感謝と祝福で勝利の信仰を持ちましょう
今日は収穫感謝日の礼拝として、「感謝と祝福で勝利の信仰を持ちましょう」という題をもって、メッセージを分かち合いたいと思います。
今日は収穫感謝礼拝です。 1年の最後、
1年間の収穫を与えてくださった神様に感謝する礼拝です。 もともと中1月に収穫感謝礼拝を捧げたのは、
信仰の自由を求めてアメリカ新大陸に渡っていたピューリタンたちによって始まったことなんですけど、
ピューリタンたちじゃなくて、神様が、旧約聖書でも主チェリスト34章23節、年に3度、
男子は全て主なる神、イスラエルの神、主の御前に出なければならない。
男性は1年3度必ず主の前に出て、感謝の礼拝を捧げなさいと命じられました。
なぜなら、信仰生活で感謝は非常に大事だからです。 パウルは新約聖書で時代に住んでいる神徒たちに、
第1帝ソルニケ5章16節から18節に、「どんなことにも感謝しなさい。
全ての苦しみ、惣事の迫害を乗り越えるパワーは感謝から出るよ。感謝しなさい。」と言いました。
今日は収穫感謝日として、感謝はなぜ大事なのか、それを一緒に分かち合っていきたいと思います。
まず皆さん、この世の中は悪魔の世界です。ご理解できますか?
第2コリント4章4節に、この世の神が信じようとはしないこの人々の心の目を眩し、
神の見姿であるキリストの栄光に関する福音の光が見えないようにしています。
この世の神って何か?キリストの光が見えないように妨げるこの世の神って何でしょう?
事実は聖書は、この世の神が創造主神様ではなく、悪魔だと言います。
なぜこんな話をするんですか?
これが創世紀3章の故です。
アダムの罪によって、アダムが持っていたこの世の管理権をサタンが奪われてしまったから。
だからこの世の管理権をサタンが持っています。
神様がアダムに譲っていたのに、アダムがこれを悪魔に渡してしまった。
これが第1ヨーネ3章8節、罪を犯す者は悪魔に直しますという、この言葉の怖さです。
だからこの世の神は悪魔です。
ですからかもしれないけど、この世で住んでいる神の民、キリスト社はいつも迫害を受けました。
旧約聖書でイスラエルはエジプトでパラオから迫害を受け、
またこの次のシシの時代には、もう世の中の人々から攻撃を受けて支配されました。
またバーベロンでイスラエル人たちは捕虜になって、そしてバレボ、バーベロンで迫害を受けました。
また初代業界の時代には、ローマによって初代外国の人々は苦しい迫害を受けました。
日本でも初めにキリスト教が伝えられた時に、そのキリスト教の迫害がどれほど怖かったのか。
皆さん不見え、また隠れキリスタンという、ものすごい残酷な迫害が日本全国で行われました。
だから今もその影響があって、キリスト教を嫌がる、逃げる、そういう傾向があるのではないかと思います。
イエス様に対しても迫害がありました。
皆さん、イエス様は豪商街を始めた時から、国全体の宗教主導者たち、まだユダヤ人たちは迫害したんですけど、
ルカの13章31節を見ますと、当時のユダヤの王であるヘロデがイエス様を殺そうとしているんです。
宗教主導者たちもイエス様を捕まえて殺そうとします。
考えてみてください。私を日本全国が殺そうとするところで、私が今生きていると思って考えてみてください。
外にも出られないでしょう。怖くてもう行けられないじゃないですか。
イエス様はそのような危険性をいつも身の中でいつも感じながら、福音を伝えられたということ。
本当にすごいなと思います。
今私たちは悪魔が吠えてあげる獅子のように誰かを食い過ごそうとして探し回っている。
だから私たちをもう殺そうとしているところです。
じゃあ一体なぜ信じる人には苦難があるのでしょうか。
イエス様はその理由を教えてください。要は15章18節からです。
このよが、よということは悪魔の世界と言います。
よがあなた方を憎むなら、あなた方を憎む前に私を憎んでいると覚えなさい。
あなた方がよに直していたなら、よはあなた方を身内として愛したはずです。
だがあなた方はよに直していない。よということは悪魔だとわかりますね。
私があなた方をよから選び出した。だからよはあなた方を憎むのであろう。
ですからこの世の中のキリスト社、神を信じている人々には苦難があります。
ですから諸大業界でローマの迫害がどれほど辛かったのか。
信徒たちは苦難を避けるために信仰を捨てる人がたくさん現れたのです。
なぜヘブライ賞が記録されたのか。
信徒たちの廃墟を防ぐために迫害がひどかったから、みんな信仰を捨てて逃げてしまいます。
だから信仰が大事だよと忍耐するなら必ず神様から報いがあり、
信仰は守るところから天国に入るよ、信仰捨てないで捨てないでということを強調したのがヘブライ賞の手紙です。
とにかくこの世では苦難があります。
パウルはこの世の中の苦難を、迫害を乗り越え、信仰を守るためにいろいろな言葉を新約聖書、パウルの書簡で教えてくださいました。
ここで第一コリント13章13節、私たちの信仰には3つが大事だよ。
信仰と希望と愛が大事だよ。
その中で希望ってことは何ですか。再び来られるイエスキリストを迎える希望。
また私たちが天国に入って永遠に永遠に祝福の中で生きる希望、それを逃したらいけないよということをパウルは教えました。
喜びと祈りの大切さ
また今日の読んでくださった第一テソレニケ5章16節から18節までは、この迫害、苦難を乗り越える力として、乗り越えるために
いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい。
これをもって今の迫害、苦難を乗り越えなさい。そうするなら必ずイエスキリストが来られ、
また必ずあなたたちはこの世から去ったら天国に入るよということを教えようとしたんです。
じゃあここで私たちは苦難を乗り越える力、この3つを今日一緒に考えていきたいと思います。
じゃあいつも喜んでいなさい。皆さんこの世の中を過ごしながらいつも喜ぶことができましたか。
親は子供たちがうまく話を聞いてくれればいいのにと思うんですけど、子供たちによって親はいつも心が痛いです。
だからもう喜ぶよりは払うだということがたくさんあるのではないでしょうか。
また世の中には満たされないいろいろな部分があるでしょう。それによっていつも悩み苦しみ心配、いつもやっていることではありませんか。
しかし神様は私たちには喜びなさいと言うんです。 イエス様を信じるとうまくできるかなと思っても、イエス様を信じるってもなかなか世の中がうまく流れない。
また信仰によってむしろもっともっと苦しみがある。この時には私たちは会議に何か委託を時もあるんですね。
その時神様が私たちに向かう神の身むねはいつも喜びなさいということです。
なぜなのか、キリストシャーの喜びは所有、また環境によって来ることではありません。
人から来ることではありません。 ただ私たちの主イエスキリストから来るのです。
皆さんイエス様がなぜこの世に来られて十字架で死んでくださり苦労苦労されたんでしょうか。
それは私たちを罪から救うため。 十字架で私たちの罪をあがなうための地を流され、そして私たちを救われました。
そして永遠な天国を与えてくださいました。 皆さんこれがどれほどの恵みでしょうか。
この恵みを忘れるから喜びが消えてしまうんです。 この喜びを考えるならどんな時にも喜ぶことができるでしょう。
これをどのように説明すればいいのかと考えながら、もし皆さん
今日朝9時から夜6時まで一生懸命働いてくれたら
お仕事を終わる時に私が皆さんに10億円を与えます。 私が約束します。
そうしたら皆さん朝9時から夜6時まで働きながら難しいことがあって、辛いことがあって、他の人が私に悪口をして
いろいろな難しさがあるんだとしても、どう思いますか。
6時過ぎたら私は10億円をもらう。 いやーもう今苦しみは10億円。
これを考えたら苦しみは苦しみでもないでしょう。 難しさは難しでもないでしょう。
10億円の夢があって私たちはその苦しみ悩み難しさを全部乗り越えることができるでしょう。
私たちはこの世を去ったら天国です。
天国はどんなところですか。ある子供が天国と言ったからパパ天国に行ったらピザある?
ピザないよ。ピザないかもしれないねって言ったら私天国嫌だ。天国行かない。
皆さん天国がどんなところかわからないから天国に対する夢がない希望がないんです。
しかし私たちはイエスキリストの父親によって罪が許され、そして私たちは永遠な天国で永遠な祝福に預かるようになっています。
今もう天国の市民権をもらっています。 だからこの世を去ったら
皆さん私はこれから何年生きると思いますか。 長くても十何年でしょう。
十何年後には私は世の中で比べられない 金持ちであり喜びの祝福の存在になります。
これはもう事実です。これは確かに約束されています。 それを考えるなら今この世で何か少し足りないとか難しさがあるとか
悩みがあるとかそれが私の妨げになりますか。 天国の喜び
中央圏に比べられないものですよ。 永遠な天国イエスキリストに出会う喜び、イエスキリストの愛を豊かにいただく
私たちの信道であるイエスキリストの愛、 輝かしい天国の栄光
考えるなら皆さん今の苦しみ今の悩み今の辛さ これは何にもないんです。
だから私たちには喜びがあるしかないんです。 これを忘れないようにということが私たちに大変なことです。
だからヘブライ賞にはこう言っています。ヘブライ賞中小37歳。 もう少しすると来たるべき方がおいでになる。
遅れられることではないよ。イエス様来られるよ。 イエス様が来られたらあなたも迎えて天国に入って永遠に愛の中で生きるから
今の苦しみ悩み心配迫害何もないよ。 聖書を教えています。
だから私たちイエスキリストの恵みイエスキリストによって与えられる恵みを考えながら この苦難を喜びを持って乗り越えるとき
この人生を勝利を収めることができるんです。 ぜひとも忘れないでいつも喜びましょう。
2番目パウロワとまたこう言います。 絶えず祈りなさいと言います。
神様は最後の時天国を与えてくださるだけではありません。 今この世の中でも私たちが担っているすべての問題を解決してくださるんですけど
それはお祈りを通してやってくださるんです。 神様はお祈りを喜びます。
求めなさい 探しなさい
叩きなさい そうすれば与えられる
見つかる 開かれる 神様約束されたでしょう
だから私たちが何があったときには求める 探す 叩く
これを約束したからやりましょうということです 神様が祈る人に神の恵みと力を豊かに与えてくださいます
もちろん祈るんだとしても私が願う時よりもっと良い時にくださるから 神の時にくださるから私が願う時じゃなくて少し時間はよくわからない時もあります
しかし必ず応えられます必ず応えられます だから私たちが生きている間に祈らなきゃ祈ることはこれは祝福なんです
特に皆さん私たちが生きる時 一回だけ祈るんじゃなくていつも祈り
毎日時間を決めて祈り どんなことでも祈る心で何かを働きをする時に神様をもっともっと私たちのために豊かな働きをしてくださいます
イスラル人たちがパベロンの奴隷になって これを1回2回3回に渡って捕虜として連れて行かれました
そこで連れて行かれた人の中でダーネルという人がいました ダーネルは神様からいただいたこの知恵と才能によって
バベロンの人々からもう妬まれました 憎まれ妬まれることがたくさんありました
しかしダーネルは1日3度 許されるものに向かって時間を決めてずっと祈りました
ダーネルを妬む人がたくさんいたからその人たちが契約を立てて そして他の国々のために祈る人には死死のホラーに投げ込むようなそのような法則を決めました
それをわかっていながらもダーネルは神様に3度も祈ります
ダーネルの契約と祈り
そしたらダーネルを契約を立てた人々が他の神々に祈った人には死死のホラーに投げ込もうということで
ダーネルを死死のホラーに 飢えている死死のホラーに投げ込んでしまいました
じゃあ投げ込まれたらダーネルは死んだんですか いいえ
飢えている死死のホラーに投げ込んだのに死死たちは穏やかになってしまいました だからそこから生きて帰ってきました
むしろ落とし穴契約を立てたその人々を投げ込んだら落ちる前にもう食いつきてそれで食べてしまいました
そうです 私たちがこのダーネルのように根気よく神様に祈るなら
神様が私たちに特別な祈りを与えてくださって私たちを救ってくださり 私たちが担っているすべての問題から私たちを解決してくださいます
だから落胆しないで恐れないでいつも祈ることが大事です
そうするならこの世の中のどんな難しさの乗り越えるパワーが神様から与えられるんです
3番目どんなことにも感謝しなさい みなさん感謝は私たちの口から出る言葉の中で一番素晴らしいことが感謝の言葉です
どんなことにも感謝すること お仕事がうまくできる時でも
うまくできない時でも感謝すること 神様が助けてくださることを信じて感謝してください
だったら感謝はすべての状況をひっくり返って 災いが転じて祝福になる奇跡を行うパワーがあります
私たちが無闇に吐き出す不平不満恨み これは私たちの信仰と私たちの霊魂を破壊します
皆さん不平をするなら私たちの体の中で辛い良くないホルモンが出てきて病気になりやすい
心が暗くなりまたその不満不平をする人の心には悪霊が入ってきます そうしたらその人は非常に難しい状態になります
しかし感謝をするなら心が健康になります 悪霊を出ていきますむしろその体が病気から癒されます
その霊魂の中には光が臨みます 特に行動体が心を合わせてどんなことに対しても感謝し
神様を喜ばれ 神様は私たちはすべてを癒してくださるかもしれません
だから感謝することは私たちに対する神様の御胸であります
だからいつも喜んで絶えず祈ってどんなことにも感謝することができるなら
悪魔が支配するこの世の中からキリスト社はいつも勝利し いつも喜んで祝福の中で過ごすことができるんです
その秘訣を神様が神の子供たちに教えてくださった言葉が第一テソルニケ5章16節から18節です
それを一人でやろうとしたら難しいことがあるかもしれません だから教会が行動体がお互いに助け合いながら
喜んで祈って感謝するなら これからたくさんの
ことが解決でき病気から癒され たくさんの人々が救われると信じます
子供たちのために祈る
3番目に私たちがやるべきことは神徒たちのために 子供たちのためにたくさん祝福することです
旧約聖書では最初たちが礼拝に集まる神のために向かっていつも祝福の祈りをして あげました
これが民数記の6章24節から26節です
いつも最初たちが礼拝に来るこの民たちに祝福するんですけど その祝福のこの言葉が決まっています
主があなたを祝福しあなたを守られるように 主がミカを向かってあなたを照らしあなたに恵みを与えてくださるように
主がミカをあなたに向けてあなたに平安を賜るように いつも
礼拝に来る民たちに最初たちは祈ってあげました なぜそうですか
悪魔が支配しているこの世の中から疲れ果てている 神徒たちが礼拝を通して力を得て外に出て戦って勝利する民になるために
主と最初たちはいつも力を民たちに与えたんです また聖書に現れている親は子供のために親には特別な祝福権という力がありました
ですからイッサクがヤコブのために祈り ヤコブはジュニー子供のために祈り
モーセはジュニー侮辱のために祈りました なぜその祝福の祈りをしますか
険しいこの世の中から自分の子供たちが出て勝利するために 勝利してこの世を支配し
使えるキリスト社になるように祝福をしたんです 私は以前私の娘が
富山の中で平雲田にある一番大きい教会があります これはもう住んでいるこの
妻が住んでいたこのアパート団地の中でその教会があったからそこに通って行ったんですけど その教会から
洗礼を受ける場面を息子がこの動画上で撮影して私に見せてくれました 神徒が多いですねもう何万人かわからない
大きい教会だから洗礼を受ける人ももうたくさんいます だから僕先生が何人かいてそれで神徒たちがずっと列を並んでそれで一人一人
口壇のところに行ってそれで祈ってもらうんですけど 私の娘どこにいるのどこにいるとここにいるんじゃないって
娘がそこにいて口壇で祝福洗礼の祈りをしてもらって行くんですけど 見てみたらもう数秒の間に消えてしまいました
私が親なんで 私の娘のためには
先生がもうたくさんの心を込めて長く祝福の祈りをしてほしいんだけど 物足りない
惜しい これ簡単に何秒で終わっちゃった
いやー私の娘だもん
もったいない 腹が立ちましただから私が牧師になってから何を考えたと思いますか
私の教会に通う子供たちにはもう何ヶ月前からも思い存分に祈って
たくさん祝福の祈りをしてあげるぞと 私はもう覚悟しました
その覚悟で私はもう前からずっと皆さんに祈ってくださいと言いながら私も子供たちのために祈りながら
今日の礼拝に向かってきたんですけど 親の心には自分の娘自分の子供には
たくさん祈ってくださいという心があります だから私たちの教会は子供のためにたくさん祈ってあげたいと思います
皆さん お母さんは子供を産むときに10ヶ月間お腹の中に入れておいて
子供のためにお母さんはいつも祈るんです 10ヶ月間ですよそれもたくさんの人じゃなくてたった一人のために10ヶ月間
祈って子供を産んでそれから その子供のために成人式をする時まで子供のためになんとなんと全てを尽くして祝福して祝福して育てて育てて
そして自立させるでしょう 一人の魂一人の人の命とこんな大切なものなんですよ
だから一人のために心尽くして祈ってあげる それが非常に大事なんです
今日せなちゃんまで来てくれて 4人の子供たちが来てくださって本当に感謝します
じゃあこれから私は子供たちのために祈る前に 私はどんな心で子供のために祈りの準備してきたのかを少し説明したいと思います
私の心はイエス様の心 ルッカの出書3節にこう言っていますイエス様が
私はあなた方を使わす それは狼の群れに子一児を送り込むようなものだ
私たちの子供たちが出て行くこの格好 この世界のことは険しい世界です
神道たちはまるで狼の中で私の子供 子一児のような子供がいてそれで狼の中で生活するようなこのようなこの環境現実です
その中で子供たちが負けないで 世界を支配して使える立派なキリスト社としてこれから生きてくださいという気持ちで
私はお祈りをしていきたいと思います じゃあ今日は私の教会に出席した4人の子供のために特に祈っていきたいと思いますので
まず私はユナちゃんのために祈る準備をまずしました ユナちゃんがこの世の中に負けないで
この世の中を制御して使える子供になりなさいという気持ちで祈りながら 私の心から幼少女のようになれという気持ちになりました
だから幼少女のようになるように祝福していきたいと思います しかし皆さん幼少女のようになるためにはお母さんがしっかり助けていかなきゃいけません
なぜなら幼少女は神の国に対する希望がありました じゃあ皆さんよく聞いてくださいよ
神の国に対する希望がありました ですから幼少女はモーセが五輪際の幕屋から
モーセは祈りに終わって帰るんだけど 幼少女はその幕屋から離れませんでした
自分はモーセよりもっともっと神に出会いたいと思う そのような信仰がありました
だから神様がモーセの後後継者として 幼少女を始末しました
彼はもうモーセが死んだ後に幼少女がリーダーになった時 彼が若くて弱かったんです
その時神様が幼少女にくださった御言葉が 幼少女1章5節からの言葉ですけど
1章5節7節を今日ユナさんのために私は用意しました じゃあよく聞いてください
一章の間にあなたに行く手に立ちはだかるものはないであろう 私はモーセと共にいたようにあなたと共にいる
あなたを見放すことも見捨てることもない
ただ強く大いに応しくあって私の下部モーセが命じた立法すべて忠実に守り 右にも左にもそれではならない
そうすればあなたはどこにいても成功する アメン
神様が共におられるご臨在の力をいただいて あなたはどこにいても成功する
幼少女のようになれ 幼少女はカナン全体を成功したように
ユナちゃんも神の力をいただいて このように成功し使えるものになれ
アメン じゃあこれがユナちゃんのために私が祈ってきたことです アメン
アメン 強くアメンとして この次はミノリちゃんのためです
ミノリちゃんよく聞いてくださいよ ミノリちゃんはこの世に負けないで
知恵を持ってこの世を治める ダニエルのようなものになれという心がありました
だから私はミノリちゃんはダニエルのようになってくださいと祈ります そうするためには
お母さんがミノリちゃんの信仰をよくよく助けてくださらなければなりません ダニエルは神の民
私は神を信じるんだというプライドがありました 負けないプライド アメン
じゃあ彼はパビロンの捕虜に連れて行かれたんですけど ヘブライ人の捕虜の中で抜卓されて
旧帝で次世代のリーダーとして教育を受ける子供の中で一人として選ばれました ところがそうするためには神様が禁じられた
空城に捧げた食物を食べ バビロンの空城を拝まなきゃいけなかったんです
この時大抵の人は捕虜になってしまってバビロンに来たから バビロンでうまく出世するために今までの自分を信仰を捨てる場合が諦める場合が多いでしょう
しかし彼はそうしませんでした 彼はもうバビロンの空城を拝まない
私は神を信じる信仰をこれから持ち続けたいと 決断しました
これから 実里ちゃんよく聞いてください
ダニエル1章8節9節です
ダニエルは旧帝の肉類と酒で自分を汚すまいと決心し 自分を汚すようなことはさせないようにしてほしいと自住庁に願い出た
神の恩計らいによって自住庁はダニエルに好意を示し親切にしてくれた
皆さんご覧ください 決断すると神様がその道を開いてくださる
信仰の決断すると神様が道を開いてくださる だからそうしなくてもいい道がパーンと開かれたんです
そして決断するこのダニエルにはどんなことがあったのか ダニエル1章20節にこう言います
王は知恵と理解力を要することがあれば彼に意見を求めたが
彼は常に国中のどんな占い師 起動師よりも10倍優れた知恵を持っていた
皆さん10倍の優れた知恵と霊力の力 10倍ということは無限大ということです
世の中の人々と比べられない無限大の知恵と力があった
だからダニエルに対抗する人がいなかった
信仰の力はこんなもんですよ これを受けてくれってことです ダニエルようになれってことです
彼はバビロンだけでなくこの次にペルシャまで4人の王様に対して総理を治めました
なぜその長く王が治められたのか バビロンの捕虜に来ているイスラエル人たちを保護する役割を
ダニエルが総理でちゃんとやってたんです 自分の民を保護する役目をするために神様が狩りを使っていたんです
だから主よ私たちのミノリちゃんにダニエルような信仰と霊力の力 才能を与えてください
じゃあこの次にアユミちゃんのための祈りです 私はアユミちゃんを考えるために何度も何度も
サムエルが思い出されました 皆さんサムエルはどんな人ですか
イスラエル民がカナンには入ったんだけど 皆さんカナンに春は入ったんだけど史識で見てみたら
イスラエル国を建てるサムエル
この違法人の国から攻撃を受け支配されなかなかうまく国を建てることができない
長い死死の時代を送りながら 神の願いは早くカナンの地で神の国イスラエルを建てたい
しかし国を建てるリーダーが現れない それで神様が願ったのは
サムエルのお母さんハンナに 祈らせたんです
ハンナは涙を流しながら長い長い祈りを通してサムエルを与えてくださったんですけど
サムエルは早めに信仰教育をたくさん受けました
教会で子供の時から教会で神の御課を聞きます 神様がサムエルを呼びました
彼は神様がどうなったかわからなかったから エリー最初の読売でお呼びでしょうか
いいえ寝なさい 言って寝る時まだサムエルと呼びました
これを3度も繰り返した時に神様がサムエルに何と言うんですか サムエル3章10節です
サムエルよサムエルが答えた どうぞお話しください 下人は聞いております
サムエルはこういうような信仰の心を持ちました アメン
このようなサムエルが神様に対して持ち入れるんですけど サムエル3章19節
サムエルは成長していた 主は彼と共におられその言葉が一つ足りとも地に落ちることはなかった
サムエルが語ったことは地に落ちることなく全部成し遂げられた だからサムエルはイスラエルの先生として
預言者として神の下人としてイスラエル国を建て直す大きなパワーを持って それからサウルを王と指名しダービデを王と指名する素晴らしい働きができたんです
サムエルがいなかったらイスラエル国はなかった 私がサムエルを通して学んだことはサムエル16章7節です
主はサムエルに言われた要主としての高さは目を向けるな 私は彼を退ける 人間は見るようには見ない
人は目に映ることを見るが主は心によって見る 私はサムエルを通して神様は人の外面の姿を見ない
その人は心を見ておられる だから私は勇気が出ました
当時私が初めに大学生の時に教会に来た時 私の家は信じて信仰は誰も持っていない
教会の若者たちは全部父親が長老 母親は賢子 コンサニムとかネとかボク先生とかみんな立派な人
心を神に捧げて祝福される
私は誰も信じていないのに だからその若者と私は比べらないほど私は恥ずかしかった
しかしサムエルのこの言葉 そうだ神は心を見るから 私の心を神様に一番美しい状態でいつも捧げていこう そうしました
だから私は信仰生活がますます伸びて 大学の時に神様と不思議な出会いをたくさんやって
たくさん祝福して韓国で一番有名な会社 一番有名な働きをできました
みなさん神は心によってみるんです 心を神様に捧げて真面目に行くなら神様はそれほど祝福されるんですけど
私はそれをサムエルからもらいました ぜひとも心によってみる美しい心を
またもう一つがありました私の心に マタイコショコセ
私これを言うときにいつも
小妳ちゃんが思い出されるんですけど ニューマ旅人は幸いであるその人たちは駐り地位を受け付く
ニューたな人はチェン世界を自分は持ちようになり えええええええええええええええっ
そしてチェン世界に使える人-小führさんあったよね?小führさんは見てないでしょう
これからそれが望むからね これをお母さんとともに準備していくんだ
アメン アメン そうするんです
私たちはこのような私は祈る祈りをしますけど これは子どもたちに熱心にあなたが頑張りなさい
いうことではありません 皆さん私たちの信仰は自分の努力で頑張ってできることではない
上から来る力 神様の力によってそれが全部成し遂げられる
だから私たちは上から与えられる 精霊の力精霊の知恵精霊の賛物を豊かにいただく
精霊十万になることが非常に大事です そのために今日私は子どもに手を置いて神様からそれが与えられるように
祈っていきたいとおもいます じゃあ今日聖なるさんがこの礼拝に来てくださって感謝します
聖なるさんのためにも今日精霊の十万が満たされるように私は今日聖なるさんのために 祈っていきたいと思います
じゃあでは皆さん 賛美歌今日一節を歌いながら
子どもたちのために祝福の祈りを準備していきましょう