ポッドキャストアワード3月18日。
受賞式の服装はゲイで茶を沸かすのマッキーさん。
おしゃれ番長。
はい。
をプロデュースのもと仕上がっているはずです。
楽しみだな。
アップは撮ったんですもんね、だって。
もうはい。
もう行く日も決まってる?
決まった。一回事前に打ち合わせした後に一緒に帰る。
事前に打ち合わせもしたんですか?
してからリアルかいもの一緒に行っていただくという。
楽しいね。
超豪華。
めっちゃ楽しい。それ絶対なんかにした方がいいですよ。
18日にお会いした時にポイントとかをさ。
そうだよね。
マッキーさんに解説してもらう。
桃で茶を沸かす。
桃で茶を沸かす。
この回はポッドキャストゲイで茶を沸かすのフォーマットを拝借してお届けします。
はい。
はい。
今回はどの7回のお便り?
これはですね。
エピソード113。実家サファリパーク回。
はい。
行きます。
これすごかったね。
いや、これすごかった。
反響いただいてます。
反響もすごかったでしょ。面白かった、私は。
あ、そう。
他人として見てましたけど。
あれ、このくだりありましたっけ?
このくだりあった。
あ、じゃあ来てください。来てください。
まあいいよ、まあいいよ。
はい。ということでスポティファイの方にもたくさんコメントついてて。
すごいですよね。
来てる来てる。間違いない間違いない。
え、その再生回数的なやつが。
再生回数的には結構多いね。
そうなんだ。
多い。
すごいコメントが多すぎてめっちゃびっくり。
そうだね。いやまあでもそうだなって思いますよ。
もしギャラクシー賞に応募できるんだったら応募したいなって思ったよ。
ギャラクシー賞やば。
したいなって思ったよ俺は本当に。
なんかそういうドキュメンタリーの賞みたいなのがあったら応募したいなって思うようなそういうあれだったなっていう風に。
手ごたえありました?
手ごたえあったよ。
いやいやもうこういう瞬間に立ち会えることはそう多くないだろうなという風に私は思いましたね。
なんか結構個人的にはいつも話してる話っていう感じだったから、
こんなに反響、この新しいこととして皆さんに反響をいただけると思わなくて、
いつも言ってるじゃんみたいな感じ、繰り返してんなみたいな感じ思われるんじゃないかと思ったんですけど。
いやそんなことない。
新鮮に反応いただいたし、やっぱり映像のおかげでちょっとその都市論というか、
そういう方向性もあったっていうので、なんか響く人が多かったのかなと思いました。
お便りを紹介します。
りゅうとんさん、66歳の方からいただきました。
わっこさんありがとう。親は先に死にます。
終わりですか?
いや最高なんだよな。
これやばかったね。
いやマジでいい。
親は先に死にます。
親は先に死にます。なんかこう実感がね。
そうだね。
こもってますね。
66歳だしね。
先輩からのリアルなご報告はありがたい。
きっといろいろ終わりだったんでしょうね。
そうだね、そう思った。
ありがたい。
あとは、これはスポーティファイのコメントの方で、一番ハートがついてるやつ。
ハート33個もついてる。
そうなんだよ。
さまじいエピソードを聞き手が少し笑えるぐらい滑稽に話せる和術脱帽です。
和術。
和術。
いやー。
暴力系は本当につらかったでしょうね。
大変だったなと思うし、覚えてないってすごいね。
いやでも想像できるな。
そうなんだ。
覚えてないんでしょうね。
なんでなんだろう。
私の親も、何かあなたに悪いことした?みたいな感じで言ってきたんですけど、今回。
本当そういう感じなんですよね、人って。
人ってね。
なんなんだろう。
なんなんだろうね。
なんで忘れちゃうんですかね。
あまりに当たり前だったのか、それとも自分の中でもそれは嫌な思い出だったから消してるのか。
消してるのかね。
いやー。
でも覚えてないなんてことある?
でも人のことを殴った思い出ってさ、忘れるかね。
知らばっくれてるのかな。
そこ。
そうかも。
それに対して弁解、弁明をする言葉はないだろうから、忘れてることにする、説明を求めるとできないもんね。
なんでしたら。
本当に忘れるかな。
ちょっと考えづらい。
でもなんて言うんだろう、当然のことだと思ってんのか。
あとあの時私も必死だったり、みたいなのもあるかもしれないですね。
でもなんか友達でめちゃくちゃ上司にいじめられて大変そうだった子がいるんですけど、
最近になって上司と割とタイトに話せるようになって、一応縁切るというよりは多少話せる。
でもその上司に、私っていい上司だったよね、みたいな感じで言われたらしくて。
だから忘れちゃってるのかな。
明確にいじめられてたわけだよね。
端から見たら、話とか聞いてる限り、
普通にしかるべき部署とかに行ったほうがいいんじゃない、みたいなレベルだったんですけど、
本人は、
彼女は耐え抜いたっていう感覚はあるわけでしょ。
はい。
だし結構その彼女以外にもそういうふうに思ってる人はいるみたいなんですね、後輩で。
後輩たち、その上司からしたら。
でもやっぱ、そういう自覚はないみたいなんですよ。
何なのかな。
何なんだろうね。もしかするとそういう、なんかあるのかもしれないね。
ちょっと専門家の方。
専門家の方にね、加害者が都合よく記憶を解散しちゃうのかな。
そうなのかもしれないですね。
あるかも。
覚えてるけど罪の意識がないみたいなのはさ、あるじゃん。
虐殺みたいなケースでもさ、そういうのってあるじゃん。
でもあまりにも酷いことをしている自分を認められなくて、なんか消しちゃった。
消しちゃうみたいなのももしかしたら。
ありそうだけどね、あんま軽はずみに言えないけど、想像としてなんかありそうだよね。
そうだね。
辛い記憶を消すみたいな、あれでいくとね。
辛いって何言ってんだって話だけど、本人にとってはね。
せめてね、振り返って後悔して謝ってほしいっていうことすらできないってなると、何にぶつければいいんだっていう気持ちになるよね。
だからこそ書いてくださったんだと思うんだけど。
あとはあれですね、自分もそういう環境だったって人からのお便りがすごく多いかなというふうに思います。
あけえんさん。
わっこさん、よくぞ語ってくださいました。
私もわっこさんのご両親とタイプは違えどかなりの猛毒親で、妹も猛毒なためずっと実家と絶縁しています。
親や家族が嫌いなら嫌いって言っていいし縁切ってもいいんです。
やべえ奴らからは物理的に離れて、身体的にも肉体的にも自分を守るのが正解です。
ちなみに私も千葉県の新興住宅地の出身です。
えーマジ?
院際史は行ったことがないのですが、千葉には似たような新興住宅地がたくさんあると思います。
私も自分の出身地に何の思い入れもありませんし、もう帰る気も一切ありません。
わっこさんどうぞこれからも自分を守ることを第一に考えて生きてください。
ありがとうございます。
いやでもなんかこれ見て面白いなというか、新鮮に思ったのが、私は一人っ子なので、
親がやばいことを共有できる兄弟が欲しいってすごい思ってたんですよ。
でも兄弟もやばい可能性っていうのがあるんだっていう、
そんな一筋のうまくいかないな人生というか、そこがそうですね、面白いというか、辛いところですね。
他にも、まきおとさおさん、53歳の方、いただいていてちょっとだけ抜粋みたいな感じなんですけど、
私は夫のモラハラに耐えきれず20年の結婚生活に終止符を打ち、2年半前に故郷に帰ってきました。
ACであることに25歳頃に気づき実家を出ていたので、離婚して実家に戻るのは怖かったのですが、心がとても弱っていて戻ってしまいました。
あの頃とはお互いに変わっているだろうと考え、父も亡くなり母も一人になってしまったので、一緒に暮らそうと思っての同居でしたが半年が限界でした。
母は鬱で寝てばかりいる私に我慢ができなかったようで、それはいつ治るのか、それとももう治らないのかと何度も聞かれ、このままでは私自身が困れてしまうと思い、再び実家を出ました。
その後、私は20年前に結婚のため退職した会社の同期に熱心に誘ってもらい、復職しました。
とても嬉しく、就職の保証人になってもらおうと実家を訪ねたところ、なぜかその場に弟が来ており、頼み事をするならまず家族としての役割を果たしてから来るのが筋だと二人に激しく叱責され、あぜんとしたまま実家を後にしました。
その足で友達の家に行き、事情を話したところ、心よく保証人になってもよいと言ってもらい、無事に再就職することができました。
その日以来、母と弟に会うのが怖くて実家には帰っていません。このまま会わずに済むなら、もう会いたくはありません。
離婚し、子供もおらず、実家とも離れてしまったので、本当に一人ぼっちだなと心細くなることはありますが、家族に期待する気持ちがゼロになり、清々しい気持ちでもあります。
長々と帰ってしまいましたが、これってもしかしたら各家族間の弊害なのではないかという考えが浮かんできました。
子供の頃に祖父や祖母がいてくれれば、私がACになる可能性は低かったのではないかと思ったのです。
以前、森田さんが、うちの中にいろんな人が入ってきてほしいと話をされていたのがとても印象的でした。
風通しの良い、いろんな人が出入りしている家は、実は子供にとっても安全な家になるのではないかと思います。
脈絡のない話になってしまいました。長文失礼しました。
ありがとうございます。
大変だったな。
兄弟が必ずしも仲間ではないというか。
結構すごいね。
結構大変でしたよね。
辛い。
各家族関係。
どうなんだろう、でも祖父とかもやばい可能性とかもないですか。
そうだね、それもあるね。
親戚とかもさ。
要は血縁とかじゃなくて、自分で選んだ人と付き合っていくのがいいっていうことですよね。
ただ、血縁はそう簡単に切れないから、大変なのかもしれないですけど。
バイブスが。家族だからといってバイブスが合うわけじゃ全然ないからね。
そうなんですよね。
家族もまたランダムに寄せ集められた人とも言えるよね。
確かに。
環境と箱は一緒だけど、どういうやつが生まれてくるかわかんないじゃん。もしかしたら性格とか遺伝の問題あるにせよ。
環境。
でもね、バッチリ合うかどうか保証ないでしょ。
変わるからね、人は。
確かに。
突然ネトウヨになっちゃったりとかさ、あるわけじゃん。本当に。
例えば離れたりしてね。
私、何か思い出したんですけど、カルチャーを全般ほぼ与えられなかったというか、あまり接触できない環境にいてラジオばっかり聞いたんですけど、
映画をあんまり見たことがなかったんですよ。映画館に行ったことがなかったんですよ。
なかったんだ。
はい、大学生まで。テレビっていうか、テレビを録画したやつとかはあった気がするんですけど、家に。隣のトトロみたいなのがあった気がしますけど、
映画を見るみたいなレジャーがあるってことを大学まで知らなかったんですよ。
私、なかったし、ニュータウンに映画館。
でも、バイト先の予備校で働いてたんですけど、予備校の校長だったか、なんか偉い人が映画に誘ってくれて、初めて映画見に行って、こんな面白いものがあるんだって思ったんですよ。
だから、そういう人に感謝してる。
自分が出会って、ちゃんと信頼関係を築いた人にマジで感謝してるっていうか、親に感謝することは一生ないんですけど、
そういう私に新しいことを教えてくれた人々に感謝してます。だからこの人にとっては、そのお友達が保証人になってくれたっていうことですけど。
会社に誘ってくれた動機もすごい良いよね。
確かに確かに。そういう自分の生活していく中で手に入れた縁、血縁じゃない縁が結局人生を好転させるっていうことじゃないですか。
そうだね。
って思いました。
孤独。佐藤さんはご両親もう亡くなってるじゃないですか。
はい。
そういう観点で言うとどうですか?寂しいとか。
ありますよね、やっぱり。特に母親の方は一生寂しい感じありますけどね。
高校生?
高1かな?あ、高2か。16とか7とかだったんで、いまだに乗り越えたかっていうと、別に乗り越えてはないっていう感じですよね。
いつでもなんか、うーって気になるし。
そうか。
この間も川沿い走ってて、涙止まらなくなっちゃって。
思い出して?
なんか急に。
それは生前のお母さんを思い出すのか、亡くなっちゃったことを思い出すんですか?
死ぬ間際のことを急に思い出して。
なんかわかんないんだよね。たまに来るんですよ、こういうのが。
生活が変わったからですからね。
最近?
ちょっと走馬灯じゃないけど。
家族みたいなことを少し意識し始めたときに、大切な人がいなくなる悲しみを。
テーマ変わってます?大丈夫ですか?
悲しみをね、人間は乗り越えられるように設計されてないなっていうのを、16歳の時に思って。
あそこの時点で、ちょっともう心ぶっ壊れたまんま来てるような気もしてて。
回復しきれてない?
なんかね、それがもう性格の一部になっちゃってるんだけど。
というのはあるよね。あると思ってたものがなくなる。
そしてなくなると宣言されたとしても想像ができないみたいな。
なくなってみないとわかんないし、なくなったところで別にわかんないんだよね。
会ってない日もあるしさ、一人暮らししてたりすると。
当時はしてなかったけど、なんかどっか出かけてるだけかなぐらいにしか思えなくて。
どれぐらい遠慮はされてたの?
えっとね、半年。腰が痛えつって病院行って。
あーそうなんだ。
この話続けちゃって大丈夫ですか?
腰が痛えつって病院行って、行く前に腰さすってくれって毎日のように言われてて。
すっげーなんか痩せてんなーみたいな。
もともとダンスやってた人だから細い人だったけど、めっちゃ痩せてんなーと思って。
で、病院連れてって父親と一緒に行ったらもう想像があるんです。
バッキーです。あと3回です。みたいな感じになって。
で、私がどういう経緯で母親の病気を知ったかっていうと、
今ではこれは面白いと思ってるから言うんだけど、
ある日実家で寝てたら、家族4人で住んだときね、実家で寝てたら、
もともとうちの父親と母方のばあちゃんがめちゃくちゃもともと仲が悪くて、
だったんだけど、めちゃくちゃいつものように言い争いをしてたのよ。
で、そのときに、うちのお母さんはひさこって呼ばれてたんだけど、
その勢いで、子どもたちに言ったのか?みたいな。
子どもたちには、ちゃこがガンってこと言ったのか?って言ったら。
ばあさんが?
ばあさんが。で、父親がああーみたいなアタフタしてるんだけど、
父親からは座骨神経痛みたいな。で、入院してるっていうふうにしか聞いてなかったから。
それを喧嘩で知ってしまって。で、その場は出ていけなかったんだけど。
で、父親が出かけてったから、ちょっと起きて母見上げて顔を洗って。
で、父親がほどなく帰ってきたときに、私の顔を見たときに、こいつ知ってんのか?みたいな顔をしたから、
こっちから大変なことになったねって言ったら、父親がめちゃくちゃ泣き出して、
いや、すまん、すまん、みたいな。大丈夫かな?し続けて。
じゃあ、もうちょっと隠して起きたかったんだ。
言えなかったんでしょうね、自分から。
お姉ちゃんは?
で、姉はその日の夜に一緒に言ったかな、確か。
ただ、うちの父親、やべえぞこれ、俺たちしっかりしないとみたいなことで、妙に姉とは連携をして。
泣いてすごかったんでしょう?
父が?
父親が泣きまくってたから、で、父親が泣きまくってて、ごめんとかって言うから、妙に自分が冷静になって。
その時点で、たぶんね、心が半分ぶっ壊れてたのよ。もうその時点で。
あ、だめだと思ったけど、でもしっかりしなきゃいけないからと思って。
で、それから死ぬまで一回も泣かなかったんだけど、もうその時点で。
一回も?
なかった。
ただ、その代わり。
強くあらねばみたいな意識が戦闘したの?
マジで怖い父親がボロッボロに崩れて泣いてたから、あ、これは一大事だ、やばいと思って。
もう家が終わると思ったから、あ、もうちょっと泣くのマジでやめようって、そのスイッチ切り替わってしまうのがあって。
ただ、ただ、これマジでやばいから、ここで一生分泣こうと思って。
奥底から母ちゃんの写真持ってきて、そこで一時間くらい死ぬほど泣いたわけ。
それは、いつ?
いつ?
その知った日ね。
父親と話をして、これからしっかりやっていこうねみたいな感じになった後に、父親がどっか行って、自分の部屋に戻って。
これから多分、父親はこんな感じで泣けないから、今、母親に関しては一生分泣こうと思って。
そんな前借りできるんだ。
できます。
前借りできますか?
できます。
涙の前借り。
ここでめちゃくちゃ一時間くらい泣いて、そこから死ぬまで多分一回も泣いてないと思う。
逆に泣けなかったけどね、死んだときも。わけわかんなすぎて。
確かに。ちょっとパニックというか。
あったあったあった。
父親は断ることに泣いてた。死ぬ前もそうで、死んだ後もピーピーピーピー泣いてて。
姉も多分泣いたの見たことない。
私が泣いてない方も姉も泣けなかったんでしょうね。
やっぱしっかりしようってなるんだ子供は。
なるけど、私も姉も多分半分くらい心ぶっ壊れてた。
それは泣かせてあげないとダメだなって。
確かに。適切なときに悲しみを味合わないと。
できれば親はそこで泣かないで、他で泣いてほしかったなと思うけどね。子供泣けねえじゃん。
確かに確かに。
本当そうだね。
そうすると壊れます。
みんなで泣けばよかったのかな。
まあね、だから私もそれができればよかった。
いやいや、無理だよ。
無理か。
家を回していかなきゃいけないしね。
いやでもなんかそれ、今思ったんですけど、ふと。
結構その、毒親税からのさ、お便りたくさんいただいてるじゃん。
なんか毒用で育ったおかげで、そういう、多分親が死んでも、
マジで多分悲しいとかないと思うんですよ、私。
死んだなあみたいな感じでしかないと思うんですけど、
なんかその、佐藤さんが味わったような悲しさを多分味わわずに済むから、
親が死んだ時に。
なるほど、ある意味。
だからその、前借りをしたと思おうって思った、なんかその。
考え方としてね。
私のその経験は、良い記憶ではないけれど、
私みなさん、その毒親税のみなさん、
良くない経験をしたと思っていると思うんですけど、
親が死んだ時に悲しくはないから。
まあ一つ。
いつ心を殺すかって話で。
なるほど。
死んで、辛くて心を殺すっていう人も多分いる一方で、
もう心が死んでるから悲しくないっていう段階に行けたって思ったら、
良かったかもしれないって思いました。
一つ考え方としてはね。
それで何かが軽減されるかどうか私もわからないけど、
ものの考え方としては一つありなのかなとは思うね。
でもそれが、
泣けなかったものが、
まだ来るわけだよね。
だからそうやって折りに触れて。
やっぱりね、死んだ後辛かったのが、
なんかね、
ベビーカー見るとめっちゃ悲しくなってきて。
お母さんがちっちゃい子を怪してる姿を見てるともう涙が止まらなくて。
あれ見るのがめっちゃ辛かった。
高校生ぐらいの時?
そう。
その子供には母親がいるんだみたいな?
守ってもらえる存在がいるみたいなのが、
自分にはもういないんだなと思って。
要はいる人が亡くなったってことは人は認識できないわけじゃん。
わかる?
どういうこと?もう一回言って。
なんだろうな。
いる人が死んだっていうことって、
本質によく理解できてないような気がするんだよ。
要は死後の世界があって、
そこにいますっていうことが確認できれば、
死んだんだなってことはわかるんだけど。
生きてる人がいないっていうのはさ、
どっか出かけてるっていうのとさ、
見え方として同じわけじゃん。
普通に不在みたいな。
いる人がいないことを死んでるって認識するわけで、
死んでる人がいるっていう認識はできないわけじゃん。
わかる?
わかる。
死ってよくわかんないよ。
死を知覚することは難しいかもしれない。
できない。多分できないと思った。
だからこそ、生きてるような気がするわけではないけど、
死んだってわかんないのよ。
でも会えないから、きっと死んだんだろうなっていうのは思う。
きっと死んだんだろうなっていうことしかわかんないんだけど。
だけど、やっぱり小さい子を見るのが辛かったし、
この間も隅田川を走ったんだけど、
そのときお母さんが小さい子を怪してるのを見たんだよ。
それで変なスイッチが入って、
今の環境の変化とかいろんなものが混ざって、
そういうのありそうだね。
ヘルペス的な不安定な時に、
そういう思い出の蓋が開いちゃって、
思い出の蓋っていうか、
ちょっとアイコン的なものが目に入ってきて。
いろんな要素が組み合わさって、
なったのかなと思って。
本当に父親には悪いんだけどさ、
父親のこと思い出すんだけど、
そんな急にスイッチがあって泣くようなことは、
父親だからなのか、
亡くなったのは私が31、2ぐらいのときだったからか、
ちょっとそれはわかんないんだけど、
やっぱり思い出して悲しくなるのは、
やっぱり母親だったし、
その時の父親の取り目出し方とか、
家族の形があの時点で変わったなっていうのはあったよね。
別にうちはそんなに得意はじゃなかったと思うし、
普通に一般的に、
よくやってた家族だと思う。
むしろ私がヤバいやつだったぐらいで。
そんな感じですね。
重たい話になってしまいました。
そんなに佐藤さんが死について深めてるとは思わなかった。
だって母ちゃんが死んだって。
知ってたけど、
でもそれはそうやって考えるんだなって。
結構さ、もう何十年も経ってるわけじゃないですか。
でもやっぱまだなんかあるんだっていう。
あるある。だから母ちゃん死んだ日のこととかめっちゃ覚えてるもん。
そうなんだ。
学校から連絡が来て、
病院すぐ行けって言われて。
日大武山高校に行ってたから行ってて、
でもお母さんは都立大塚病院ってめっちゃ近くにあったの。
たまたまね。
チャリで10分ぐらいどこだったからすぐ行けたんだけど、
これどっかで話したかもしれないけど、
母ちゃんにちょっと容態が変化したから行けって。
要は死に目にあってこいってことだったと思う。
いわゆるね。
それがよしとされてるんだけど、
これ死に目にあったら、さっきの死の認識じゃないけど、
死に目にあったら多分俺無理だなと思って。
多分もう完全に壊れるなと思ったから逃げたんですよ、私。
どこに?
一回池袋行きました。
逆走?
逆走してメトロポリダン行きました。
メトロポリダンは噴水でボーっとして、
でも言い方悪いけど、死んだら行こうぐらいの感じだった。
よくドラマで見る瞬間の風景なのかどうか知らないけど、
あの瞬間たちだったらもう多分人間として無理だなと思って。
あれ耐えられないなと思ったから逃げて。
要は時間潰したっけよ。
母ちゃん死ぬまで。
で、病院行ったら、
白い布被せたのかな?
でもマジでみんな変な、
この例えが正しくないんだけど葬式みたいな気分だった。
葬式みたいな雰囲気だったの。
リアル。
父ちゃんマジで本当にもう3分の1ぐらいしぼんでて、
姉ちゃんいたかな?わかんないけど、
周りもさ、16で母ちゃんを失った息子を見る目が、
この世の全部の悲しみみたいな目で見てくるわけ。
こっちもなんかさ、もう動けなくなっちゃってさ。
っていうシーンを未だに思い出して、
霊案室って意外と明るいんだなとか、
カールガルいろんな人が声をかけてくれたけど、
何にも入ってこねえなとか。
入ってこなそう。
みたいな当日の、なんか逃げたなみたいな記憶がめっちゃあって。
それは別に後悔してるとかでもないんですよね。
それはその時もそうする他なかったというか。
お別れなんてできないだろうと思って。
そんなの退治したら完全に壊れると思う。
もう当時も半分も壊れてた中で。
それでお母さんはさよならみたいな。
やったら無理だと思って。
後から父親から聞いたのは、
母親もがんでもモリヒネとか打ってて、
意識朦朧としたから、
最後可愛い足で転んみたいな死に方じゃないらしいのか。
だから父親はもう朦朧で、
なんかこう、ああああみたいな眠るような感じだったとは言ってたけど、
それは無理と思って。
見れないと思って。
無理かも。
そう。
だからその後は多分父ちゃんが立ち会ってくれたけど、そのシーンは。
一人で殺さなきゃいかないからさ。
殺してはないけど。
一人で死んでもらわなきゃいかないから、
ああちょっと悪いけど、父ちゃんそれ悪いけどやってくれって思って。
これまで私頑張ったから、その場面だけはやってくれないと。
っていう思いだった気がする。
すごいな、でもそんな鮮明になんか覚えてるって。
めっちゃ覚えてる。
すごいわ。
覚えてることないもん、そんな10代の記憶で。
覚えてないけど、その日だけはめっちゃ覚えてて。
何度も反省してるからってのもあるんじゃないかな。
あんまりでも人には言ってないかもしれないけど、心の中で何度も話してるから覚えてるかな。
はい。健康死んだら言ってくださいね。
いやほんとそう。
そうなんだよ。母ちゃんが専業主婦だったからさ。
専業主婦で肝臓がもともと大腸があったかな。
気づきづらいって言いますよね、大腸が。
父はめちゃくちゃ後悔してた。本当に連れてくべきだったみたいな。自営業だったし、父親もね。
結構あるよね、友人のお母さんでそういう人は何人かいる。
そうなんだよ。だからさ。
忙しいしね。
だからJTCの皆さんはね、ほんと。
ちゃんとサボんないでね。
家族を健康診断連れてくみたいなのをちゃんとやってくれって話よ。
自分だけじゃないよ、これ。
母ちゃん死んだのが50なのよ。
若いね。
3年前に原発というか、3年前にできてたらしいの。
そう考えると私あと1年、2年なんですよ。
がんが発生するのが。
そうか。
という話を最近姉とよくします。
姉は3つ目だから、姉なんかもリーチかかってるわけよ。
確かに。
ケンさん行ってる?
行ってる行ってる。
心配でしょうがないですよ。
確かに佐藤さんはお姉さんと仲良いですよね。
仲良い方でしょうね。
やっぱその危機というか辛いことを一緒に乗り切ったみたいな。
それはあると思うよ。
それはあると思う。向こうも。あるとは思う。
だけど姉にもそんな弱みみたいなのはこぼせなくて。
こぼせなくて、そう思い出した。
それで年明けに母ちゃん病院に入れて、1月から6月までに入院したんだけど、
その年の9月に学園祭があって、武山祭の。
私はほら武山の。
私は頂点。
トップオブトップだったんで。
そんな大変な時期だった。
実行委員長じゃないけど、司会みたいなのやって。
年の主役としての。
2daysステージで司会をするというやつなんだけど。
なんとなくそこが終わったら落ち着くかなみたいな感じがあって。
知らんけど。
何が?
なんとなく。
自分が?
自分が。
で、それが終わって、めっちゃ大成功に終わって、その日の夜に仏壇?
仲の悪い婆ちゃんがすげえ高い金出して作ってくれた仏壇。
もうそれ無くなったの?
6月死んで、9月だから。
3ヶ月。
だから四十九日も終わって、骨になって仏壇が来ましたぐらいの時。
まだピカピカの仏壇があって、そこで初めて泣いたのよ。
仏壇の前で急にめっちゃ涙出てきて。
張り詰めてたものがみたいなやつなんだ。
文化祭だけ頑張ろうと思って。
でもそれで頑張って文化祭盛り上げてる佐藤さんを想像したらすごい胸がキュってした。
で、母ちゃん死んだことは当然みんな知ってるわけじゃん。
だからやっぱりすごい応援してくれたんだろうね。
同志してくれた。
だから主役にしてくれたし。
それの経緯もあってのやっぱりトップ?
星?
なるほどね。
なんだろうな。
そういう流れがあったんだ。
星を持ってるんだ。
でもいいやつじゃん。仏壇生。
そうそう。
佐藤と。
佐藤なんか何とかしてる。
言いたくないけどさ。
言いたくないけどやっぱりそれは清太だと思うよ。
今これいいですね。
キュンとした今。
言いたくないけど。
言いたくないけどやっぱり清太さんのあれはあったんじゃないですか?
あったんですか?
あったんじゃないですか?わかりませんけど。
本人不在ですけどね。
清太はお母さんとまたまた会うんだもんね。
あるある。
佐藤さんの親?
あるある。だって中1からだからさ。
知ってる知ってる。みんな知ってるしね。
だからやっぱりみんなもショックだったろうな。
そうだよね。
母ちゃんあの母ちゃん死んじゃうのかみたいな。
確かに会ったことある人だと辛いかも。
でその仏壇シーン戻るんですけど、めっちゃ号泣したの声あげて。
で一人だったと思うんだけどそれを姉ちゃん見てたらしいのよ。
えー。
あーあいつ泣いてるみたいな。
でも姉ちゃんその場では出てこなかったんだけど覚えてたみたいで。
で後で父親がその後もクヨクヨしてる時に。
ちょ俺も泣きそうになってきたな。
クヨクヨ。
親父がクヨクヨした時にあの子はずっと泣いてなかったんだけどみたいな。
あの日だけ泣いてたのにちょっとしっかりしなさいみたいなことを言われて。
それまで我慢してたのにみたいな。
怒られちゃったみたいな話を父親からされて。
あー姉ちゃんミスったんだなみたいなことを言って。
いい話。
いい話よ。
だからそういう経緯があったので。
まあ姉のことはやっぱり心配だし。
で今度さ、だからそれから十何年経って父が死ぬわけでしょ。
まあよくあるパターンだけど私は母親に依存されてたけど。
どっちかっていうとやっぱ父親と姉の関係性の方が濃かったし。
あーそうなんだ。
仲良かった。
父親ねあんまり私に興味なかったんだと。
へー。
姉の方が赤い赤に可愛がってたから。
でも別に何か意地悪されてはないんだけど。
でやっぱり父親が死んだ時に姉がすごいショックで。
仲良かったんだ。
仲良かった。
ずっと仲良かった。
よく会ってたし。
で父親の一人暮らししてる家にも私はあんまり行かなかったけど姉はちょくちょく行ってたし連絡はやっぱりこまめに取ってたみたいでね。
でやっぱ姉すごい悲しんでるだろうなと思ったから。
そん時はやっぱり自分がしっかりしなきゃなと思って父ちゃん自宅で孤独死したんだけどそれを見に行った時はとりあえず私が。
具合が悪かったとかじゃないんですね。病気してたとかじゃなくて。
ピンコロ系の。
あー。
だから良かったね。
ピンコロね。
良かったね。
ピンコロ。
私ピンコロ一番ねいいというか憧れでもあるけど。
だから感謝してんのよ。
なんかこう世話をしなくて済んだからさ。
ピンコロね。
ピンコロマジピンコロ。
一番いいよね。
そう。だったから。
結構若かったよね。
でも70くらい。
若いじゃん。
ね。
1400年時代って言ってるからそれをもっとあれだけど。
そうそう。それで見に行って、見取ってたか死んでたか。
それはどちらが?
え?あ、私。
あ、佐藤さんが見に行ったの?
そう。そうだよな確か。で見に行って。
どうやって知らされたの?
えっとね、誰から聞いたんだあれ。
なんか知り合いがどんどころって言ってた。
あ、確かに姉から電話がかかってたの。
で、姉から急になんか仕事中に電話がかかってきて。
で、なんでどうしたの?つったら。
で、お父さんとなんだかんだなんでその話してんの?と思って。
で、なんかしばらく連絡取れなくて、管理人さんが開けたら死んでたって言われて。
仕事中に言われて。
え?え?え?って思って。
あー分かった。じゃあもう今から行くわ。つって。
で、姉は多分いなかった。
あ、行ってたかなと思ったの。
現場に?
現場に。
戸井堂だったよね。
そう。辻堂。
神奈川のね。
で。
なんで辻堂?もともとあっち?
もともと辻堂にしたの。
あ、そうなの。
そうそうそうそう。
で、行って、あ、死んでると思って。
で、見て、なんかいろいろ、自宅で死んでるから警察の取締役とかも受けるのよ。
なんかやってねえかみたいなことを。
一応ね、刑事記録とかやって、いろいろやっていいみたいな。
仕事どれくらい経ってたの?
1日2日くらいだった。
だからそんなに腐ってとかじゃなかった。
あったあった。
けど、この話ちょっともしもしリアルだったかとしたんだけど、
やっぱ死体ってね、信じられないくらいね、嗅いだことない匂いがあるわけよ。
そうなんだ。
すごいよ。
言うけどね。
あんなに仲良かった親でも、もう物にしか見なかった。
うわーきついな。
で、もう人、その死体のちょっと腐りかけたんだよね。
まあ形はあったんだけど、匂い嗅いだ瞬間に一発ゲロあいだもん。
どんちゃこりゃーと思って。
そんなすごいんだ。
すんごい。
真夏?
えー、だから6、いや違う違う、7月か。
真夏だよな。
もうちょっと経ってたら大変なことになってたなって言われた。不動産屋に。
まあまあだいよかったんだけどね。
連絡をこまめに姉が取ってくれてたから、その連絡が取れなくなったからって言ったら時間経ってたから、
まあ見つけてもらえてよかったね。
姉のおかげだった。
本当だわ。
その分姉はやっぱすごいショックだったから。
姉がその後来て、もうその時には父は病院連れて行ったのかな。
で、姉にこの父の死んでる姿見せちゃいけないなと思って。見せたらいかんと思って。
で、どうだったって姿どうだったって言われたから、まあまあ別にそんな腐ってるとかじゃなかったけど。
座ってたの?
え?寝てた。ベッドで寝てた。
普通にこうやって寝てたんだけど、ちょっと顔の半分ぐらい黒くなってて。すいませんね、リアルな描写で。
いやでも憧れのピンコロではあるからな。
ピンコロで姉がちょっと父の顔見たいって言うから、やめた方がいいよって言って。
ちょっとやっぱりもう崩れてたからって言ったら、その瞬間姉がワーって泣き出して。
これはちょっと自分がしっかりしないといけないと思って。
初めてあんなクシャクシャにして泣いたのは初めてだったな。やっぱ姉もショックだったんだなと思って。
で、私は姉ほどじゃなかったから。
父ちゃん死んじゃったかはあったけど、そこでもまた急にしっかりしなきゃスイッチみたいなのが入って。
募集っていうのをやったんですよ。
募集経験ありです、私。
募集ってなに?
まあまあ、これ薬書に届け出したりとかさ。
お医者さんの死亡診断書みたいなのを薬書に出したり。
葬式取り仕切ったりもした?
一応親戚いたからさ。
当時は父のお兄さんも長男もいたから、兄弟いっぱいいるからさ。
ほぼ手伝ってもらったときに一応名前だけ募集って感じで最後挨拶してみたいなのを。
あれ、あの時一緒に住んでたっけ?
父と?
俺らと。
そう、そう。だからあれ、法治道が来てくれたじゃん。
どこに行ったっけ?
葬式会のさ。
あ、行った行った。
新しい。割と新しい。来てくれたじゃん。
京都と一緒に行った。
そんな歴史の話ですけど。
そんなことがあったから、姉には健康でいてほしいし、というのはめっちゃ思うね。
だから姉のことは過剰に心配してしまうというか。
向こうはあんまり心配していなさそうなんだけど。
そんなことないんじゃない?
どうなんだろうね。電話出ないんだよ。
電話とかするんだ。
すぐしちゃう。
電話出ないとすごい心配になっちゃう。
安否確認で?
だし、なんか嫌だ。
電話出てほしい、すぐ。
それはなんかちょっと、姉に対して特殊な気がするね。
兄弟って電話するんですか?
するする。
いや、そういう風にはしないな、俺は。
やっぱでもそうだよね。普通のさ、親生きてるパターンだとさ、
親が子供全員と連絡取ってさ、勝手に生存確認してくれるじゃないですか。
これは想像なんですけど。
親代わりになるかもしれないね、私にとって。
お互いなんじゃない?
そうだね。でも姉からはかかってこない。
いいんだけど。
LINEとかのさ、次の日とかに返事くんの意味わかんないんだけどさ、
でも私よくやるからさ、ふざけんなよって思うんだけど。
反応ないことの方が多いでしょ。
そうだよ。
ルーム立ち上げの時は最後まで何も言わなかったのに。
人によって違うっていう。
またちょっとすいません、私の話になっちゃった。
佐藤さんがもうちょっと、あれだね、目白のあたり歩くのもいいかもしれない。
思い出いっぱいありますよ。
目白近いしね。
私のせいかというか、マンションは健在でした。
健在なんだ。
築、絶対50年以上経ってる。
おんぼろマンションですけど。
一時引っ越すときに賃貸あげてたから、引っ越してやろうかなと思いましたぐらい。
目白案内もいつかやりたいと思います。
すいません、こんな感じになっちゃいました。