1. タイマーが大好き
  2. #80 半顔ショットの師匠
2024-10-26 1:54:48

#80 半顔ショットの師匠


57人目のゲストに上宮 逸子さんをお迎えしてお話を伺いました。

 

上宮 逸子

 Instagram☞⁠⁠itsukoro_u


  • KOUMI100
  • 京都の舟山近辺出身
  • 京都一周トレイル
  • 山の近くに銭湯
  • バトミントン
  • 日体大
  • 子供の時からランニング
  • 岩手の遠野ハーフマラソン
  • バトミントンで勝てなくなって
  • いずみがたけトレラン
  • 臼蓋形成不全
  • 新城ダブル
  • TDS
  • Black Canyon Ultras
  • 週の練習量
  • 下りは飛ばす


★編集後記★

今回感じたのは、上宮逸子さんがバドミントンで培ったアスリート精神が、現在のトレイルランニングに大きく活かされているということです。下りでの脚裁きの瞬発力や持久力、そして競技に取り組む前向きな姿勢は、上宮さんの根幹にあるのではないかと思います。しかし、股関節の手術を控えた際は、不安から塞ぎ込む日々もあったとのこと。語ることはありませんでしたが、並大抵ではないリハビリを経て競技復帰だったのではないかと思われてなりません。大きな目標である新城ダブル完走期待してます!!

今回はありがとうございました。

(アツシ)

 

質問・フィードバック等は「#welovetimer」「#Timers」と付けXより投稿お待ちしてます。 ドネーションを募集しています。ポッドキャスト維持に役立てますのでよろしければこちらからお願いします。

⁠⁠⁠www.buymeacoffee.com/welovetimer


00:07
よろしくお願いします。
お疲れ様でした。
お疲れ様でした。
何が?
先週のお話ですね、すいません。
先週のお話。
OSJ、KOUMI、リレー。
リレーは、2位の高松山ぐるぐるクラブに、1週以上、1週の差ですか、これ。
1週ですね、だいたい。
の差をつけて、ぶっちぎりの優勝ということで。
おめでとうございます。優勝されたんですね。
リレーで。
リレーですね。
敵なしって感じでしたよね。
もともとね、それ以外しては失礼かもしれない。
優勝3位で行きました。
だいたい皆さん、3時間ちょっとで変えられてきたってことですもんね。
俺が一番遅かったかな、3時間38分。
田中さん、走ったの夜ですか?
途中から夜かな。
そのアドバンテージがありますからね。
そうだね、でもそれでも10分くらいだと思うけどね、遅くなっても。
夜でも。
あのメンバー見る限りは、なかなかなツアーもんぞろいで。
高松山ぐるぐるクラブのまさしさんのXで言ってましたけど、
なんかもう、セグメントでも頑張れればなと思ってましたけど、
セグメント自体も萩さんが取ってるっていう。
登りかな?下りかな?
どっちかちょっと自分忘れちゃいましたけど。
もう完全優勝ですね、これは。
そうですね、みんな区間賞も取ったので。
ですよね。
一周遅れもして。
その日のうちにレースが終わり。
最高ですね、土曜日に終わるって。
そうですね、結局なんらかんで行って、宿に着いたのは1時ぐらいだったかな。
はい。
なるほど。
今年は神戸自体も、私が出た時ぶりぐらいに天候が1日多分良かった神戸だと思います。
ただ乾燥率が50ちょっとぐらいなんですよね。
そうなったの?
手にいるのを見たような気がするんですけど、ちょっとごめんなさい。
私もそこまで細かくは見なかったんですけど。
なので、距離が短くなったとはいえ、相変わらず神戸の厳しさはあるのかなっていうところもありますけど。
暑さとか寒暖さでやられた方が多かったとかっていう、どっかで言ってたけど。
03:05
57.6パーですね。
57.6パー。
なので、そう考えるとそこまであまり高くはなかったのかなって気はしますね。
身近な人で言うと沢さんが今回も6位に入賞され、あと太郎さんも14位で。
こっしーさんが確か足首がひねったんですけども、それでも31、2時間で戻られ。
出た方たちは皆さん頑張って、マフィアの兄さんたちは皆さん良い成績残していただけ。
うちの妻に関してはちょっと本当にいろいろ悪すぎてびっくりしましたけどね、前日から。
急に公民に行けなくなり。
でもただ4週も3分ぐらい前に帰ってきたっていう。
そんな劇的なことをしなくてもいいのにし、結果的にはちょっと残念な結果となってしまったんですけど。
今回はじゅんぺいさんがついていただいて、普段経験できないようなこと。
4週目でも心拍169ぐらいまで上がったんで、時計の心拍なんでどこまで正確かわからないんですけど。
本人もある程度は追い込めた部分っていうのもあったんで。
ここで言えないこともあるんで、言わないですけど。
いろいろとね、コーチとしての部分もありますしやっぱりそこは。
なのでちょっとまだ本人いろいろと気持ちが整理できてるようでできてないところもあるんで、来年また出るかどうかはちょっと難しいところでありますけど。
タカさん来年はリレー出るんですか?
来年出ないんじゃないかな。そんな毎年出れるようなもんでもないでしょう。
まあそうっすよね。
とりあえずは来年は選手としても出る予定もないですもんね。
ないね。
選手としてはないかな。
100マイルは走らないと思います。
今回どうなんですかね。165キロとちょっと例年より10キロくらいですか?
10キロくらい。
短くなりましたけど来年もそんな感じになるのかどうか。
来年もそうなんでしょう。
じゃあそうすると来年も来年で、ちょっと距離短くなるけどもその間断さ等でもしかしたらやられるかもしれないという。
まあそうだね。
でも結構はっきりしてますもんね、コウミの場合は。
06:04
ロード10キロ、山10キロ、林道10キロみたいな。
山は10キロもないんじゃないかな。
ないですよね。
ニューのところは。
初めてうちの奥さんも田中さんがおっしゃってたニューは休めるポイントっていうのはちょっと分かったみたいですけどね。
そこが分かったのであれば、私は今のところまだ分かって、出てなんもないんであれなんですけど、大きく成長できたのかなと思いますけど。
では、今日のゲストをお迎えしようと思います。
今日のゲストは上宮逸子さんです。よろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。
こんばんは、お願いいたします。
お願いします。
私は一方的には知ってるって感じですね。
あと今年ちょっと比叡山でお見かけいたしました。
どっちに出てたんですか?
マイル?
はい、残念ながらだったんですけども。
ぶっちぎりな感じの速さで。
50キロを20分間にやらなかったですね。
あ、50キロ出てたんですね。
私と一緒だ。
一応80キロだったんですけども。
50マイルの方に出てたんですね。
はい、50マイルだったんですけども、ちょっと前半を抑えすぎすぎまして。
で、比叡山海岸に行った時に、荷物置き場のところに上宮さんと、あと大定選手がいらっしゃって、そこを話してるのを横目に見ながらお風呂に行ったっていう記憶が明確に私は残っておりますけども。
ありがとうございます。
そこが、はい。
田中さんと上宮さんっていうのは何年来の物語なんですか?
お知り合いというか。
ちゃんと喋ったのはG100の関西連か何かですよね、合宿の。
関西の、はい。2019年ですよ、あれ。
はい、確か。
京都でしたっけ、あれ。どこ走ってたんですか?
神戸ですね。
神戸だ、神戸。
その中で遠征か何かで行ったんですか、G100の。合宿。
合宿ですよね、年末の。
合宿なんですね。
忘年会兼合宿みたいなやつですよね、毎年年末にやってる。
忘年会チックなことやりましたっけ?
わかんないけど、普通に飲み会しただけな気がする。なんか泊まりましたよね。
泊まりました、はい。
泊まって、あれ何か忘年会的な飲み会みたいなのしたような気がする。
はい。
なんかでもいつもG100とかOSJとかで毎年何か年末に京都走ったり、
09:06
何か六湖走ったり、何かいろいろやってますよね、何か毎年。
最近はもうやってないんじゃないですかね。
うん。昔はよく何か忘年会行ってたんですけど、
一番最初は関東の方の箱根か何かから始まったっていう話は聞いてるんですけど。
はいはい。あのあれですよ、滝池さんが、滝池さんってOSJの店長やってた方が多分関西の方で、
それで多分関西よくやってたんじゃないですかね。
うん。その流れでG100もG100の流れが変わってきて、
それで多分関西よくやってたんじゃないですかね。
うん。その流れでG100の年末の合宿みたいな感じを関西で時々やってて、
その時が六湖だったかな、神戸のトレイルでしたよね。
はい。
ここ5年ぐらいって感じですか、じゃあ。
そうだね、19年だから5年。
その前から知ってはいるんですけど。
はいはいはい。
ちゃんと話したの、その時。
そうですよね。
田中さんでもそういうエピソード多いですよね。
え?どういうエピソード?
高村隆子さんの時にも、高村隆子さんにもあれですよね、何かのレースの時に、
ご挨拶遅くなりましたって言われてましたよね。
それは日光ね。
うん。
あ、日光でした。そうだ、日光です。
いや、大してないよ、エピソード。それぐらいしかない。
重鎮。
それぐらいですかね。重鎮みたいな感じになってますね。
重鎮じゃないんだけどね、あんまり。
いやいやいやいや。そんなこともないんじゃないですかね、最近は。
いやいやいや、そんなことありますよ。
田中さんも。
いやー。
で、今日上宮さんにお越しいただいて、上宮さんこの番組自体ご存知ですか?
すいません、全然話してなくて。
ありがとうございます、大丈夫です。
あのー、言われて、お声掛けいただいて、
一つ二つは聞きました。
鞘師さんのやつとか聞きました。
あー、ありがとうございます。
そのくらいで。
すいません。
本当にありがとうございます。
やってるじゃないですか、ポッドキャストもYouTubeだったり。
そうですね、はい。
大変なんですよ、皆さんの聞くのが。
全員の聞くと。
エスカレーターに。
本当に。
ありますもんね、はい。
ですよねー。
12:00
我々も本当にいろいろと乱立してるんで、どうしていこうかっていうところもありますけども。
一発の素人がやってるだけですからね、本当にね。
そうですね。
どういう頻度で上げてるんですか?
最近、月1ぐらいですかね。
毎回誰かゲストを呼んでって感じですか?
ゲストかメジャーレースがあるか、僕が海外行ったレースの話かの3つのうちどれかですね。
そうですね。
今回は上宮さんにお越しいただきまして、上宮さんのお話をお伺いさせていただければと思うんですけども。
ただ、上宮さんっていうともう皆さんご存知じゃないですか。
何をされていたかっていうところも。
いやいやいや、ご存知だと思いますよ。
同世代からは人気なんですけど。
セブントレイルズの方もちょっと私拝見しましたけども、そこでお話しされてましたし。
上宮さんっていうと、ご出身はどちらになるんですか?
京都なんです。
あ、ご出身は京都だったんですね。
はいはい、そうなんです。
京都のどのあたりだったんですか?
関西弁なんですけど、相手に合わせてしゃべるので、今ひらめくことになってますけど。
バリバリ京都弁、はんなりの感情を出していただいております。
京都のどのあたりだったんですか、お前は。
京都の近くなんで、大門寺の国の舟山っていう山があるんですけど、
京都一周取れると言ったら、日室の方なんですけど、日室の県前というか、
倉間のもうちょっと南ですけど。
わかります?京都一周取れるかわかんないか。
僕は京都一周取れれば。
あれ、田中さんが知ったことなかったじゃないですか。
ありますあります、僕はわかりました。
倉間のもうちょっと手前。
山一番すぐ目の前に、実家の目の前に船山のトレイルヘッドがあるんですけど、
大門寺の国の舟の国にしてる山があるんですけど、
大門寺って大っていう字と、左大門寺、右大門寺、明宝と鳥居と船の形と5つあるんですけど、
船の形した船山の麓に実家があります。
あれ、それもあれですか。船の形と船山の麓に実家があるんですか。
船山の麓に実家があります。
あれ、それもあれですか。船の形を送り見せるんですか。
15:06
そうなんです。大門寺の大じゃなくて、船のこういう絵みたいな帰宅にあるんですけど、
割と初日の出で、そこを簡単にすぐ登れるので、トレイルランナーとか登山者がなくてもすぐさっと登れる山なんですけど、
そこから比叡山がよく見えるんですよ。真っ正面、鴨川を挟んで真っ正面に比叡山があるんですけど、
初日の出のときに割といろんな人がいて、そこで久しぶりに会うトレイルランナーとか京都の、
よく会い足し合ってたんですけど、年一にしか会わない人とか。
船山って、なんか自分ブラタモリで聞いたことあるんですけどね。
なんでブラタモリ。
西陣折りかなんかの回で、船山の多分山頂の方に仏像が掘られた岩があったって、
ウロウロ違うかな。
なんだろう。
違うか。
船、なんだっけな。船、なんだっけな。もう一つ似たような山がもうちょっと南の方にあったような気がする。
あるんですね。
違うかもしれない。
でも京都っていうと、自分も接客業とかいろいろしてて思うんですけど、
例えばですけど、知恩院登るとか知恩院下るとかいろいろ住所がちょっと難解なところがあるじゃないですか。
そうですね。西いる東いるとかね。
やっぱあれは地元の人のこだわりなんですか。やっぱり。
いやいやいや多分そういう住所っていうか、でももうちょっと街中の方がそういう住所多いんですけど、
私は割ともうちょっと北の方の田舎寄りっていうか山寄りなんで、そんなにややこしい通り名は出てこないんですけど。
そうなんですね。
そうなんですね。
京都っていうと、やっぱり修学旅行とかしか正直行ったことがない。
あとは有名な哲学の道行ったりとか。
京都一周ぐらいで行ったことない。
そういうところしか行ったことないんで。
行ってくださいよ。
そうですね。ちょっとしてみたいなっていう部分もありますけども。
全部で。
やっぱりあれですよね。
70キロぐらいなんですね。
多分70キロぐらいかな。
18:00
あと京都というと盆地なんで。
そうですね。夏は寒いですよ。
土砂崩れでコースが変わっちゃったんで、割と林道が増えちゃったんで、昔よりかはちょっとつまらなくなっちゃったんですけど。
したことないんですけど、京都一周トレイルの魅力って何なんですか、ちなみに。
走りやすいからな。
マーキングも細かくあるし、初見でも行けるし、
街と山が近いので、いつでもどこからでも入れるし、やめれるしっていうところで。
あと下山したらすぐ銭湯がある。関西はあるあるなんですけど、大阪のトレイルもそうですけど、下山したらすぐ銭湯があるんで。
そうなんですね。
関西銭湯多いんですよ、すごく。
それはいいですね。
街と山がすごく近くて、私いつもトレーニングは自分の、どっかにロッカーに預けたりしないで、
着替えとかお風呂セットとかも全部持って、ワンウェイとかラウンドしてもいいんですけど、
全部走って、セット置いて、ビール飲んで帰るっていうのが大体定番というか。
最高ですね、それ。
私は長く東北に住んでたんですけど、東北だって車で出ないと山には行けないし、
やっぱり山深いっていうか、山はいっぱいあるんですけど、
関西の方だと里山がいっぱいあって、そんなに標高高くないんですけど、
日軽に山に行けて、降りてすぐ銭湯、街にすぐそのまま飲みに行けるっていうか。
それが魅力かなって。
確かに。関東はそんなことないですよね。どうですか?
関東はどうだろうね。
銭湯やって。
どうしてるんですか?みんな車で行って、走って、降りてきて、そのままスーパー銭湯とか行ったりするんですか?
山的に関東だと、高尾、高尾か丹沢か、埼玉だと半野、奥武蔵とか、
高尾は駅に銭湯が、風呂があるので、丹沢と奥武蔵はないですね。
結構難儀するんじゃないですかね。
でも、車で行くからビール飲めないって感じですよね。
箱根とかは、でも箱根はね、
箱根とかはね、
箱根はね、
箱根はね、
21:00
箱根はね、
箱根はね、
箱根はね、
箱根はね、
箱根はね、
箱根はね、
箱根はね、
箱根はね、
箱根はね、
箱根はね、
箱根はね、
箱根はね、
箱根はね、
箱根はね、
箱根はね、
箱根はね、
箱根はね、
箱根はね、
箱根はね、
箱根はね、
箱根はね、
あ、500円で乗れるんだ。全然知らなかった。
そうなんですよ。
で、あとは、丹沢三家だったらあれですよね。
秦野駅の目の前に、ちょっとした広場に温泉が湧き出てるんですよ。
なんか聞いたことある。
湧き水みたいな温泉があるんです。
どうしても時間がないときは、それをタオルに濡らして、
水で拭くっていう。
鶴巻温泉駅ですね。
そういう貧乏なことをしてますね。
鶴巻温泉、温泉あるじゃん。
確かに、鶴巻温泉。
どうしても時間がないときは、鶴巻温泉で。
ないときは鶴巻温泉で汗を流すっていうことをやってます。
あまりよろしくないと思うんですけど。
でもいいですね、その山降りてすぐ温泉があってっていうのは。
温泉のとこもあるんですけど、
仙島か、ごめんなさい。
街中の。
ただ、なんていうか、仙島なんで、3時、4時にならないと開かないんですよ。
だから、3時、4時まで走らなきゃいけない。
朝早く走って、1時、2時にゴールしたら開いてないから。
その時間に合わせてスタートを決めないと。
走るんだったらいいんですけど、
今日ちょっとサクッと20キロぐらいで、2、3時間でと思ってても、
そうすると昼スタートとかになっちゃう。
12時スタートとかのときもあります。
とか、仙島を走るまであと1時間あるから、もう10キロ走るかみたいな。
とかもありますけど。
やだな、それは。
なんかあれですね、やっぱり関東の方と違いますね、ちょっと。
関東の人だと9時に鷹を集合みたいな感じですけど。
いいですね、仙島に合わせてっていうのは。
軽く今日は走ろうかなって思ったときはそうなりますね。
ただ、50キロ走ろうってなったら、
さすがに3時、4時、標高ある山だったら、
24:05
結局それぐらいになるから、
9時、8時、9時スタートぐらいにはなるかな。
のときもありますけど。
あとは、どんどん走ろうと思ったら、
仙島じゃない、もうちょっと早い時間帯からやって、
温泉をゴールにするとか。
やっぱりお風呂屋さんが多いんで、
前もって調べるときは、
お風呂がどこにあるかをまず調べて、
こう行って、こう行って、こう行った、こう行った、
こう行って、こう行った、こう行った、
っていうやり方でやってます、私は。
確かに六甲山の地図をちょっと見たときに、
市街地との距離の近さっていうのは、
多分関東にはないなっていう気は確かにしたんで。
確かに。それはそれぞれ面白いですね。
いいですね、それは。
今、京都でお生まれになられてっていうところで、
でまぁ今日と一緒のお話が出ましたけどもただまあ上宮さんとに申しますと まずやっぱり出てくるスポーツっていうのはそのバトミントンにバドミントンになると思うん
ですけども
忘れてましたこれバドミントンを始めたきっかけっていうのは バドミントンを始めたきっかけっていうのは何だったんですかこれは
なんか小学校の時にスポーツ教室が何か4つぐらいあったんですバッバスケバレー バドミントン卓球とかだったかななんか何かスポーツ教室入りたいなぁみたいな
クラブに入りたいなぁと思っ なんとなくだったんですよなんとなくなお姉ちゃんが
バドミントンちょっとやってたんですけど家にラケットがあったとかなんかもう全然 そんな大した理由じゃないんですけどなんとなくで
スポーツ教室に入って やってるうちに
なんとなくその学校の中のクラブチームの中では割と上手というか強い方だったんですよね そしたらもうメキメキともっと強くなりたいと思ってそのスポーツ教室以外の
なんか教室みたいなとこに行ったりとか してました
高校に練習に行ったり小学校なのに高校に練習に行ったりとかしてました えっ普通に行けたもんなんですか
いやなんかそのコーチに来てる先生が紹介してくれて その先生っていうか結局そこの高校に進学するんですけど私は
ですでそっとかなり有望有望な 選手だったってことですよ今の話を伺いする限りですと
一応中学校では京都市では一番になったし ふれはまあちょっと1
京都市そうですね高校そうだ 中学校で京都市1になって高校になってでもあ高校になったら一番になったか京都府でも
27:07
まあそんなに
でそこに立体大に行くんですよ あそうなんですねはいバドミントンで立体大かなんですけど立体大に行くともう
関西にはいなかった強い人たちがまあ1年まあ4年 だから
上田さん3つも上野都市の人たちとかもういっぱい強い人が出るって言ってるんで こうああなんか私全然あの弱かったなって言う
挫折を味わうというか
ブースたちがこんなに今の関西だとアレじゃないですか ちょっと多分その後になると思うんですがオグシオペアの小倉さんて関西の天王寺高校
とかですよねそうそうそう その後パナソニックに入る大阪のね
パンソパンソニックそうですよねパラとかで 電気か
松下さあそうでシャープですねはい そこらへんの関数近畿圏でっていうのをどうだったんですかウェイみなさん
近畿圏で邪魔だ全然戦えた感じなんですか 高校まではあの関西にいるんであの京都にいるんで高校では
バリアリーとか近畿でもに入ったサインぐらいにもなっ ん
ちょっとはさんしたっっに行かさん1 近畿大会でなんか3位ぐらいになったはず確か
それで
インターハイはすぐ負けたんですよなんか私一時下にの人にもあったっちゃってそこ 飽きちゃって
悪くああくじゅくじゅうんというかはいはいはいはいはい じゃあ際は
えっとファンデーショパンに出てるんですけど 速攻で負けちゃって
で他進学して一体大に行くんですけど 2年の時とかにも団体戦のチームあのメンバーに入ったりとかしたんで
割と頑張ってたと思いますん まあねその
a を見て 実業団から声がかかって社会人も行ってバトミントンで
会社に入っているのではいそこらへんまでは頑張ってました
いやいや そこらへん今も多分の継続されて頑張っていると思うんですけど
ブーブー言ったりだしたらやっぱりととどろきキャンパス1冊か そうですよねーはいはいはい
キャンパスは キャンパス私横浜だったんですよ
横浜しないあのはい青葉台あっ
うちの近くですよ横三菱君からの近くです はっはっは
ちょっと忘れております青葉台でーっとしてあげません 青葉台ですよねー
30:06
まだ行ってみましょうあの日大大の記録会やってるところですよね あーそうそうそうですいやそう今のとそうですよね近いもの
うちのすぐそばすぐ違うんですよやってますやってます ああああああ
難しい結構遠いですねでもそうですね 町田とかの方が長津田とかの方が近いんです
はっはっはですよねー 棚原よりですねそうですよねー
横浜だからかながわかってまた不便な場所にありますもんねあそこ まあでもバズミンとしに行ってるんでね私だった4年間関東に行くけど全然遊んでないです
だが本当に もっと遊びながらん
いますけど
バイトが学校授業部活しかしてない
あ バイトもされてたんですかじゃあ一応
ローソンでバイトします
a 練習しながらもらってはい綺麗生きてますよ
よくなっていっ
a 全然食生活乱れてますよな
マックとかを食べてたし まあ
はっはっは まあでも若さゆえなところもまあそうそう
あんまり考えだがそうですよねー やっぱりでもあれですかに日大大とかというやっぱり全国から集まってくるところに来ると
若干の挫折感と言いますかまさにもっと上に上がいたんだなっていう部分というのは やっぱり感じられて
なんか絶対負けたくないという気持ちが高校の時はすごいあって まあ後輩もそうだけど先輩に向かう
たいし同級生とか自分より下の子たちには絶対負けないぞっていう 絶対自分が上でないとダメだっていうプライドがあったんですけど
大学になると自分に中心いっぱいいるからこうなんか負け慣れてくるっていうか この人に余ってもしょうがないみたいなになったらちょっとなんか
負け癖がつくっていうか それがよく
まあ結局インカレでも1位2位の大学だったんで 団体戦とかでもね1位か2位かなんですよ
なんで強い人がいっぱい集まってるんですけど まあ結果は日大に行ってよかったと思ってるんですけど
やっぱそこでもう一つ二つぐらい下の大学とかに行って自分が一番で絶対負けたく ないという気がする
受けてたらもっと強くいられたんじゃないかなっていう気もしますけど
そうなると私はもしかしたらトレーニングをやってないかもしれないし もっとワドウィントンに気になって
33:07
引退した後もワドウィントンの育成とかやってたかもしれないし もうワドウィントンやめてランニングし始めたんで私
トレーニングのランニングが好きだったっていうか得意だったっていうか
2月のトレーニングでワドウィントンで勝てない相手にも ランニングじゃ負けねえぞみたいな変なプライドがあって
20分間奏とか日大大なんで外出ればトラックキューブがすぐそこにあるんで 体幹すぐ横にあるから
そこで5千メーター奏とか時々やるんですよ ワドウィントン跳ね打ち終わった後に5千メーターやるんですよ
でも一通り疲れたトレーニングやった後でもランニングで絶対ダイナミックでここでも必死こいて走ってたんですけど
すごいなぁ 外出る時から走るの好きだったし
私小学校の時も1回大文字駅伝っていう京都の小学生の男女混合の駅伝みたいなのがあるんですよ
ミニ駅伝みたいなのがあったんですけど
ダンスをとったんで 子供の時はやっぱバドミントンは好きだからやるんですけど
バドミントン終わったらそこを走ろうってずっと子供の頃にずっと思ってて
社会人になるまでバドミントンやったんですけど引退してすぐに まず普通のOLになったんで
仕事終わりに セントラルジムに行って毎晩トレッドミルで走るっていう生活が始まったんですけど
やってるうちに マラソン大会出たいなって思って
初めて出たのが 岩手の東野っていうすごい田舎の方のローカルな
カッパの演説があるところですね
仙台からめちゃくちゃ遠いんですけど 全泊して車に乗って行って
ハーフの部と10キロの部があったんですけど 10キロにしようと思って10キロに出た
初めて出たのが2位だったんですよ
それで獲勝とかでいろいろもらって これ楽しいな
これ面白いなと思って そこから火がついて
36:02
東北のいろいろあるロードマラソン
25、6かな 最初しばらくロードマラソン
ロードを5、6年やったのかな
ずっと走ってました 最初はロードをね
でも 田舎の方のローカルのレースだとちょっと
入賞できるぐらいで
ただ今のお話を伺ってると 日大大でも多分人生初めての挫折を
味わいながらもバトミン党は やっぱりやめなかったっていうのは
なんかあるんですか そこは
いやまぁ結果 社会人に
粘ってっていうか
正直言うと大学の3年ぐらいで もうちょっと伸びないかなって
自分で感じてたんですけど
大学で辞めようとも思ってたんですけど
結局普通に就職できなかったっていうのも あるんですけど
表書きっていうか就職並みというか
超表書きですよね
どうしようって途方に暮れてたら 大学の1年の時の4年生の先輩が
私が就職した会社の実業団の選手として 先に会社に入っていって
先輩から声かけてもらったり 見学に来ないよって言ってくれて
行ったらもう決まっちゃいましたね
見学仙台に
でもなんかあれですね 今のその
マラソンの話を伺っても あれですよね
その仙台にある某地方銀行ですもんね
そこに行ったのもある意味 その後々のランニング的なところの
運命かもしれないですし
なんかいろいろと今お話を伺っていると 点と点が最終的に正になったっていう
ような感じなんですね
そこでバドミントンを受け入れて
仙台に行ってなかったら 地元の関西に帰っているか
関東にそのまま残って
スポーツ関連の企業とかに就職したかもしれないんですけど
そしたらそんなに マラソンはやってなかったかもしれないし
ランニングも結局そのままやらなかったかもしれない
そう思うとやっぱり
結局全然活躍できなかったんですけど 社会人としてのバドミントン選手としては
活躍できなかったけど
これも運命なんだろうなっていうふうに なんか思います
39:01
やっぱりあれですか 大学経て社会人でバドミントンでやられて
やっぱり当然なんでしょうけど やっぱり大学の時よりも
よりまた1階層とか2階層ぐらいレベルは 全然上がるものなんですよね
やっぱりそういう競技のレベルに関しても
今度は大学は 大学もそれを感じたんですけど
たくさんの強い人がいるっていうのを感じたわけですもん
やっぱりこの学校の中の組織の中の
ある程度までは守られてるっていうか 練習時間もやっぱ
すごく長くいっぱい練習できたんですよ
なんていうか 今考えたら6日くらいの練習量なんですけど
それぐらい練習できたんですけど 社会人になったら
自主連鎖化もできなくなったりとか
あとは自分のことをしないといけないとか
自分たちの強い子も入ってくるし
本当に自分の意思が強くないと
なんかやっていけないなって思って
さらに挫折を味わったっていうか
あと環境 大学の中でのバートミント生活は
自分につらかったし けども上下関係もあったし
厳しい厳しかったし つらかったけど
割と自分に何だかんだ言って
自分に合ってたような気がするんですけど
社会人になると環境変わって
東北だから冬とかもずっと寒いし
体育館とかめちゃくちゃ寒くて
全然うまくプレーができなくて
なんかでもそういうのって
社会人になっても
そんなのつべこぼえ言ってられないんだな
っていうので
そこで活躍できない人を
社会人でもやっていけないなっていうのは
すごく感じて
それも1年ぐらいで感じてしまって
あと2年ぐらいはもうだらだら
そのままもうやってたんですけど
やっぱもうダメだなっていうのは
なんか感じで
でもなんか今のお話をかかってると
バトミントン社会人になれると
やっぱり仕事しつつ
ただその中で練習しなくちゃいけない
与えられた時間で練習しなくちゃいけない
多分ランニングに関しても
おそらく多分そういう部分っていうのが
多分あると思うんですよね
仕事しつつも走る時間っていうのが
多分限られてる
その中でなんかあれですか
その学んだところというか
今多分上宮さんのお話聞いてると
やっぱりその自由時間をどう使うか
っていうところが
ちょっとなんか鍵なのかなって気がして
なんかそこっていうのはやっぱり
ランニングのその今後の部分っていうので
その走れる時間をどう使うか
みたいなところっていうのは
結構なんか大きく寄与したところ
っていうのはあるんですか
42:00
まあでもねバトミントンは本当に
誰かが一人でできないから
練習が体育館に行かなきゃできないし
やっぱ限られた時間がすごくあるんです
でもまあいつでも自分のペースでできるから
すごい本当に仕事をしてる人もね
鍛冶屋主婦やって子育てしてる人は
全然時間ないかもしれない
本当にバトミントンやってた時より
自由にどうにかどうにでも時間を作れちゃう
はいはいはいはいはいはいはいはい
今そういっていろいろとちょっとお話を
伺ってきた中で
まあ最終的にそのバトミントンを
競技者としておやめになる部分っていうのが
できたと思うんですけども
そこの最大のポイントっていうのは
何をきっかけて
ご自身でバトミントンの競技者としての生活を
選手生命を選手として終わらせようと思ったのかな
っていうところは
ちょっとお伺いしたいんですけども
もうでももうさっきから言ってる
こうやっぱり勝てなくなって
自分のプレーができない
言い訳してるのに自分も気づいてるし
私社会人でやっていけないなってのは
もうじわじわ考えられ
感じてたし
まあそもそも大学で一回やめようと思ってるのを
古い立場でやっぱり社会人でもやってる
この頃から夢だった
実業団選手に行こうって思って
実業団に入ったわけですけど
やっぱりちょっとやっぱ
一回大学で引退しようって思ってしまってるから
そこから奮い立たせるのがなかなか
なんか負けるたんべに
やっぱダメだなって落ち込み始めて
毎回言い訳する
今の練習環境が大学時代と違ってやりづらいとか
なんかそういう言い訳をし始めて
いやそういうことじゃないんだよな
勝てる人強い人は絶対強いし
どうにかしていけるんですけど
私やっぱりダメだ
どんどんネガティブになってて
だんだんそしてね
あんなに好きだった
ワトリントンが嫌いになってきたんですよ
もうコートに立ちたくないとか
ラケットに入れたくないとか
なるほど
これはダメだなって思って
仕事をしながら2時まで仕事して
2時過ぎに一回寮に帰って
そっからみんなで車で体育館に向かうんですけど
なんかすごい大変忙しい時期
繁忙時期とかはちょっと残って
仕事をしたりする時もたまにあるんですよ
ちょっとそういうのもあったんで
45:02
なんかある時もすごい練習したくなくて
ワトリントンやりたくなくて
あの会社の先輩に
あの私残りたいんですけど
なんかすることないですか
ずる休み
そこまで陥っちゃって
なんかほんとに私ダメだ
こんなにワトリントン嫌いになってしまった
子供の頃なんか家の目の前の
家の目の前での通りで
こう素振りしたりとか
フットワークやったりとか
走り家の周りの公園走ったりとか
もう少しでもワトリントンやりたいって
思ってたのに
もうなんかラケットに入れたくないって
なっちゃってもうそれで終わりだなって
もうすぐ感じました
まあでもよく引退する
選手引退する時に
今やってるスポーツを
気合になりたくないから
引退するっていう選手が言ってる
コメントを聞いたことありますけど
でも今の上宮さんの話を聞いて
なるほどなっていう気はしましたね
これは終わりだなと思って
ゆくゆく引退して
マラソンを始めて
トレーニングやるんですけど
トレーニングやめたいと思ったこともないし
なんかそこだからなんて言うかな
ワトリントンの時はそれほど
やっぱりトレーニングもきついし
相手との戦いだから
気迫が絶対強く持ってないと
負けず嫌いでないとダメだし
ダブルスでもなんかお互い言いたいこと
言い合わなければ強くならないし
そういうのがね
しんどくなっちゃって
引退やってたら
でもマラソンとか
結局は誰かとの競い合いだったりするんですけど
とはいえ常に自分の一人で練習
練習は一人でもできるし
常に誰かが立ってるっていう環境じゃないから
もう楽ですごい楽なんですよね
走るスポーツって
なんかやっぱりすごい辛い
辛いトレーニング
私あんまやらないんですよ
なんかマドウィントンの時みたいに
嫌いになりたくないから
本当ですか
そんなに追い込んじゃってない
あんまりストイックに
まぁまぁある程度はね
100キロ超えるようなトレーニング
レースに出るとか
次のレースに出るって
ある程度ピリッとする時もあるんですけど
でも全然マドウィントンやってた時の方が
もっとピリピリしてたし
なんかそれに比べたら気楽にやってるんで
嫌になることは多分ないだろう
それだけマドウィントンは
追い込んでたし
48:02
いろんな人ともぶつかり合いもしたし
その結果はちょっとやりたくない
もう嫌いだってぐらいまで
なっちゃったんだろうなと思いますけどね
逆に今の話聞いてると
例えば対人競技に関してだったら
相手が強かったから負けちゃったって
言い訳がつきそうな気がするんですけど
でも上宮さんはどちらかというと
もうあれですよね
対人競技だけども
今の話は自分には絶対負けないってことですよね
そうかもしんどうだろうな
すごいなぁ
いやでもすぐ歩きますけどね
歩いちゃおうって
いやいやいやとは言ってますよね
いやーここまでどうですか田中さん
今までにない本当のアスリートのお話だと思うんですけど
面白いですね
でも対人競技と個人競技の
この差というところの部分っていうのは
だって練習なんていくらでも
手抜けるじゃないですか
一人だったらお腹痛いとか
わかんないですけど足痛いとか
いやそれなんか今の私の今の立場で立場ってか
別にそんな何かを背負ってるわけじゃないから
今日これでやめようと練習中でも
なんかもう一つ向こうまで行こうと思ったけど
いや今日はダメだやめようって
肺痛いって下段してビール飲みに行く時ありますけどね
そんなそこまで追い込んでないです
今だからそれが何か好きでいられる秘訣っていうか
楽しさのあんなフレッシュな
レースにも挑めるかなって思います
明日があるから明日でいいじゃん
みたいな感じってことですよね
今日じゃなくても別にいいよって感じですよね
そうでまぁねまぁレースが決まって
それに向けたトレーニングも
この週末でしかできないってなったら
さすがにちょっと頑張るかもしれない
ただそんなでもあれですよね
バトミントンを辞められて
でまぁちょっと趣味としてマラソンを走るようになり
ただそのマラソンからこのトレイルになると
今度周りが上宮さんにいろいろと注目をしてくるじゃないですか
まぁそんなに注目されてないですけどね
いやいやいやいやいやそんなことないですけど
いろいろスポンサーがついてきたり
いろいろあるじゃないですか
そこの部分っていうのは
バトミントン時にはちょっと似てるような感じがするのかな
っていう気も私もするんですけど
そういうなんか例えばスポンサードするとか
51:00
そういった部分のプレッシャーっていうのは
あまり上宮さんご自身っていうのは
そうほど気にならないですか
最初はありました
バトミントンって結局そんな
結果を出せなかったっていう
社会人であんまりいい成績出せなくて
味わってやめたんですけど
トレイルラーニングになって
まぁ一旦ふわっとマラソンやったりとか
時々優勝したりはしてたものの
トレイルラーニングになって初めて
そういうメーカーからサポートを受けたりとかして
その時にバトミントンでは成し遂げられなかった
なんていうのかな
誰かに期待されるとか
メーカーから応援してもらえるっていうのを背負って
ちょっとまた強くなりたいなとか
ピリッとするようには一瞬で
まぁちょっとはなりました
なったけども
慣れというかっていうのもあるし
コロナはどうだったかな
数年はすごい
メーカーからサポートしてもらってるんだから
もうちょっと入賞しなきゃとか
強くならなきゃとか
結果出さなきゃっていう時もあったんですけど
数年経つと
サポート受けてる人って
割といっぱいいるじゃないですか
そんなことはないと思いますよ
最初は思ってたんですけど
あとはレースじゃなくても
発信できることはあるかなって
思うようになったりとかね
なるほど
なんか私だからできる何かないかなって
探し出したりとか
レースに出たら入賞したいなとは思いますけど
最初の頃ほどは
なんかちょっとそんなには思わなかった
でもやってるうちに結果がついてきて
できたりはするんですけど
そんなにプレッシャーを感じた方がいいのかもしれない
感じることはないですね
いやいやいやいやいや
本当にパタゴニアにサポートしてもらう
最初の1年目とかは
すごい緊張してました
なんか入手できなかったらどうしようって
最初の初めての進越かな
2010年クリッシーモールが来た年の
あの時にパタゴニアトレーラーニングチーム
っていうのを作りますみたいな
小川ひとみさんと私と西条さんと
中辻くんの4人のチームで
パタゴニアトレーラーニングチームで
お披露目みたいなのがあったんですけど
あの時私だけ無名だったんで
54:01
いや入手できなかったらどうしようって
すごい時間差に入手できないってずっと思って
それによって2010年は本当トレーニング
頑張ってたんですけど
結果5位になれたのかな確か
その後ももうちょっと結果を出さなきゃって
思ったり数年はしてました数年くらいは
まずは楽しむ方向にこうしようとしたっていうか
なんかその転換点ってのあったんですか
ご自身の中でウェイメアさんでどっかで
私じゃなければできない発信があるっていう
お話があったんですけど
どっかでやっぱりそのなんか私ならではの
発信をしようみたいな
こうなんかターニングポイントみたいのがあって
まあ今言ったけど
具体的に何したって言われたら
何もしてないなって思うんですけど
ただレースしか出てないなって思ったり
でも別にレースに入手する人なんで
いっぱいいるからなんかないかなとは
ずっと模索してたって感じです
ただレースに入って勝てずに
思ってたわけではないって感じかな
なんか面白くないかなっていう感じでした
とはいえ特に何もやってない
でも田中さんその発想って今の発想ですよね
今の発想って
レース以外でも例えば今だったら
SNSで発信できるじゃないですか
レースで結果を起こすだけではなく
SNSを使って
たぶんトレーナーってこういうものだよ
っていうたぶん今
たぶんそういう発信する人っていうのが
まあまあ増えてきたと思うんで
それをたぶん10年以上前から
考えられてたってことですよね
そこから変わると目線としては
めちゃくちゃ新しい目線持とうってことですよね
なんかないかなって思っただけで
何もしてないですけどね
何もしてないけど
そうね早い人はいっぱいいるからね
上司も男子もそうですけど
なんか面白いことないかなと
田中さんもどうですか
田中さんアンサーフォーアスリートとして
上宮さんみたいにプレッシャーに
いろいろ感じることとかっていうのは
同じサポート選手として
終わりになりますかそこは
ないかな
でしょでしょ
僕はないかな
入賞とか
そうなんですか
サポートされてるから
入賞しなきゃいけないとは思わないかな
自分で頑張って
自分でのベストが尽くせればいいかなと思ってるんで
その結果入賞できればいいとか
そんな感じ
でもまあそのために練習をしなければ
57:02
まあでもまあそっかお二人になっちゃうと
まあもうその厳しい練習がルーティンみたいなもんですもんね
いやだからそんなやってないんですって私
いやいやいやいやいやいやいやいやいやいや
今日ロードチロッと走っただけで
もうほとんど家にいました今日はたまたまなんですけど
そうなんだまあちょっとちょっともう私からしてみたら
わかんないちょっと次元が違うんでも
そういうもんなんですね
ちなみに2010年の新月の女子の結果が
1位がクリッシーモール
2位が小川ひとみさん
まあ帽子試合であった
3位は小林智美さんって昔有名だった
トントンさん
4位が鈴木潤子さん
じゅんさんですね
私5位でした
5位です5位が上宮さん
で6位が松井和羽さん
まじか
すごいですね
すごいですね
まじか
大石さんも出てないですかその年
大石さんは名前がないかな
次の年なの?
かもしれないですね
2011年かも
ちなみに今日僕が横浜月礼っていうなんか
ちっちゃいレスティガーなんかそういう
はい横浜月礼はい
出てたら松井和羽さん走ってましたね
いやもうほんと昔から強いし
ベテナンの走りというか
すごいですよね
衰えを感じないというか
歳いくつかわかんない
60過ぎてますもんね
わかんないです
60ですよ確か管理家になってるはずですよね
管理家過ぎてるよね
田中さん今日赤ゼッケンですよねもちろん
僕横浜月礼出ると
赤ゼッケンで
もらえるシャツのやつだよね
そうそう赤ゼッケンしてました
確かに本当だ小川ひとみさんはレースよね
岩瀬さんの奥様
そうですよね
レースは全部ひとみさんがそうなみするぐらい
もうすごいOSJチャンピオンだったり
ベテランの
一昨年ぐらいにひとみさんに九州のレースで会って
すごい久しぶりにレースで
確か30キロ走って次の日も階段後ろ向きに降りてました
筋肉痛でやばいって
降りれない歩けないって言って
痛い痛い痛い痛い言ってました次の日
1:00:00
今度の金曜会いますよ
本当に飲み会があって
また会いたいって言っといて
分かりました公式の記録的なところから見ると
もう2009年からレースにいろいろ出られて
2009年からトレーナー始めて
2009年新越号に入ったんですけど
それあの時は100キロなんですよ
まだ110キロでもなく100キロ
小学生の終わるんですよ
私小学生大体出てて
8位ギリギリ入賞だった気がする
そうですね8位ですね
女子8位ですね
私CWXかなんかのC3フィットだったかな
なんかロングタイツにバギーズパンツの
重ね着して走ってました
こういうこと言っちゃいけないんですけど
初心者あるあるみたいなコスチューム
ってことですよね
全然シューズのことも分かってないし
アウトドアのことも分かってない
楽天かなんかで安く買った
モントレールの晴れてるのに
ゴアテックのシューズ履いてました
ゴアの意味が分かってなくて
アウトドアにゴアのシューズ履いて
その時にトレランシューズでゴアがあったんですね
そうだなんか分かんないけど
楽天で安く買えたし
いいですね時代を感じていいですね
ちなみに普通のロードから
トレラン始めようと思ったきっかけって
なんかあるんですか
本当にたまたまなんですけど
その泉がたけ今この間9月
仙台ですねはい
仙台の石川ひろきさんプロデュースの
泉がたけの大会を今年開催します
みたいな案内みたいなのが送られてきたんですよ
それが仙台国際ハーフマラソンって
仙台毎年5月にやってるんですけど
たぶん同じだから
たぶんその参加して
仙台ハーフマラソンに走ったことある人とか
走ったリストの人たちに
たぶん送られてきたのと思うんですけど
仙台スポーツ振興事業団の方から
今年こんな大会やります
出ませんかみたいな案内の葉書か
なんか封筒かなんか送られてきて
これ何だろうと思って
トレーラーニングって何だろうっていう感じで
本当に全然わからなくて
周りの人に聞いたら何か出るよって
面白いよとか言われたから
それ第1回20キロだったんで
1:03:00
20キロあったらなんとか走れるだろうと思って
よくわかってなかったけど
当日雨だったんですよ
雨でロードの選手がやらんの
ビニールの袋を穴開いて開けて
かぶってだから雨降ってたから
もうどろどろで
なんか自分のお気に入りのシューズ
汚したくないから
もう穴開いてる
アディダスのシューズで
泥を転びまくって
最初2番だったんですよ
それがすごい衝撃的に面白かったんですよ
なんかもともとインドアスポーツだったんですけど
アウトドアが好きなんですよ
もともとは
それとかもさっき言ってた船山
一家の目の前にある船山に
近所のおじいちゃんおばちゃんたちと一緒に
よく登りに行ったりとかしてたんで
懐かしい感じがあって
これ面白い楽しいっていうふうに思ったんですよね
自然に触れる感覚が
障害物競争じゃないけど
ゴロゴロした岩のトレイがあって
手使ってちょっと登ったりとか
途中で転んだりしてるし
なんだこれって思いながら
結果2番になったから余計に嬉しくて
それまでロードも東北のハーフマラソンとか
割と最初出た頃は5位以内に入れてたのに
もうなんかあんまり記録が出せなくて
全然上位に入れなかったのに
いきなりトレイランニングになると
なんか優勝できるようになって
それがまた嬉しかったんですよね
今度はどっちかみたいな
今度はこっちで活躍するぞみたいな感じで
とりあえずロードはいいやみたいな
もうロードはいいやってなって
そっちにシフトした感じですね
船内にいたんで全然情報がなくて
何かやったことある人はいたんですけど
そこから石川ひろきさんのハッピートレイルっていうのがあるよっていうのを
そこから全国に行き始めるんですよ
そうすると全国の石川ひろきファンっていうか
オカゴニア好きの人
モントレイル好きの人
グレゴリ好きの人が集まってる
そのイベントに参加することによって
いろんな情報入ってくるし
次こんなレースあるよとか
仙台にいたら入ってこない情報をたくさん得て
次どこに行こうっていうのを
一気に交流が広がって
一気に世界が広がったって感じでしたね
2009年10年あたり
1:06:02
あの当時ってあんまりSNSって流行ってなかったじゃん
流行ってなかった
フェイスブックもやってない
フェイスブック2011年から始めたから
ミクシーはやってましたけどね
そうですよねミクシーレベルですよね
時代
ミクシーで
時代ですね
未だにまだありますよねミクシーって
あるらしいですよね
私も忘れちゃったけど
最初の頃はミクシーでやってて
ミクシーの中にいちかひろきファングループみたいなアカウント
そうなんですね
こんなのあるんだと思って
次でトレランの友達と知り合ったっていうわけではないんですけど
ミクシーはすぐ辞めちゃったんで
でも本当にハッピートレイルですね
ハッピートレイルに行き出して
千葉とか九州とかも
何個行っただろう
結構最初の頃立て続けに行ってたんで
これから新越豪華区の話も聞いて
新越豪華区も出るんですけど
2009年は本当全然わけわからず出たんで
最初は100キロなんか走った
まずロードでも走ったことないから
笹上まで60キロぐらいまで走れればもう満足だと思って
笹上まで行ったらいいやと思ってたんですけど
笹上まで1時ぐらいに着いたんですよ
お昼の1時からお昼過ぎに着いたから
やっぱ新越まであったから
歩き通してもゴールできるなって思って
行くだけ行くかと思ってまた進めるんですけど
そうすると夜になるんですけど
私本当に知らなくて
本当に簡易この小さいライトしか持っていかなかったんですよ
全然見えなくて
どこで買ったんだろうな
アウトドアショップとかじゃないところ
100均じゃないけど
なんか忘れたけど
本当全然暗いライト
電池1個しか使わないようなファインライト持って行って
そこでハッピートレイルで知り合った友達が
たまたまその人がロストして
10キロぐらいロストしてしまったらしくて
全然私より早い人なんですけど
男性で後ろから来て
もうロストしちゃったよとか言いながら
でも今日はもうのんびりこのまま行くから一緒に行くかって言って
その人がすごい強力なライトを照らしてくれて
もう私ペーサーじゃなくて
彼がペーサーみたいになって最後まで一緒に走ってくれて
もう一人抜こうとか言って
ペーサーみたいに一人ひとりずつ抜いて
1:09:01
結果8位になったんですよね
その時メロウとか登ったんですか
メロウさんとか
メロウじゃなくて
トガクシ登った気がする
え?トガクシ?
トガクシ山?
え?トガクシじゃなかった
イーズナ!イーズナ!そうだ!
イーズナ登った気がする
あーイーズナ
なんかゴツゴツした強烈な山は登ったような気がする
今は行かない山ですよね確か
あー今は行かないですね
メロウは行ってない気がする
ゲレンデですよねメロウさんって
ゲレンデじゃないですねメロウは
メロウさんって最後に登る山ですよね
最後ですよね
今は行きますよね
あれゲレンデなのかな
ゲレンデがーって登ってなんか
オリキネドラかゲレンデっぽいですよね
ボンボンっぽいとこ行きますよね
最初第1回は行かなかったんですけど
イーズナ登って
懐かしい
そんな第1回
でもなんかあれですね
なんかちょっと出たレースで
やっぱり入賞とか1位2位とかになっちゃうと
やっぱり
まあそれは気持ちいいですよねやっぱり
来たって感じになりますよね絶対に
あがりますよね
ただやっぱ今ほどね
ストレージジャンニング人口も少なかったし
まあ一応バトミントンとはいえ
一応アスリートだったんで
体力はあるんで
体力ある人がちょっと勝てるっていう時代だったんで
入賞1位とかありましたけど
今はもうね本当若い子もやってるし
陸上選手とか入ってきてるから
今本当にロングになればね
あの経験がものを言うというか
ロングレースになると
まあなかなか40代が勝ってくれる
になるんですけど
一心無垢いるところがありますからね
ちょっと20キロのスピードレースには
もうちょっと勝てないですね
これがドライブの魅力ってか
面白さ作戦だったり
なんかあれですか
バトミントンでやってて
トレイルに生きてるところとかって
なんかありますか
やっぱそのバトミントンやってた人って
割と早いやその
うんと高橋君わかります
山形のアミルクーンバトミントンやってたし
そうなんですね
そうそうそう
バトミントンやってたって言って
何だったら大瀬も昔バトミントンやってた
とか言ってたから
それとかわかんないですよ
全然多分下手っぴなんでしょうけど
あのやっぱその足さばき
1:12:00
なんていうかこう足さばきって
サッカー選手もいるじゃないですか
サッカーやってる人石川さんもそうだし
リュウジさんとかもそうですね
なんか早く足を動かすスポーツ
バトミントンなんて相手に球がもう自分の体重に入ってくるんで
リュウジに自分も動かなきゃいけないんですけど
それがそのトレーラーニングの下り下っている時に
もう次々自分の足を置いていかなきゃいけないわけじゃないですか
それが生きてるような気がしてます
あとあれですよねバトミントンって空調を使えないんですよね
そうですねクーラーとか本当に暑かったです
本当に暑さに強そうですよね本当に本当に暑かった
暑さはわりと少し寒い方が苦手かもしれない
でも体温高いからある程度寒くても割といけるんですけど
ただただ暑かったけど
インドアスポーズからもともとアウトドアが好きだったっていうのに
解放された
解放感が未だに続いているような気がする
いいですねその新鮮味を忘れないっていうのは大きいですよね
それでずっと2009年からやってて
コロナもあってレースがなくなって
なんとなくモチベーション下がったりもしてたんですよね
それこそもっとファンの時に
そうなんですか
レースもなくなって
あんまり追い込んで走ることも
2020年21年とか
でも走るのは体焦がすの好きだから
ご飯が美味しく食べれる程度に走ってたんですけど
その後
なんとなくレースもいまいち
結果が出せなくなってきたかもなーって
思ってるうちに私は股関節を痛めたんですよ
足が痛めたんですよ
急害形成不全でしたっけ
結果というか
生まれつきの骨格の問題ではあるんですけど
手術を経てリハビリを経て
またレースに復帰するんですけど
今この1,2年からレースまた参加してるんですけど
さらにこのフレッシュ感が味覚わいてるんですよ
1:15:03
本当に
短いレースも楽しいしロングレースも楽しいし
ただただ走ることの喜びを今感じてるので
一旦バトルメイトやるって
新しいマラソンということをやったのも楽しかったし
そこからトレーラーニングでアウトドアスポーツに始まったことも
新鮮さが楽しくて
そこから一旦コロナとかもあって怪我もあって
またフレッシュな気分で今
トレーラーニング初心者のような気分で今やってるから
また去年からレース復帰したんですけど
入賞率高くなってきたっていうか
そんなビッグレースに出てないのもありますけど
今すごく気持ち的に乗ってるっていうか
何やっても楽しいから
レースも楽しめてる感じがする
だから割と調子良いかなって
今年結構でも入賞してますよね
3回目の
そうですよね今年も
フレッシュさ
今年は割とどのレースも気に入ってる
そうですよね
アダターもそうですし
ただすごいなと思うのが
先天的に多分股関節が浅いとかいうものなんですよね
この球外形成不全っていうのが
やりつきなんです
手術前は走ることっていうか日常生活にも支障が出て
いろいろとセカンドサードのオピニオンを受ける中で
福岡の病院で
これ骨切りっていうんですか
骨切り手術っていうすごい
すごい名前のネーミングなんですけど
人工股関節ではなく
私は骨を切って骨をずらして回転させて
安定したところに骨を持っていって
持っていくっていう手術をしたんですけど
わざと
トンカチみたいなんでやるらしいんですよ
ガンガンガンってやって
動かすらしい
すごいですよね
ニーターですよね
本当
怖いですけど
新しい手術だからやっぱり
経験ある人を探したっていうか
割と人工股関節は
腕のいい先生全国的にも多くいるし
もちろん関西でも有名な大学病院とか
いっぱいあるからあるんですけど
骨切り術をやってる先生が
1:18:00
皆さんやってるんですけど
人工股関節やってる先生もやったことあるんですけど
人工股関節の方が得意っていう先生がほとんどなんですよね
多分
でも人工と同じくらい骨切り手術の
人工をやってるっていう先生が
私が担当してくれた福岡の先生だってことが
調べて分かった
その先生のところに行ったんですけど
私は
全校じゃなくてできれば骨切り手術で
やりたいなって思ったから
すごいいっぱい調べて
でもいろんな先生
骨切りよりも人工股関節やった方がいいんじゃないの?
っていう先生もいっぱいいたんですよ
関西の大学病院の先生とか
言われるたんびに落ち込んで
私走れないかもなとか
走ること以外の人生も見つけたらどうですか?
みたいなこと言う先生もいたし
余計の性でバカ野郎って感じですよね
スポーツ政権の先生なんですけど
私スポーツ政権なんですけど
スポーツって体に悪いと思ってますっていう先生もいたんですよ
なんだこいつと思って
速攻返りますよ
もういいわ二度とここの病院に来ないと思ったり
でも正直に言ってくれることは
大事なんですけど
1つか2つか
でいくつか回って
適当なこと言われるのはもちろんだめだけど
やっぱり明るいこと言われるほうが嬉しいし
前向きなこと言ってくれる
相性というか先生との
何か
それはあります
前向きになれるなって言う先生だったんですよ
だし、もちろん腕がやっぱり、骨切り手術800分くらいやってる先生なんで、やっぱり、あの、身体とか。
でも、もし人工股関節をするなら、関西の病院でもよかったかなとも思うんですけど、骨切り手術するときは一番得意としている先生のとこでやりたいなと思って、行ったって感じですかね。
骨切りのところですね。人工関節と骨切りのメリット、デミリット的なところっていうのは何かあるんですか。上宮さんが、その骨切りを選んだ最大の理由みたいなのは。
まず、人工股関節にすると骨切り手術はできないんですよね。自分の骨がなくなっちゃうんで。
人工股関節にすると、やっぱりなんか脱臼する、転んだり、山行ってね、転んだりとかして脱臼が怖いんです。
1:21:10
なので、結局、ずらして安定させたところに行って、そのうち開いた穴も自分の骨が再生してきて、普通の体に戻っていくんです。
手術して骨切っているものの、何も人工物入れてないし、自分の普通の体に戻っていくというか、安定したところに動かしているだけなので。
面白いことに、要は浅くなっているところを、ここの部分をガッと切って、これを浅くなっているのをガガガって持って、安定させたところに覆わせるんですよね。
ここが開いてるんですよ。開いてるんですけど、不思議なところに、こっちは埋まっていくんです。この状態でここは伸びていかないけど、
切って、こう動かした後の、ここ開いたところは埋まっていくんですよ。時間が経つと。
だから元に、それは人間の骨っていう、骨というか体っていうのは、元にあった状態に戻っていくっていう特質はあるみたいで。
浅いから、本当はここが伸びてほしいんですけど、そこは伸びないけど、動かした後の、ここを抜けた部分は、自然と自然中力で骨が埋まっていく、詰まっていくみたいなんです。
結果的には、安定したところの正常な足に戻っていくというのが理想なんですけど。
先天的な部分っていうのは、バドミントンやってても何かあったんですか?その影響みたいっていうのは。
どっかでちょっと股関節が折れてる。
確かに私左が痛くて、左の足を手術したんですけど、私右利きなんで、バドミントンって左足で蹴って後ろ下がったり、左足で蹴って前に出るんですけど、
こう構えてて、こう打って、左足で蹴って、八方向に向かうんですよね。
こう打って、こう行く時も全部左足で切るんですけど、その一瞬が、
だんだん、なんかずきってしたなって思ってて、最初は雑骨神経痛か何かかなって思ってたんです。
整形外科とか行ったりしたけど、別に具体的にはわかんなくて、でもなんか一歩目が遅くなったな、一歩目グッてつかれるとちょっと痛いなってずっと思っていて、
1:24:03
マラソンやってロード走って時もなんか痛いなと思って整形外科行った時に、特段ないけど、強いて言えばここ浅いねって言われたのを思い出したんですよ。今回手術。本当に足が上がらなかった。
集外形成不全気味だね。浅いねって、この角度が。これが石っていうのはこれが原因かなって言われた時に、思い出してみれば、ロード行った時に行った時も、これ危ないよとか言って、これちょっと浅いから、
年取ってきたら痛くなるかもねって言われたのを思い出して、そうかって。だからバトルインターやってた時も左足で蹴って回ってる時に痛かったのもあれもそうだったのかなって今思えばなんですけど、全部それも痛かったのかなって思います。
なるほど。
いろいろ繋がるんですねやっぱり。
そうですね。
割と若いうちに手術をしてしまう人もいれば、本当にそんな恥ずかしくスポーツをしないから、
伸ばして伸ばして60、70くらいで人工股関節にしてしまって、
自己股関節って20年とか25年くらいで交換しなきゃいけない。
交換しなきゃいけないんですよね。
なんでそれを考えると、もう交換しなくてもいいぐらいの年で、70、60、70くらいでして、もう人生を全うするという人もいるし、
それまでずっと痛いんですよ絶対。ずっと痛いけど、歩けなくもない、足引きずってるけど歩けなくもないぐらいまで粘る人もいるんですけど、
もう私はやっぱりもう本当に最寄り駅2、300メートル歩くのも痛くなってきたんで、ちょっともう耐えられないと思って、
人工股関節にするか骨筋にするか、分かんないけど、今よりマシな体になりたいっていうのを持って、どうしようかっていうのを調べ出すんですけど、
まだ私はね、こっちの下の大腿骨、この下の方は綺麗なまんまるだった。潰れてなかった。
変形性股関節症になるともうここバーって崩れちゃって、上の骨も下の骨も崩れちゃって、むちゃくちゃになっちゃうんですけど、
私はまだうっすらここ軟骨あって、大腿骨もまんまるで綺麗だし、ただもうここが浅いのが原因で、周りの筋肉が痛くなってきてる状態だったんです。
1:27:02
でもちょっと心配だったのが、上の骨がね、ちょっとポコポコと穴開け始めてたんで、これ以上進行するともう潰れ始めるよっていうところまで来てたんで、
それをうまく動かして、安定させるとこまで持って逃がすことができたんで、この空いた穴も埋まってくるって言うんですよ。
1年で埋まるわけじゃないんですけど、数年かけて上にできちゃった穴も下がっていくからって言われて、えーそうなんだと思って。
他の人の霊動芸見せてもらったんですけど、骨切り手術して、私よりもっと大きかった穴が埋まってる人の霊動芸見せてもらって、こんなに人間の体って。
面白いですね。
でも、進行だと脱臼したりとかが怖かったり。脱臼するのも足を開けすぎると脱臼したりするから。
そんな些細なことでも。
っていう人もいるから、やっぱり怖いじゃないですか。山の奥で転ぶことなんてあるし。
それを言ってしまったら、そんなに怪我をかかえてない人だって、大怪我したらどうするんだ。下山できない。みんな一緒だろって思うんですけど。
でもやっぱりリスクは抱えたくないというか、自分の骨、自分の体でできれば治したいっていう。
まだ四十半ばで手術してるから、進行だとまた20年後ぐらいに交換しなきゃいけないと思うと、絶対その四十半ばでして、絶対私は変えなきゃいけないです。
もう一回手術するんだったら、一回目は骨切りで行きたいなと思ったんですよ。
良ければ骨切りでうまく戻るんだったら、もう手術しなくていいわけじゃないですか。
でも人工にしたら、二十何年後にもう一回手術をしなきゃいけないのは決まってるので、まだ可能性があるんだったら手術でやって、
ダメだったりやっぱり痛いとかだったら、次も人工にしてもしょうがないかなって思うんですけど、
まず可能性があるなら自分の骨で治してみて、安定していけばもう手術しなくていいし、望みをかけたというか。
先生は行ける、大丈夫だと思うよっていう。前みたいに激しく走れるかどうかちょっとわかんないけど、
今の普通の、普通にやることはまずできるし、今持って抱えている痛みはなくなるから、
全国間接じゃなくて骨切りでも大丈夫だよって先生はおっしゃったので、そしたらその先生のことを信じて。
1:30:08
でもそういう中でリハビリっていうのを一年ぐらい期間として要すると思うんですけど、
本当につきなみな質問になってしまって大変恐縮なんですけど、やめたいなとか、そういったランニングもやめたいなとかっていう部分にはならなかったんですか?
しかもそれを支えてたものって何なんですか?
なんだろう、あんなに毎日痛くて、寝てる時ももう後半最後の方痛かったから、その痛みがないってことだけがもうもう幸せだったし、
いやなんかもう手術するって決めてたら、
なんか本当に、手術した直後はあのね、メス入れてるからもうあちこちお尻がすごい痛かったんですけど、
それは本当に本当につらかったんですけど、
でもなんか前向きだったのはずっと、もう手術するって決めるまでがすごいもうつらくて暗くて、
人にもう会わなくなっちゃったし、悩んで悩んで、いやこの先どうやって生きていこうぐらい本当に悩んだんですけど、
もうよしよしするぞって決めたら、もうやるしかないし、前しか向いてなかった。もうなんかやめたい。
あわよくもトレーランニングやりたいと思ったけど、最初はそこまで回復するかわかんないけど、
3歩ぐらいはできそうだなってなんか徐々に、2ヶ月入院してたんですけど、
1ヶ月ぐらい経ったぐらいから、わりと順調に回復してるなって感じは感覚あったんで、
なんか走れるとはちょっとまだその時は思えなかったけど、3歩ぐらい、軽くハイキングぐらいはいけそうだなっていう希望が湧きましたよね。
もうそれまでは山中に二度と行けないかと思ってたんで、もうそれだけで幸せでしたけどね、その時は。
次もちょっと月並みなんですけど、例えばこれを聞いている視聴者の中でも、もしかしたら今怪我して走れない方もいるかもしれないんですけど、
そういう人に対してメッセージというか、そういう大きい手術を経験された上宮さんならではの部分なんですけど。
もう本当にSNSで発信するようになって、全然知らないトレーランニングでもランニングもやってない人からも、
DMもらって骨切り手術しますとか、人工肛関節に変えるんですとか、
そういう、割と女性が多いんですけど、女性に多いって言うんですけど、脅迫症とか偏見性肛関節症なのが、
1:33:06
いろんな方からメッセージ来たり、私より年上の人が多いかなとか、40代の人もいたかな。
いろんな人からメッセージもらって、いやでもそうだよ、私もすごいSNSで探したんですよ。
でもなんか自分の求めているところがなくて、自分が欲しい情報をSNSからも得られなくて、
すごい悩んでたんで、私の知っている情報なら何でも返してあげられるなと思って返してるんですけど、
人それぞれなんで、症状も。なので必ず私の参考にして骨切りにすれば、私ぐらい走れるように戻るっていうふうには思わないで欲しいんですけど、
でもやっぱり希望は捨てないで欲しいし、あとやっぱり、いろんな先生に当たった方がいいかなって私は思います。
人口だけじゃなくて膝でも何でもするんですけど、いろんな先生の意見聞いて、私は最終的に喋りやすいなとか相談しやすいなって思った。
かつすごい腕のいい先生に行き着いたわけなんですけど、やっぱり一人の先生だけじゃなくていろんな先生。
それも先生、手術する外科の先生、整形外科の先生だけじゃなく、もしかして極力見せてやっぱり入れない方がいいっていう意見もあるし、
自分のライフスタイルにも、私はやっぱりできれば走りたいと思ってたっていうのもあるけど、歩き方だったりね、インソール変えてみたりとか、
なんかそれで軽減されることもあるし、いろんなことを試したりとか、やっぱり自分でもいっぱい調べて、いろんな人の意見聞いて、
すぐ決めない方、私は1年ぐらいで決めたんですけど、でも単純に本当に一人の先生の意見だけを信じて決めてしまうんではなく、
いっぱい相談したりとか考え、調べたりしたほうがいいなっていうふうには思うかな。
あきらめない、もう本当に。私もあきらめそうになりましたけど、希望あるって感じで頑張ってほしいな、めげずに。
私もすごい暗くなったんで、もう全然、走る友達しか周りにいなくなってしまったんで、
すごい暗い気持ちになってたんですけど、でもやっぱりいろんな人、こうしてだいぶ復活して、人に会えるようにもなったから、
1:36:06
あきらめないでほしいなって、希望ないでほしいなと思います。
2023年に手術されて、そこから比叡山50系で女子1位になられたり、あだたらでも女子1位になられたりして、
うまくリハビリというか、そこらへんっていうのもかなり進まれているところがわかるんですけども、
私から最後にお伺いしたいのは、やっぱり海谷さんは、あだたらでも女子優勝されたり比叡山でも女子優勝されてますけども、
やっぱりしんしろWAの思いというのは、いまだに消えない。いつかは絶対完走してやるってことですか。
そうなんです。痛くなってから、私は2022年の3月の頭ぐらいに痛くなり始めたんですよ。
走り出せなくなっちゃって、しんしろって3月末ぐらいにあるんですよね。
あと3週間後ぐらいにしんしろWA走るっていう、3月の頭に足が上がらなくなっちゃって、とりあえず出たんです。
いろんな成功ツインとか行ったり張り治療したりとかして、当日もテーピングばりばり貼って出たんですけど、
もう1週目から痛い痛い痛いって思いながら何とか走ったんですけど、2週目出て体斜めになってて、
もう2週目またダメで、リタイヤしたんですけど、それが最後のレース、手術する前の最後のレースで、
パタリと全く走れなくなっちゃって、レースも出なくなったんです。
2022年からずっと痛くて全く走れなくて、結果手術することを決めて、次の2023年の2月に手術したんです。
手術して入院中に、今年もしんしろやってるなーっていうのを入院しながらSNSで見てたんですけど、
そこから、今年のしんしろ出ようか一瞬迷ったんですけど、しんしろ出るならやっぱりダブルだなって私は思ってるんで、
ダブル走れるほど回復してなかったので、今年は出なかったんですけど、来年ちょっとチャレンジしようと。
本当にしんしろから全く走れなくなった私からまた復活して、しんしろに帰ってきたって。
1:39:01
しんしろダブル応援してくれる皆さんに帰ってきたよって。帰ってきただけじゃなくて、本当に感想したいなと思ってるんで、来年チャレンジします。もう一回。
今まで何回くらいチャレンジしてるんですか?しんしろダブル。
わかんない。覚えてない。3、4回してる気がする。
確か2021年が4回目だったんですよ。
2021年が4回目で、多分来年出られたら5回目だと思います。
リザート見てると秋山ほのかさんもダブルとかでDMFされてたんで。
え、私2022年が最後じゃない?
21年のYouTubeがあったんでしょ?
2022年もリタイア。2021、22って出てる気がする。
じゃあ次6回目ですかね、もしかすると。
すごいなと思いますよ。挑戦するだけすごいなと思いますけど、あのレースを。
いやーちょっと卒業したい、早く。乾燥して。
あれって、女性乾燥してるのって。
大石さんと小野香ちゃんぐらいじゃない?2人ぐらい。
大石さんですら関門に追われて走ってるんですよ。
大石さんでも。普通の男性ランナーが関門に追われますからね。
それこそ私足痛かった時は伊曽さん走ってて、伊曽さんも関門アウトだったよ。
こんなに関門厳しいの知らなかった。
ゆっくり走ってたらこんなに乾燥厳しいの知らなくて、ダメだよこれとか言って笑ってました。
僕も乾燥する自信ないですからね。
え、ないですか?
乾燥する自信ないですよ。
嘘ー。アップダウンもあるし、わりと林道もあるから林道をむっきり走らないとダメなんですよね。
あそこをただただ走ってると間に合わないから。
下りテクニカルじゃないですか?
そうそう。結構テクニカル。
ガツンと登るし、ガツンと下るし、結構岩場もあるし、テクニカルのとこもいっぱいあるんで。
あと林道もあるんで。いけるかな。
僕真摯の走ったことないですけどね。
本当に?シングルも面白いですけどね。
チーム100マイルの合宿で走ったことあるんですけどね、コースの途中は。
向いてねえなと思って。
1:42:03
そう。で、真摯とか得意な人向きで。
すげえな。
ちょっと来年は。
もうでも言うてる間だな。言うてる間だな。3月でしょ。
そうですね。
そう。もう今年ももうまもなく終わっちゃうし。
そうですね。もう10月なんで。あと5ヶ月ですね。
いいですね。ちょっと楽しみに。
いや、こわ。ほんまや。
ちょっとリザルトを置いてある。
田中さん、何か上宮さんにご質問ですか。気になる点っていうのはお伺いしたい点ございますか。
そうですね。またTDSが出ないですか。
そうですね。
出たいけどな。でも絶対出てるからなんですよ。TDS。
もういいみたいな。
違うカテゴリーでもいい。CCCとか走りたいなと思うけどな。でもCCCもめちゃくちゃ走るんですよね。でも向いてるのはTDSなんだよな。
走るか走らないかは自分次第じゃないですか。
そうなんですけどね。
いや、それももしかしたら手術して、スピードが出ない、走り込めないのはやっぱり股関節の痛みがあったから苦手としてたのかもしれないなと思うので。
スピードレースも走り込むことがこの先できるんだったら、スピードレースとか走り込むような平坦なレースも、アメリカのレースとかも出たいなと思う。
向いてないんですけどアメリカ行くの好きなんですよ。
今年出てましたよね。
行きました行きました。もうバカンスで。60キロですけど。ブラックキャニオン。
何年か前に初めて出たときは100キロのブデって、100キロなんですけどバックルがもらえるんですよ。
今年は60キロに出てこれをもらいました。
100キロでもこれがもらえて、トップ3かなんかはウェスタンステッツのゴールデンチケットがもらえる大会になってるんですよ。
確かそうですよね。
私100マイル1個も出してないんですけど、唯一持ってるバックルなんですよ。
これにもっかい出たいなと思って。60キロなんですけど、私はよくシューズリハビリ頑張ったなっていう自分のリハビリのご褒美にアメリカ行きたいなと思って今年2月に行ってきたんです。楽しかったです。
1:45:11
あと、さっきあんまり練習してないと思ってるんですけど、一週間でどれくらい走ったりしてるんですか?
私毎日走ってるんです。インドはほぼ毎日走ってるんですけど、北クラウンやってるんで、職場から帰ってくるのに大体8キロ走って帰るんですけど、
ちょっと多く走りたいなと思ったら大阪城の周りコース変えたりして10キロにする日もあれば、もう一周して15キロで帰ってくる日もあればみたいな感じで、ほぼ毎日平日は北クラウンで夜走って帰ってくるんです。
週末は土日で山行くんですけど、金融に働いてるんで時々試験とか出なきゃいけなくて、試験勉強とかもしなきゃいけないんでね。
来週試験なんで、一日中家で勉強しちゃって、夜になってリフレッシュしてくるかって軽く家の周り走ってきたんですけど、そういうのがなければ3、40キロ走るか、レースなければ10キロ、20キロぐらいタラーと外山走るぐらいですかね。
あとは今月1でレースが入ってるから、割とレースで練習になってくるところはあるかもしれない。
でも頻度はずっと走ってます、ずっとほぼ毎日。
80キロぐらい走ってるんですかね、大体。
80ってどこですか?
1週間ぐらい。
そういうことになるかな、ちょっとデータが。
そうだな、8キロだったとしても。
週末で。
そうね、80キロぐらい。
80キロか100キロとか、週末に30キロは走るもんな。
走らない日もあるけど、秋冬は割と30キロとか行くかな、1日で。
夏は暑いともうちょっと20キロでいいやって思っちゃうけど。
それは練習してないって言わないと思います。
そうか、すいません。
割と平日の帰宅ランが最近それが効いてる。
私も荷物持って走って帰ってくるから、
出勤してた時の服とか、仕事してたりとか、お弁当とか、水筒とかを全部持ってザックショって帰ってくるんですけど、
それを毎日やってることが割と効いてるような気はしますね。
ダッシュとかのポイント練習とかっていうのは特にしないで。
1:48:03
しない、したくない。
ダッシュか、ショート走のスピード出せないな、バーって出せないかも。
帰宅ランと、
ブラジルにやってますもんね。
ブラジルの皆さんこんばんはみたいな。
めっちゃみんなほんと下向いて辛そうだなと思って。
僕全力出さないで写真撮る余裕残してやってるんですよ。
なるほどね。
やった方がいいのかなと思うけど、やらないな。
思ってるけどやらないな。
平日は帰宅ランで、週末に山行って、
強度が高いのはたぶんレイさんでしょうね。
そうですね。
やっぱ走り込むといろんなとこ痛くなるから、
っていう言い訳をして、これぐらいがちょうどいいと思ってます。
でも成績が出てるからは、何度も言えないですよね。
素晴らしいなとしか言わないですよね。
でも大きい大会とかトップ選手がみんな出てる大会とかで優勝したりしたことないから、
やっぱそこで上位になれる人ってやっぱみんなやってるんだろうなって思いますけどね。
頑張る連中は確かに俺もしたくはないです。
いいですね。
でも山走ってる中で、ここ絶対走るぞとか、
ポイント的に、私の中で結構今日は頑張って走れたなって思ったりする時ありますけどね。
この斜度でもあそこの上まで走り切ろうとか、そういうのはありますけど。
結構一般の人たちって、
あんま山の登り走んないですよ。
山では走ってんのかもしれない。
結構歩く人が多いんじゃないかなって気がしますけどね。
自分とかLDAとかでコーチとかしてますけど、
入るまで山走ったことないって。
いやいやトレーローやってるんですよ。
ただ登りは走るもんじゃないと思ってた人とかいましたからね。
結局ロードはそんなに速くないけど、
この間の岡山のレースでも平坦と林道で抜かれるんですけど、
その後やっぱトレーロー入ると追いつくんですよね結局。
トレーロー入って登ってても走るんで、
結果追いついたり、あと下りが得意なんで、
1:51:03
下りで追いつけるっていうか、そこで追いつけるかなっていうので。
それプラススピードレーンとかやってたら林道、
ロードもさらに速くなるんでしょうけど、
そこで林道ロードで休める。
休めてるからトレーローの登りで走れるかもしれないけど。
上美さん下り得意そうね。
そうですね、下りで追いついてます大体。
男性陣もだいたい下りで抜いてきますね。
また林道ロードで追いつかれますけど。
僕2013年のハセツネ30K、
それの最後で上美さんにぶち抜かれたんですよね。
本当に下りで。
すっげー速いしとこいったなっていう印象ありましたね。
多分今よりもっと速かったんだろうな、
下りが得意っていう自負してたんで、
下りしか勝負できないと思って、
今よりもっと飛ばしてた気がします。
今ちょっとやっぱり、転んだらどうしようとか、
いろんな知恵とか経験を経て、
あんまりあんな無茶な下り飛ばせないなと思って、
ちょっとスピードを抑える時もありますけど、
レースはやっぱり下り飛ばしますけどね。
僕は怖くて飛ばせないですね。
スピードも下りも得意じゃないけど。
それはね、しんしろ苦手かもしれないですね。
下りをリミット外せるって羨ましいですよ、本当に。
落ちるように下りを。躊躇なく。
手術をしてね、その下り、
もう一回復活できるのかなって心配もあったんですけど、
割と飛ばせるようになりました。
でもすごく手術がプラスな方向に今動いているようで、
良かったですね。
悩んで悩んで悩み続け。
本当に決めて良かったなと思います。
心配なのはね、反対側の足ももしかしたらなるかもしれない。
反対側の足も若干浅いよって言われていて、
それはちょっと気をつけないとなぁと思ってるんですけど、
ちょっと敏感にどっちの足も気を気にしながら、
ケアとかしながらいきたいなと思ってますけどね。
今のところ大丈夫ですけど。
では、すごく長い時間となってしまいましたけども、
1:54:02
ちょっとここで業務連絡させていただければと思います。
質問・フィードバック等は、Xより
ハッシュタグWeLoveTimer、ハッシュタグTimerが大好きと
投稿お待ちしております。
また、ドネーションも引き続き募集しておりますので、
よろしくお願いいたします。
いろいろありましたけども。
長丁場となりました。
今回のタイマーが大好きですけども、
今回ゲスト、上宮逸子さんにお越しいただきました。
ありがとうございました。
ありがとうございました。
ありがとうございます。
楽しかったです。
01:54:48

コメント

スクロール