2026-01-14 07:04

第4回 ふがいなさから涙が出た話

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今回は、少し個人的な話です。

 

仕事や日常の中で感じた、

自分のふがいなさや、うまくいかなかった感覚について話しています。

頭では分かっているつもりでも、

気持ちが追いつかなくて、思わず涙が出てしまった、そんな出来事の話です。

 

強い言葉で何かを主張したいわけでも、

前向きな結論を出したいわけでもありません。

ただ、そのとき何が起きていたのか、

なぜそう感じたのかを、あとからゆっくり考えています。

 

感情が動いた瞬間をそのままにせず、

立ち止まって言葉にしてみる。

そんな回になっています。

 

少し疲れているときや、

自分の気持ちをうまく整理できないときに、

よかったら聴いてみてください。

サマリー

教師としての職務において感じる不甲斐なさが、涙を流す瞬間を生み出しています。特に修学旅行の中止に対する思いや学生たちへの申し訳なさが、深い感情を呼び起こしています。

教師としての悩み
考えながら、生きています。
このポッドキャストは、教師として働く一人の大人が、
仕事のこと、趣味のこと、日常で引っかかったことを、
黒板の外側で考えながら話す番組です。
きれいな答えや、正解を出すことが目的ではありません。
わからなかったこと、うまく言えなかったことの理由を
後から少し考える時間を、そのまま声にしています。
通勤の途中や、少し疲れた夜に考え事を一緒に並べるような
感覚で聞いてもらえたら嬉しいです。
みなさん、こんにちは。パーソナリティを勧めます。
渡辺です。よろしくお願いします。
少し更新のタイミングが遅くなってしまったんですが、
今、運転をしながら録音しています。
最近、同僚と話していて、
僕も31歳になって、
なかなか涙を流すタイミングとかはないんですけど、
その同僚とね、飲んでいて、
ちょっと涙を流してしまった話をしたいと思います。
まあ、と言っても個人情報もあるので、
なんでかっていうところなんですが、
どうしても教師っていう職業をしていると、
目の前には生徒がいて、
その生徒たちとも年齢がいくつ離れていて、
僕も人の親になっているので、
そういうようなところでいろんな気持ちを投影したりだとか、
してしまうわけなんですよ。
やっぱり、自分も含めて、
日々学んで、できるだけ彼らのためになるような
人になろうと思って行動して準備をしているわけなんですけど、
その、なんていうかな、
こちらが提示したいとか整えたいっていうところに、
なかなかその理想と現実のギャップがあって、
学校は僕一人のものではなくて、
いろんな人が関わってくれて、
教師だけじゃなくて、他にも事務の方がいたりだとか、
それこそ違う学校の人がいたりだとか、
企業の方がいたりだとか、
そういういろんな人の支えで成り立っているものなんですけど、
そのところで、やはり自分の理想というか、
整えたいなっていうところに、
なかなか現実的には厳しいところがある。
そこのギャップというか、
それを自分の責任だけではもちろんないんですけど、
自分の不甲斐なさみたいなものを強く感じてしまって、
修学旅行の中止
で、僕はちょっと涙をしたっていうことが、
ほんと一昨日ぐらいですね、あったんです。
涙を流すタイミングってまあないんですけど、
それもなんか、
おやつをするほど号泣っていうわけではなくて、
涙がポロリっていう感じなんですけど、
以前もちょっと涙をしたタイミングがあったんですよ。
それは、数年前に違う学校で教師をして担任をしていたときに、
修学旅行、高校2年生で沖縄に行くっていうような企画を立てていたんですね。
で、僕ともう一人が企画のメインでいて、
そのときにやはりコロナがあって、
なかなかその修学旅行が思うようには進められなかったんです。
で、いろいろ企画もしたけれども、
結局は中止っていうことをしなければいけなくて、
中止ってほとんどの学校は一度中止って決めたら、
もう延期とかではなくて、
本当に終わりだっていうふうにしている学校が多かったんですけど、
できることなら、やっぱり修学旅行って高校生でしか起きないといけないと思うので、
そういう経験をさせてあげたいなと思っていたんです。
で、それは僕だけではなくて、
他の担任というか学年の先生方もそのような形だったので、
もうみんなで延期の手筈を整えて、
保護者説明会とかもたくさんしまして、
延期して、で、その延期先もダメでもう一回延期して、
っていうのでずっと行っていたんですけど、
やっぱり2年生で行うものを3年生のときに実施するのはいかがなものかというところで、
結局は最後は中止っていう判断をするようになったんですね。
で、その中止っていうふうになったときに、
僕は最後自分たちでちゃんと中止の判断を、
学校の校長先生とかじゃなくて、
自分たちで判断しようっていうところで、
最後自分の口から終わりにしましょうっていうようなことを言ったんですけど、
その時はすごく涙が出ました。
それはなんか自分たちが努力してきたものが水縄になってしまうみたいな涙では全くなくて、
その時の自分はむしろですね、
どちらかというとなんかそういうような、
コロナ禍の修学旅行とかにも行かせてあげられないような、
そんななんか学校になっちゃったんだなっていう、
自分たちのちょっと不甲斐なさみたいな、
学校全然悪くないんですけど、
そんなことを思いましたね。
なのでちょっと彼らに対して申し訳ないなっていうふうに思ったときに、
僕はちょっと涙が出ちゃうみたいでした。
やっぱりそういうのがね、
自分はどうしても年齢を重ねていくと、
そういう熱量というか、
ちょっと俯瞰して見がちな感じになってしていたんですが、
根本の部分は、大事な部分は失ってないんだなっていうところで、
少し嬉しくもなりました。
ということで、
なんで涙が流れたんだろうって思って、
後から考えてみると、
たぶんそれは彼らに対する申し訳なさとか、
不甲斐なさっていうところがあるのかなっていうところが、
今日皆さんにお伝えしたい、
不甲斐なさから涙が出た話でした。
ということで、
何かそういうふうに仕事に打ち込めている方がいれば嬉しいなと思いますし、
あとやっぱりどうしても教員という職業柄ね、
そういうところはあると思うので、
また今後自分の不甲斐なさや涙を流さないように、
彼らに何かデメリットを濡らせないようにというか、
頑張っていきたいなと思います。
ということで、また理由は後から考えていきたいと思います。
今日はここまでです。ありがとうございました。
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