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2026-03-06 1:09:16

ヤンキーこわい【ラヴ上等と恋リアとリアルをめぐる座談】w/富永京子〈Ep.118〉

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「ラヴ上等」きっかけ/ヤンキーコンテンツはなぜ面白いのか/BreakingDownの切り抜きが流れてくる/コンプラ社会におけるヤンキー言語/北千住のリアル/小6で血だらけの喧嘩を目撃/地元サッカーチームの先輩ヤンキー/日本酒一気飲み/文献を読む/カラーギャングと池袋西口公園/90年代チーマー文化/「面白い」と「怖い」が同時に存在する/ゼロ年代ヤンキー論への違和感/マイルドヤンキーな/サブカルがヤンキーを語るときの距離感/富永さんのヤンキー事情/ニュータウンにはヤンキーがいない/監視とソフトな抑圧@ニュータウン/反骨の対象がない街で/反抗するための環境設定/ヤンキーの自己演出/翻訳しやすいシンプルな言葉/「ラヴ上等」と「ボーイフレンド」のコミュニケーション比較/やんちゃからの卒業ストーリー/鳶職と徒弟制度/人間カーリング事件/強制割礼/リアルな暴力体験とヤンキーエンタメの距離/家父長制・演歌的世界観/ギャルの主体性/「うちを選ぶ男センスいい」/スクールカーストとギャル/パソコン部にモテそう/リアリティショーを消費することのモヤモヤ/宗教二世の恋愛リアリティショーがあったら?/ボーイブレンドに感動する危うさ/バチェラー実家訪問がしんどい問題/会社による内定家庭訪問トラウマ/リアリティとリアルの距離感/ヤンキーはなぜポップに消費できるのか/周縁文化としてのヤンキー/殴ることを考えたこともない世界/メゾン桃山で「選挙と感情」無料公開中です/

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サマリー

このエピソードでは、社会学者の富永京子さんをゲストに迎え、「ヤンキー」というテーマについて、恋愛リアリティ番組『ラブ上等』や『BreakingDown』などのコンテンツを入り口に、その面白さと怖さ、そして現代社会におけるヤンキー文化の消費のされ方について多角的に議論する。 パーソナリティの一人である清田さんは、自身が育った北千住でのヤンキーに対する恐怖体験や、90年代のチーマー文化、先輩からの飲酒強要などのリアルな経験を語る。一方で、富永さんは社会学的な視点から、ヤンキー文化がサブカルチャーとして消費される際の距離感や、ゼロ年代のヤンキー論への違和感について言及。ニュータウンにはヤンキーが少ないという話題から、反骨精神を発揮する環境の必要性や、ヤンキーの自己演出、コミュニケーションの特徴についても考察が進む。 さらに、恋愛リアリティショーにおける「リアル」と「演出」の境界線、ギャルの主体性、そしてヤンキーコンテンツを「面白い」と消費することへの複雑な感情が語られる。特に、自身の過去のトラウマ体験と結びつけてヤンキーコンテンツを消費することへの戸惑いや、宗教二世の恋愛リアリティショーなど、消費の倫理についても議論が及ぶ。最終的には、ヤンキー文化がポップに消費される背景には、現代社会の「コンプラ」的なコミュニケーションへの反発や、ある種の「異世界」としての距離感が存在することが示唆される。

ヤンキーコンテンツの面白さと怖さ:『ラブ上等』とリアルな体験
桃山商事
皆さん、お茶になっております。
お茶になっております。
桃山商事の清田です。
森田です。
ワッコです。
この番組は、毎回一つのテーマを設定して、おしゃべりしながら掘り下げていく、ネオな座談ポッドキャストです。
メンバーシップサービス、メゾン桃山のサポートでお届けします。
今回は佐藤さんは欠席なんですけれど、素敵なゲストをお招きしております。
社会学者であり、ポッドキャスト番組仕事の合間などもやられている富永京子さんです。
よろしくお願いいたします。ありがとうございます。
富永京子です。
富永さんは、ちょっと前に男の子育てよもも山話でもお世話になりましたし、
この番組でももう1年前ぐらいになりますが、自分の話をするみたいな。
プラベガタリ。
プラベガタリ。
外海と湾。
外海と湾というテーマでも出ていただきまして、久しぶりにゲストにお招きして、今回もありがとうございます。
ありがとうございます。
そんな富永さんを招いて何を話したいかというと、
ヤンキーについて。
なぜ?
一番遠いんじゃないですか、学者って。
確かにね。
ちょっとこのテーマになったきっかけと、富永さんをお呼びしたきっかけっていうのを少しだけ話させていただくと、
ネットフリックスの恋愛リアリティ番組のラブ上等というのがすごい大流行しまして、みんな見て面白かったねみたいな話もしてましたし、
あと、自分は大好きなXなんかには、ブレイキングダウンの切り抜き動画というのが日々流れてきて、
流れてますよ。
もうバチバチやり合っているところとか、
ヤンキー的な人たちが暴れたりなんやするっていうコンテンツがすごい流れてくるし、
刺激的だし面白いなって思っちゃう。
一方でちょっとヤンキーという存在に複雑な気持ちを抱えているっていうのがちょっと後で説明したいんですけど。
富永さんをお呼びしたのはそういう問題を語りたいっていうのと同時に、
そもそもラブ上等、
勧めてくれた。
見た瞬間に清田さんにDMで、
ラブ上等いいっすよみたいな。
見ました?だったかな。
なんすか見てみますみたいな感じで、
富永さんがそこまで言うならと思って、
1話を見たら止まらなくなっちゃって、
っていう経緯もあって、
富永さんも恋愛リアリティ番組大好きで、
前もね、愛の里。
そうですね、愛の里についてね、
Xかなんかで公開で熱く語り合いましたよね。
熱く語って、
なんかね、そういう語り合う機会があっていうのが、
今からちょっと話していて、
今日はちょっとその連理屋語りでは、
番組コンテンツ語りではないけど、
そのヤンキーっていうテーマを、
ちょっとそういう番組からテーマを抽出して、
おしゃべりしていこうというテーマなんですけど、
少しきっかけだけ、
自分の個人的な思いがきっかけとなっているんですけど、
そういうラブ上等とか、
ブレイキングダウンみたいなヤンキーコンテンツ、
確かにやっぱ面白いし、
なんていうんだろう、
そこで語られているいろんな魅力、
それは後ほど話出てくると思うんですけど、
あと放っているエネルギーとか、
やっぱすごいものがあって、
人を引きつける、
特に確かに今、
他者と気を使ってコミュニケーションしますよとか、
全体的に優しい、
関わり合いがいいよね、
対話が大事だよねっていう時代の空気、
自分もめちゃめちゃ吸ってると思うけど、
そういうものはある意味破壊してくれる、
困っていることはいいんだよ、みたいな感じですよね。
ちょっと気持ちいい部分もあるじゃないですか、
っていうのとか、
面白い、刺激的っていうので見ちゃうんだけど、
一方で自分は北千住育ちで、
小さい頃からヤンキーに怯えて生きてたんですよ。
いるんですか、いっぱい。
めちゃめちゃいたのよ。
本当に小学校と今でもトラウマなのが、
小6の時に、
俺らが校庭で遊んでたら、
門のとこでヤンキーが喧嘩してるのを、
先生たちが止めに行ったの。
そこでボコボコにされて、
血だらけになっている高校生ぐらいの人を見ちゃって、
怖くて。
だいぶ来ますね。
超怖くて、それが。
そこから自分は地元のサッカーチームとか、
先輩ヤンキーとか多くて。
どっち系?暴走族系?
暴走族というかチーマーみたいなやつ、90年代。
我々の世代はチーマー文化だからね。
チーマーが何かがちょっと分からない。
カラーギャングみたいな。
後でその話が出ると思う。
いわゆる特攻服着て、
反り込み入れてみたいな、
そういうヤンキーはちょっと古いものだと、
当時は思ってて、
どっちかと言うと腰パンして、
いかつい。
バンダナしたよね。
そういうギャングみたいな。
カラーギャングとかは多分、
アメリカのギャング、
それこそブラッツとか、
クリップスとか、
赤と青みたいな。
カラーギャング。
そういうところから来てるんだと思うけど。
そうそう、ああいう人いっぱいいたじゃん。
いたよ。
で、何年くらいですか?
西暦。
1990年代中盤から。
2000年代前半とか。
2000年代前半くらいまでか。
それこそ有名なチームがいくつもあってさ。
しかも俺中高池袋だったんで、
いわゆるウエストゲットパーク、
西口のとこにそういう人たちがいたり、
西池袋公園とか、
そういうヤンキーがタムロしてる公園があって、
とにかくかつあげに怯えて生きてたんですよ。
で、そういう地元のサッカーチームの先輩も、
ヤンキーで高校生の時から、
酒飲まされたりしてたんですよ。
後輩として一緒にカラオケ行くぞとか言って。
水とか言って、日本酒一気飲みさせてきたりするんですよ。
ニュータウンとヤンキー文化:反骨精神と自己演出
やば。そういうのに俺はなんか、
モラルやばい。
へこへこしながら飲んだとかね。
そういうような。
あと実際に自分の行ってた高校にも、
やっぱりヤンキーいたし、
武山?
武山スピリッツ。
武山スピリッツにも数少ないヤンキー、
もういたんだよ。
いたんだ。
裏の五穀寺というお寺にさ、
なんか呼び出されてさ、
バットで殴られたりね、友達が。
そういうのもあったし、
わけもなく?
なんか、むきに意気がってんじゃねーよみたいな。
全く意味がわかんないけど。
怖すぎ。
っていうのもあったりで、怖いし、
あとね、後で話し出るかもしれないけど、
関東連合のさ、本に一時期、
モトキさんはハマってたじゃないですか。
え?
いや好きなのだよ。
俺割と、
そういうカルチャーみたいなのを覗きにするみたいな。
先輩とかでもいたし、
結構新宿とかも、
自分が育てた新宿とかもそういうのがあったし、
それこそ関東連合とかの人たちと、
世代とかも自分よりちょっと上ぐらいなのかな、
あの人たちは。
で、だから、なんとなくこう、
そういうカルチャーがあったから、
それかっこいいものという風にするカルチャーがやっぱりあったのよ。
だからその影響でずっと、
そういう文献をね。
文献を。
結構漁って。
一緒に住んでたときさ、
これ面白いから読めっつって、
読ませてもらったんだけどさ、
もう怖すぎて。
しかも当時一緒に住んでた、
杉並区の西英区っていうとこ、
英福町っていうのはその、
関東連合の母体となった、
ブラックエンペラーね。
の地元なんで、
もうこの辺にいっぱいいるんだみたいになって、
街を歩くのもちょっと怖くなったぐらい、
本当に怖かったの。
っていうなんか、
なんかそのバックボーンというか、
あるから、
なんかヤンキーコンテンツを面白いと思ってる自分と、
めちゃめちゃ、
でもあんな、
あんななんかラブ上等とか言ってるけど、
バチバチに殴ってたかもしんない感じを、
どう捉えていいかわかんないみたいな感覚があったり、
あとちょっと、
あとこれは富永さんに聞いてみたいんですけど、
その、とりわけ社会学の文脈で、
ちょっとヤンキーみたいなカルチャーを、
もちろん学術的に研究されてる人もいるし、
ちょっとその、
批評的な文脈でね、
批評的な、
ゼロ年代に流行ったような、
そうそう、流行ってたじゃないですか。
高外ヤンキー、マイルドヤンキーみたいな言い方っていうのは、
ありましたよね、確かに。
ありましたよね。
で、ちょっとこう、
逆にいいよねみたいな感じとか、
あと、
当時の自分の20代後半ぐらいの自分が、
自分より一回りぐらい上の、
こう、なんかカルチャーの、
サブカルの人たちが、
なんかこう、
物質で、
ヤンキーについて、
語ってるみたいな風にちょっと見えて、
なんかちょっと義画化して、
義画化して、
なんていうか、
ああいうのって、
まあカッコ笑いとかではいかないけど、
批評の材料、
時代批評の材料にしてるみたいなね。
なんかありましたよね。
うん、そういう感覚は私も苦手でしたね。
そう、あれを見てなんかちょっと、
うってなっちゃった。
リアル見てるからね、
北瀬にとって。
そう、リアル見てる。
俺がそこまでリアル見てるっていうことも、
かなりでかいんだと思う。
こう分かったからとにかく。
その引き裂かれる思いがあるんですよ。
面白がっていいのかみたいな気持ちと、
でも面白いものは面白い。
けど、なんか、
どうなんだろうみたいなね。
こういう複雑な気持ちもあって、
ヤンキーというテーマをちょっとこう、
提案させていただいたという、
私が言えるものだ。
以上です。
終わった。
当事者に近すぎると楽しめない問題みたいな、
のもあるのかな。
どうですか、とりあえず。
北海道はどうなんですか。
私札幌市だったんですけど、
いたはいたけど、
そんなに怖いタイプの、
しかも2000年代ですから、
たぶん週刊少年マガジンの、
ヤンキー漫画に出てくるのを、
2倍くらい薄めたような、
なんか本当に感じの人たちだと思いますよね。
なんかそこまで震え上がるほどでは、
まあジェンダー差もあるんだろうけど、
女性に何かするっていうことが、
あんまりないからなのかもしれないけど、
全然なんか、
普通にブラウン管の中とか、
マガジンの中のものとして、
見ちゃってたし、
ラブ上等もその延長線上で、
ヤンキー文化の消費と複雑な感情:トラウマとエンタメ
面白いぜみたいな感じで、
見ちゃってたところがあったかもしれないですね。
これは世代的なもんじゃないですか。
たぶん輪っ子さんもそんなに。
確かにギリショ世代なんで、
私もあんまりこう見たことは、
見たことはもちろんないですし、
あんまり実世界に、
ラブ上等の方々がいることを想像できない。
この社会に、
あの人たちがいるっていう状態が、
全然想像できなくて。
そういう感じで楽しんでるんじゃないかなと、
思っちゃったけどな、みんな。
なので、
清田さんのリアル見てみろよって、
気持ちは非常に。
俺は全然ヤンキーとかじゃないし、
リアルを知ってるわけじゃないんですけど、
怖い、とにかく怖がったっていうのはあるけど、
輪っ子の地元なんかをこの間ね、
行かせていただき、
すごい反響もあった回でしたけど、
あのニュータウンには、
ヤンキーいないんだね。
いないです。
無禁室なんであそこ。
無禁室。
あんまり、
でもすごい走ったりとかしたら気持ちいい。
道路広いし。
道路ではあると思うんですけど、
あんまり暴走族とかも見たことない。
暴走しがいがないんじゃない?むしろ。
整然としてすぎて。
ていうかあんまりギャラリーとかもいないし、
走っても自己満みたいになっちゃう。
迷惑にならないから。
やっぱり迷惑行為するとか、
何か突破するとか、
そういうのが、
そこで気合を見せるっていうのが結構大事なんじゃない?
反骨精神を見せる場所みたいなものがあんまり、
そういうやりがいはないかも。
走りがいがない。
だからラブ上等もさ、
学校だったじゃん。
そこはすごい重要だと思ったんですよね。
重要なんですよね。
そっか。
あれが山小屋とかだと、
本当にただ一からコミュニティを作って、
学校と子ども食堂っていうのが何がしか重要なわけですよね。
確かに。
うまくできてますね。
学校という環境はね。
だってもうみんなさ、
20とか30とかさ、
30ね。
30。
になってるわけだけど、
でもやっぱり反抗する相手というか、
が必要みたいな。
ルールみたいなのがあることで、
うっすらそういう、
決められたルールみたいなのがありそうな感じの設定にすることで、
あの人たちのなんか、
反骨が。
反骨が活かされると。
でも和おっこの、
そういう金質的な感じあったじゃん。
動質性が高くて。
だからそういうものに対してさ、
いやだとかさ、
ふざけんなっていうのが、
パワーが生まれても、
おかしくなさそうな環境にも一瞬想像するんだけど、
なぜそんなにヤンキーというものがあまり、
あの街では。
さっきちょっと雑談なかったから。
先輩がいないからじゃない。
あと新しい街っていうのもあるかもしれないです。
歴史を継承するみたいなものがないので、
だし、
あんまり集まる場所とかもないかも。
ニュータウントスってそういう意味で、
割と弾圧というか、
警備というか、
抑圧がソフトだって言われてますよね。
つまり、
監視カメラとかも全然ついてるし、
警察の人もいるんだけど、
基本的にそんなに抑圧的に接さないと、
お兄ちゃんどうしたの、
みたいなものであったりとか、
あるいは張り紙とかで抑制したり、
あるいは集まる場所なくしたりっていう形で、
抑圧するので、
対抗のしようがないっていうのはあるのかもしれない。
そうかもしれない。
大人と戦ってるみたいな人は見たことない。
そうなんだね。
暴力教師とかもいないだろうし。
いないですね。
みんな喜んでたんですよ、先生たちが。
この地区はもう最高みたいな。
問題児が一人もいないみたいな感じで、
すごい喜んでた、みんな。
ある意味、
ギョシギョシやすいというか。
みんな、
つぶぞろいって、
同じクオリティの人がたくさんいるって感じで。
レジスタンスしてこないな。
個性なしっていう感じ。
なるほどね。
そっかそっか、それは確かに。
でもギャルの先輩、
ギャルっていうのとヤンキーっていうのは、
ラブジョーとでも混ざった感じがありましたよね。
そうなんですよね。
だからそこでいうと、
ギャルっぽい格好してる人とかはいたかもしれない。
多分そこが世代ゆえの限界っていうか、
それくらいだったかなっていう感じはしますよね。
ギャル校とかなかったですか?
あの学校全員ギャル。
ギャルが行く高校みたいなのがあって、
中学でギャルやってた子が、
全員ギャル校に行って、
めっちゃギャルになるみたいな。
そう考えても新宿は本当にいっぱいいた?
いったよ。
いったよ。
どういう感じなの?
ド都心の不良って、
ちょっとアダチック的な不良とはまた違うのかな?
おしゃれなのかな?
おしゃれはおしゃれじゃない、やっぱり。
やっぱり一番イケてるとされるんですか?
ヤンキー、スクールクラスの。
そうだね、ヤンキー。
でもヤンキーっていう言い方はあんまりしてなかった気がするんだよな。
確かにね。
不良?
確かにね。
昔の感覚だとヤンキーって、
それこそああいうラブ上等の初めに出てきたあの特攻服着て、
暴走族とかいなかったから。
古いイメージの言葉だったよね、当時。
そうだね。
ヤンキーみたいなのがカテゴリー先行型というか、
実態としてじゃあクラスのこの人がヤンキーなの?そうじゃないの?って言われると、
結構難しいのかもしれないですよね。
確かに。
ヤンキーっていう自認持ってるんですかね、みんな。
俺はヤンキーだみたいな。
いるはいる。
持ってるのか。
持ってる感じはする。
そういうグループは必ずあるもんね、学校には。
ラブ上等でも、
暴走族系の人と単純にストリートみたいな感じの人と混ざってましたよね。
あとホスト系みたいな。
ホスト系そうだね。
ホスト系と暴走系とストリート系みたいなのが混じってる印象でした。
新宿、地元だと何度か話してるけど、
2つ目の先輩が俺のMC官っていう、
ラッパーで。
署名。
署名ラッパーで、そっち系悪い感じのラッパーだけど、
物ほんの悪じゃないから、それ本人もそういう風に言ってるけどね、
ストリートで生きてきた人だけど、
悪じゃないから。
悪。
悪って本当に。
やっぱ悪なんだろう。
悪、悪って本当に悪だから。
清田さんが震え上がってるのは、MC官さんみたいなカウンターカルチャーとか逸脱的な空気というか、
そういうものではないことを、そういう中にいる人ではなくて、
ガチで殴ってくる人っていう。
殴ってる人。
暴力。
まず暴力の、そういうイメージが強いかもしれないですね。
戦状のヤンキーは、
ヤンキーの卒業と社会への適応:徒弟制度と仕事
俺が1年生の時の6年生に、
小島くんっていうめちゃくちゃ怖いとされてる人がいて、
マジで躊躇なく人を殴るみたいにいるじゃん。
いるいるいる。
あとほら、新宿の地元にもさ、
有名な怖いやついたじゃん。
キムラ兄弟?
誰誰誰?
全然わかんない。
ヤスオがよく、なんとかってやつの話をよく出してて、
会うとマジやべえみたいな。
いるいる。
いるよな、ああいう。
だからやっぱり、ラブ上等の面々も、
最高に素敵な人もいれば、キャラの立ってる面白い人もいるし、
実はこの人優しいんだなとか、いろいろ感じるとこあったけど、
バチバチに殴ってたことも、それあんだろうなみたいな。
出会い頭になって、んだこら!みたいになってたよね。
あのコミュニケーションしたことない。
ないですよね。
でもあれ、あるあるみたいなこと言ってたじゃないですか。
ヤンキー同士では、むしろ挨拶代わりとか、
愛情の裏返しだとかさ、AKさんが翻訳してたじゃん。
ヤンキーの世界の。
これ仲良くなるやつだとか言ってた。
そうなんだろうけどさ。
あれは芝居が勝ってるというか、
芝居をすることに慣れてる人たちだなというふうにも思った。
なんかその面白さありましたよね。
そういう自己演出というか、自己表出って、
我々だって会社で勤めてたりすると、自己表出するじゃないですか。
さすがに上司にはよろしくお願いいたしますとか言うじゃないですか。
その自己演出を再起的に繰り返してる感じというか、
だからすごいテレビパイはしますよね。
そうなんだなというふうに思ったし。
ひたすらバエはあったり派手だし、
言葉もシンプルじゃないですかね。
誰かが言って英訳しやすいみたいな。
それから海外でバズったりとか。
そういう話あったよね。
ありました。
なるほどって思った。
確かに直球だし、感情もすごくストレートに表出されてるように感じるし、
こんなふうにストレートに言って、こんなふうに帰ってきたら、
コミュニケーションとしても気持ちいいなって感じるシーンはいっぱいあったし、
そういうものをヤンキー的なものとして、
さっき言った今の対話重視のコンプラ社会みたいなものに対する。
この言葉遣い良くないかな、こういうタイミングで言うとまずいかなみたいなことを、
やっぱり我々って考えちゃいますよね。
考えちゃうじゃないですか。
そこをストレートにスパーンと言ってくれるヤンキー的な。
やっぱり見た目ドローみたいな。
見た目ですね。
見た目100みたいな。
エロがってる。
メスの顔にまだ並べられてる。
ああいう気持ちがすごい本当にある。
だから一方でなんかちらついちゃうというか怖いとか、
あと複雑な家庭環境とかこの人たちが、
例えば経験してきた孤独とか苦しみみたいな、
すごい時間があったわけじゃないですか、幼少期にもしかしたら。
タニシ食べてた。
タニシ食べてたんだけど。
ベビーちゃんだっけ。
ベビーちゃん。
ああいうのとかちょっと消費って言ったら変ですけど、
なんか面白いって言うのっていつも複雑な気持ちが張り付いちゃって、
この気持ちをちょっと語りたいみたいなのがずっとあって。
消費されにいってるようなところもあるのね。
多分なんか嫌な過去を語るみたいなのって、
語るセラピーみたいなところもあると思うんですよ。
かなり語りの型が決まってる。
これは悪い意味じゃなくて、
ギャルの主体性とスクールカースト:自己演出と「うちを選ぶセンス」
自分の語れる深度で語ってるんだろうなっていう感じもして、
私、レンリア大好き人間なんで、
ボーイフレンド2なんかも見たりすると、
やっぱあんなに難しいアイデンティティについて、
なんでこんな下手すると何千万人見るようなメディアで語れるんだろうってすごい思うんですけども、
多分だから語れるっていうこともあると思うんですよね。
つまりものすごい広い世界に開かれてるからこそ、
語れるアイデンティティみたいなものがあるのかなという感じはすごくしましたよね。
ボーイフレンドとの対比で仕事の合間でも、
結構言葉でコミュニケーションするタイプのボーイフレンドの面々は。
すごい繊細な言葉遣いをされますよね。
今っぽいといえば今っぽいんですね。
多分そっちのコミュニケーションの方が。
それに比べてヤンキー的なものはもうちょっと身体的というか。
そうですね、押し相撲するとかね。
ステレオタイプとも言えるけどね。
ステレオタイプ的な感覚はありましたよね。
もっと本当は繊細なことを喋ってもいいはずなんだけれども、
自分で自分の役を作る。
でもだからこそ語れることもあるんだろうなみたいな感じですよね。
ヤンキーという枠に自分でハマりにいくことで、
喋りやすくなるみたいなのがあったりするんですかね。
昔悪やっててみたいなのが。
フォーマットね。
家庭環境の話とか、
そういうテンプレに持ってきやすいみたいな。
それが自分あたりの一つのテンプレというか流れとして。
あるのかもしれない。
シナリオみたいな感じで機能してくれて、
そこで語れるっていうのがあるのか。
こうやってヤンキー的なものを分析的に見るみたいな感じそのものが、
さっき言ったゼロ年代のヤンキー語りみたいなのの空気を思い出しちゃって、
すごいヤンキーとかラブジョーと話したいのに、
ちょっと偉そうに喋ってる感じ嫌だなみたいな思いも。
ちょっと優越感を感じながら、笑いながらというか、
くさしてるみたいな。
今手元に内越さんのヤンキーと地元っていう本があるけど、
この本はそういう本じゃ全然ないと思う。
そうだよね。
それがすごいいいんだよね。
めっちゃおもろかった。
すごいパシリになったりした。
産業観察とかも。
作業とかもしてました。
ちょっと雑な聞き方になっちゃうと思うんですけど、
いわゆるゼロ年代のヤンキー語りみたいなのって、
郊外にこういう感じで住んでて、地元を大事にして、
ファミリー大事で、こういう車に乗ってショッピングモールに行ってとか、
すごいカテゴリー化して、
多分都心のサブカル的なものではない、
表面上持ち上げてるじゃないですか。
でも逆にああいうほうが日本のマジョリティだから。
ショッピングモール論とかね。
ショッピングモール論とか。
ああいう感じのヤンキー論みたいなのがあるとしたら、
内越さんの本当に名著と言われてるヤンキー本も、
全然違うものだとは思うんですけど、
表彰的にカテゴライズして、
語りの材料にしちゃうヤンキー論みたいなのって、
田村さん的には。
私多分どっちもあんまり得意じゃなくて、
日本の社会学研究をフォローしてないっていうのはあると思うんですが、
ただ両者が違うものだっていうのは言いたいことは分かるんですけども、
多分宮台真嗣さんの制服少女たちの選択かな、
あたりからいわゆる時代批評的な、
社会批評的な日本社会論的な社会学みたいなものがあって、
鈴木健介さん、宮台さんのお弟子さんが、
ライフみたいなものであるとか、あるいはゼロ年代批評みたいなものがあって、
その中でやっぱり秋葉原の死傷事件であるとか、
そういう時代的に、宮台さんは多分大森真理教とかも論じてたと思うんですが、
その時代的に逸脱した得意なトピックっていうのを、
日本社会の何かを表明している存在として語るっていうのは、
一つの社会学と言っていいか分からないですけども、
社会的な語りとして授与されるようになったっていうのはあるだろうなと思います。
もう一つとして、ただ実は社会的な逸脱を論じるっていうのは、
社会学の、これは日本だけでなくて、国外の研究としてもあって、
例えばストリートコーナーソサイティっていう、
内越さんのものにもつながるような名著があるんですけど、
やっぱりシカゴだったかな、都市の逸脱集団の人たちに調査した、
みたいな研究っていうのは結構あるわけですね。
そういう潮流はアメリカを中心にあって、
おそらくその流れを継いで、
ヤンキーであるとか、
終焉的な学校文化であれ、地域社会であれ、
終焉的な人々に着目する議論で、
そういう人たちっていうのは、
統計的にはどうしても数としては少なくなっちゃうけれども、
非常に社会の重要な要素というか、
重要な存在であるから、
その研究していく、質的調査によって研究していくという潮流があるのかなと。
だから社会学は確かに社会学というか、
社会費用の文脈でも社会学の文脈でも、
ヤンキーと言うかはともかく、
そういった逸脱した人々みたいなのは、
割と見られる対象、検討される対象ではあるのかなというところですよね。
そこからなんか、ゼロ年代的なもので、
もちろん後派な研究をしている人もいれば、
少し表層的に語っている人もいろいろノートがあったと思うんですけど、
そこからマイルドヤンキーみたいな言葉があったり、
結構都市と郊外みたいなもの、
一緒くたりというか、そういう感じの論とかもあったり、
こういうラブ上等みたいな中で、
ヤンキーが注目されたり、ブレイキングアウトが注目されたり、
ある有名人が実は元ヤンだったみたいなのが、
ヤンキーという存在がすごい気になるわけですよ。
ブレイキングアウトをすぐ見ちゃうんだけど、
なんなんだろうこの、どう考えていいかわからないみたいな、
とにかく混乱しているっていうのが、自分の中でもあって。
ラブ上等見ててもそうだったの?
見てるときはもちろんすごい楽しい。
ちょっと離れて考えていると、
これを楽しんでいいのかな?
楽しんで自分がうすら寒く感じるというか、
怖いという気持ちが急に思い出されると、
ツーちゃんとか言ってるけど。
怖いんだろうな。
それにパラレルの存在って何でしょうね。
ラブ上等が大好きという話をいろんなところでしたら、
今私、創価学会の若い女性の方と
恋花をするという企画をやっているんですよ。
その点では清田さんと近いのかもしれないですけど、
新宗教って必ずしも日本社会において受け入れられていないから、
そういう中で恋愛とか結婚とかハードルになりますよねみたいな、
結構面白いんですけど、
政教新聞という媒体でやってて、
政教新聞の方が、
新宗教のレンリアとかあったら面白そうですよねって言ってて、
結構それ、
多分清田さん的な、
これ面白くなっていいのかな?みたいなのはあるじゃないですか。
当然ね、統一協会とか政治的に非常に難しい問題があったわけですから。
二世へのもしかしたら問題とかいろいろあるかもしれない。
レンリアとして消費していいのかみたいなフェーズなのか、
社会集団に対して思うところがあるみたいな話なのか。
ちょっとだから面白がってもいいっていう感じがあるヤンキーは。
あるよね。
ありますよね。
新宗教二世とかはやっぱり、なんだろう。
その方が、その人すごい面白い人なんですけど、
私にとって創価学会っていうのは男性ではありますけど、
エンタメなんでみたいなことを言ってくれる人なわけですよね。
ただ、でもこっちはエンタメとしてヤンキーは消費できても
宗教男性はできないじゃないですか。
リアリティショーの消費とトラウマ:家庭訪問と内定家庭訪問
でもしてもいいくらいこっちはライトだよみたいな、
フラットだよみたいなことではあるんでしょうけどね。
それで言うと、ラップスター誕生っていうオーディション番組が
アベマであって、面白いんだけど、
それの第1回から第2回くらいに宗教二世の子が
イタクって名前だったっけな、なんか出てきて。
それで結構宗教的なこともリリックに落とし込んで
ラップしてて面白かったんだけど、
ああいうのっておいたち高校生ラップ選手権とかもそうだけど
フットステージみたいなのがあるんだよ。
それでその自分が幸福の科学だったっけな、
その時の様子とかも、あとお父さんとお母さんはまだそこの信者で、
自分も信者なのかな、まだ。
っていうので、それはどっちかというとシリアスめに描いてたけど、
確かにそれを見た時にどう受け取っていいのか、
ちょっと分かんなかったところはあった。
距離があればいいなって思うんですけど、
なんかその没入してる状態でなんか表現してたらなんかついていけなさそうで、
なんかちょっと俯瞰してみれるみたいなフェーズに入ってたら、
エンタメ、宗教はエンタメみたいなぐらい、
なんかこう俯瞰の目線があればなんか多少なんか楽しめそうだけど、
中にいたら。
ローデータ理論。
ローデータ理論なのかな。
ちょっと違うかわからない。
ちょっと生、まだ。
生キーズみたいな。
そうだね。
なんだとちょっとしんどいのか。
でもラブジョーとはね、もうパッケージとして。
そうそう、それはすごいね。
あれなんかでも、よくよく今考えてたらなんか新しい、
これ新しいみたいになってたけど、
ああいうなんかヤンキーはすごい熱くて面白くて人間味があって、
逆にその頭いいやつって冷酷でつまんなくてみたいな、
なんか退避みたいなのってずっとあったなと思って。
だからなんか一生懸命マガジンのヤンキーマガと実はあんまりプロとは変わらないんですよね。
まあそれが悪いっていうことじゃなくて、
だから親しみを持って見れるっていうことなのかもしれないですけど。
そっか。
だからなんかGTOとか見た時になんかやだったんですよ。
幼な心に。
なんかああいうのって、
すごいなんかこっち攻めてくるやんみたいな感じになりますよね。
勉強、ガリベンはもう悪っていうか。
なんか盗撮とかしてんでしょみたいな。
なるほど。
なんかハッキングとかするしかないんだみたいな脳が。
ずるいみたいな。
それで言うと自分もどっちかっていうと優等生側だから、
常にいい子を出して聞き分けがいいと思うし、
先生のカワイルドとか伺うようなところとかがあって、
だからこその憧れみたいなのがあったのかもしれない。
遠いから社会批評の材料に語れちゃうし、
遠いから憧れとして見れちゃうし、
なんかいじっていいみたいな。
でも清人さんはリアル知ってるから。
近いから。
ストリートで知ってるからリアルを。
僕下町の負け組っていう辞任があるんですよ。
そんなの。
やっぱなんていうの下町的な、
今は下町をなんか若干軽く、
何かと自分の品の無さとかに下町を使うけど、
でも本当のその下町に帰ると、
やっぱり俺は結局ボンボンなのよ。
あっちでは。
バブルのお母さんがそっから出したがってたから。
都心のほうに。
で、うちの電気屋があったマンションの3階にもヤンキーのお兄ちゃんが住んでて、
そのヤンキーのお兄ちゃんが小学校の頃、
小6で小1でよく一緒にセント行ってて、
お前ちんちんの皮剥いとかないと大変なことになるぞとか言って、
やっぱり無理やり剥かれて、
最後ブンって血出るまで剥かれてさ、
痛ってなって、
みたいなあったんですよ。
そういう滑霊みたいなのを受けたんですよ。
でも俺やっぱあっちの世界には、
やばいっしょ。
ラブ上等に出てる人みんな剥かれてるってことですか?
そうや。
小1で俺も無理やり最後のプチンってなるとこまで剥かれて、
痛い痛い。
痛ってなったり、
銅に石鹸を塗りたくらえて、
セントのタイルの上をツラーンとかやって、
カーリングみたいに。
ヤバいよ。
ヤバいマジで。
リアルを体験してる。
カーリングの石みたいにされて、
ツラーンとかやって、
セントを15個滑ってたんですよ。
滑らされてたの。
やっぱりリアルを知ってた。
俺はヤンキーじゃないよ、全然。
それは兄がやってくるんですか?
ヤンキーのお兄ちゃんがおもちゃ。
そんなの身近にいなかったもん、そんな人たち。
いなかった。
今思うとホントそうなんだよ。
遊び入れてやるから100円持ってこいとか言って、
俺電気屋のレジから100円抜いて、
遊んでもらうために100円渡してたりしてて。
怖い。
そういうのも怖い。
フラバしてる。
いいお兄ちゃんだよ。
これだけ聞くとヤバそうだけど、
別にこっちに危害を加えてるのかも。
分かんない。
だいぶ加えてる。
そのまま悪くなってったの?
そのお兄ちゃんはね。
ガチ?
でももちろんその後、
中退したりして高校。
母子家庭だったから、
おばちゃんを支えるために一緒に住んで働いて、
今でも一緒に住んでる。
今行きみたいなのがテーマになってたじゃないですか。
今を生きる。
本当に今だけなのかっていうのが気になってて。
清田さんの滑稜してきたお兄さんとかは、
その時は今行きだったとしても、
今じゃなくなってるじゃないですか。
そうだよね。
ずっと一生今行きでい続けられるのか、
モーラトリアムみたいな感じなのか、
ヤンキー語りの文脈と階層性:サブカルチャーと社会批評
どっちなんですか?
やっぱりちゃんとしなきゃみたいなフェーズに入って、
魚屋さんか何かのところに入って、
デパートの魚屋さんで捌いてたりしてたし。
堅実だ。
でも和子さんの話で言うと、
確かに卒業みたいな概念が、
それ佐藤育也さんの暴走像のフィールドワークだったかな。
結構古典なんですけど、
でも言われてたことで、
ラブ上等の人たちも、
元ヤンキーというか、
すでに卒業された感覚で喋ってるじゃないですか。
昔ヤンチャしてたみたいな。
その限りがあるっていうのが大事なのかな。
ペリオードがあって、
その枠内でヤンチャしてたけど、
後世というか、
生まれ変わりますっていう感覚そのものが、
今あんまないかもしれないですよね。
ヤンキー外の人にとっては。
仕事に対する真面目さみたいなものも、
重視してますね。
ミルクとかさ、
塗装がぬるいとかいったいなのが見れてますよね。
本当にやってるのかなみたいな。
職人の世界みたいなのは結構。
あるよね。
真面目だし、
そのエネルギーが仕事に向くと、
めちゃめちゃ厳しく怖く、
固定制度でね。
自分と同じようなヤンキーを、
また受け入れてみたいなのは、
確かにサッカーのチームメイトでもいて、
中高のチームメイトはバキバキヤンキーになっちゃったけど、
中退かなんかして。
みんな中退してるね。
中退して、
でも結局自分、
飛び職みたいな世界に入って、
自分も独立して自分の会社を経営して、
若い子を雇ってるみたいな感じで。
いるいる。
俺の地元にも。
いるでしょ。
そういう感じで、
それは熱い世界っていうか、
ちゃんと真面目なんだけど。
でも、
確かにヤンチャーそして公正っていう世界観はあると思うんですけど、
ちょっと身の回りの元ヤンキーたち見てると、
ヤンキー時代のしがらみが、
公正した後も全く遠くなるわけじゃないらしい。
むしろ続いてますよね。
引っ張り。
お前帰ってこいよみたいな、
そういう圧力も、
今あんのか分かんないけど、
昔はあったらしくて、
いや今はもう真面目にやってるんでみたいな。
殴られても抵抗しないみたいな、
そういう話を聞いたこともあって、
だから元ヤンで、
かつてはいろいろあったけど今はっていう感じが、
すんなり受け入れられれば、
真っ直ぐ見れるんでしょうけど。
いろいろ想像しちゃって。
いや本当に、
別に俺がリアルをしてるわけじゃないんだよ。
いやでもね、
知ってますよ。
ちゃんとカーリングとか。
人間カーリングやばいっすね。
カーリングは、
そん時はなんか、
いやそっかでも小学1年生だもんな。
面白い記憶として、
自分は今の今まで思ってたけど、
でも結構エグいな。
もう花丸が小1じゃん。
そうか、ああいう子たちを先頭に連れてって。
カーリングにしてた。
現代社会でやるの相当、
これだけ子供の人権と言われてる社会においてね。
確かに。
確かに俺の何回か床に落ちてる髪剃りがさ、
もう嫌だもう。
引いちゃってさ。
本当に嫌だ。
何回か血入れたりした。
本当に嫌だ。
やばいね、確かに。
そういう、
別に俺はヤンキーじゃないですよ、全然。
ただ、
怖いの厳選にはそういうのが。
そんな話ばっかりしてもありません。
あと1個聞きたいのは、
ラブ上等がさ、
面白かったけど、
彼らが体現してた世界ってすごい過不調的で、
なんか演化的な世界っていうか。
あれも、
別にそこにリベラルに思想的にやるとか、
そういうことではないんだけど。
男らしさ、女らしさ。
男だね。
本当にね。
リアリティとリアルの距離感:恐怖の源泉と消費の倫理
あれもこうなんか、
なんかあれを面白かったけど、
ヤモスってこのコンプラの時代に逆に気持ちいいよねみたいな、
そういう眼差しで俺は見てるのかって。
分かんない、もう複雑な気持ちが絡まりすぎちゃって。
そうですね、そういうところはどう見ましたか?
なんか私は、
そうですね、
その、
例えばですけど、
割と企業、
まあ中小企業とか労働組合とかで講演すると、
なんだろう、
エシカルじゃないけどいい人っていっぱいいるというか、
なんか雑だけど、
まあ社会の、
まあなら私もそうですし、
みんなそうだと思うんですけど、
全般的に正解は正解じゃないんだけれども、
でもなんか良くしてる、
良くしようとしてる人っていうか、
例えばなんか、
いやあのね、
なんかよく、
俺には、
大体そういう人って、
俺にはよく分かんないけどって言うんですけど、
俺にはよく分かんないけどね、
でもなんかその、
ね、その、
いわゆる、
なんか、
自分がね、
男子か女子かも分かんない子だって、
その、
結婚の、
結婚の計帳規定とか使いたいから何とかしようと思ってるんだよって言ってる側で、
いやところでドミナン先生美人だねみたいな、
ただ、
なんかそういうことってあると思うんですよね、
なんかそういう意味で、
なんというか、
その、
そういう曖昧さみたいな、
で、
それはみんなそうだと思うんですよ、
その、
ね、ジェンダー平等はもちろん私も好きだけど、
一方で萌えアニメとか重要だと思ってるけど、
萌えアニメとかも好きみたいな人って、
いっぱいアイドルをしてるみたいな人だって、
いると思うし、
なんか、
そういう意味で、
そういう目線でラブ上等を見てると、
女性登場人物がすごい面白くて、
確かにすごく課長性的で、
ルッキズムで、
多分ものすごく体重とかにも気を使われてると思うんですよね、
体型とかに、
一方で、
なんかすごい自分の性に対して、
なんか、
あっけらかんとしてるっていうか、
なんか例えばサウナのシーンとかでのアプローチとかは、
もうすごいわけじゃないですか、
だから、
なんか、
そこにむしろ、
で、
あいつが私のことエロがってるみたいな、
エロい目で見てるみたいな、
そういうことを、
あっけすけに喋れちゃうみたいな、
なんかそういう曖昧さみたいなものに、
ちょっと惹かれちゃうのかもしれないですよね、
確かに、
それはもう実感として、
なんかそういうエロい対象として思われることが好き、
みたいな気持ちが、
もうなかなか言えたもんではないけど、
そういう感情もあるよね、
みたいな、
あるよ、
なんかそれをもってコントロールしてやろうみたいなのも、
一つの、
なんていうか、
主体、
まあそれ主体性にしちゃうのは、
よくないのかもしれないですけど、
ありえるんだろうなっていうのは思うんですよね、
なんか女子トークみたいなすごくなかったですか、
誰とやれるかで決めたみたいな、
いや、
私、
でもそれで言うと、
あれだよね、
見た目にはすごく気を使ってるけど、
いわゆる男受けするみたいなことは、
そんなに考えてない、
それはなんかすごいスッキリしましたよね、
それはあるかも、
それが、
面白いなと思って、
バッキバキにさ、
入れ詰め入ってたりとかさ、
服みたいな、
音さ、
とか、
なんか全体的に、
確かに、
そういう、
なんか、
こびてない感じ、
それはあえてそういう人たちを選んで、
そうな気もしたけど、
やっぱギャルみたいな、
ギャル、
まあそれもある種ステレオタイプ化する人が、
ギャルなのかもしれないけど、
でもまあ、
わかりますよね、
そういうものの良さみたいなのはね、
なんか自信がある感じ、
みたいなのが、
好感度が高いなと思って、
なんか、
うち選ぶのマジセンスいい、
みたいな、
のって、
なんかその、
普通だったらちょっと、
謙遜とかしちゃいそうなところを、
うち選ぶのセンスいいって言えるのって、
かっけえみたいなのも、
ちょっと思ったりもします。
そうだよね、
気持ちいいし、
かっこいいというか、
そういう意味でいうと、
まあ、
今俺なんか、
男のヤンキーを想定しましたけど、
まあ、
女ヤンキーや、
あるいはギャルみたいな、
存在が、
例えば教室や、
地元や友達の友達とかなんか、
距離にいたとして、
恐怖みたいなのとか、
そういうのは別に与えてこないわけですか、
それともなんかちょっと、
どうですか?
どういう感じなんですか?
あんまりいい思い出は確かになかったな、
なんか、
いました?
でもニュータウンにはそういうのもいない?
ちょっとあんまり見たことなくて、
なんか馬鹿にしてくるとか、
そういうのもない?
いや、なんか馬鹿にされてたかな、
なんかいじられ感はありましたよね、
教室で。
優等生だからってことですか?
パソコン部の人とかにモテそうだよね、
まあ、ジジイそうなんですけど。
パソコン部の人にモテそう、
やばい。
モテそう。
なんかずるいですよね、
いちいちちょっと面白いですね。
ちょっと面白いですね。
卓球部とかパソコン部にモテそうだよね。
卓球部はそういう、
レッテルマリンの象徴として出てくるから、
パソコン部って。
パソコン部やばい。
でもやっぱり頭良さそうみたいなのがあるじゃないですか。
そうだね。
なんていうのか、
そういう陰キャをいじって、
ただそれってスクールカースト的なもので、
なんか多分ラブジョーとの絶対的なギャルみたいな、
ギャル一軍。
ステレオタイプとして結晶化されたギャルみたいなところもありますね。
ギャル一軍。
多分あの中で、
いわゆる地牛とか陰キャみたいな人一人入れたら、
すごいあいつら嫌に見えると思いますよ。
確かに。
そうですよね。
パソコン部って言ってたかもしれない層の人たち。
まあそうですよね。
だから大人に、
あれを例えば、
青年時代の清田さんとかがラブジョーと見たら、
楽しめなかった。
もうカーリングの記憶が、
蘇っちゃって。
蘇っちゃって。
私もたぶん高校生とかで、
例えばあのアモちゃんとかを見たら、
ああ、あのギャルにそっくり。
こいつ絶対パソコン部って言ってくるみたいな。
確かに、アモちゃん。
刺激してくる感じあるかもしれないですね。
大人になれて、
いろんな多様性を見れたから笑えるというか楽しめるのかもしれない。
確かに。
メタっぽいのかな。
楽しんでる目線としては、
いや、それはないよねって思いながら楽しめるっていうのは、
どういうことなんだろう。
自分とやっぱり住む世界が違うとかって思ってるのかな。
あれをヤンキーが見たらどう思うかってちょっと気になりますよね。
確かに。
こいつは偽物だとか思うのかな。
それは思うんじゃないかな。
元ギャルの友達がいるんですけど、
その時ガングロだけが志向みたいな感じで、
ちょっとアモちゃんっぽいモテそうなギャルみたいなのをパギャルって呼んでてめっちゃ詐欺すんだったらしいですよ。
半端なギャルだよ。
あいつパギャルだよねみたいな感じで、
ガングロにして本当に男受け絶対しませんみたいな感じにしないとギャルじゃないみたいな。
あとは白ギャルとか全員パギャルみたいなことを言ってたんですよ。
すごいね。
だからそのヤンキーにもグラデーションというか度合いみたいなのがあるとしたら、
そのモナカにいる人たちはあれをどう見たら気になります。
なんかそれで言うと、
ボーイフレンドの方が実はなんか清太さんの言うちょっとこれを消費しちゃっていいのかなみたいな感覚は強いというか、
いわゆる性的マイノリティの男性が同じ家に住んで恋愛リアリティショーに回ってあるんですけど、
例えばカミングアウトとかのやりとりとか家族に話してきたよみたいなことを言うと、
やっぱり感動する視聴者が多いみたいなんですよね。
その感動って結構まずい感動。
24時間テレビ見てるみたいな。
きちんとパッケージ化された過去のトラウマ語りよりも結構きついものがあると思うんですよね。
もちろんそれは対象との距離によるかなと思いますが、
リアリティショーを消費すること独特の、受容すること独特のモヤモヤした消費しちゃっていいのかみたいな感じっていうのは確かにあるのかもしれない。
戸惑いの目が生まれたら、自分の中で引っかかってるというか、いいのかみたいな感じが反応してるってことですもんね。
もちろん何の躊躇もなく感動できちゃう場合もあるんでしょうけど。
ラブ上等の中でもね、実家に電話したりとか、ああいうシーンをあえて作ってるようなところはあったかなとは思うけど。
家族の絆協調みたいなさ、家族ファック勢からすると。
でも私、レンリアで言うとバチェラーとかも好きなんですけど、絶対に家にバチェラーの男性のお家。
大体お金持ちそうな素敵なご実家に候補生というか妻候補みたいな女性が行って、
ジャッジされるじゃないけど、そういう場面があるじゃないですか。家庭訪問みたいな。あれが本当に嫌で。
私なんかやっぱ想像、自分の親とかもう絶対にどこにも出せないって思っちゃってるから、
あの家庭訪問みたいなのが本当に嫌で。そういう意味では家族ファック勢も多分いたと思うんですよ、ラブ上等は。
だからそういうシーンがなくて、すごい安心して見れた。
結局、エピソードとして、例えば親に迷惑かけたから家を建ててあげたみたいな、そういう話とか出てくるけど、
やっぱ実態を映さないだけで超心理的に安心して見れて、結構ネタにもしてて、いつもワッコの家に家庭訪問とか来たらどうなるんだろうねみたいな。
レンリアね。
レンリア見ながら友達とかと、お前の家に来たらどうなるんだろうねみたいなネタになるんですけど、結構想像しただけで、怖いみたいな。
そうだよね。
なるので、その点は良かった。あと結婚と結びつきすぎてないのも良かったのかな、ラブ上等は。
親が不調性の番人みたいな感じで機能してる、ジャッジするみたいな感じが超嫌だ、それも嫌だった。
バチェロレッテもそうですよね。
特にお金持ちのみたいな人じゃん。
正しさみたいな。
そういうのがなくて、安心できたっていうのがあるかも。
確かにバチェラーバチェロレッテのときに、バチェラーバチェロレッテ側は良いお家のみたいな感じじゃん、大体。
そういう参加者もいれば、ストリートなり上がり系の人もいてさ、実家会、そういう場面だとよりエグく見えるもんね。
辛い、なんか。
階級、階層っていう、なんてこと、本当にあれエグいよね。
あれ本当に、うちの会社家庭保護もあったんですよ、入社するとき。
それがマジでトラウマで。
2010年入社なんですけれど、うちの人事部の人が2,3人うちの実家に来るっていう超鬱イベントがあったんですよ。
そんなことやってたの?
はい、それが本当に一生のトラウマで、語るの忘れてたんですけど、うちの方はやっぱちょっと頭が本当におかしかったので、おかしいので今も、変な言葉とかをすごい貼っちゃってて。
手書きで、わかんないですけど、なんかポリシーみたいなのを、家中に貼っちゃってて、そのとき。
普段から貼ってるってこと?
普段から貼っちゃってて、多分もう本当落ちるって思った。
あ、そっか。それも一つの何?
はい。
それ次第で浮かるか落ちるかみたいなフェーズで。
浮かるか落ちるかって一応内定して、でもその家がやばくないか。
でも、そのやばいっていうのは多分反射とかそういうことなんだろうね。
そう、だと思うんですけど、でも会社の、私本当に友達とかですら会わせたくないのに、会社の知らん偉い人とかがいきなり。
2010年までそんなことやってたの?
なんか問題になりそうですけどね。
問題に、もう今ないでしょ?
いやー、わかんないです。どうなんだろう。
普通はね、こっそり調べるものだけどね。それで問題になったりする。
人権的なものは。
そりゃそうだよね。
実際どうだった?
地獄っていうか、もう本当に記憶はないです。もう嫌すぎて。
嫌すぎて。
記憶はないんですけど、すごく。これ本当に落ちるかもしれないって思いました。
そりゃそうだよね。思うよね。
あそこに。
しかもわざわざ結構乗りつけてくるというか、あんな遠くまで。本当に全国、他の全然東京近郊じゃなくて、もう関西とか。
遠くの人でも。
北海道の方のお家とかも行ってたの、全員。
ほー、すごいね。
でも本当にそれを思ったらなんか、ちょっと全然関係ない話なんですけど、トラウマを感じて。
そういうなんか実家の描写みたいなの結構ビクビクしてるんですよ、私は。
あー、なるほどね。
常に。
なんかそういうのはなくて、ストリート最高って思って。
確かに。
喧嘩でなんか、うずうずくる場面みたいなのあるかもしれないですね。
それこそ個人のパートナーシップ感とか家庭感に結構触れてくる部分みたいな。
確かに。
ありますよね。
清太さんはそのカーリングを思い出しちゃって、私はじゃあもう実家を思い出して。
実家を思い出して、そういう瞬間がやっぱ、それでもトリガースイッチって言うんだっけ、そんなの無理だもんね。
ドラマとかの実家描写はそんなに気にならないですか?
気にならないんですよ。
だからやっぱりリアリティってついてるもののなんか、いくら作り物として表出しても、リアリティってついてるものの力なわけですよね。
あと、実際血縁関係あるからじゃないですか。
確かに、演じてるわけじゃないんですよ。
演じてるわけじゃないっていうのも、その人の親がしか言うこと。
バチェラの親とかさ。
家とかはね、結構ね、使ってなかったりすること多いけど。
実家そのものを使ってるわけじゃないけど、やっぱ親たちはたぶん、流石に役者じゃないでしょ。
いや、ですよね。
だと思うけどね。
なんかちょっと話がずれるんですけど、母親と一度取材を受けたことがあって、子育てに関して毎日新聞さんの。
結構同世代の女性の友達から言われて、そういうふうに見えるんだっていうのが、あれにちょっと自分の親子関係を見てゾワッとしてしまった。
つまり、なんか対談できる程度には関係があるというか、仲は悪くないわけですけど。
で、他のメディアにも母親とか出てたりしますし。
ただ、なんかあれを自分の母娘関係に置き換えて、どんな対話が行われるかって考えると、とてもあの記事を見られなくなったみたいなことを聞いてて。
和子さんの話聞いてて、それをちょっと思い出しましたね。
なんかやっぱ、どうしても比較してしまうみたいなのがあるかもしれないですね。
感覚とか生々しい何かが。
表に出られるってことは、そこそここの人たちが正しいっていうお隅付きがあるんでしょみたいなものを、リアリティショーにせよ新聞にせよ示してるわけですからね。
そうですね。
だから、投影しなくていい軽さみたいなものがあるのか、ラブジョーとは。
異世界だよみたいな。
ある程度距離がやっぱ保たれてる。
安全圏からね。
安全圏からこっちが。
そこにヤンキーっていうシンボルがあるからこその、なんかちょっとチャラい社会秘宝みたいな対象にもなっちゃうっていうことかもしれないですよね。
これが例えば、大学教授10人のテラスハウスとか。
どうですか?毒親育ち10人のテラスハウスとか。
確かにめっちゃ分かり合える可能性はありますけどね。
多分その創価学会の子もその新宗教、違う新宗教の人10人のテラスハウスとか見たいみたいなことを言って。
それはなんか分かり合える可能性の方に欠けてる。
競技は違えど。
確かにそっちで近い属性だっていうことで攻めるか。
もう一回アベマとかやってくんねえかな。
10人とか結構楽しそうなの。
新宗教はすごいやっぱ。
攻めてますよね結構。
攻めてると感じるよね。
やっぱポップな、ポップさがあったのかな。
ラブジョーとは。
インテリアとかも含めてポップな感じのイメージがありますよね。
あるあるある。
この時代にこんな特攻服着て喧嘩しちゃうとかもちょっとポップさがある感じがする。
下消費していい対象ってことになるのか。
どうなんだろうなバリバラみたいなものの延長戦として、
例えば障害のある方みたいなのっていうのは今後あり得るかもしれないですよね。
それこそボーイフレンドみたいなのがあるとしたら。
でそれがある種の消費も進めるんだけど、
理解というかその人たちの言語化が豊かならボーイフレンドみたくある種考えを深めるようなものにつながるのかもしれないですね。
確かに確かに。
そうですよね。
毒親育ちいけそうですか。
毒親育ちい。
でもなんか強者、すごい強者が出てきそう。
私なんかなんか弱者。
そういう感じでねそこの比較がね。
どうなんだろうなんかぺいぺいの。
ヤッピーってマイノリティなんですか。
どういう風に捉えればいいのか。
研究文脈で言えばもちろん逸脱を何らか表出している存在ということになりますよね。
例えば階層的にというか、
例えばその家庭の環境であるとか世帯収入的にも、
おそらくはそんなに恵まれた状況ではないだろうという想定から多分研究というかスタートするところもあるわけですから、
そういう意味で主演化された人々の、ただ人々だからみんなヤンキーになるわけではなくて、
やっぱりそこで独特の怪文化を作るっていうことが重要だと思うんですよ。
だからアイドルのファンダムとかの研究とも近い部分がありますよね。
ある種の集団のサブカルチャーというか。
なんかその、ヤンキーがさっき話してたみたいにちょっとヒエラルキーで上にいる、
スクールカスターとかの上にいるからこそポップにできるみたいなのもありますよね。
地球と言われてる人たちだけを集めてるとかだと、ちょっといじめてるみたいな感じの構図になっちゃいそうで、
ヤンキーをいじめる側みたいなのがベースとしてあるから。
成り立つのかな。
そこもさ、かつてはクラス教室のいわゆる頂点にいたけど、
大人になると収入とか階層とか的に俺たちのが抜いたみたいな。
それでヤンキーをちょっと上からかつての恨みを込めてみたいな空気感ってあるように感じるんですよ。
それもそれで、たぶん大ヤンキー語りみたいなものに感じたちょっと嫌な感じの、もしかしたら一部にはそういう感覚もあったのかもなみたいな気がするけど、
それは完全に個人的な感覚の話ではあるけど、そういう構図になりがちですよね、かつて教室で。
カーストみたいなもの、よく言えばカーストみたいなものから離れられたからフラットにそういうカルチャーを見られるみたいな。
例えばバスケ部とかテニス部でもおそらくそうだと思うんですよ。
ただ確かにちょっといやらしいものっていうか、実際元ヤンキーの人でも職人とか今非常に収入高いですから、
必ずしも上か下かっていう言い方はできないんですけど、ただある種の学校歴的に上であるとか、
そういうものを見てしまいますよね、あのタイプの評論にね、その気持ちもすごくわかります。
そういうのもあって、もしかしたら複雑な気持ちになったのかなと。
でもなんか今日は、すいませんちょっと個人的なトラウマ聞いていただいたり。
私も。
むしろなんならバカバカしい思い出ぐらいに思ってたものが、意外とあんなヤンキーコンテンツにこう、
ビビる自分がどっかにいるっていうのはもしかしたら。
絶対そうでしょ。
だって他の3人ビビってなかったもん。
トラウマ、カーリングとか、かつれいとか、あと実際本当にボコられたことも1回あったからね。
ああいうのも含めたトラウマがあるのかもしれない。
僕はやっぱり殴られたこととかないもん、そんな。
なんかこれ、8日迷ってたんですけど、私ほとんど付き合った人が男子高中高一貫校出身なんですよね。
そういう学校歴を辿ってるからそうなるのはそうなんですけど、
なんかのきっかけで、人とか殴ったことあるって言って、付き合ってる人の何かに聞いたことがあって、
そんなこと考えたこともないっていうんですよね。
私は言っても公立中高出身だから、ヤンキーの薄口のカルピスみたいなヤンキーくらいはいたわけで、
考えたこともない社会があるんだっていうのはちょっとびっくりしてしまったんですよね。
だから多分そういう人が少なからずゼロ年代日本社会論みたいなのをもしかしたら支えてたのかもしれないですよね。
つまり安心して自分とは全くの別世界として享受できる層というか。
そうですよね。だから賭けるわけだよね。
殴られる危機みたいなものを感じず賭けるのかなと。
清田さんみたいな経験してたら、リアル。
本当にリアルをしてるわけでは全然ない。
よくそれでブレイキングダウン見れますよ。怖くないんですよ。
怖いですよ。でも何か見ちゃうみたいな自分もいて。
やっぱり近いと気になるのかな。
近い。
近いな本当に。ギャッキーじゃないですよ全然。人殴ったこともないですし。
そうだよね。殴ったことない。俺もない。グーデの人殴ったことないよ。
ないですね。
でも殴るっていう行為は近くにあったと。
小学校の時に門のとこで殴られてる人見たり、そういうのも含めてもちろん。
見たことない世界でもありますもんね。
それは偏差値がいわゆる高い中高一貫の男子校でみたいなお金持ちの子でみたいな世界も。
でもそういう人がちょっと悪口になるけど。
いやいやいや。
ヤンキー語りする時ってだいたいちょっと薄く俺もヤンキーかすってるよみたいなエピソード出してくるじゃないですか。
そうなんだ。
薄口のそれこそ。
薄口のね。
それでちょっと軽く足半歩踏み込んでたぐらいの薄いの出してきて、当事者性をちょっと担保しながら、完全な悪口やけど。
そういう薄気味悪さも。
よく言ってるね。
え?
いやいやだから、そういうおぼろげな記憶として20代の頃にそういうのを感じてたなみたいな。
リアルじゃねえなって。
いやいやいや。これはリアルしてるとかじゃマジないから。
だってもうあんじゃん。川崎の不良の。
バトープ?
バトープとかのさ、そういうのももちろんかっこいいものとしてあんのかも。
描かれる部分もあるし、ほんとにさ、ボコボコで人死んじゃうみたいな事件もあったじゃん。
あったね。中学生とかも。
だからああいうのとかなんていうのも、合わせて考えるとさ、そんな不良文化とか笑ってらんねえだろみたいな気持ちも。
その感覚はその感覚でまともな気がするけど。
笑っちゃってリアリティーショーにして笑っちゃっていいのかもみたいな。
そこではネットフリックスだからってなるよね。だからできるんだろうな。
まあそっか。
というか。
確かにね。
じゃあちょっと本当に今日は皆さん聞いていただき。
いや面白かった。
ヤンキーという存在。
いろいろ考えさせられた。リアリティーとリアルについて。
それは本当に不良ではないんですけど。
なんか自分の恐怖の厳選が見えて、自分としても楽しかったです。
ありがとうございます。ここまでお聞きいただきありがとうございました。
1個ちょっと告知というか。
富永さんと選挙と感情っていうテーマについてお話ししたんですけど。
メゾン限定のコンテンツなんだけど、期間限定で無料で配信してますので今。
メゾンの無料簡易になってくれれば。
聞けるように配信します。
広く聞いてほしいなっていう内容。
広くに聞いていただいても大丈夫ですか。
嬉しいです嬉しいです。ありがとうございます。
元々メゾン用に撮ったんだけど。
すごくね。
内容的に。
勇気づけられるような話もあったし。
とはいえ、普段のあれとちょっと違いすぎるから。
ここにポンってあげても戸惑う人もいるかなっていう感じなんで。
その選挙と感情っていうこの間の衆院選の前後で自分たちが感じたこととかを話してるっていう感じですね。
清田、森田、富永さんね。ちょっと和子さんはその時はいなかったけど。
そのコンテンツはまたメゾンの方に無料登録いただければ。
無料登録してくれれば1ヶ月くらいは聞けるようにしておこうかなと思うので。
じゃあちょっと改めて富永さん最後番組の。
ポッドキャストですポッドキャストで仕事の合間というですねちょっとスポーティファイプラットフォームとしてはスポーティファイなんですがただブラウザーから誰でももちろん聞けるんですが仕事の合間というですね。
面白かった本論文論文映画などなどのカルチャーについてもちろん練り合いについて語ってるよ。
ワクワクコンテンツをですね配信しておりますので。
もしよかったら富永恭子仕事の合間で出てくるのかわかんないですけど。
それで検索してみていただければと思います。よろしくお願いいたします。
最高ワクワクコンテンツ。
ということでここまでお聞きいただきありがとうございました。
本山翔二の清太でした。
森田でした。
和子でした。
ゲストの。
富永恭子でした。
皆さんまた次回もよろしくお願いします。
よろしくお願いします。
01:09:16

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