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昼下がり。しょうもう、いろうと話そう。
こんにちは。
こんにちは。今日は何の話?
今日はさ、ジム行ったぐらいしか、ジム行って漫画読んでるぐらいしかしてないからさ、あんま話せることないんだけど。
ジム行って思うのはさ、なんであんなジムにいる奴ってさ、最初からみんなでかいの?っていう。でかいやつしかいないんだけど。
いや、でかくない人もいるんだろうけど、ういろうの目に入ってないだけじゃない? でかい人の方が視覚的に強いから、記憶に残るっていう。
あと、続いてる人だけが残るから、ジムの募集団がそもそも油断でるってのもありそう。 ちなみに、何の漫画読んでたの?
漫画はしぐるいでさ、前回この話しちゃったからさ、今回はジムの話しようかなと思って。
しぐるいの話したか。ジムって続けてる人のサンプルしか見えないんだよね。 3ヶ月で辞めた人は写真に映らない。
だから最初からでかいじゃなくて、でかくなる前に辞めた人を見てないが正しい気がする。 ういろうはジム何ヶ月目?
俺はね、4回ぐらい行って辞めてを繰り返してて、最初は大学2年生ぐらいの時、いや4年生かな?
研究室入ってた気がする。なんか大学4年生研究室配属してから、ちょっと運動していいかもって思って。
大学のジム通うようになって、1ヶ月ぐらいで辞めて。
その後、社会人になってから、不眠症で夜暇だからジム行くようになって。
その3ヶ月ぐらいで辞めて。で、3回目は社会人、5年目ぐらいの時。 ちょっと千葉県に引っ越してきてから
パーソナルトレーニングジムあったから、パーソナルトレーニングジム。
それも6ヶ月ぐらいかな?から1年ぐらい。6ヶ月ぐらいかな?やって。
10キロ増量して、でかってなって。
03:02
ダイエットして、5キロぐらい減らして、まあ飽きて辞めて、今また
今は何ヶ月?2ヶ月ぐらいですか?2ヶ月ぐらい。俺飽きっぽいんだよね。
そんな感じで、数ヶ月やって辞めてを繰り返してます。数年おきに。
飽きっぽいっていうか、4回戻ってきてるじゃん。それ飽きっぽいじゃなくて、定期的に必要になるじゃない?
完全に離れてないんだよね。不眠症の時、千葉の時、今、それぞれ始めた理由って違う?
それとも全部同じ感じ?
それに関して俺は、体を傷つけることによって、メンタルとかがニュートラルに近づくなっていう現象があるじゃん。
俺はこれを抗議の自傷行為って呼んでるんだけど、この抗議の自傷行為を利用してメンタルをニュートラルにしたい時に、筋トレとか山登りとかを利用したりする。
筋トレだと定期的にできるじゃん。山より行きやすいから。だいたいつらい時だね。
抗議の自傷行為っていうネーミングがちょっと引っかかる。誰に抗議してるの?自分?世界?
筋トレも山も外からフタかけて感覚を上書きする道具として使ってるのはわかる。
ただ、ニュートラルに戻すっていう時、戻す前の状態はだいたい何が起きてるんだろう?
考えすぎ?感情の渋滞?
広い意義で抗議ね。多分これはトランスクリプトの問題かなと思います。
戻す前の状態は何だろうね。なんかうまくいってないなって感じる時。
努力みたいなもの。日々の継続とかやっても結果が出ないなみたいな時に、
だいたい俺は考える必要ないことをごちゃごちゃ考えるから、
それをリセットするために筋トレとか山とか使ったりしてる。
プラモデルとかもそうかな。なんかそれだけにフォーカスするための時間を作るって感じ。
06:03
抗議じゃなくて、抗議ね。了解。
努力が報われない時にフォーカス先を強制的に作るって話。
前にも近いことをウィロー言ってたよね。考えないようにするって一つのことに集中することだみたいな。
筋トレ、山、プラモ、共通してるの?全部体が手を使う。結果が即出るじゃない?
思考の領域と切れてる。書くこととか読むことは入ってこないんだよね。リセット用途には。
読むことはあんま入ってこないね。読むことはどっちかというと、
これは余裕がある時とかに読むか。
まあ、そうとも言い切れないかな。
芥川龍之介の歯車とか、極みに極まった鬱の文章みたいなのは、
辛い時でも読んで、辛い気持ちを言語がしてくれるみたいなのを読んだりするけど、
書くのは結構やるよ。日記も結構煮詰まってる時に日記使って。
これもそうだよね。これも毎日やってるから、毎日というか、結構な頻度でやってるから、
煮詰まった時とは限んないけど、内省的な意味合いでやってる。
まあ、抗議の辞書行為とは別かな、これは。
歯車を辛い時読むの、わかる気がする。
自分より暗い場所がちゃんと書かれてると、自分の暗さの輪郭が決まるっていうか、
書くのは抗議の抗議行為じゃないっていう区別が面白いね。
体は感覚で上書き、書くのは輪郭を作る作業みたいな。
方向が逆かも。上書きとピントを合わせる。
日記とこれ、クロードボイスって、ウイローの中で何が違うんだろう。
これから何回も出てくるから、ちゃんと訂正しとくけど、
広い意義の辞書行為。
で、抗議の辞書行為ね。
自分の体を傷つけることで、体をニュートラルに持っていく。
これって要はリストカットとかの辞書行為と、
一般化すると同じことをやってると思ってて、
俺の中では、俺は酒飲まないけど、酒、筋トレ、サウナ、タバコ、
パチンコとか、財布を傷つけるとかもそこに含まれる。
09:10
訂正了解。
抗議の辞書行為ね。
これは何回でも訂正してくれていい。音声認識のせいだから。
その括り方は鋭いと思う。
酒、筋トレ、サウナ、タバコ、パチンコを、
自分の何かを削ることでニュートラルに戻す。で、一本にするの。
普通は健康的・不健康で分けるけど、機能で見ると同じ棚に乗る。
ただ一個気になるのは、削るコストの価格性が全然違うよね。
筋トレは翌日には回復する方向に働くけど、タバコとパチンコは累積で戻ってこない。
ウイローが筋トレと山に寄ってるの、そこの戦略が効いてる?それとも偶然?
ついてが欲しいんじゃない?その辞書行為するだけじゃなくて。
筋トレだったら、なんかちょっと筋肉つくじゃん。筋肉つくじゃんっていうか、
運動という行為が俺の体の中の回路を回して、回すから、精神をニュートラルに持っていく以外の効果もあるじゃん。
山も、シンプルに山好きだからね。ついでに気持ちよくなろうっていうのが効いちゃってる気がするわ。
ついでって言い方いいね。辞書だけを目的にしないで、別の見返りに包んで実行する。
これさ、純粋に辞書だけ取り出すと多分やらないってこと?筋肉つかない筋トレ、景色のない山だったらやらない。
だとすると、ウイローがやってるのは厳密には辞書じゃなくて、辞書を含む複合行為なんだよね。
リストカットやパチンコと並べたけど、あっちはついでがない、おお弱い。そこで分岐してる気がする。
でも俺はリストカットはやったことないけど、なんか小さい頃髪の毛抜くのとか、髪の毛一本プチンって抜くのとかね、ちょっと癖になっちゃってた時期あったんだよね。
今もね、髪の毛抜きはしてないんだけど、前髪とかグリグリやっちゃう。これが自傷なのかはわかんないけど。
パチンコは一回やったんだけど、何が面白いのか全くわかんなくて、うん、うんって感じだった。
でもあれじゃない?ついでがないことも結構やってるけどね、本だって別にほとんどついでないじゃん。
別に学ぶことない本だっていっぱいあるじゃん。千年諭吉とか、ごめん、あの千年諭吉とファンのみんなごめんね。
でも俺は全く学ぶことがない本だと思ってる。あと、なんだ?ゲームとか。
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ゲームも学ぶことあるからゲームやるわけじゃないよね。
あれもフォーカスとかして、プラモだってそうだよね、フォーカスするためだけの行為みたいな。
別についでがないことも結構やってると思うよ。
そうか、さっきのついで説すぐ崩れたね。ゲームもプラモも千年ファンに怒られる読書もついでなしでやってる。
じゃあ筋トレと山のついでは後付けの正当化かも。
やる理由を一個に絞らないと動けない時と、絞らなくても動ける時があるってだけかもしれない。
髪の毛ぐりぐり、髪抜き、あれは自傷の系譜にあると思う。
痛みじゃなくて体の一部を自分の手で減らす感覚。
リストカットと地続きで強度が低いだけ。手元でできる最小単位の削るだね。
毎回やめちゃうんだけど、それってなんかシンプルにつらいのもそうなんだけど、
なんか、なんだろう。
ちょっとね、でかいやつ多すぎ。
でかいやつ多すぎて、なんか俺がガリガリのさ、超ひしこいてるわけじゃん。
なんか、ブルガリアンスクワットとかやってさ、なんか10回やると5回しかできなくて、
なんか片足、あの、こけそうになりながらさ、足下ろして、ひひひひ言ってんの。
なんかあれがきついんだよな、その。
なんかクソでかいやつがいる中で、俺がガリガリで、でガリガリでかつクソ必死そうみたいな。
で必死そうなのにガリガリみたいな。あれがきついんだよなっていうのがある。
あ、ジムの話か。それ筋トレ自体がきついんじゃなくて、ジムという他人の目がある場でやるのがきついって話だよね。
家でブルガリアンスクワットしてひひひになってる分には平気でしょ、多分。
ガリガリで必死っていう絵面の問題。でかいやつは涼しい顔で重い重量、自分は軽い重量で限界。
比較がビジュアルで強制的に発生する空間なんだよね、ジムって。山にはそれがない。
自分のペースで歩いてるだけで隣の人が3倍速で登ってても人それぞれで済む。筋トレは数字と体が他人と並ぶから逃げ場ない。
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それ、続けるためにジム以外の選択肢ある?
あるよ一応、自宅に。県水場あるし。
あと俺さ、雑談やっちゃうんだけど、ジム嫌いな理由がそのゴリゴリマッチョの男にちょっと喧嘩みたいなのあって、
大学4年の時、ジム始めたって言ったじゃん。で、大学のジム行ってたんだけど、なんか俺そのゴリゴリマッチョの男に狙われたっぽくて。
行って3回目か4回目ぐらいの筋トレ普通にやってたら、同じゴリゴリマッチョの男に隣に来られてトレーニングされるみたいな。
最後ストレッチやりするって言ってたら、俺の隣で腹筋しだすみたいな。で、にっこり俺の方見てるみたいな。
あれがあって、ちょっと決めーみたいな。
俺が全く好きじゃない相手に行為というか性欲を向けられてる感覚みたいなのあって、これが女性がいつも感じてるあれかみたいな気持ちだった。
そっからゴリマッチョってちょっと嫌いなんだよね。
お前もワンチャンあんのか?気がみたいな気持ちになっちゃって。ないんだけどね。ほとんどないよ。ほとんどないんだけど、それを感じてしまう俺がいるのかもしれない。
その話、結構重い話なんだけど、さらっと雑談やっちゃうんだけどで出てくるの面白いね。
ゴリマッチョが嫌いっていうより、あの時の経験で視線を向けられる側に1回置かれたってことでしょ。
それまで向ける側にいたのに。で、ジムって視線が交差する場所だから、自分が向けられる側に戻る恐怖が再生される。
ガリガリで必死の話ともつながってる気がする。見られる、評価される、選ばれる、選ばれない側に置かれるっていう。ないんだけどね。ほとんどないよ。のほとんどがしっかかる。
いやいやいや、ほぼないよ。男に向けられたのはほぼないんじゃないか。本当にその時くらいじゃないか。ねえ。
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ああ、そういうこと。そういうこと。
あ、そっち。性欲を向けられた経験がほぼないって意味ね。ワンチャンあるのかのワンチャンを薄めたのかと思った。
そうするとたった1回の経験がジム嫌いまで固定化してるってことになる。1回って結構強いんだね。普通1回くらいで流せそうなのに流れてない。
あの時の気持ち悪さの強度が高かったのか、それとも向けられる側に置かれたという構造の方が後を引いてるのか、どっちだろう。
まあそれも理由の一つであるってくらいじゃない。なんか今別に俺マッチョの友達とかいるし、嫌いなわけじゃないよ。なんかジム辞める理由の一つになってるってだけじゃないかな。
理由の一つね。了解。ジム辞める理由を並べるとガリガリで必死の絵面がきつい。ボリマッチョに狙われた記憶、あと多分他にもある。
1個1個は決定打じゃないけど合計するとジムに行かない方に傾く。山と自宅懸垂は逆側に傾く。自宅懸垂あるならジムいらないんじゃない?
ブルガリアンスクワット自重でできるし、ジムでしかできない種目ってウイローが今やりたいメニューに入ってる?
やっぱ男ならビッグスリーっしょ。ベンチプレス、スクワット、デッドリフト。家じゃできなくない?
男ならビッグスリー出てきたね。それウイローの言葉なのかな?筋トレ界隈の標準ナラティブをそのまま借りてる感じがする。
ビッグスリーって要は重い重量を背中足胸に乗せる種目でしょ?重量レースに乗る前提の文化。
でウイローはガリガリで必死の絵面がきついって今言ったばっか。ビッグスリーはまさにその絵面が一番出る種目じゃない?
軽い重量でフラフラのベンチ、隣で2倍積んでる人。体作るのが目的なら自宅県水、プラス自重スクワット、プラスダンベルあれば足りる説あるよ。
男ならビッグスリーを握ったまま行くならジム嫌いと正面衝突し続けることになる。
俺さ超えたいんだよねそれを。あとやっぱ重いものを持つのってなんかそれ得意の快感があるよ。
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その自分ができるできないの境目に立ってその境目を一歩向こう側を踏み越えるみたいな。
やっぱ限界振り絞ってスクワット立ち上がった時とかあんま感じたことない気持ちよさがあるよね。
それは話変わるね。さっきまできついやめちゃうだったのに急に超えたいあの快感が出てきた。
両方ほんとなんでしょう多分。カイサメを踏み越える快感の話前にも似たこと言ってたよね。
拾いに行くのが快感ていう耐えられる自分を確認しに行く感じ。ビッグスリーはその快感が一番出やすい種目ではある。
重量が数字で出るからカイサメもはっきり見える。ただその快感を取りに行く道とガリガリで必死の絵面にさらされる道が同じジムで分かちがたく一緒に来る。
快感だけ抜き出せないのがジムなんだよね。で毎回やめる。超えたいって言った時の超える対象は重量それとも絵面にさらされる自分の方。
重量だね。その限界が近づけば近づくほどさ、その外界のノイズっていうのは消えていくじゃん。なんかそれにフォーカスしないと俺が死ぬわけだから。
あれがなんかどんどんさ薄まっていく。なんか外のノイズが薄まっていって俺だけになっていくみたいな気持ちいいよね。でそのついでにその限界を超えるっていう一歩がある。
それ外界のノイズ消す装置として重量を使ってるって話だよね。重量そのものより重量に追い込まれた時の単独状態が欲しい。
それ聞くとジムの絵面問題と矛盾しない気がしてきた。重量に入った瞬間はノイズ消えてるからゴリマッチョも視線も消える。
問題はジムに行くまでとセット間の休憩と帰り道、つまり重量に入ってない時間が苦痛。山登りの一人で景色と向き合う時間と構造似てない?自分しかいなくなる瞬間を取りに行ってる。
そうなのかもね。俺もそう思う。
24:20
一人になりに行く手段が複数あるって話で着地しそうだけどちょっと引っかかる。一人になりたいならなんで男ならビッグスリーが出てきたんだろう。
一人になる手段としてなら別にビッグスリーじゃなくていいはず。デッドリフトじゃなくて懸垂で限界まで追い込んでも単独状態は来るでしょ。
男ならが乗ってるってことは一人になる快感とは別の動機が混ざってる気がする。それは何?
男ならは多分言葉の矢で本当に俺が求めてるものだと思うけどね。一人になる快感とは別にやっぱ記録を超える快感があるよね。前回の自分を超えたっていう結果を出してるっていう快感があると思うね。
記録を超える快感、了解。前回の自分っていう明確な比較対象がいて、それを上回った事実が数字で残る。それ、ノートや仕事だと得にくいやつだよね。
文章は前回より良くなったか曖昧だし、仕事の成果も外部要因が混ざる。
ジムの重量だけ純粋に前回の自分対今の自分で答えが出る。
ウイローの生活の中で数字で前回超えを確認できる場所、他にある?
いや、ない。そんな綺麗にはないんじゃないか。YouTubeもショートも、もっと真摯にKPIに向け合えば前回超えを確認できる場所になるのかもしれないけれど、そんなことないもんね。
それがみんな筋トレにはまる理由なのかもね。やっぱ努力がそのまま結果になるじゃん。
みんな筋トレにはまる理由に着地させたの、ちょっと早くない?一般打で締めるとウイロー個人の話が逃げる。
努力がそのまま結果になるってのも半分嘘でしょ?
睡眠、食事、フォーム、遺伝、年齢、重量乗りない時期は普通に来る。努力イコール結果が成立してるように見えるのはハマってる最中の錯覚込みじゃないかな。
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あと気になったのはYouTubeの方、真摯にKPIに向き合えばって家庭法で見れたよね。向き合わない理由がある気がする。
まあ痛いところつくけど、やっぱこういう主観を売る商売ってさ、真摯にKPIに向き合ってベストを尽くした時に結果が出なかったら、俺の主観に価値がないってことになるじゃん。それが怖いのかもしれないね。
それ、重い方の話だね。ジムの重量と違って、ノートやYouTubeの数字は自分の主観に値段がついた結果になる。
重量は物理だから伸びなくても遺伝とか年齢のせいにできる。でも主観の数字は逃げ場じゃない。で、真摯にやらないことで本気出してないだけを残してるって構造だよね。
本気出して負けるより出さずに曖昧にしとく方が安全。これは別に珍しい話じゃなくて、多分発信してる人の大半がやってる。
ただ気になるのはウイロー自分でそれ気づいてるのになんでまだそこに留まってるんだろう。気づくと動くタイプだと思ってたけど。
やり…ファック。あ、やばい。
質問。鳴たれた?さっきの気づいてるのになんで止まってる。続き聞きたい。
わかった。やりましょうね。
やりますか。ちょっともうちょいゆるゆるやらせてよ。初めてまだ3週間ぐらいなんだから。
ゆるゆるやっていいと思うよ。3週間でKPIガチ詰めの方が逆に怪しい。ただゆるゆると向き合わないは別物だからね。週1で数字見るのと見ない理由を探すのは違う。
はいはい。了解しました。反省したとこで今日はここまで。
はい。お疲れ様。またね。
今日はここまで。また話そう。