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2025-10-03 31:31

『お前は役立たずや』きなこの幼少期の傷を振り返ってみた

大事なのはこれからですよぉ〜!



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サマリー

このエピソードでは、きなこさんが子供との関わりを通じて自身の幼少期の経験や感情を振り返ります。特に、交通ルールを理解していない2歳児への対応に苦労し、そのことが幼少期のトラウマとどのように関連しているかを明らかにします。また、母親からの言葉や家庭環境が形成した心の傷についても考察します。「役立たず」という言葉が自己認識や選択に与えた影響と、それをどのように克服してきたのかを語ります。ポッドキャストでは、過去の親との関係や幼少期の傷を振り返り、感情の受け入れや自己理解の重要性について触れています。心の中に残るネガティブな感情への対処法も提示し、リスナーが希望を持つように促します。

子供との関わり
こんにちは、きなこです。今日は夕飯の支度をしながら、ちょっとだけ一人ごと撮っていこうかなと思います。
今日のテーマはですね、子どもに対するぶち切れ案件を通して、私の幼少期と向き合うというテーマで、
私の中の黒歴史っていうほどでもないんですけど、今思えば結構辛い思いをしてきたかもしれないなぁと、
人ごとのように言っておりますが、私の過去の話をね、思い出話を振り返ろうかなと思います。
ちょうどね、あの、物書きをしようかなと思ってて、自分の反省というものの振り返りっていうのを今してるんですけれども、
ちょうどいい振り返りの機会になったのが、昨日、私が子どもに対してね、結構怒ったんですね。
で、なんでそんなに怒ったかっていうとですね、子どもが保育園の駐車場で飛び出したり、
あとは保育園の駐車場を飛び出て、歩道とか道路に向かって遊びの一環で行っちゃったりっていうね、
まだ交通ルールっていうのが、いまいち理解できない年齢なんですよね。
2歳児ってそういう時期らしいんですけれども、危ないよーとは言いつつですね、結構ね、強く言うんですよね。
もうやめなさいとかね、もう怪我するよーとか、事故にあったら怖いんだよーとか言うんですけど、なかなか言うことを聞いてくれない。
言うことを聞かないのが2歳児なので、聞き方がないんですが、これがね、現実と理想の難しいところではあるんですが、親もね、人間なんで、やっぱりイライラしてきますよね。
昨日、たまたま車を子どもを迎えに行ってね、園から駐車場、ちょっと歩くんですね。歩くと言っても、本当に大人の足やったら1分、2分ほどなんですけれども、
その間がね、遊歩道になってて、他のお友達とかもそこで遊んでるんですね。遊歩道から駐車場に繋がってるから、遊びの延長でね、きっと子どもからしたら駐車場と遊歩道のその遊んでいいエリアと
アカンエリアの区別がいまいちついてなくて、毎回、ゆいはするんですけど、嫌だって言ってね。それの繰り返しがあって、ついに昨日ですね、車を子どもに乗せようとしてる時に、双子なんでね、片割れだけのケアっていうのができないんですよね。
ワンボックスカーで私もうっかりしてたんですけど、両方スライドドアを開けっぱなしにしてて、一人を乗せて、その間にもう一人が出ちゃったんですよね。本人はゆずちゃんの方だったんですけど、ゆずちゃんが飛び出して、パーッと走っていった時に、たまたま別のお母さんの車が発進した、仕掛けた時に、たまたま別のママさんがそれに気づいて止めてくれたと。
本当にありがたい。命があってね。最悪事故じゃないですか。うちの子が当然悪いし、そうなった時はね。それでも日本の法律やと、やっぱりね、運転してたママさんとかにも迷惑かけるわけでしょ。いろんなことが一瞬にしてね、私にとって大きな負荷になってしまって。
で、そこの運転してるママさんも、危ないですよ、気をつけてくださいねって言われて、それも事実なんですよ。で、いろんな事実が重なったとと同時に、やっぱり子供を見切れなかったっていう、自分自身の、なんかね、昨日はすごく落ち込んでしまいました。落ち込むっていうか、そうですね、自分をちょっと責めてしまう。子供を見切れなかったっていうところがあって。
で、子供にもう一度、他の親御さん達にありがとうございました、すいません、見てもらってって言いながらも、子供を車にゆずちゃんを乗せようとするけど、ゆずちゃんは私の手を振り払おうとするわけですね。嫌だ嫌だ、離して遊びたいって言うんですけど、もう私もさすがに我慢の限界が来まして、思いっきり関西弁っていうか、大阪弁というか、道安えというか。
映画見せよ!って言って、なんでゆうぞバカベーン!って言って、ブチ切れました。普段ラジオではあんまり言わないんですけど、私の切れると結構道安え出るんですよ。大東市出身なんでね、そこはしょうがないんですけれども。
で、ゆうどちゃんを思いっきり怒ったわけです。
で、その時にたまたまお迎えさん、同じ保育園なんでね、お迎えさんのお子さんもそこに居合わせてたんですけど、
で、そこでそのお友達の女の子、その子は年長さんなんですけど、
その子が、え、なんでそこまで思いっきり怒んの?って言われて。
で、私もめちゃめちゃイライラして、その子にはもちろん悪くないからね、イライラをぶつける気はないんですけど、
いや、ゆうどちゃんには帰られへんから危ないからつい怒ってしまったわって言ったんですけど、
これでもゆうどちゃんも号泣ですよね。
で、お互い、なんていうのかな、高ぶってる時にそれ以上お話をしてもしょうがないなっていうのは分かったので、
帰りの車の中で、ちょっとね、私も深呼吸をしながら気持ちを落ち着けつつ、
でも確かに向井のお姉ちゃんが言うように、ここまで怒る必要はなかったんじゃないかと言うて、
感情の反省
2歳児ってまだわからないんですよね、その分別がつかない時期なのに、
結局は工夫で解決するしかないのに、ゆうどちゃんに対して必要以上の失績をしてしまったんじゃないかっていうところをちょっと反省したわけですね。
で、昨日は私もメンタルがね、あまり、もうちょっと消耗してて、整理前っていうのもあったのかな。
思い返せばね、ちょっと私自身の人格の問題もあるかもしれへんけど、
シンプルに体調があまり良くなかった、中医学の目線を持ってみると、
睡眠不足が続いてて、めっちゃしんどいとかじゃないんですけど、
子どもたちと寝ると最近子どもの寝相攻撃がすごくてね、
アップルウォッチの睡眠のスケールみたいなのを見たらね、
まあ、睡眠浅いなって、9時間くらい寝てるはずやのに、
全然ディープのところにね、睡眠のスコアが入っていないっていうような状況なんですけど、
これはね、仕方がないことだと思うんです。
子どもと一緒に寝る上ではね、母親センターが入ってるから。
で、そういう、昨日は一晩それについて考えて、
冷静に、ただその駐車場で遊ぶというのは良くないことなのは事実なので、
子ども向けの交通番組みたいなのを、ちょっと落ち着いてからですね、
YouTubeをゆずちゃんに見せて、危ないね、気を付けようね、駐車場では、
お手手繋ごうねって、先は思いっきり怒っちゃってごめんねって言って、
そのケアはしたんですけれども、私の中で何かちょっとまだ引っかかるものがありましてですね、
それが私の幼少期の振り返りみたいなものに繋がってきたんですね。
で、ここからが本編になるんですけど、要は子どもの交通対策っていうのは、
これはやっぱりもう次の日、旦那さんとも話したんですけど、
言葉で言うって分かる年齢と分からへん年齢があるから、
感情はさておき、子どもの発達の状態を客観的に見て、
できることをするしかないよねって、私たち親が仕組みで解決するしかないし、
怒っちゃったことはもう置いといて、これから私たちがどうすべきかっていうのを、
対策を一個一個できることをするしかないっていうので、そこは終わったんですけど、
私の心が必要以上に取り乱された感覚っていうのを久々に味わってですね、
これはどういうところから来るんだろうかっていうのを紙に書き出していったんですね。
で、子どもを飛び出してしまった、人様に迷惑をかけてしまった、
それが自分でコントロールできない、アンコントロールなものだったっていうところ、
幼少期のトラウマ
いろんなものが私にとっての、自分をまるっと否定されたような、
そういう感覚に一生落ちてしまったんですね。
で、ライフコーチングを漢方コーチングから受け続けて、
先輩コーチたちのコーチングを受けながら、だいぶ自分軸っていうもの、
囚われない自分、揺らがない自分っていうものは作られてたんですけど、
久々にそこが目を出したっていう感覚で、
じゃあこの感覚はどこから来たんだろうっていうのを振り返っていくと、
その指摘されたっていうこと、危ないですよっていうふうに指摘されたのが、
どうやら私にとってはトリガーだったっていうのがあるんです。
で、断っておくと、そのママさんは全然悪くないし、危ないって事実じゃないですか。
危ないし、子供見とかなあかんっていうのも事実。
なのでその親御さんを責めるつもりは全くないし、
本当におっしゃる通りですっていうところなんですけど、
問題はその現象に対して私の認知、解釈っていうものが何かのトリガーになってしまっている。
じゃあそのトリガーを引き起こしてきた私の幼い頃の思い出は何なんだろうかっていうところ、
ここを掘るべき現象だったんだろうなと。
旧世紀学を学んでからね、やっぱりこういう出来事っていうのはあくまで現象。
そう、だからそれを持ってどういう風に今後生きていく上でのヒントにするのかっていうのに気づきなさいよっていうサインだなって思ったわけなんです。
だからそのママさんを責めるというか当たり前なんですけど、そのママさんに逆斬りするわけでもなく、
かといってユドちゃんにお前のせいだって思うわけでもなく、目を向けるべきは自分の心っていうところで、
私は確かに昔よく怒られていたなぁと。そこで色々紙に書き出して整理していった時にちょうど3つの要素があったなぁと思ったんですね。
で、たまたまYouTubeで子育て世代っていうのも分かってんのか上がってきた動画で、
マルトリっていう単語が出てきたんですね。マルトリートメントっていうのがあるらしくて、
私も実際に動画を見ただけなので、科学的な裏付けとかがどこまであるかっていうのは調べられてないので、
はっきりとは思わせないんですけれども、その研究者の方曰く、虐待までは行かずとも子どもに対して不適切とされている言動のことや対処法のことをマルトリートメントっていうらしいですね。
マルって言うけどね、良くないっていう。たぶん他のところから来てるあれだと思うんですけれども、他の言語からね。
で、それの中の一つがまず身体的対処、要は愛の無知、暴力ですね。これが一つ。
で、もう一つは心理的マルトリートメント。これが親の発言か、子どもに対する言葉の暴力みたいなものですね。
で、3つ目っていうのが、ちょっとDVとかね、視覚的やったかな、もう一つのマルトリーっていうのがあって、4つ全部あったんですけど、あとは性的虐待とかね、そういうところも含まれるそうなんですけれども、
私、振り返ったら3つあったなって思って、これをよく詳しいね、
1つ目は愛の無知ですね。で、うちのお母さんのお母さん、母方の父親、おじいちゃんですよね。
けっこう愛の無知なんですよね。で、2つ目は愛の無知ですね。
で、3つ目は愛の無知ですね。
1つ目は愛の無知ですね。で、うちのお母さんのお母さん、母方の父親、おじいちゃんですよね。
けっこうカッとなりやすい人で、今思えば感欠居タイプで、感化上演しやすい。すぐに頭に血が昇って、手が出るタイプで、非常にせっかちっていうタイプだったので、多分それの遺伝だったんでしょうね。
何か指導の対象が常にね、私は平手打ちだったんですよね。今思えばね、児童相談所案件だと思うんですけど、まだまだ平成、昭和後半から平成初期ですから、そういうのがね、時代背景的に許されていたのもありましたよね。
学校の先生もたまにね、頭引っ叩かれるみたいなのもあったと思うんですけれども、うちのお母さんはけっこうすぐに手が出るタイプで、それがですね、もちろん何か私がね、完全に私に火がある状態はもちろんのことですけど、私にとって、当時の私にとって火がない状態。
例えば、わざとではないんだけど、うっかり手を滑らせてコップを落としてしまったとかね、何かをこぼしてしまったとか、ちょっと何か物を壊してしまったって時でも、すぐに頭とか顔とかを叩かれてたんですね。
何やってんの?っていうような強い失績と共にっていうのがセットになったので、平手打ちプラス強い失績っていうのが日常だったんですよ。だから、やっぱり幼い頃のきな子にとっては、母親の存在っていうのは生命線ですから、常に母親の起源をとって生きてきましたし、母に対して母はとにかく怒らないようにっていうところも常に見ていたっていうところはありますね。
幼少期の影響
で、ちょっと恥ずかしい話なんですけれども、30で私29で結婚したんですけど、それでもたまに何か物を、食器を割ってしまったとか、ちょっとしたポカみたいなのをした時に、結婚して家出て、もう主人と2人暮らしで、そこに母はいないのに、何かやらかす度に母の存在を探している自分がいたんですね。
あれはびっくりしましたね。コーチング受けて、その辺もだいぶトリートメントできるようになったんですけど、そのぐらい、もう体に反射的に母の平手打ち、失敗イコール母の平手打ちっていうのが、私のDNAみたいなものに刻み込まれていたんだろうなって。
今だこそ全然終わったらああああって終わるんですけどね。まあいっかーみたいな感じで終わるんですけど、そうそう。それがだから一つ。何かを知れかすことで、自分はそれは罪であるっていう認識。指摘というものは私にとっての罪であるっていうのが結構大きな認識、認知。それが一つ認知の歪みを生んでたんだろうなーっていうのもありますね。
二つ目が心理的な丸取り。これはいわゆる言葉の暴力っていうやつですね。これもね、時代背景からしょうがないとは思うんですけれども、私も体操やんちゃな子だったらしいです。だから結構手をね、母も焼いていたと思うんですけれども。
母自体も今思えばヨトリがなかったですね、夫婦仲も良くなかったし、なんかいろんなものを全部抱えて自分一人でどうにかしてしまおうって、そこまでしなくてもいいやんっていうものをしたり、家事に対する完璧主義みたいなのもすごく大きかったので、それが例えば私がちょっとね、こう
用事をするのに一つ何か遅れてしまって、母の予定が狂ってしまったら、それはもう母の地雷なんですね。母の用事がそれで狂ってしまうから、あんたのせいで予定がずれたやないか、みたいなのをすごくきつい言葉で毎回叱られてて。
で、いまだに覚えているのが、しょっちゅうね、お母さんが私に言ってた言葉が、お前はほんまに役立たずやって私言われて育ってきたんですよね。お前はほんまに役に立たへんな、とか、お前なんかほんまに使えへんな、みたいなのをしょっちゅう言われてて、で、いつも泣きながらごめんなさいって言ってたんですけど、
だからこそ、お母さんの言う通りにしないと、やっぱり役立たずになっちゃうから、お母さんの言う通りに、お母さんの行動を妨げないようにやらなきゃ、みたいなのが凶悪観念みたいなのがすごく大きかったんですね。
今これ自分で喋って、だいぶヤバいなって思うんですけど、そこそこヤバくないですか。で、あとはね、何話そうと思ってたっけな、そういう言葉をいろいろ言われ、でも当時はね、めっちゃ傷つくとかなかったんですよ。
今こうしてね、喋ってて、ガッツリ傷ついてはいなくても、こういう傷って多分ね、大人になってもじわじわ効いてくるんですよね。治りが遅いからね、古傷みたいな感じで。
そう思い出した。母に言われ続けてきてた言葉が、お前は親の言うことだけ聞いていればいい、これもずっと言われてきてましたね。だから、進路一つにしてもそうだし、持ち物一つにしてもそうだし、あと就職先、就職先もね、うちはめっちゃ母が見てきましたね。
当時は私も、そういうものだと思ったんですよ。親の言う通りに生きないといけないと思って、いわゆるアダルトチルドレンですよね。育ってきたから、就職表とかあるでしょ。役学部に進学したのも、ある意味母の差し金だったんですよね。今となっては役学部行ってよかったと思ってるんですけど。
役剤師の就職求人表みたいなのあるじゃないですか。パッパッパって見て、確かに親に、社会人の先輩としてアドバイスをもらうという観点でどう思うっていう参考程度にさせてもらうとかだったら、全然いいと思うんですよ。問題ないと思うんですよ。そういう先輩方の意見を借りて、でも最終的に自分の人生なんで決めるのって他でもない自分じゃないですか。
そう。だから、それが許されなかったんですよね。
で、一回だけ、母の言うことというか、自分のやりたいようにやって、ちょっと後悔したことがあったんですよ。そこの就職先行って、なんかちょっと私には合わなかったなぁみたいな時に言われたのが、
大体思い通りにいかなかったりとか、自分が失敗した時、失敗も結構失責されまくってたんで、失敗もしてはいけないっていう擦り込みもめちゃくちゃ私はでかい子だったんですよね。大人になってからもそうでした。
だから起業する時、めちゃめちゃ最初こじらせたんですけど、そう。だから失敗したり、何か思い通りに物が進まなかった時に言われてたのが、親の言う通りにしないからそうなるんだよって。
親の言う通りにしていれば、万事うまくいくって。やばくないですか。結構専門ですよね。
ちなみに私これラジオで言ってますけど、全部もう今母に全部言ってるんで、だいぶやばいことしてたでみたいな。でも当人ね、覚えてないんですよ。
そんな言ってたっけみたいな感じのことを言うんで、これもまた恐ろしいですよね。そういやいややってたっけって感じなんですけど、そう。
で、そういうことを言われてきたから、自分で選ぶことも許されないし、失敗イコールやはり罪である悪っていうのは、私の中では多くありました。
過去のトラウマと向き合う
で、あとはマルトリーの3つ目がDVだったかな。これは視覚的なマルトリーだったんですけど、私の場合は夫婦喧嘩ですね。両親の喧嘩。
うちのお父さんはお金遣いが非常に荒い人で、私の奨学金を使って自分の借金を返済するっていうような人だったんで、一瞬ね、私あれ薬学部途中でこれ退学しなあかんっていうような事態があったんですね。
で、ちょうどリーマンショップでお父さんが会社クビになって、で、ニッチもサッチも生活いかんってなった時に、そういうことを知らん間にどっかからローン借りてきて、それのローンの返済をするために私の奨学金に手を付けたみたいなことがあるぐらい、ちょっとね、その金銭的なリテラシーがあまりない人なんですよね。
で、結構ギャンブルも好きやったから、あとさっき考えずにパチンコとか競馬に何百万ってお金投資、あの、散財?投機?とかにお金を浪費してしまってっていうようなことがあったから、まあね、あんまり夫婦仲は良くなかったですね。今もそんなに良くないですけど。
うん。で、ただですよ、ただですよ。あの、夫婦喧嘩は犬も食わないって言うけどね、子供も食いませんからね。あんなに悪いものはないよなーって未だに思うんだけど、特に酷くなったのがやっぱりリーマンぐらいでちょっとお父さんの会社のね、あの景気が冷え込んだあたりから、あの、給料が下がったーだとかだーだと借金返済どうすんで食費どうすんでーみたいなのを、毎朝、毎朝喧嘩するんですよ。
まあお父さん帰り遅いから、お母さん先に寝て、夫婦の会話、顔つき合わせになって朝なんですよね。そうなった時に、あの、やっぱり話題の論点がいつもお金どうすんねんだったんですよ。うん。で、あの、私たち子供は2階に子供部屋があるから子供部屋で寝るんだけど、毎朝の目覚ましがいつも夫婦の激しい両親の喧嘩が一回でね、行われて。
結構お母さんもヒステリックな人なんで、なんかもうかなきり声を上げて、どうせって言うよーみたいな。お父さんのせいでこんなになったやんかーみたいな。俺知らんがなーみたいな。俺だって頑張ってんねーみたいな。
言うのをほんまに毎朝聞いて、私と妹がまたやってんなーみたいな感じで、おはようって言って起きるんですけど、当然おはようなんかも帰ってこーへんし。で、ほら、心理学の研究でもさ、その日の1日の気分って、その日の朝のテンションで決まるって言うでしょ。だからね、今思えばまあまあな家庭環境だったと思うんですよ。
なんか、失敗しては引っ叩かれ。それがさ、まだまだですよ。まだ犯罪犯したとかさ、なんかこう万引きしたとかで、なんかお前ってやつはパーンとかやったらまあまあわかりますよ。100歩譲って。わかるけど、だから結構お母さんの機嫌次第みたいなところで平手打ちがしょっちゅう飛んできてたっていうのと、で、お前は役立たずだが日常茶飯事だったっていうのと、そう、あとは親の言うことだけ聞いていればいいっていうことと、
で、あとは毎日、毎日夫婦喧嘩。あとは毎日お父さんの悪口ね。これも日常的でしたね。なんか、あのお父さんのせいでお母さんの人生はめちゃくちゃ辛かったと。で、私も当時ね、小学校2、3年ぐらいだったんですけど、覚えてんの?おやつポリポリ食べながら、じゃ、離婚したらいいやんって言ってたんですよ。別に離婚して田舎帰ったらいいやんとかって言ってたんですけど、あんたたち子供がいるから離婚したらかわいそうや。だからお母さんはできひんねん。
お母さんはできひんねんみたいなこと言われて、へーって思いながら言ってたんですけど、今思えばね、そう、夫婦の結婚は夫婦の問題やから、その離婚できない理由を子供のせいにするなっていう話なんですけれども、これもちなみにお母さんに直接言ってます。マジで関係ないからなみたいなことは、それぐらい言える中になりました。私の方が、あの、コーチングを通して自分の内面とめちゃめちゃ向き合って、あの、いい意味でね、他人なんで、親子であろうが、そう言いたいことは言わせてもらうっていう、もうフェーズに入ったんで、
もう今は全然どうってことないんですけど、うん。だけども、だけども、やっぱり昨日ね、やっぱり、そう、睡眠不足もたたってか、過去のインナーチャイルドの傷が出てきましたね。そう、だから、あの、やっぱりね、これを通して、あ、まだ自分はこういうところあんねんなって、そこを決して責めるのはよくないと思うんですよ。
だって、傷口さ、あんのにさ、余計そこに、傷口に塩塗ったりさ、あの、マキロンとか、かいて痛いでしょ?じゃなくてさ、ちゃんとあの、何?ワセリンとかさ、あの、プラスチベースっていうなんか、軟膏とかあるんだけどね、やっぱ刺激性の少ないものをさ、パッチしてさ、それで皮膚をね、こう、ちゃんと覆って、あの、保護する形でね、あの、うるせー、バーン、みたいな感じで、立ち上がれー、じゃなくて、やっぱり保護する形で、ね、一旦受容をしてね、そう。
でも、そういう思考が飛び出してくるのはしょうがないと、しょうがないけど、でも、今とそれをヒュージョンさせるのは違うよと、っていうあの、切り離し、思考と感情の切り離しっていうのが、あの、また必要になってくるんやなー、というのを改めて思いましたね。
うん。だから、あの、昨日のあった出来事っていうのは、一見ね、その子供の、あの、安全管理っていう、子供に駐車場に飛び出させないっていうのを、いかに、あの、伝えるか、っていうのが、鍵だったと思うんですけれども、でも、そこを、その形をして、えっと、実は私に過去と向き合うことを見せたかったんじゃないかなと、うん。
ちょっと前の放送でもね、言いましたけど、私、自分の子供のことをガイドさんだと思ってるんですよね。ある意味、子供の子育ては親育てだから、そういう子育てに対する何か障壁みたいな課題っていうものを感じたら、それはその課題を通して、私がクリアすべき何かとか、これまで向き合ってこなかったことっていうのを何か見させられてるっていうふうに私は思ってるんですよね。
それで言うと、今回、改めて、自分が昔されてきたこと、環境で過ごしてきたこと、それが自分の中のネガティブな感情のスイッチになってるんやなーっていう、ある種トラウマですよね、みたいなものと向き合ういい機会になりました。
で、それと同時に、そう思うと、結構な壮絶な幼少時代を送ってきた割には、今は割とハッピーに過ごせてるなーって思うんですよ。ちょっと怪しい言い方かもしれへんけど、ほんまにコーチングのおかげで、自分の漢方コーチングをしてくれた先生が、やっぱり自分の内面っていうものとしっかりと向き合って、そこを受け入れ、認め、
それはそれとして、そして母は母の人生、母の起源は母の問題、課題の分離ですね、っていうものの練習をしっかりしてきたから、私は私の人生を生きていいんだって、たまにこうやってスイッチが起動して、
自分の中で湧き上がる感覚、身体感覚、私の場合はね、なんか胸のあたりがえぐられた感覚になるけど、そういう感覚が出てきたら、あ、これもしかしてまたいつもの悪い癖ちゃうかと、それは別に責めることじゃない。出てくるのは、人間の本能として、嫌な出来事があったときに、生存させるために、また危険なことが起こるかもしれません。
幼少期の傷の影響
キナちゃん気をつけてっていうメッセージだとは思うんだけれども、あ、でもそれは過去のことやから、今は心配しなくていいよ、大丈夫ありがとうって言って、またね、あの通過させる、あのムーディー勝山じゃないけどさ、右から左に受け流す、また特訓ができるいい機会になったなぁと思いました。
なので、あんまりこう私の過去のことって、ちょこちょこ喋っては来たと思うんですけど、改めて、親とどういう関係だったかとか、結構直接ね、オフライン、オフレコでお知り合いと何人かと話すことはあったんですけれども、改めてこういう表の場所で、私はこういう反省を送ってきましたって、喋ることあんまりなかったなぁって思ったんで、
今日は話してみました。
なので、もしね、自分の中になんかどうしようもない、コントロールできない、何かネガティブな感情みたいなのが起こってきたら、それをね、丸ごとね、あ、いやいやいや、こんな風に思ってはいけないって否定する必要もなくって、きっとね、それってあなたが、私がね、昔ほら、お母さんからぶたれたり、お前は役立たずやって言われた経験のように、何かしらね、その時の、あの幼き頃のあなたがね、
まだどっかで、心の中でね、泣いてるかもしれないんですよね、膝を抱えて。で、その頃の私の傷がやっぱり言い切ってないからこそ、そういうのをね、フラッシュバックみたいな感じで、言うてきあると思うんですよ。
だから、抜き合うチャンスだなと思ってて、それをさ、こう、ふたしてしまうと、やっぱり、あの、せっかくのね、こう、まあ、嫌な思いをしたじゃないけど、そういうトラウマに気づけるチャンスをまたね、あの、闇に葬り去ったり、それをもしくは無理やりね、あの、いやいや、ポジティブだ、ポジティブだ、ポジティブだ、みたいなことをね、こう、やろうと思っても、人間なんでね、感情のコントロールってのはやっぱりできないんですよね。
行動はやっぱりコントロールできるけど、感情はなかなか人間ですので、そこを無理にコントロールするぐらいならば、まあ、受け入れてね、うん、ああ、こういうふうに思ってんねんなーって、まる、みたいなね。
そう、で、だけど、だけど、これ、今の私の状況においては、その情報っていうのは必要ないんじゃない?その情報は私にとっては不快な情報、あの、不快な気持ちにさせてしまう情報なんやったら、その、えーと、感情、湧いてくる感情っていうのはコントロールはできないが、それを採用するかしないかっていうのはあなた自身が決められるから、うん。
なので、そこをね、あの、一度整理してみたほうがいいんじゃないかなと。そうすると、中学でもね、よく言われますけど、人間なので、感情があるのは、喜怒哀楽があるのは当然。むしろ、喜怒哀楽がないほうがおかしい。だって人間なんだから、そう。
だけど、それが、あの、ある程度あるならいいんだけど、その感情に飲まれてしまう、同じことをぐるぐる考えたり、えーと、自分ではコントロールできないことでクヨクヨ鳴らんだりとか、そこまで行ってしまうと、やっぱり自分の貴重なね、命の時間っていうものを使って、自分をすり減らすだけにしかならないので、それはもったいないよねと。
だから、感情に飲まれてしまっているわっていう風な、えー、自覚があるのならば、一度そこをね、あの、見直す。そして、えー、感情に飲まれないあなたになれるチャンスでもあるのでね。そう、私と同じようなね、経験をされてるっていう方がね、この中にはいらっしゃるかもしれませんが、大丈夫です。
あの、適切な対応を取れば、自分の心の機嫌っていうのは取れるようになるし、自分一人で対処が難しいっていう方は、あの、専門のね、セラピストさんとか、あとはコーチとか、カウンセラーさんだとか、場合によっては、もう何もね、体もだるくて、やる気も起きなくてっていうところまで来てるんやったら、もう一度医療機関に行ってしまうとかね。
そう、あの、いろんな場所はありますから、あの、お一人でね、決して全てを抱えようとしすぎずに、どうかね、未来はあなたの思うがままになりますので、そこはね、希望をぜひ持って、これからも生きていってほしいなぁと思います。
感情の受け入れと対処法
そんなことで、今日はきなこの反省を振り返ったお話でございました。誰かの勇気になるといいな。ということで、今日はこの辺で終わりにしようと思います。ほな、またねー。
31:31

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