杉本さん、杉本博さんのことについて、ちょっと簡単などういう方かっていうのをお伝えしておきますね。
経歴は立教大学の経済学部を卒業しているんですよね。
美容院専門商品の卸売商店の長男として生まれたのが、おかち町なんですよ。
私、おかち町にスタジオを持っていたことがあって、3年くらい前までは持ってたんですよ。
ところが、例によって、某国の人がそのビルのオーナーになってしまい、追い出されるという。
今の東京とかだとよくある話なんですけど、それでスタジオがなくなったというか、
いいタイミングだからスタジオもういいかっていう感じなんですけど、
いざ手放すとどうなんだろうなってもよかったし、今の状態だったらなくてもなとは思うけど、
なかなか難しいところですね。
それは置いといて、そのおかち町ということで、すぎもと博士さんはかなり遠く生まれたんですね。
そんなことでちょっとだけ親近感を感じましたね。
その後、大学卒業した後にロサンゼルスに行って、写真を学んだと。
そういう感じでございます。
すぎもと博士さん本人から絶滅写真に寄せてというのがホームページ、
特設のホームページに書いてあってですね。
今、写真から何が絶滅したのか、それは写真の証拠能力にほかならない。
私が前から言っている新生性っていうところですね、多分。
写真は21世紀に入り急速にデジタル化したデジタル画像は画用にも変換可能である。
その通りですね。
西部開拓時代、アメリカ先住民を思った。
白人、嘘つく。インディアン、嘘つかない。
今、私は同じように思う。
デジタル、嘘つく。写真、嘘つかない。
この発想は私にはほんとなかったところだな。
写真、嘘つかないって写真は嘘をつくもんだと思ってたんで。
でもデジタルの写真に対して、アナログの写真というか銀絵の写真は嘘つかないっていうことなんでしょうね。
そもそも幕末に写真が紹介されたとき、フォトグラフィーの訳語、写真としたのはかなり役立ったと思う。
これもよく言われるというか、話聞くんですけど、私も本当にそう思って。
光の絵画という意味のフォトグラフィーを真実を映す写真としたっていうのはね、
やっぱりなかなか日本の写真文化が色々と面白いことになった原因なんだろうなと思います。
写真という言葉自体は中国から入ってきたらしくて、江戸の画家たちが写真という言葉を使っていたらしいんですよ。
見た目そっくりに描くっていうことで、その精神性も炙り出すみたいな、そういう絵を描いていたっていうことらしいんですけれども、
それは日本に写真入ってくる以前から、写真というか写真技術、ダゲレオタイプが入ってくる以前から使われていたということです。
ちなみにダゲレオタイプというのは1839年にフランスで発表されて、日本にやってきた、都来したのが1848年ということで、
日本の写真の歴史としては言葉が先にあったということですね。
なので、見た目そっくりに描くことで精神性を炙り出そうとしていた人たちが、本当にダゲレオタイプか、そういう写真術が入ってきて、
それを見て、これマジ写真じゃんって言ったのは何となく納得ができています。
びっくりでしょうね。今まで描いていた我々の写真は何なんだっていう。
そこからスーパーリアリズムとか今あるんだけど、そっちの方に行くのかな。
これは話が脱線しすぎるからやめておきましょう。
作者本人のイントロ、この文章は手何回見る前でも見た後でもいいんですけど、読んだ方がいいなと思いました。
リンクは貼っておけたら、貼っておけたら貼っておこうね。
というわけで早速、だいぶ時間かかっちゃったか。
どんだけ撮った今。もう10分も喋っているの?アホだな俺。
というわけで展覧会見てっていう感想を今からお話ししようかなと思います。
これまた文章ばっかりになるんですけど、入ってすぐにですね、この第一章っていうのがあってですね、
この第一章に書いてある面白いというかちょっと気になった言葉があって、
1974年に杉本さんはロサンゼルスに行ったんですけれども、1974年にニューヨークに移ったと。
写真はアートではないと思われている。
ヨシンバ、アートだとしてもアート界の二流市民だ。
この二流市民を一流市民にしてみせよう。
こうして私は写真を媒体として写真を裏切り、現代美術作家として世に出ることを決意した。
そういうわけなんですよね。これ結構刺さったというか、これいいですよね。
私がですね、写真をアートとして捉えてやろうと思ったのが、だいたい25年くらい前なんですよ。
絵を描くのと同じような感じで写真を撮りたいなっていう、同じような感じっていうのはスタンスってことですね。
その当時、商業写真とかには全然興味はなくて、写真の世界もアートの世界も何にも分かってない。
今でも分かんないんですけど、分かってない状況でですね、たまたま芸祭というものに出会ったんですよ。
芸祭っていうのは村上隆さんがやっていたアートのコミケみたいなものですね。
そこに何か参加しようと思って、参加してそれから写真をアートというような使いにできたらなっていうか、何だろうな、そういうふうに思って活動してたんですよ。
何でそれを思ったかっていうと、第一回の芸祭って東京タワーの下にボーリング場があって、昔。
そのボーリング場の跡地が会場だったんですよ。
これめちゃめちゃ楽しくて、なんかギャラリー同士の対決とかもあったりとか、
小山富代ギャラリー対水間跡ギャラリーってギャラリー同士の作品の、何だろうな、吉橋じゃないけど面白い作家はどっちにいるみたいなそういう対決をやったりとか、
なんかそんな広い会場ではなかったんですけど、熱量すごくあったと思いますね。
そこで写真で参加してたのが、僕ともう一組か二組ぐらいだったんですよ。
それも都内からじゃなくて、やっぱり僕京都から行ったんですけど、大阪からの出展所だったかな。
3人、本当に2,3組だけ。
で、その時にも思ったんですわ。
写真ってやっぱりアートとして全然認められてないんだなっていうか、アートって誰も思ってないんだなと。
肌で感じてたんですけど、そういうイベントに出ると余計そう思いますよね。
その後も芸祭出続けたんですけども、何回だろうな、3回、4回、5回ぐらい出たのかな。
写真での参加者って全然いなかったですね。
多くて10組ぐらい。
で、最後に出たやつだけ出たやつは結構いたけれども、それでも20組ぐらいいたかな。
一応写真のコーナーみたいなのが設けられるぐらいにはなったんで、コーナーで写真の参加者が。
そういう感じで、なんとなくもっと写真を広めようと思って活動していたわけです、私は。
結局なんか僕が活動してなくても、同時多発的にそういう人たちたぶんいっぱいいたと思うんだけど、
それで今みたいな、アートの一つのカテゴリーとして扱われるように今は当たり前になってますよね。
25年前は当たり前じゃなかったな。写真はアートじゃないっていうような雰囲気すごくあったんで。
京都のギャラリーとかでも、写真展って写真展やってもいいですかって僕聞きに行ってましたからね。
別にいいよみたいな感じだったけど。話脱線しすぎだな。
じゃあもう本題入ります。本題って入ってるんだけど、どんな風にして写真をアートにしたんだろうっていう風に思いながら見てたんですよ。
20年前はそんなこと一切思わなかったのに、やっぱりデジタル写真と生成映画がめちゃめちゃ出てきたからかもしれないですね。
なんかそういう風に考えるようになったのって。なんか呑気じゃないんですよ今。
写真界は今、僕の中でですよ、呑気ではない状況になっていて。
なんかもうちょっと考えないと、従来の写真好きとしては従来の写真がマジでこのタイトルじゃなくて絶滅するんじゃねえかって思ってる危機感はありますよね。
図案やフィルムを使うっていうことはないんだが、チェキ使うからな。チェキは唯一写真かもしれないな、それで言うと。また話脱線したわ。
展示の構成というのが結構面白くて、面白いというか普通かもしれないですけど、写真がバーンってあって、その横にテキスト、本人によるテキスト。
解説というよりはちょっとなんかポエムって言い方あれなんだけども、ちょっと読み物として面白いテキストが添えられていて、解説じゃないんですよね。
解説っぽいんだけど解説じゃないんだよね。やっぱりなんだろうな、エッセイというか、なんかそういうエッセイじゃないな。やっぱり読み物として面白いキャプションがついてます。
で、その後ろに強化。575みたいな歌ね。それもかなりユーモあふれてて面白かったですね。
結構暗い会場で、写真一点一点にスポットライトが当たってるっていう、そういう構成でした。
まあでもそんな感じだな。感想というより、感想か、まあいっか。
このね、黒毛ニョンジンの白星を本物みたいに撮ってる写真があって、これマジで本物みたいなのよ。
これマジ笑ってしまうぐらいに本物っぽくて、すごいなと思ってこれ。
でね、それ面白いです。強化。宇宙船、地球号は満杯や。これ以上乗ったら船は沈没や。ってことなんでしょうね。
うん、ほんまやなと思ってそれ。
僕が一番初めに見た杉本寛さんの写真作品ってこの劇場なんですよ。
この劇場っていうのはどういう写真かっていうと、映画って1本あたり90分から2時間半、長いのは3時間とか4時間とかあると思うんですけど、
その映画を1本分長時間露光で収めたっていう写真で、一瞬だったら映像が映ってるけれども、
3時間分とか2時間分の情報がそこに入ってて、それが白いスクリーンになって映ってるっていう写真なんですよね。
で、一番初めに撮った、撮ったじゃない、一番初めに見たその写真展っていうのが京都っていうところ、東京に京都っていうところがあるんですけど、
そこにあった一軒家を改装したギャラリーが昔あって、ギャラリーの名前はもう忘れちゃったんだけど、
そこの京都のギャラリー、靴脱いで上がるようなギャラリーで、そこでこの劇場の小さい写真を見たのが最初。
劇場の写真がいっぱい並んでるんだけど、マジで一体何のこっちゃわからんくて、劇場だし、スクリーン何も映ってねーしみたいな。
説明も書いてあったのかもしらんけど、読んでなかったから何のこっちゃマジわからんくて、でもすげー印象に残ってたんですよ、なぜか。
それが何年後くらいかな、5年後くらい、急に杉本寛、杉本寛名前聞くようになって、あの時のあれじゃんみたいな。
京都の小さいギャラリーで僕はこの劇場と出会いました。
その後に海の写真とか、海景かな、海の景色の海景とかも見るようになって、それも雑誌とかで写真特集で見るようになって、こんな海の写真も撮る人なんやなーくらい、わけわかってないから。
そんな感じですね。
でもこの劇場の写真の説明を聞いたときはマジ衝撃でしたわ。
なるほどなと、この3時間とかの空気とか光とかそういうものを1枚に詰め込むっていうその発想というか考え方がめっちゃ写真を面白く見せるというか。
正直ねこれずっと見てられる写真ですね。
なんかもう飽きがこない。
こんななんだろうな。
よく考えたよね。
本当すごいと思う。
というわけでね、はい。
劇場の写真について語ったんだが。
今言った海景、海の写真、これも超有名なんだけど。
この海の写真マジすごくて。
これもね最初見たとき、なんなんと思って。水平線の写真やみたいな。
なんのごっちゃみたいな。
こんなの誰でも撮れるやんみたいな風に思ってたわけですよ。
もうバカだから。
で、それこそ20年前の森美術館の古典に行ったときに説明を初めてちゃんと読んで、かなり感動した覚えがあります。
昔の人が見てた風景と今自分が見てる風景が同じ風景を見れるっていう。
ちょっと待って、合ってるかな。
昔の人が見てた風景と同じ風景を今見れるんではないかみたいな、そういう感じなんですよね。
なるほどと。
ここはこの海の風景だけは今も昔も変わりがなく何万年もの時を経て同じ風景が見れているっていうようなそういう感じなんですよ。
実際に僕がそこで見たわけじゃないんですけど、写真を通してね。
それを聞いたときに、これまた恐ろしいこと言うおっさんやな。
失礼。恐ろしいこと言う大先生だなと思ったわけですよ。
もうそれで杉本博先生めっちゃいいなって思いました。
だからやっぱり古典、森美術館に行って初めてすげえなって思いましたね。
今回20年の時を経て、新たにこの海景を見てるわけなんですけど、これね、発見したことが一つあって。
自分が写真、海の写真、こういう2分割されてて画面が。
上半分が空、下半分が海、真ん中水平線があるわけですよ。
自分が撮るなら水平線にピントを合わせるわけですよ。
だいたい。
これね、今回初めて気づいたんですけど、なんと海面にピントが合ってるんですよね。
これすごいなと思って。
海面にピントが合ってて水平線なんとボケてたんですよ。
これ多分8倍点かな。
大型カメラで撮られていて、ちょっと煽ってるんじゃないかなって気もするんですよね。
煽りっていうのは、大型カメラはピント面とフィルム面っていうのが自由に動くんですよ。
右、回転するというかなんていうんだろうな。
水平垂直に動かすこともできれば、回転というか曲げることもできるっていう。
それは面白いカメラで、それが一番の特徴なんですけど。
それでその特徴を生かしてピントの位置とかを変えることができるんです。
僕ちょっとシナゴのカメラしっかり触ったことがないから、あんまり下手なこと言えないんですけど。
ちょっとくらいは触ったことがありまして、学生の頃とか友人のもの借りたりとかで。
ジオラマ写真みたいなのあるじゃないですか。今デジタルで簡単に撮れちゃうけど、
昔ジオラマ写真ですげえ有名になったなんとかっていう、誰だったかな。今も有名だけど。
それはね、そういう煽りを使って撮った写真です。
めっちゃブレイクしたよな、でもそれ。本当に今の時代簡単に撮れちゃってあれだけど。
そんな感じでね、この海景っていうのはやっぱり海の表面が主役なんかなって思ってしまいました。
水平線じゃなくて海の表面だったんですね。
正解は、はい。そんな感じでピントはね、海の海面で水平線はぼけていると、そういうことです。
カメラマンっていう、カメラマンあってるかな。あってるわ。
カメラマンっていうメガネが置いてあって、このメガネがなんのこっちゃと思ってたんですけど、
人工的に多分残像現象を起こすっていうカメラなんじゃないかなと思って。
ちょっとこれもいいか。やめておきます。これ面白いなと思ったんだけど。
その後に、本編じゃなくてコレクション展っていうのがあって、コレクション展も同時に見れるんですよ、同じチケットで。
コレクション展は、近代美術館、国立近代美術館があってるか。一番好きで、なんで好きかっていうと、
このコレクション展というか常設の展示がめっちゃいいんですよ。
これ500円で見れるはずなんだけど、これを毎回見て帰って、すげー疲れて帰るっていうのがありますね。
展示会が久しぶりかなんかしてあって、いつもは暗いところに展示してあった。
これ誰さんやったかな。原田直次郎。原田直次郎さんの桐生観音っていう作品があって、これめっちゃ僕好きなんですよ。
もともとは五穀寺に展示したってやつらしくて、それがこの東京近代美術館にやってきたと。
それが結構赤っぽいところに展示してあって、細部もよく見えるようになってて、
メガネを変えたっていうのもデカいんですけど、とてもいい絵だなと思いました。
その後、彫刻で一個すごい面白いのがあって、
この作家が気に入っていた女の人をモデルにした彫刻なんですけど、
僕ちょっと心が汚れてるんで思ったんですけど、
絶対できたとこの彫刻にチューしてたんじゃないかなと思います。
膝をついてすっぱだかで、ちょっと目をつぶって斜め上を向いてる女の人のラフ像なんですよ。
一応写真置いておくんで見ておいてください。見れる人は。
おぎわら森江さん。タイトル女。そんな感じですね。
ちなみに森江は新宿中村への女主人、相場さとみを密かに慕っていたと伝えられます。
遺作となったこの作品には黒光りの面影があるとも言われます。
これ遺作なんだ。何歳で亡くなったんだろう。
これ遺作か。なるほどな。最後にいい思い出にしたかったんだろうな。
タテイシタイガー。作品とかも入っていたり。
この常設のコレクション展の中にも杉本宏さんのちょっとちっちゃめのプリントが、
ちっちゃめって言っても大きいんですけど、プリントのコレクションが展示されていて、
それも見ごたえあったのと、今回だけの特別企画だと思うんですけど、杉本ノートというのがありまして、
杉本さんが製作をするにあたってデータを取っていたりとか、メモをしているノートが、
復写したやつかな。レプリカ。レプリカのノートが置いてあって、それが見れるんですけども、
そこね、僕が見たときはね、全然列なかったのに、ちょっと目を離して一周した隙に行列になっていて、
結局見れずじまいで帰ったんで、ちょっと会期が9月までなんでもう一回行こうかなとそれは思っています。
それを見に行くだけでも500円払う価値はあるのではないかと。
ちなみに初日で、情報では朝200人くらい並んでたらしいんですけど、半分以上がグッズを買う列だったらしくて、
そんなグッズ欲しいかとか思って。アイドルじゃないのに。アイドルなんかな、写真家よ。
で、僕が行ったのはお昼ちょい過ぎくらいなんですけど、まあまあゆっくり見れましたね。
ただ2時、3時くらいにめっちゃ急に人が増えてきて、それでちょっと混雑というか、
平日の昼間にこんだけやってる感じの人ではあったんで、土日は結構混むんじゃないかって思うので、
行ける人は平日の午前中から行くのがいいんじゃないかなと思います。
土日でも、そうだね、午前中から行くのがいいんじゃないかなって気はしますね。
10時オープンなんで11時くらいがいいんじゃないですか。たぶんね。
そんな感じですかね。
というわけで、コレクション店見ててね、おじさんってものすごくやあやあ言われるじゃないですか。
おばさんも結構たいまいで、ずっと喋ってるおばさんがいて、
喋ってんのいいけど、もうちょいボリューム落としてくれやみたいな。そういうのもありました。
そんなことはどうでもいいですね。
まとめ、まとめとか言って。
やっぱね、モノクロのね、すごく上質な写真を見てですね、自分の写真安いなと思いましたよ。
デジタルだから安いっていうわけじゃないけど、やっぱり背景というかですね、
ステートメントってやつか、なんかコンセプト、そういうのがやっぱりヘビーな作品っていうのがやっぱり作品に現れますねと思いました。
で、やっぱり生成AIによって写真らしさを持った写真よりは、やっぱり従来の写真が俺はいっすわ。
はい、やっぱりこの新生性っていうのが結構写真にとって重要なんじゃないかなって思いますね。
写真機を使うであったり、その場に行ったということだったり、なんかそういうのすごく、
ポエムとかロマンって言われるかもしれないですけど、僕はそういう写真が好きです。
これから写真をやろうっていう人たちはもうフィルムも手に入りづらいから、フィルムのことも知らずにやるだろうし、
もはやカメラ使わずに写真やるっていう人もどんどん出てくると思うんで、
最後の生き残りとしては、死ぬまでちょっと従来の写真にこだわってやろうかなと思います。
デジタルだけどね。僕はちょうど過渡期だったんで、デジタルでもいいかなって気はします。
フィルムで育ったんだけども、デジタルでも育ってるんで。
そんな感じで杉本博史さんの展覧会を見た、杉本スペシャルは絶滅スペシャルですね。
ここら辺でおしまいです。
これ何日までやってるのかな。9月の開期は9月13日までです。
東京国立近代美術館の一階企画展ギャラリーで是非見に行ってみてください。
これでも開催外よりも特設のホームページとか見てから行ったほうがいいと思う。
さらっと。だらだらと喋り続けたな。
では今週の写真ニュース。写真ニュース何やったかな。もう忘れちゃったわ。
写真ニュースの気になる見出しのコーナーっていう感じで。
気になる見出しのコーナー。これデジカメインフォを見てます。
理工がGRシリーズの6%から11%値上げをアナウンス。これも高くなりますね。
ニコンはS3のデザインをデジカメで復活させるべき。これペタピクセルって書いてあるんで。海外のメディアですね。
復活したところで売れるかっていうと、ZFが結構ヒットしたと思うんで。
ヒットはできるだろうけど、Zマウントのでっかい光景でS3を再現しようと思うと。
どうなんですかね。僕はそういうの嫌いじゃないんですけど。
やっぱりニコジーたちはちょっとデザイン的にそこはってなっちゃうだろうな。難しいとこですよね。
デジカメウォッチ見てみましょう。バッテリー被害を抑えるファイアプルーフポーチ。これいいですね。
なんかでも見たな。バッテリーの発火事故の被害を抑えるファイアプルーフポーチ。
これですね。カメラ左右のリチウムイオン充電池などの収納に便利なポーチ。
これからはこれ絶対必要だろうな。これからというかもう出てきたのが遅いぐらい。
3300件も済むの結構いいでするな。でもこれで発火したと言って耐えられるんだったらいいよね。
で、次はどれかな。
特にはないな。
あ、これ。出ましたよ。
恒例のニコン夏キャンペーン。6月19日にスタート。
これまたキャッシュバックキャンペーンが始まります。
これこないだのキャッシュバックキャンペーンやってたよな。これ。これいつからいつまでやってたんや。
いや1月13日までやってて、その後にもう一個なんかやってたやろ。
違ったっけ。なんとかキャンペーンやってたよね。
これじゃない。ニコンクリエイターズスプリングキャンペーンが5月7日までやってたわけや。
で、応募締め切りが6月19日で、今回めでたく6月19日応募締め切りの日から夏キャンペーンがスタートです。
これいいですね。こんなの見てるとまた欲しくなっちゃうよな。
でもZFのボディでキャッシュバック7000円か。これもっとキャッシュバックすごかった気がするんだけど。
4万円キャッシュバックやん。前のやつは。え、新しいの。これ間違いじゃないこれ。7000円キャッシュバック。
4万円キャッシュバックと7000円キャッシュバックってだいぶ違うぞこれ。前4万円キャッシュバックやったのに。
損。ちょっと待って。これだいぶ。ちょっと待って。もう一回調べてみるわ。
サマオキャンペーンよりもスプリングキャンペーンの方がめっちゃ良かったやん。
これやっぱりあれかな。物価が上がったからかな。
これだいぶだな。びっくり。なんかすげえ損した気になってきた。
だって前4万円キャッシュバックだったのが7000円だったんだよ。
そんな感じで。まあいっか。別に買うわけじゃなかったし。
欲しいなと思ってたけど。
今週の写真ニュースはニコンのキャッシュバックと、なんだ。
あ、そうだこれだ。DJI本社スカイシティにお邪魔しました。
これもすごい。このDJIの本社がすごいっていう。これも気になりましたね。
そんな感じで。今週の写真ニュースはおしまいです。
最後は今週の1枚です。今週の1枚。
ということで、この杉本さんの写真展を見に行った時に、
通るところがあるんですけど、このなんちゃら橋。これ何橋って言うんだ。
竹橋だ。まあそりゃそうか。竹橋かそりゃ。
竹橋を渡ると、なんだこの駅。駅も竹橋だ。
竹橋駅から近代美術館へ向かう時に竹橋っていう橋を渡るんですけども、
橋を渡るとすぐにそこの住所っていうのがですね、
北の丸公園の4と5と6っていうのが3つありましてですね。
そこを右に曲がると警視庁軌道台があるんですよ。
その右に曲がるところっていうのが立ち入り禁止かと思いきや、
みんな普通に歩いててですね、どういうのがなってんだろうと思って。
ちょっと行ってみようと思ったんだけど、
なんか物々しい雰囲気におののいてしまって、結局引き返してしまいました。
でもちょっと次行ってみよう、ここ。次行ってみますね。
その軌道台に行く時に首都高速の環状線が上へ走ってまして、
その下から撮った写真でございます。
これ何がいいかっていうのはちょっと難しいところなんですが、
何がいいんだろうね、これ。
これ50ミリの1.8というレンズで撮ってるんですけれども、
首都高のカーブの手前から奥へ来るダイナミックな感じというか、
形ですね、フォルムがですね、ぎゅーっと奥から手前に来てる。
で、広角レンズを使わずして広角っぽい表現になってるっていうのが、
何かこう、視覚的な面白さがあるなと思ってます。
手前が何かね、土なんですけど、
手前が何か木が植わってあったりするところなんで、
手前が何か土の壁というかちょっと小上がりというかそういう感じになってて、
そこに当たってる影と首都高のカーブがちょっとだけリンクして見えるっていう感じだったり、
首都高が上でクロスしてるんですけど、
その何やろうな、視点の動きか、そういうのも面白いというか気になるところですね。
それで、今回これ気に入りました。
どってことないと言われればどってことないんですけど、何やろうな、
年風景、初めて見た風景ということでちょっと個人的に気になったということですかね。
いや、それはね、首都高の写真なんてね、もっと面白く撮る人はいますよ、そりゃ。
でもそれと比べられても困るんでね。
なんでこういうのもたまには撮りますよと。
でもこれをプリントして作品として飾るかというと、それはないです。
ないんだけど、YouTubeとかインスタグラムとかで首の写真の一点とかで見せるとか、
今みたいにこの写真について適当にベラベラ喋るみたいなことをやるのにはいい写真なんじゃないかなと思います。
まあ、適材適所ということですよ。
というわけでね、長いこと喋ってまいりましたが、
今日の暗室列車はここら辺にしとこうか。
50分喋ってる。でも50分喋ってるけど、たぶん間とかは切るんで、45分くらいに収まるんじゃないかな。
はい。というわけで長いことありがとうございました。
長いことって今日これね。
それではまた次回。ごきげんよう。