1. TRAIL HEAD
  2. #14 番外編:南圭介「命をよこ..
2025-05-20 1:18:41

#14 番外編:南圭介「命をよこせ」 

一般公開が始まった、マルコが監督したPatagonia Films「 Chasing South — 南を追う」。

それに先駆けて5/5にITJBASEShuzenjiで開催された先行上映会後の公開収録になります。

まずは是非、Patagonia Films「 Chasing South - 南を追う」をご覧ください。
Link

内容に関してはネタバレになるのでここでは割愛しますが、今回のポットキャストは南さんのお話のほか監督としてのマルコの作品解説、当日来場者からの質問もありかなり濃い内容に。

これを聞いたあなたはきっと何かを始めたくなる。

そんなエピソードになりました。

*この映像のマルコのフィルムメイキングのエピソードも合わせて是非こちらを是非お聴きください。
#8 マルコ、ピレネーに行く(シンペイとポテチとチョコをお供に)
Link

By ちばちゃん

Host: Tatsuo Chiba @tatsuochiba_jp, Marco Lui @marcolui
Guest: Keisuke Minami @south_keisuke
Recording: Shimpei Koseki @shimpeikoseki

Send us a text

サマリー

今回のエピソードでは、南ケイスケのドキュメンタリー『Chasing Suns』の高清上映会後のトークイベントが紹介されています。撮影の裏話やチームメンバーの経験を通じて、トレイルランニングの魅力や挑戦について語られています。南圭介は自身の過去の経験やトレイルランニングを通じて、命の大切さや気持ちの変化について話します。彼の家族との関係や海外での出来事が、彼の人生にどれほどの影響を与えたかも明らかにされています。 南圭介がGR10を走る中での感情や洞察が深められ、彼の過去の人間関係や痛みを理解する過程が描かれています。また、彼の記録挑戦とその意義についても触れられています。南圭介のトレイルランニングによる旅の経験が語られ、地球の美しさや環境保全の重要性が強調されています。さらに、彼の新しい挑戦や目標についても言及されています。 南圭介はトレイルランニングへの情熱を語り、特に痛みを伴う経験を通じて自身の価値観が変わった過程について掘り下げています。また、彼の母親とのインタビューも取り上げられ、親子関係の理解が深まる様子が描かれています。南圭介は自身の過去の怪我とリハビリ体験を通じて、トレーニングや挑戦への思いを語ります。また、日常生活における小さな約束を大切にし、それが最終的に大きな目標につながることを強調しています。 ポッドキャストでは、内面に迫る重要性やリスナーからの意見を取り入れた新たな試みについての討論が展開されています。

TRAIL HEADの紹介
TRAIL HEADへようこそ。TRAIL HEADはトレイルランニング コミュニティで活躍するキーパーソンに、なぜ走り始めたのか、何のために走り続けているのか、そしてこれからどこへ向かって走っていくのか、彼らの走る原点である登山口を探るポッドキャットです。
放送は僕、香港出身、日本在住のマルコと、イブ在住のチバジャンでお送りします。
久しぶりだね、これのイントロ。どういう風にやってたか忘れたね、もはや。
というかもう今年ずっとサボってたもんね。クランクナリア番外編やってから全く何もしてない。色々してるけどね。
忙しかったからね。忙しかったから。
富士どうだった?
富士はね、でも評判は良かったかなと思うんだけど、自分がいろんなものに来てるやつを、何とか自分ができる範囲で打ち返しただけで終わったんで、他の人たちがすごく頑張っていただいたなっていうところがあるんで。
今年一年で乗り切った感があるから、来年は自分が主催者としてより良くしていく方向にやっていきたいなと思ってるけどね。
チバジャンにでもポジティブだよね。
そう思わないとやってらんないよ。
日々落ち込んでるから、特にマウントホジティブの件に関しても日々落ち込んでるね。
だけど誰も慰めてくれないから、自分でもう慰めて頑張るぞっていう、そこまでセットっていう。意外と見えないからね、僕の仕事って。
黒子だからね。
そうそうそうそう。やっぱり自分で盛り上げないとね。
マルコも今年は頑張ったじゃないですか。
頑張ったね、頑張ったね。やっとあれは終わったね。Chasing Stars、南ケイスケの映像。
作る旅は、見せる旅も終わったんだよね。みんなにお披露目の旅も。
そうそうそう。ちょうど今週ね、このエピソード公開する前に、多分一般公開されたんですけど映像自体は。
やっと終わった感じで、もう本当に命削ったくらいじゃないかって。
結構ほら、上映会後回ったじゃない?ラウンドしたじゃない?あれ基本全部行ったの?主要のところ全部行ったんでしょう?
パタコニア主催の4カ所、フィルムツアーは札幌、福岡、東京、大阪は全部行って、
でその後、マシコピとトジキやって、で自分が最後に行ったのは千葉ジャンのところね。
あーありがとうございます。
ITJベースで。
でもいい雰囲気だったでしょ?最高の雰囲気で良かったよ。
最高。屋上でやってて、でかい画面、何インチだった?150インチだった?
150インチだね。
いやもう最高だったね。
あの度に借りて、電飾版の度に全部つけて、料理もあの度に準備して。
でもマルコのおかげで、いずからそういうアウトドアムービーをしっかり見せるみたいなやりたかったことが一つ叶えてられたからね、本当に感謝してるんですよ。
ありがとうね。わざわざ自然にやってくれて。
楽しかった。
で、もう今見れてるんだよね。一般公開されたタイミングなんでね。
いやーみんな見てほしいね。本当に。絶対見たほうがいいよあれは。
今回の番外編はまさしくITJベースの上映会の後のトークイベントのそのままなんですけど、
だからぜひね、映像見てからエピソード聞いてほしい。
そうだね。
ネタバレばっかり。
そうだね。まず映像をね、見てもらって、まずは見てくださいってところからだよね。
見てなかったらここでストップしてちょっとYouTubeのほうに。
あんまり言えないね。見てない人いるかもしれないから。まずはChasing Sunsを見てくださいっていうね。
じゃあそんな感じで。
撮影の挑戦
じゃあ改めまして、Chasing Suns南雄の今映像を見終わったところで、
ちょっとお二人に、南さんとマルコにお話を聞きたいなと思うんですけども、
僕も実はこれ初めて見ましたんで、ちょっと想像と全く違う映像だったんで、
見てるときに何を聞こうかななんていうふうに思ってたんですけども、
僕はちょっとマルコとね、いろいろどういった計画でやってたかっていうのをちょっと聞いてたんで、
まずね、いつぐらいの話だったかってまず皆さん聞かせてあげたほうがいいと思うんですけど、撮影期間ですね。
あ、出てない。
そう、なんか出てない。
あ、低いかな。
ちょっと上げてもらって。
撮影時代はJR店は去年の9月の末から10月上旬くらいの10日間。
スタートの日はある程度その日かその月の日が決まってて、天気を見て展開したんですけれども、
最終的には天気は半分くらいは悪かったんですけどね。
割と温かい、言っても9月くらいの話だったんですよね。
だから僕も雪が降ってたりとか、あと天候のことも知らなかったんで、
こんなに悪天候の中で知らなかったんで、なかなか大変だったんだろうなっていうのと、
あとスタッフがね、出てきたのが丸子と新平さんと、あと以前出てきた方、一郎さんと、あとパトグニアム氏も来てくれたんだっけ。
タグジさんは最初の5日目までは行って、
彼も100マイルランナーで、自分はボルガリアのレースの帰りついでにちょっとフランス寄ろうかっていう気持ちで来たら、
走れる人間だったらちょっと走ってもらうことにして、最初の5日目までのランカメが彼を押さえてもらったんですね。
映像を見てる中で僕が一番思ったのは、野党とかもその日のうちにその日を押さえてるこの人たち。計画立ててないもんですよ。
一応計画は立てる。
立てれないけどなかなか。
どうしてもずれてくんで。
あれすごいよね。
あれもうオーバーシーズンなんですよね。9月終わりって。ネットとかで見ても載ってない。
っていうか、電話してくださいって書いてあるんですよ。
で、フランスの田舎で、英語も多分通じるところはあるんですけども、現地の言葉、フランス語喋らなくちゃかなり厳しかったんじゃないかなって。
で、一応さんは30年いる。で、フランス語ペラペラだからうまく宿見つけてくれて。
だからこう、大まかなスケジュール立ててるけど、どこで終わるかわかんないから、宿押さえてないんだよね、基本は。
押さえてない。
当日お昼過ぎぐらいは、今日はここまで行くから、その辺のCP、チェックポイントの近くの宿を探す。
で、オペレーション的には車2台で、一郎さんのサポートカー、映像に映ってる車が彼のサポート専属車として使われてて。
で、僕の身辺はレンタカーで撮影、2人でまた別のホールをしてるから。
だからまずその日どこまで走るか、途中チェックポイント全部撮影してるわけじゃなくて、先回りして撮影良さそうなポイントに登って行って、
彼を待つことも結構その日によっては多かったりとか遠かったりとかするので、最後にその日のゴールあって、
今日はここに終わるんだって。時間見たらもう10時じゃん。
今日も宿ないときもあるから、ちょっとギリギリなんとか上手く行ったんだね。
たまに車で寝てる映像があったんだけど、それでもう次の日とかってのもあった?
いや、車で寝ることはない。紙ぐらいは。
だけど2人ともJR天王初めてだったんですか?
僕はこれ去年なんですけど、一昨年、中間の300キロぐらいは一郎さんと5日間ぐらいかけて思想行ってたんです。
で、ピレネはその300キロとかそれ前後ぐらい、中の500キロぐらいだけきついんじゃないかって勝手に思い込んでて、よしこれで大丈夫だって思って、
いざやったらもう最初の200キロ以外はもうずっときつくて、アップダウンがきつくて、もっとちゃんとロジック組まないといけないんだなって勉強になりましたね。
マラコは初めて、ロゲ版無しだよね?
そう、当日、2ヶ月前ぐらいに本を買ったんですね。JR天王というガイドブックがあって、
そのガイドブックに3、4ペグメートルあるんですけど、45ステージ分けてて、その914キロ。
普通の人はそれぐらいの時間かけて、ステージごとにヤドが情報も入っているので、それを彼は一時20コマぐらい走るわけよ。
それがなかなか勉強するのも大変で、もう地名も読めないし、
次の日はこれぐらいの空間走るから、東高線を見て、良さそうなところを新米と相談して、そこまで行って待とうかみたいな日々を決めて撮影する感じ。
今ね、撮影の専門の方もいらっしゃいますけど、ロゲ版ゼロでやってるっていうのが本当にいいと思いましたよね。
これはありえないんですか?普通じゃあ。
だって、どうですか?ロゲ版ゼロでやってるんですよ、これ。
その割にはちゃんと撮影ポジションが決まってるように見えるんですよ。
そうなんですよ。犬とか雑貫とかもちゃんとインサートされてて、よく撮れたなと思って。
いいよいいよ、全然全然。
よくやったね。
いやだってさ、話した時に、ちゃんとイメージしてたの?初めのこの時代のね。
そう言ってたから、よく先に映像撮れたなと思って、綺麗にいろんなものがインサートされてたりとか。
やっぱ地図見るのが一番大きかったかもしれない。本当に地図見て、東高線見て、ここコールがあるから、コールってなんだっけ?
峠。
この峠だったら2500だったら、東大南北も話し良さそうって言ったら話してて、そしたらもう行く。
でも行っても、じゃあここでストップして、そこで待ち構えるのか、もうちょっと先行くかっていうのを新米夫と2人で話してて、
でも都度で決める、で待つって感じですね。
南さんにも聞きたいの。今回撮影プロジェクトでもあるけど、南さんにとっては、FKTのチャレンジじゃないですか。
当然マルコと新米君とかは、撮影クルーではあるんだけど、サポートクルーでもあるんだけど、
一方でなかなかロケハブもしてなかったりとか、万全体制っていうのはなかなか取れずらかったと思うんです。
撮影は結構大変だったっていうのはなかったんですか。
それは全くないですね。僕的には、彼のことも信用してるし、できるんじゃないかってすごく思ってて、
あんまりカチカチ決めるタイプでもないんですよ、マルコも僕も。新米君は割と決める方かもしれないですけど、
それが普通ですけど、日本人的には普通で。
全員それだったらやばかったと思うんですよね。もうめちゃくちゃになってたかもしれないですけど、
なんかあとイチローさんもいて、イチローさんも結構しっかり決めてくれるとか、締めるところは締めてくれたんで、
なんかのびのびできて、結果的にこういうね、うまく映像化されてたから、全然良かったんじゃないかなって。
全然不安は僕はなかった。不安あった?
ない。
よくやったなと思って。
ノリでやっちゃうんですよ。
すごいですね。車壊れたりね。
それもあったね。
詳細はトレイルヘッドに。
トレイルヘッドに載ってるんですけど、彼一回車壊れて一回バルセロナで帰ってきて。
僕じゃない、新米が送ってきて。
ちょっとおさらいとしては、5日目、Day5の最初の撮影ポイント行くところで、
ジャリ道結構急遽で、新米は国内のレースをよく活躍してカメラマンであって、
自分は四駆のエキストレイルを走ってるんですよね。
その感覚で海外の連打感も、これだったらいけんちゃうじゃないかって言ったら、
もううちらが借りてたのはBMWのセダンだったんで。
それも初めて違いがあったんだよね。
行ってみようか言ったら、そこが結構いけないなと思ったら、
折り返してパーンって音が出て、気がついたらもうダッシュポットがエンジンオイル漏れてますよって言ってて、
それを無視し続けたら煙が出てきて。
なんで無視し続けるのかよくわかんないけど。
なんとかなるというと。
なんないからシルバーに出てんのか。
それはなんとかならなかったかも。車はね。
それはさすがになんないなってのを伝え続けてて、
劣化者要望しかなくて、
そこでタクチさんがその日にバルセロナ、場所としては、
5日目はちょうど900のドマナガぐらい、400くらいのところで、
どこもないんですね。アクセスすごい悪い。三角地帯なんで。
なおかつ日曜日だったんで。
トレーランニングの魅力
レンタカー会社で一番近いのはバルセロナしかない。
バルセロナっていうのは4時間ぐらい離れてるところ。そこから。
往復は8時間ね。
そうです。東京から新潟以上ですね、というタクチさんの話で。
ちょうど彼はバルセロナ帰る日だったんで、
彼の車を僕を乗せて、
しんぺいはイチローさんのサポートカーに乗せてもらって、
撮影を続行して、僕はバルセロナに行って、
車に乗り換えて、また運転して戻って、
ロックのスタートとしんぺいに合流してて、
また撮影再開するトラブルがあったんで。
いろいろ大変な中でやってたと思うんだけど、
天候も悪くて。
みな美さんにも聞きたいんですけど、
2日目ぐらいからなかなかきつい感じが見えてましたけども、
最後のほうは何も考えてないって話だったんですけども、
結構長いじゃないですか。毎日毎日が。
めちゃくちゃ長いです。
どういうふうにメンタルを、
どういうメンタリティーで走ってるのか、
動いてるのかっていうのはどういう感じだったんですかね。
そうですね。毎日2日目は風がすごく強くて、
夜中もう斜めに立てるぐらいですね。
それで補充できるぐらいきつかったり、
その10日間中5日間は雨降ってる、
雪がすごい吹雪いてるとかの中で、
僕はそれがトレーランニングの醍醐味だとも思ってるし、
この僕が100マイル以上とかを走る長い距離を走っていくと、
雨の冷たさだったり風の冷たさっていうものをすごく感じられる。
こういう建物は屋根もあって壁があるから温かい。
温かい飲み物も温かい食べ物もゆっくり食べれるっていうものを、
トレーランニングをしながら僕は非日常っていうか不便さを感じられるもの。
僕はそういうものも全く感じてこなかったっていうか。
だって小さい頃から僕はすごく言われてたんですけど、
物を大切にしろって言われても死ぬほど物あるじゃないですか。
百均行けば買えるし。
ご飯大事にしろって言ってもコンビニ行けば24時間食べれるじゃないですか。
そういうものを全く感じられなかったっていうか生活の中で。
でもトレーランニングは山の中でこういう過酷なチャレンジをしていく過程ですごく感じられるんで、
僕はそのことを深く感じる必要があるって思ってて、
それは日々観察したりその状態を、そういうのがモチベーションになっているっていうのもありますし、
潰れたとしても絶対その潰れた時間はまた永遠に続くわけじゃないから、
それがまた好転して良い方になるっていうのも何となく自分の中では分かるから、
それを信じて日々淡々と続けてたっていうのはありますね。
家族との関係
多分ナーバスになっているタイミングもあったと思うんですね。
いやほとんどそうです。
だけどね、僕スポーツマネジメントにいたんでいろんな選手見てますけど、
かなり優しい方だと思いますよ。
優しいっていうのは?
人に当たらないっていう意味では。
いやでも今はそうですけど、昔はかなりめちゃくちゃだったから。
昔はいろいろ出ましたけども、
あのバックボーンに何の、そうだろうなとしか思わないですけど、
外形が健全に育ってましたって言ったらまただと思うから、
その時と今は明らかに違うんですか?
明らかに違いますね。
目つきが違うし、人に対しての、
まず家庭で全くそれを学んでこなかったから、
痛くないから、中二くらいからぐれたんですけど、
そこで家にいたくないから、
夜、スツキノ、札幌なんですけど、
スツキノ行って遊んだりとか中学校ぐらいの時から。
で、だからなんかその家族っていうところが
たぶん一番最初に愛情だったりとか、
そういう基礎的なことをたぶん教えてくれる場所じゃないですよ。
それがあんまりなくて、
だから平気で裏切った人かもしれないし、
金のためとかね、そっちの方向ばっかり行ったんですけど、
それを気づかせてくれたのが、海外回ってて、
なんとなくお土産でドラッグ、体に貼っつけて、
成田行って、それまでもいろんな国またいで
それを動かしてたから余裕だろうと思ったら、
たまたまバレちゃって。
たまたまバレちゃって。
たまたま、全然いけると思った。
いけると思ったけど、バレちゃって。
で、成田空港署に次の日、
おばさん来てるぞっていうフィルムでもあったんですけど、
おばさんって言ってるけど、絶対母さんだなって思ったんですよ。
札幌から始発の便で、朝8時半とかそれぐらいだったんですけど。
で、ガチャって開けたら、
僕のおばのマミちゃんが座ってて、
数年ぶりに会ったおばさんがガリガリになってて、
肌も黄色じゃなくて、死ぬ前の黄断色って言うんですか。
もう全く生気がなくて。
で、それを見て、
というか一番最後の最後に、
お前がドラッグで削ってきた命、
無駄に使ってきた命を今すぐ私に起こせって。
見てわかるだろう。
私には命が今必要だし、私は生きたいんだって訴えてくれたから、
そこで変わろうとは思いましたね。
今でも自分の棒に帰って、
背中で鉄格子のガチャンって閉まる音は、
響き渡りますね。
だし、あの命をよこせっていう言葉も、
これ僕フィルム見て、
札幌の上映会から出したんです。
それまでマルコがね、ケイスケには見せないって言って。
行ったことは一応伝えてたの?
親に行ったって。
僕はもちろんOKして、
その時はもうヨーロッパにいたんですけど、
全然行ってきていいよって言って。
あれが変わる原点ですよね。
強烈な…
強烈で一番パワーワードだと思いますね。
命をよこせって。
そこからルスツのトレーナリング、2017年になってましたけど、
そこと大体ここも近いんですか?
それまでは1年ぐらいありましたね。
結局亡くなるって言われたんですけど、1年ぐらい。
マミちゃんは何とか命が持って、
その間に小笠原にも行ってたんですよ。
最初捕まって、結局執行猶予で収まったんですよね。
命をよこせの教訓
何か仕事しようかなと思って。
地元にいても東京とか大阪とか大都市にいると、
またそういう繋がりがあるから良くないなと思って。
でも働かなきゃいけないって。
そうだなって。
あったかいところに行きたいなと思って。
小笠原行っていい?って言って親に言ったら、
いいよって。
小笠原だったら週に1回しか便がなかったりとか、
孤島で孤立してるから、誰も知り合いもいないし、
そこだったらいいなと思って、
Googleに無人島アルバイトって入れたら、
小笠原のお仕事がヒットして出てきて、
そこから行くようになって。
環境保全の仕事とか、今でも毎年冬は行ってるんですけど、
そこで環境系の仕事をするようになって、
より自然のことを考えるとか、
そういうふうにはなってきましたね。
僕に1年後に、あれ1位になったってことですか?
あれ1位です。
僕もすみません、あんまり本格的にドラッグやったことないんで、
あんまり分からないんですけど、
これ分かんないんですけど、
要は、そういう生活してきて、
1年後でトイレランニングに優勝してて、
細かったんですけど、
足の筋肉とかは割としっかりされてて、
走ってたのはいつぐらいからなんですか?
走っててはいたんですか?
走って、中学生でサッカー辞める前はスポーツやってたんですよ。
その後はクラブに行くようになって、踊りに行くんですけど、
クラブも夜10時、11時ぐらいから朝の6時ぐらいからロンストップで踊るとか、
あと海外のフェスとか行ったら、
1週間ぐらいは音なりっぱなしなんですよね。
だから何日間踊れるかなとか、
そういうものをやってたりはして、
だから今の100マイルとか200マイルに続けるものは、
でも踊るにしても体力が必要だし、
バックパックやってて、僕は20キロとか30キロぐらい背負って、
世界中を旅してたんで、
それでも体力が必要だから、
基礎的な腹筋、背筋だったり、上腹5、6キロぐらいですかね、
とかはしてました。
トレーニングとしてのランニングはやらずに?
やらずに。
すごいですね、それって。
すごいよね。
ドラッグ辞めて1年後にトレーナー大会優勝できるっていうことだよね。
誰でもできると思う。
ちなみに、
違う番組みたいになってきましたよ。
2年前に僕肺の年齢測ったんですよね。
その時60歳って言われて、
いろんなものを吸いすぎて、
僕はすごく弱いんですよね。
だから僕は走るのがあんま得意じゃない。
速く走るのが。
フルマラソンとかは最初から無理だと思ってたんですけど、
でも肺年齢だったり走力がなくても別に100マイルも
総合力が必要だから、
だからいろんな人にね、
私走るの苦手なんですとか、
そういう人がいても、
違うところのものを伸ばしていけば、
全然すごく、すごくっていうか、
大幅にね、
結果を残せると思うので、
それがすごいところだなと思いますけどね、トレーナーも。
あとは自然が好きとかそういうところもあると思うんですけどね。
うちの社員もね、
明日から走ってくれるんじゃないかなと思いますけど。
今日はトレーランニングじゃない方も結構いらっしゃいますので、
もう大抵いけるだろうと。
これだったらね、いけるだろうと思うんですけど。
でもやっぱり強烈な経験とかっていうところがあったっていうのは、
でもお母さんもおっしゃってましたけど、
あの経験がやっぱり逆に、
本人だったら最悪な経験だと思いますけど、
今を振り返ると、あの経験が今すごく生きてるなと思うんですけど、いかがですかね。
最悪なのは、僕が感じさせた、
そのマミちゃんだったり、
母親だったり、周りの人なんですよね。
僕は全く最悪じゃなくて、
すごい、いやっちまったなっていうところがすごくあるんですけど、
今回もGR10を走ってたり、
僕は100マイルも走るんですけど、
もっと州でやってるのは200マイルとかそれ以上の距離なんですよね。
で、走ってくる24時間とかでは、
なんか落としきれないっていうか、
この普段の生活で何気ないやり取りで、
こんなこと言っちゃったな、傷つけてしまったなとか、
なんか変なこと言われたなとか、
満員電車乗ろうとしてて、
ぶつかってもいないのに下打ちする人とかいるじゃないですか。
今、いるんですか。
います、います。結構いるんですよ。
クソが。とか言われたり。
で、なんかそういうのでも、うわ嫌だなって思ったことも、
いろんなものが体の周りについているような感じがするんですよね。
で、24時間走って経過した時に脳も停止してきて、
なんかそういうもの、外側にあるものがどんどんどんどん
削ぎ落とされていく感覚があるんです。
で、最終的に残るのは自分の心が残ってきて、
で、すごく綺麗な、その時走ってる時の景色だったり、
その時感じる朝日の暖かさだったり、
その風に乗ってくる朝日の暖かさを肌で感じる。
で、それを心で全部感じるから、
感情との対峙
すごくいつもより深く感じるし喜びとして、
で、それはまた逆に、そのきつい場面は全部真に当たるから、
すごくきついんですよね。
で、なんかその感覚がすごく好きというか、
なんか自分の中に深く潜っていける、
自然の中にどんどん溶け込んでいく感じがして、
で、このGR10走って4日目に大潰れして、
で、5日目がすごく最初のスタートのチェックポイント1が間に合わないぐらい僕早く着いた。
すごく調子良くて。
で、その後に1200とかそれぐらい上んないといけないところで、
600ぐらいまで上った時に涙が止まらなくなってきて突然に。
で、それもなぜかって言ったら、
分厚いガラスの6畳1間のところで、
僕とマミちゃんがガラス越しに対面してて、
命をよこせって言われた時がまた体中に響いて、
で、その時ワンワンワンワン泣いてるんですけど、
体はすごく調子良いんですよ。
もう駆け上がるぐらいの勢いで1200上がってるんですけど、
僕と同じ進行方向で登ってるフランスのハイカーの人は気づかないですよ。
僕が泣いてるってことは。
で、上から降りてくるハイカーは、
こんな変な、変でこな真っ黒に焼けたアジア人が、
鼻水だらだら出して涙だらだら出して、
すごい勢いで上がってくるから、
大丈夫かって言われて、
いやでもこれは大丈夫なんだって。
じゃあこの映像のエピソードっていうのは、
マルコが三谷さんに聞いて、
こういうふうに思ったんだってことで入れたという。
要するに走ってる時にこのエピソードのやつのフラッシュバックしてきたというか、
そういうこと実体験としてあったという。
そうです。
ここでまた強烈になった。
強烈に感じるようになって、
で、その時登りきって、
涙とか落ち着いて鼻水も止まって、
その時感じたのが、
僕が今まで迷惑かけたりとか、
傷つけてしまった人たちはすごくいっぱいいて、
その人たちの痛みが、
僕が昨日まで感じてた、
潰れる寸前まで感じてた、
全身の痛みだったり、
きつさっていうものを通して、
僕はその人たちの痛みを知る必要があったりとか、
もしかしたらこれは理解することができるんじゃないのかなっていう風に、
僕は思って走るようになりましたね。
記録への挑戦
この5日目からは。
ちょっと補足すると、
南をChasing Starsというタイトルにするんですけど、
彼のドキュメンタリーを撮る、GR10を撮るといったとしても、
そのドキュメンタリーの要素、そのテーマは何なんだっていうのはわからなかったんですね。
でもとりあえず撮るってことになってたんで。
タイトルは3日目くらいですかね。
彼がフランスの最南端にある、
FKT最速記録の記録を追う。
彼の名前は南だから、最南端、南。
その記録を追う南が、僕ら、僕の真兵が彼の姿を追うだから、
Chasing Starsだなっていうのがタイトルを決めたんだけど、
でも彼は何で走るんだっていう。
それこそトリューヘッドもそういうテーマが、
自分が一番気に入っているところというか、知りたいところであって。
しかも彼は長い、
彼との付き合いも7年8年くらい友達で、
そもそも何でこの人はこんな距離を、
自分を虐待するというか、
それくらい走りたいんだろうっていうのがまだ見えてなかったんですね。
さっき彼が言ってた5日目くらいに、
ちょっと自分が今まで傷つけた人たちの痛みを知る必要があるんだなっていうのを、
その時は多分まだ言葉自体がそこまで言語化されてなくて、
ただ8日目でまた大雨で停滞温床になりかけたところで、
車に入って出て、その後に10キロくらい一緒に走ったんですよね。
そこでやっぱり自分の疑問だったのは、何のために走るんですか。
もうそろそろ200キロくらい残ってるんですけども、
終わるのは見えてる。だったらどうなの。
900キロ走ったんだけど、すごい。だったらどうなの。
っていうのを質問に対して彼は、さっきの言葉の雛形が出てきたんですね。
マミちゃんのことだったりとか、痛みのことを知りたいっていう言葉。
もしかしたらそこがもうちょっと深掘ることによって、
この映画のテーマになってくるんじゃないかなっていうのがあって、
全部終わってからインタビュー、3時間くらいかけて、
彼の話毎日どうだったかというナレーションの部分ですね。
もう一度聞く。そしてさっきの締めの言葉。
トリュフランニングを教えてくれたことが、
それだったなっていうのがすごい風に落ちてて、
南を追う、彼は何が追ってるかっていうのを
根本的なところが見えてきたっていうのがあるんですね。
それがさっき彼が言ってたエピソードだった。
今回FKTって話を聞いていたんで、
当然記録のチャレンジっていうのはあったんだろうなと思うんですけど、
作品を見てる中で、
意外ともちろん時間がないとかって話とかがあったんですけど、
そこは見ててもあんまり実は大切なことではないんじゃないかなって、
記録が切れないっていうのが途中でわかるところであっても、
そこにも我々の関心はなくて、
もっと南さん内面とか違うところにも関心が写ってたなと思ったんですけど、
南さん自身もちろんFKTのテーマとして設定はされたかと思うんですけども、
途中でもう間に合わないっていう話になったときに、
普通は記録だけだったら辞めちゃうじゃないですか。
辞めたくなっちゃうとかってあると思うんですけど、
そこはもうその時の気持ちはどうだったんですか?
もう間に合わないっていう。
これも9日と9時間っていうのは、
FKTっていうアメリカのサイトがあるんですよね。
最速記録の。
そこでルートを見たら、
エリックっていうフランス人のランナーなんですけど、
そいつがやったのは9日と9時間で、
東から西に向かうルートの記録はFKTのサイトに載ってるんです。
で、僕がやった方は、
西から東、大西洋から地中海っていう方は記録がなかったんで、
これ完走すれば記録になるんだなっていうふうに思ってたんです。
ただその指針として、
彼が9日は西方向なのか東方向かでだいぶ違うかもしれないんですけど、
指針として9日と9時間って決めてスタートしてたんです。
ただその完走すればFKTだと思ってたから、そこまで焦ってはいないんですよ。
で、一番最後の最後で、
気持ちも折れちゃって、体中も痛いし、
一番最後の10日目。
で、チェックポイント一つごとに1時間ずつ遅れてた。
で、このままチェックポイント過ぎていったら、
その10日以内のゴール、
9日と何時間でゴールしようって決めてたんですよね。
FKTになるのは確実だろうって思ったので、もう完走もできるし、
だったら9日台でクリアしたいなと思ってやってて、
で、結果9日と21時間っていう記録になって、よし終わったと思って。
で、日本帰ってFKTのサイトに申請したら、
ダメですって言われて、え?ってなって、
なんで?って思って、その方向によって全然違うじゃんって言って、
そういう話もしたら、いやGR10はそういうのは関係ないって。
そのサポートがありなしかとか、宿泊をするのかとか、
なんかそういうカテゴリーの違いだけで、
どっち方向で始めようがGR10は関係ないんだって言って、
なんかプレミアム10っていうコースがあって、
それがアメリカのアパラチアントレイルとか、コンティネンタルリバルトレイルとか、
そういう指定された10本は、北方向、南方向とか東方向、西方向ってあるんですけど、
未来への計画
GR10はなかったんです。
で、衝撃を受けて、え?って。
そこも僕は全くそんなのをちゃんと読んだりとか準備してなかったから、
僕が悪いんですけど、それで蹴られちゃって、
えーっと思って出すけど、その瞬間にここで言おうかな。
また今年もやるんですよね、チャレンジを。
そんばらくも行くの?
行きません。
行かない。
今度は記録を越すぞって。
いやもう確実に越せるんじゃないかなっていう風に僕は踏んでいて、
まずその総力以外で買える場所があって、
まずキャンプニングカーに買えただけで、
その1日ホテルまでの間だったり、
一浪さんの労力も減るじゃないですか。
それだけで5、6時間とかは10日間で削り出せるんですよ。
で、その6日目途中で工程のミーティングしてたと思うんですけど、
僕間違って8日と10日とかで、
マルコとかも気づいてなかったもんね、8日とか。
それここに気を取ってやってんだと思いましたけど。
一浪さんだけはもうスタート前から知ってたって言ってたんですよ。
それも言ってあげるよって。
言ってくれよって。
そうだよね。
でもそれでその6日目まではチェックポイントが1日6箇所とかあるんですけど、
そこでかなりゆっくりしてたんですよね。
20分ぐらいいたりとかして、
それを10分とかもっと短くして、
それだけで1日50分から1時間削り出せるんですね。
それが6日目までだから、それだけで6時間だから、
何もしなくてもその2つ変えるだけで、
11時間とか10時間とかそれぐらいは削り出せる。
あと2時間なんですよ。
その2時間も僕がやった時は9月の末で、
まず日照時間が全く違うんですよね。
夜の7時に暗くなって、
朝の8時ぐらいまで暗いです。
緯度が高いんで。
で、夏にやるとその日照時間が3時間から4時間ぐらい。
そうですね。10時ぐらいまで明るいですね。
めちゃくちゃ明るいです。
そこも違うし、天気もこんなに崩れないだろう。
崩れても多分スコールが2時間とか来るぐらいで。
で、考えたらすぐやろうかなっていうふうには思いましたね。
あとは今回ね、
小笠原で、僕冬の期間小笠原行ってて。
で、GR10のFKTをするには、
9日と9時間じゃなくて、僕は次は9日ギリをやろうと思って。
そのために小笠原で走るトレーニング。
僕は今まで走るトレーニングっていうのは
インターバルトレーニングだったりとか
そういうものは最初の方はしてたんですけど
新スプリントとか疲労骨折になっちゃうんで
今までずっとしてなかったんですけど、今年から始めて。
それで千葉さんに富士に出たいってお願いして。
で、走れるようにして
その成果というか練習の成果として
ちょっと富士を走らせてもらえないかって言ったら
2つ返事ですぐいいですよって言ってくれて。
ちゃんと入賞もしていただいて、ギリギリ。
あれだけ走れれば僕は十分かなっていうふうに思います。
そういうことがあったんです。
あんまりコンペティブなレースに出るイメージがなかったから
小笠原から出たいんだって聞いたときに
ちょっと意外だったのと
40歳になっている子供もびっくりしましたけど
年代別に入賞に入ってきて
千葉さんこの年だったんだと思ってましたけど
そういう過程があったんですね。
じゃあまた来年も
今年に挑戦するんですけど
そもそも時期もっと考えればよかったよね
いや考えたんですよ
だけどトルデジャン出たかったからね
旅の挑戦と経験
TDG出た後の時期でG.I.O.Tやりたいから
トルデジャン?
あれ俺トルデジャン出てないやん
なんで9月だったっけ
9月にしたのは
アンドラで今亡くなったレース
ユーフォーリー
あれをおととしい思想をしに行ったときに
アンドラで最後思想終わって
アンドラに泊まりに行ったんです
一郎さんと2人で
アンドラウルトラトレイルのオーガナイザー夫婦が
そこに住んでるから
会ってパイリア旅立ちしてもらって
その時に彼らが言ってたのは
暑くないし天気もそんなに崩れないから
9月末にやれって言われて
じゃあ9月末だと思ったら
思いっきり崩れて
運がなかったという
でも結果的に
いろんなタフなコンディションで
僕はこれだけ走れたっていうのは
すごく自信にもなりましたし
次につながるっていうか
いい
キツさっていうか
すごい試練を与えてくれたなっていう風に
思ってますね
だけど今回
マルコと本格的にロケも
今回こういうの初めてだったろうし
みなみさんも
準備もない中
客観的に見ると準備がない中でやってるけど
多分今後
2人とも知識ついちゃうわけですよ
経験ついちゃうんだよね
だからいろいろ未然なことが計画できちゃうから
多分今回の
旅なのかチャレンジ
と同じような感覚になるのもないかもしれないね
そうだね
まず同じもの作る興味ないし
彼もそうだし
そういう心配もない
経験が
経験しちゃってるから
要するに未然に続けちゃうわけですよ
いろんなことが
だけど今回客観的に見れば
時期変えればいいじゃんとか
計画もっと立てればいいじゃんとか
いろいろあるんだけど
改善できちゃうんだよね
改善できちゃうから
今回いろいろあったと思うんだけど
今回思える感情とか
環境保全への思い
気持ちってもしかしたら一生
2人とも出れないかもしれない
それはないでしょ
そこの同じレベルのものはやらないから
僕はもっと上のものを目指すんで
それは多分ないよね
だからまた
準備が分からないぐらい高いところを目指してやるしね
だからまた一緒のことになっちゃう
じゃあまたさらにやってくる
究極的にはどういうことをやりたいとかあるんですか
来年GRTにやるとして
もともと走り始めたのも
小笠原行って
自然の仕事を環境保全の仕事をするようになって
自然の方にも向いてたっていうのもあるし
パーティー回ってた時も
サハラ砂漠の中とか
ヒマラヤの中
マチプチの遺跡の中とか
アマゾンの中って
すごくいろんな綺麗なところでやってて
地球は綺麗だなってすごく思ってて
それがより深く感じられるようになったのが
小笠原なんです
小笠原の仕事に携わるようになってきて
環境の方に目が向くようになったのは
そこで地球を歩いて
走って旅をするのが
一番原始的な旅だし
ダイレクトな旅
あとは環境の負荷が少ない旅だなと思って
トレーラーニングを始めて
その時に決めたのが
今井野さんがやってるような
っていうのをイメージしてたんですけど
こんな風にレース出たり
トレーニングを重ねていくうちに
もう少し
やっぱり
きついっていうか
自分の
人間的な可能性も
開放させてくれるツールだな
っていう風に思ってたから
そんな時に
スコット・ジュレックの
Northって
アパラチアン・トレーニングの
トレイルを
FKTやった時の本を読んで
これだと思って
ロングトレイル
3700キロとか
3台トレイルとか5000キロとか
世界中にいっぱいあるんですけど
僕はそれにチャレンジしようと思って
これも全然旅でしょって
旅以上のものですよね
ずっと山脈があって
ただそれを
いきなりやるんだったら
ちょっとヤバそうだなと思ったんで
僕はバックパックやってる時から
馴染みのあるヨーロッパを
最初のチャレンジの場所にしようと思って
探してたらこの
GR.Nで
見つけて
距離的にも900キロ弱だから
ビギナーとしてはいいなと思って
ビギナーなんですね
だって3600キロとか
トレーニングに比べたら4分の1ぐらいだから
でもアップダウンはめちゃくちゃ
ありますけどね
GR.Nは
1日6000メートルアップしてますよね
想像ができないんですけど
でもそこで
まず設定して
次は
今GR.N終わったら
アパラチアン
ATですね
ATの次は
今のところの一番上は
グレートヒマラヤのトレール
そのアッパールートで
3000から6000メートルの
3700キロあるんですけど
今そこに
目標を置いて
やってますね
だからまだ全然小さい方の目標で
そっかじゃあまだまだ
今後の目標と計画
やることいっぱいあるぞって感じ
全然あります
なんかヒマラヤの
3000メートルから6000メートル
無理だろうね3600はね
年別な計画が必要だと
今度はね
ネパールで無理ですね計画立てるっていうのは
どちらで言えば
何を語るかなもし一緒に行くんだとしたら
今回
Chasing Starsで語ったことが
もう一度語るのもしょうがないから
じゃあ彼これから出てくる
テマが僕の目で
何を見えてきたかによって
撮るか撮らない感じじゃないかな
だから今年はまだ何も見えてないので
違う手は行けません
でもね自撮りはね
しようと思って
なんかアクションカム
貸してもらって
GPストロッカーとかつけてもらってちょっと応援したいんですけどね
去年もつけてたんですよ
今年もねやるんだぜひね
応援って言うと
え何が
そう今年
去年は
パタゴニアに全部
全部じゃないですけど
赤字になって
このチャレンジの方の
資金は出してもらったんですけど
今年は個人の
プロジェクトっていうのがあって
去年立ち上げた
フィーラースプロジェクトっていうのがあって
それが
世界中のロングトレイルを
FKTにチャレンジするっていう
プロジェクトを立ち上げた
去年はそれでやろうと思ってたんですけど
そのねチャレンジする前に
パタゴニアの人に言ったら
それ面白そうだねって言って
結果出してくれるようになった
じゃあこれはクラウドファンディングかなんかで
そう今年はクラウドファンディング
もう立ち上がってるんですか
まだまだ中旬から下旬ぐらいになるかな
多分それぐらいでオープンは
したいなと思ってんで
ぜひ皆さん応援よろしくお願いします
中尾さんもいらっしゃるんで
最高試合が出たら1000キロも
あれFKTやったら
FKTやったらぶっ飛ばされるんでしたっけ
大丈夫ですか
トレーラーはあんまり
お好みでない
でも空は大丈夫ですよね
僕もあそこ歩いてるんですよ今
そうなんですね
すごくいいところなんですけど
あんまり人もいないんですけど
ぜひね歩いてもらいたい
歩いて走ってもらいたいなと
イズハントのこの
トレーニングの最終的な夢っていうのは
イズハントにロングトレイルを
一番最南端から
ここまでが
大体140キロしかないんですけど
ちょっとこう
イズハントの中心に
心力管理省のエリアがあって
それが実はイズハントの
10%の土地を占めるんですけど
そこが基本入れないんで
レースしかできないんですけど
最終的にはそこを通れるようにして
140キロしたいですし
最終的にはね最後
沼津アルプス
そこまで全部つなげると
多分100マイルぐらいになるので
それを全部やれ
死ぬまでにはしたいなっていうのが
それができたら
イズトレイル自体作ってよかったな
って思うんで
いいですよね
ロングトレイルって思うんで
ぜひ走れるような
ロングトレイル作るようにしたいな
練習でね
100マイルぐらいだから
100マイルもね長いんですよ
長いけど
やっぱ気が楽ですよね
120キロ走って
あと40キロしかないと
全然わからないですけど
キララから意外と早かった
こんな感じでやってますんで
もし何かご質問とか
期待はもしあれば
公開録音やってますんで
いますか
長尾さんなんか
聞きたいことありましたか
マイク回しますんで
前の方に来ていただいて
大丈夫ですよ
長尾と申します
マルコさんとは
前から知り合いですけど
初めて見たんですが
さっき聞いて
南さんのインタビューは
山向け終わってから
聞いたわけですね
2回分けたんですね
まず行く前
行く前のバックボーンの話
分厚いガラスとか
マミちゃんの話とか
昔のことは行く前
6月に収録してて
終わった後もう1回
コースに関する日々の変わりとか
その一時かかったんですけど
朝は復習ですね
一郎さんも含めて4人で
しんぺいとこの日はどうだったか
毎日書いて
午後は収録して
毎日まずこれだよねって
喋って
新聞も質問して
終わったらちょっと休憩して
2日目の話をして
それを繰り返しして
半日くらいのインタビュー
札幌のお母さんのインタビューは
あれは後?
いや地宛の前
直前だよね
出発する前
1週間前
さっきの話だと
彼のドラッグの話とか
東京で
地宛店は9月ですね
1回目彼のインタビューは
昔の話
マミちゃんの話も含めたのは
6月に東京でやりました
さっきマミちゃんの話は知った?
知りました
9月出発だったので
9月上旬くらいかな札幌行って
お母さんインタビューした
行って
同行して撮影して
終わったら彼インタビューした
という流れだったんです
じゃあ地宛店に行く前に
一応彼のヒストリーと
お母さんのエピソードを入れた
こういうフィルムにしようということは
考えていたわけですね
そうですね
すごい構成だな
と思って
でもさっき言ったら
思いついて聞いたのかな
それだったらさらにすごかったな
マミちゃんのことは
知ってたとしても
それが物足りない
命をよこせだから走る
相手が繋ぎが悪い
ストーリーとして
そこなんかあるんだね
南圭介の痛みの体験
痛みを知ることが必要だな
というのが繋ぎだった
ごめんねちょっとマニアックな
フィルムメッキの話になっちゃった
お母さんのインタビューもまた面白くて
こんな関係性だったから
今は別に悪くもない
だとしてもそこまで
詳しい話ではないね親子同士はね
だから
自分がいないときにマルコと
コンセキという二人が
お母さんのところに行くんだよ
よろしくねってぐらいしか言ってなかったの
で僕とシンペンおサポロ行って
入ったらマルコ外人?
そこから始まるんだよ
日本語通し丈夫?みたいな
そこから
シンペンがカメラ回そうとしたら
やだやだやだ
そこから始まる
インタビュー難しくねと思って
カメラストップしてもらって
6月に
すでに彼の話を聞いたんですけど
今回はパタコーニャフィルム
経緯を説明したら彼女ちょっとずつ
柔らかくなって
シンペンがレックしてねって言いなって
マイクを出して
そこからちょっとずつ話したら
最初は彼女も彼女で
話が分かんない距離感があったんですけど
でもその後
自分がある程度彼のこと知ってる
トラックの話は聞いたんですけど
その話はお母さんはどう受け取ったんですか
その瞬間に彼女の
あの
僕見る目線が変わったんだね
あ息子のことよく知ってるんだ
じゃあ隠したくていいんだよね
っていうのがあと泣いたりとか
そういうのを本音を聞けた
っていうのがすごく良かったな
母親とのインタビュー
っていうのはあったね
インタビューの中には
このドキュメンタリーを
すごく本音のあるものにしてるのは
お母さんのインタビューかな
そうなんです
あれをいつ撮ったのかなっていうのが
すごい気になってたんですよ
ありがとうございます
一応映像制作を仕事としてたので
ちょっとそういうところ
してました
さっきも話したんですけど
トリュールヘッドもそうで
いろんなトリュールランニングのコンテンツを見る中で
いつも
ランニングのコンテンツしかなくて
もっとその人誰かっていうのを
バックポーンの話を聞きたいからこそ
ポッドキャストを
千葉ちゃんとやり始めたんですね
同じような好奇心を持って
彼のバックポーンの部分がないと
トリュールランニング動画になってるのも
つまんないなと思って映像を作りたいから
っていうのがあって
だからお母さんの話を聞きに行きたいで
ケスケに行ったら
いいって言ったら
それがすごく肝な部分
ではあったんですね
よく分かりました
すいません
一応評論するつもりなんですけど
この映画もちろん動画じゃなくて
映画だと思いますけど
映画がやっぱすごい素晴らしいものだった
映像も
すごい素晴らしいんですけど
音がよく取れる
音の処理が
すごい上手いなっていうふうに思いました
だから
メンバーで南さんが言っていることだとか
トレイルランニングへの情熱
石本さんとの会話とかが
すごい繰り上げておいていて
こういう環境でも
すごい耳にちゃんと入るんです
これ我々テレビ屋だと
つい聞こえにくいと
ついテロップを入れたくなっちゃうんですけど
そういうのは一切なしで
ちゃんと耳だけで聞こえて
あの画面を横さずに
すごいリアルなダイヤマが
音が聞こえてくるので
そこがこの作品を
強くしているものだなと思いました
ありがとうございます
この映像は4人で作られたもので
新平が
カメラの担当で
音の担当
音楽も作ってくれた
小島健介という方がいて
トリムヘッドの音声のメキシングもやってくれたんですね
音楽
音に関しては彼に任せる
だから現場で撮った音が良かったとはいえ
メキシングマスタリングしてくれたの
彼がいったからこそ
音楽も入れてくれるのが
大きなことで
ジムという方はアニメーションとグラフィックと
ストーリーの構成
僕と2人で考えていて
その4人でできたのが
今回すごく良かったところかな
いろんな大変だったんですけど
だからこそいろんな学びもあって良かった
ごめん
もう一つ
たまんないね
その距離って何
910何キロ
それって最初の方にちゃんと出したっけ
あった
出てます
途中の
あと何キロとか
そういうのが出るのかなと思ったけど
出さずに
今日はこれだけ走ったっていうの
情報だけ出てったのが
すごいストイックな感じがして
すごい面白い質問してる
やっぱプロだね
情報が実は難しいところで
すっごい悩んでたの
彼走った距離は
ごめんなさい
GBSのデータによって
距離と累積が違う
フランス人
シリルっていう方がやってる
トランスピリニアっていう
イベントですねレースでもなく
1年1回のレースは
850キロなんですよ彼のデータと言うと
ほぼ同じコースで
でホーンと言うと
914の950もある
自転車の分岐があって
1コースと9コースあるんだよ
なおかつ彼が迷った
だからどんなデータを
使うんだろうって最初
GR10は9時間
9時間っていうのは
ホーンのデータを
基づいたそれは914
彼が走ったコースは914
5万
1千か5万4千メートルの累積それを使った
だけど実際走ったのは920ぐらいだったの
944
で5万6千とか
5万7千ぐらいだった
実測は
聞こえなかった
僕が実際走った距離は
945キロ
の5万6千とか
5万7千ぐらいでしたね
でも最初そのデータ使うと
また本末線ではおかしくなるから
だから公式な
ホーンで言うと914だけど
実際に毎日走る距離が
数字合わなくなる
だから日々のデータの表示は
今まで走った距離と
走った時間にして
トータルは914っていうのは
コースのデータ
っていうことにした
レースだと
何キロのうちどこに行ったっていうのが
常に気になるけど
逆にそういうことどうでもいいかなっていう風に
思ってきちゃって
最後のFKPの時間を
そんなに気にしないように
一日何キロ
高低差で何メートル行ったっていうのが
一日の成果として
積み重なっていくところが
すごい面白かったなって
ありがとうございます
すごいマニアックな質問
でも超嬉しい
こんな質問されることないもんね
なかなか専門的な質問で
もし他ございますか
何か聞きたいわみたいなのがあれば
じゃあはい
どうも素晴らしい映像と
にやみさんの
走る姿と
肺年齢は
僕もちょっと心臓とかやってたり
タバコもガンガンするので
そういうことだけじゃないっていうのが
トレイルランニングだっていう言葉に
勇気づけられて
ありがたかったわけです
すごいにやみさん
いきなりタトゥーがいっぱいあって
おいおいっていう感じ
映像だったんですけど
もともとドラッグとかやられて
ちょっと不良だった
アウトサイダーだったっていうところから
よくそういう人たちは
格闘技とか
音楽のほうに
行って構成する人が多いと思うんですよ
なぜ
自然っていう話もありましたけど
走るっていうのを選んだ
っていうのがすごく興味があるんですが
教えてください
入ってます
走るっていうのは
そこはあんまり描かれてなかったですね
小笠原に行って
捕まって小笠原行って
でトレイルの整備
崩れたところがあって
トレイルが
土止めをするって言って
4メートルの丸太を
浜から担ぎ上げるっていう仕事が
あったんですよね
その時に上げてたんですけど
つらくなっちゃって持ってるのが
肩で担いでたんで
僕が手を離すと後ろに30人ぐらい
こんな狭い石段でこう上がってるんですよ
絶対に手離せないじゃないですか
で我慢したら
バキって言ってそっから肩おかしくなっちゃって
2、3ヶ月ぐらい我慢して
仕事してたんですけど
ことあるごとに重いものとか持ったりしたら
バキって言ってそっから1時間2時間
動けなくなるぐらい痛いんですよね
で小笠原は診療所しかないんで
精密検査ができない
で地元の札幌を
帰って精密検査したら
即手術ですって言われて
これダメですって言われて
で手術受けることになったんです
手術受けて
で麻酔切れて
目覚めてからもう激痛でずっと
あの穴とか開けてるから
めちゃくちゃ痛いじゃないです
で麻酔足してもらっても
全く痛みが取れない
で夜中になって
でテレビつけたんです
でその時にBSの
グレートレースっていう
番組がやっててその時に
あの特集されたのが
イギリスのスパインっていう
南北に400キロある
それが真冬の
スパインでノンストップで
ゴールを目指すっていう
ノンストップステージレースとかじゃないんで
休み
とか睡眠を
削ってトップを走ってて
で3日目2日目
3日目ぐらいになったら
遠く見える県庁聞こえるって言って
あシラフでも見えんだ
って思ってそこでもびっくりして
でそのトップの人は
もう50時間ぐらい寝てないから
こうインタビューされてるんですけど
インタビューされながらもう気絶して
もうトレイルで寝てるんですよね
で自分が寝てることも
分かってないで起きて
雨の中
でそれでもその
一生懸命ゴールを目指すっていう
姿にすごく
衝撃が走って
今までもう寝れないぐらい痛かったのに
あのグレートレースは
2時間番組ですよね
その2時間はもう痛み忘れるぐらい
食いついて見て
僕の次の旅は
トレイルランニングだって
でその前に小笠原行った時に
旅は
好きだったから次は何にしよう
環境の少ないインパクトのない
旅にしようって思って
怪我とリハビリの経験
最初に思いついたのが自転車で
横断するっていう旅だったんですけど
それがもうその瞬間に変わっちゃって
足だなこれ
取れらんだわって僕はその時に
思って
で2日後に
退院したんですけど
毎日2ヶ月ぐらいは通院しないといけないんです
でその時は札幌の
2月でめちゃくちゃ寒くて
で家から
病院まで7キロ離れてるんです
で僕の自宅から
病院までは
ほぼ一直線なんですけど
昔その戦前に使われてた
列車の
線路跡があって
今は埋め立てられてて
歩行者とか
自転車が入れるサイクリングロード
っていうんですけど
そこをひたすら吹く
どんなに寒くても
僕はずっと
取れらんがすぐしたかったから
トレーニングしたいから
全身バキバキになりながら
まつ毛とか鼻毛とか
全部凍ってるんですよね
で診察受けるときに
まだ全然溶けてないんです
全身バキバキで
絶対に地下鉄とかバスで来てください
って言われて
痛かったでしょ
いやめちゃくちゃ痛いです
じゃあ帰りも公共機関使って
帰ってくださいねって
でまた7キロで
毎日毎日歩いて
それが終わるまで
その肩は結構複雑な動きするんで
リハビリがめちゃくちゃ長いんです
半年から9ヶ月って言われてたんですけど
結果2ヶ月で来なくていいよって言われて
もうやりたすぎて
取れらんがすごく頑張ったっていうのもあるし
そのリハビリを
もう1日中ずっとやってましたね
でそれが
走る原点っていうか
そこにありました
トレーニングの継続
なんだそれ
なんだそれ
じゃあ
明日から深井さんも走られるということで
明日雨
雨関係なかった
雨関係ないから
そう関係ない
行ってみましょう
ぜひやってきてください
グレートレースすごいね
グレートレースで始めた人
すごい多いよね
多い多い
グレートレースの大々を見て
前もそうだったよね
あれだっけ
ITG女子の優勝した
小野子さん
グレートレースのTJR
TJR
だから
恐ろしく見てるよね
取れらんな
その話
長尾さんが言ったのに
インタビューの中に出て
話す内容が
ビジュアルがないんだよね
しっかり問い合わせして画像使おうかもちょっと大変だし
無理でしょ
病院通ってるのシーンも全く写してないし
再現シーン作ってもしょうがないしね
しょうがないし
と思ってもちょっと外したんだね
いやいい
でも原点は一応我々トレーニングヘッドってね
走るきっかけっていうか何でやってるかっていうのを
結構聞けてね
深井さんもいい質問してくれてありがとうございます
素晴らしい質問ありがとうございます
社長なんですか
同級生なんですよ
めちゃくちゃ幼馴染み
幼馴染み
そうなんですか
結構読も増えてきたので
ゆっくりと話をするという形になるんですけども
みなみさんも
これからの活躍ということで
今月末には
チャレンジのサイトも
オープンするということで
ぜひ皆さんも
ご協力いただけるといいなと
我々もできるように
協力したいなと思います
最後に
僕らもいろいろな方から
お話聞くんですけど
特にトレーニングの長い距離で走ってる人って
わー楽しいわー
って言ってる人ってあんまり実はいなくて
聞いていくと
なんかのバックボーンがみんなあって
それを何かを求めるというか
何かを解決したいのか
本人もよくわからない中だけど
やってる方が多いと思うんですよね
そういう方たちに対して
応援するメッセージを
トレーニングランナーさんもいっぱいいらっしゃると思うので
聞いてると
何らかの悩みというか
そういうものが
どこかでありながら
やってる方が非常に多いなという印象を受けるんですよね
一般の方も
それは速いトップアスリートも含めてなんですけど
そういう方たちに向けて
エールというか
こういう風に走っていくといいよみたいなことが
もし皆さんに伝えるものがあれば
はい
いただければなと思うんですけど
僕も
変わらないといけない
なったんですよ
あの一撃をくらってから
でも
人間ってあんだけ言われてるのに
ちょっと時間経ったら忘れちゃうんですよね
人類の歴史を見ても
わかるじゃないですか
争いは絶えないし
同じこと繰り返してるじゃないですか
それも全く個人レベルでも
一緒のことで
全く変わらないというか
その気持ちはあるんですけど
なかなかまた元に戻ったり
とかはするんですけど
どうやって変えればいいかなって
すごく悩んでて
それを僕は
実践して今だいぶ変わったな
っていうのはあるんですけど
日常の中で
ちっちゃい約束をいっぱい作るんですよ
自分との約束を
腕立て5回やるとか朝起きて
一番最初に朝起きて
トイレ掃除するとか
掃除機を掛ける
食器とかはすぐ洗うとか
できる範囲の
細かいことを
いっぱい作って
その上にちょっと大きな約束ごと
目標にしてること
それよりももっと大きく
してる約束ごと
でかなり
でっかい約束ごとを
作っていくんですけど
まずはちっちゃいことを
常にクリアしていく日々
で自分の信用を
取り戻すっていうか
そういうことをすごく
心がけてやっていて
で一番最後の
レースだったり
チャレンジしてるとき
あれって自分が信用できなくなるから
たぶんやめてる部分もある
本当はいけるのに
でも無理だとかこれ以上歩けない
とかは
今まで自分が
ちっちゃいことも
やってたりとかするから
これは信用なくなってんじゃないかなって
そういう途端版になって
そういうちっちゃいこと基礎がなくなってるから
変えれなかったり
そこで
人押しできないんだなってことを
僕はすごく
思ったことがあって
それを変えようと思って
ちっちゃいことをすごく変えるようにしたら
そういう大きいことも
徐々に
約束を守れるようになったんで
そういうちっちゃい生活の部分を
トレーニング以外で
見直すってことが僕はすごく
大事なんじゃないかなっていうふうには
思います
本当にちっちゃいことが最終的には
つながっていくということ
その延長でしかたぶんないと思うし
自己改善の重要性
全部は自分との約束ですよね
自分で目標
別に誰に言われてやれって
言われてるわけじゃないじゃないですか
だから自分との
約束をやらないっていうのは
すごく大事だなっていうふうに
思いました
ありがとうございます
明日がちっちゃい約束から始めたいので
お願いします
なかなか簡単そうで難しいですよね
ちゃんとちっちゃいやつを
貸してクリアしていくっていうのが
ない場所にしちゃうから
最後の最後で踏ん張りきかなかったりとか
僕も最後の方
潰れちゃったから
そういうところはもう1回見直さないといけないな
ってすごく思いましたね
本当にありがとうございました
ありがとうございました
最後の最後に
上位回の
ご来場の皆さんの
お土産があるんですけども
それはビハイザシーンという
5分くらい
本編には使えなかった
使いづらかった映像が
ありまして
それを見て
気持ちよく
笑って
戻れるかなと思います
ライト消しますね
ありがとうございました
お疲れ様でした
お疲れ様でした
しばちゃん上手
インタビュー上手
本当に
なんか
すごいいい質問してくれて
感慨させられた質問が
いっぱいあったね
すごい
そのとき言ったんだけど
本当初めてだったじゃん
マルクも全然ネタを言ってくれないからさ
本当に
現地も行ったことないからさ
情景もさ話の内容もさ
あとみなみさんのこともあまり深く知らなかったんで
あまり想像というか
あまり何も考えずに
見たから
想像外というか
初めてのものにいろいろ出会ったから
これは
何を聞こうかな
と言うと
ちょっと
情報がすごく
溢れ出たよね
だけど
でも
なんだろ
あれだよね
特別な人のさ
特別な才能を持った人の
なんかこう、僕たちの心にも刺さるというか、内容で。
南さんはね、ああいう感じだから、まあそれが何だろうなとは思ってたけど、
あんまりそこは言ったけど、どこまで言っていいかわかんないから、そんなに驚きはないんだけど、
それをしっかりご両親も含めて、映像にトロしてくれたというか、というのがやっぱり胸が折ったよね、すごく。
そうね、なんかこれを作った時もやっぱりトレーランナー見てもらって、それを感動してなんか走る原動力になるもそうだんだけど、
なんか走らない人も自分の生活の中に、まあそんな大きな点みたいなデカい点あるんじゃなくても、日々の過度とかその課題を絶対あるわけ。
絶対ある中でその映像を見て、自分も勇気もらったというか、それを持ち帰られるものがどこにあるかなっていうのを、そういうのを考えさせられる映像を作りたかったから、
どんな上映会に行ってもみんな見た後に、いい意味で裏切られました、すごい考えさせられましたみたいなのが一番嬉しい褒め言葉だったんだね。
すごいの作ったね。よくそんなの考えられるなと思って。
たまたまだよ、たまたま。
たまたまなのかな。すごいよね。日々情報館でやってるんだなと思ったから。
すごい人とポッドキャストをやらせてもらってるなと思ったよ、ほんとに。
やめて。
改めてこういうことをやってもらっていることにありがたさを感じたね、ほんとに。
いやだよ。いらんね。
今後、ポッドキャストとしてもトレーレーとして頑張っていこうってことでね。
そうね。もう漫画編ばっかりじゃなくてね、ほんとに。
内面へ迫る試み
だけどなんかね、みなみなさんの今回の話も聞いて、やっぱりもっと本質に迫るというか、
最近どういうことやってんの、こういうチャレンジやりますんじゃなくて、
やっぱりもう少し普段は聞けない、もう少し内面で、
自分自身もあんまり見ないような内面を引き出せるとか話せるポッドキャストだといいよね。
さっきもちょっと話したけど、
あなたにとってのトレーレーヘッドを教えてくださいみたいなやつを募集して、
みなさんに披露しながら話し合ったりとかね、そういうこともやってみたいなと思ったりしたし。
そうだね。今までは私たちペックアップして誰か話しに行こうかみたいですけど、
そうじゃなくてね、みんなのオーディエンスからこういう話を聞いてほしいとか、
そこも含めて人を募集はしたいよね。
今後の話とかも、今ノリに乗ってますみたいな感じの人ばかりじゃなくて、
逆に今すごく転換期なんだとか、今チャレンジするときなんだと苦しんでるんだっていうところもある。
末裁中の人にも聞いてみたいよね。
そういう話を聞いて、僕も含めて少しみんなの力になれるのがあるんじゃないかなって、
みなみさんの今回のムービーを見て本当に思ったね。
トレイリヘッドの方向性を、ああそっか、こういうのでいいんだって思ったりとか。
だからね、ちょっと頑張っていきたいね。
そう、2025年、やっと。もう半分過ぎてるけど。
ここからだから大丈夫です。
でも何よりお互いに忙しい時期が一段落終わって、
まあなんとか乗り切ったね。
いつもは大変って言ってるけど、今年けっこうやばかったね。
ちょうど一年前だよ。
そうだよね。
これはちょっとまずいかもしれないっていう。
会社の運営上、これはちょっと本当にピンチだなっていうときで、もう一年って感じだから。
もうみなさんには申し訳ないけど、もう自分らにこれが精一杯だった、今年は。
しょうがない。
これでダメだったらもう自分の力不足だったということで、悔いはないですよ。
できることはやったつもりなんで。
おつかれさまでした。
ということなんで。
はい、じゃあ次回本編に戻りましょう。
はい、じゃあまたみなさん、すぐ明けるよね、次は。
そうだね、そうしましょう。
よろしくお願いします。
おつかれさまでした。
01:18:41

コメント

スクロール