1. たるいといつかのとりあえずまあ
  2. 2月上旬のラジオ「とりあえず..
2024-02-11 2:10:03

2月上旬のラジオ「とりあえずまあ今世を楽しもうという番組」

作家の垂井真とオーケストラ奏者(Vn)の山本佳輝(ラジオネーム:いつかのコシヒカリ)。東京藝術大学で出会った1997年1月31日生まれのふたりが、お互いの活動の近況や面白かったコンテンツの紹介などを通して、今世をとりあえずまあ楽しもうとしてる番組


オープニング

  • 能登半島で考えたこと(たるい)

本編

文化的興味をどう広げてこうか

東浩紀「動物化するポストモダン」から考えたこと

たるいのおすすめコンテンツ

  • 川野芽生「かわいいピンクの竜になる」

たるいつ短歌会

  • 鈴木ジェロニモ「晴れていたら絶景」より


Summary

地震の被災地である野党島の文化や風景に触れながら、海の美しさと人々の生活の一部としての海への愛情を感じます。被災地の現実と復興の遅れについて考察しました。野党島は旅行地化しようとしましたが、文化が薄れていく中で海やイルカは日常的で関係のなさが変でした。地震での変化や死ぬことを感じたことで、とりあえず楽しむというコンセプトの番組に興味が湧きました。被災地の再建と生活再開についても考えました。「とりあえずまあ今世を楽しもうという番組」の2月上旬のラジオ放送エピソードでは、あずまひろきさんの著書『動物化するポストモダン』について話しました。この本はオタク文化の消費行動について論じており、文化を受け取る視点として考えられています。また、文化に触れる態度についてもディスカッションが行われました。音楽文化も欲求的に聞いている人がたくさんいて、そのために音楽の作品がさまざまなジャンルで作られています。外から見てさまざまなジャンルに触れることや、自分が喋ったものと区別して偏らずに聴くことも重要です。今、外から触れている感じがありますね。なるほどな。ちょっとレッドブルを買ってきたいですね。毎回、よしきさんの筆跡を鑑定して音楽の漢字を出すコーナーがあります。筆跡を見ると、華やかで花のような音楽を思い浮かべることができます。また、ナイロンの弦やガットの弦の違いについても話しています。ピンクの龍を否定形で表したエッセイの中で、作者は自己反省や美しさに対する思い、GPT-4とAI技術の進歩について考察しています。『とりあえずまあ今世を楽しもうという番組』の2月上旬のラジオエピソードでは、赤田博士の謎々やハンター×ハンターについて話しました。

野党島の文化と被災地の現実
いよー。いやー。始まるね。始まるね。なんだこれ。うん。
いやいやー。いやいやー。 あのー、あれっすね。
あれあれやな。うーん。 なんだろうな、あれーと。
たない、たない雪がいつまでたっても溶けないね。
北陸側の出身でもなし。よく言うな。よく言うな。
山梨、雪降りました?雪降った日ってどこにいたの?
いやー、あのね、そうなんだよ。あのー、今帰ってきたんだよ、山梨。
なるほど。 もう1週間以上ですね、私金沢に行ってて。
なんか、降ってたよ、山梨も。なんか、汚ねえ雪が残ってた。降り立ってみたら。
なんか、あの汚れって何?外ってあんな汚れるんだ?
今、便器の話してる?
いや、ほんや。なんか、あの黒ずみさ、なんであんな黒くなるの?
いやー、それがあの白いスニーカーをあんま買わないゆえんよな、結局。
雪から学べるんだね。
靴、白買いにくいゆえんよな、やっぱ。
なるほどな。
いや、そうなんだよな、雪ってな。
そう、めっちゃ降り積もりましたね、東京も。
なんか、そうらしいね。なんかニュースとか見たわ。
もう真っ白でしたよ。
帰宅難民が出てたという噂やな。
そう。
でも1日だけ?
そう、なんかね、1日だけだった。翌日、なんかもっと残ってるかなと思ったら、思ったよりすんってシラフになってた。
そういう飲み会あるよな。
翌朝ったら、みんなそんな感じかみたいな。
なんか、今まで見たことない顔見れたなって思ったんだけど、なんかもう翌日すんってなってて、なんかもう一回こっからかみたいな。
そうそうそうそう。
全然関係値上がってなかった飲み会だったんかいってやつですね、じゃあ。
ほんとそうでした。
今年の雪は。
雪に謝ろうか。
雪と、あと、あれだな。
雪と?
でもあれだよ、朝ヶ谷の、ここって人歩かないんだなっていう道がわかったよ。
あー、なるほどね。
雪の足跡を見て。
だいたいわかるくない?
どんどん、なんか。
ここ歩かないんだなっていう。
なんか隅とかじゃなかった?それもしかして。
あの、俺あの道に迷っちゃうから、絶対こう左沿いを延々と歩いて家にたどり着くまでこう、左のカフェ沿いをずっと歩いていくんだけど。
いいんだよ、古典的な迷路の攻略法。古典的だな、迷路は。
いやー、脳みそが痒いですね。
いや、ほんまそうなんよ。
俺も今、脳みそが痒い。
脳みそ、痒いですね。
あれ、ずっと練習してたの?
練習してましたよ。
それで?
いや、まあ、うーん、そうね。
いや、むしろ練習してる、楽器の練習してる時っていうのは痒みをどっちかというと取る作業な気がするけど。
あー、なるほど。いいな。
いや、なんか、その、俺はそのやっぱり、なんかあれやんなきゃの状態がさ、もう複数個あった時点でもう脳みそかいかいかいってなるのよ。
それマジで、こんなこと言うのはあれだけど、話の途中で。
多分俺になったら死んでるよ、痒くて。
やっぱそうだと思う。
ほんとに。
俺なんかそういうとこあるな。そういうのどんどん走らせちゃう癖あるから。
もうね、あれもこれもってなったらね、もう、あー脳みそ、なんかブラシでこすって洗いたいってなるのよ。
あー。
痒い痒い痒いってなって。
もう分かんなくはない。
で、その、結局やってない、やんなきゃいけないのにやってない時っていうのが痒いから。
はいはいはい、そうね。
なんか進めてる間っていうのはまあ、なんとなくこう、気が紛れてる。
分かる分かる。それに集中すればいいしな。
そうそうそうそう。
いやー、喫茶店に逃げ込む毎日ですね。
小説家やん。
ほんとに。
まあなんか、今日俺めちゃくちゃ喋ると思うから、もうちょっと言っとくんだけど、
今日俺めちゃくちゃ喋るわ。
おー、同じこと言った。すごい。
どういう手法?
うん、たぶんね。
いやもうさ、まあだいたい察してると思うんだけど、
一週間必ずは行ってて、仕事なんだよね。
で、まあ仕事の内容のことは喋れないから、
ほとんどのそこで感じたこととかを喋るのは控えようと思うんだけど喋りそうな気もするんだけど、
まあ要は、今まだボランティアとかしか入っちゃいけないノート半島のとこに連日通ってたんだよね。
いやー、ちょっとすさまじかったな、ほんとに。
すさまじかったな。
まあそうか、そりゃそうだね。
本当にすさまじかったね。
一番よく出る和島市ってところの朝一のところで火事が起きたっていう話がよくニュースに出るんだけど、
雨降っててそれ行った日。
で、雨降ってんだけどさ、焦げくさくてさ。
なんか本当に怖かったな。
もうもうもうみたいな、要はその場所に通って仕事をしてたんだけど。
まあいろいろ感じたことはあったし、いろんな人と話をして、
自分でもいろいろ、全部一瞬でなくなったっていうことをテレビとかで知ってても、
全然想像しきれてなかったなって思った毎日だったんだが、
一番思ったのが、ノトハント行ったことある?
ノトハントないと思う。
美しすぎたんですよ、ノトハントという島。
本当に家に階段がついてて、そこから海みたいな感じの家がたくさんあって、
海の向こうに山が見えるんですよ、ノトハントだと。
すごい霧がかってて、海がすごいなだらかで、夢みたいに綺麗なんだよね。
朝日が海から昇ってきてさ、鏡みたいになってて、
その海沿いの道をずっと歩いて進んでいくんだけど、
イルカはいてさ、普通に。
海と人々の愛情
へー。安っ。
ノホホントイルカが泳いでてみたいな。
本当に夢みたいな綺麗さだったんですよ。
これがどういう感情なのかわかんないけど、
なんでここに美しいからっていう理由で来てないんやろって、
すごい変な感じが最初にいったときして。
ここが被災した?ここが震災の震源地であること。
で、そのための仕事で自分が来てるっていうことがすごい変な感じというか、
なんでだよっていう悔しさというような気持ちもあるんだけど、
美しいからっていう理由でなんで訪れてなかったんだろうなーって思ったんですよね。
へー。
そのノトハントが、地震が来たっていう話だけじゃなくて、
テトラポッドとかがさ、色が違うテトラポッドがあって、
そこはもうずーっと海の中だったところだったんだけど、
地形が隆起したから、海だったはずのところが陸に上がってるんだよ。
漁船とかが出港できなくなって、浅すぎても津久流が地面に出ちゃって。
家が表面的に見て大丈夫そうでも、地形が変わってるから斜めに立ってたりとかしちゃうんだよ。
それなしじゃんってなって。
たぶん地震ってそういうことだよね。
昔は大陸がひとつだった説みたいなのも知ってるし、
大陸が移動してるってのも知ってるから、地形は変わるんだけど。
確かに。地面7、家が傾くって、ルール変えるんだよみたいな。
そうそうそうそう。本当そうなんだよ。
すごく大きな揺れが起きて家屋が倒れてしまいましただったら、
たとえば家屋を耐震構造に変えるとかさ。
対策の仕様があるって言ったらあれだけど、
ルール自体が変わっちゃった感じみたいなのがして、
それが起こり得るっていうことを実感したから、
今まで生まれてきたのがいいと思わない?
みたいなことをずっと僕は思ってて。
なんで生き続けなきゃいけないやろって思うけど、
まあ生き続けなくちゃよね、みたいなスタンスで生きてたんだけど。
そこにもう一軸、こんなあっけなく人間を、
歴史の教科書の一つの種の絶滅ぐらいフラットに人間って滅びる可能性あるんやなと思って。
もっと命のなくなるっていうことが短くなるんだけど、
地面が傾くってなしじゃんねってなって、
かなり自分の中で大きな変化がありましたね。
ああ死ぬんだと思って。
急に事故に巻き込まれてとかももちろんわかるけど、
それとはもっと次元の違う地形が変わっちゃうんだと思って。
ひどかったよ。道は本当に割れてて、
全然車通っちゃいけないだろっていうようなところとかをすごいゆっくり通って。
水は復旧してないから、トイレした後に自分でオッケーから水汲んできて、それで流して。
なるほどね。
避難所っていうか、詰まって過ごされてる。
そう、避難してる人がいて。
今は避難と同時に二次避難も行われてて、
けっこう多くの人が金沢市内のホテルとかに避難していて。
僕の借りてたホテルのところはほとんど水道局の人とか、
震災の復興のための男たちが泊まってたホテルだったんだけど、
そこにおばあちゃんとかが一人二人いて、
なんか本当つらかったな、おばあちゃんたちの現実に足がついてない感じみたいなのをどうしても感じる。
変な光景だったんだよね、とにかく。
日常じゃないっていう感じ。
それが割と前半に受けた印象で。
でも俺も野党のこと知ってくるわけだよね、いろいろ。
すると、野党の暮らしっていうのが、最古の日本酒も野党にあるし、
野党は日本最古の米作りをしてるわけ。
これが今回の地震の大きなものになってるんだけど、
行くルートが少なすぎるわけ。道路が通ってないわけ。
それは、野党の人たちがむしろ通したくなかったみたいな感じで、
俺は一番奥のほうまで行ったんだけど、そこはもう一本しか通ってないから、
行くときに、もし余震が起きてそこが崩れたらあなたたちはそこに孤立するから、
文化の根付きと亡くなる可能性
きちっといろいろ、例えば携帯食料とか簡易トイレとかみんな持って行きなさいって言われて行ったりしたんだけど、
そのぐらい鎖国って言ったらあれだけど、
コンビニエンスな文化を入れずにみんな過ごしてきている土地だから、
手間をかけて命をもらうとか、和島塗りとかもそういう工芸品。
まあ工芸品っていうのはエテシでそういうものだけどさ。
普通にプラスチックで作れるものに対して、その人たちがその文化の中でとても長い時間をかけて、
米を作り、お酒を作り、湿気を作っているという文化が島全体に息づいてるんだよね。
しかもさっき言った海の向こうに山があって、海の夢みたいな美しさみたいなのが、
結構その土地に対しての信仰というと、絶対あると思うんだけど、
その土地をすごく特別な、文化的なって言うと雑だけど、ものにしてるんだと思ったんだよ。
だからこそ今救援とかが遅れたりしてるっていう面もあるんだけど。
毎日僕はかなりの数のニュースを見たし話も聞いたけど、
海がないと俺はダメなんだっておじいちゃんがね、ホテルに避難してるおじいちゃんが言ってたんだけど。
なんか僕にもあるんだけど、海がないとダメとかは。
たぶんその人にとって海も体の一部なんだよね。
たぶん本当に切り離せない。生活の。
もとも含めて自分なんだよね。そこにある文化も含めて。
なんかそれをすごく、本当にそういう土地だったんだなーっていうことも感じて。
でも自分に置き換えて考えてみると、
そういうものってなんて言うんだろうな。
要は、ここでできて向こうでもできる、こっちでもできますっていう取り替えが可能なものじゃないじゃん。
たぶん文化ってそうじゃん。
根付いてる。例えばだけど、すごく個人的だったり部分的なところに根付いてるものだから。
宮崎駿が死んだら宮崎アニメは生まれないし、俺の身近なところで言ったら。
なんか旅とか、劇見に行ったりとか、演奏聞いたりとか。
行かないとあかんよーってなったね。
こんな一瞬で亡くなってしまうんやと思って。
それをすごく文化の面で実感して。
なるほどなー。
それがすごくずっしりときたね。
そうかー。確かになー。
普段考えてないもんな。
でも、亡くなるかもしれないっていうことが、
あっけなく亡くなった。
そこの人たちはまだ生きているし、ここから復興していくんだけれども。
静岡は全部崩れたしね、基本的に。
全壊したし、涼しいの。
旅行地化と文化の薄れ
いやー、今こういう地震っていう天変地異だから一気にグってきたけど、
やっぱりどう考えてもね、世の中は便利で消費しやすいもので、
効率的なものをありとあらゆる場所に配置することで、
人間が生殖しやすくなるようにどんどん動いてるから、
そこにある固有の文化はどんどんなくなっていくわけだから、基本的には。
そこをどうにか観光地化しようとして生き延びるわけだけれども、
観光地化する時点で、
もともと生活とすごく結びついてた文化の結びつきは薄れていくし、
そういうふうになっていく中で、
今残っているものっていうのをちゃんと受け取りにいかんとあかんなってすごい思ったんですよね。
綺麗な海っていうのは、その海とかイルカ自体は日常的なものに見えたの。
家とかジムとかはすごく、とても日常的とは思えない光景なわけでしょ。
景色とかイルカとかって、ある意味そういう暮らしと何も関係なく動いてるじゃん。
そうなんだよ。
そこの関係のなさみたいな。
いや、変だったな。
そうだよね。
なんか海鳥がさ、普通に集まっててさ、
そう、普通に鳥たちは普通なんだよね。
それなんか、それ思ったな。
なんか、全然違うかもしれないけど、
地震が起こったとき、お正月。
お正月もさ、俺、普通に実家帰ってて、
実家で1日の昼からニュースずっとやってて、
2日もずっとニュースやってて、
だったけど、恐ろしく天気良かったのよ、神戸だけど。
しかもあったかかったし、本当に天気良かったし、
ニュースやってるテレビの前で1歳になるぐらいの老いっ子はケタケタ笑ってるし。
関係なく、世界回ってて時間は経つんだなってすごい思ったな。
いや、それ本当そうだよな。
それを単純に、例えばこの、
今現地は大変なんだよっていうのもちょっと違うっていうか、
わかってよみたいな感じは全然ない。
たぶん本当に、地球の営みのひとつなわけだよね。
すごい強勢的に言うと。
そこにいた人たちに僕ちょっと触れすぎたから、
そういうふうにフラットには見れないんだけど。
でもそうなんだよね。
見つけ島とか観光名所みたいな島もめちゃくちゃ崩れて、形めっちゃ変わってるんだけどさ。
そういうふうに地球が動いたってだけっていうかさ。
すごく変な感じだったな。
しかも僕はビフォアを知らないからさ。
崩れた屋根に雪が積もってさ、
もうそういうものみたいにそこにあるわけよ。
赤と黄色と緑の張り紙があるんだけど、
赤だと絶対入っちゃいけなくて、黄色だと住めないみたいな。
幼稚園基金みたいな赤の紙がバーって貼ってある光景も。
なんかそれしか知らなくて。
そう、なんかちょっと変な感じだったな。
すごくね、怖かったし、
そこの生きている人たちの言葉を聞いてすごくつらかったんだけど、
なんか変だったな。
変だってか、本当に死ぬんだなと思ったね。
なんか地球に住んでるだけなんだなって思ったというか。
びっくりでしたね。
地震と死を感じる
その地にいる人と話す仕事だったの?
そうそうそう。人と話すことが結構あったね。
特に被害のひどい方とかにお話を聞いて、
テレビの仕事だからね、というわけだけど。
言葉にならんよね、こっちも。質問する言葉も。
出てこんがな。
でもテレビとして今起きてることのディテールをどうにか伝えたいというのがあるから、
そこにフォーカスを当てることで、
そこにいたときに自分が形が崩れずに済んだけど、
今これをテレビという、自分はこの仕事をするっていうことを、
そのことだけを考えて現場にはいたから、気持ちに崩れなかったけど。
いやー、なんかとてもじゃないけど、変っていうか。
一人の人間としたらいけんかったな。
そう思わないとやっと無理だった。
無理だったね。
いろんな想像力を巡らせてしまってはいけないなと思って。
そもそもそこに行って役立たずなのが一番いけないなと思って。
ちゃんとやることはやらんとなーと思って行きましたけど。
いやーすごかったなー。
でしたでした。何だっけな。
なんかちょっとメモ見よう。
だから海にブイが浮かんでて浮き輪がバーって、
柿がめっちゃうまいんだって話になって、
これ柿漁なんですよっていうふうに教えてくれたんだけどさ。
柿も全滅なんですけどね、ドライバーさんが。
要は全部ちぎれちゃって何もないんですけどって。
すっごい綺麗な景色だったんだよね、ブイが浮かんでるところも。
なんか悔しさなのか何なのか、無力感なのかわからんけど。
そのとき現地でやっぱり思ったのは文化のことはすごい思って、とにかく。
あとは死ぬんだなってこともすごい思って。
生きていくのがそもそも幸せと思えないみたいなことで、
生きていかなきゃなーでも、みたいなことだけじゃなくて、
まあでもどうせ死ぬしなーみたいな、もう一軸もすごい自分の中で立って。
ってなったときに、とりあえずコンセプトの、
コンセをとりあえず楽しもうという番組っていうのは、それだなーってなったけどね。
それちょっと悪くないなーと思って。
とりあえず楽しむっていう。
本当にね、ここいいところだなーって思ったっていう理由で行かなかった自分を悔いったのは一番あったね、はっきり言うと。
なんで来なかったんだろう、ここにっていう。
いやまたね、別にもう戻らない景色だとは思わないし、またそれは訪れるんだけれども、
初めて行ったときの自分が、
そこにそういう被災地の応援として仕事で行ってるっていうのが、
意味がわかんないぐらい美しかったんだよね。
美しかったな。
本当に綺麗なとこだった。
とりあえず楽しんでいこうかなと思いましたよね。
てか、ちゃんと舞台とか見に行こうな。
ほんとだよな。
だってそう思う人が死ぬかもしれんっていうのもあるし。
単純にすぐ途絶えるんだよな。
そうやってるわけじゃない。
それを受け継いでいるスピリットは、ちょっと本編でも話すけど、個人だと思うんだよね。
一人ひとりがそれを受け継いでいるものだから、
ちゃんと個人の文化みたいなものに関係性を持っていかないといけないっていうか。
クラシックとか、俺はすごいそう思うんだよね。
もちろん集団でやることでもあるんだけどさ。
そこにすごく個人の関係もあるっていうか。
師匠みたいな人いて、その人の考える音楽っていうのがあって。
でも小沢誠二もちょうど亡くなっちゃったし。
小沢誠二は急ってわけではないが。
結局小沢誠二と一回も会わずに亡くなっちゃったからね。
そうだよな。
亡くなっちゃうんだよな、小沢誠二も。
そうなんだよな。
あるひとつ前かもしれんし、普通に生きて生きてかもしれんし、それはわからないけど。
文化楽しみラジオはやっていこうかなっていう。
とりあえずな。
とりあえずやっていこうかなって思いながら過ごしましたね。
本当にいろいろ感じたことはたくさんあったんだけど、
このラジオでしゃべることとしては、とりあえず楽しんでいかなきゃなっていう気持ち。
正直仕事はすごくやりがいと言ったらあれだけれども、
使命感があって、そこに自分の中で。
今まで仕事だりーなとか、なんとなく上司こえーなとか、そんな関係ないから。
それよりも今自分は何をやらなきゃいけないのかっていうことを、
それこそ日々状況は変わるし、
そこにどう自分が主体的に対応していかなきゃいけない、
どうやって自分の仕事をこなすかってことばっかり考えたから、
すごく生きてきた1週間でしたけど。
そういう人間以上のものによる生活の急な変化とか、
生きる死ぬとかってさ、
それの受け入れられなさみたいなものってさ、
人ごとか自分ごとかによって違いあると思う。
現地に行ったわけじゃん。
で、その場で生活を奪われるというか、
急変してしまってるのを目の当たりにして受け入れられないみたいな感情と、
自分が普通にその場にいてどうしようもない力で変わっちゃったみたいなものに対して、
どのくらい自分が、運命ってそういうもんだよなみたいなふうに思えるかみたいな。
とりあえず楽しむ番組のコンセプト
全然思えなかったな、俺。悟れなかったな、なんていうか。
悟らんと仕事はできるんだけど。
もちろん当事者であることじゃないと。
僕も話を聞いただけだからって言ってもね。
そこでずっと一緒にいるわけではないから、
全然想像しきれてない部分はたくさんあるんだけど。
でも質問の話とちょっと飛んじゃうんだけど、
今ちょうど僕が言ったタイミングが1か月ぐらい経ったタイミングでさ、
みんなとりあえず今どうやって生き延びようっていうフェーズから、
これから先どうして生きていこうっていうフェーズのちょうど変わり目みたいなところだったんだよ。
生活をどうしていくのかっていう、ずっと足元ばっかり見てたので、
初めて顔を前に上げたみたいなところで。
全く信じられないっていう感じの印象を受けて、
それはもう想像しきれなかったなあまりにも。
今ようやく生きていくこと、これから生が続いていくっていうことにフォーカスが当たっているから、
今仮設住宅ができて、二次避難もちょっと安定してきて、
道もある程度取れるようになり、ある程度断水がどうにか収まって、
被害の数もなんとなくわかってきてってなって、
じゃあこっからみんなどうやって生活を再開していくのか、
喉にとどまるのかどうなのかみたいないろんなことをみんな考えてたわけだけど、
いやー想像しきれんかったなあ。
あまりにもだよって思った。
その土地と共に過ごしてきてるしね、みんな。
その土地から離れるってことが、
俺が東京からちょっと一人暮らしたら全く意味が違うから。
そこには文化があって、その土地の地で生きてるから。
想像しきれなかったよね、全く。
当事者じゃなさはすごいあったけど。
現実だねー、こういうもんだよねーとはなれんかったな。
やっぱり無言すぎたな、その家の倒れ方。
そのディティールを目の当たりにする感じ。
川に車が浮いてて、破れたぬいぐるみとか日常的なものも含めて、
いろんなものがそこに一つのがれきとして落ちてるっていう。
これは怖かったねー。
っていうような話をとりあえずしたわけなんだが、
これに続いて本編も、文化をとりあえず楽しんでいこうと思うんだけど、
具体的にそれってどういうことなのかっていうことを、
ずっと仮の神奈川長野新幹線館と、
長野松本電車館と松本広風あずさ館でずっと考えてたんで。
うるさい。
乗り換え長かったなー。
乗り換えたなー。
長かったなー、本当にだるかったなー。
ちょっと考えてた話をしようかなと思います。
まあちょっとまとまってないんですけど。
こういう番組の1回目みたいな話をしようかなと思って。
え?
こういう番組ですって話をしようかなと思って。
改めてな。
なるほどな。
どうやらコンセプト悪くないしって思って。
なるほどな。
そういうことだなとすごい実感している状況なんで。
ちょっと長く話しましたが、本編いきましょうか。
はい。
たるいといつかのとりあえずは。
たるいといつかのとりあえずは。
本編なんですけども、私も原崎くまに本を読んでて、
久しぶりにこういう本も読もうかなと思って読んだ本がね。
ビリギャル?
ビリギャルが海外の大学院行ったらしいな。
見たぞ、俺それニュースで。
すごいだろ。
知らないんですけど。
ビリギャル海外の大学院に卒業したらしい。
知らないんですけど。
あずまひろきの著書『動物化するポストモダン』
ビリギャルの混合笑いって、それでも大学受験したものかよ。
ビリギャル読んでるんだ。
いやー、ビリギャルみたいなもんだよね。
みたいなもん?
有名な本なんですが。
ドラゴン桜。
どーだいけー、なんでそんな学歴中なの俺が。
なんで俺学歴中なの。
動物化するポストモダンっていう本があるんだけど、
あずまひろきさんっていう。
あー、知ってる。
なんか名前知ってる?
知ってる。
なんで知ってるの、あずまひろき。
なんか知ってる。
哲学って言えばいいのかな。思想、哲学って言えばいいか。
日本の哲学の中で、2000年代といわれる、ゼロ年代といわれる、
2000年代の哲学界を席巻したと言われるあずまひろきなんだけど、
あずまさんが、要は時代を哲学で見た2000年代の代表の、
かなり古いんだけど、20年前だから。
それの代表的な本、動物化するポストモダンっていう本があって、
久しぶりに読もうと思って読んでた。
これ、副題がオタクから見た日本社会っていうんだけど、
あずまさんはオタクっていう文化が2000年代にすごい発達したときに、
オタクの文化の触れ合い方に、現代っていうのが現れてるよねっていうことを論じてる。
内容は結構難しい哲学書なんだけど、
新書ですごいわかりやすく書いてるみたいな本なんですが、
一般的な意味で時代感をすごく表してる本としては有名になったんですけど、
僕はさっきの話とつながると、文化をどう受け取るのかっていうことを考える中の視点としてこの本を読みまして。
難しい本なんで、俺が難しい説明をしだしたらちょっと意味わかんないわって言ってもらっていいですか。
うわ、なんか試されてる。
全部フルで聞いてみて。
でも、すごい単純に言いますわ。
すっごい単純に言うと、この人たちがオタクって言ってるのはオタクたちの文化消費は動物化してきてるっていう話をするんだよね。
はい。
え、なんでしょ。
はい。
行ってみましょう。
どんどん行っちゃいましょう。
動物化って言ってるのは何なのっていう話をすると、
コジェーブっていうフランスの現代哲学の人の話を引用してるんだけれども、
人間と動物の差っていうのを、コジェーブの定義の方法があって、
動物っていうのは欲求で動くんだと。
特定の対象があって、それを満たすことで満たされるっていう。
腹減った、食事ある、食事食べる、OKっていう。
何かが足りない、それを欲する、それをゲット、OKっていう。
っていうのが動物の欲求だと。
だけど人間っていうのは、欲求と違って欲望を持っているっていう言い方が、
欲求と欲望が対立されてるんだけど、
欲望っていうのは、満たされても消えることがないと。
例えば異性に対する欲望だったりとか、
すっごいここ難しく書いてあるんだけど、
他人の欲望を欲望してしまうっていう人間の複雑な構造があるから、
人間は何かを求めていても満たされないっていう欲望があると。
その欲望っていうのは、他人が必要であると本質的に。
動物の欲には他者は必要ないんだよと。
ものがあればそれを食ってOKなんだけど、
人間の欲望っていうものには誰かが必要っていうのが、
こじえぶが喋ってる話で、これを引用している中で、
この人がオタクって呼んでる人たちの文化の消費の仕方は動物的だっていう話をしてるわけ。
僕はこの動物的な文化消費っていうのは、
オタクっていう区切りの中にあるものじゃなくて、
めちゃくちゃ今の現代には一般的な消費方法だと思っていて、
それは文化とりあえず楽しもうチャンネルとして、
そっちじゃねえよなって話を今からしたい。
はい。
いいよ。
いいよ。
順調順調。
順調順調。
レッドブル飲んだから、収録前に。
うわー、飲みてー。
バッチリだわ。
俺なんか4本セットとかいつも買い溜めしてんのにキレてるわ。
金沢のせいか。
レッドブルを買い溜めするなよ。
ちょっと待って、俺コーヒーを沸かすわ。
そしたら。
あ、いってらっしゃいませ。
とりあえずディファールに水でも入れてこようかなって話だけど。
あ、ASMRだ。
レッドブル。
バーン。
ASMRを崩してください。
しゃー。
いい声。
OK、OK。
あ、まさかの声をASMRしてた。
ASMRの達人やん、これ。
ASMRするって言うんだ。
ASMRerね。
アーラー。
ASMRer。
アーラーでしたね。
アーラーによると、ひろきによると、
ひろきのオタクたちの文化消費っていうのもなかなか複雑ではあるんだけど、
めちゃくちゃ簡単に言うと、
オタクたちが消費しているのは要素なんだと。
この2000年代、結構古いから今となってはなんだけど、
たとえば猫耳とかね、ネイドフックとかから始まるんだけど。
あとはたとえばツンデレとかもあったけどさ、昔。
今もあるのか、知らんけど。
要は妹とか、その属性っていうのかな、要素を欲していて。
異世界ものが見たいとかね。
そういうジャンル、こういう属性のものが欲しくて、
それが出ているって、それを見ることで満たされるっていう。
コンカフェのコンの部分ね。
コンカフェのコンの部分って言えばいいのかどうかはわかんない。
続けよう。
そうな、コンカフェ、要はそういうことやな、コンセプトの部分だからね。
そこの背景に、これがわりと自分の中で重要なポイントなんだけど、
物語が必要ないんだよね、なんていうの。
なるほどね。
そこに、それが人間味がある必要がないっていうか。
それが、たとえば妹キャラだったら、お兄ちゃんって言えばいいっていう。
可愛ければいい、目が大きくて、ツインテールで、知らんけども、
そういう属性があればいい。
だから、あずまさんが言ってるのは、
そういう属性を満たせばいいという作品がめちゃくちゃ出てきて、
そういうのがライトノベルだったりとか、新アニメとかになっていくんだけどって話してるんだよね。
なるほど。
これは正直、音楽とかのジャンルでも言えると思う。
J-POPとかでも、めっちゃ広いわけだけど、
シティポップとか、いわゆるジャンル。
こういう種類のものが聞きたい、要素をもらおうとしてる感じ。
それが動物的な消費行動だと。
彼らはもはや他人の欲望を欲望するというような厄介な人間関係に煩わされず、
自分の好む萌え要素を、自分の好む物語で演出してくれる作品を単純に求めているのだっていうふうに言うんだけど。
で、これによって何がないって言うと、さっき言ったとおり物語がそこにはないんだよね、背後に。
この消費の仕方は、良くないんじゃないかっていう話をしたい。
なるほど。
良くないっていうか、本位じゃない。
何て言えばいいんだろうな。
違うと思うんだよね、俺は。
客観的な論がないからめっちゃ主観でしゃべるんだけど、こっから。
文化に触れることで、そういう欲求を満たすために触れるものではなくて、
そこと関係するためにあると思ってるんだよね、俺は。
あーうまいこと言えないな。
それによって自分が変えられる危険があって叱るべきなんだよね。
そんな手懐けれるものじゃなくて、それは生きているものなんだよね。
そういうような力を持っているからこそ、私たちは文化に触れることによって、
生きてる意味とか、なんでこんなつらい中生きていかないといけないんだろうってところから、
生きて良かったのかもしれないという勘違いを持ったりするし。
なんかそういうしっかりとした力を、自分を変えられてしまう可能性のある力。
人間と関わり合うのと同じだと思うんだけど、文化と関わるということが。
そういう力を持っているからこそ、とりあえず文化に触れて楽しもうというふうに言えると思うんだよね。
なるほどね。
っていうことをずっと考えていて。
文化の消費行動とオタク文化
なるほどね。
これもっと今の世の中は要素芸になっている気もするから、時代的ではないと思うんだけど。
ここでめちゃくちゃ具体的な、一旦話したかった話をすると、
聞いてる人はいないと思うんだけども、
どう文化に触れようかっていう。
どう何かしらの作品に触れていこうかってなったときに、
こういうタイプの話好きだなっていうのをやめようっていう話なんだよね。
とか、ハッシュタグで検索するのやめようというか、スポーティファイのおすすめはやめようというか。
それで出会える偶然の出会いももちろんあるんだが、
それよりも、要素ではなくその背後にいる人間が自分に関係してくるという、
その未知な感じにきちんと触れるような体験をするべきだと思うから、
自分が好きだと思う人のおすすめとかにしなって思ったんだよね。
人で見る方を広げたらいいのではないかなって思ったんだよね。
この人が好きと言っているものとか、この人の作品とか。
そういう意味で、例えばクラシック系の仲間が多い我々がしゃべってるラジオで、
僕がアニメの話をするのがすごくいいなと思ってて。
たるいが言ってるのやしっていう、人間を通した文化を人間が進めて、なんて言うんだろうな。
2000年代のオタクが、猫耳が良くてって言って進めた場合の文化の触れ方はOKなの?
その2000年代のオタクを進められた人が、その人との関係を持ちたい場合。
生きるという上でその人の関係が自分にとって大切だと思う場合。
そして、猫耳がいいんだよねって言ったら見ない。
なんかハッシュタグ的な、この要素ですっていう見方を迫ってくる気はするんだよね、消費社会が。
ファンタジーものとか、あなたにはこれがおすすめ。
あなたにおすすめのアルゴリズムの中にはもちろん、その監督が関わったからとかがあるわけだから。
違いには否定しないが。
この人のことが自分の人生にとって大切な人間関係だと思う人が、
例えば進めることであったりとか、その人がやってることであったりとか、
その人が興味を持っている何かっていうものに、
自分の知らない要素のものであっても触れていくっていうことが、
すごく生きる上での態度として、とりあえず楽しむっていうことなんじゃないかなと思った。
まあちょっとね、難しい。自分の主観すぎる。
文化の触れ方と態度
それって、自分の……
俺の感想だわ。
自分の外にある文化に触れるときの態度。
もしかり、なんていうの。
本当クラシック聴いたことないけど、
なんか吉木の言うことわかるな。
吉木の演奏会聴いてみようかなっていう態度がいいんじゃねって話なんだよね。
なるほどね。
それが俺がハッシュタグ的に音楽をあれしてたとしたら?
ハッシュタグ的に俺が音楽をあれしたとしたらってこと?
俺が音楽という文化に触れていて、ハッシュタグ的に。
でもそれを俺をというものを介していれば、
俺の外にいる人にとっては正しい触れ方というか、
一個要するに俺を挟めばそれはOKになるの?
なるね。
ていうか、何て言えばいいかな。
例えばなんか、
めっちゃ言ってることわかるよ。
食文化とか、
当事者よりも外からこの国の食文化を見てみる方が多い気がするんだよね。
文化っていう使い方。
それってやっぱり外からその文化に触れる場合、当事者。
でもその人たちはただ自分の欲求的にその味を好んで食べてる。
なるほどね。
その文化に外から触れることによって、
いろんな文化があってそれを自分の好みで選ばない。
好みで文化を選ばないというか。
でもその文化の中にいる人は好みで選んでるんじゃないかな。
違うのかな。
ネットコミュニティの盛り上がり
音楽文化も欲求的に聞いてる人がたくさんいて、
そのために音楽の作品がいろんなありとあらゆるジャンルで作られてて、
それを大きく外から見ていろんなジャンルに触れるとか、
そこに自分が喋ったのを区別して偏って聞かないとか、
外から触れてる感じに今感じてるんだけど。
なるほどな。
ちょっとレッドブル買ってきたいな。
タバコ吸う?タバコ。
なるほどな。
てか、コーヒーだコーヒー。
コーヒー入れろ。
沸かしたまんまだ。
なるほどな。
確かにそれってあれかもな。
異なる文化に触れるときの心構えの話かもしれないな。
うんうんうん。
いや、わかんないけどね。
それで言うと、多分そうなの。
異なる文化に触れるときの話をしてて、
なんか触れ方がわからずに、興味はあるけど触れないみたいな人が多いなと思ってるんだよね。
自分も含めてなんだけどね、これは。
だから、このノト半島に行くもそうなんだけどさ、
もっと関わりに行ったほうがいいと思うんだよな。
なるほどね。
世界に。
だから広げていったほうがいいと思う。
自分は漫画が好きだからとかじゃないのよ、それって。
あなたという人間そのものが関わっていくっていう、
すごく人間的な関わりを持つっていうことだと思うから、要素ではなくてね。
そうかもしれない。
吉木の言うとおり。
自分が今まで触れたことないとこに触れていくっていう場合の心構えの話かも、これは。
だからそれを、今まで興味あるもののハッシュタグが検索結果に出ないから行かないのではなくて、
この人好きだなって思った人が自分の全く興味ないことをやってたらそれに行くとか、
この作家さん好きだ、この作家さんプロレス好きなんや、なんでなんやろうと思ってプロレス見に行くとか。
なんかそれってその作家との関係でもあるし、関係との距離感でもあるし、
その作家を通してその文化を人間的に見る方法でもあるから。
だからワンピースとか俺、好きじゃないなと思って見てなかったの、すごいアホだと思ってて。
話飛んでるわ、これ。要素だからな、それはと思って。
なるほどね。
そうじゃないんだよね。
それは悪なきものなんだよね、欲求と違う欲望のほうというか。
あんまり不健全な形ではない欲望の形だと思う。
文化の域地を広げるというか、自分の中の。
なになにものだけ見るとかじゃなくて。
なるほどねーだわ、俺も喋ってて。
あんまり何も考えずに喋ってるから、なるほどねーって感じ。
本当に今日は何も考えずに。ずっと仕事すごかったからね、俺。
だろうな。
何も考えてないで今喋ってるんだけど、でもすごい思ってることはあるんです、今俺。
伝わるよ。
脇は甘いけど。
伝わるよ。湧いてるよ。
こぶしだけあるから俺今。
なんかこれコーヒーのね、紅茶みたいなコーヒーのリップスタイルなんだけど。
これがうまいんですわ。
味かい。
これがうまいんですわ。
いい音。
まさかのASMRだ。
香りが香ってくるわ。
液晶。
何かが香るんだよ。香りと何かを聞いてるんだよ。
香りが香ってくるわ。
こわ。
動物的な消費じゃなくて、もっと初めましての人間と関係していくような感じで。
それを楽しもうという感じなんだよな。
なるほどね。
それは全然、それこそ会ったことない人と会うのとほぼ一緒のことやから。
おっくいやし、なんなら嫌いになる可能性も全然あるんやけど。
でもそうやって生きることで今世やり過ごしていけるんじゃないやろうかという気がするよね。
異なる文化に触れる心構え
でもそれはそうだな。
もうちょっと舞台行きたいけどね。演劇見に行きたいけどな。
演劇見てるよね。
演劇もそうだしな、去年でいうところの。
朝ヶ谷もそうだしな。
朝ヶ谷。そうだな。
広げないとだよな。
ちょっと聞き返してたら、朝ヶ谷のでっかい木の話4回ぐらいしてるわ、あんた。
朝ヶ谷のでっかい木の話?
毎回朝ヶ谷話すときに、あのでっかい木あるじゃんって話してるわ、あんた。
ま、でっかい木あるからな、まじで。
ま、ほんと京都タワーみたいなもんだからね、あれ。
そうそうそうそう。
ある種の。
あるんだよな、でっかい木が。
回数稼いできたな。
なんか、普通にコーヒーの話するのと同じ感じだからさ。あるんだもんだって。
あ、すぐそこにね。
なんか特別取り上げてるとかでもないんじゃないかな。
いやなんかここで俺はもう一歩ちょっと、自分の壁なのか、
でも自分の中で飛ばしたらと思ってる話をしたくて。
物語っていうものをね、人生の中で中心に置きまくってるんだよな。
動物化するポストモダンの中にも、これはちょっと有名な現実であるんだけども、
近代ってなんなんやろって言ったときに、
哲学の界隈ではすごくいい言い方があって、
大きな物語が壊れたっていう言い方をするんですよ。
ポストモダンをどう喋るかっていうときに。
これが文化にも現れているよねっていう話をするんだけど、
僕は、例えばこれだと二次創作の話とかをすごいするんだけど、
背景に1個の通廷した物語みたいのはなくて、
放送を楽しむんだよっていう。
それこそ萌え要素とか。
っていう商品の仕方になってるねっていう話をするんだけど、
俺はすごい物語を大事にしてしまうのは、これは俺がそういうタイプなのか?
でも物語にはイコール人間だと思ってるし、物語にはイコール世界だし。
ずっと思ってるんだよな。
物語にリアリティを感じることで、自分がこの現実だけではなくて、
他の場所にも、ここではないどこかにも行って帰ってくることができて、
それを通じて、人生も悪くないかもと思える、みたいなふうに何事も聞いてるんだよね。
クラシックもそう思ってるでしょ、俺。
クラシックも大きな物語が、曲時代によるかもだけど、
基本的には大きな物語の中で、それを四角書を通して感じてまた帰ってくる。
現実だけじゃないんだなというか、自分が生まれたっていう不幸な現実だけじゃなくて、
いろんな世界、もしかしたらかもしれないっていうのがひしめいてるんだなって思う。
そういうふうに俺は聞いてるなっていうだけの話かもしれんけど。
そればっかり思っちゃうな、俺は。
それだから文化に対する興味もそこにすごくつながってるというか。
物語。
そうだね。
たぶん僕もそこまで、あなたほどじゃないと思うけど。
どちらかと言えばそうなんだろうけど。
でもそれは人の特性じゃないですか。
そうかもしれないな。
思わない人は全く思わないだろうし。
そうだよな。
それは人との関係性の築き方とかもさ。
そうだね、たしかに。
それはもう一生だよね。
人とそういうふうに関係性を僕が築いてるっていうだけの話なのかもな。
いやー、ほんまそうなんだろうな。
でもやっぱり一人っ子だから、これが全部だと思ってるんだな、俺はな。
それは毎日飲み会をして、コンパをして、人と出会い続ける人もいるし。
それはやっぱり人の生き方なんじゃないですか。
確かになー。
テニスサークルホームワーカーに入る人もいるわけだもんな。
そうだよね。
やっぱり人との背負ってる物語性というよりも、
瞬間瞬間のもの。
だから音楽もそういう聞き方をするだろうし。
刹那な感じのね。
そうそう、瞬間瞬間のね。
そういうコンテンツがある、そういう需要のために生まれるものがあるのも間違ってないだろうし。
物語と人間の関係
間違ってないだろうし、そういう人たちも楽しめる何かを作るべきだと思う。
思います。
それはTikTokも流行るし。
流行ります。
そう、そういうことだよな。
J-POPのイントロはどんどん短くなっていくし。
なります。
あ、おぼかたさんだ。
おい、おぼかたいじりはまだ時効じゃないよ。
まだ時効じゃない。ほんとかわいそうと思う、あれ。
まだ時効じゃない。
なりまーすって言うからさ。
まだだね、おぼかたさんをいじるの。
早い、まだ早い。
いやいや、いじってんのかなって思っちゃった、逆に。
違うよ。
なりまーすって。
いや、なりますだし、まず。
なりますだったね。
なりますだから、そう。
あの武蔵野線の終点がなりますだから。
地下鉄なりますしか知らないわ。
いやいや、まあいいんですけど。
いいんですけど、ほんとに。
なるほどなー。
僕はたぶんそっちでばっかり考えちゃうんだよねっていう。
なるほどなるほど。
結構いろんな人から、ここで喋ってるものを見た聞いた買ったみたいな人が多くて、
ありがたいね。
素晴らしいですね。
うん、すごく嬉しいですね。
まさにですね。
そう、まさにですね。
まさにな感じですけど。
これを俺が今喋ってんのも、まじ文化なくなるからなーって言うのだろうな。
うん。
まじなくなるからなー。
頭の中にその光景が多すぎて、その光景がどんどんその話ばっかりしちゃうな、結局。
まあちょっとじゃあ本編は以上にしますか。
はい。
たるいといつかの、とりあえずまあ。
まあ、おすすめ本のコーナー行きますかね。
早速来ました。
あ、また忘れてたよ。
ちょっとまたお時間いただきますけど、
えー、写真写真。
あ、そういうことですか。
また、ちょっと悪いね、なんか毎回毎回この時間一番いらないからな。
じゃあちょっとつなぎのトークでもしようかな。
いや、前回頑張ってたよね。
こないだあのカードが不正利用されて。
え?
そうそうそうそう。
でなんかカードを止められてたわ、銀行に。
え、いくら使われてたの?
いや全然あの、マジで1000円もいかないぐらいのやつをビッグカメラで使われようとしてますみたいな。
え?なんか怖いよその話普通に。
でなんか不正利用ですってなって、カード止められて再発行しますみたいな。
え、カードが盗まれてたってこと?
いや全然。だからなんかわかんないけど。
あんた怖い話してる、今ずっと。
そうそうそう、それで。
カードを再発行して新しいの届くときがさ、ちょうどその月をまたぐときで。
1月から2月になるタイミングで。
でなんかありとあらゆるカードと紐付けてお金を払うもの。
月をまたぐときに払うことが多いじゃん。
まあそうだね。
それでなんかありとあらゆるサービス、コンテンツのサービスのところから、
カードの引き落としがうまくいきませんでした。
でその会員の利用を停止しましたみたいなのがありとあらゆるところからきて。
そんなサービスと契約してねえくせに。
そんなしてねえくせに。
そう、アマプラが止まったのと、
あと、俺、公読してるノートが3つぐらいあるんだけど。
あー、有料月ないみたいなね。
そうそうそう、あれとかが止まって。
で言ってる間に文字が送られてきましたね。
あーそうでしたね、なんかちょっと落ち手前みたいな引き取り方してたから、
たぶん着地して見つけてなかったんだろうなって感じでした。
これは?
えーと、今回のおすすめ本が、
ずっと紹介したかったんだけどちょっと遅くなっちゃって。
河野めぐみさんの、「かわいいピンクの竜になる」というエッセイですね。
いい名前。
単価の人でもあるから、よしき知ってるかもしれないけど。
これはサインですかね。
そうそう。前回やったときに、事前情報なしにやってほしいっていう話があったんで、
筆跡鑑定と音楽の漢字
よしきの恒例の筆跡からその人の音楽の漢字を鑑定するというのがありまして、
河野さんのサイン本を持ってるので、一応それで見ていただこうかなと思って送りましたけど。
いやでもこれは別に俺、演奏とかじゃないけど。
演奏とかじゃないけど。
なんか華やかですね。花がありますよね。
花がある。演奏とかじゃねえな。
演奏もなのよ。
演奏もってことだよね、要は。
だから、パッとこっちの感心が100%向いてなくても、
向いてない状態で音が耳に入っても、耳が勝手に反応するような音を出すが、
よくよく見たらちゃんとしてるよね。
この考えが深いですよね。
河野ののとかすごいいい字ですね。
全然わかんないです、そのいい字なのが。
いい字ですね。
このバランスの取り方すごい好きですね。
バランスが全部素晴らしく取れてるから、
なんかその立地的な感じを覚えるんだ。
そうだね。
なんかこの責任を投げっぱなしにしないよね、この人。
確かにそういう時代だよねって言われてみると、
わかんなくはないけど。
だからわかんない。
そのとっつきやすさと考えの深さがわからないな。
責任感がある。
責任感っていうか、しっかりやる人なんだろうね、たぶんね。
弦の違いと音の変化
だから弓、弦楽器で言うと割と弓の毛が多いな。
なんそれ。
あとナイロンの弦張ってそうだな。
ナイロンの弦ってちょっとわかりやすく説明してほしいんですけど、何なんですか。
普通は?普通はナイロンじゃない。スチールか。
張ってある弦っていろいろ種類があって、
スチール弦とガット弦とナイロンの弦っていうのがあって、
言ったら間みたいな感じなんですよ。
ナイロンの弦っていうのは。
冷静と情熱の?
スチール弦は、要するにメタリックなアレで、
ガットっていうのは自然に基づく素材でできてる。
なるほど、情熱。
ナイロンっていうのはすごいバランスが取れてる弦なんですけど。
だから冷静と情熱の間って感じなのかな。
聞こえてたー。聞こえてたよー。
ナイロン弦っていうものを一般的に使うわけ。
ガット弦とかって、たとえばオーケストラとかするときに使うの?
使う人もいるけど、少ないよね。
だから自然に基づく分調整が難しくて。
そうだよね。
そのナイロン弦で、たとえばソリストとかでやってる人たちもたくさんいるみたいな感じ?
もちろん。
なんかあれだな。
メンデルスゾーン、ジョースなんじゃないかな。
えー。それこそバイオリンのコンテレートとかですか?
いや、なんかカルテッドとか。
うーんと、そうだね。
ちょっと質問戻っちゃうけど、ナイロン弦っていうのはどういう音が出るわけ?
ナイロン弦は、本当に弾き方によって全然音が変わるんですけど。
なんか難しいな。
スチール弦を普段弾いてる人が、ナイロン弦を弾いたらスチール弦みたいな音するし、
ガット弦を普段弾いてる人がナイロン弦を弾いたらガット弦みたいな音するんだよね。
それは要するに弦のキャラクターがものすごく強いんじゃなくて、
演奏家の弾き方によって音がそれだけ変わるってことだから、
割と不思議なものなんですけど。
ナイロン弦でガット寄りの音を出しそうで、この人は。
ガットの音ってのはどういう音なの?
ガットの音っていうのは、
なんて言えばいいんだろうな。
おいしい水。
むず?
わかった。スチールは何だとしたらってわかるわ、たぶん。
スチールが、絶対に液体、絶対に飲料水、絶対に飲料水で例えるのがわからないのが絶対飲料水じゃないとわからない。
えーと、ボールペン。
え?ナイロン弦魔法すぎるやん。
ボールペンにも水にもなんの?
でもね、ほんとそうなのよ。
ほんとに。
まじで品種揃えてほしい。
ボールペンがスチール弦なのはわかった。
じゃあ、ガット弦はなんなんだよ。
頼む筆記用具できてくれ。
ガット弦は、だから、
書くものできてくれ。
頼む。
いいティッシュ。
うわー。
ちょっと甘い。
甘いし、今の話聞いたら、全員ガット弦使ってない?もしかして。
いや、嘘です。スチールがボールペンだとしたら筆ですかね、ガット弦は。
まあまあまあ、なるほどね。
本当にその本人、ボールペンだと均一な強さがちゃんと強く音が届く感じか?
そう、そうです。
周りの環境にあまり左右されない。
なるほどね。
安定感。
じゃあこの河野さんの文字が、ナイロンだけどガット寄りっていうことは、
周りの環境に全く何かを受けないわけではないけど、どういう感じなんだそれって。
筆って要するに、インクもなくなるし、
墨汁もなくなるし、
日本語、主に日本語をやっぱり書くためのもの。
だけど日本語って筆で書いたほうが絶対いいよなみたいな。
線と線の運びが筆のほうが見えるよなみたいな。
見えるよね。
それは見える。
それがガット弦かな。
だからそれを音楽に当てはめると、
例えば長い音符を弾くというときに、
一本の長い線の中に筆だとストーリー性を生みやすい。
まあそうだよな。
なんか濃淡もできるよね、しかも数える場所とか。
そのストーリー性の生みやすさ、一本の線に対する。
それを、しかも墨汁の残りの量とか、毛の当たり方とか、
自分が操作する範囲の外でも変化が自然と起こる感じ。
ボールペンだとその変化を全部手動で作る。
面白いね。
割とそういう感じかな。
スチール弦でもちろん物語は作れるけど、
全部自分が数値的に操作する感じ。
ガット弦っていうのは、ガット弦っていうものが物語を教えてくれる感じ。
ナイロン弦でガット寄りっていうのはどういうことなんだ、それで。
だから弦に物語を教えてくださいっていう姿勢で弾ける人。
魅力的な人やな。
楽器の上に立ってない人だよな。
なるほどね。楽器を自分で支配してるんじゃなくて。
そう。そのコントロール下にすべて置いてる状態じゃないというか、なんていうかな。
なるほどな。ありがとうございますね。面白いですね、毎回。
美しさと装いについて
賢さもある。
おおむねそういう本なんで、おすすめ本の紹介いったなと思ってるんですけど。
やっば。やっばかった。
そういう本ですね。
ちょっとタイトルだけ教えてください。
かわいいピンクの竜になる。
あ、聞いてました。
しゃべりすぎて忘れました。
かわいいピンクの竜になるというエッセイで、
最初この人が女性なんだけれども、
この人の人生の中でずっと大きな中心にあるのは美しさなんだよね、たぶん。
この人はすごく顔が綺麗で、それを自分でもよくわかっている。
私はかわいい。それは知っていると。
ただ、その美しさを人に消費されること、
例えば高校生で昼休みに男子たちが噂してるとか、
そういうことに対する嫌悪感、気持ち悪さみたいなものをしっかりと感じている人。
それによって、一時は女性的な……
あ、ここに書いてあるね。
女の子として見られたくないならどうしてそんなに女の子っぽい格好をしているの?と告白されて、それを断ったときに聞かれたと。
それがものすごく自分の中で怒ったし。
自分の中に恋愛とか性愛という感情は基本的にない。
ないというか、実在を疑っているって話をしてるんだけども。
だけど女性的なものと、それで女性に見られるために着てるんじゃないよと。
だから可愛い服を着ていたら、私は女性で異性愛者ですという際になってしまうのだろうかと。
だから中性的な服装をしたほうがいいんじゃないかと。
でもそうやって着る服に制限をかけないといけないのって理不尽だと。
それに可愛い服を着ていることと、男性から性的対象として見られたいと思っていることの間には何の関係性もないのに、
男性から性的対象として見られたくない人がみんな可愛い服を着ることを避けたら、
結果的に可愛い服を着ているということが、男性から性的対象として見られたいということが成立してしまう。
それは可愛い服だってかわいそうではないかってことが一番最初に書いてあるんだけども。
そのことについて、人を美しいと思うことの端単なさについてすごくこの人は考えていて、
それが僕の中ではすごく刺さったというかね。
結局この人は、カエビのルイナの表紙もそうなんだけども、
ゴシックロリータの服を着ることに一個解決策を見出すというか、
そこに楽しさをこの人は見出すようになったっていうことで救われたっていうことが書いてあるんだけども、
着る人も作る人も、男性から女性として愛されることを目的としていない。
そもそも何らかの目的のための手段としての装いではない。
この装いはそれ自体が目的で、他の何者にも奉仕していない。
この装いをすること自体が、お洋服を愛することであり、自分を愛することであり、それ自体で充足していて、
他者からの愛とか承認なんて必要としていないっていうことに、
すごくこの人は自分の美学というか、
この人は現実への反旗だと言ってもいいって言ってるんだけど、
これを見つけていて、葛藤でもあっていろんなことが書いてあるエッセイなんで、
美しさが私のためにあるという考え方は当たり前だけれども、
すごくこの人の中ではっきりとしているし、そのことについてずっと考えてきていて、
なかなか自分の中で大切な本になりましたっていう話なんだが。
なるほど。
加段賞って、加州のもう一人が受賞したときのスピーチに、
何かを美しいと思うことは常に対象への搾取なのだと思いますっていうスピーチをしてるんですよ。
動物に対しても植物に対しても風景に対しても、
その美しさをめでることは誰からも許されていないと思うのです。
人間はその美しさをめでることで対象に権力を振るい支配してきたからです。
これは貼ったほうがいいなあ。
全区役所に貼ったほうがいいなあ。
全区役所?
市役所にも貼ったほうがいいかなあ。
すごい枚数だ。
いや、貼ったほうがいいよね。
これをここから始めないとと思った、このジェンダーやばすぎおじさんたち。
おじさんだけじゃない、みんな。
何かを美しいと思うことは常に対象への搾取なのだと思います。
いやそうだよなあと思って。
美しさをめでることで対象に権力を振るい支配してきたからです。
ああ、なるほどね。
なるほどね。
この言葉を聞いて、「いやそうだよね、そんな言うまでもないけど当たり前だよね」って思う人もいれば、「ああ、そっか」って思う人もいて。
僕は正直、「ああ、そっか」って思う部分がちょっとあったなあ。
ああ、汚いことをしてきたなあと思ったりもしたなあ。
でもこれは僕は正しい、正しいというかそうだと思う。
これは、「だからどうしましょう」っていう話ではないってこと?
この人は、「だけれども私は美しいものが好きだし、美しさを愛することの罪深さ・葛藤を見つめ続けて美しさに対して向き合っていこう」という文章が終わるんだけども。
この人が最終的には、メイクとかも自分の塗り絵みたいに好きなところに好きな色を塗ってみるというふうにしたと。
自分の体を、肌を、自然な状態ではありえない色、あるいは生まれつきではない色に変えるのが私にはとても楽しい。
キラキラに彩ったまぶたは鱗みたいだ。
血の毛を全部消して聖者であることから自由になる。
真っ黒な唇で魔女になる。
白いまつげで雪の妖精になる。
私は人間であることから解き放たれて、夢の存在になるたびにメイクをしている。
たぶんここがクライマックスなんだけども。
ピンクの龍を否定形で表現するエッセイ
だからかわいいピンクの龍になるわけなんだけども。
なるほど。
このエッセイのタイトルが全部否定形なんですよね。
少女は従わない。人形は頷かない。ミューズはここにいない。魔女は終わらない。
全部否定、否定、否定でこのエッセイができていて、
そうやってここの存在になっていく。
ひとつのこれは救いみたいなエッセイでもありながら、
すごく過端している側の自分のことを思ってしまうよね。
なるほどね。
なんかはしたなかったなと思う。
思い続けてるんだけど、俺はもう一生そういうことを、
自分の加害性に対する嫌悪感を持ち続けてはいるわけだが。
それは自分に対して。
俺はもうずっとそれが強いわな。
自分が美しくありたいっていうものに対しても自覚的であるというか。
自分の美しさに対するもの。
その美しさはいいんだけども、他人の美しさを搾取するということだよな。
美しいということによって。
なるほどね。
加害性みたいなものを感じるような自分の中にある。
男性性なのか知らんけど。
この人がお察しのとおりめちゃくちゃ賢い人なんだけど、
東大で指輪物語の研究をしてるんだね、この人。
ワーグナーのほうじゃないよ。
J.R.トールキンのほうだよ。
トールキンの指輪物語の宴みたいなのがあって、
イベントがあってそこにみんなで仮装して、
そこでこの人はエルフの仮装をして、
物語世界の中で過ごすっていう日記みたいのが書いてあるんだけど、
そこのショーだけめちゃくちゃ楽しそうでした。
さっきまで僕が物語の話してたけど、
ここじゃないどこかがあるっていうことが、
この人が生きる上での否定ばっかりしかできない現実と
違う場所にそういうのがあるっていうのは救いだよなとか思ったりもしたんだけど。
タイトルはだって肯定してるわけでしょ?
そうね。かわいいピンクの龍になるっていう。
とってもいいエッセイだったな、これは。
いいというか、みんなが読もう。
この人に対しての加害性もありつつ、
この人が自分もいるしっていうことなんだけどさ。
とても文章上手だし。
いい本でした。これのおすすめ。
ありがとうございます。
男女問わず、もちろん。
私もたぶん何回も読み返すと思う、これを。
歌手もすごい素敵だし、河村さんは。
ちょっとトイレ休憩です、ここで。
CMです。
では1分後にお会いしましょう。
続いてはタンカーのコーナーです。
いい気分だ、俺ポッター。
有名人のポッター。
ちょっと書店に寄っただけで大見出し記事だ。
ほっといてよ。
俺はポッター。
ガールフレンドかい?
これドラコー。
来週の金曜ロードショーはハリーポッターと秘密の部屋。
CM開けですけども。
書店で思い出したけど、
エースブックセンターがオープンしましたね。
初落が終わってしまって。
そうですね。
エースブックセンターになったと。
ちょうど収録をしている今日2月9日オープン。
あ、そうなんや。
だったみたいですね。
どう、行ったんすか?
行きたかったんですけど、寄れなくて。
行った人のSNSとかが流れてきて、
中身がすごくそのまま残ってて安心したみたいな。
なんか継承したんだ。
いい話ですね。
朝ヶ谷事情もゆっくりコーナーにしていきたいと思ってるんですけど、
朝ヶ谷姉妹ならぬね。
ならぬ?
朝ヶ谷姉妹ならぬ。
ならぬ?
自己反省と美しさに対する思い
いやー、こんだけ時間もらったのに朝ヶ谷よしきしか今浮かんでないんだけど。
やっば。
やっぱ朝ヶ谷の美味しい料理屋さんとか。
はいはいはいはい。
たぶんちょっと紹介していただきたいと思ってるです。
あとまあ、いい木とかね。
何番目が最高ですって。
欅並木の。
南朝ヶ谷から数えて何番目がみたいな。
まあちょっとやっていきたいですけど、またアンカーのコーナー行きます。
なんか木に、月景樹自由にお取りくださいっていうのをぐるぐるに巻きつけたと。
欅並木の一本の木の枝、幹に。
嬉しい。
月景樹必要な方、ご自由にお取りくださいって言ってた。
嬉しい。
それさ、それめちゃ単価やな。
必要な方、ご自由にお取りくださいって月景樹置かれてんの。
ほんとそうだね。
単価やな、アンカー。
ほんとだって、見えるもんな。
そう、で、必要な方だからな。
そう。
あれだもんね、ティッシュとかじゃないもんね。
距離あるの、単価でした。
単価ですね。
いやいいのか単価は。
いや単価なんだけど。
この間またあそこ、小木窪までプラッと行って。
お!
脳みそ痒くなって、カイカイカイってなってタイトル行って。
お!
で、別に買いたい本があるとかそういうあれじゃなく、
本屋さんに入ってそのとき出会ったものを買うみたいなのが、いっちゃいいじゃないですか。
まあ、てかもう、逆にもうそれ以外何にするのって話だけどね。
強気に出るなよ。
もう逆にそれ以外何にするのって話あるけど。
おいおいおい、優しく会ってくれ。
不思議なあの一歩目の気づきに。
まあ人に優しくとはね、ブルーハーツも言ってましたから。
それであの絵本がたくさん。
絵本?
絵本。自動向けの。
で、あの絵本の本棚っていうのは、背の高さとか幅とかがバラバラで、
バラバラしてる感じが、なんともやんちゃな感じがしていいですよね、あれは。
ここおうち?
本棚自体が、子供たちのキラキラ光ってる個性的なものを感じるというか。
確かにさ、絵本が文庫みたいに置いてあったらちょっと嫌だもんな。
なんかこう、均一化されてないデコボコした感じが、なんとも見てて心地いいなと思いまして。
思いましてね、思いまして。
いや、まあ単価だなと。
びっくりした。
GPT-4とAI技術の進歩
単価だな。
単価だなと。
デコボコした感じ。
そうですね。
いやいやいや、カシューを買った話じゃないんかい、それで。
カシューはまあ買ったけど。
買ったけど。
けど、まあそれはまあ、買うでしょ。
それはもう、それはもう買うじゃん。
おい、強気に出るな。
それだって買う、買うじゃん。
強気に出んなって。
それはあのポカリ買うのと別にそんな変わんないでしょ。
あんま冬買わんって、ポカリ。
ポカリ好きだからな。
ポカリ買うよね。
どうします?どっち紹介します?
なんかある?
なんかメモしてるのはたくさんあるけど。
はいはいはい。
なんかしゃべりたいのがあれば。
じゃんけんする?
だる?リモートで。
じゃあやめようか。
じゃんけんやめよう。
じゃんけんだけはやめよう、前半後半決めるので。
ゆびすま?
ゆびすまもさ、ビデオ収録じゃないからさ。
え、あの、なんかあのチーム大人数をさ、
2チームに分けるときの掛け声って何?
グッとパーで分かれましょ。
あ、プレーン。
それって一番プレーンじゃない?
パー、グッパー、ジャス。
ジャスは何のジャスなの?
ずっと気になってるわ、上京して以来。
かぁ、グッ&パー&サンワンディス。
やっぱ、やっぱわかった。
インターナショナルだった。
グッとパーで組んでも怒りなしやろ。
めっちゃ笑っちゃった。
隣に入居者できたのに。
グッとパーで組んでも怒りなしやろ。
何それ?何それ?何それ?何それ?
4回言わんだよ。
何それ、工藤。
え、かわいい。何それ。
怒りなし?
なんかあの、意味の深さを読むというよりは、
世界の味方としてなんか面白いなと思ったのは、
コクコクと涼しい夜に迫られて、レモン電池の酸っぱい光。
いや、いいですね。
これは芸人の鈴木ジェロニモという人の単歌なんですけど。
あー、説明の人だ。
そうそうそうそう。
あの人、この間も歌集出して。
まだ何かを受賞っていうとこまで行ってないらしいけど。
説明の動画、YouTubeでたくさん上がってる動画もそうなんですけど、
やっぱり自分の感覚に対する洞察力みたいなのがやっぱりすごく、
たけてるっていう言い方は違うと思うけど、
なんか感覚に対して、僕こう、
自分の感覚に対して真摯に向き合ってるというか、
なんかこうあるべきみたいなのに囚われずに、
一体自分がどう感じてるんだろうみたいなものに対して、
すごく観察しているなっていう単歌を見てても思うんですけど。
まあ、この歌の意味だけで考えたら、
レモン電池って、レモンで電池作るみたいなさ。
電気ながら自由研究みたいなさ。
ぽくぽくと涼しい夜に迫られてっていうのも、
8月が終わって、レモン電池の酸っぱい光。
確かにレモン電池で光る光って白い光じゃないし、
なんか黄色い光がぼわっと出て、
なんかそこから味、なんかこう唾が出てくるみたいな感覚。
確かにあるかもなみたいな。
しかもそれに厚苦しさじゃなくて、
なんか夜の涼しさと光のぼやっとして、
それが黄色くて、レモンからちょっと匂いもきて酸っぱく感じてみたいな感覚を、
しかもちゃんと自分が感じてる感覚に対して、
すごく真剣で真摯で向き合ってるなっていうのがすごく…。
ブログかなんかで、事前の100種ぐらいだったかな、確か。
言えるんですけど、なかなか面白いのが多くて。
なんかさ、これは当たり前でもあるし、
わりといろんなことに通じるかもしれんけど、
31文字じゃん?
ってなったときにさ、このコクコクと涼しい夜に迫られてって言ってる今がさ、
いつかは何にも書いてないやん、別に。
けどさ、やっぱり視覚的な情報というかさ、
夜の中で電池が光ってる様子みたいな情景になるよな。
そうね。
昼でもこの歌はできてるんだけど、
迫られてるだけだから。
けど、なんか夜があって、夏の涼しい夜風が吹いててみたいな感じを感じるっていうのは、
なんかそれですごい、夏の終わり感がすごいいいな。
そう、なんかしますよね、その感じが。
なんか、秋の虫も聞こえてきそうな。
YouTubeに説明っていう動画がたくさんあげられてて、
水の味とかの説明をしてるんだけど、
鈴木ジェロニモさんと本村ひろしが対談してる動画があって、
本村ひろしさんが説明の動画をその場で見て、
ここが面白いみたいなことを言ってるんですが、
これめちゃめちゃ面白いのでおすすめですね。
なんかどういうことを言ってんの、例えば。
覚えてる範囲で。
なんだっけな、やっぱりその、
なんだかその、鈴木ジェロニモさんが芸人なのに、
芸人だけど、それが果たして面白い動画としてあげられてるのかがわからなくて。
はいはいはい、説明がね。
説明という動画が、別にこれは本村さんが言ってたとかじゃないけどね。
そういう中で、
自分のその感覚にこう深く入って、どんどんどんどん入っていって、
それだけ見たら訳のわからない、しり滅裂な説明をしてるんだけど、
その動画の文脈を得ると、そういう感覚もあるかもなみたいなものに、
言葉を使ってくれるというか、
一個ずつこう一緒に掘り進めていく感覚が、
動画としてめちゃめちゃ面白くて、
その訳のわからない説明に対して本村さんも、
それを面白いものとして、面白がってるあれだったんだけど。
具体的に何言ってるかあんまり覚えてないんだけど。
うんうんうんうん。
そうそうそう。
確かにこの感覚の、自分が感じる感覚の説明というよりは、
本当、詩だよな、あれな。
そうなんだよね。
それで文脈によって、それパッと出されたら感覚的に遠すぎると思うようなものでも、
長い絵画に石を置いてってくれてるっていうか、
次の飛ぶ場所がわかるみたいになってる感じするけど。
いやー、そういうのが単価なのかもな。
この人の単価はやっぱりそういうものを感じるというか。
これは本村さんも紹介してたけど、
冷蔵庫のロッピーチーズ傾けて2ピー残っている時の音っていう。
へー。
なんか、2つ残ってる時の音ってあるなみたいな。
はいはいはい。
ロッピーチーズが残り1個じゃなくて、
これ今何個あるんだろうって蓋開けずに傾けて、
2個残ってるなってわかる?
音とその手の感触と重さとみたいなものに対する観察力みたいな。
日常的なものに対するあれがすごく多いんだけど。
うん。
なんかさ、やっぱり単価に視点が出るね。
単価に視点が出てるよなー。
僕はたぶん後ろにいる人をすごい見る癖があるんだけど、
ゆうしきはここに釣られてる感覚って確かにあるものだよなっていう。
単価が指し示す感覚の見え方みたいなものに、
面白みを感じてる感じがあるっていうか。
そうだね。
それはいつもおもろいなー。
確かに。
これがすごいいいのって、あるあるがおもろいのと一緒?違うか。
いやでも遠からずだよね。
そのあるあるは思いつかんかったわっていう感じ?これ。
そうだね。この人の単価はそうだね。少なくとも。
言われたことない説明を自分に当てはめても、なんとなくそう感じてしまうかもみたいな。
あるあるって一番面白いからなー。
いやほんとそうなのよ。
だいたい。
ほんとそうで。
だからTwitter、シンエックスTwitterのあるあるbotというアカウントに、
僕が3年前か2年前ぐらいにめちゃめちゃあるあるを送って、
いくつか採用されたのもあれ悪くなかったなっていう。
なるほどね。
あるあるうまそう。
あるあるbotにすごい数のあるあるを送って、いくつか採用されて、
その採用されたやつが3万リツイートぐらいされたのも、あれ悪くなかったなって思うよね。
覚えてんの?採用されたあるあるは。
覚えてるよ。
なんなんですか?ちなみになんですか?
えっと、あれですね。
だし巻き卵頼んだときあるある、誰かにいいねって言ってもらえるっていうのは、いいねー。
たしかにだし巻き卵それもらいに行くもんな。
いいねをもらいにだし巻き卵頼むときあるもんな。
誰かがいいねって言ってくれるようなみたいな。
たしかに。
いいですね。
いや、ちょっとあるあるを言っていくようにしようか。
え?
俺さ、俺も言いたいことあってさ。
うん。
ボンノを言っていきたいんだよね。
え?
シャープ108まで?
俺やっぱ、何が来週の年末動画やねん。
知らんけど。
ボンノ108個言ってく年末の動画。
コナンの映画見たことある?ヨシキ。
何のレクイエムか知らないけど。
ある?なんか。
いや、ちゃんと見てないと思う。
いやー、俺なんかすごいボンノを発見してさ、コナンの映画の。
1ラジオ1ボンノぐらいをちょっと消化していきたいなってちょうど思ってたから。
これはボンノ、ヨシキはあるあるをちょっと紹介していきたいなと思うんだけど。
赤田博士の謎々
あのね、赤澤博士が子供たちに謎々出す時間があるんだよ。
へー。
ここでクイズじゃん。で、出たよ恒例の、みたいな。
ほうほう。
だいたいコナンとハイバラはわかってて、少年探偵団がえーみたいなことをやる。
金曜ロードショーではカットされる時間なのね、だいたい。
子供たちに向けたみたいなのじゃないけど。
映画館に来た。
で、それを答えなんでもいいよなって思いながら、
なんか、いや俺は全然それどうでもいいんだけどって思いながら、
ちょっとマジで考えちゃう自分がいるっていうボンノ。
そっか、それもボンノなのか。
いや、だから真剣に考えていればいいんだけど。
なるほどね。
なんか全然どうでもいいなここって思ってる顔で、
頭の2階の鏡とか使わない鏡置いてある部屋ぐらいの頭のスペースですごい考えてるみたいな。
わかんなくてもいいけどなみたいな顔しながら、
すごい隅の方ではめちゃくちゃ赤田博士のくだらない謎々を考えてて、
当たっても当たらなくてもいいのに。
ちょっとそのボンノをやめたいかなって。
やめなくていいわ。
やめろ。
髪を磨き上げろ。
いやーこのボンノあったなっていう気づきですよね。
いやー単価ですね。
単価ですね、確かに。
いやー、ほこりをかぶった鏡。
いやー、ぐらいのとこで考える、赤田博士の謎々ね。
その謎を映した、ほこりをかぶった鏡が見えます。
その本当に多分映画見てないからそんな風に言えるけど、
本当にどうでもいいシーンだよね基本的に。
そうなんだ。
確かに物語と、それは何にも関係ないの?
たまーにある。
あるんだ。
たまーに。
いやー大体その、そうね、でもたまーにあるね。
結局赤田博士の親父ギャグみたいな、
でとここうみたいな感じで終わるから。
それあのもう答えは犯人の名前とかじゃないの?
つまんな。
つまんな。
違うんだね。
アガサが怖すぎるやろ、それ。
アガサクリスティーすぎるやろ、それ。
タイトルの通り。