1. 近藤淳也のアンノウンラジオ
  2. #08 25歳で理学療法士からスタ..

現在25歳の荒川大晴さんは、大学卒業後に理学療法士として働いていたものの1年でキャリアチェンジしIT業界へ。そしてここ数ヶ月では沖縄でバーの店長に。キャリアチェンジの理由や、なぜ様々な分野を経験しようと思ったのかを伺いました。後半では近藤さんへのお悩み相談も。


【ホスト】
近藤淳也
株式会社OND代表取締役社長、株式会社はてな取締役、UNKNOWN KYOTO支配人、NPO法人滋賀一周トレイル代表理事。トレイルランナー。ときどきカメラマン。 2001年に「はてなブログ」「はてなブックマーク」などを運営する株式会社はてなを創業、2011年にマザーズにて上場。その後2017年に株式会社ONDを設立し、現在もITの第一線で働く。
https://ond-inc.com/

【UNKNOWN KYOTOについて】
築100年を超える元遊郭建築を改装し、仕事もできて暮らせる宿に。コワーキングやオフィスを併設することで、宿泊として来られる方と京都を拠点に働く方が交わる場所になっています。 1泊の観光目的の利用だけではなく、3泊〜1ヶ月以上の長期滞在される方にも好評いただいています。
web: https://unknown.kyoto/

【おたより募集中】
メッセージや質問などを募集しています。こちらからお送りください!
https://forms.gle/rSjtTesStpe4s3BW8

Summary

去年の夏、荒川さんが理学療法士から飲食とIT業界に挑戦するために京都から沖縄に移住しました。彼は25歳で、自分の道になかなかたどり着けなかったため、様々な業界に挑戦しました。しかし、運命的な出会いや自己啓発の経験を通じて、新しい仕事に挑戦する勇気を得て、現在は新しいキャリアに頑張っています。荒川さんは、自分が育てた人の成果を重視し、無償で他人を育てることに興味を持っています。彼はノーコードのアプリ開発を行い、コミュニティ形成を目指しています。彼のエピソードを通じて、荒川さんが様々な業界に挑戦する理由や滋賀県を盛り上げる活動について考察されています。また、IBSクリプトのカンファレンスでの体験を通じて、若い世代のNFTコレクションへの関心とエンターテイメント性について感じました。IBS本体とIBSクリプトの並行開催やNFTコレクションのコミュニティ感が大きな印象を与えました。絵のコンテストで優勝した絵はAIが描いたものであり、AIの進化によりクリエイティブな分野においてもAIの存在感が高まっています。しかし、人間の軸や信念を持つことが重要であり、若い人たちの共通の悩みとしても存在します。荒川さんは大学で理学療法士を学び、カメラマンとして働いていましたが、やりたいことが見つからずに挫折を経験しました。しかし、HATENAのブログサービスを立ち上げることで、人々に影響を与えることができる喜びを感じ、自分のやりたいことに近づいていることに気づきました。荒川さんは、25歳で理学療法士からスタートアップの世界に飛び込みました。沖縄でのスタートアップシーンやコミュニティの重要性について語り、自身の事業のアップデートや新しい興味の追求に取り組む姿勢を語っています。荒川さんの話から、理学療法師からスタートアップの世界に挑戦する苦労が垣間見えます。そして、彼は日記を通じて自己理解を深めることができると語ります。彼はコミュニティの中で人の人生が変わる瞬間を見ることが幸せだと感じています。

Table of Contents

荒川さんの人生の転機
近藤淳也
(♪ BGM)
(♪ BGM) 近藤淳也の
(♪ BGM) アンノウンラジオ
(♪ BGM)
こんにちは
えー 今日のゲストは
荒川大晴さんです
荒川大晴
よろしくお願いします
近藤淳也
よろしくお願いします
はい
えー 荒川さんって誰でしょうか
桑原佑輔
(笑い声)
近藤淳也
感じですけど はい
荒川大晴
じゃあ 簡単に
そうですね 自己紹介させてもらってもいいですか?
荒川大晴と申します
今25歳になりました
今は実は沖縄に住んでまして
で月に1回関西に帰ってきているって形になってます
で沖縄では今のawabarっていう沖縄にあるバーの店長をさせていただいたり
個人を立ててノーコードでのアプリ開発を行わせていただいたりしています
近藤淳也
はい
アンノーンとの関係はどういうきっかけだったんでしたっけ
先月ぐらいに初めて来てもらって会いましたよね
荒川大晴
本当に元々ここに今隣におられますけど、桑原さん
近藤淳也
そうだ、それちゃんと紹介しないと
荒川大晴
はい、ONDの桑原です。よろしくお願いします
桑原さんとお会いするというか連絡するきっかけがあって
その時にこのアンノウン京都の話が出た時に
実は僕もともと1ヶ月ぐらい万水で住もうかなと思ってた場所だったんですよ
近藤淳也
へー
荒川大晴
でそこのスタッフもともとされてたっていうので
あ、もうぜひ1回行ってみたいですっていうのが先月の話です
近藤淳也
そうなんや
そもそもは何で知ったんですか?
荒川大晴
それは友達に伺ったんですよ
友達がすごいこの五条にすごい万水のところがあって
一緒に来ないみたいな話になった時に
ちょうど僕も移住する手前の時期やったんで
その家を手放す時期を結構悩んでたんですよ
近藤淳也
家を手放す?
荒川大晴
手放す、契約が解除の時期だったので
1ヶ月ぐらい開いてしまう
沖縄で開いてしまう時期だったんで
沖縄にも先行ってしまうか
それとも京都でそういうマンスリーの場所探すかって迷った時期に
それとも友達に話したら
ここめちゃくちゃいいよって言ってくれて
それは誰なんやろ知ってる人?
それは僕知らない人やと思います
女性のすごい良い方なんですけど
その方も使ってくれてる方ですか?
コアワーキングスペースは来たことあって すごい雰囲気が良くて
自分も行ってみたいって感じだったんですよね
なら一緒に行くみたいな話だったんですけど
ちょっと僕が沖縄に先行くことが決まっちゃったんで
そのマンスリでは泊まれなかったっていう
近藤淳也
じゃあ来てもらう前から知ってて
荒川大晴
そうです
ちょっとそのモヤモヤが残ってた時に 桑原さんとお会いして
アンノーンのこと聞いたんで
近藤淳也
これはなんかの運命やなと思って 行くしかないってなりましたね
なんか前回なんか若者たちでなんかやってましたよね
荒川大晴
そうなんですか
近藤淳也
あれはあれは何
荒川大晴
あれは別の仕事で
会社の企業別の企業の方から
コミュニティーの運営の方を
ちょっと一時期お任せされされしてた時がありまして
そこで自分の後輩たちのそのコミュニティーが
今75人ぐらいですかね
のメンバーのうちの京都に住んでる何名か5名ぐらい
自分の後輩をせっかくなんでオフ会みたいな形で
使用させてもらえたらなあっていう形で 一緒に来たっていう感じですね
近藤淳也
それでなんかね あのソファのところで
荒川大晴
あ そうですそうです
近藤淳也
わちゃわちゃと
荒川大晴
わちゃわちゃ
近藤淳也
なんか楽しそうに若者たちが喋ってるなって
なんかたまたま日曜日かなんかで
荒川大晴
そうですそうです
近藤淳也
なんか物置に来たよね僕が
荒川大晴
はいはい
近藤淳也
ほんでなんかね 初めてお会いした時は
なんかみんなで楽しそうに話しててっていうのが 初対面でしたけど
荒川大晴
僕もオーナーさんに会えるとは思ってなかったので
いやいやいや
はい でまぁそこでちょっと立ち話して
近藤淳也
今度よかったらラジオでもって 今に至るっていう
荒川大晴
ちょうどIBSのバッグを持っておられたんですね
ちょうど沖縄でそのIBSって
IT関係のスタートアップのピッチがあったんで
近藤淳也
そのここで結構お話が共通点が見つかって
荒川大晴
IBSやと思いながら
近藤淳也
逆にあのカバンそんないつも持ってわけじゃなくて
たまたまの日持ってて
でもしかもそれをパッと見てすぐに言ってくる人も珍しいから
荒川大晴
確かにそうですから
あまりいないと
近藤淳也
何者って思って
そうなんですよ。 定型があって、今この場に座らせていただいているという形ですね。
今日はこのために来てる?
荒川大晴
もちろんもちろん。このために。
近藤淳也
沖縄から?
荒川大晴
沖縄から来ました。
近藤淳也
ありがとうございます。
えっと、なんか気になるワードはポンポンと出てきてますけど、
どうしよう、順を追っていきましょうか。
そうですね。
フリー、なんか。
荒川大晴
フリートークみたいな形で。
近藤淳也
いやいや、なんかこう、ちょっと昔から遡って、こう、荒川さんの人生を。
荒川大晴
ですか、そんな自分語りしても。
近藤淳也
もちろん、そういう企画なんで。
京都から沖縄への移住
荒川大晴
本当ですか。
多分、僕、結構全然違う道をもともと歩んでいて、
2年前までは、その頃京都に住んでたんですけど、
実は僕は理学療法師というリハビリの仕事をしてたんです。
今ではもう本当にITと飲食とも関係ないんですけど、
リハビリとかとかトレーナーみたいな仕事をさせていただいてたんですよね。
そういう勉強をそもそもしたということですか。
大学ではその理学療法師国家資格で
そういう大学のプログラムも出てないと
国家資格受けられない形なので
もう本当にそれしかやってなかった
骨の数を覚えたり
筋肉の名前を覚えたりとか
ストレッチの方法を覚えたり
というのも叩き込まれて
で病院に就職して
近藤淳也
大学は理学療法師の専門の学科というか
荒川大晴
ここ僕は仏教大学っていう二条にあるんですけど
そこに通っていてで普通に病院で就職してたんですよ
なんでまさか僕が1年後こうなってるとは
近藤淳也
まだ1年なんだそっから
荒川大晴
僕も思ってなかったんで社会人自体は3年目で
で仏教大学卒業して理学療士になったタイミングで
ちょっとやっぱり違和感を感じた部分はあったんですよ
とても素敵な職業ですごい人と関わるんですよ
本当に何十人という単位で関わって
ただやっぱりその業界特性上いろんなものを見えないなってなったんですよね
あの専門職なんで一つのことを学び続けるっていう
で僕もすごい素晴らしいことだと思ったんですけど
20代の今の時期にその一つのことだけを学んでいいのかっていうちょっとこうモヤモヤもあったんですよ
なんか僕は結構すごい心に残ってる知識があって
その人の脳のなんていうんですかね 感性系みたいなのが決まってるんですよ
ある程度この年齢ぐらいで人の脳は完成形、一番調子が良い状態になるっていうのは、実は50代って言われてるんですよ。
近藤淳也
へぇ~
荒川大晴
これなんでかっていうと、20代とか10代、結構一番多いのって10代とか20代が一番賢いというか、一番記憶が溜まりやすい時期って言われるんですけど、
あくまでも単純記憶っていう簡単な記憶はすごく入るんですよ。
近藤淳也
はいはいはい
荒川大晴
ただ20代の記憶ってこれ結構カオスな状況で
いっぱい記憶は入るんですけど まとまってないんですよね
30代になるとそれが連結し始めるんですよ
これとこれ繋げたら面白そうやなってなり始める
で40代になるとここは物忘れが始まるんですよ
始まってる始まってる
近藤淳也
始まってるのこれ 脳の進化の証拠なんで
荒川大晴
進化してるんで大丈夫です
50代でその完成されるって言われてるんですよね
ごちゃごちゃになったものを30代でまとめて
いらないものを40代で消していって
近藤淳也
いらないものから忘れてるんですか
荒川大晴
それそれそれ必要のないものを
近藤淳也
本当に
荒川大晴
忘れていくのはポジティブなこと
これはいいことなんですよ
50代でその脳は完成するって言われていて
それを聞いたときに
20代とか10代で凝り固まってしまうと
その今後多分もっと時代って早く動くと思うんですよ
昔って例えばテレビが流行るのに10年20年流行ったと思うんですけど
今例えば僕らで言うとポケモンGOとかって1週間ぐらいで流行るじゃないですか
流行りがどんどん流行りスタイルがどんどん大きくなると思ったんで
同じことをやるってのとても大事だと思ったんですけど
その広いシェアを持つっていうのもすごい大事だっていうのを感じたんですよ
っていうのはHan-chanが1年ぐらい前で
本当は元々こんな人と喋ったりとかもしたこと全然なかったですし
近藤淳也
全然そう
荒川大晴
全く見えないね
全然見えないけど、なんでこんなに喋るの上手いんだよ
近藤淳也
本当にあるその方もTED Talkの京都の接写者ってのを
それも知ってるの?
荒川大晴
もちろんもちろん、調べました
近藤淳也
めちゃくちゃ調べてました
荒川大晴
もちろんもちろん、感動しました
そうなんかと思いながら
近藤淳也
TEDx京都のね、ちょっと立ち上げに関わったんで
荒川大晴
すごいですよ、僕からしたら
近藤淳也
もう大先輩すぎて
TED?
荒川大晴
そして、そのステッドに新求試して出られた方がおられて
近藤淳也
アンジュンが出てたの?
荒川大晴
出てたらすごいです。出たいぐらい
その方に勉強してて、その方が沖縄に住んでたから沖縄にきっかけにもなったんですけど
そこで色々な知識を吸収していく中で
このまま働くっていうのは今の時期じゃないのかな
職場がすごく嫌とかいうわけではなかったんですけど
今はなんか失敗をしてもいいと思ってるんですよ
20代やからこそ緩くされるかなって これ乗せて大丈夫ですか?
近藤淳也
いやいやいや全然いいじゃないですか
荒川大晴
どんどんいろんなことにチャレンジして
自分のこうなんていうんですかね 能力をやっぱり高めていって
将来に適応できるようになっていきたいというか
それを伝えられる人になりたいなっていう思いで 今こういう活動をしているっていう感じです
新たな挑戦と将来の展望
近藤淳也
ほーなるほど
荒川大晴
だからでもいい言い方をしてるんですけど
いろいろつまみ食いをしてる状態なんですか
いやいやいや
近藤淳也
そのでも大学で
理学療法士の勉強を4年間したわけですよね
そのまあ言ったらその学科を選ぶ時点で
もう将来は理学療法士になろうと思ってた
荒川大晴
そうですね
理学療法士になったきっかけは祖父やったんですよ
おじいちゃんが実は濃厚層になって
本当にこう寝たきり状態みたいなとこまで
一度行ってしまったんですけど そこで理学療法師の方がリハビリをしてくださって
ある程度動けるようになった時に この人はすごいなって思ったのはきっかけで
母親とかも理学療師的な職業で進んでいったんですけど
やっぱり現実のギャップってのはすごく感じて
もちろんやっぱり治る人もいるんですけど どうにもならない人も中にはいるんで
すごく素敵な職業で大好きだったんですけど
ここ一つだけじゃ僕はこれから勝負できないなと思って
あくまでも武器の一つにしたいなという形っていうんですね
近藤淳也
大学4年間いる時はわりと迷いなくというか
もう理学療法士になるぞって一心に思いながら
それだけは出たんですか
荒川大晴
実はそんなこともあるんですね
その時からあるんですね
近藤淳也
そこはどんな
荒川大晴
今でも忘れないですけど3年生ぐらいやったと思うんですけど
ゴールデンウィークとかでも普通に学校あったんですよ
近藤淳也
へぇ
荒川大晴
でも3年生の時にちょっとこう
本当にこのままでいいのかなって思った時期があって
あんまり大学とか休まなかったんですけど
1週間か2週間ぐらいしかも温身普通レベルで休んだんですよ
近藤淳也
へぇ
荒川大晴
なんかその結構全てが嫌になったというか
なんていうんですかね
このまま理学療法室
まさに実習が始まる時やったんで始まって
それともこのまま
例えば1年何か休学して新しいことを始めた方がいいのかなと思ったりもしましたし
なんていうんですかね
自分ってこのまま同じ道は人生が決まっていくのが結構見えてしまったというか
っていうのが結構苦しくなって1週間か2週間ぐらい休んで
デトックスしたかったんですよ
デジタルデトックスみたいなのをしてて携帯手放してたら
周りの友達にめちゃくちゃ怒られる
連絡しろって
近藤淳也
携帯を手放して場所はどこにいたの
荒川大晴
バッシャーボックは嵐山わかります嵐山とかあとはJRで往復したんですよ
端っこから端っこまで大垣行けるじゃないですか
一番端っこ大垣まで反対側は姫路まで行って
本当に乗ってるだけです
挫折からの再出発
荒川大晴
乗ってるだけで本当にぼーっとしてるだけです
電車の旅をひたすら往復で続けて
気づいたら着いてたって感じでした本当に
近藤淳也
携帯を切ってJRに乗って
荒川大晴
橋まで乗っては戻ってきてみたいなことをやってた
でその後
そうですよ
僕はもうなんかあの時が本当に頭おかしかったよな
近藤淳也
いやいやいやありますよそういう時は
てかむしろめっちゃ意味があったんじゃないですか
荒川大晴
本当にあれは結構リラックスできたというか
その後嵐山にある温泉がすごく好きなんで
行った時に多分スウェーデン人やと思うんですけど
何言ってるかは全然わかんないですよ
でも多分めちゃくちゃ励ましてくれてたんですよ
僕のことを、なんか本当に死にそうなみたいな顔をしてたんやと思うんですけど、
なんか大丈夫だよみたいな、サウナでこうトントン叩きながら、
お前ならできるよみたいな、何言ってるかわかんないですけど言ってくれて、
近藤淳也
優しい。
荒川大晴
もうちょっと頑張ろうと思って、
理学療法士、やっぱり取らないといけないなと、やりきらないといけないと思ったんで、
しっかり国家資格を取って、その理学療法士としてできることはやっぱり進めたいなと思ったんで、
就職をちゃんとしようってなったんで。
で一応まあ学校には戻って卒業までは頑張った
近藤淳也
なるほど
まあでもじゃあその時になんとなく
もう体的にはこのまま行っていいのかなみたいな気持ちは結構あったんでしょうね
荒川大晴
多分その心の底ではこのままでは行けないなっていうのをすごく感じていた
やっぱりその理学療法士を取り巻く環境自体もやっぱり保険医療なんで
国の制度で一気に変わるんですよね
例えば来年から診療報酬ってそのリハビリって点数が決まって
それでお金とかも決まるんですけど
下げるって言われたら給料がグッと下がったりとか
医学療法者の数減らしますって決まったら
すぐ減らされると思うんですよ
っていうその確実性がない中で
でも多くの方はやっぱり確実性があると思ってしまってるのが
やっぱりギャップに感じていて
上の世代の人たちとはやっぱり僕らはもう違うなっていうのを感じて
60代の人とかってもう恐ろしい実習を乗り越えてきてるんですよ
新たな出会いと仕事の機会
近藤淳也
恐ろしいね
荒川大晴
もうなんか一生レポート書いたりとか何百枚とか
もう僕らとかってもう生ぬるいんですよ
優しく優しくっていう実習やったんで
そこで結構ギャップを感じていて
上の人たちみたいな技術は手に入れられないなと思ったんで
やっぱりそうやったら
いろんな武器を用意することが僕の最善策なのかなっていう感じですね
大丈夫ですか
こんな話で大丈夫ですか
ああはい
桑原佑輔
そこからあのまあ 理学療法士からまた別のところに行くわけじゃないですか
そこに何か行くことへの怖さとかってそういうのはなかったんですか
近藤淳也
いやーめちゃくちゃビビってましたよ
荒川大晴
本当にこれもすごい体に出たんですけど
もともとさっきお話ししたように このNo Codeでのアプリの開発とか
沖縄にきっかけになったっていうのは 先ほど言ったその新教師の方と
もう一人実は男性の方この方もお医者さんで
東京オリンピックの最終候補選手ぐらいのその
本物の分部領導なんですけど今お医者さんされてるんですけど
っていう2人の協力があったからなんですよ
3人で仕事をしてたんで
近藤淳也
どういうこと?
あっ俺じゃない
荒川大晴
一人でこのノーコードのアプリの開発を思いついたのではなくて
その新求手の方とお医者さんの方と3人で協力して見つけたんですよ
近藤淳也
ああその理学療法師の仕事じゃなくて
今のノーコードの開発の仕事をお医者さんとやってるってことですか
荒川大晴
そうですもともとはそことやってたので
でそこをスタートやって
沖縄に行くことは去年の11月に決まったんですよ
その新居酒屋さんが沖縄に住んでるんで
もう沖縄来ちゃったらってなったんで
僕も別にどこ行ってもよかったなと思ってたんで
じゃあ行きますってなったんですけど
その頃職場でも結構ストレスがきつくて
あのなんていうんですか コロナの時期やったんで
チャレンジと成長
荒川大晴
結構その感染対策しなければいけなかったりとか
その負のマイナスのストレスと
沖縄に行くっていうこうポジティブなストレス不安というか怖さもあるけど
やってみたいというストレスがあって
しっかり入院したんですよ僕
近藤淳也
ほらそれも何なんで
荒川大晴
なんか大腸が爆発してたりしますか
近藤淳也
ストレスで
荒川大晴
ストレスで
近藤淳也
あらぁ。
荒川大晴
39度後半ぐらい熱が出て、
で、もう本当に倒れるみたいな形になって、 汗もダラダラと出続けて、
で、もう本当に動けないぐらいになったんで、
近藤淳也
救急搬送してもらって、自分の働いてる病院に搬送されるっていう。
荒川大晴
あ、そう。
近藤淳也
そうです。そしたら、
それは何?病気としては?
あ、ごめんなさい。
荒川大晴
いやいや、なんなん?
大腸炎。ウイルス性大腸炎って名前だったらしいんですけど、
なんか正直言うと正確にとわからないって言われました
なんでこうなってるかわからなくて
ただあの血液チートってあのデータ出すんですけど
血液検査みたいなのがあるんですけど
その炎症値
体がすごく反応してますよっていうのは基準値の200倍ぐらいあったんですよ
大爆発してたんやな
桑原佑輔
200
荒川大晴
そうなんですよ
だからやっぱりこう人の体と気持ちって一致しないこともあるんやな
っていうのを思った瞬間なんですけど
特に腸と脳、脳はすごくやりたいと思ってても、
体の腸がついていかないってことは結構あるんやな。
だから心の中では結構不安に思ってたというか、
すごくビビってたっていうのもあると思うんですけど、
でもなんとか頑張ろうとしてたというか、
前に向かないとってのがあったので、
近藤淳也
もう全然、もう本当に今でも怖いと思いながら生きてるっていう感じですね。
ちょっとその、なんか、まあ怖いのわかったけど、
経緯としては、じゃあ一旦病院に就職して、
ちょっと違和感というか、なんか別の道がいいかもと思い始めて、
で、1年半ぐらい?
荒川大晴
そうですね、ちょうど1年半ぐらいの時に、その新求主の方と出会って、
近藤淳也
あ、その方は別に職場の方じゃなくて、
荒川大晴
全然、勉強会っていう感じです。
近藤淳也
あ、そうなんですか。
荒川大晴
それも結構奇跡に近くて。
近藤淳也
ほー。
荒川大晴
そこも、そうですよね、話した方がいいですよね。
近藤淳也
ぜひぜひ
荒川大晴
友人に、あの今ドイツのサッカーチームでトレーナーをしてる方がいるんです
で、めちゃくちゃ仲良い親友なんですけど
彼はその学生時代からずっとトレーナーになりたい
ドイツのトレーナーになりたいって言ってたんですけど
多分10年ぐらい行かないなって感じだったんですよ、正直
なんでかっていうと、そのドイツに行く行動はしてなかったんですよね
近藤淳也
ふーん
荒川大晴
で、でもある日、そのそれこそ1年半ぐらい前ですかね
なときにドイツ今から行くからって言われて
何があったのみたいな
3ヶ月前まで行かないって言ってた
まだ行かないみたいな感じっていうのが
その新求手の方と出会って
やっぱり今チャレンジした方がいいってことに気づいたから
自分にはそのチャンスがあるから行くって決めたって言われたときに
初めて人と会ってみたいと思ったんですよ
その両、あ両って言っちゃう
その彼
近藤淳也
友達を変えたのは
荒川大晴
友達を変えた
こんなに人生を変える人って
この世界にいるんやっていうのをすごく感じて
でちょうどその方が京都に8月来られる
っていう話を聞いてたので
その勉強会っていう形だったんですけど
その勉強会に参加して
本当に5人ぐらいでおしゃべりするだけなんですけど
そこでお話ししてる中で
もう終わった後にすごい世界が広がったなっていうのを感じたんですよ
近藤淳也
どんなすごい人なん?
荒川大晴
その時はどういう話をするんですか?
なんかでも本当に
例えばさっきの脳の話もそうですし
で、あとはあのですかね
ちょっとぶっ飛んだ話じゃないですけど
なんですかねちょっと国の名前忘れちゃうんですけど
どっかの国では
なんか1日中お祭りする国があるみたいな
24時間お祭りすることがあって
そこではもう薬物やってる人もいれば
自分で家建てるその1日で家を建てる人もいるみたいな
でその映像とかを見せられて
あっなんかこんな世界があるんやみたいな
その自分が知らないだけで
その人アニメとかも詳しいんですよ
僕アニメ大好きなんですけど
でどんな話にも対応してくださるんで
なんかこの人って色んな世界を
見せてくれるんじゃないんかなって感じたんですよ
めっちゃ疲れたんですよその日
多分3時間が4時間ぐらいだけやったんですけど
ちゃくちゃ頭使ってたくさんの情報を吸収した時に
あっこの人についていけば
自分の世界は変わるかもしれないっていうのを感じて
その人とお話しする機会がたくさん増えてその中で
仕事をもらえるというか仕事を一緒にやろうっていう機会をもらえて
今のノーコードの開発に繋がるっていう感じなんですよね
そういう流れですね
人の人生変えまくりですねその人本当にそうですね
ドイツに行かしたり沖縄に行かしたり
かもしれませんが若者を動かしまくる先生がいるそうですね
人のことをよく見てるなってその目がすごく
なんか僕は結構その目っていうのは大事なんやろなと思っていてよく見てるんですよ
すごいその癖とかもですけど自分がやっぱり何年も気づかなかった癖を見抜かれていたりとか
なんかそういうのにすごい魅力を感じて
でちょっとついていってみようと
1年ぐらい一緒に仕事してみたいなと思ったのもあって
今に至るっていう感じですね
近藤淳也
これ、くわはら君はいつ出てくるの? なんで知り合いなんですか?
桑原佑輔
えっと、そこの話に言うと、 2ヶ月ぐらい前に、それこそ僕も元々スポーツ課にいて、
トレーナーを目指す学部にいたので、 トレーナーの学生団体みたいなのを大学の時からしてたんですね。
近藤淳也
運営してたん?
桑原佑輔
はい、やってました。
近藤淳也
あ、そう?
近藤さんも知らない情報ですけど。
桑原佑輔
で、その時の団体に、日本帰ってきてから、ラオスから日本帰ってきてから、
またちょっと学生のサポートみたいなのを囲まるようになってて、
近藤淳也
え、久原君が立ち上げた団体は?
桑原佑輔
立ち上げはしてないんですけど、
もともと大学生がどんどん受け継いでいくみたいな団体の運営をやっていて、
で、日本帰ってきてからサポートで社会人として入ってて、
で、その後輩のトレーナーやってる子がちょうど知り合いで
荒川大晴
そこで紹介いただいて
桑原佑輔
なるほど
なんかその大阪とかで
そういうトレーナーとかいろんな理学療法者が目指してる人いるのを
なんかサポートしてる人がいるからって言って
じゃあ1回あのまあオンラインでレーティングしましょうかってことでやって
その中でアンノーンの話が出て
ここ泊まりたかったんですよみたいなことを
荒川大晴
おっしゃってくれたんで
近藤淳也
なるほどそれはいつの話
荒川大晴
2ヶ月ぐらい前じゃないですか
近藤淳也
めっちゃ最近
荒川大晴
本当に本当に最近の話なんですよ
近藤淳也
知り合いっていうから
荒川大晴
ここまでの経緯が早すぎて
僕ももう何年も一緒にいるんかなって思ったんですけど
近藤淳也
2ヶ月前
そうなんですよ
桑原佑輔
なんかアンドゥーンを知ってるっていうだけで
ギュッて仲良くなりました
近藤淳也
まあまあそうですけど
じゃあ別にその理学療法師時代に
なんかとか繋がりがあってとかじゃなくて
桑原佑輔
そうなんですよ
近藤淳也
最近の話なの?
荒川大晴
本当に最近ですね
じゃあ荒川さんも新しい仕事になってからの話ってことですか?
桑原佑輔
そうです
荒川大晴
本当に素敵な出会いをいただいて 安能のおかげですよ
桑原佑輔
(笑)
近藤淳也
はい、ありがとうございます
なるほど
で、ちょっとまあじゃあ
新休止の方
はいはい
何歳ぐらいの方ですか?その方
荒川大晴
僕のちょうど10個上なんで34、35
近藤淳也
意外と若いですね
今のところ僕のイメージはもう千人みたいな
君の人生私が道見てあげようみたいな
そういうイメージを聞いてて思ったんですけど
荒川大晴
皆さん言いはありました
近藤淳也
そこまで上じゃないってことですか
理学療法士からスタートアップへ
荒川大晴
でも50歳と言われても50歳に見えますし
30代と言われても30代に見えるっていう用紙を使っています
近藤淳也
そういうタイプでその本職は新求師なんですか
それともそういうセミナーとかそういうのがメインの方
荒川大晴
もっともっと去年まではこうジャパンツアーっていう形で
日本の全国に治療を受ける人を書いて
そこを回ってたりされたんですけど
今年引退されて
沖縄でやっぱりその人を育てるっていう仕事をされたいというか
これはおそらくなんですけど
多分これ年齢を重ねると自分自身の経歴よりも
育てた人の経歴をよく見られるっていうのは
よくその方が言われてて
その自分例えばですけど
その基地に救出の方が育てた方というか
例えば僕とかドイツのトレーナー行った子たちが評価されることが多いっていうのを聞いて
そのためにもされてるんかなっていう
なんでこんなにコミットしてくれるのか最初わからなかったんですよ
そんななんの実力もない自分にいろんなことを教えてくれて
授業を立ち上げるまでっていう話をして
授業を立ち上げるまで持って行ってくれたっていうのを聞いた時に
やっぱりそのことは感じておられるそうで
自分だけの成果よりも自分が育てた人の成果もすごく大事だし
その方が難しいって言ってあったんで
そういう興味がある人なんですよ
好奇心があるというか
自分が育てた人の成果を重視
荒川大晴
にしてもそれは無償で
いやもちろん
こちらも仕事で例えばお金が入った時にお支払いする
コンサルみたいな近い感じで
近藤淳也
そういうのもあるんですか
荒川大晴
もちろんもちろん
申し訳ないじゃないですか
近藤淳也
あなたの手伝ってくれてるみたいな
そうなんですよ
荒川大晴
やっぱり金銭の関係もすごく大事だと思ってて
やっぱり自分もそのために頑張りますしっていう形ではあります。
近藤淳也
なるほどね。
荒川大晴
本当に人生が変わった1年間やったなと。
近藤淳也
なるほどなるほど。
じゃあとにかく勉強会行ってその方出会ってしまって
荒川大晴
そうです、出会ってしまって
近藤淳也
これはもう行動を起こさねばってなって
大腸を壊しながらも決断をして
病院を辞めたってことですよね。
荒川大晴
そうですそうですはいはいはいそれでそのやることの内容は荒川さんが自分で考えたんですね
これも枠組みはその新求手さんの方がこういう感じでいけばいいんじゃないっていうのを作ってくれて
それを一緒にお話ししながら進めていったっていう感じですどう思うみたいなこういう感じでいったらいいと思うけど
近藤淳也
もうっての話していて決めたっていう感じです
荒川大晴
すごい上手なんですよね
近藤淳也
どこを考えた方がいいかっていうのをすごく明確にしてくれて
その株式会社アダムっていう会社を
荒川大晴
今年3月に設立して
これはもう1人社長なのでまだまだ小さな小さな会社なんですけれども
じゃあその会社はもう荒川さん1人の会社で
近藤淳也
そのアドバイスというか
業務委託みたいな感じですね
荒川大晴
でやってるって感じですね
そうですが3月なんで
まだ半年しか経ってないやなと思ったんですけど
近藤淳也
今年の3月か
荒川大晴
そうですまだ半年
最近です
そうなんですよ
そのじゃあ辞めてからまだ1年経ってないってことですか
まだ半年ちょっと7ヶ月ぐらいですかね
7,8ヶ月ぐらいなんで
人生がだいぶ動いてる時期なんですね
僕もびっくりしてます
もっと経ってるかなと思いました
ノーコードのアプリ開発とコミュニティ形成
近藤淳也
なるほどね
そのちょっとじゃあ何回かそのノーコード開発とか出てきてますけど
ノーコード開発とは何ですか
荒川大晴
本当にあの今ってもともとっていわゆるプログラミング言語
言語がないと開発っていうのが基本的にはできなかった
HTML CSSとかJavaとか色々あります
今ってでも実は海外ではコードなし
本当にテンプレみたいなのがあってそれを移動させるだけで
例えばアプリが作れたりウェブサイトが作れたりっていうことができるんですよ
結構海外では流行っていて
日本でも最近やっぱりアプリさんっていう会社がノーコードの開発に力を入れておられて
結構今日本は戦国時代に近かったんですよね
なんでかっていうとエンジニアがやっぱり足りてないっていう現状があって
簡単にアプリが作れたりとかウェブサイトが作れるっていうのは需要があるっていうことで
ノーコードっていうのが流行るなっていう感じですね
でこれはやっぱりノーコードアプリって
やっぱり企業間取引が多いB2Bが多いと思うんですけれども
Cに届いてないと思ったんです
例えば僕らで言うとあの生態師さんとか
新休止さんとかって例えば予約サイトがあったら面白いですし
アプリ内限定のブログがあったら面白いですし
持ってると日記みたいなのがあったらそこでやりとりできるみたいな
もう面白いな
でこれもLINEじゃなくて日記が面白いのはLINEって結構早く返さないと
こう評価が下がっちゃうというかでも日記やと1日のラグがプラスになるんですよね
っていうこのファンとの関わりを深めるノーコードのアプリを作りたい
っていうのがきっかけでノーコードのアプリ開発をスタートしたっていう感じやった
CM向けに価格を下げて
でその何ですか100人ぐらいのファンを作ってその人たちでコミュニティー形成をする
そんなアプリを作りたいなっていうのが スタートです
近藤淳也
面白い
そうなんです
じゃあウェブサイトじゃなくて 本当のアプリになる最後は
荒川大晴
アプリです
Apple…Apple…
iOSとAndroidに
Android用のアプリです
近藤淳也
ちゃんとアプリとして出すものを ノーコードで作ってるってことですか
へぇ
荒川大晴
ただセミオーダーというか
結構これも結論にたどり着いたのは
たくさん機能がありすぎない方がいいっていう
ありすぎるといわれる 何ですかね
ユーザー側の煩わしさがあるんで
本当にボタンが一つ一つでできるみたいな形で 極限まで価格を落とす
近藤淳也
っていうのをやってるって感じですね
そのさっきのじゃあ100人ぐらいのコミュニティが作れるアプリっていうのは もう出てるものがあるんですか
荒川大晴
ただこれがもう今のあれなんですけど もう本当にこれうまくいかなかったんですよ
え どういうこと
例えば自分もそれ自分用のアプリ持ってるんですけど
今10人ぐらいいるんですけど
その自分のさっきそれこそこの間来てくださった学生さんはまさにそんな感じでできるんですけど
本当にやっぱり営業になるなになるんですよ僕はその最初の案件取る案件取りに行くこれがまあうまくいかなかったんですよ
で一つはやっぱり沖縄っていう特性があったっていうのはあってやっぱり沖縄県の方ってそんなにこうなんですかね
IT関係にすごく強いわけではまだないんですし
アプリとかも流行ってなかったんですよ
で結構価格もするんですよね
2,30万円でするんで
でもアプリにしてはすごい安いんですよね
とんでもなく安いんですけど
やっぱそれを僕がうまく伝えられなくて
もうまあうまくいかなかったんですよ
半年、それこそ今ぐらいまで
6月ぐらいまでですかね
本当にもう資金だけが出続けるというか
お金だけがなくなり続けていてうまくいかなかったっていうのが現状だったんですよ
実はそこでアワバーに出会ったんですけど
そうですそうです
その話もしていいんですかね
近藤淳也
もちろん
いいですか
そこでアワバーに出た
桑原佑輔
アワバーが来るんですね
荒川大晴
そうなんですよ
結構僕はそのアプリの開発製品自体は本当に素晴らしいものだと思っていて
その今後絶対必要になると思うんですよ
特に新級生さんとか生態師さんとかっていわゆるアッパーが決まってる
一人属人的なんでその人が見れる人数が最高人数になっちゃうじゃないですか
1日ってことはその何百人も見るよりも100人の人をコアにした方が
ずっと来てくれる人を作るっていうのがめっちゃ大事になると思うんですよ
アプリってそれにとっては最高のものやと思うんですよ
いわゆるこのリピート客リピート客って言われる層を増やすのにはとても大切なものなんで
製品は素晴らしいのに自分の営業力がないから
売れないという結論にたどり着いたんですよ
でそれはなぜかというと
その人を見る力がないと思ったんですよ
結構理学療法師の時代の時っていうのは
勝手にお客さんが来るじゃないですか
患者さんという形で患者さんは自分を治してほしい
っていうので絶対無限にきますし
無限に来るんですよ
残念ながらそうなんですよ
これ本当はなくなってほしいんですけど
怪我はなくなった方がいいと思うんで僕はそうなんですよ
ただ怪我がなくなると
取り掛ける方針仕事はなくなるっていう矛盾をはらんでるんですね
うーん
で、あの本当にその気感じたときに
人脈的なものも足りてない
沖縄でやっぱり人脈も足りてないなと思ったんで
アワバーは知ってたんですよ
もともとそのアワバーっていうのが経営者の方とか
投資家の方とかが結構集まったり
もともと東京ではそれこそDMMの会長さんが来たりとか
メルカリが目の前にあったので
メルカリの創業の過程が見れたりとか
っていうような IT 関係の人が集まるっていうのを聞いてて
で、あわば沖縄に関しては最近できたばっかりなんですけど
まさに5ヶ月ぐらい前にできたばっかりで
近藤淳也
あ、そんな最近なんですか
荒川大晴
そうなんですよ
オープニングのイベントはホリエモンさん、ホリエさんが来たりとかしてたんで
ここに行ったらもしかしたら色んな人に会えるかもしれないって感じたんですよ
で、勉強になると思ったんですよ
でもその時お金もないじゃないですか
やばいと思って飲むお金もない
そんなところに使えないんだよ
やばいってなったんですけど
じゃあ中に入ってしまえばいいんじゃないっていう結論にたどり着いたんですよ
スタッフになればお金ももらえますし
無償でもよかったんですよ
なんだろうもうその時は
もし勉強もできますし
いろんな人と話せるな
しかも人のことを理解できるなと思ったんで
あのインスタでちょっとお願いなんで
宿ってもらえませんかっていう連絡を送ったら
たまたま一枠空いてたんですよ
たまたま募集してて
その1人そのオーナーのオーナーというか店長とそのマネージャーさんが1人欲しかったんだよねっていうとこに滑り込んで
それが多分6月の末ぐらい7月ぐらいの話でそこからやっぱ天気が来ましたね
なんかいろんな人と話していくうちになんていうんですかね
自分の事業の課題も見えましたしでやっぱりまだまだなんやな
自分の話し方もまだまだなんやなってことにも気づいたんですよ
近藤淳也
話し方
荒川大晴
その話し方というよりか相手を理解できてなかった
押し売りになってたんやろうななんていうんですかね
この製品はめっちゃいいんですみたいな
だからぜひ一回使ってみてくださいっていうやり方をしてたんですけど
なんか本来は相手の本当の悩みを聞き出さないといけなかったというか
それにアプリがあってたらそれを渡すべきだったんですけど
それができてなかったなっていうのを痛感していて
アワバワで働くとそんな教訓が得られる
あとはでもいろんな人の人生を知れるっていうのが大きいですね
なんか自分結構しんどいなって思ってたんですけど
もっとしんどい思いされてる方もいるじゃないですか
例えば海外行って銃後ろから突きつけられたとか
もうその死ぬ一歩手前みたいな経験された方の話とか聞いたりしたら
なんか自分ってやっぱりまだまだなんやなとか
っていうのをやっぱアーバンの時は結構楽しくやってたんですよ
そしたらたまたま先月ですかね
8月に全店長の方が別の職に就くっていうことで
辞められるってことが決まったんですよ
で誰か店長欲しいなってなった時に
もうぜひやらしてほしいなって思って
その時オーナーさんともお話する機会もあったんで
じゃあ僕店長やらしてほしいですっていうので
気づいたら店長になってました
今月からは飲食の店長もやりながら
事業の方ももうちょっとこのアップデートして
より広めていけたらなっていう感じですね
現状が今です
近藤淳也
なるほどなるほど
じゃあ今はアワバのナハ
荒川大晴
アワバ沖縄の店長兼アダムの代表です
理学療法士からスタートアップへ
近藤淳也
っていうことなんですね
荒川大晴
本当に今はそんな感じになってますね
近藤淳也
だいぶ波乱の本当今年1年間
桑原佑輔
そうですね
荒川大晴
あと3ヶ月が楽しみなんで
まだ何か起こると思ってるんで
近藤淳也
確かに。 じゃあ、そのアワバーも毎日立ってるんですか?
荒川大晴
今はもう基本的には、本当に体勢を整えるっていうのがまず大事だと思ってたんで、
それこそお客さんがどのタイミングで入りやすい、どれぐらいの層が多くて、
で、何時が多いのかっていうのは、もう出てみて話してみてじゃないと気付けないので、
もう来月はほぼ毎日、今月もほぼ毎日立ってたんですけど。
近藤淳也
夜?
荒川大晴
夜ですね。
何時ぐらいかな?
今は7時24時とかなんで、5時間ぐらい。
でも全然5時間ぐらいでもっていう感じですね
やっぱりやってみないと僕も本当にこれはすわらしい経験やと思ってて
もう本当にテンポを箱を貸してもらって
で立ってでそのメニューとかも全部自分で考えてもいい
そのSNSの運用とかも全部自分でしていい
いろいろ試していいって言われてるので
近藤淳也
だいぶ裁量がある
荒川大晴
裁量があるんでいろんなことを試して
こう一番正しい
正しいっていうのはないかもしれないですけども
一番アーバーにとって皆さんにとっていい選択ができるんで
こんな機会はもう二度とないと思うんですよ
なんで今はすごく楽しみながらできてますし
そこで得た知識を使ってまた自分の授業もアップデートできると思うので
近藤淳也
なるほどね
荒川大晴
っていう感じですね
近藤淳也
すごいですね
えIBSはどうやって入ってたんですか
荒川大晴
IBSは僕は入ってたというよりか
IBSの最後の会場がアーバーなんですよ
そうなんですよもう200~300人くらい 来るんですけどそのタイミングで
アーバーとの関わり
荒川大晴
入ってたんですよ
近藤淳也
じゃあ本体の方にはいなかったん ですか
荒川大晴
本体の方には行ってないんですよ
その場面で知ったっていう感じ です
IBSっていうのがあるんやって 相手の方が違って
たまたまそれの集まりがそれこそ オーナーさんとかもIBSで登壇
とかお話しされたりしてあったん で
近藤淳也
オーナーさんっていうのは小笠原 さん
荒川大晴
小笠原さんです小笠原さんと小笠原 さんと田中さんとかも桜野貴香さん
またマイネットのジンさんとかがオーナーさんなんで
近藤淳也
ジンさんもオーナーなの?
荒川大晴
そうなんですよ5人いるんですよ
そうですそうです
近藤淳也
全国のアーバー
荒川大晴
沖縄の
近藤淳也
沖縄のアーバー
荒川大晴
ノレンガシみたいな感じなんですよ
4店舗あるんですけど
全部大本が一緒じゃなくて
合同会社アーバー沖縄っていう形になってるんですよ
ノレンガシみたいな
ちょっと特殊な形なんだと思うんですけど
近藤淳也
じゃあ沖縄店に関しては
荒川大晴
これは上原さんと尾笠原さんと田中さんと高木さんというゾドバクさんと高木さんとあと一郎さん
近藤淳也
橋間一郎さんの5人です
荒川大晴
共同で持ってるっていう感じです
近藤淳也
そういう仕組みなんですね
荒川大晴
出資者ですねその文言が
近藤淳也
ジンさん昨日飲みました
荒川大晴
えっほんとですか
滋賀県を盛り上げる活動
桑原佑輔
そうなんですか
近藤淳也
実はFC琉球やってたから沖縄にいたんですよね
荒川大晴
そうです。
近藤淳也
今は大津にいるじゃないですか。
ビアコレイクス?ビアレイクス?
荒川大晴
シガレイクス。
近藤淳也
シガレイクス。
荒川大晴
バスケットボールのチームをマイネットさんが株主になっているんで。
近藤淳也
今大津にいながらその仕事をされてるんですけど、
昨日大津で飲んでたんです。
すごいうまい。
荒川大晴
ちなみに1週間前、陣さんお店に来ましたね。
近藤淳也
どこの?
荒川大晴
沖縄に来たんですよ。
そうなんですか。
ちょうど1週間前ですかね。
沖縄に来てくださって その時もたくさんお話し聞いて
わぁやっぱかっこいいなと思いながら
近藤淳也
へぇ~まさかここでジンさん
桑原佑輔
すごいここで繋がってくるんですね
荒川大晴
Twitterで見た時に共通のフォロワーが
ジンさんと田中さんとかやったんで
じゃあ知ってあるんかなと思って
近藤淳也
まぁね、なんか
荒川大晴
それは知ってありますよ
長い付き合いですよねおそらく
近藤淳也
あ、そうですか
荒川大晴
そうなんですよ、なんかオーナーさんっていう
ジンさんでも今は四河県におられることが多いと思うので
僕も出身が四河県なんで
そうなんですよね
近藤淳也
それどこなんですか
荒川大晴
僕は野戸川ってわかります?
わかりますか
近藤淳也
わかりますよ
東尾道
荒川大晴
東尾道です
ちょっと彦根寄りではあるんですけど
に住んでます
実家があるって感じです
ジンさんなんて四河県のなんていうんですかね
もう西川さんぐらいで
近藤淳也
そうですね西川さんとジンさん
荒川大晴
知ってます?
稲妻ロックフェス
桑原佑輔
僕はそのあたりは疎いかもしれないです
荒川大晴
西川さんはもう
近藤淳也
シガケン大使みたいなイメージですよ2人
桑原佑輔
そうなんですか
荒川大晴
僕らの中ではもう
すごい人2人ですよシガケンと
桑原佑輔
この様そういうイメージを持たれてる
荒川大晴
西川、稲妻ロックフェスっていうのはすごい人がいっぱい集まるフェスなんで
近藤淳也
シガ圏の中のお祭りとして割と盛り上がってて
荒川大晴
西川さんは、それのなんですか
なんていうんですかね
近藤淳也
主謀者
荒川大晴
主謀者
そうですそうです
主催されてる方なんで
桑原佑輔
本当に本気でシガ圏を盛り上げようとしてくれてる人というか
なるほどなるほど
荒川大晴
で、社会的にもすごい有名な影響力のある方なんで
近藤淳也
なるほど
荒川大晴
はい。ジンさんに関してはもうマイネットって言うんです。
近藤淳也
そう、ジンさんも、ゲームとかをやってる会社、マイネットさんっていう会社の社長さん、雑業社長なんですけど、
ね、なんかまあ、地元がシガなんで、今、大津に住みながら、そういう地元のチームとかも、スポーツの事業もやってるんですよ。
荒川大晴
そうなんですよ。だからシガ圏を盛り上げてくださってる二人です。
桑原佑輔
なるほど。今なんかもうお二人の顔がすごいイキイキと。
近藤淳也
本当に僕はあまりねあまりっていうか 死が生まれじゃないのになぜかっていうか
荒川大晴
今死が一周トレイルっていう そうですよね
近藤淳也
あの 死が県盛り上げ活動みたいなこと
荒川大晴
僕も見たときにそんなことされてたんやと思って
近藤淳也
流れてそうなったっていうか
ありがとうございます 死が一周の日本で一番長いレースを今開催していて
そういうふうに関わってるんですよ
荒川大晴
何をしてるんやって考えてありがたいことです
こうやって柴犬を盛り上げてるしがけないです
近藤淳也
いや柴の人そうやって言ってくれるのが嬉しいですよ
なんか柴のためにありがとうございます
柴の出身の人に柴一周取れるのって言うと
なんか柴をそうやってこうなんかあの本当に何ですか
整備したり盛り上げてくれて
ありがとうございますって言ってくる人がすごくて
めっちゃ逆に兄弟を感じるんですよ
桑原佑輔
今住んでないのになんかお礼を言われる
荒川大晴
本当に滋賀県大好きなんで、僕。
最終的には、その地元で何かしたいってのは あるんですよね、滋賀県含めて。
やっぱり医療関係でもいいですし、 それは会合関係でもなんでもいいんですけど、
還元したいっていうのはあると思っていて、
すごくのどかで素晴らしい土地なんで。
場所だけはいいね。
近藤淳也
いいですね。一応あの、なんでしょうね。
県をトレールで一周できる県をちゃんと一周できるというか
現状である程度ちゃんとした道を綺麗に一周できる県は多分四賀県だけじゃないですか
荒川大晴
皆さん四賀県だけです是非来てください
440キロありますけど
近藤淳也
長いですね思ってたより長かったですよ
440キロってすごいですね
日本のトップグラスの顕客の人たちが出るレースで制限時間が8日間
で60人出て8日間以内に完走できたのが36人
荒川大晴
半分ぐらいですか
近藤淳也
この年のゴールデンイクにやってたんですけど
荒川大晴
すごいですね
1日じゃ55,6キロぐらい走るってことですか
桑原佑輔
そうそう山をね
荒川大晴
過酷ですね
桑原佑輔
本当にザ・アスリートというか 選ばれた選手みたいな感じがしますし
荒川大晴
ちょっとそれ盛り上げていきたいですね
近藤淳也
そうなんですよでもなんかやっぱりね
一周っていうのがみんないいみたいで
分かりやすいじゃないですか
荒川大晴
分かりやすいです確かに
ぐるっと回ってこっちから戻ってくるみたいな
近藤淳也
しかもそんな生繁華な距離じゃないんで
荒川大晴
そうですよね
近藤淳也
達成感とか都のいろんな角度から見ながら
ぐるっと逆から戻ってくるっていうその感じが
荒川大晴
なんかやっぱみんなを引き付けるのか めちゃくちゃいいじゃないですか
近藤淳也
第1回大会なのに60人も集まって
荒川大晴
へぇ~ あそれが第1回が今年のゴールデンウィークに当たるんですか
はい
ぜひ今後も
ずっとハンカーでしてみましょう
近藤淳也
あーはい
荒川大晴
僕もちょっと頑張って練習したい
それそんな生ハンカーなレベルじゃ無理でしたから
何十年かかりますよ
近藤淳也
あ出る方で言ってるの?
荒川大晴
出る方で言おうと
近藤淳也
いいっすね じゃあ桑原くんで一緒に
桑原佑輔
じゃあ5年後
荒川大晴
もうちょっと簡単なやつから教えてください
上原さんにも言っておきます。 行為にやってるんでって。
近藤淳也
本当にこう、滋賀県を盛り上げてくださるのは、すごく嬉しいというか。
桑原佑輔
そういう言い方するんですよ。
近藤淳也
いいですよね、この京都愛が。
荒川大晴
あまり主張がないんで、滋賀県ってこう。
桑原佑輔
そうなんですか? 県民性として。
荒川大晴
そうなんですよ。すぐ京都の水止めようとするんですよ。
美垣湖から全部水が。
近藤淳也
水止めるぞっていうのが、口癖っていうか。
桑原佑輔
唯一の対抗手段なんですけど。
荒川大晴
京都大阪に対して最近知ったのは その水止める権利を持ってるの
京都っていうだからそうなんですよ 僕らじゃないんですよ京都が裁量権
を持ってるってだからもう僕らが 勝ち打ちできないんですよ
そうなんですかそうなんですよ 実はこれはあの某月曜日の番組
で知りました夜にやってるそうです 京都の水は僕らじゃ止められない
っていう京都じゃないと止められない らしいですよ
そうなんですかそうなんですよ とはいえね強行手段で止めちゃえば
水流さなくしたらいいんですよ
水流さなくしたらいいんですよ
そんなことができる
そうなんですよ
近藤淳也
何の話?
市が出身なんですけど
なんだっけ?
荒川大晴
IBSの話?
IBSはその
関わったというか本当にモランティアになるので
僕は
中にいたときに
それこそすごい色んな方
その時にオーナーさんもたくさん来て
店長っていうバーチャル店長っていう形で
現当社のあの水野和光介さんが簡単に僕らの上司なんですよ
そこで水野和さんとかも来てくださって
水野和さんがいたからその堀江さんとかも
あの一日店長で来てくださったりするんですけど
そうなんですよって結構面白い場所なので
イベント来月ももちろんイベントをしようと
ハフバースで半年なのでもうイベント兼ねて
スタートアップの人も集めて
でオーナーさんも何か来てもらってみたいな感じで
ちょっと飲み語りしましょうみたいな感じの
今後はやっていきたいなと思っていて
その中で僕も吸収すべきだと思いますし
で飲食のことも知れるじゃないですか
こうやって店舗って回っていくんやとか
こういうこと気にしないといけないんやって
そのITも含めてですけど飲食のことも知れて
で医療のことも勉強しててってなっていくと
いろいろな分野が知れるなと思ったんで
それはやっぱり人生今25歳でそれができたのは
すごく良い判断やったというか 決断をしてよかったなって
近藤淳也
なんか楽しそうですもんね
荒川大晴
そうや
近藤淳也
見るからに楽しそう
荒川大晴
本当ですか
もう2ヶ月前とかもう死んでましたけどね
本当にで半年1年ぐらい前にかかしたら 大腸爆発してたんで
近藤淳也
大腸はもう治ったんですか
荒川大晴
頭の人になりました
近藤淳也
じゃあ体になってたんじゃないですか やってることが
荒川大晴
いやそうですね
本当にカメラも入れて見てもらったんですけど もう全然大丈夫やったんで
近藤淳也
なるほど
荒川大晴
ちょっとIBSってなんぞっていう人もいると思うんで 軽く説明すると
はい どうぞ
そうです 僕より説明してあげて
近藤淳也
なんですかね IT系のカンファレンスですよね
IBSクリプトカンファレンスの体験
近藤淳也
主にネット企業とかの経営者が集まるカンファレンスで ずっと前からやっていて
僕も何回行ったかな 10回以上たまに行ったことありますけど
割と始まった頃から行ってたんで
ずっと行ってなかったんですよ
荒川大晴
あっそうなんですか
この何年かはずっと行ってなくて
じゃあ今回沖縄に久々に来られて
近藤淳也
そうなんですよでもそれも実はアンノーンがきっかけで
アンノーンミートアップっていうのを7月から始めて
でなんかみんなで集まって喋ったんですけど
そういうの二次会で
なんか近藤さんIBS今度行くんですよって京都府の方が言ってて
行きませんかとか言われて
で実はチケットが一番待ってるんですみたいな話になって
荒川大晴
めっちゃいいじゃないですか
近藤淳也
マジっすか行きますってその場で手を挙げて
飛行機のチケットをすぐ取って行ったっていう
僕も前週ぐらいに行くって言い出したよねあれ
桑原佑輔
もう本当に直前でした
荒川大晴
そうなんですか
桑原佑輔
のもりかカレンダーに沖縄?
荒川大晴
沖縄
近藤淳也
でも元々ちょっとそのWeb3とかが最近面白いっていうか
荒川大晴
なんかに賑やかでいうか
近藤淳也
なんか面白いなと思ってて
初めてIBSクリプトを今回やるっていうのもあって
なんかちょっと昔と違う感じの
荒川大晴
なんか何かがあるんじゃないかと思って
近藤淳也
ですごい久しぶりに行ったっていう
荒川大晴
すごい流れですね
そのカバンがなければ
多分そういう話にはなってなかったね
近藤淳也
そうそうそう
桑原佑輔
実際そこはもうちょっと
そこのIBSの話になるんですけど
そのクリプトとかあってどうだったんですか
近藤淳也
いやそのねまずIBS本体と
IBSクリプトっていうのが併設っていうか同時開催されてたんだけど
一応会場が違って
その今までのIBSはでっかいホールでメイン会場でやってて
それのちょっと近くのホテルでクリプトの会場があったんですよ
っていうそのまずなんていうその並行開催みたいなの初めてで
本体の方は今までの感じっていうか感じだったんだけど
クリプト側に行ったらまず知り合いが誰もいなくて
そうですっていうかまずまずそれでその年齢層が若すぎて20代ほぼ
そうですねほぼ20代だと思う感じで女性もめっちゃ多いし
あと外国人もめっちゃ多くてなんか言葉ももうなんか日本語もだけど英語も飛び交っていって
荒川大晴
なんか今までのアイブリッドと全く違う世界に放り込まれてこれどうしたらいいんでしょうか
近藤淳也
感じだったけどそれがすごい新鮮っていうかなんかすごい新しいものが始まってるなっていうのはめちゃくちゃ感じる会場
荒川大晴
今のたぶん20代僕らぐらいの世代はほとんどクリフトに流れてるって言い方は悪いかもしれないですけど
もうスタートにしてるんで本当に別行のものやと思いますけどね
めっちゃ若いと思います女性が多いっていうのもやっぱそういう特徴的あれはなんでなんでなんですかね
みんな企業かってわけでもないですよ でもないと思います
関係者みたいな形だと思います
なんかIBSもそうなんですよ どこまで誘われてるかわからない
ある程度の人は来れると思うんですけど
僕もそこまでやっぱり そこで知ったばっかりやったんで
でもやっぱりアワバにまさに来る人は 女性も多かったし
クリプトガン連の人も女性多かったんで そうですよね
近藤淳也
NFT系とかはちょっとアート寄りやから
そういうのもあるのかもしれないですけど
荒川大晴
昔と比べるとやっぱ障壁は下がったのかなって やっぱ男性がするっていうイメージ
プログラミングとかも含めてですけども 女性がそれこそアートとかっていう部分で
近藤淳也
関わりやすくはもしかしたら なってるのかなっていう気はしますね
荒川大晴
いい意味でITっぽくなくなってるというか
そうなんです 芸術と混ざり始めてるというか
近藤淳也
そうかな
荒川大晴
っていうのは感じるますね
僕もやっぱりまだまだ分からないんですけど
原川さんはじゃあセッションは聞いてないんですよね
じゃあもうやってくるお客さんにと喋るって感じずっと喋ってました。
近藤淳也
どうでした?そこの印象は。
荒川大晴
いやなんかその先取りなんやなっていうどんどん先に進んでるというか
そこでもやっぱ感じたんですけど変化が早い。
ここ1年そうなったって感じだったんで
もっと言うなら半年ぐらいでこうなったって感じだったんで
近藤淳也
そうですよね。
荒川大晴
一番感じるのはそこですね。
近藤淳也
そうですよね。
荒川大晴
本当にそれこそ来年には全然違う話になってるやろなって。
NFTコレクションの新しいエンターテイメント性
荒川大晴
確かに。ベリロンとかもまだ半年ぐらいですよね。
近藤淳也
ちょうど企業サイトと同じくらい、Berry Long Animalsって
まあ、有名な国内では人気のNFTコレクションですけど
桑原佑輔
伺ってますけど、まだ半年とかなんですか?
荒川大晴
半年半年です、もう
近藤淳也
とかなんで
荒川大晴
それこそ本当にNFTってワードが出たのも多分1年ぐらい前ののかな
その元々あったんですけど、多分表に出てきたのは1年ぐらいだと思うんで
なんか多分これもどんどん変わっていくと思うんですよね
それをやっぱり結構強く感じたというか 今についていくじゃなくて
この先どうなるかの方が大事なんやらなっていう
何ですかね 予測しかできないと思うんですけど
こうなる可能性があるっていうのを 何本も持つことが大事なんやなっていう
そのためには情報を集めないといけないんやなっていうのを すごい感じましたね
近藤淳也
ほう でもいい場所にいますね 情報を集めるには
荒川大晴
そうなんですよ 勝手に向こうからやってくる
近藤淳也
さっきの理学療法師のお客さんじゃないけど
荒川大晴
バーンに勝手に来てくれるっていう そうなんですよね
本当にやっぱり世代をいろいろセルト 医学療法者の時はそれこそ
およあるおじいちゃん世代60代70代80代がおくと これもやっぱ勉強することが多かったんですよね
それこそ戦争の話が聞けたりとか 昔はこんな人生だったんやとかことを聞けて
今はやっぱり多いのは3,40代がボリュームゾーンになるんで
でよく会うのは20代の人なんで やっぱこの網羅できてるっていうの大きいなって
20代30代40代で最終的にやっぱ10代と関わりたい
僕より下の台はどういう これもまたとも全然違うと思うんですよ
近藤淳也
間違いなくそうです
荒川大晴
いうふうにいろんな世代と関わり続けていたら やっぱり自分の得意な世代というか
自分が受ける世代もあれば 難しい世代も出てくるんですけど
やっぱりそれもちゃんとその人一人にあった 対応ができたらいいなって
話をできたらいいなっていう 修行に近いです今はそんな感じですね
真面目だなぁ
近藤淳也
すごい謙虚にいろんなものを吸収しようとしているっていう
荒川大晴
それしか今強みがないんで
近藤淳也
いやいや
桑原佑輔
すごい自分の身を置く場所というか
本当に良いポジションを自ら探し出してる感じがすごい
すごい覚えて思いました
荒川大晴
持ってるだけなんですよ今年が
今年は多分もうそう信じてます
自分はそういう年なんやって
近藤淳也
いやでもやっぱそのお腹を壊してでも
一歩踏み出したのがやっぱりそれは自分じゃないですか
その力を出したのやっぱそこを踏み出したのがやっぱり大きいんじゃないですか
荒川大晴
嬉しいですね
近藤淳也
いやいや
荒川大晴
言ってもらえると自信が出ますね
近藤淳也
いやみんなそこ怖いけどね
まあどっちが正しいっていうのは別にないと思うんですけど
まあ少なくともその変化を起こした自分の力だと思いますけどね
嬉しいですね
荒川大晴
自然とにやけちゃいますね
近藤淳也
いやいやいや
なんかちょっと具体的にこの話が面白かったとかないですか
そのIBS系でとか色々人が来て
面白い話聞いたみたいなと
桑原佑輔
どうなんや 言えるやつがあれば聞きたいですね
荒川大晴
すごい正直に言うとみんな飲んでるんで
結構大まかな話しかない
実は大して具体的に これが正直な感想です
やっぱ表は知れるんやなっていう感じでした
だからそういうこと深く知るにはIBSの
そういうことはピッチ聞きに行かないとダメだと思いました
だからそれは感じましたね
あくまでも関係性を作るには最高の場所ですし
やっぱり人間性っていうものがすごくわかるというか
話し方も飲んでるときってやっぱり
これもやっぱり脳の話なんですけど
飲んでるときってアルコールによって
脳って三相になってるんですけど
大脳皮質っていう一番人間らしさを司っている中に
急脾質っていう本能的な部分があって
皮質の制御が緩まるんですよ
アルコール飲んだりすると
本当の人間性が出やすいって言われてて
だからそこでも詳しく話してくれる人はいますし
逆に冷静な人ここまでは話しちゃダメ
ここまで話していいみたいな人もすごい騒ぐ人もいますし