1. 酒の道〜日本酒の聖地から〜
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#27-2:人生を変えた一杯
2026-06-10 21:30

#27-2:人生を変えた一杯

ゲスト株式会社せんきん11代目蔵元 薄井一樹さん


■内容

トークテーマ:人生を変えた一杯

薄井さんを変えたお酒は「無濾過生原酒」のパイオニア的存在のあのお蔵…!

コーナー:さきの今日のひとこと

 

ゲスト:薄井一樹さん

栃木県さくら市の酒蔵「せんきん」11代目蔵元。

1980年、栃木県さくら市生まれ。1806年創業の老舗蔵に生まれながら、いったんはワインの道へ進み、日本ソムリエスクールで学んだのち講師も務められました。

その後、家業である蔵に入り、ワインで培った視点を活かしながら、現代の食や感性に寄り添う日本酒づくりに挑戦。

業界でタブー視されがちだった“「甘味」と「酸味」を軸とした味わい”を打ち出した「仙禽」で注目を集め、いまも栃木県さくら市の風土を生かした酒造りや、「江戸返り」をかかげた取り組みを進めていらっしゃいます。

 

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感想

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サマリー

今回のゲストは株式会社せんきんの11代目蔵元、薄井一樹さんです。薄井さんは高校時代に世界最優秀ソムリエコンクールで優勝した田崎真也さんに衝撃を受け、ワインの世界にのめり込みました。大学を中退して日本ソムリエスクールに入学し、講師としても活躍しましたが、ある日、先輩に連れられて訪れた天ぷら屋で、実家の酒「せんきん」を持参した際に、店の大将にまずい顔をされた経験が大きな転機となります。その場で出された福島県の銘酒「廣木」の美味しさに衝撃を受け、実家の酒の現状と合わせて、家業を継ぐ決意を固めます。その後、実家に戻ってから日本酒の勉強を重ね、特に秋田県の「新政」の「山遊」シリーズに感銘を受け、自身の酒造りに活かしています。番組では、日本酒の伝統的な製法や、現代の酒造りにおけるレシピ設計の重要性についても語られました。後半では、アシスタントの佐紀さんが「ワインソムリエ」について解説し、資格取得の難しさやワインの世界の奥深さについて触れました。

田崎真也さんに憧れた高校時代とワインへの傾倒
酒の道〜日本酒の聖地から〜
こんにちは、パーソナリティの平田勝です。
この番組はお酒にまつわるゲストをお招きし、
お酒の道を歩むストーリー、お酒のあれこれを深掘りしていく番組です。
アシスタントの佐紀さんと共にお送りします。
佐紀です。よろしくお願いします。
今回のゲストも、株式会社センキン、
専務取締役の薄井克樹さんにお越しいただいております。
本日はどうぞよろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。
前回は薄井さんのご紹介させていただきまして、
小学校、高校、大学時代の
さわりの分、人生の20歳までの話を聞いてきましたが、
今回はこれから本当に我々が聞きたい、
今のお仕事につながる人生に影響を与えた出来事や、
出会った人についてですね、いろいろと聞いていきたいと思うんですけれども、
事前アンケートにご記載いただいたんですが、
薄井さんは高校生の頃、テレビで見たある方に大きな影響を受けて、
多分それが大学時代のバイト先を選ぶとかにも関わってたと思うんですが。
そうですね。田崎真也さんというね、
世界最優秀ソムリエコンクールだったかな、タイトルが。
これで優勝したということでね。
今みたいに当然SNSないですからね。
1996年だったかな。テレビですっごい大々的にやってたわけ。
これがすごい私の中で大きな影響というかね、
すっごいかっこいいなと思ったんですよ。
ピシッとした服を着てね、ワインをサーブする。
これほら、実家が日本酒を作っているわけですけれども、
全然世界が違う。日本とヨーロッパってこんなに違うんだ。
でもサーブしている人は日本人っていうね。
このギャップに私はすごい感動してですね、
そこから学生なんですけど、ワインにのみりこんでいくっていう流れになっていくんですね。
高校1年か2年生の頃ですよね。
そうですね。
僕は中学生ぐらいの気がするにしますが。
今ね、田崎さん、僕もSNSフォローしてるんですけど、
ツリーとかで日本酒の方が最近はね。
そうなんですか。
そんな感じですよね。
ツリーが大好きな方ですから。
そうなんですけど。
ちょうど数年前にボジョレヌーボーとかも日本で流行りだしたりとか、
日本でワインの敷居がガクッて下がった頃でもありますよね。
そうですね、飲みにくい異国の文化ではなくて、
日本人が普通に生活の中にワインというものが入ってきた、
そんな時代の始まりだったようなタイミングでしょうかね。
そうですよね。
特に田崎さんの先ほどおっしゃってましたように、
サーブする仕方だったりとか、
あとどんな姿に特に心を動かされたりとか。
それはやっぱりテイスティングするところじゃないですか。
これか。
グラスを傾けて回して、
スワリングって言いますけれども、
鼻に近づけて香りをチェックして、
口に運ぶこの一連の動作。
日本酒にはなかったなってね。
今は逆にするようになりましたけど。
今はそうですよね。
まず香りを嗅ぐときゅーとかしたりとかね。
僕もあれ最初できなかったんですけど。
やめたらかっこいいからなんてね。
菊崎氏になった時は。
あなたはガブガブ飲んでるだけでしょ。
血液が日本酒にならなきゃいけないんだから。
今はもう、
日本酒造りの伝統と革新、そして家業への決意
和木さんが逆に人に影響を与えている存在の方じゃないですか。
そんなことない。
それについてはどう感じていらっしゃいますか。
逆に今。
完全にあなた影響されてるもんね。
されてますね。
今は田崎さんと同じ立場に立たれていると思うんですけれども。
とてもそんな田崎さんのようなお立場ということは全くないんですけれども。
ただ私もクラウツイで20年経ちますから。
どんどんどんどん若いプレイヤーがね。
今醸造家として新しく入ってきてますから。
そういう方たちに何かしか教えられればというふうに思っているんですけれども。
それはやはり千金の得意とする伝統的なね。
特に江戸時代の製法みたいなものはもっともっと皆さんやったほうがいいと思います。
何でかっていうと。
今の即浄っていう作り方。
近代的な作り方だと。
すごい再現性が高くて美味しいお酒できるんだけど。
結構個性を失いがちなんですよ。
それぞれの個性をやはり如実に出すには。
木本であったり。
さらには公募に頼らないお酒作りっていうのがいいかなと思います。
その辺を伝えていければと思ってますけれども。
ちょっとマニアックな話になっちゃったけどね。
土田酒造の土田社長さんが出ていただいたときだっけな。
例えば木本山肺。
木本の方が当然作業は多いし大変なんだけど。
でも山肺よりも木本の方が結果としていい結果が出るみたいな。
リカバリーも木本の方がしやすいっていう話も以前実はしてて。
そういったところにご意見いただけたらと思うんですけど。
千金の場合は山肺ってやってなくて。
それこそ20年近く前にワンシーズンだけ作ったぐらいなものですから。
あまり感触としてほとんど覚えてないものですからね。
あまり比較のしようがないんだけれども。
酒屋番流っていう言葉がありますから。
同じ木本でもそれぞれの酒蔵によって全然流派が違ったりやり方が違うんですよ。
ですから土田さんがどういうお作りされてるかってのはちょっとわからないんですけれども。
土田さんの醸造方法だとおそらく木本の方がいろんな意味で優位性があるんでしょうね。
作りやすいとかお酒が綺麗になりやすいとかね。
木本だとやっぱり一番最初にエッセイサイでやったのが
例えば第一の10何年前ですか。
飲ませていただいてで丸いてその後山肺で手に取りやすかったのは菊姫。
こんな酸っぱくできるんだっていうのが
日本酒に触れ始めた頃の印象なんだけど
今の木本だ山肺だなんてもうね
旨味と香りと柔らかさと
本当にこれあのお酒出しと同じ作りしてんのみたいな
そこらへんのほんとに技術がどんどんどんどん上がってんだなと思ってるんですけれどもいかがでしょう。
今ねお名前の出た山肺の菊姫さん
これは僕も25年くらい前かな東京に住み始めて
飲んで美味しいなと思った菊姫さんと
あとは天狗舞さんから山肺ってねラベルに書いてあって
なんて読むんだろうって最初思いましたけども。
坂倉ご出身でも。
今お名前の出た双倉って名前は石川県ですから
その野党当時のやり方スタイルなんですよ。
これどっちかっていうと熟成の軸に持っていくスタイルなんで
さっき平田さんがおっしゃった酸味とか
どっちかっていうとフルボディですごいコクがある作り方をされる。
でもこれ現代の作り方に置き換えると
綺麗に作ろうと思えばお酒はいくらでも綺麗になってくれるので
山肺とてクリアですごい軽くて
っていうタイプも作ろうと思えば作れるんですよ。
熟成期間を置かなかったり
出来上がったお酒をすぐに瓶に詰めるとか
あとは麹を使う量を減らすとかね
要はアミノ酸を減らすっていうことなんですけれども
軽くしようと思えば日本酒っていうのは軽く作れるし
重くしようと思えば重い設計で作ればそうなっていくと
ですからキモトとか山肺っていうよりも
どちらかというと最初のレシピかな設計図
これで重い軽いとかね決まっていくんですよね実は
そう今のお話も深く思い出すんですけど
僕も実は足立の柿沼さん実家が近くて
通い始めていろいろお酒今の柿沼寮社長にね
いろいろ教えていただきながら
例えば十四代広木自己温伝習とかって
プレミアムされてるような酒蔵と
何が違うんですかって聞いたとき
もう製造責任者のセンスだよね
やっぱり今おっしゃった設計図最初の
そこでどこに持っていくかっていうところと
あと多分ご自身のお蔵で使ってる水だとか
当然周りの鉱物だとかね
そういったことも含めて始め設計図をどう作るか
っていうことがやっぱ重要なんだなっていうのも
ちょっと今思い出したんですけど
そういうことですよね
そうですねお料理なんかもそうだけれども
今ほら世界中で健康志向というか
例えばフランス料理だって
バターをふんだんに使った
濃いフランス料理のソースって
今ほとんどないわけですよ
これはもうすごい重心が軽い
すごいライトな料理に
世界中のお料理がなってきてるわけで
これ要するにそもそものレシピっていうか
設計が変わってるわけですね
そうですね
日本酒も一緒です
使うお米とかそういうスペックよりもね
一番最初にどういうレシピを作るかということで
大きく日本酒っていうのは変わっていきます
そこに肉付けしていくんですよ
米をどれぐらい磨こうとか
アルコール度数何パーセントにしようとかね
ですからモダンなレシピを作れば
ちょっと今時っぽい酒になるし
未だに固くなりその30年40年前のレシピで
勝負されている酒蔵さんもいるわけで
そこにはそういうニーズも当然あるわけですから
ありがとうございます
こういう話なかなかね
そうできないですよね
ありがとうございます
ちょっと戻しますけれども
ワインスクールで講師を務める経歴も
終わりだとかかかったんですけれども
そうですね
日本ソムリエスクールというところに
大学を中退して
中退して
ワインにハマっちゃったもんですからね
ワイン沼にも
すぐに働きたくて
そもそもワインバーで働いていたっていうのもあって
これはもうワインで勝負しようっていうかね
ワインで生きていこうと思って
まずはその学校に入ろうと思って
日本ソムリエスクールというところに入りました
生徒として入ったってことですか
そうです
そしてそこを卒業して
そのままそこの会社に就職をして
日本ソムリエスクールの講師として
その後働いていくという流れになっていったんですね
何年くらいそれをなさってたんですか
3年
3年
23、4歳くらいまで
そうですね
でその日本収に戻るというか
下業を意識し始めたきっかけなんかも
聞かせていただけるとありがたいんですけれども
その当時の上司に
あの時代はね
本当に何でもありの時代だったんで
毎日飲みに連れて行かれて
嫌でも断れないんでね
ある日ね
それこそ北区東十条に
天ぷらの名店があるんですよ
そうですね
今ちょっと映っちゃいましたけどね
そうですね
今場所変わってしまいましたけど
そこに先輩に連れて行かれて
いいお店だから
せっかくだから
お前の実家の千金も何本かちょっと持ってこい
って言われまして
千金を持参して
そのお店の大将に飲んでいただいたわけ
そうすると
その大将首を傾けるわけですよ
あの顔はね
今でも忘れないんだけど
どう見てもまずいっていう顔してるわけ
そして
スッてその後に出してきたのが
福島県のヒロキという名酒ですね
当時ね
ほらワイン系統してましたから
日本酒は本当に実家のお酒ぐらいしか飲んだことなかった
あとは上京してから
石川県のね
山肺の
酒を出てた
はい
そういったお酒は少し飲んでましたけれども
ヒロキを飲んだ時に
実家のお酒とあまりにも違うので
日本酒ってこんなおいしいんだ
思いました
逆に言うと
実家のお酒こんなおいしくなかったんだ
なんでも比較ですね
比較しないとよしよしがわからない
ご自身でも自信を持って進められないような味だったということですか
はい
その当時の先金さんのお酒ってどんな感じのお酒だったんですか
酒質だったりとか味わいとか
コンセプトがあるようなお酒じゃなかったかな
どちらかというと
大衆酒と言いますかね
普通酒と呼ばれる
お値段がちょっと安めのね
そういうお酒が多かったんだけど
それがきっかけで
実家の今の状況みたいなのを聞いてみるとね
やっぱりあんまり良くないと
帰ってきてもらえるとありがたいという
父の言葉もありまして
ヒロキを飲んだ感動をきっかけに
実家に戻るという決意をここでね
するわけなんですけれども
やっぱりその天ぷら屋さんの対象の
悔しかったですか
いや悔しさというよりは衝撃だった
衝撃
ヒロキの美味しさと実家のお酒のまずさの
ダブルパンチが衝撃でした
逆にワインいろいろ飲んで
これは美味しいワイン
衝撃を受けた日本酒との出会いと、家業を継ぐ決意
例えばコルクが腐っちゃったりとか
これ全然ダメだなとか
ということはもう分かっていた上で
いろんなリバレッジのある飲料の
それ分かった上で
事務所の要求もっと頑張ってくれないとなみたいな
そうですね当時はね
ソムリエスクルってもう
いい時代だったんだと思います
今みたいにそんなに
ブルゴーニーのワインとかも高くなかったから
シャンパーにも叱りですけれどもね
当時は10種類以上毎日
テイスティングずっと
それがもうほぼ365日やってましたからね
3年間
それはすごい積み重ねですよ
今だったら数万円のお酒もその中には
毎日飲めてたわけですもんね
いや本当その通り
ですから当時のことを知っちゃってるから
ワインショップに並んでるワインなんか見ました
この銘柄この作り手今こんな値段になってるんだ
みたいなのは
有名銘柄で
僕ね2011年か12年くらいかけ玉さん通ってんですけど
オーパーサウンド買うじゃないですか
15年くらいはやっぱ
2万円台で買いましたもんね
あの頃でも
買いましたね
今もう5万超えてますよね
ヴィンテージによってはね
もっと全然手の届かない
価格にもなってますしね
あとワイン安とかのね
1.5倍になってるしとかね
その家業を継がれるっていうところで
いろんな日本酒とかも
じゃあそっからは結構飲み始めたっていう形だったんですか
実家に戻ってからは結構勉強しましたよ
日本酒
日本のお酒
なるほど
飲みました
その中で特に忘れられないお酒との出会いだったりとか
なんかありましたか
これはね
やっぱり自分の蔵本人生というか
そうですね
佐紀の今日の一言:ワインソムリエとは
今はスーパースターですけれども
秋田県の荒正
その中でも山湯っていうシリーズが
今あるのかな
今見ないですね
12くらいまででよく見ましたけど
ですから
これはブルワリーヤだと19BYだったかな
19BY
記憶してますけれども
これを飲むときにこれはかなわねえなって思いました
それぐらい衝撃的な味だったかな
山湯
見たことないな
あそこはもともと佐藤宇之介商店さんが名前で
山湯っていうのが野号だったのかな
それがゆうすけさんの湯にして
あそうなんだ
のはずでした
だからこの山にカタカナで湯
だからもともとは多分山湯っていうのがだったような気が
平成19年って2007年くらい
11年生まれなので
平成11年生まれ
そうです
たす8
わかんねえや
算数が全員苦手ということですね
だんだんもういろんな濃い話を聞いて
全然15分で終わりますから
全然20分超えたって今だよ
髪が
実はこの後打ち上げもあるんで
ゆっくりチャチャチャって進めないとですね
そうですね
実はこの後打ち上げで
ひろきさんの代表もございます
やったー
正規者どこに回せばいいのかなと思ってるんですけれども
素敵な話たくさん聞けました
本当にありがとうございます
ありがとうございます
今回は株式会社センキン
政務取締役の薄井和樹さんに
今のお仕事や人生に与えた出来事
人との出会いなどについてお話を聞いてまいりました
次回は仕事のやりがいや
日本主義業界をどう盛り上げていきたいか
などについて詳しく聞いていきたいと思います
どうもありがとうございました
ありがとうございました
さきの今日の一言
このコーナーでは
さきが気になる
さきに関するワードをピックアップし
それについてゆるく簡単にトークするコーナーです
今日の一言は
ワインソムリエ
今回は日本酒のことではなく
ワインについてゆるーくトークしていきます
まずソムリエって何?
っていうところなんですけれども
簡単に言うと
単にワインに詳しい人というわけではなくて
知識と味を見る力
そしてサービス力
お客様に伝える力が揃った人
という感じなんですね
日本で一番王道とされている資格の一つが
日本ソムリエ協会のJSAソムリエ
ただしこのJSAソムリエは
誰でもすぐ受けられる資格ではありません
2026年度の情報では
受験するためにいくつか条件があります
まずソムリエの職務が本職であり
全収入の60%以上をソムリエの職務から得ていること
さらに実働月90時間以上で
通算3年以上その職務に従事している必要があります
またJSA会員歴が2年以上ある場合は
必要な実務経験が通算2年以上になるそうです
ということで実務経験や会員歴など条件を満たしていないと
受験することもできないんですね
ソムリエになるのもなかなか難しそうです
でもその分ワインの世界って
とっても奥深いんだろうなと思います
日本酒とはまた違った魅力がありそうなので
いつかワインについても勉強してみたいです
以上さっきの今日の一言でした
番組の締めくくり
さて縁も竹縄ではございますが
このあたりでお開きといたしましょう
感想はXでハッシュタグ酒の道をつけて投稿していただくか
YouTubeや清沢くんFM公式ホームページでも
皆さんからのお便りやコメントお待ちしております
それではまた次回
またねー
21:30

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