コテンラジオとの出会い
最近、みなさんもご存知でしょうか、ポッドキャスト番組のコテンラジオというのにハマっておりまして、あれ、めちゃめちゃおもしろいですね。
コテンラジオというのは、ご存知の方はもちろんご存知だと思いますが、ポッドキャストの番組で3人の方が歴史の話をいろいろやってくれるという、
わりとというか、すごく人気のあるポッドキャスト番組です。
もちろん名前は知っていて、でも聞いたことがなかったんですけど、
友達からあれ面白いよって話を聞いて、名前は聞いたことあるけど聞いたことないなと思って聞き始めて、
最初は一人でご飯食べたりしてる時に、スマホを見たり、映画を見たり、ドラマを見たり、映像を見たりとかいうのもあんまりしたくない方なんで、
でも若干手持ちぶさったな時に、ポッドキャストのコテンラジオをかけるっていうのをし始めてて、
その時にコテンラジオを聞くっていうのをしてて、最初はご飯の時だけ、毎日じゃないですよね、何日かに1回ご飯の時だけ聞くみたいな感じだったのが、
すごく面白いもんで、すっかり好きあれば聞くぐらいのファンになってしまって、なかなかあれ、なかなかじゃない、かなりあれ面白いと思います。
コテンラジオの何がそんなに面白いのかなといつもいつも思いながらけど、何が面白いかっていう話の前に、どのあたりでハマったかという話を先にしようかなと思うんですけど、
たまたま、どのあたりを今聞いてるかというと、明治維新の頃の話ですね。
割と最近のシリーズで、最後高森さんに注目したエピソードがあって、10とか20ぐらいエピソードがあるのかな。
連続シリーズがあって、それから入ったっていう感じで、たまたま日本の歴史から入ってますけど、
コテンラジオ全体としては別に日本の歴史だけを扱っているわけじゃなくて、
割と世界の歴史を扱っているみたいですけど、まだ斎藤さんのやつしか聞いてないので、他のがどんな感じなのかよくわかってませんけれども、
コテンラジオを扱っている対象としてはそういう感じのようです。
富岡鉄斎(山岡鉄舟)との偶然の縁
たまたま聞き始めた頃が斎藤さんの話で、しかもたまたま、今もどんどん進んでしまっているので斎藤さんの話は終わっているんですけど、
たまたま聞き始めたときに斎藤さんの話をしていて、ちょうど富岡鉄修の話をしてた頃だったんですよね。
それもなんか縁があるなぁと思うんですけど、年末かな?
今年の25、26の年末年始あたりに、なぜか富岡鉄修と縁がありまして、
年末あたりだったと思うんですけど、京都の北の方に高山寺、高い山の寺と書いて高山寺というお寺がありまして、
高山寺自体は一番有名なのは長寿義我図ですかね。
カエルとかウサギが遊んでいる絵巻物みたいなやつ。長寿義我図が一番有名で、
あとはお茶の栽培の発祥の地ということで、日本で一番最初に茶の木が栽培された茶園が今でも残っていて、
お茶をやっている人間からすると聖地の一つと言ってもいいと思うんですけれども、
長寿義我図と茶園が有名で、あとは高山寺の開祖か、明永松任という方が開祖であられまして、
この明永松任さんの大ファンなもので一度行ってみたいと思って、
明永松任に興味を持った木系の話をすると、なんかすごい脇道にそれすぎそうな気がするんですけど、
自分がそんなしょっちゅうじゃないんですけど、夢の中で物になる夢を見たことがあるんですよね。
なんかいろんな人に聞くんですけど、あんまり他の人の話を聞いても、
夢の中で自分が物、物体になるという夢を見るということはあんまりないみたいで、
その話をするたびにお前変わってんなーって言われ続けてたんですけど、
河合俳夫さんがどっかで、明永松任という人は物になった夢を見たことがあるというふうに河合俳夫先生が言うたして、
心理学者の、もう亡くなられましたけど文化庁長官とかされてた河合俳夫先生が言われてて、
それで興味を持って明永松任の本を読み始めたというのが出会いですけれども、
読んだけど物になった夢の話はなかったような気がするんですけど、
まあともかく物になった夢を見る仲間ということで勝手に一本的に親しみを感じていて、
一度婚留された、婚留でいいのかな、作られた、今も母所というかお眠りになられている高山寺にいつか行きたいなと思ってて、
ついに去年ですかね、願いが叶ったわけなんですけれども、
その高山寺に行くと、あちこちにというのは大げさですね、
2、3カ所に富岡鉄修のゆかりのものがありまして、石碑があったり、中心的なお堂、
高山寺の中にお堂と言わへん、あれは何と言えばいいのかわからない、石水院という建物がありまして、
その石水院という変額、建物の名前がGで書いてあるやつですね、
あれを書いたのが富岡鉄修祭ということで、
高山寺に行って偉い富岡鉄修に追ったなという気がしてたのが年末、
年明けになって、今度は京都の二条あたりになるのかな、
二条あたりになるのかな、京都の寅屋の本店さんがあると思うんですけれども、
筆差が裏にあったりする、
ここに行ったら寅屋っていう書いてある大きい書が店にかかってて、
おっと見てたら書いた人の名前が富岡鉄修って書いてあって、
ここでも富岡鉄修にあったなと思って、
洋々話を聞いているとあるらしいですね、
寅屋さんと富岡鉄修さんはいろいろご縁があったようで、
寅屋さんの他のパッケージにも富岡鉄修の字が使われてるとか使われてないとか、
そうそう使われてるのか、
大きい洋館を入れるときの包み紙にだけ使ってるって言ってあったかな、
富岡鉄修の字を使ってるということで、すごいご縁があるそうで、
年末年始と富岡鉄修と偉いご縁があるなと思ってたところだったんですよね。
コテンラジオで聴いた明治維新のエピソード
そんなコーナーで、今年は年末年始から、年初から年末から、
富岡鉄修さんと偉い縁があんねんとか言って、
友達に言うてたりしたんですけど、
ほんで古典ラジオおもろいでって言われて、
パッと開いて聞き始めた頃、
ちょっと前の、その時の最新のエピソードではなくて、
何回か前のエピソードけど、
ちょうど富岡鉄修が活躍してた。
多分歴史の教科書とは言いませんが、
エピソード的に一番富岡鉄修が活躍したって言うんでしょうか。
活躍して有名なエピソードのところの話がありまして、
明治維新の時の西郷隆盛たちが、
薩摩軍たちが江戸に向かって攻めていってたときに、
江戸城を、江戸の町を攻撃しようとしてたときに、
結局ギリギリ政府で、
西郷隆盛と勝海修が話し合って、
無欠会場になったわけですけど、
西郷隆盛と勝海修が会談をするっていうところの、
直前の、いわゆる下話、
その話をきちんと取り付けてきた盾役者が、
富岡鉄修ということで、
富岡鉄修の活躍動きがなければ、
西郷隆盛、勝海修会談は実現せず、
それが実現しなかったら、
江戸城の無欠会場はなく、
江戸城の無欠会場がなければ内戦になっていたでしょうから、
日本の近代化の歴史はきっと大きく変わっていて、
今とは全然違うものになっていたと思われるんですけど、
そこで非常に大きな役割を果たしたのが、
そのエピソード、富岡鉄修についてのエピソードというと、
有名なエピソードとか、
出てくるエピソードというのはそれになると思うんですけれども、
ちょうどその話を古典ラジオでやってたというので、
もともとそのエピソードが好きだったので、
それをまたじっくり聞けるという、
その辺りから聞き始めて、
いろいろその前後も聞いて、
なかなか面白いなということで、
古典ラジオにはまっていきつつあると。
歴史の面白さと「解像度」
きっかけは山岡鉄修だったんですけれども、
山岡鉄修とか富岡鉄修とか、
鉄修サイつけたりしますけど、
鉄修だったんですけれども、
その前後とか、今ちょっと西郷さんのやつを一時停止して、
その前段である高杉晋作の話とか聞いたりしてますけれども、
どれも結構面白くて、
何が面白いのかなと聞きながら思っていて、
喋っている3人のキャラも良くて、
そういう人間的な魅力というのももちろんあると思うんですけれども、
コンテンツとしての面白さという意味でいくと、
階層度が高いことって面白いんやなというのは、
思いながら聞いているところですね。
歴史って自分の場合は、
中学校の時でお別れを申し上げてですね、
歴史って覚えることばっかりで面白くないなと思ったので、
高校以降は歴史さんとはお付き合いできませんということで、
こちらから一方的にお別れを告げさせていただいたわけですけれども、
学生の時はそうやって全然歴史のことは縁なく生きていたわけでも、
社会人になってこの仕事をしていると、
結構経営者の方とかコンサルタントの人たちって、
歴史が好きだったり、歴史にすっごく詳しい人が多くて、
それの影響を受けたり、職業柄を知っていた方がいいやなということもあって、
社会人になってから自分で本を読んだりして勉強するようになったんですけれども、
柴良太郎とか、勉強するといっても柴良太郎を読んだりとかそうですけど、
そうやって柴良太郎とか歴史小説みたいなのを読んだ時も思ったんですけど、
学校で勉強している時って、
要点をポンポンポンってつまみ食い的に覚えるみたいな感じに出るわけですけれども、
小説ぐらいの密度であるエピソードをじっくり見るとか聞くとか読むとか、
理解するとやっぱり結構面白いなって思ったんですよね。
それはすごく楽しみながら小説とか読みます。
歴史小説とかだけじゃなくて、映画とかでもそうですけど、
過去の有名な事件でも、映画ぐらいのしっかりとじっくり2時間使って、
その時何があったかみたいなことを国名に描いてもらえると、
思ってたのと全然違うわみたいなので、
すごい面白いなってなることは結構あると思うんですけども、
そういうのって抽象化するというか、何が面白いかというと、
やっぱり解像度が上がると面白いっていうことなのかなと思ったわけですね。
何でも解像度が上がりさえすれば面白いというもんではないと思うんですけど、
ある程度ボヤッとなんとなく理解している事柄があったとして、
それはボヤッと理解しているわけですけれども、
国名に誰々様はこう思ってたかとか、こんな時はこうだったみたいなことを解像度高く示されると、
ボヤッと理解していた時とは全然違う風景が浮かび上がってきて、
実はそんなことがあったんかということで、すごく面白く感じるっていうことがあると思う。
あるんやなというふうに。
映画なんか見ててもそう思いますし、小説読んでた時もそう思いましたし、
改めて古典ラジオを聞いていると、映画とか小説とはアプローチとか向かう方向はちょっと違うんですけど、
結局のところ解像度高く頭の中に入ってくる。
解像度高く入っていくことで、意外な側面とか、そういうことやったんかという発見があるということが面白いんやろうなと思って、古典ラジオ。
解像度の高低と面白さの考察
ただ一方で、その先も言った通り、解像度が高ければ面白いというものではないはずなので、
解像度が高くなることによって何があると面白いんやろうなということを考えてみた。
あるいは逆に、解像度が高ければ物事の理解が進むわけでもないというふうに常々思っているところがあって、
例えば物理の面白さとか、面白さって言ってもいいと思うんですけど、
やっぱり死を抹殺を切り捨てて、すごい解像度を低くする、解像度を高くするんじゃなくて、解像度を低くすることの面白さっていうのは一個物理の本質的な面白さだと思うんでも、
仕事とかビジネスの場でも、誤解を恐れずに単純化して言うとって言って、単純化して言ってもらったほうが、
頭に入ったり、理解が進んだりすることってあると思うんですよね。
死を抹殺を切り捨てて、分かりやすいんだけれども、それは必ずしも正確ではなくて、解像度を落としている分、情報を落としている分、間違いも含まれているんだけれども、
全体感として分かりやすくなるっていうあって、それはそれでやっぱりこう、面白い、理解が進んで面白いっていう、あると思ってます。
別に答えが出てるわけではないんですけど、解像度が低くて、そっちの方向で面白いっていうことと、解像度が高くなって面白いっていうことと、多分両方あるんだろうなと思って、
それぞれ解像度が高いから面白い、低いから面白いではなくて、高くて、低くて、何々があるから面白いっていうのがあるんだと思うんですけれども、
何がどうなれば面白いみたいなところがつかめてくると、自分で楽しめることも増えるでしょうし、
いろいろな人に楽しみを提供できるようなことも増えるでしょうし、解像度の高い低いっていうことと面白いっていうことってどういうふうにつながっていくんやろうなみたいなことを思いながら、コテンラジオを聞いてます。
コテンラジオの魅力と今後の展望
コテンラジオ自体も面白いですし、コテンラジオがなぜ面白いのかっていうことを考えることも面白いなと思って、コテンラジオを聞いてみてはどうかなと思ってます。
他のエピソードもすごい面白そうなタイトルがいっぱいあって、しかもコンテンツ量も膨大なんで、あれ全部聞き始めたら、何時間っていうんだろうか、箇所分時間がどんどん奪い取られそうな気がして、
あれ聞いたら面白すぎて、トラジオ撮ってる場合じゃなくなってきそうで、あんまり吸い込まれても困るなと思いながら、でもでも面白いので、もうしばらくつまみ食い的に聞いていきたいなと思っているところでございます。
今日は久しぶりのトラジオ録音で一人喋りで、コテンラジオが面白くてハマっているという話でした。
解像度の高い、解像度の低い、両方で面白さとか発見とかある気がしていて、面白いということと解像度の高い低いということについて、もうちょっと分かっていくと面白いやろうなという予感がしているという話でございました。
今日は一人喋りでしたが、また二人喋り等々をやっていきたいと思います。
なんかちょっと今めっちゃ本業のほうが忙しくて、いろいろ調整したりする余裕がないんですけど、持っているのでまたよろしくお願いします。
ショーノートなどなど、リンクなどなどはですね、リスンドット、久しぶりにURLをしゃべると覚えてないですね、リスンドットスタイルドットスラッシュPスラッシュトラジオのほうにショーノートなどなども貼っておきますので、またご利用いただければと思います。
ではまたお会いいたしましょう。
今日もありがとうございました。

