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54俯瞰
2026-05-20 27:24

54俯瞰

ふかん

未履修問題ってあったなぁ

感想

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サマリー

このエピソードでは、パーソナリティが日々のランニング体験から始まり、ポッドキャスト「コテンラジオ」で日清・日露戦争の歴史を深く学んだ話へと展開します。特に、歴史が教科書でどのように教えられ、その情報量が実際の出来事の複雑さに比べていかに圧縮されているかを考察。そこから、約20年前に社会問題となった「未履修問題」を振り返り、高校が大学受験対策に特化し、本来教えるべきカリキュラムを省略していた実態に触れます。 パーソナリティは、この「未履修問題」と日露戦争におけるバルチック艦隊との戦いの状況を重ね合わせ、目の前の目標達成に集中するあまり、全体像や長期的な戦略を見失いがちであるという共通の構造を見出します。渦中にいる人間が「俯瞰」することの難しさを痛感し、自身の教育業界での経験も踏まえ、短期的な成果に囚われず、行動する前に深く考えることの重要性を強調します。 最後に、地元下妻での読書会開催を構想する中で、単に活動するだけでなく、その場所ならではの必然性や意味を見出すことの難しさに言及。タイトルである「俯瞰」の重要性を改めて認識しつつも、実際にそれを実践することの困難さを語り、多角的な視点を持つことの価値をリスナーに問いかけます。

ランニングと体力消耗の考察
えーと、ポッドキャストをね、聞いていて。
えーと、よいしょ。
朝ね、真沼を走っている時に。 あのー、なんか、あれだね。
寒い時に走り始めたから、2月ぐらいにね。 3月かあれは。まだ寒い時だった3月か。3月の初めぐらい。
だったから、あのー、
なんか寒、だんだん暖かくなってきて、 あのー、
走るのも楽になってくるんだなぁ。 って思ってたし、実際そうだったんだけど、もう逆に暑くなってきて、なんか
やっぱ単純にあのー、暑くなってくると、 そうだったなぁと思って走ってた頃を思い出したんだけど、体力をめちゃくちゃ消耗するんだね。
暑いだけで。 なんか寒い時に走るっていうのって、なんか
コンディション良い状態というか、体力を抑えた状態で走ったんだなーって、なんか思いますね。 今も走るだけでめっちゃ体力使ってるもんね。絶対速く走ってないのに。
なんか、体力使ってんなーって感じがする。
まぁね、あのー、どうなのかな? だからみんな、時間ずらしたりとかするのかなぁ。
もうね、バカの人そぼりのように大体同じような時間で、まぁでもあれか、自動的に、 意図せずだけどちょっとずつ速くはなってたけどね。
あのー、走る時間が。なんかちょっと考えた方がいいのかなぁ。 何でもかんでもずっと同じようにやってればいいわけでもないのかな。
むしろ、でもそれでもいいのかな。よくわかんないけど。 何の話でしたっけ?
コテンラジオと歴史学習の深掘り
えーと、あ、そうそうそう。で、その走ってる時に、あのやっぱりポッドキャストね、コテンラジオさん、教えてもらったやつを聞いていて、
えーとね、ゆっくりなんだけど、 ゆっくりっていうかね、日清日露第一次世界大戦
日清日露か、がね、あのー、長いんだよね。
あのー、資本主義の時は、まぁギュッと縮めたからだろうけど、4回シリーズとかだでしょ?
まぁ、あのー、16回とかあんだよ。
16回とかあるんだけど、まぁでももうちょっとで終わりなの。
んでー、16回とか思うんだけど、やっぱり聞いてみると、それぞれの回面白くて、どれも大事なんだよね。
どれも大事。
でー、どれの頑張り、ま、まさにこういうこと言ってるけど、どれが欠けてもなかなかこういうことにならなかったっていう風な、
あのー、話にどうもなってるから、
どれもやっぱり大事というか、それでも、あのー、端折ったりいろいろしてるんだと思うんだけどね。
まぁそもそも、そりゃそうだよね。だって、
あのー、日清戦争1894年で、日露戦争1904年で、それぞれ1年とか何とかかかってるわけでしょ?
んー、11年、12年のことなわけじゃん。
その1894年だけから見ても、その前から始まってるけど、いろんなことは。
んー、まぁ仮に12年として、その12年をさ、16回に分けたところで、
1回、何?1回8ヶ月とか9ヶ月とか、そういうことでしょ?
いやそりゃ、そりゃ16回にもなるわって感じだよね。
冷静に考えたら16回でよく収めたわって話だよね。
んー、収めたわっていうか、もうさ、歴史っていう時点でそのものではないから、
あのー、そのものじゃないじゃん。
その場所に、その時間で同じように生きられて、そこで一緒に考えたりするわけじゃないから、
そのものじゃない、後からのもの、後から、
あのー、いろんな記録とか史実とか、史実っていうか、情報とかさ、書物とかそういったのを、
で、取材をした結果を聞かされてるだけだから、
あのー、もう、なんだ、それを聞くっていう時点でそのものではないわけなんだけど、
んー、でもまあそりゃ16回にもなるわねっていう感じだよね。
だから、今考えると、あのー、小学校とかでさ、小学、今もそう?小学6年生で歴史とか習うでしょ?
んー、で、教科書を習うじゃない?
あのー、めちゃくちゃやってたなと思って。
いやでも、そうでもないか。
6年生のさ、時期に社会の歴史、いやー、でも社会だけやってたわけじゃないから、
そんなに時間があったわけでもないから、1日間45分?
で、週何回?3、4、4回?5回?4回とか5回とかかな?
えー、まああれか。1回45分とすれば、2、3週間で、2、3週間で日清日露。
んー、やんのかな?まあわかんないわ。
なんか、そう考えると、まあでも聞いてるだけじゃないからな。
自分らで調べる活動とかもするからな。
まあでもこんなもんか。
なんか、んーと、身近なことから、あのー、勉強していくっていう方向性が多分、
転学年とかなのかな?小学、まあ小学校か。
で、それがさ、身近なところってのを1、2、3、4あたりでやって、
5年生で地理、6年生で歴史。
これがなんつーのかな?今まで身近なところから学習してたのが、
ちょっと全体で見ようぜとか、そもそもの今こうなってる歴史をちょっと振り返ってみようぜみたいな感じで、
なんか考えられてるとは思うのよ。その、系統だけでさ。
まあいろいろあるからさ。
みんながみんな同じようにやる必要あんのかとかって話になっちゃうともうわかんないんだけど、
まあ逆に言うと、みんながみんな同じようにやるっていうことを一旦決めた上での作戦と考えると、
まあ考えられてはいると思うんですよね。その順番が。
まあ、どうかとかさ、そもそもあの、みんなでえいっていう時点でもうダメだ!
って思う人もいると思うから、あのー、何とも言えないですけど。
まあ組織、国としてやると考えれば、まあなんつーのかな。
別に当然だけど悪気あってやってるわけじゃないよっていう感じだよね。
今さら言うほどのことでもないけど。
未履修問題の回顧と教育システムへの疑問
でさ、あのー、ミッシンとニチロのやつを聞きながらさ、
あのー、世界史のことちょっと思い出して、
あのー、日本史専攻だったんですよ僕。
それはあのー、カタカナとか覚えらんねえな。
あのー、日本だけに限った方がいいやと思って、
日本だけの方が狭いからそっちの方がいいでしょっていう、なんか横島な考え。
あのー、広いことはいいからとりあえず日本のことでいいや、みたいな感じだったんだけど。
それが、うーん、なんか愛な考えだったなっていうのもちょっと思って。
別にそれはそれでよかったんだけど。
あのさ、ちょっと前にさ、あのー、ミリ州問題っていうのがあったと思うんですけど、
明らかになったと思うんですよ。
ちょっと前ってだいぶ前。
20年ぐらい前か。
だと思うんですけど。
あのー、そっか大学の時にこれ話したってことは20年ぐらい前になっちゃったね。
あのー、えーとねー、
進学校だね。
公立、国公立、県立、公立、また私立。
私立もどうだったのかな。
まあわかんないけど、あのー、とにかく進学校。
特に高校ね。
高校で、本来教えなさいとされてる、あのー、範囲とか勉強を教えないで、
その分、その代わり特別編成授業みたいなことで、
あのー、入試、大学入試のための時間っていう風にして、
あのー、学習に使わせます。
要はセンター試験の箱もやります。
あのー、入試の問題やってみます。
えー、それの演習をします。
みたいな時間にしますってやっちゃってる時代があったのよ。
今考えるとすげーなーと思うんだけど、
あのー、なんだろうな。
塾行かないと、とか、そういうのもあったりしたと思うんだけど、
要は大学入試ってすごい勉強しなくちゃいけないじゃないですか。
で、その勉強しなくちゃいけないっていうのが、
要は入試なわけだから問題を解くよね。
で、その問題を解くことを練習することによって点数を上げていこう。
まあ、それはそうだろうなってなるんだけど。
で、それが、あのー、学校では達成できないと。
学校ってのは、教える、こういう知識がある、こういうことがある。
もちろん問題も解く時間もあるんで、数学とかね。
で、試験もあるわけだからさ。
で、それが、その学校の試験っていうのと、
入試問題ってのが、乖離してるから、
同じものでは当然ないから、
学校のやつはとりあえず置いといて、
大学入試のための勉強がもっと必要だから、
それを学校でもやりましょうね、みたいな話になってたんだよ。
今考えると。わかんない。
ちょっともっと詳しい人は、もっと解説してください。
なんか、今言っててすげーナンセンスなことしてるなと思った。
そういう理解じゃいけないのかもしれないけど。
そもそも自分の理解が貧しいから、
そんな、え?おかしねーなって思ってるだけなのかもしれないけど。
おかしいね。
なんか、いろいろ勉強してきました。
で、それで、僕は、それによってこういう勉強したいと思います。
こういう進路に進みたいと思います。
だから、この大学を受けます。
で、その大学を受けるときの選抜方法としては、
大学入試っていうセンター試験みたいなのがあるから、
それで点数を取るために、その勉強をします。
なんか、やっぱり一本に通ってないな、このルートは。
なんか、よくわかんないけど。
なんか、自然に何か目指そうとすると、
なんか、変な感じになっちゃってる。
なんか、あの、
センター試験とかそういったことを、いろんなことを、
当時の、じゃあ学校はそれで特別編成みたいなのがしたのがおかしくて、
とかってことが単純に言いたいわけじゃないんだけど、
なんかおかしいね。
なんか、みんなが一つの方向に向かっていかない動きになってるわ、これ。
まあいいや。
未履修問題と歴史的状況の共通点
で、あのね、その特編っていうので、
僕、世界史っていうのを、世界史Aってやつをちょこっとだけやっただけなんですよ。
それこそ、戦中第一次世界大戦とかそのあたり言ったよな。
なんかそのあたりの世界史をやっているだけなんだよ。
で、多分なんだけど、
俺もそのちなみにミリ州問題の課長にいて全然問題にもならなかった頃のバリバリミリ州の人だから、
多分なんだけど、
それ本当はあの勉強をちゃんともっとしてなくちゃいけないはずだったのよ、俺は。
日本史だけやればいいですよじゃなくて、
世界史も日本史もやりましょうねにもうちょっとなってるはずだったの。
選択はするけど。
で、それを全くやらないわけじゃないけど、だいぶ削って、
なんか入試問題の練習みたいなことをやってたわけで。
無駄なことをやっていたとかっていうことを安易に言うつもりはないんだけど、
で、良かれと思ってやってたんだけど、
なんかそれさ、
そんなことやったらカイル・ケイラムと違うことやったらダメですよって怒られそうなんだけど、
多分みんなうっすら分かってたんだけど、
あの、
黙認したんだよきっとみんな、あの時代。
決めといて、自分らでそういうふうに決めといて、
でもそういうふうに実態と違いますからみたいなことを言い出して、
なんかやんないで、どっかがやっちゃったんじゃない?教皇突破して。
それいいんだったらうちのもやるわってなってみんなやっちゃったんだよね。
で、その時にはもう集中つかなくなって、
ダメダメダメって言えなくなってて、
ある時急に、やっぱりちょっとちょっとちょっと待ってみたいな感じになった。
なった時の人たちは大変だったと思う。
大変だったと思うけど、
んーっとね、多分なんだけど、
大部分の人は、なんで俺ら悪くってって思ってるし、
多分絶対そうだと思うんだけど、
多分、数は少ないけど多分何人かの人たち、
よかったー、これできたー、やんないところだったけどこれできたー、
っていう人多分いるね。
あのー逆に、そんなことさえなければ俺もっとあれできたのにとかっていう人も
多分大勢いると思うんだけど、
でも多分、本来の設計にギリギリギリギリ無駄、むちゃくちゃだけどちょっと補修して戻しました、
みたいな人はその補修のおかげで、
っていう人も多分なんだけど、めちゃくちゃ少ないけど多分いる。
んー、なんか難しいなーって思った。
あのー、日清日露のさ、そのやつを聞いてるとさ、
ロシアのバルチック艦隊っていうのが来ちゃうと日本の勝ち目がなくなっちゃうから、
それまでに領順っていう要塞を攻略して、
なんとかその艦隊を、領順の艦隊を無力化して、
なんとか挟み撃ちにはされない状態で、
バルチック艦隊と向かい合いましょう、対戦しましょう、
っていうのを作るために、そのためにはバルチック艦隊が来てしまう、
あのー、その前にいろんなことをする必要があって、
で、無茶したんだよね、っていう話だった、今日聞いたのは。
なんかそれ聞いて思い出したの。
うわ、このバルチック艦隊が来そうなんだけどなかなか来ないけど、
その間にすげー苦労があってっていうような話、
あの時の世界史の授業で聞いたなーって。
なんかバルト三国とかその辺とかをやったなーっていうのは今までもなんかちらっと思ったんだけど、
うわ、この辺、あの時の先生なんか言ってたなー。
もう覚えてないよ。覚えてないんだけどやってて、
で、それはなんか覚えてるなーと思って、全然忘れてるんだけど。
今その話聞くまで全く頭の片隅にも、
あれ?でもこの辺って世界史でもやったはずだよなーって思いながらも全然思い出したことないわけだから今日の今日まで。
んー、でも、でも思い出してあれ?っていう風にやったっていうことはやっぱり意味はあったんだよな。
で、それがさ、まさに意味軸も、その、
今日その、期限決まって急がなくちゃいけないからとにかく頑張るっていうのが、
なんか、今考えるとその日清の時、日清日露の時、
愚かだね、日清日露先生の時、愚かだねっていう風に思えるけど、
その過虫にいちゃったら、もう期限は絶対ここまでにやんなくちゃいけない、
そこまでいかなかったらもう絶対ヤバいっていうのは現実に起こるし、
実際に結果的にそれがどうかは分かんないけど、起こるし、
その中の過虫で、なんか戦略とか立てるの後回しにして、
とりあえず頑張れ!とにかくあの目標達成しなくちゃいけない!つって、
そこに向かっていくっていうのをやっちゃうっていうのは、
めちゃくちゃよく分かる。
で、今話しながら思ったんだけど、
そもそもその、ミリシュー問題っていうのが、
そういう構造を持ってたなって今思い至って。
あの、どういうことをしたくて、どういうことが必要で、
っていうことを、戦略をよく考えずに、
あの、そんなことを思い至らないまま、
とにかく入試、大学に入ることが大事だから、
大学入試のための勉強をするって言われて、
それに突き進んで頑張っちゃうね、学生も。
で、それをさせる先生たちも、そういう気持ちになっちゃう。
むしろ逆に、あの、塾に負けてたまるが、
塾行かないと大学入試できないなんて言わせてなるものかっていう、
使命感に燃えて頑張ってた先生いっぱいいると思う。
それはそれでありでかかったし、いいんだよ。いいんだと思うんだけど、
で、それをさせたり、承認したり、
そういうふうにしていこうっていうふうになっちゃった人もいるわけよ。
いや、もしかすると一番最初の独自にそれを考えて、
もうこれさ、いいよ、要領とか関係ねえじゃん。
もうこっちでやっちまおうぜっていうふうに最初に言った人は、
あの、立派なんだと思う、たぶん。
でもそれで、なんか流れに乗っちゃって、
えいえい、僕も僕もみたいな感じにやっちゃってたときに、
なんか、そもそもなんで大学行くの?とか、
そもそもなんで勉強しなくちゃいけないの?とかっていうことは、
後回しにして、動機とか後回しにして、
とにかく大学に行って勉強すれば、なんかその後いい人生が待ってるんだ、
みたいなことにして、
大学に入るっていうことのための勉強をやっちゃう。
っていうことをやってたわけじゃん。
で、たぶんね、それを戻すよってやっても、
うわ、誰か余計なこと言いながらこれでよかったのにって思った人もたくさんいると思うし、
今はちょっとわかんない、どういうふうな感じか。
ただなんか、おかしいよな、よく考えるとさ。
今までやってきたことが普通に積み重なっていて、
で、それをしっかり発揮すれば、
その勉強をしたいってところに入れてもらえる、
報われるっていう状態が作ればいいのに、
たぶん入れる方も、入ろうとする方も、
なんかおかしかったというか、
全体的に将来が見えてなかったのかもしれないね、よく考えると。
そんな偉そうなこと言ってるけど、今だってわかんないけどさ。
俺だってわかんないけど。
今日の歴史のやつを聞いて、話してくれてる古典の人たちね、
古典ラジオの株式会社、古典の人たちも、
うわ、これめっちゃ自分たちもやってたね、みたいなことを言って、
すごいハッとしたんだって、っていう話をしてくれたんだけど、
それを聞いてた時に思い出したこととかを考えて、
それを見て、自分の仕事とかでもそう思ったんだけど、
そもそもあの時からそうだったんじゃん、もしかして、
ミリシュー問題のことを思い出したの。
ミリシュー問題のことがあったのは、俺が大学行って、
だいぶ3年生、4年生になってゼミとかでその話した覚えあるから、
あれはパンドラの箱開けちゃったね、みたいな話を、
当時の指導教官の先生とかとゼミのみんなと話してた時があったのを覚えてるから、
自分らはギリギリそこ通り過ぎちゃった。
そんなこと言われてももう高校卒業しちゃってます、
大学入っちゃってますっていう状態だったんだけど、
何がいいのか悪いのか分かんないけど、
何かがうまくスムーズに一歩には通ってなかったんだな。
もしかしたら今もそうかもしれんな。
行動前の思考と長期的な視点の重要性
その後僕はその塾業界とかで働いちゃうことになったりするんだけどね。
学校でも塾でも働くっていうことするんだけど、
どっちも手応えとかないんだけど、
何で学校とか塾なのかってのがよく分かんない。
ただ短期的に頑張ることは意味がないことではない部分もあるからっていうことに、
なんとなく加担したっていう状態だったのかな。
って考えると、今の仕事はどうなんだい?
一定程度の手応えみたいなことは今までよりはあるんだけど、
それは何を持ってそう思ったのかね?とか。
本当に長期的なことを考えてどうなんだい?は、
結局何も変わってないし行動を変容するところまでは行ってないんだけど、
それは断ることにめっちゃ考える。
これはこれでいいのかな?みたいな。
それはずっと考えてた。
何なら手応えがあったことによって、
まあいいかって思うことが頻度が多くなっちゃったけど、
昔から考えてるからそれは。
考えてるだけで何もやってないんだけど。
今日の話では考えることも頑張ることもどっちも大事で、
頑張る前にすごいめっちゃ考えること大事だし、
頑張らなくていいって話じゃなくて、
ただ頑張る前にやっぱりちょっと考えてから頑張るべきだよねみたいな話で、
そうだなって思いましたね。
読書会構想と「俯瞰」の実現
全然本の話じゃないね。
読書会をしたいってずっと考えてて、どうしたらいいんだろう?
やってみないと分かんない。
これね、ジンもそうなんだ。
やってみないと分かんないと分かんないな、でもな。
やっぱり。
ちょっとまた別の話になっちゃうけど。
なんか3パターンぐらいをちょっと今整理して考えてて、
でもちゃんと調べたわけじゃないんだけど、考えてて。
どうしようかな?
って思ってますね。
せっかくやるんだったら、
場所としてここでやるっていうのがいいことだと思うんだけど、
なんか必然性を持った、せっかくやるんだったら、
これはここだからできるね。
むしろみんなやってなくてやってる意味があるよね。
みんなやってないからやるってことが大事目的なんじゃなくて、
なんかここだからこそっていうのがなんかあるんじゃないかと思って。
下妻なんだしさ、下妻って、
ちゃんと僕も勉強してないけど、
なんか特徴ありそうじゃない?
サヌマとかもそうだし。
なんかその辺とうまいこと、
下妻読書会としてなんか、
うちらだからこそできたよね、この場所だからこそできたよね、
みたいなのがあるといいなってことをめっちゃ考えてるようで、
考えてなくて何もしてない。
とにかく何もまだ行動を起こしてないっていう状態ですね。
でも考えようとはしてる状態だよっていう形です。
何だっけ?何のタイトルしようと思ったんだっけ?
あ、俯瞰っていうタイトルつけてるんだ、俺ね。
もう今更どうにもならないです。
家中にいる人は俯瞰では見れないよねっていう話をしようと思ってた、一番最初は。
全然本の話でもなんでもないけど。
でもそれでもやってる現場の人すごいよな。
俺は結局やりたいなとか、そういうふうなことあったらいいなとかって思うけど、
全然何もそのために動いてなかったけど、
おしもつまで徳福さんやってくれたみたいに、
家中のその人だから、その現場で実際やってる人だからできるってこともあるし、
自分も含めて逆に自分が今仕事をしてて進んじゃってるっていう人間、
家中の人間だから俯瞰で見にくい。
どう頑張っても俯瞰で見にくい。
だからやっぱりいろんな人と一緒にやったり、
立場の違う人と話しすることって大事だな。
それでみんなで俯瞰を作っていく。
できればリアルタイムに俯瞰が作れるといいねみたいなことの話をしようかなと思ってたんだろうね、最初は。
タイトル詐欺に結果的になりましたことをお詫びいたします。
おはようございました。
27:24

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