思い出の交換日記
時を超えた交換日記。
千春は、引っ越しのために荷物を詰めていた段ボールの箱の底から、ピンク色のノートを見つけました。
表紙には、千春と阿弥、二人の似顔絵が油性ペンで書かれています。
懐かしいなあ。千春はノートを優しくなでました。
これは、高校の時、阿弥と二人で始めた交換日記です。
ページを開くと、読み慣れた阿弥の丸い字が飛び込んできます。
千春、今日の放課後、駅前のクレープ屋さんに行こうよ。新作が出たんだって。
その下には、クレープの絵と一緒に、テスト終わったと喜ぶ千春の乱暴な文字。
阿弥はいつも千春を外に連れ出してくれました。
放課後のクレープ屋、寄り道した雑貨屋、部活帰りに見上げた夕焼けの空、
ありふれた日常が阿弥と一緒だと特別な輝きを放っていたのです。
ページをめくるごとに、記憶の断片が鮮やかによみがえります。
千春の絵、私本当に好きなんだよね。
私も阿弥のファッションセンス尊敬してる。今度一緒に古着屋さんに行きたいな。
千春が絵を描くことを好きになったのは、阿弥の言葉があったからです。
いつも千春のノートの落書きをほべてくれました。
そして千春がイラストレーターという道を選んだときも、
誰よりも喜んでくれたのが阿弥でした。
日記にはほんの少しの悩みもつづられていました。
私将来何がしたいんだろうって時々不安になる。
大丈夫だよ、阿弥は阿弥らしくいればきっと素敵な道が見つかるって。
あの頃は漠然としていた将来の夢も、今は現実になっています。
千春はイラストレーターとして、阿弥は海外でバリバリと働くキャリアウーマンとして、
それぞれの道を歩んでいるのです。
読み進めていくと、日記の最後の数ページが真っさらな空白になっていることに気がつきました。
卒業間近、お互い忙しくて書けなくなってしまったのでしょう。
千春と阿弥はこの交換日記の結末を見届けられませんでした。
ふと千春は寂しさを感じました。
心のつながり
阿弥と最後にゆっくり話したのはいつだったのでしょう。
連絡は年に数回するけれど、お互いの近況を深く知る機会は減ってしまいました。
遠い国に住む阿弥を思うと、物理的な距離以上に心の距離を感じてしまうのです。
千春はペンを取り、空白のページに自分の気持ちをつづり始めました。
阿弥、久しぶり。今はアトリエで引っ越しの準備をしているの。
さっき私たちの交換日記を見つけたんだよね。
読み返したらあの頃のことが昨日のことみたいに思い出されて、なんだか心が温かくなったの。
あの時は不安だった将来も今は毎日絵を描いて過ごしている。
阿弥が褒めてくれた絵を今も描き続けているんだよね。
本当にありがとう。阿弥と出会えて私は本当に幸せ者だなって思う。
書き終えて千春は日記を閉じました。
その時スマートフォンがピコンと鳴りました。
画面を見ると阿弥からのメッセージ通知。
千春、久しぶり。元気?
最近なぜか千春のことをよく思い出すんだよね。
今何してるの?
千春は目をまるくしました。
シンクロニシティというにはあまりにもできすぎたタイミングに千春は思わず笑ってしまいました。
そしてこう返信しました。
うん、元気だよ。
実はね、今阿弥と使っていた交換日記を見つけて読み返していたところなんだ。覚えてる?
千春の返信にすぐに阿弥からスタンプが送られてきました。
遠い空の下で同じ気持ちを分かち合っている。
そう思うと千春の心は温かい気持ちになりました。
交換日記は終わっていませんでした。
時を越え二人の心をつなぐ温かい絆として今も生き続けているのです。