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今日はキリストシャーの希望について メッセージを分かち合いたいと思います。
今週から大口節、アドベントという時期が始まります。
クリスマスまでの4週間をイエス・キリストが来られることを 待ち望んで、心を慎む時期です。
大口節という意味は、もう待ち望むことですね。
イエス様が来られること、主が来られることを待ち望む、 メッシャー待望と言いましょうか。
今私たちとしてはイエス・キリストの再臨を待ち望む時期です。 なぜ待ち望むという言葉を強調するのか
それほどこの世で過ごしているキリストシャーは 苦しみが多いということです。
第2テモテ3章12節には、キリストイエスに結ばれて 信心深く生きようとする人はみんな迫害を受けます。
信心深く生きようとする人はみんな褒められると言うべきなのに 迫害を受ける
この世の中って一体どんな世界なんでしょうか そこから見てこの世の神ということは悪魔だということを考えるとき
なるほどということになるでしょう この世の中の迫害、苦難
これは本当に難しいですね それが嫌でそれを避けようとするなら
イステカリオというのはユダのようになってしまいます 私たちそれを乗り越えなきゃいけないんですけど
じゃあキリストシャーが迫害、苦難を乗り越える力はどこから来るのでしょうか
これが待ち望む希望から出てきます 誠の希望は聖霊様が与えてください
今日は待望説に向かい キリストシャーの本当に大事な希望について一緒に考えていきたいと思います
まず初めに私自身 人生は待ち望むことだと思っています
それを一番強く考えた時期が軍人に行ったところでした 私は1976年に
韓国は国防の勤務ということがありまして その国防の勤務を果たすために1976年に軍人に行きました
北朝鮮と接している韓国としては一番上のところですね 軍人の生活は寒かったし厳しかったし
当時でも内務班にはバターということがありました 殴られる
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男の世界はいつも殴られることで全部解決しようとしているんですね 酷かったんです
それが嫌で嫌で避けようとしたら脱衣員になります そうしたら軍の刑務所になるのでそこほど怖いところがないと話を聞いています
3年間待ちました 3年間
毎朝 軍人はいつも6時 朝6時は夏でも冬でも朝6時 寝るのは10時 その時間のちょっと 朝6時にはいつも天候ということは全部外に出て集まるんです
集まってちょっと見てみたら前の山が近くと見える 山の中ではピンクの花
黄色の花 いつも咲いてます それを見て
それが咲いて散って 咲いて散ったら帰る
というところ 咲いて散って 二年三年ということになりますね
ずーっと待ちました その時ほど切実に待った時期がなかったのではないかと思いました
その時私は軍人で待ち望むことを考えました 私たちは希望を待ち望みます
絶望を待ち望む人は誰もいないでしょう 今世の中の人々は何を待ち望んでいるんでしょうか
家族 子供
子供がうまくできることをみんな待ち望みます 子供たちが学校に行って卒業して就職して結婚して
それから孫が生まれてそれでみて ちょっとちょっと親は待ち望むばかりです
職場に入ったとしたらもっともっと上 もっともっと偉くなり得たくなる
それで結局何ですか 人生の幸せ
幸せになることを待ち望んでいるのではないでしょうか
世の中で希望がない人は今たくさんおられます 見てみても将来的に何か良いことがあり得る
あるということは考えられないということでしょうか ある日で息子が私にこう言いました
パパ 1億円あったら何する
え 1億円 私教会建てるよ いや教会の話ではなく1億円あったら何やりたいの
毎月100万円あたるから教会から生活費もらわなくていい 毎月100万円ずつ私はずっとあげるから
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またある日は 私がいきなり教会に1億円11献金したら
信徒たちびっくりするよね どうしようかどうしようか
悩みました 見てみたら宝くじを買ったんです
宝くじを買ってそれが当選されることを考えながら何日か夢を見てたんですね
数日後静かになりました
もしかしてと買ったらやっぱりということになってしまったんでしょうかね 私は宝くじが与える有益があるんだと思いました
何日か数日間なんですけど 甘い夢を見ることができる
その希望と言いましょうか これは虚しい希望になりますけど
その夢を見たほど 当選できなかった時には挫折がもっと大きいのではないかと思います
私たちキリスト社にはどんな夢希望があるんですか
第一コリン島13章13節には それゆえ信仰と希望と愛
その道はいつまでも残る その中で最も大いなるものは愛であると言います
キリスト社には3つが必要だと 信仰と希望と愛
みなさんこれは絶対的だと言えるでしょう なぜなら
苦難が多いこの世の中 特にキリスト社は
難しいこの世の中です 希望がなければ
キリスト社の生活を
耐えていくことができないんです 私たちは希望があるから
待ち望むことができるんです じゃあでは2番
キリスト社に一番大きな希望って何でしょう 旧約のイスラエル人たちにはメシアでした
メシアが来る メシアが来る どんな苦しみ難しさ迫害貧しさ
苦難があるんだとしても メシアが来られるということをその希望だけで
乗り越えていったんじゃないかと思います メシアが来られるなら私たちを救ってくださるはずだ
それをもって何千年間イスラエル人たちは耐えていたでしょう そのようにイスラエル人たちがメシアが来るということで耐えていたように
今私たちはどんな希望で耐えていくべきですか イエス様は再び来られるってこと
皆さんこれは是非必要なんです イエス様が再び来られるならこの世の終わりになります
その後神道であるイエス様と共に天国で 栄光の中で永遠に永遠に幸せに生きるんです
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世の中の人々は出世成功金持ち名誉を待ちます それをもって最後の時を立派に過ごしたいとみんな思っています
それをうまくできればまあそれはいいんじゃないかと思われるんですけど そのすべてのことを持っていた人がいましたそれはモーセでした
モーセはヘブラリシア注意書24節にこう言います 信仰によってモーセは成人した時ファラオの王女の子と呼ばれることを拒んで
儚い罪の楽しみにふけるよりは神の民と共に拡大される方を選んだ モーセは信仰による希望があったのでわざわざ
エジプトの宮廷で王子の王子として生きるよりは神の民と共に 拡大されることを選んだと言います
ここで聖書は何というのかこの世の不器営がこの世の出世成功これを 儚い罪の楽しみにふけるという言葉を使うんですね
聖書はこの世の中の素晴らしいことをこれを 儚い罪の楽しみに過ぎないんだと教えてください
今この世のキリスト社に一番大事なのは何でしょうか これはマッタイの24章14節だと思います
この福音が 地の果てにまで延べ伝えられる
そうしたら終わりが来る じゃあ終わりが来るということはイエス様が再臨されることです
そのためにリバイブ新しい川袋 新しい武道士を新しい川袋に入れるべきだという
そして新しい川袋を準備する働きが終わりの時の私たちに大事なことです
この終わりの時のこの信仰生活このキリスト社の生活が難しければ難しいほど 私たちはその希望に力を入れていれながら待ち望むべきだと思います
では3番目です 聖書はこのような希望と待ち望むことをうまく担った2人の人を私たちに教えてくださいます
今日読んでくださったルカの第二章 シメオンとアンナという人です
その方たちは私たちはこの洋的な価値観で見れば本当に大したものではない 爺ちゃん婆ちゃんだったんです
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爺ちゃん婆ちゃんが偉大な夢を抱いていた
彼らはその夢を成し遂げるために 自分の人生を捧げました
皆さん一人の人によって100年与えられるこの人生ってすごく大事ですよね その人生を尽くして神様が与えてくだせたこの夢に自分の人生を賭けた
爺ちゃん婆ちゃんであるこのシメオンとアンナに 誰が夢を与えたのかこれは聖霊様です
人間的な夢は息子が宝くじを買ってすぐ茶節してしまうように すぐ消えてしまう朝の霧のような水の合わぬようなものなんですけど
聖霊様が与えてくださった夢はこれは偉大な夢です これは必ず成し遂げられそこには大きな報いがあります
使徒行伝2書17節でこう言われます 神は言われる終わりの時に私の霊はすべての人に注ぐ
私の霊をすべての人に注ぐ するとあなたたちの息子と娘は予言し
若者は幻を見老人は夢を見る 聖霊様が来られるなら私たちに希望を与えてくださるんですけど
その方法が何かと言いますと幻と予言と夢でくださるんです その内容は何なのかこれはイスラエルの希望であるメシア
メシアに関する希望 また私たちには最後の時のリバイバルと大収穫
イエス様の再臨と関係する希望を与えてくださるんです
ここで聖霊様によって希望が与えられたとしてなら その夢をいただいた人がやるべき2つの大事なことを教えてください
はじめは 経験な生活
清さを保つことです 寿命について
神教徒役では正しい人だと言ったんですけど 神会役では経験な人だったと言います
寿命に夢が与えられたその理由は経験な人 神様が見るのに正しい人だった
まずこれは大事です 第二手本2章20節から見てますと
さて大きな家には金銀の器だけではなく 木と土の器もあります 一方は尊いことに他方は普通のことに用いられます
だから今述べた諸悪から自分を清めるものは 尊いことに用いられる器になり
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聖なるもの主治に役立つもの あらゆる良い技のために備えられることができます
神様のすべて良いものは 清い器に入れてください
私たちは新しい川袋の教会も同じです 清さ性別さ
これが私たちに何より大事なことです
2番目私たちがやるべきことは取りなし祈りです 精霊様が与えてくださった夢は希望は祈りで待ちます
今まで私たち学びましたね 予言は喜怒退目だという
精霊様をくださる希望は 祈りなさいということで与えてくださったことです
神様の美技は祈りで成し遂げられるんですけど 精霊によって与えてくださったこの希望
これが世の中で一番正しい真実な夢であり この真実な夢は驚くほどの栄光祝福報いが備えられています
神様私たち教会には回復とリバイバルのビジョン 特に教会回復のビジョンを与えてください
そのために職大の幻を与えてくださったんですけど それをいただいたらどうするべきですか
その夢のために自分自身を清め そして取りなし祈りをしていかなければなりません
私たちはシメオンとアンナのようなその希望のために 自分自身を人生を捧げる人生を賭けるような
信仰生活が必要です ここで私はマタイの25章の10人の乙女の例えを
加えて考えていきたいと思います 10人の乙女が辛老が来ることを待ちました
はじめはうまくやりましたうまく待ちました しかし
時が進んでいけば行くほど その辛老が来られる時間が
伸ばされていきます 自分が考えることと少し違うんだと思ったんでしょうか
みんな眠りについたと言います それほど最後の時に辛老が来られるそのことに対しては
私たちが持っている予測とは異なる方法で辛老が来られることがわかります ところがみんな眠りについたと言うんですけど
その中で5人は 油を用意したと言います
しかし他の5人は油を用意することができなかったと言います イエスラムのサイリンの実験は誰もわかりません
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誰もわかりません その上私たちが期待することと異なる方法で来られる可能性もあるんだと
ですからみんな眠りについた みんながイエス様のサイリンをうまく準備できないのは当たり前だということでしょうか
ここでマタイ25章13節で 準備する人たちがやるべきことを教えてください
だから目を覚ましていなさい あなたたちはその日その時を知らないからだって言います
じゃあ目を覚ましていなさい 皆さん今までうまくやりました しかし最後の時うまくできなくてそれは全部ダメにする可能性があります
イエス様にうまくついていったイスカレットユダ 最後の時裏切ってしまって世の中で一番悪い人になってしまった
私たち人生もそうです 今まで皆さんよくやってきたと思います 最後の時がもっと大事です
最後の時うまく準備するためにどうするべきか 聖書はだから目を覚ましていなさい
旧約のイスラエル人たち4,000年間メシアメシア待ちのじめました メシアを求めてきました
しかし最後の最後の時期みんな諦めました そしてメシアを待つのを預けられて日常生活だけで忠実しました
だから信じる人なのか信じないのかわからなくなってしまった みんな世の中に忙しくなってしまいました
そうするなら礼儀的に眠りにつくしかないんです 皆さん世の中って大変ですよ
心配悩み世の中のストレス だから世の中に夢中になれば礼儀的なことにもう気につく時間がありません
すっかり忘れるしかありません 世の中忙しいんです
だから世の中でもっとうまくやりたい 最後に行けば不安で不安でたまらないものだから
だから何か安心感を得るために世の中で何かをつかもうとして熱心で集中していたら 礼儀的なこと神様のこと聖書のことを全部忘れてしまいます
だから終わりの時には眠りにつくしかないということです 礼儀的に眠りにつくしかない
どうしたらいいでしょう 私たちは眠りについてはいけない 目を覚ましていなさいと聖書は最後に私は警告しているんですけど
どうしたらいいんでしょうか 方法は一つです
神様が私たちに与えてくださった希望 その夢に忠実にやることです
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そうするなら眠りにつくことはありません 眠る時間もないかもしれません
私たちが与えられた希望は何ですか また24章14節 そして御国のこの福音はあらゆるための証として全世界に述べさえられる
それから終わりが来る じゃあこの働きを聞いたら私は選挙主でもないし
もう外に出る可能性もないし 私はやることが全くないと皆さん思っているのではありませんか
しかし最後の時この働きのために一番大事なのは アンナとシメオン
じいちゃんばあちゃんがやったことが一番大事なことです 今の時代一番大事な働きは祈ることです
回復とリバイバルの大事さを認識して 昼も夜も鳥なし祈りをしながら
新しい川袋の教会を建てること そしてからこの新しい川袋の教会にリバイバルを受け入れること
これが今終わりの時期世の中で一番大事なことです ヘブナイショー10章37節38節5を言います
もう少しすると来るべき方がおいでになる 怒られることはない
私の正しいものは信仰によって生きる もし怯むようなことをすれば
その人は私には敵わないと言われます
神様が今の時代私の正しい人と言われる人は 神様がくださるビジョンを考えながら
鳥なし祈りをする人 シミオンとアンナのような人です
年の終わりになりました ちょうど今クリスマスです
その間コロナによって閉じ込められていて 消費できなかったその恨みを返すような
みんなが今町に出ていて何か買おうと今知っているところです
私たちはこの世の中の人々のように何か消費して そして楽しむことではなく
この終わりの時期に精霊様をくださった 誠の希望 回復とリバイバルを待ち望む
今の大光節をうまく準備する私たちになれればと思います
今の時期神様から認められる私の正しい人 偽人という人は
シミオンとアンナのような人です 褒められた5人の乙女のような人です
みんな生活するようにするために忙しい今の時期 神様が与えてくださったビジョンを考えながら
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鳥なし祈りで待ち望む人です その人が神様が見られるのに正しい人です
その人だけが 精霊のリバイバルを見ることができるし
再現されるイエス様を見ることができるでしょう
私は最後の時の神様 私の正しい人と言われる 神様の人になりたいと思います
お祈り致します 主よ
コロナの中で私たち守ってくださってありがとうございます また日本がうまく守られていることに感謝します
年末 みんなが忙しい時期
みんながコロナによってできなかったことを 今何か恨みを返すような気持ちで 外に出ている今の時
私たちは主が来られることを期待して 主が与えてくださったこの希望を
祈りで準備する 今の時代の神様の正しい人
神様が認められる義人になりたいと思います 主よどうか
私たちに与えられた教会回復とリバイバル この夢をどうか成し遂げてくださり
イエス様の再臨が近づく その時をうまく待ち望む私たちにならせてください
イエス様の皆を通してお祈り致します アーメン アーメン