プドリの出発と出会い
プドリは、いっぱいに灰をかぶった森の間を、町の方へ半日歩き続けました。
灰は、風の吹くたびに木からバサバサ落ちて、まるで煙か吹雪のようでした。
けれどもそれは野原へ近づくほど、だんだん浅く少なくなって、ついには木も緑にも見え、道の足跡も見えないくらいになりました。
とうとう森を出切ったとき、プドリは思わず目を見張りました。
野原は、目の前から遠くの真っ白な雲まで、美しい桃色と緑と灰色のカードでできているようでした。
そばへ寄ってみると、その桃色なのには、一面に背の低い花が咲いていて、
蜜蜂が忙しく花から花を渡って歩いていましたし、
緑色なのには小さな頬を出して草がぎっしり生え、灰色なのは浅い泥の沼でした。
そしてどれも低い幅の狭い土手で区切られ、人は馬を使ってそれを掘り起こしたりかき回したりして働いていました。
プドリがその間をしばらく歩いて行きますと、道の真ん中に二人の人が大声で何か喧嘩でもするように言い合っていました。
右側のほうのひげの赤い人が言いました。
何でもかんでも俺は山支張ると決めた。
するともう一人の白い傘をかぶった精の高いおじいさんが言いました。
やめろって言ったらやめるもんだ。そんなに皮料うんと入れて、わらは取れるったって実は一粒も取れるもんでない。
にゃ、俺の見込みでは今年は今までの三年分厚いに沿いない。一年で三年分取ってみせる。
やめろやめろやめろったら、にゃやめない。花はみんな埋めてしまったから今度は豆玉を六十枚入れて、それから鳥の返し百段入れるんだ。
忙しかったらなんの。こう忙しくなれば笹毛の鶴でもいいから手伝い頼みたいもんだ。
ブドリは思わず近寄っておじぎをしました。
それなら僕を使ってくれませんか。
すると二人はぎょっとしたように顔をあげて顎に手を当ててしばらくブドリを見ていましたが、赤ひげがにわかに笑い出しました。
よしよし、お前に馬のさせ鳥を頼むからな。すぐ俺について行くんだ。
それではまず乗るか反るか秋まで見ててくれ。さあ行こう。本当に笹毛の鶴でもいいから頼みたいときでな。
赤ひげはブドリとおじいさんに変わる変わる言いながらさっさと先に立って歩きました。
あとではおじいさんが、
年寄りの言うこと聞かないで今に泣くんだなとつぶやきながらしばらくこっちを見送っている様子でした。
農作業と病気の影響
それからブドリは毎日毎日沼畑へ入って馬を使って泥をかき回しました。
一日ごとに桃色のカードも緑色のカードもだんだんつぶされて泥沼に変わるのでした。
馬はたびたびピシャッと泥水を跳ね上げてみんなの顔へ打ちつけました。
一つの沼畑が済めばすぐ次の沼畑へ入るのでした。
一日がとても長くて島へには歩いているのかどうかもわからなくなり、
泥が飴のような水がスープのような気がしたりするのでした。
風が何遍も吹いてきて近くの泥水に魚の鱗のような波を立て、遠くの水をブリキ色にしていきました。
空では毎日甘く酸っぱいような雲がゆっくりゆっくり流れていて、それが実に羨ましそうに見えました。
こうして二十日ばかり経ちますとやっと沼畑はすっかりドロドロになりました。
次の朝から主人はまるで気が立ってあちこちから集まってきた人たちと一緒にその沼畑に緑色の槍のようなオリザの苗を一面植えました。
それが十日ばかりで済むと、今度はブドギたちを連れて今まで手伝ってもらった人たちの家へ毎日働きに出かけました。
それもやっと一回り済むと、今度はまた自分の沼畑へ戻ってきて、毎日毎日草取りを始めました。
ブドギの主人の苗は大きくなってまるで黒いくらいなのに、隣の沼畑はぼんやり薄い緑色でしたから、遠くから見ても二人の沼畑ははっきり境まで見渡りました。
七日ばかりで草取りが済むと、また他へ手伝いへ来ました。
ところがある朝、主人はブドギを連れて自分の沼畑を通りながらにわかに、「あ!」と叫んで棒立ちになってしまいました。
見ると唇の色まで水色になって、ぼんやりまっすぐ見つめているのです。
病気が出たんだ。」主人がやっと言いました。
「頭でも痛いんですか?」ブドギは聞きました。
「お礼でないよ。おり座よ、それ。」主人は前のおり座の株を指差しました。
ブドギはしゃがんで調べてみますと、なるほど、どの葉にも今まで見たことのない赤い点々がついていました。
主人は黙ってしおしおと沼畑を一回りしましたが、家へ帰り始めました。
ブドギも心配してついて行きますと、主人は黙ってキレを水で絞った頭にのせると、そのまま板の間に寝てしまいました。
するとまもなく主人のおかみさんが表から駆け込んで来ました。
「おり座へ病気が出たというのは本当かい?」
「ああ、もうだめだよ。どうにかならないのかい。だめだろう。すっかり五年前の通りだ。」
「だからあたしはあんたに山下をやめろと言ったんじゃないか。おじいさんもあんなに止めたんじゃないか。」
おかみさんはおろおろ泣き始めました。すると主人がにわかに元気になってむっくり起き出しました。
「よし、伊波東部の野原で指折り数えられる大百姓のお礼がこんなことで参るかよ。よし、来年こそやるぞ。
ブドギ、お前俺の家へ来てからまだ一晩も寝たことがないぐらい寝たことがないな。
さあ、いつかでも十日でもいいからぐーっと言うぐらい寝てしまえ。
俺はそのあとであそこの沼畑で面白い手相を見せてやるからな。
その代わり今年の冬は家中そばばかり食うんだぞ。お前そばは好きだろうが。」
それから主人はさっさと帽子をかぶって外へ出て行ってしまいました。