1. 酒の道〜日本酒の聖地から〜
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#27-1:薄井さんの原点を深掘り!
2026-06-03 19:34

#27-1:薄井さんの原点を深掘り!

ゲスト株式会社せんきん11代目蔵元 薄井一樹さん

■内容

トークテーマ:幼少期や学生時代など薄井さんの原点を深掘り!

コーナー:さきの今日のひとこと


ゲスト: 薄井一樹さん

栃木県さくら市の酒蔵「せんきん」11代目蔵元。

1980年、栃木県さくら市生まれ。1806年創業の老舗蔵に生まれながら、いったんはワインの道へ進み、日本ソムリエスクールで学んだのち講師も務められました。

その後、家業である蔵に入り、ワインで培った視点を活かしながら、現代の食や感性に寄り添う日本酒づくりに挑戦。

業界でタブー視されがちだった“「甘味」と「酸味」を軸とした味わい”を打ち出した「仙禽」で注目を集め、いまも栃木県さくら市の風土を生かした酒造りや、「江戸返り」をかかげた取り組みを進めていらっしゃいます。


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サマリー

今回のエピソードでは、株式会社せんきんの11代目蔵元である薄井一樹さんをゲストに迎え、彼の原点に迫ります。幼少期や学生時代、そしてワインの世界から日本酒造りへと進むまでの道のりについて語られました。特に、ワインで培った経験が現在の日本酒造りにどう活かされているか、そして日本酒の魅力や国際的な評価について深く掘り下げました。また、栃木県の酒蔵の数に関するクイズも出題され、番組は和やかな雰囲気で進行しました。

ゲスト紹介と薄井さんの経歴
酒の道 日本酒の聖地から
こんにちは、パーソナリティの平田勝です。この番組をお酒にまつわるゲストを招きし、お酒の道を歩むストーリー、お酒のあれこれを深掘りしていく番組です。
アシスタントの佐紀さんと共にお送りします。 佐紀です。よろしくお願いします。
さて、第27回目のゲストは、日本酒業界の超大物にお越しいただきました。株式会社センキン・センム取締役の薄井和樹さんにお越しいただいております。本日はどうぞよろしくお願いいたします。
はい、株式会社センキンの薄井と申します。今日はどうぞよろしくお願い致します。
それでは佐紀さん、簡単にゲストのプロフィールのご紹介をお願いいたします。
はい、栃木県桜市の酒蔵、センキン11代目蔵元・薄井和樹さん。1980年、栃木県桜市生まれ、1806年創業の老舗蔵に生まれながら、一旦はワインの道へ進み、日本ソムリエスクールで学んだ後、講師も務められました。
その後、家業である蔵に入り、ワインで培った視点を生かしながら、現代の食や感性に寄り添う日本酒造りに挑戦。業界で多分視されがちだった甘味と酸味を軸とした味わいを打ち出したセンキンで注目を集め、今も栃木県桜市の風土を生かした酒造りや江戸帰りを掲げた取り組みを進めていらっしゃいます。
薄井さんと番組パーソナリティ・アシスタントとの交流
平田さん、プロフィール紹介を読んでるだけでなんかもうワクワクしてきましたね。
本当にね、今日は逆にドキドキしてて、佐紀さんの薄井さんに対する好きが前に出すぎるので、失礼。本当に連絡取ってて失礼なかったですか?大丈夫ですか?
大丈夫です。
大丈夫ですか?
ありがとうございます。
薄井さん、そういった日本酒ファンの方に囲まれる時もあると思うんですけれども、この間も5月の学場会の回でもお会いしてるって聞いてまして。
そうなんですよ。
本日は栃木さんがトークイベントのゲストとしてご登壇されていて、ちょっと軽く挨拶させていただいたんですけども、気持ちが舞い上がりすぎて、結局挨拶らしい挨拶はできてなかったっていう。
いつお呼びできるかなみたいな、ずっと言っておりました。本日はどうもありがとうございます。わざわざお越しいただきまして。
いやいやいや、何でもないです。貴重な機会ありがとうございます。こちらこそ。
ありがとうございます。あれですよね、栃木さん、実はサキラボ東京さんの10周年イベントの時にも取材させていただきましたね。
そうか、そこでちゃんとお会いしてるんだけど、ちゃんと印象残ってるかなってドキドキしながら。
印象残ってますよ。
そうですよね。
残りますよ。
結構影薄い方かななんて。
いやいやいや。
あそぶりだよね。
私、それこそ去年の菊崎市ですね、取得の時にセミナーの講師の方としてもいろいろ教えていただいて、どうしようちょっと日本語がおかしくなっちゃう緊張しすぎて。
菊崎市の時は今どの部門のセミナーをお持ちなんですか?
私は醸造ですね。
日本酒の原料と醸造というところのパートをやらせていただいております。
洗って米麹作ったりだとか蒸したりだとかそういうことですよね。
そうですね。
いろいろお水のお話について結構熱を持ちながらお話されてたなっていう印象がありました。
その時も風の森さんとのお話の比較だったりとかされてましたよね。
そうでしたね。
はい。
学上会さんのイベントとかぶりますね、それね。内容がね。
いやでもそれだけお水って大事なんだなっていうのは感じました。
風の森さんすごい高度高いんですよね、日本の中で。
そうなんですよ。
千斤とうちと比べますと8倍ぐらい。
8倍。
すごい高いのでね。
200いくつ?200いくつとかでしたっけ?
そうなんです。250、60だったかな。
それぐらい違うとね、本当にそれぞれのお酒の設計が全然変わってくるんで、比較対象しやすいかなと思いまして。
また私話聞きたいぐらいですけれども、ちょっとどんどん進めていきます。
頑張っていきましょうか。風の森頑張れ今日は。
頑張ります。
薄井さんの過去の居住地と酒蔵との繋がり
実はかずきさん過去に鬼託にお住まいだったっていう噂をちょっと聞いたんですけれども、これは本当ですか?
本当どころかもう鬼託大好きですよ。
ありがとうございます。
鬼託のどのあたりにお住まいだったんですか?
東十条というところにね、全職の会社がありましたんで、その辺に住んでおりました。鬼託は日本酒の聖地ですから。
ありがとうございます。
嬉しいですね、平田さん。
あれその頃は、言ってもいいですよね、SSIが一番最初に創業してたのは東十条。
そうですね、あの辺に東十条の一つ前が上中里だったかな。
どっちでも鬼託ですよね。
そうですね。
堀船が長くて、10年ほど前に笠賀の広井。
はい、小石川ですね。
移られたということで。
はいですね、あと鬼託といえば三増酒店さんだったりとか、あと酒ラボ東京さんとかも、よくうすいさんのYouTubeとかにも出てらっしゃいますけれども、どうですか?鬼託って結構いらっしゃいますか?
そうですね、今となっては、さっきおっしゃったSSIさんもね、移転されちゃいましたんで、月に1回ぐらいでしょうか。
酒ラボのかいさんとかみますさんとはね、本当によく普段からお世話になってますのでね。
よく栃木に来ることが多いんですよ。酒ラボさんもみますさんもね。栃木で会ってる方が多いんじゃないかな、鬼託よりも。
そうなんですね。
よく蔵まで来ていただくんですけれども。
2月か3月に皆さんで醸造体験みたいなこともなさってますよね。
そうですね、SSIさんがね、開催して、酒蔵体験みたいなイベントを組んでいただいたりとか、そういったイベントごとでない限り、うちは鬼託って実はやってないもんですから。
じゃあそのタイミングで来年あたりは、ぜひお伺いできればと思っております。
はい、ぜひぜひ。
これからだと田植えとかも。
田植えは6月に開催しますので。
なんと、タイミングいいんじゃないですか。
これまだ申し込み中です。でもこれ放送が6月なのでちょうど今、もしかしたら田植えしてる頃かもしれないですね。
そうですね。
そうですね。放送の頃には、親の頃には。
そうですね、私たちも田植えできたらいいな。
日本酒との出会いと魅力
さてさて、和木さんが初めて日本酒を飲んだときって、どんなご感想だったんですか。
ちょっと淡い思い出なんだけれども、体にスーッと浸透していくようなね、おいしいっていう感じではなかったんですけれども。
えー。
まあこう、体に馴染んでいく。
うんうんうん。
まずいですね、そんなたくさん飲んでるわけじゃないのに体に馴染むなんて。
でも確かに浸透するっていうのは、確かになんか、あーわかると思いながら今聞いちゃいました。
特に私、1杯目がなんかすごい染み込んでくる感じがします。
やっぱ日本人ってお米が主食じゃないですか。お酒も多分米からできてるから、なんか多分合うんでしょうね。
なんか血に染み込んでくるっていうか、わかりません?なんか。
昔川城直美さんが、私の血液半分ワインよ、みたいなことね。
佐紀さんもその時、血液日本酒なんじゃないかな、佐紀って言うぐらいですから。
そうですね、海外だと酒は佐紀って言いますもんね。
ちなみに和木さんが思う日本酒の魅力って何ですか。
わかりやすくね、日本人がずっと積み重ね、紡いできました伝統工芸品ですからね。
これはやはり国際的に名刺代わりになるというかね。
社交的な場で日本酒を出せば、その日本の文化に通ずるようなね。
そんなツールであるかなというふうに感じてます。
確かに日本酒は国酒ですからね。
どなたかもおっしゃってましたけど、国の名前がついたお酒、アルコール飲料って他の国やっぱないですもんね。あるのかな。
いや、ないでしょうね、おそらくね。
海外でもジャパニーズ佐紀だし、日本酒って日本国内でも言われてるので、日本人が世界に胸を張れる。
そうですね。それこそあれですよね、私たちのプロデュースのビャッコが海を越えてフランスでクラマスターで表彰されたじゃないですか。
この間クラマスター、我々2種類観光協会とプロデュースしまして、第2弾の起場酒のビャッコが純米酒部門でプラチナを先日いただきまして。
それはそれはおめでとうございます。
ありがとうございます。海を越えて日本酒が評価されるっていうのはまた嬉しいですよね。
しかもクラマスター、審査員がもうみんなフランス人中心ヨーロッパの方だということで。
そんな方に評価していただけるなんて。
選挙さんは輸出を今なさってるんですか。
そうですね、20カ国ぐらいかな、貿易の方はやっております。
全出荷量何パーぐらいでしょう。
うちはね15%を絶対上回らないように。
上回らないように。逆にもっと出してくれって要望は今どんどん来てたりするんですか。
ありがたいことにねそういうお声いただくんですけれどもね。
世界中で何が起きるかわからない時代ですから。コロナっていうのを経験してますからね。
あの時はもう船が止まるんですよ。
なるべく輸出量っていうのは大きく増やしすぎないというのがうちの考え方でありましてね。
そうすると逆にそっちに依存しちゃうと経営もなかなかジェットコースターにとりあえずは国内消費していただくっていうところが。
はいおっしゃる通り。
今もねちょっと石油がイランで止まっちゃったりとかそういったことですよね。
自分たちがコントロールできない部分でありがとうございます。
それでは本編に入っていきたいと思います。
幼少期から学生時代、そしてワインへの傾倒
日本酒会話に新たな風を吹き込んだ和木さんの酒の道。早速幼少期から聞いていきたいと思いますがどんなお子さんだったのでしょうか。
えっとね子供の頃はねあの他人の目というかね人にどう見られているかっていうのを気にするようなそんな子供だったなというふうに思い出しますけれども。
今と逆だな。
でもメディアでいろんなところでもねどんどん出てらっしゃるから。
意外となんかこう引っ込み事案だったとかそういう感じですか。
僕3人兄弟の長男というのもあるんですけれども下に弟が2人おりますから弟たちの行動を常に監視しながらというかね。
いいお兄ちゃんだったんですよ実は。
でも今もなんか。
今でもいいお兄ちゃんじゃないんですか。
昔にねそうやってあの狩りを作っておくことで今弟が一生懸命おいしいお酒を作ってくれてますからありがたいですよ。
喧嘩とかはなさんなくてやっぱ3兄弟だと年齢はどれぐらいの差ですか。
3つ3つ違いです。
そこそこ近いと喧嘩とかはなさんなかった。
ありましたよありましたけれどもね大人になってからする喧嘩違いますから今はもう気を使ってなるべく喧嘩しないように弟を立てていいお酒を作るためにですね。
さすがです。
長兄として。
ちなみに学生時代はどんなふうに過ごされていたんですか。
なんかすごく面白いあの事前アンケートの回答がたくさんあるんですけれども。
なんか高校生時代が学校に行かずに遊んでたっていうご回答いただいたんですけれども。
なんか全然そんなふうなイメージなさすぎて。
これはどういうこと遊んでたっていうのは本当になんかゲーセンとかテニス行ったりとかってことですか。
まあそうですね。
ちょっとね学校が離れてたんで宇都宮っていうところにあってね。
なんかもう田舎から出たくて電車で宇都宮に行ってそのまま学校に行かずになんかいろんなところに遊びに行っちゃうみたいな。
まあそういうのいてすいましたよね。
でもちゃんと高校卒業なさって大学卒業できるだけでちゃんとそれなりに行ってたっていうことだとは何のフォローだこれ。
大学生時代が早く自立したく働きたくバイトに明け暮れてたっていうふうにご回答いただいてるんですけど。
うっすいさんが何のバイトしてたとかめっちゃ気になるんですけど何されてたんですか。
これはねあのワインバー。
かっこいい。
完全にワインその頃。
そうなんですよこれがねきっかけでねもうドツボにハマってしまいまして。
次回その話はゆっくり聞くんですけど。
大学でワインバーですか。
ワインバーなかったな。
大学はお酒関係の大学ですか。
いえいえ地元の大学だったんですけれどもワインの方にそれでハマってしまったもんだから学業がおろそかになりましてですね。
ワイン経験と日本酒造りへの影響
ワインバーで働かれててどんどんワインにハマっていったということなんですがそのワインバーでのご経験だったりだとかそれが今のお酒作りとか人に向き合い方だとかなんか今に生きてるものとかあったら教えていただきたいんですけれども。
今のねあの先近の出資設計に実は大きく関与してますね。
ワインの考え方っていうのがこう日本酒全然違う醸造酒なんですけれどもね。
大いに原料の部分とかあとは最後出来上がった後の飲み方ねこれやはり適したサービスをすることによってもっともっと広めることが可能になっていくっていうその点はね大変勉強になったかな。
そうですよねだからあの僕らがそのバブル後90年代とかどんどんどんどん日本酒が嫌われていったじゃないですか。
全然オシャレな飲み物今だいぶねあの本当ずいさんみたいな方がいろんな発信をされてあのオシャレにスタイリッシュに日本酒飲める時代にやっとなってきたっていうそんな感じですよね。
そうですねあのやっぱり時代によってねあの見え方とかその価値って変わっていくと思いますからね。
今は日本酒にとって本当に輝かしい良い時代になったなというふうに思いますけれども。
本当にあの六本木ヒルズでクラフト酒ウェイクとかねあんな東京のど真ん中で日本中の酒蔵さんが10日間で100何からも集まってすごいですもんねああいったこともね。
考えられなかったですよ四半世紀前はね。
そうですよね僕らが本当酒飲み出した頃なんかは逆に焼酎ブームでどんどん日本酒がねあの頃は。
そうでしたね。
2000年頃はそうそうそうでその後ハイボールブームになっていったりだとかそんな時代でしたね。
はいありがとうございます。
株式会社先金の専務取締役薄井和樹さんに幼少期から学生時代についてお話を伺ってまいりました。
次回は現在のお仕事につながる影響を受けた人についてなど詳しく聞いていきたいと思います。
どうもありがとうございました。
ありがとうございました。
さきの今日のひとこと:栃木県の酒蔵数
さきのきょうのひとこと。
このコーナーではさきが気になる酒に関するワードをピックアップしそれについてゆるく簡単にトークするコーナーです。
きょうのひとことは。
栃木県の酒蔵。
突然ですがみなさんにクイズです。
栃木県にはいくつ酒蔵があるでしょうか。
1.25蔵。
2.30蔵。
3.35蔵。
さあみなさんどれだと思いますか。
ちなみにこの数には焼酎を醸造されているお蔵さんも入れています。
それも踏まえて考えてみてください。
あと5秒。
5
4
3
2
1
みなさん決まりましたか。
正解は2番の30蔵でした。
関東圏内にあって東京からも新幹線で1時間ちょっとで行ける距離にこんなにたくさんの酒蔵さんがあるなんてびっくりですよね。
例えばですが以前ミマス祭りのときに取材させていただいた朝日酒江の佐賀酒蔵さんや、
鳳凰美殿の小林酒蔵さん、
四季桜の薄宮酒蔵さんなども栃木の酒蔵さんです。
酒蔵見学を受け入れている蔵もあるみたいなので、
ぜひみなさん餃子を食べるついでに酒蔵さんに立ち寄るなんて酒飛びもいかがでしょうか。
今回のクイズは日本酒造組合中央会さんのサイトを参考にさせていただきました。
以上、さきのきょうのひとことでした。
エンディング
さて縁も竹縄ではございますがこのあたりでお開きといたしましょう。
感想はxでハッシュタグ酒の道をつけて投稿していただくか、
youtubeやすよさくんFM公式ホームページでもみなさんからのお便りやコメントお待ちしております。
それではまた次回、またねー。
19:34

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