こんにちは、ugo株式会社の遠藤です。
ugo Robotics Radioは、ロボットスタートアップ、
UGOで働く私たちの文化や思想、そして現場から生まれる学びをお届けするチャンネルです。
UGOで働いている社員や各領域のプロフェッショナルをゲストに迎えながら、
ロボット開発のリアル、最新の技術動向、事業や組織の経営論など、幅広くお届けします。
本日は、UGO株式会社代表取締役、CEO松井さんをお招きして、
UGOの過去、現在、未来、いろいろとお話を伺っていければと思いますので、よろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。
では早速なんですけれども、まずは松井さんの自己紹介をお願いできればと思います。
UGO株式会社の代表の松井と申します。
私はもともと大学ではソフトウェア工学を学んでいて、最初大学卒業したときはSIRに入って、
いろんな大企業のシステムの開発、あとシステムを作るためのソフトウェアエンジニアリングをチームにインプリメントするようなお手伝いをしていました。
今はこういうロボットを開発するスタートアップを立ち上げるようになったんですけど、
それまでいろんな紆余曲折を得ながら、今のUGOという会社をやっているという状況です。
なるほど、いろいろと紆余曲折を得るところにしていきたいなと思うんですけれども、
UGOは1社目ではなく3社目という位置付けですか?
自分としては会社を起業した経験の中では3回目になりますね。
1回目は私が大学卒業してSIRで入った会社で知り合った先輩から一緒に起業しないかと誘っていただいて、
創業メンバーとして立ち上げた会社が1社目で、
その会社は当時まだガラケーとかが残っていた時代、スマートフォンなかった時代だったんですけど、
その頃の音楽配信サービスみたいなのをやりたいということで起業した会社でした。
その当時は音楽配信だけではなかなか食べていけなかったので、
いろんなソフトウェアの技術を活用した受託開発をやっていて、
ちょうどその頃iPhoneが日本に上陸した2008年ぐらいだったので、
iPhoneアプリとかAndroidアプリみたいなものを開発するようになって、
それがきっかけでスマートフォン組み込みのアプリの開発とか、そういったものに興味を持つようになってきました。
その後2社目は、その1社目で経験した中で、
ちょうどiPhoneがその頃、メーカーズムーブメントでいろんなデバイスとつながるIoTの走りだった頃があったんですね。
それはBluetoothっていう技術が、今まではキーボードとか、あとはイヤホンとか、
決まったプロファイルしかつながらなかったものが、アプリでその部分の開発ができるようになって、
電球と照明と連携して色を変えたりとか、あとはスマートロックと連携したりとか、
そういう技術がオープンに使えるようになったことで、
自分もこれでいろんなものを作ってみたい、ものづくりしてみたいなっていう思いが強くなって、
1社目の企業を一旦卒業させてもらって、独立して2社目の会社を始めました。
それがIoTデバイスを受託開発する会社を始めました。
その時は全くものづくり分からない状態で、
ブレッドボードっていう基盤を模したようなプロトタイピングのものを使って、
LEDを光らせるような、LED化みたいなことをやったりとか、
あとはBluetoothのマイコンを買ってきて、そこにファームウェアを組み込んでみて、
試してみたりとかっていうのを最初やりながら、
徐々にものづくりを勉強してきた、習得してきたということをやってきました。
なるほど。
どういうものに組み込まれてるとか、
例えば僕らが見ることができる製品でいうと、例えばどういうもの?
そうですね。
その2社目で創業した時に関わったプロジェクトでは、
スマートロックが一つ大きなものかな。
今、いろんなところで使われているスマートロックの最初の企画時点のプロトタイプをうちで作らせてもらって、
あの鍵、スマホから操作して鍵を開けるっていう。
鍵を開けられるっていうものですね。
それのバックボーンはBluetoothで通信をしていた、
暗号化通信をして鍵を解除するみたいな仕組みなんですけど、
その部分のハードウェアと、あとは組み込みのファームウェアと、
あとはスマートフォンのアプリ、
全部ワンセットで2社目のIoTの会社で受託して作ったことがあって、
それを中国の新鮮に持っているものづくりのメッカがあるんですけど、
そこの工場、委託先を探してそこに委託もしていくということまでお手伝いしました。
なるほど。ありがとうございます。
そこから融合に、融合はロボットというイメージが強い会社だと思うんですけど、
そこにどういうふうに移行していったかっていうところは、いかがですか?
そうですね。2社目がIoTの会社だったので、
いろんなものがつながるっていうイメージ、世界観っていうのは当然来るだろうなっていうのは見えていたんですけど、
IoTデバイスってどこかに固定するんですよね。
そのもの自体がネットにつながって便利にはなるんですけど、
そのものって結構、ものとものの間を流れるプロセスっていうのがあって、
そこをつなぐのが結局人手が必要、人を返さなきゃいけなかったんですね。
それがいつかこの日本の人手不足、労働人口減っていく中で、
必ず保管する役割が必要になるだろうなと考えて、
それだったら動くIoTだというふうに考えて、
動くIoTからロボットだっていうふうになっていった。
UGOってもともとはロボットを研究している人たちが作ってるわけではなくて、
もともとIoTから来た。
なるほど。IoTを動かそうとした結果がロボットになっているっていうのはそういうイメージなんですか?
なるほど、面白いです。
ロボットは結果的にそこにたどり着いたみたいなところだと思うんですけど、
いかがですか?実際そのロボットに携わるようになってきて、
想像してたところと、さらに広がっていくというところと、
イメージと違うな、ここは修正していきたいなみたいな、
すごいざっくりとした質問なんですけど、
例えばそういったことがあるとすればどんなあたりが?
そうですね、もともとIoTのデバイスを作るってことは9年ぐらいやっていたんですけど、
IoTデバイスってだいたいちっちゃいんですよね。
ビーコンとかスマートロックも手に乗るぐらいの大きさなので、
開発もそこまで大規模ではないし、
あとは物のハンドリングとかも輸送費とかもそんなにかからない。
一方でロボットってサイズも大きいですし、
あと中の基板類とかもモーターを使うのでその分電力も消費も激しいし、
バッテリーも大きいし、電源基板も下手したら燃えちゃうぐらい、
要は大きい量の電流を扱うということで、
結構今までのIoTデバイスとは桁違いに難易度が上がりました。
そこがやっぱり最初の頃ですね、創業期の最初の頃は
IoTデバイスたくさん作ってプロットタイピングとかもたくさんやってたんで、
ものすごいスピーディーにはできたけども、
やっぱりロボットの難しさっていうのはすごく技術的には感じてましたね。
エピソード的にこういうところは苦労したあるいは失敗したみたいなところが
もし一つあれば一つあれば伺いたいんですけど。
そうですね、ロボットって本当に非常に複雑なモジュール化というか
分割されて作られているので、
例えばカートのホイールを動かすための基板はそのカートの基板になっていたり、
あとはまた違うアームの基板をアームで別になっていて、
そのサブシステムをまた組み合わせて全体のシステムにするような
メインのコンピューティングボードがあったりってなるんですね。
そうするとそれらを構成して組み上げていくのに
ものすごく複雑に配線したりとか、
ちゃんとそれを固定したりとかそういうのも考えなきゃいけないので、
最初の頃は本当そこら辺がもう全然オーガナイズされてなくて、
組み立てる人によってバラバラになっていたり、
メンテナンスもこれなんかこの機体こうなってるけど
こっちの機体全然違うじゃんみたいなことがあって、
すごい現場で困ったっていうのがたくさんありましたね。
そのあたりはやっぱり試作としては1台2台作るんだったら全然いいんですけど、
それを本当に100台に100台1000台とかって量産していくと
もうかなり問題になるので、
そのあたりは最初の頃はやっぱり全然できてなかったところですね。
Zoomとかがもう当たり前になってくるようになっていて、
ITの働くようなホワイトカラーの方々はだいぶリモートワークできるようになってきたんだけども、
エッセンシャルワーカーさんのように現場業務をやっている人たちはどうしても現場に行かなきゃいけない。
そこに対してコロナになるリスクがあるので、
そういう人たちのお手伝いというか助けになるようなツールとして、
我々のロボットが使えるだろうということで引き合いが増えていったことがありました。
そうすると今お話を伺っていると、結構タイミングもコロナ直前でぴったりだし、
コロナがあって遠隔で非接触で非対面でというところが出てきたので、
グッと今の話を聞いていると順調に立ち上がって、
いや順調ではない。
その辺りをちょっと伺いたいです。
最初の2019年カジダ以降を発表して、
全くビジネス的にはうまくいかなくてですね。
難しかったです。
本当はそこからいろんなパートナーを見つけて出資も受けて、
カジダ以降サービスを非常に安価にやろうと思ってたんですけど、
パートナーもなかなかうまく見つからず、
あとは資本金出資も集めることができなくて、
本当潰れかけてたという状況だったんですね。
それが2019年末のちょうど国際ロボット展があった頃で、
遠藤さんがたまたま国際ロボット展にお越しになって、
名刺交換して、すごい面白い形の腕がついたロボットがあるなと思って、
お声掛けしたっていうのが。
優吾のブースに来ていただいて、
あの時に、たぶん優吾は洗濯物販売みたいなもんだったと思うんですよね。
その当時はカジダ以降でやってた。
チリックですね。
僕はその時、荷物を運んでもらえないかなとかっていうので、
ちょっとお話をした記憶があるんですけど、
そこからカジダ以降から、
今、警備であるとか点検であるとかっていうロボットに変わっていくっていう、
そのあたりの変遷っていうのは、
どのようなストーリーがあったのかっていうのをお伺いできますか?
ちょうどあの日かな、国際ロボット展に展示してた最終日ぐらいに、
撤収をするっていうことで片付けをして、
実はその時にもう一つアポイントメントをいただいていたんですね。
それが株主の方の知り合いから紹介していただいた、
ビル設備管理会社さん。
今の弊社の株主である大成さんを紹介いただいて、
大成の当時専務だった方に優吾を見ていただいたんですね。
先方のオフィスに、その展示会の帰りに寄って、
デモをさせていただいて、
優吾はこういう腕があるので、腕を使って何らかの計作業ができるんですよってことをご紹介していたんですね。
当時その設備管理会社さんの方では、
警備ロボットを探していたと。
まだ既存の警備ロボットではどうしてもコストも高いし、
あとはエレベーターに乗るっていうこともなかなか難しかった状況だったので、
警備ロボットとして活用するためにはやっぱりエレベーターに乗って各フロアを巡回してほしいっていうニーズがあって、
そこで優吾のアームが付いているので、
これエレベーターのボタンを押せるんじゃないかというふうに言っていただいて、
それを遠隔操作で洗濯物とか畳んだり、
当時はユニクロのエアリズムとかも畳んでたので、
ボタンを押すぐらいはもう簡単にできる状態だったんですね。
それを押したら、いいねということになって、
じゃあこれ警備ロボットとして実証実験始めようということで実証実験先を用意していただいて、
実際に現場の警備員さんと深夜巡回をしたりとか、
エレベーターのボタンを押すという開発をするようになって、
そこからタイシーさんにも出資をいただいて生き残ったという経緯がありましたね。
なのでカジダ以降から転職をして警備員になったことで、
ちょっと食っていけるようになったという。
じゃあそれが一番まず最初にあった融合としてのピボットがカジから警備。
ピボットはそういう意味ではその後もいくつかされている。
そうですね。ピボットは何回かしてますね。
その辺りっていうのは警備、その前に警備でピボットした後は結構そこはもう、
順調にお客さんからの引き合いとかもいただきながら。
そうですね。警備は着実に伸ばしていくようなことをやっていて、
いろんなビルのオーナーさんだったり、警備会社さんだったりに営業していっていました。
そうするとだんだんいろんな場所で融合を見ていただけるようになって実績も出てきたので、
それを見ていただいた他の業種の方々がこれうちの業務でも使えないかという問い合わせが増えていたんですね。
その中の一つにデータセンターの事業者であるNTTデータさんが問い合わせをしていただいて、
この融合を使ってデータセンターの設備の点検をしたいと。
当時の総案型の融合プロを先方のデータセンターの方に持って行って点検業務をやったんですけど、
まあ課題ばっかりで。
なかなかうまくいかなかった。
そうですね。やっぱり融合プロってものすごい人型なので大きいですし、
あと2本の腕があるっていうのもあるんですけど、そんなに重い扉とかは開けられないんですね。
データセンターのそれこそ電気室、機械室みたいなところって防火扉なのでものすごい重いので、
そういう扉も開けられないし。
あと走行する場所、グレーチングっていう網絵目の道とかもあるので、
そういうところとかもなかなか走行が安定しなかったりとかしていて、
もともと我々のロボットって家庭用から入って、
そこからオフィースビルっていうすごくフロアがフラットなところを対象にしていて、
走行しやすい環境をターゲットにしていたのに対して、
やっぱり設備転機をするような場所っていうのはまたちょっと違うフィールドだなということで、
最初の実証実験でいろいろな課題を見つけて、
そこから何ができるのか、どこまでできるのか、
あとロボットどうハードウェアを変えたらいいのかみたいなところを
NTTデータさんと一緒にブラッシュアップをしながら、
約1年かけて新しい新機種を企画していって、
それがきっかけで点検向けのロボットとして、
新たに融合ミニっていう小型のタイプのロボットを作りました。
なので融合プロよりもコンパクトになったことで、
設備って非常に狭いところに敷き詰められてるからこそ、
狭いところにも入っていけるし、
あと非常に軽量で走行性能も、
グレーチングも走れるように設計したりして、
あとはいろんなところも見れるように
昇降機能をつけたりとかをして、
改良していったっていう経緯がありますね。
その頃の会社の規模というか、
結構いろいろ技術的にも新しいものを取り入れたりとか、
市場の人数を吸い上げたりだとか、
機能がすごくたくさん増えてくると思うんです。
会社としてやらなければいけないことが。
実際に融合ミニを開発をされたときの、
会社の様子っていうのはどんな、
例えば人数とかそういったところから。
過去から振り返ると、
創業時は融合5人で創業したんですね。
試作、1機目の試作を作って、
その後警備にピポットしたときは、
10人前後ぐらいですかね、
十数人ぐらいでやってました。
その後事業拡大して、
点検の領域にも新たな機種を開発したときは、
30人前後ぐらいの人数になっていましたね。
なので2倍3倍ぐらいずつ増えていったような形です。
主にエンジニアの人数が増えていったという。
そうですね、エンジニアが一番多かったですね。
特にロボットの開発は、
ハードウェアもソフトウェアも全て内製していたので、
そういったメンバーを増やしてました。
よく聞く話で、
創業期は意思の疎通もできているし、
モチベーションも同じぐらいでっていうのが、
だんだん人数が増えていくに従って、
なかなかいろんなカルチャーが混ざってくるので、
一つの方向性に向けていくのが難しいみたいなことを聞く話なんですけど、
その辺りって実際ありました?
そうですね、やはり30人、50人の100人の壁みたいなのをよく聞くんですけど、
そのぐらいの人数になってくると、
だんだんコミュニケーションが疎遠になってしまうわけではないんですが、
全員と話す時間っていうのも取れなくなってしまったり、
あと業務もですね、だんだん縦割りになっていくというか、
分担していくようになっていくので、
そこでのコミュニケーションがギャップが出てしまうっていうのはありますね。
最初の頃5人とか10人の頃は1人でたくさんの役割をカバーし合ってやっていたので、
そういった意味ではおのずとチームとして連携しながらやらないと進まなかったんですけど、
だんだん人数増えてくるといろんな業務を細分化して、
それぞれ担当割り振ってやっていくようになっていったので、
その辺りのやっぱり仕事の進め方のギャップ、
特に昔からいたメンバーと新しく入ってきたメンバーでの
今までのやり方の違いから来るギャップとか、
そういったものが結構影響してたんじゃないかなと思いますね。
そういうギャップが生まれた局面で、
優吾ってこういう会社だよ、こういうカルチャーがある会社だよっていうのは、
松井さんの目から見てどのような見え方をしていますか?
そうですね。
一つは固定概念をなくすようなチャレンジをし続けているかなと思います。
われわれの会社ってロボットが非常に目立つので、
ロボットの会社としてとらわれやすいんですけど、
私たち自身別にロボットにこだわっているわけではない。
もちろんロボットを今までずっとやっていたので得意ではあるし、
ロボットを活用していきたいという思いはあるけども、
別にロボットだけで何かすべてを解決しようとは思っていないんですね。
究極やっぱりわれわれ優吾って社会課題を解決するために
あらゆるアプローチで取り組んでいく。
その中の一つの技術としてロボットをやっているんですけど、
なので本当にわれわれの今優吾の中にいるメンバーも
優吾っていうロボットを活用しつつも、
優吾だけにとらわれずいろんなソリューションを組み合わせて
お客さまに価値を提供していくっていうスタンスを持っていると思っています。
なのでいろんな課題に対するいろんな解決策、
アプローチっていうのはあると思うんですけど、
そこに対して制限をかけないというか、
自分の仕事にも制限かけずにいろんなものを取り入れてやっていく、
連携してやっていくっていう考えが非常に優吾らしいなと思っています。
優吾っていう社名も漢字の優吾から取ってるんですね。
なので最初人とロボットの優吾っていうコンセプトだったんですけど、
実は企業と企業の優吾とか人と人の優吾とか
そういういろんなことをつなげるっていう役割が優吾にはあるんじゃないかなと思っているので、
優吾っていうカルチャー自身も本当にオープンだし、
みんなとの連携もウェルカムだし、
オープンイノベーションとかも積極的にいろんな企業さんとこれまでもたくさんやってますということで、
本当にいろんな人とつながっていくカルチャーが優吾にはあるなと思っていますね。
会社らしさとかっていうと、例えば何でしょうね。
こうであるみたいなのを一つ軸として持つっていうのが、
僕の感覚ではそういうものなのかなっていうのはあったんですけど、
優吾らしさっていうのはあらゆる可能性を取り入れて、
やりたいようにやれるような環境、カルチャーを作っている。
ちょっと言葉がうまくないですけど、
そういうのが自由にチャレンジして、
自由にやりたい方向に自分たちで進めていけるっていうのがある種の優吾らしさ。
そんな言葉ですかね。
そうですね。
究極やっぱりエコシステムを作っていきたいと思っていて、
いろんな発明、発見とかを誘致するというか歓喜するような、
そういうオープンイノベーションなビジネス環境を作っていくっていうのが優吾の、
特に今ロボットの領域では今できているところかなと思うので、
そこが優吾らしさにつながっているんじゃないかなと思いますね。
決められたことを極に真面目にやるっていうことももちろん必要だと思うんですけど、
プラスアルファはこういうことをもっとやりたいんだよねっていう自由な発想で、
自由にアクションしていけるみたいな人は、
すごく優吾のカルチャーっていうのは合いそうだなって。
そうですね。そうだと思います。
なるほど。ありがとうございます。
直近、優吾は今その点検のロボットっていうところまでお話聞いたんですけど、
今と今後、どんなふうに変わっていく、あるいは変えたいところと
残していきたいところみたいなところもあると思うんですけど、
これからの話をちょっと伺いたいなと思うんですけど、
今とさらに先、そういうふうに松井さんの描いているものがあるのかなと。
そうですね。これまでもずっと優吾の考え方として持っているものは、
変えたくないものですね。
社会実装ファーストっていう考え方なんですね。
やっぱり過去を見てロボットってまだまだ社会実装されていないケースが多くて、
産業用ロボットとか一部の家庭用ロボットでルンバみたいなね、
清掃ロボットとかはもう世界中に普及してますけど、
でもそれ以外のサービスロボットとか汎用的なロボットって、
本当もう5年前とかは全然まだまだ普及してなかったんですね。
それって何でだろうっていうと、やっぱり研究開発で終わってしまっていたものが多かった。