生、あるいはプロフェッショナルの方々と、いろんなコミュニティで活動させていただいたのが一つあります。
あと、ゼミがございまして、島田春男先生というゼミに、3年生から所属することで、
当時、島田先生が小泉内閣の内閣府特命顧問と歴任されていましたので、
まさにこの番組のような形で、多くの著名人、当時2003年、孫正吉さんですとか、竹中平蔵先生ですとか、多くのお話をお伺いしながらという機会を体験させていただいています。
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あとはちょうど、インターンといったものが一般的に流行り始めた時期ですので、多くの企業で、議事的に社会人になったらこういうふうに仕事をするんだという形で、いくつかインターンを経験した、このあたりは学生生活で体験したことですね。
あとは30ヶ国ぐらいバックパックをして、多くの旅をしました。
なるほど、すごい学生さんながら、いろんな体験をなさっていらっしゃっているんですね。
十分楽しんだと思います。
ありがとうございます。慶応卒業後は最初はUQ8さんでしょ?
はい。
そちらは何の会社さんがいらっしゃるんですか?
一番最初はスタートアップの企業に就職をいたしました。
この会社自体はカード会社のダイナースクラブですとか、JCさんに対していろんなマーケティング、あるいは例えばカード会員になるといろんなサービスがついて、
職のクラブだったり、旅のクラブだったり、例えば1Qサービスがあります。
あのようなイメージでカード会員向けにいろんな優待プログラムを蘇生したり、マーケティング、プロモーションを打ったりというスタートアップだったんですね。
そこにまずはインターンから入って、その後そのまま就職したというところでございます。
大学の3年生、4年生の時に先ほど申し上げたインターンというところで、三井住友銀行ですとか、ゴールドマンサックスですとか、リクルートさん、いろんな企業さんでインターンをさせていただく中で、
最後、このユーキュレートの社長の方が慶応の先輩、三高井の先輩だったというところもあって、やはり企業&宇宙というところの一つの企業を経営者の身近な形で体験してみたいなというところでインターンをして、そのまま就職をしています。
何か大企業でなくとスタートアップの理由というのはございましたでしょうか。
大企業をまず選ばなかったというところは、なかなか自分が大企業で働く適性はないんじゃないかなというところも大きいですし、将来的に先ほど申し上げた宇宙&企業というところで、企業したいというところがありましたので、であれば一番最初の体験として企業というところが臨場感を持って体験できる場をまずは選びに行ったというところが大きな理由です。
なるほど、ありがとうございます。
結城レイトさんでの思い出なんでございますでしょうか。
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やっぱりですね、日々何かいろんな大変なことが起こる。
それはどういうふうに事業を営んでいくかもそうですし、お客様との相対もそうですね。
あとはやはり非常に人数が少ないと、本当に一人がいろんな一人内薬ということをこなしていかなければいけない。
あとはお金の問題、人の問題、いろんなことが日々起こるな。
逆に生々しいな毎日というところで、学生から社会人になって一番最初、やはり小さな会社がどういうふうに日々しっかり成長をしていく。
あるいはどんなところでつまずいてしまうのかというところを本当に毎日毎日臨場感を持って感じることができたというのが一番大きな思い出でしょうか。
なるほど、ありがとうございます。
その後、友人宇宙システム株式会社にご入社されていましたが、移った経緯は何かございましたでしょうか。
もともと友人宇宙システム株式会社というのは、日本で唯一友人、人間に関わる宇宙開発を取り行う、日本でほぼ唯一の会社です。
ユキュレット新卒から入って3年、次は企業&宇宙のこの宇宙の部分についにトライするぞというところで転職をしたというのが大きなきっかけですね。
この友人宇宙システムに移って、実際に宇宙をビジネスとして経験するというのが始まったところです。
この友人宇宙システムさんでの思い出は何かございますか。
友人宇宙システムでの思い出はたくさんありますね。
時系列に申し上げると、まずこの会社で何をやったのかを申し上げます。
まず一番最初にですね、今から約14年前、その当時で言うと10年ぶりに日本人宇宙飛行士候補者選抜試験というところで、要は宇宙飛行士を募集しますという大きなプロジェクトが立ち上がりました。
そのプロジェクトはJAXAのプロジェクトですので、それをご支援する形で、友人宇宙システムの山本としてJAXAをご支援する、その内容は宇宙飛行士を募集して選抜していくというところが一番まず大きな最初のプロジェクトでした。
今漫画で宇宙飛行士の物語の宇宙兄弟という番組だったりの漫画があると思うんですけども、ちょうど当時作者の方々も熱心に取材されていて、あとNHKスペシャルが初めて謎に包まれたベールを取るみたいな形のNHKスペシャルの密着取材もありましたので、
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いろんな大きなイベントとして見なされていましたが、まずは最初宇宙飛行士を選抜していくというのが大きな仕事でした。
その後、そのプロジェクトが終わって無事3人選抜することができました。
その後は完成館、フライトコントローラーをしていました。
プランナーというポジションでも引退してしまいましたけれども、スペースシャトルと国際宇宙ステーションの完成館、プランナーを筑波の完成室、ミッションコントロールルームというところがあるんですけれども、そこで勤務をして24時間365日。
3シフトで、いつも完成室から宇宙から地球を見ながら仕事をしていたというのがあります。
あとは最後に産業連携施策というところの仕事もさせていただいて、宇宙とその他の産業をいろんな形で融合していくという仕事もさせていただきました。
一部JAXAの中に出向で、JAXAの人間としてというところもございますが、大きくはこのような形で宇宙のビジネスに携わったというところでございます。
ありがとうございます。その後、ソフトバンクペイメントサービスに応通になっていらっしゃるでよろしいでしょうか。
そうですね。ソフトバンクペイメントサービス、現在SBペイメントサービスに2014年に移っています。
何か宇宙側からそっち側に移ろうと思ったきっかけというのはございましたでしょうか。
そうですね。大きなきっかけは実はございまして、当時30歳を迎えて30代をどのように過ごそうか。
10年近く宇宙開発の現場で宇宙&企業というのを模索していたわけですけれども、結論から申し上げると大きな挫折があったというところがあります。
宇宙&企業というところで、当時やりたかったのは宇宙開発の商業化だったんですね。
今でこそ、イーロン・マスクのスペースX、あるいはジェフ・ベゾスのブルーオリジン、また国内でもディープテックという文脈で宇宙開発の資金調達のニュースを見ることもできます。
ただこれが10年前、15年前だと同じことを言ってもですね、あまり話を聞いてもらえないというのもありまして、
そうすると宇宙&企業個人資産がまず100億円ぐらいないとなかなか立ち上がらないなといった、大きなある社のチャレンジングな部分を超えられなかったというのがあります。
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そうすると宇宙&企業の宇宙は現時点ではなかなか難しそうだというところで、かっこよくというとピボットしたというところなんですけれども、その後、フィンテック&企業でソフトバンクグループという場を選んだというのがあります。
じゃあなんでフィンテックなの、ソフトバンクなのというところは、当時1年ほどかけていろいろ宇宙の次の舞台を探したというところがあります。
まずフィンテックという言葉自体は2014年、2013年当時は言葉自体がなかったですね。
金融とテクノロジーが出会う場所というところですが、もともと10年、20年、宇宙開発もそうですけれども、
これから自分が働いていく上でも10年、20年耐えられる大きなテーマに挑みたいというのがありました。
その中でいろいろ産業を見ていって、過去私もイーロン・マスクに話を聞いたとき、IT、宇宙、エネルギーが世界を変えていくと。
彼はITはペーパル、宇宙はスペースX、エネルギーはテスラだったと私としては解釈しているんですけれども、真似たわけではないんですけれども、
実際にはフィンテックというところで価値の移動や交換に私自身も非常に興味があって、それは国内のみならずグローバルなトピックにもなる。
これはこれから10年、20年非常に大きなチャレンジしがいのあるテーマだなというところでフィンテックに行き着きました。
次にじゃあなぜソフトバンクなのと言いますと、フィンテックの中でも価値の移動交換というところでペーメント決済に特に興味を持っていたところ、
2012年にソフトバンクもグループ会社の中でビザとマスターカードのライゼンスを取って決済代行ビジネスからさらにカード会社のような形でビジネスをしていくという記事を拝見しました。
やはりですね、ペーメント決済という前提で、特に日本のマーケットでどこが震源地になるのかなというふうに考えていたとき、私は国内通信キャリアが必ずペーメント決済の震源地になるだろうと思っていたんですね。
そうしますと、やはりソン・マサイルスさんの行動に示されるようにダイナミックにビジネスを展開していくソフトバンクがフィンテック事業を立ち上げていくと、まだ新しい話ですので、
宇宙から来た宇宙人も何かしらプロジェクトのマネージメントという素養を活かしながら活躍できるんじゃないか、引いては企業の土台も作れるんじゃないかというのでソフトバンクを選んで、SBペーメントサービスという会社に転職したというのが30歳の時ですね、31歳の時ですかね。
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なるほど、ありがとうございます。ソフトバンクペーメントサービスでの思い出なんてございますか。
ソフトバンクでの思い出もたくさんあります。ソフトバンク自体は先ほど申し上げた、新たな会社になろうというところのフィンテック事業の立ち上げ、グループ会社の中でもフィンテック事業をリードするという存在ですので、
私自身も事業企画の人間として、いわゆる加盟店事業というアクアリンビジネス、カード発行の事業といわれるイシュイングのビジネス、また決済代行のビジネス、あと送金のビジネスというところで多く経験をさせていただきました。
実際に相対する企業としても、ビザ、マスターカード、あるいは中国のブランド、ユニオンペイ、銀礼ですとか、日本のブランド、JCB、こういった国際ブランドといわれる企業の皆様ですとか、あとは2015年、アップルペイも日本に上陸しました。
その時のアップルペイのプロジェクトですとか、PayPal、Google、Amazon、多くのグローバルのプレイヤーとも事業の立ち上げ、あるいは事業を一緒に協業していこうというところで、多くの経験をさせていただいたのは非常に思い出深い内容です。
3分コンサルティング。みずみずが社長の悩みを解決。
本日の3分コンサルティングはK様です。新谷さん、はじめまして。私は協会ビジネスを運営しております。今回ご相談したいのはロイヤリティを支えられない認定講師への対策についてです。
その彼は協会を発足した直後からの会員であり、数々の功績を残し、メディアに研ぎ上げて、協会認知の拡大に大きく貢献してくれました。
それにとどまらず、人を引き継ぐような不思議な魅力があるので、多くの会員が彼に憧れを抱き、入門を希望してきます。
そのような会員たちはとてもアクティブで、協会運営になってはならない有難人材を育つことが少なくありません。
このようなことから受講者を連れて独立してしまうリスクを懸念し、ロイヤリティを支えられない点には長年目をつむってきました。
しかし、このことが業界の中でも噂となり始め、過小申告をしているだろう講師まで出てきてしまいました。
なんとか彼を協会に人向けながらも、きちんとロイヤリティが支えられる統制を取りたいと考えています。
アドバイスをいただけますと幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。
これは難しいですね。結果的には、優秀な認定講師の方を切らないといけないかもしれませんね。
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私も協会ビジネスについてコンサルティングを今現在もやっておりますが、
一番最初、いわゆるマスターとか言われる方々を育てるので、グランドマスターとかマスターというのを育てる上で、
そのコンサルティングを始めた会社さんから、この3人が候補でと言われたときに、
私はまず優先すべきものは、有能さではない。むしろ、このいわゆる協会ビジネスを信じれるか、
そのトップのAさんという方を信じていただけるかどうか。ある意味、Aさんのためだったら何でもやるぐらいの人を
グランドマスター、マスターにしていかなきゃいけない。単に仕事ができるからとか、
しゃべりがうまいからとか、いろんなことができるからって人をグランドマスター、マスターにしてはいけないということを教え込みました。
そのとき、お相手の方は、えーって言われました。実際やってみると、優秀な方、3人のうち1人優秀な方がいらっしゃったんですが、
その人はどんどんやっぱり違うことをやりたいって、どんどん離れていきました。
いわゆるAさんというカリスマ講師の協会ビジネスのトップに100%信じてついていくという感じにはならなかったんですね。
結果的に残りの2人は、ある意味信じてついていくので、やれること大変少なかったですが、
パワーポイントも作れない、パソコンも動かせない、ズームもやれないぐらいだったのが、
どんどん覚えてきまして、今ではグランドマスター、そして大変優秀になっているし、ちゃんとお金も支払ってくださっています。
そういう意味で、むしろ優秀な方を認定講師とかマスターとかグランドマスターにするのではなく、
Aという協会ビジネスのトップを信じて徹底的についていくぐらいの人をお弟子さんにしないといけないのが協会ビジネスだと思っていただきたいなと思います。
これが基本の路線です。
ですので、ある意味キリスト教とかと一緒ですね、キリストを信じてついてくる何人の使徒ですかね、
7人とか10人の使徒がいたと思いますけれども、その人たちが一番キリストの教を広めていったわけですので、
そういう信じてついてくる人たちを育てていくということが大切なんだと思っていただきたいなと思います。
その方が実は協会ビジネスは拡大していきます。
むしろその有能な方ばかりが揃っていくと、みんな独立して勝手なことをやります。
だいたい訴訟とかになっているケースが非常に多いです。
ビジネスの世界ではよくあることが、何とか式というのがありますが、
この何とか式を分派していって争っていて何かを揉めていたりすることがよくあるんですね。
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ホッカホッカ店のお弁当屋さんなんかは、今ホットモットになっているところは、
実はフランチャイ地位側、いわゆる子ども側だったわけですが、
ホッカホッカ店を一番広げたのがプレナスさんなんで、
そっちの方が上場して大きくなって、ホッカホッカ店の元の大阪の本部と訴訟になって、
訴訟を負けたのに全部ホットモットに変えた瞬間、日本一の地位に変わっちゃったんですね。
つまり理由のところが、いわゆる認定格子とかフランチャイ地位になると、
勝手なことをやるし、訴訟にもなるし、結果的に訴訟を勝っても向こうの方が強くなっちゃったりするという例は、
余ってあります。よくあるパターンは何とか式とかいうのもそうだし、
フランチャイズもそうだし、教科ビジネスも一緒だと思います。
そういう意味で一番最初の入り口を間違えているので、
最初からやり直さないといけない可能性さえもある。そういうものです。
これを引っ張っていく役場、ある意味ホッカホッカ店がプレナスを事実上育ててしまって、
結果的に日本一の弁当チェーンがホッカホッカ店かホットモットに移ってしまった、
みたいなことが起こる可能性を秘めております。
ですので早め早めに決断をしていくことが重要なんじゃないかなと思います。
この優秀な方、有能な方をどううまく排除しながら増開ビジネスをうまくやっていけるかというのが
勝負の別れのような気がします。
このロヤリティをちゃんと張らない認定講師の方はきっとおそらく
御社のライバル企業になってくると思われますので、
もうここまで来ていたらやるべきことはもう一回教科ビジネスの立て直しをすべきだと私自身は思いますので、
そのことを考えながらちょっと戦略設計をすべきだなと思います。
大変難しい問題ですので、この件ぜひ無料で相談に乗りたいと思いますので何なりとご相談ください。
レジスタンの皆さん方も何か相談したいことがございましたら、
ウィズビズ宛に、もしくは新谷宛にご連絡いただけばというふうに思います。
何なりと乗っていきたいと思います。
本日の3分コンサルティングはここまで。また来週。
本日も社長に聞くインウィズビズをお聞きくださり誠にありがとうございました。
この番組は2017年1月から毎週配信を続けております。
これまでにたくさんの生光社長、生光経営者のインタビューをお届けしてまいりました。
この内容はすべてテキスト化いたしまして、
私どもウィズビズが運営するウェブサイト、経営ノートでも閲覧いただけるようにしております。
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音声だけでなく、文字で読み返すことで新たな発見や気づきがあり、
皆様の会社経営に役立つヒントがきっと見つかるのではないかと思いまして、
サイトの方にもさせていただいています。
ぜひネット検索で、経営ノートスペース社長インタビューと入力いただき、
経営ノートのサイトをご覧になっていただければというふうに思っております。
本日の社長に行くインウィズではここまで。また来週。