このテーマですね、自分に対しての言葉がけをどうしていけばいいか。
意識も含めてですね。このテーマはですね、本当にこのことをクリアしたら、
本当に人間として、そして魂として、ものすごく大きな成長というか、
人によっては一生分とか二生分ぐらいの成長になるんじゃないかぐらいに、
私は勝手に感じているんですけれども、それくらいとても大切なテーマであるなというふうに感じています。
まずね、でもすごく大切だなと感じたのが、自分が大事にしていることに対して、
自分を責めてしまっていたと気づいて落ち込んでしまいますっておっしゃっているじゃないですか。
このね、気づいてっていうところまで来ているのはすごく大切なことなんですね。
この気づかないで結構自分を責めてたりし続けるっていうことがあると、
もう結構ね、ゼロ地点というか元の本来いるべき場所というか、いる位置っていうかね、
そこに戻っていくのにものすごく遠くなってしまうんだけれども、
ちゃんと気づいているということ、これはとても大切なことですね。
この気づくっていうのはおそらく感情の部分で気づいていくと思うんですね。
何かが起こって、もしくは何かに対して自分がそういうちょっと自分に対して感じたこととか考えたこと、
言ったこと、無意識にね。
それが自分の心の感情として、心としては何かこうあまり気持ちが良くないなって不快に感じる。
もしくはこう起きたことに対して嬉しいな、ありがたいな、楽しいなっていうふうに心地よく感じる。
この2つの感情というものを使って、私たちは自分のこう何て言うんだろう、
素養にしていく栄養素の肥料を肥料にするか、もしくはキズにしていくかをここでちょっと分けていくわけなんですね。
おそらくこの感じるっていうところ、気持ち良いか気持ち良くないかっていうところはちゃんとそこまでできているんですね。
この気づいて落ち込んでしまいますっていうことは。
この気づいて落ち込んでしまいます、この気づいてっていうのはおそらくあまり心地よくないなっていうことに気づいたっていうことだと思うんですね。
だからこの感情という部分はちゃんと使えているんだけど、次に使っていくところはどこかっていうとね、その栄養にするために。
判断力というか判断する心、そこなんですね。
感情の後に使っていくこの判断というところで、ルーンさんに限らず私たちは落ち込むっていうことを選ぶことが多いですよね、なんか嫌なことがあったときに。
っていうことは嫌なこと、もしくは自分が自分に対して否定してしまったことをですね、その否定してしまったことに対して否定してしまうっていうことを選ぶと落ち込むんですね。
要は自分が選んだ行動とか受け取った感覚、感じたこと、それに対して否定をすると落ち込むんですね。
それがその判断のところで、大体この嫌なことがあると否定するっていうふうな判断っていうものを私たちはそこで下していくわけなんですけど、
ここをですね、この認めるっていうところに行くっていうことをやっていくことが、このメッセージの大きな今日のメッセージになるかなというふうに思うんです。
ちょっとね、言葉だけで言うと分かりづらい。本当は図面にしてお伝えしたら分かりやすいかと思うんだけど、まずもう一度言うと何か起きます。現実が起きます。
その現実に対して私たちは感情を使って、それの現実が自分にとっていいのか悪いのかというような第一判断をまずはしていくわけですね。
第一判断というか、快か不快かっていうところを感じていくわけです。
そこで結構私たちはもう第一判断で、物事を良いことなのか良くないことなのかっていうことを決めてしまうわけですね。
なんだけど、最も自分にとって現実起きたこととか、そういったことが栄養素養になっていくためには、この第二判断、感情の後のもう一回判断するっていう力をしっかりと使っていくこと。
そこを使っていくことで、本当に起きたこと、そして感じたことが自分にとって力になっていくということが起きていきます。
で、このルーンさんもそうだし、結構私たち多分今感じることはすごくよくできていると思うんですけど、この判断する力っていう、これまでもラジオで言っているけど、翻訳する力っていうところなんですけど、起きたことに対して感じたことに対して翻訳していく。
自分にとってより良い栄養になるために翻訳していく力。ここは同じ力になりますね。判断する力と同じ力になりますけど、ここをより意識的に使っていくことが大切だと感じますね。
例えば、何か大事なことに対して自分がうまくできなかったと感じた。そして、あまりちょっとそれは心地よくないなって感じることがきっとあったでしょうね。
それに対して感情としては不快っていうのを感じるわけですね。で、その感じたこと、自分が例えば大事なことに対して感じたこととか関わったこと、関わり方があんまりちょっと良くなかったかもなっていうふうに結構否定するっていう、この判断の力で否定してしまうんですね。
この判断の力、判断のところでしっかり否定してしまうと、否定っていう栄養として自分に与えられていくんですね。
否定されるっていう、自分が自分を否定するっていうのは一番強く自分の力をある意味奪っていくような性質がありますので、それでまたどんどん元気がなくなって力がなくなっていくっていうところがサイクルになっていくんだけども、
あ、こういうことしてしまったなっていうふうに思った後のこの判断の力を使うっていうのはどういうことかっていうと、今までは多分うまくいかなかったことに対して、やっぱり自分はダメだと否定というカテゴリーをそこの判断で使ってたと思うんです。
けれどもここでやるといいこと、自分をもっと愛して楽しく成長していくために、そして自分の力にするためにやるといいことは、逆の認めるということです。