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おしゃべり本棚。 この時間は福岡のRKB毎日放送のアナウンサーによる朗読をお送りします。
横三里一。 美しい家。
ある日、私は妻と二人で郊外へ家を見つけに出て行った。
同じ見つけるからには、まだ一度も行ったことのない方面が良いという相談になった。
私たちはその日、一日歩き回った。
夕方には、自分たちの歩いているところは、一体どこなのだろうと思うほど、もう三半期間が疲れていた。
草に覆われた丘のスロープが交錯しあって、穏やかな幕のように流れていた。
人家は、ぼうぼうとした草のために見えなかった。
「おい、ここはどこだろう?」 と私は妻に言った。
私もこんなところ知らないわ。 俺はもうヘトヘトだ。
私もよ。 私、もう歩くのが嫌になった。
「じゃあ、ここで休もうか。日が暮れだっていいじゃないか。」
「そうね。暮れだって別にかまわないわね。」
「うん。休もう。」
私は草の中へ腰を下ろすと、煙草を取り出した。
妻も私の横へ座って落ち着いたらしく、暮れて行く空の色を眺めていた。
ここで、私と妻とが同じように疲れたということが、
私たち一家の間に大きな悲劇をもたらした原因であった。
しかし、私はただ何も知らずに、煙草を吹かせてぼんやりとしていただけである。
このぼんやりとした緩んだ心理の続いている空虚な時間に、
黙々として私たちの運命を動かしていた何者かがあった。
それは一体何者であったのか。
私はふと、私のぼんやりしたその空虚な心の中から、
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急に、
こうしていても始まらない、
今日中に家を見つけなければ、と思う慌ただしい気持ちが、
泡のようにぽっかりと浮き上がってきた。
「おい、もう一度家を探そう。
疲れついでだ。
今日中に探してしまって、それからゆっくり落ち着こうじゃないか。」
「ええ、そうしましょう。」と妻は言った。
疲れてはいけない。
疲れると判断力がなくなるものだ。
私たちは疲れた心で、また家を探しに出かけて行った。
ある草に包まれた丘の上に、
私たちは一軒の家を見つけ出した。
「あの家は貸屋かな。
戸が閉まっているね。
あれは貸屋だよ。」
私と妻とは、いきなりその家の周囲をぐるぐる回った。
「ああ、ここはいいね。
高いし、庭は広いし、
花はあるし、
朝起きても日に当たれるし。」
私の言葉の速度が、疲れた妻の心を動かした。
「ええ、いいわね。ここにしましょうか。」
「ここにしよう。ここがいい。」
そこで二人は、
王屋へ行って、部屋の様子を聞きただした。
私たちはもう、家そのものはどうでもよかった。
ただ、自分たちの疲れた体に、
一時も早く特診を与えるために、
すぐその家を借りようという気になった。
その家へ越してきたのは、
それから一週間もしてからだった。
私は、その家が自分の家になってから、
初めてよく家の中を見回した。
すると、
私は急に、
嫌だと思った。
どうしてこの明るい家の中に、
こんな暗さがあるのだろうと考えた。
北側に一連の壁があるこれだ。
しかし、
私は間もなく、
周囲の庭に咲き乱れている、
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とりどりの花の色に迷い出した。
外の色が、
家の暗さを征服した。
私は、
北に連なる頑固な壁を、
知らず知らずの間に、
頭の中から忘れ出した。
だが、
秋が深くなると、
薔薇が散った。
菊が枯れた。
そして、
枯葉の積もった間から、
ようやく寂しげなサザンカが覗き出すと、
北に連なった一連の暗い壁が、
画然として勢力をもたげ出した。
私は風を引き続けた。
母が、
あっという間に死んでしまった。
すると、
妻が母に代わって床に着いた。
私の誇っていた、
門から昇る花の工事は、
氷を買いに走る道となった。
どうもこの家は空気が悪い。
古臭い空気が溜まるのだ。
家を変わろう、
家を。
しかし、
もうその時には、
妻の体は、
絶対に動かすことができなかった。
そうして再び、
夏が、
私たちの家に巡ってきた。
いちごは庭一面に、
新鮮な色を浮かべ出した。
ほうとうが、
軒の垣根に連なった。
ぶどうは、
棚の上にふさふさと実り出した。
だが、妻は日々、
床の中から私に言った。
私、
ここの家を変わりたい。
ねえ、
家を探してよ。
私もうここは嫌い。
よしよし、
だが、
もう少し待て。
お前の体が動けるようにならなけりゃ、
いやよ。
私もうこれ以上ここにいれば、
死んでしまうに決まっているわ。
しかし、
動いたならなお死ぬに決まっているんだ。
だから、
いやいや、
私、
他で死ぬのならかまわないわ。
ここで死ぬのは嫌。
そのうちに、
大きな百合が、
家の周囲でふくいくと匂い出した。
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そら、
今日は百合が咲いた。
ああ、
どらどら、
二人が、
百合の花の大きさに驚いている中に、
また薔薇の大輪が咲きはじめた。
おい、
今日は薔薇だ。
これは見事だ。
まあまあ、
クリーム色ね。
白いのはまだかしら。
私は、
百合の花を手負ってきて、
妻の枕元に刺してやった。
すると、
妻は激しい匂いのために咳きつづけた。
こりゃいけない。
百合はおまえを殺すんだ。
薔薇がいい、薔薇が。
百合と薔薇とを取りかえて、
部屋の暗さを忘れていると、
次には、
おいらん草が、
白と桃色の雲のように、
庭の全面に咲き乱れた。
妻の青ざめた顔色は、
ようやく花のために柔らぎ出した。
しかし、
やがて秋風が立ち出した。
花々は葉を落とす前に、
その花を散らすであろう。
ある日、
私は私たちをこの家へ導き入れた、
丘の上へ行ってみた。
私は二人で休んだ草の中へ座ってみた。
そこで私は、
かつて前に、
疲れた心をぼんやりとさせたいように、
今また不幸に疲れた心を、
ぼんやりと休めてみた。
私は、
私の心の中から、
何かえがたい感想が浮び出しはしないかと待ちながら、
だが、私の胸の中からは、
何ものも飽き上がっては来なかった。
私は、
私の心に備わっているものをふるい落とすように、
私の心をたたいてみた。
生活とは何か。
苦しむことだ。
苦しみとは何か。
喜ぶためだ。
喜びとは何か。
生活することだ。
それなら、
生活とは。
私は、
白い草の根を噛みながら立ち上がった。
ふと、
私はその草の根が、
去年の秋、
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私たちが座って踏みつけたときの草の根に沿いないと考えた。
それが一度葉を落として、
また芽を出した。
私たちも回るであろう。
今に、
不幸がなくなるだろう。
私は家へ帰ってきた。
家の工事の両側は、
桃色の花で埋まっていた。
このたなびく花の中に、
病人がいようとは、
なんと新鮮な美しさではないか。
と、
私はつぶやいた。