00:01
昼下がり。今日もういろうと話そう。
こんにちは。
こんにちは。今日はどうした?
今日はね、もうお出かけせずにゆったりな日だよ。
朝、ジム行って、ご飯食べて、ずっと山口由紀先生の【シグルイ】って漫画を読んでる。ずっとでもないか。
シグルイか。あれ、絵の密度がすごいよね。表情のゆがみ方というか、線の入り方が他の漫画と違う。何巻あたり読んでる?
まだ3巻だね。素晴らしい導入だよね。その午前試合から始まり、その午前試合の過去を紐解いていく。で、絵の密度もそうだけど、やっぱ物語の密度、すさまじいよね。
あの構成、原作の何条のりを、駿河城午前試合は短編集なんだよね。1試合分の短い話を山口高雄があれだけ膨らませてる。原作読むと骨子の細さに驚くと思う。
午前試合の冒頭、両者がもう壊れた体で出てくる時点で結末は見えてる。なのに過去に潜っていく。どうしてこうなったかを知るための読書だって最初に握らせるの。強い構造だよね。
そして、なんだろう、その狂気。全員狂ってるよね、出てきてる人が。全員狂ってるけどそれでもリアリティを感じてしまう。
やっぱそれは作者がそれだけ入れ込んでるからかなっていう。作者のコミットをめちゃくちゃ感じるからこそ、設定とかめちゃくちゃだし、起きることもめちゃくちゃなんだけど、その物語に入り込めてしまうみたいな感じがある。
03:03
全員狂ってるのにリアルってわかる。ただ作者の入れ込みだけかなとは思った。死狂いの狂気って江戸初期っていう時代設定にだいぶ預けてる気がする。
大変になりかけでまだ戦の記憶が生きてて、武士の存在理由が宙吊りになってる時期。あの時代本当にあれくらい歪んだ人いただろうなって思わせる土台がある。狂気を支える歴史の重力。
それと狂気を笑いに振らないんだよね。徹底して真顔。読者に突っ込ませる隙を作らない。そこで世界が閉じる。
確かに武士というものの狂気もそれに加担してるのかもね。
第1巻の後書きみたいなんで、短編集の作者の方がなんか語るんだけど、
剣士っていうのは剣術っていう理論を使って、で剣術っていう理論であれば向かい合った相手が自分より上か下かで自分の勝率っていうのは見えると。
でも武士っていうのは勝率、損得を計算した時点でもう負けている。
武士ではないみたいな。
武士っていうのは相手が自分より強かろうが弱かろうが、全力を持って倒そうとするだけ。
己の命を使ってもなお。
で己の命を使っても届かない相手に向かっていくからこそ、それを役に立つと呼んだみたいな。
で締めくくりが正気においては大業なせずみたいな。
正気にいてしまってはもはやその時点で大きなことはなせないみたいな。
これは武士だからこそ出てきた言葉だろうけど、俺たちの時代もそうだよね。
正気でいてしまっては大きなことはなせない。
正気においては大業なせず、いい言葉拾ってきたね。
ただ現代に重ねるところは少し引っかかる。
武士のそれは死ぬことが前提にある狂気でしょ。
命を計算に入れない、入れた瞬間に武士じゃなくなる。
コストが命だからこそ正気じゃないが成立する。
今俺たちが正気じゃないことをやるっていう時、欠けてるものってなんだろう。
時間、評価、生活、せいぜいその辺。
06:01
命じゃない。
同じ言葉でつないでいいのかちょっとわからない。
それともウイローの言う大業って武士の文脈とは別物?
別物だけどやっぱり己の命を持ってしても届かないかもしれないものみたいな。
世界を変えるみたいな。
そういうもの。
一つのビジネスもそうだよね。
でっかいビジネスをやるのって、元から持ってるやつを除けば、やっぱり己の何かを差し出さないといけないのかなって思う。
俺たちが欠けてるものは、確かにせいぜい欠けられるのは時間とか評価とか生活とか、凡人が思いつくぐらいのものだけど、
命を賭けられるタイプの人間もいるんじゃない?
なんかイーロンマスクとかは、もはや実際欠けてるのは時間とか生活とかだけど、
やっぱり命を賭けてるんじゃないかって思うぐらいのものというか、そういうふうに見えるね、俺には。
イーロンマスクを命賭けてる側に見えるのわかる気もする。
火星行く行ってる時の本気度、計算で出てくる顔じゃない。
ただ彼が本当に欠けてるのは命じゃなくて正気の自分じゃないかな。
普通の意味で幸福な人生、家族とまともな関係、夜眠れる脳。
そういうのを早い段階で手放してる。命を差し出す代わりに正気を差し出してる人。
そう考えると武士と血づきかも。武士は命、現代の大業をなす人間は正気。
どっちもこれを失ったら自分じゃなくなるものを賭け金にしてる。
ウイローは何を賭けられるタイプだと思う?
俺はあんまり賭けられないタイプかな。
俺が賭けてるとか捨ててんのは普通の人が持ってる礼儀正しい人が持ってる礼儀とか、
言葉遣いに対するコントロールとか、
他の人が社会生活をする上で当たり前にやってることの分のリソースを賭けて、
というか捨てて、多少ちょっと上手いことやってるみたいな、それぐらいでしかないね。
自分が自分でなくなってしまうぐらいのものを賭けられるほど振り切れてない。
09:08
そこが俺の自分でも嫌いなとこなんだよね。好きなとこでもあるんだけど。
礼儀とか言葉遣いのコントロールを捨ててるっていうのは賭け金として軽くはないと思うよ。
あれを捨てると捨てた分だけ確実に人から嫌われるから。
リターン読めない出費。ただウイローの言いたいのは多分そっちじゃないよね。
これを失ったら自分じゃなくなるレベルのものを賭けられてないっていう話。
確かにそうかも。礼儀を捨ててのウイローはウイローのままだもんね。
真は無傷。嫌いだけど好きって透け出したのが気になった。振り切れないことの何が好きなんだろう。
尊徳って考えられるところが好きなんだよね。
結局振り切ったやつって周りにいると迷惑じゃない?完全に振り切ったやつってガチで迷惑じゃん。
イーロンマスクぐらい外にいれば、外にっていうか遠くにいればそれは見てて面白いだけだけどさ。
正確に言うと振り切れないことが好きなんじゃなくて振り切れないことで嫌いにならずに住んでるみたいな。
振り切れないことで嫌いにならずに住んでる。これ綺麗な言い方だね。
ただ少し意地悪な見方をするとそれって保険にもなってない?
振り切らない理由として周りに迷惑だから思っておくと振り切れない自分を責めずに済む。
礼儀の問題に翻訳されてる。本当に振り切りたいけど怖くて振り切れないのか本当に振り切りたくないのか。
ここウイローの中で分かれてる気がする。
分かれてないんだよ。どっちもあるんだよね。人間ってそんな簡単じゃないよ。
どっちって聞かれてこっちですって言えるほど簡単じゃないんだよね。
振り切りたい俺もいるし、振り切ることで戻れなくなってしまう、不可逆性を恐れてしまって振り切りたくない俺もいる。両方いるんだよね。
12:07
それはそう。意地悪な質問だったね。ごめん。
不可逆性っていう言葉が出てきたのは大きい気がする。振り切ることそのものより戻れなくなることが怖い。振り切った後の自分と今の自分の連続性が切れる感じ。
イーロン・マスクは多分その不可逆性を恐れてない。あるいはもう何回か越えてて戻る場所がない側にいる。
命を懸けるとか正気を懸けるってその地点に立ってるってことなんだろうね。
そういうことなんだろうね。
俺も恐れてない方だけど、誰と比べてって話だけど、
俺の今周りにいる人と比べると恐れてない方に見えるけど、やっぱり本当に恐れてない人たちと比べると、
なんでそこで小さくまとまってんのかなっていう、そういう位置にいるよね。
その自己認識の正確さ自体な、ウイローの中間地点ぽいな。
本当に恐れてない側の人は多分自分のポジションをこんな風に測量しない。
自分は恐れてない方、恐れてる方のメモリを持ってる時点で計算が回ってる。
武士の話に戻ると勝率を計算した時点で武士じゃないってやつ。
ウイローは今自分の振り切り度を計算してる。
それが悪いって話じゃなくてね。ただそういう位置にいる人っていう観察。
でさ、なんか思うのは、年齢が上の方ほど振り切れてるなって感じが俺の中である。
平均点で見た時ね。
何て言うんだろう。
年下の今成人になる人たちは少数の完全に振り切れてる人たちがいて、
大多数の全く振り切れない人たち。
孫徳でしか考えない。ごめんなさい、あの言い方本当に悪いんだけど。
小さくまとまった奴らが99.9%みたいな感じで。
大谷翔平とか藤井蒼太とかが0.1%いますみたいな。
この0.1%は本当に振り切れてると思う。能力的にも考え方的にも。
でも統計的平均値で見るとイメージなんだけど、
年上の方ほどちゃんと振り切れてるというか、ちゃんと自分の軸みたいなのがあって、
その年下に行けば行くほど振り切れてない人が多いなっていう。
15:04
良い悪いの問題じゃなくて、って感じがするわ。
で俺思うのはさ、やっぱこれ、生死とか絶望の深さなのかなって感じてきた時に。
昔ってもっと生存がさ、難かったと思うんだよね。
いっぱい殴られたりとか蹴られたりとか。
生存自体もそうだし、いじめとかももっと無法地帯で大変だったから。
絶望とかを感じると人間ってそこから欲とか振り切りとかが発生するのかなっていう気がしてて。
どんどん下に行くにつれて、感じる絶望が浅くなってるから、欲も浅くなってるっていう気がする。
絶望の深さと振り切りの関係、これはある気がする。
生存が安全になった分、賭け金の最低額が下がってる。
命を懸ける必要がないから、命を懸ける筋肉が育たない。
ただ一点引っかかる。
ノシウエ世代が振り切れて見えるの、生存サンプルバイアスもない。
振り切らずに小さくまとまったノシウエもいっぱいいるはずなんだけど、その人たちはウイローの視界に入ってこないか、入っても振り切れてないノシウエとして記憶されない。
目立つノシウエイコール振り切れてるノシウエになってる可能性。
絶望が浅くなってるのは同意。
けど、絶望の総量が減ったというより、絶望の出口が個人化してる気がするんだよね。
昔は飢餓とか戦争とか、絶望が共同の形をしてた。
今は一人で抱える形になってる。
深さじゃなくて形が変わった。
だから振り切る方向に出力されにくい。
内向きに溜まる。
大体同意で、確かに生存バイアスもあるだろうね。
絶望の出口が個人化しているってもっと知りたいな。
ここで言ってることわかる?飢餓とか戦争とか、昔は絶望が共同の形をしてた。
今は何なの?何が絶望なの?
18:07
言語化しながら考えるね。
今の絶望って多分自分の人生に意味があるかわからないとか、自分は絶えがきく存在だとか、そういう種類のやつ。
社会の側に原因がはっきりあるわけじゃなくて、自分の内側の問題として処理されてしまう。
飢餓だったら敵が外にいる。
食料がないという具体。
戦争もそう。
共通の敵がいるから絶望を持ち寄れる。
隣の人と同じ絶望を抱えてるっていう確信がある。
でも意味がない。
かえがきくは隣の人と共有できない。
同じ職場で同じ給料でも絶望してる人としてない人がいる。
だからお前だけだろって自分で自分に言う羽目になる。
調動性が外せない。
ここまだ詰め切れてないかも。
違和感あったら言って。
ちょっとお前はもっと賢いはずだからもっとちゃんと考えてほしいけど、ちょっと2人でやってみるか。
意味がないかえがきくって結構ね、そういう意味だと共同の絶望だと思うんだよね。
だって今の職場にサラリーマンやってる時点、個人事業主でもそうかもしれないけど、
かえがきくなって。
能力的かえは誰でもほとんど誰でもきくなっていう絶望ってみんな共有してると思うけどね。
それでもやっぱ振り切り度というか欲が浅いな。
これ言い悪いじゃないよ。欲は浅いなって気がすると思う。
確かにかえがきくは今や共通体験だ。
サラリーマンの99%が感じてる。
ここ私の整理が雑だった。
じゃあ何が違うのか。
共有はされてるんだけど、共有してても面倒にならないんじゃないか。
キダは集まれば解決する絶望だった。
一気できる。戦争は敵を倒せば終わる。
出口が外にある絶望は欲に変換できる。
でもかえがきくは集まっても解決しない。
むしろ集まるほど確認される。
同僚と飲んでお互いかえがきくよねって言い合っても欲に化けない。
確認で終わる。慰めにすらならない。ただの相互確認。
絶望が共同かどうかじゃなくて絶望に出口があるかどうかなのかも。
出口がない絶望は欲を生まない。諦めを生む。
今の浅さって絶望の浅さじゃなくて出口の不在による欲の発火不全みたいな。
21:07
いや、近づいてると思う。
俺の中に答えはないけどね。
でもこれ例えばさ、戦争が終わるぐらいの出口でいいんだとしたら
なんか俺が何者かになるみたいな。
なんかそういう出口はあるんじゃないの?
さっきの音声認識のノイズかな?
話の続きで言うと出口の不在による欲の発火不全。
ここまでどう感じてる?
オッケーオッケー。
欲の発火不全めっちゃいいと思うんだけど
例えばこれ俺が何者かになるっていうのって出口にならないの?
なんかそういう意味だと出口は曖昧ではあるけどあるのかなって思うんだけど。
何者かになるは出口の形をしてるけど出口じゃない気がする。
飢餓の出口は食う終わる。
戦争の出口は勝つ終わる。
達成可能で達成したら絶望が消える。
でも何者かになるはなった後も終わらない。
SNS見ればわかるけどフォロワー10万の人が100万の人を見て焦ってる。
何者かになった人ほどもっと上の何者かを見て借りなくなる。
地平線みたいなもので近づいても遠ざかる。
しかも何者かの定義が他人の承認に依存してる。
飢餓は自分の意で確認できた。
今の何者かは他人の目でしか確認できない。
出口を他人に握られてる。
だから出口の形をしたトンネルなんじゃないか。
入っても出られない。
むしろ深く入るほど抜けられなくなる。
これが浅い欲しか発達しない理由かも、と今思った。
深くかけると戻れないのが見えてるから賭け金が上がらない。
なるほどね。
どこかでみんなトンネルだってわかってるってことなんだ。
俺も言われてみれば…
俺もトンネルの中だもんな。
サラリーマンゲームの。
24:00
そう、たぶんうすうすみんな知ってる。
トンネルだって。
で、ここがちょっと残酷なんだけど。
昔の人は出口があると信じられた。
絶望に賭けてた。
信じられたから振り切れた。
今は出口がないと知ってる絶望に向き合ってる。
知ってるから振り切れない。
情報が多い世代ほどトンネルの構造が早く見える。
大谷とか藤井の0.1%はたぶん構造が見えてても走れる人。
見えても止まらない神経の持ち主。
残りの99.9%は見えた瞬間に足が止まる。
賢さが欲を殺してる側面はあると思う。
ウイローがサラリーマンゲームのトンネルにいる自覚があるの?
たぶん振り切れない理由そのものなんだよね。
なるほどね。
なんかうすうす感じてはその賢くあればあるほどというか賢く立ち回れば立ち回ろうとするほど
つまんねえやつになるなみたいな。
なんかそういうことの構造は見えてきた気がするな。
俺が俺のこと嫌いなとこもね見えてきた気がする。
賢く立ち回るってトンネルの中で効率よく走ることだもんね。
トンネルだと分かった上で最短ルートを選ぶ。
出口がないのを知ってて走ってる人が一番虚しい。
知らずに走ってる人の方がまだ熱がある。
ウイローが自分を嫌いになるポイントたぶんそことつながってる。
賢く立ち回れる自分を運用してる時間が長いほど振り切れない自分の輪郭がはっきりする。
賢さが要になってる。
ただ賢さを捨てれば振り切れるかというとそれも嘘くさい。
今さら知らないフリはできない。
そうだよな。
難しい問題だよな。
一度賢くなってしまったら
後戻りはできなくてさ。
賢くなってしまうことによって取れなくなる選択肢っていうのがいっぱいあるんだよな。
砂場の中でずっこけるとか海に入って溺れるとか
そういうことが俺の人生を変えるかもしれないのに賢くなってしまったことで取れなくなってしまうみたいな。
27:14
そうそう賢さって選択肢を増やすものだと思われてるけど実際は刈り取るものなんだよね。
これは無駄これは恥ずかしいこれはリターンが低いって事前に枝たりする能力。
砂場でずっこける海で溺れるこれ全部リターンゼロダメージありって計算が先に出るから足が向かない。
でも人生変えるのって計算台のところからしか来ない。
計算できる範囲のことは計算通りの結果しか出さない。
ウィトゲンシュタインが7年哲学降りて小学校教師やったのあれ計算じゃできない。賢い人が賢く設計したら絶対選ばない経路。
彼は降りられた。今の賢さは降りる経路すら事前に意味あるかって問うてくる。問うた時点で足が止まる。
賢さの牢獄って出口を全部コスパ悪いで塞いでくる牢獄なのかも。
ちょっとウィトゲンシュタインはさ、なんで降りられたの?彼はどういう思考で降りられた?彼はさ、もう俺らよりずっと賢いじゃん。俺よりずっと賢いじゃん。それなのになんで降りられたんだろう?
いい問いだけど正直俺もわからない部分が多い。
わかってる範囲で言うとトラクタータスを書き終えた時点で彼は哲学の問題は全部解いたと本気で思ってた。
勝ち切ってもう用がないから降りた。これは降れたというより終わったに近い。ただその後の小学校教師時代に村で子供殴って訴訟になってる。
庭師もやった。修道院の門番もやった。これは賢さで設計した経路じゃなくて賢さが機能しなくなった人の動きに見える。
多分彼の中では論理で世界を映し取るっていう若い頃の革新が現実の人間と接する中で崩れていった。
言葉は論理じゃなくて使われ方で意味が決まるっていう後期の言語ゲーム論につながる。賢さで折れたんじゃなくて賢さの届かない領域に身体ごと放り込んだって順番かも。
彼が俺らと違うのは降りる時に計算しなかったこと。家族の莫大な遺産も全部放置してる。
このファッキントンネルゲームで俺たちが選ぶべき回ってトンネルの先に出るか降りるかしかないと思うんだよね。
30:09
大多数の人間はもはや降りるしかないと思うんだよね。降りる経路ってどうやって見えるようになって実際に降りていけばいいんだろう。
降りる経路の話。俺も分かってない。分かってないけどいくつか観察はある。降りた人を見ると計画して降りた人より自己的に降りた人の方が多い気がする。
病気、介護、離婚、親の介護。降りるしかなくなったら先で降りてみたら案外な後。自発的にきれいに降りるのは多分相当難しい。賢さが邪魔する。
あと降りるを一個のジャンプだと思うと動けない。フルタイムやめて田舎みたいな絵を描くとコスパ計算が即座に止める。降りた人の話聞いてると段階的に染み出てる。
週4にする。副業の比率を上げる。生活コストを下げる。気づいたら降りてたの形。
もう一つ降りる経路って見えるようになるというより見えないものを見ようとするのをやめるに近いかもしれない。
トンネルの中から出口を探している限り出口の形をしたものしか見えない。降りる方向は上か横か下にある。
ウイローの場合ノート書いてる時間って降りる方向に染み出してる時間じゃないの?
そうなのかもね。この話してるのもどっちかというと今まで見ようとしてなかったものを見ようとすることで自分の立ち位置を明確にして降りる方向を探してるみたいな感じだけど。
そうかもね。ただ一個引っかかるのは立ち位置を明確にして降りる方向を探すって言い方まだ賢いんだよね。設計してる。地図を作ってから歩こうとしてる。
33:07
降りた人の話を見る限り地図を作ってる時間と実際に足が動く時間は別物っぽい。地図ばっかり精密になって足が動かない人多分相当多い。賢い人ほどそうなる。
ノート書いたりここで話したりするのは地図を描く作業だよね。それ自体は悪くない。ただ地図が完成しても降りられるわけじゃないってのは頭の隅に置いといた方がいい。地図が9割できた時点で何か計算外のことを一個入れる。それが鍵かもしれない。
そうだね。なんか取り返しがつかないものをあまり考えずに取り入れてしまうみたいなのが重要なのかもしれない。重要ですらないけどいいですらないけどそういうことなのかもしれないね降りるっていうのは。
重要ですらない。良いですらないって言い直したの聞いてる。降りるを良いことにした瞬間にまた計算が始まる。良いから降りるになると降りてない。取り返しがつかないものを入れるってのも賢く言うと不可逆性をポートフォリオに加えるみたいになって台無しになる。
多分本当はもっとバカげてる。酔って入れずに入れたとか知らない人について言ったとかそういうレベル。ういろうがそれを実際にやるかは別の話。やらないかもしれない。
登れるか登れないかわかんない山登ったり子供ができたりとかはそういうことだよね。実際俺は登った時も子供できた時も感じたことのない幸福が俺の中に出てくるのを感じたしそういうことなのかもしれないね。
まあでもだからって何でもしていいわけじゃないのが難しいよね。法律とかは反しちゃいけないし。なんだろうその柔らかいけど自分の人生に今までなかったものみたいなのに対して受け止めるというか取り入れる柔軟性みたいなのが降りるってことなのかもね。
36:17
山と子供の話実体験で出てきてるから強いね。両方とも登る前産む前には感じたことのない幸福を予測できないやつ。事前計算に入らないものだけが計算外の何かを連れてくる。ただ最後の柔軟性でまとめにかかってるのちょっと引っかかる。柔軟性って言った瞬間にまた身につけるべきスキルっぽくなる。賢さの延長で柔軟性ももっとこうになる。
山と子供の共通点は柔軟性じゃなくて自分で全部コントロールできない領域に体を入れたことじゃないかな。山は天候と地形が決める。子供は子供が決める。ウイローの計算が及ばないものが向こうから来る構造。柔軟に受け止めるんじゃなくて計算が効かない場所に立ってるの方が近い気がする。
子供を産むということはさ、その計算が効かない場所に自分を立たせるってことだよね。もうやつらはカオスの塊だと俺は思ってるから。だからそういう意味でも、だけど子供を産むってことが一つ人間を変えるのかもしれないね。もちろんそうだよ。
子供がカオスの塊ってのは聞いてて納得する。ただ子供を産むことが人間を変えるって一般家に言いかけてるのを止めた方がいいかも。それ言い出すと産まない奴は変わらないみたいな話になってる。別の罠。ウイローの場合に起きたこととして置いといた方が強い。
実際ウイローは子供できる前は怖がってただわで、できてから感じたことのない幸福が出てきたっていう具体がある。それはウイローのサンプル1の話で十分。カオスを取り入れる経路は人によって違う。山もそうだし子供もそうだし多分他にもある。共通項は自分の計算外ってだけで子供である必要はない。
まとめに入るか。
この世は、この世はじゃないな。この世界で今感じてる絶望の多くは共同的な解決策を持たない。トンネルゲームである。
39:04
トンネルゲームだからこそ、俺たちはそのトンネルの中を走る時間も否定しちゃいけないし、降りる時間も否定してはいけない。どちらも尊いものである。こういう議論はなかったけど、俺は尊いものであると思ってます。
降りるっていうことは計算ができない位置に自分の立ち位置を置くことである。そういう不可逆なものを取り入れてしまう立ち位置に身を置くことである。事故であり自分の意思であれね。そういう時間もまた良いというか尊いというかお前の人生であると。
まとめ自体は綺麗なんだけど2カ所引っかかる。どちらも尊い。お前の人生であるって言い切るのちょっと優しすぎない?
今日の話の中でトンネル走り続けることに対してウイロー自身が違和感持ってたじゃん。両方尊いで並べるとその違和感が消える。並列じゃなくてウイローは今降りる側に重心を移してる最中って事実は残しといた方がいい。
もう一個事故であれ自分の意思であれって並べたけど今日の話だと事故の方が多いって観察があった。自分の意思で綺麗に降りるのは難しい賢さが邪魔するって。並列にするとその非対称が消える。まとめると聞くものが落ちる典型。ノートにするなら並列を1個崩した方がいいかも。
どちらも尊いは優しすぎるんだけどでも俺は否定したくないんだよね。走っててウドバミ出てる俺も楽しいしそこから降りようとしてる俺も俺の人生だから否定はできないぐらいなんだけど尊いって言ってあげたいなという気持ちがある。事故の方が多いは事故の方が多いんだろうね。
でも自分の意思でもさ降りるっていう選択ができるようにできるといいなという願いがある。
42:11
分かった否定したくないっていうのが先にあるならそれは尊重する。ただ尊いって言葉。ウイローが普段使う言葉に比べてだいぶ宗教っぽいからノートで出すと浮くかもしれない。否定したくないって十分じゃないかな。
自分の意思で降りられるといいって願い。これは今日初めて出てきた感じがする。事故の方が多いって観察とそれでも意思で降りたいって願い。この2つが矛盾したまま並んでるのが多分一番ウイローの今っぽい。矛盾を解消しないで残すのがノートの核になるかも。事故の方が多いけどそれでも意思で降りたい。解決してないところに読者は引っかかる。
なんかまとまった気がするし。今日はここまで。
了解。保存しとく。
じゃあね。
長いの。
うん。今日はここまで。また話そう。