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2025-07-20 41:01

「福音の火種、いきていますか」2025年7月20日のメッセージ

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東京ぶどうの木教会 2025年7月20日(日)主日礼拝のメッセージです。
牧師:アブラハム黄 
▼教会へのお問い合わせ: tokyo.vine.church@gmail.com

▼メッセージの自動文字起こしはこちら https://listen.style/p/tokyovinechurch

(聖書)使徒4:23-31 さて二人は、釈放されると仲間のところへ行き、祭司長たちや長老たちの言ったことを残らず話した。 24これを聞いた人たちは心を一つにし、神に向かって声をあげて言った。「主よ、あなたは天と地と海と、そして、そこにあるすべてのものを造られた方です。25あなたの僕であり、また、わたしたちの父であるダビデの口を通し、あなたは聖霊によってこうお告げになりました。『なぜ、異邦人は騒ぎ立ち、/諸国の民はむなしいことを企てるのか。26地上の王たちはこぞって立ち上がり、/指導者たちは団結して、/主とそのメシアに逆らう。』 27事実、この都でヘロデとポンティオ・ピラトは、異邦人やイスラエルの民と一緒になって、あなたが油を注がれた聖なる僕イエスに逆らいました。28そして、実現するようにと御手と御心によってあらかじめ定められていたことを、すべて行ったのです。29主よ、今こそ彼らの脅しに目を留め、あなたの僕たちが、思い切って大胆に御言葉を語ることができるようにしてください。30どうか、御手を伸ばし聖なる僕イエスの名によって、病気がいやされ、しるしと不思議な業が行われるようにしてください。」31祈りが終わると、一同の集まっていた場所が揺れ動き、皆、聖霊に満たされて、大胆に神の言葉を語りだした。

メッセージ題 : 福音の火種、いきていますか(使徒4:23-31)

*私たちの教会のビジョンは、回復とリバイバル。具体的な実践目標は、新しい革袋の教会造りですから教会の基本業務、礼拝、賛美と祈り、オファリング、交わり、伝道に加え新しい革袋造り+リバイバルを目指す教会らと協力してます。マルコ2:22 *リバイバルが来ると何が起こるか
1.それが、使徒2章から4章まで・・・
*使徒2:2-4リバイバル!誰によって来るようになり、どんな人がそれを味わうようになったのか
1)宗教指導者たちと優れたリーダーたち?エルサレムにリバイバルが来たのに?何時も礼拝する神殿があるのにどうして?新しい葡萄酒は新しい革袋に入れるものだと言われた御言葉の重さ
2)漁師と徴税人出身使徒と弟子たち?彼らによってリバイバルが来たし全身全霊で感じることに
3)謙遜な人たち?惨めな身分の使徒の話を聞いて悔い改めイエス様を受け入れた人体験した。
―>ここでリバイバルを体験した人とは聖霊様に出会った人たち!マルコ2:22御言葉の大事さ
2.リバイバルが来たとき、どんなことが起こったのか?
*使徒2:2-4、一人一人の上に聖霊様が臨んだら? 1)火を受けた!=イエス様が言われた、使徒1:8力を受けたこと。そして地の果てに至るまで、証人となりました。 2)知らない国の言葉で異言を語ることになった!地中海周りの16ヶ国から来たユダヤ人、ユダヤ教に改宗した人が聞くように 3)今、来られた聖霊様はあなたたちが十字架で殺したイエス様が復活され、神様から頂いて送って下さった、悔い改めるならこの聖霊様を受けることができると。そうしたら2:37,38集まった人が悔い改め、その日3千人ほどが救われた。<-これは、計画を立て準備して、できたのではない。
#次に日、聖霊様は、祈る為に神殿に向かうペトロとヨハネを通して・・・足が使えない人を癒された?
3:3-10,16それを見て5千人が救われた。その話を聞いた宗教指導者たちは大騒ぎ!捕まえ尋問した。4:10-17脅しをする指導者たちの面前で、救われるべき名は、イエス様しかいないと
#宗教指導者たちの脅しの中で信仰共同体が作り上げられた。2:42-47、4:32-35それによって、いつも静かに礼拝し、教理ばかり守ってきた信者たちに・・大きな波紋が!一体、信仰とは?
<-何にもできないから脅しと妨げをする指導者たちを見て・・信徒たちの叫び祈りが 4:24-31
#使徒言行録の記録パタン。聖霊に満たされると、聖霊のご計画によって導かれ行く所々奇跡が、そうすると迫害が来る、その中で信徒たちは祈る、そうすると第2、第3のリバイバルが、福音が広がる小アジアとヨロッパに。#福音の火種がいきている?素晴らしい。私は?マタイ12:20希望
3.これから、リバイバルを待ち望みながら、私たちが積極的にやるべきことは? Ⅱテモテ4:2
*神様の恵みによって広くなった礼拝堂。これから個人伝道、関係伝道を通して。先週ゲッセマネ会の帰りに自然に行われた個人伝道?・・・効果より、伝える人に与えられる確信、大胆さと信仰
@伝道に対する恐れはありますが・・・互いに励まし続けてやりましょう。リバイバルに繋がります。

サマリー

福音の火種がどのように生きているかを確認するメッセージです。教会のビジョンである回復とリバイバルについて、エルサレムのリバイバルの例を通して、聖霊の力を受ける必要性を考えています。このエピソードでは、使徒行伝の出来事を通じて、イエス・キリストの名によって行われた癒しの奇跡と、それに伴う宗教主導者たちの迫害について語られています。また、リバイバルの重要性と信者たちの共同体の成長の過程も強調されています。特に、イエス・キリストの名による信仰の力と、その信仰を持つことの重要性が伝えられています。福音の火種が個々人の心に生き続けることが、他者への伝道にどれほど大切かが強調されています。そして、福音を伝える重要性と、聖霊の働きを通じてリバイバルの可能性についても言及されています。

福音の火種と教会のビジョン
じゃあ今日は、福音の火種、生きていますか? ということを対応をもって、メッセージを分かち合いたいと思います。
私たちの教会のビジョンは、回復とリバイバルです。 その回復とリバイバルを実践する、具体的な実践目標は、新しい川袋の教会を作ることです。
ですから、私たちの教会は、教会がいつもやるべき5つの業務がある。 基本的な業務、礼拝、賛美と祈り、また神様に捧げる、また信徒たちの交わり、そして伝道、これはどんな教会でもみんながやっていることです。
そこに加えて、私たちの教会は、新しい川袋の教会作り、これをやっています。 また、私たちは
リバイバルを準備している日本の各教会があります。 いろいろ探したんですけど、今、結成招会がそのところです。
その結成招会と協力して、そして日本全国のリバイバルのために準備している 群れの中に直して、それでいつも毎月集まって祈ったり働いたりしているところであります。
じゃあ、なぜ私たちはこれをやっているのか。 イエス様がお話しされました、マルコ2章22節。
また誰も新しい葡萄酒を古い川袋に入れたりはしない。 そんなことをすれば、葡萄酒は川袋を破り、葡萄酒も川袋もためになる。
新しい葡萄酒は新しい川袋に入れるものだと言われました。 皆さん、これが行けば行くほどこれが大事だなぁと思っているところであります。
ではリバイバルが来るなら、いったいどんなことが私たちの周りに起こるのか。 これが聖書に表れています。
今日は首都行伝2章から4章までそれを分かち合いながら、私たちはどんな覚悟で今リバイバルの準備をしなきゃいけないのか、それを一緒に考えていきたいと思います。
リバイバルが来るなら何が起こるか。 楽しみにしているところでありますけど、それは首都行伝2章から4章で表れています。
2章2節から読んでみますと、エルサレムのリバイバルが来たんですけど、 このリバイバルが誰の働きによって来たのか。
もちろんイエス様とイエス様の従う弟子たちの働きによってリバイバルが来るようになった。 その働きは主に器作りをしっかりした。
このリバイバルが来た時に、このリバイバルの味を誰が味見をしていたのか。 これは大事なんです。
2章から4章までは3つの部類の人が現れます。
一つはまず宗教指導者たちと優れた立法学者、バリサイ人のようなリーダーたちです。
その人たちは誰もリバイバルを味わうことができませんでした。
エルサレムにリバイバルが来たのに、同じエルサレムに住んでいながらも、 宗教指導者たちはリバイバルを全然体験することはできませんでした。
また、宗教指導者たちが礼拝を捧げるエルサレム神殿。 ものすごい華麗で立派で、
そのいつも礼拝されているこのヘルデの神殿、 その中にはリバイバルを味わうことが全くできませんでした。
リバイバルがエルサレムにどこに来たのか。 ある個人の家庭に来ました。
マルコの家のアッパルン、理解の部屋と言いましょうかね。
マルコの家の個人の家の理解の部屋に来ただけで、 周りの人は全然味わうことができなかったんです。
これがイエス様が言われた新しい葡萄酒は、 新しい革袋に入れるものだと言われることです。
反面、両氏とチョウジェイニン出身、 罪人たちのような使徒と弟子たちを通してリバイバルが来ました。
また、使徒たちと弟子たちは、 火で、炎によって与えられた精霊のリバイバルを、
自分の体で、全部これを体験することができました。
3節を見ますと、 そして、炎のような舌がわかれわかれに現れ、 一人一人の上に留まったと言うんです。
皆さん、火が私の上にクーッと留まると言ったら、 ものすごい熱かったと思います。
熱いと言われたと思います。 自分の体全体を通してリバイバルを味見をしました。
もう一つの部類は、謙遜な人たちです。
彼らは両氏とチョウジェイニン、 イスラエルでは当時チョウジェイニンと言ったら、
相手にしてはいけない、いろいろ随便と扱いをした人です。
その出身の人たちのメッセージを聞いて、 悔いを荒めたり、イエス・キリストを受け入れたりした、
この謙遜な人たちがリバイバルを体験しました。
ここで皆さん、リバイバルを体験したということは、 神に出会ったということです。
リバイバルを体験していなかったということは、 神様に出会うことができなかったということです。
悔い改めと聖霊様の働き
私たちは優しく、新しい葡萄酒を 新しい革袋に入れるものだと言っていますけど、
皆さん、リバイバルが来てみてら、 この人がどんな器を持っているのか、
新しい革袋なのか、古い革袋なのか、 明確に現れされると思います。
私たちの教会は、新しい革袋の教会になりたい。
また、私たちの働きによって、東京にリバイバルが来るように、
また、私たちみんなは、リバイバルを弟子たちのように、 炎の力として臨む、
リバイバルを自分の体で、 ぜひ体験したいと思っています。
では、リバイバルが来たとき、どんなことが起こったのか。
聖霊様が一人一人の上に、 炎の力として臨んだときに、何があったのか。
この人たちはみんな、火を受けたと言いましょうか。
炎の力を受けました。 聖霊の火を受けたということです。
これを、イエス様は、一詩八節に、
あなた方の上に聖霊が下ると、 あなた方は力を受けろと言いました。
炎の火として与えられたこれを、 イエス様は、聖霊の力を受けろと言われました。
この聖霊の力をいただいた人が、地の果てにまで、 イエス様の証人になれるのです。
私たちは伝道しましょう、やりましょうと言うのですが、
まず準備しなければいけないことは、聖霊の力です。
聖霊の力をいただいて、証人になるのです。
それはなしで証人になるということは、 自分の力でやろうとするので、
それはなかなか霊的な戦いで、 難しいのではないでしょうか。
だからまず、聖霊の炎の力をいただきましょうと言いました。
また、リバイバルによって二番目に現れたことは、
自分たちが分からない他の国の言葉で、 威厳を語るようになったということです。
当時、ペンテコストの日、五巡祭は、 エルサレムで行ったときには、
地中海の周りの16ヶ国の国から、
ユダヤ人とユダヤ教に回収した人々が、 エルサレムでみんな集まりました。
だから大勢の人が集まっていたのです。
しかし彼らが、カリラへの漁師出身の人なのに、
田舎の人なのに、海外に住んでいる自分の国の言葉で、
神の大きな働きを語られた。
ここでびっくりするのです。
どうしてあなたたちは私たちの言葉を知っているのか?
どうしてそれで私たちが分かりやすく、 海国の言葉で私たちを説明するのか?
みんながびっくりするのです。
この言葉を知っているのか? カリラへの漁師たちが。
誰かこの現状を説明しなきゃいけないところで、 ペトロが立ち上がりました。
そしてこのリバイバル、今行われたこのいろいろな働き、
これとイエス・キリストがどんな関係があるのか説明します。
これが水道教で2章22節からのことです。
エルサレムの人たち、この話を聞いてください。
ナゼルの人、イエスこそ神様からお使いされた方です。
このイエスをあなたたちは立法を知らない者たち、
ローマの人、ローマの人の手を借りて、 十字架につけて殺してしまったのです。
しかし神はこのイエスを死の苦しみから解放して、 復活させられました。
それでイエスが神の右に挙げられ、約束された聖霊を父からいただいて、 あなたたちに送ってくださったことです。
だから今私たちがいただいたこの炎の力、 この不思議な力は聖霊様なので、
その聖霊様を送ってくださった方はイエス様。
イエス様が復活されて、昇天されて、神の右の者ですと言って、 神様から聖霊をいただいて私たちに送ってくださった。
これを説明します。
私たちが聖霊を受けてこんなになったこと、 皆さん見てください。
あなたたちも悔いを改めるなら、イエスキリストを信じるなら、 私たちみたいに聖霊を送ることができますよ、とペテロが言いました。
そうしたら集まった群れたちがみんな悔いを改め始めたのです。
これが1行で2章37節38節。
人々はこれを聞いて大いに心を打たれ、 ペテロは他の人たちに兄弟たち私たちはどうしたらいいですかと言った。
するとペテロは彼らに言った。
悔いを改めなさい。メイメイ。イエスキリスト何よってバブデスマを受け、 罪を許していただきなさい。
そうすればプレゼントとして聖霊を受けることができますよと言いました。
それでみんな悔いを改めてイエス様信じますと言いました。
その日、聖霊様がどれほど大きく働かれた。
皆さん聖霊様は悔いを改めるところで大きく来られるんです。
悔い改めがすごく大事です。
41節に見てますと、その日3000人が悔い改めてイエス様を信じて、 その弟子たちの仲間に加えられた。
3000人ですよ。
私たちは今左を送ってください。
左に10人でもと言うんですけど、
3000人が一気に与えられたとしたら皆さんどうすればいいでしょうか。
イエルサレムで使徒たちの群れにはそのことがありました。
じゃあ皆さん、これは使徒たちが今日私たちは何か何かやりましょう、計画を立てて、
それを実践して、それで何かを行われたことではありませんでした。
彼らは全然計画を立ててませんでした。
何にもやってませんでした。
ただ、聖霊様が来られたら、
聖霊様自らが使徒たちを利用してこんな働きをされたんです。
だからリバイバルが来るなら私たちは何をすればいいのか心配する位置はありません。
聖霊様が来られたら、お祈りお祈りの上、
聖霊様がこれから何をすればいいのか、
全部教えてくださるだけじゃなくて、
皆さんを導いておられ、
もう道教のあちこちで不思議な技を、
神様の素晴らしい御技を起こしてくださると信じます。
その次の日、聖霊様がどのように働かれるんですか。
午後3時にペテロとヨアネが神殿に祈りにために行きます。
その祈りのために神殿に行ったところで、
神殿にこの美しい門という門があるんですけど、
癒しの奇跡と信仰の広がり
その前にいつも足がつけない人がそこに座っていて、
彼はもう働きができないから物漏りをして食べ物を得るんです。
物漏りをする人がそこに座っていった。
そこに聖霊様が働いたんです。
使徒行伝3章3節が、
物漏りはペテロとヨアネが圏外に入ろうとすることを見て、
施しをこうた。
ペテロとヨアネは一緒に彼をじっと見て、
私たちを見なさいと言われた。
その男は何かもらえるかなと思って二人を見つめていた。
そしたらペテロは言った。
私は金や金はないが、持っているものをあなたにあげよう。
なぜれの人イエスキリストの名によって立ち上がり歩きなさい。
そして右手を取って彼を立ち上がらせた。
するとたちまちその男は足やぐるぶしがしっかりして、
踊り上がって立ち、歩き出した。
そして歩き回ったり踊ったりして神を賛美し、
二人と一緒に境内に入っていた。
民衆はみんな彼が歩き回り神を賛美したことを見た。
彼らはそれが神殿の美しい門という側に座っていた、
いつも施しをしているものだということを気づき、
その身に起こったことを我を忘れるほどに驚いた。
そこでみんなが集まってどうしたことですかと言った時、
ペテロは私たちがやったことではありません。
イエス様がやりました。
3書16節、あなた方が見て知っているこの人はイエスの名が強くしました。
それはその名を信じる信仰によるものです。
イエスによる信仰があなた方一度の前でこの人を完全に癒したのです。
足が使えない人が完全に癒されたのです。
何によって?イエスキリストの名前によってということです。
その癒しの奇跡によってその日、5000人の人たちが信仰に加わりました。
一日3000人、また次の日は5000人が弟子たちの群れに参加しました。
迫害と共同体の形成
みなさんどうしたらいいでしょう?
その話を聞いて大祭司、また宗教主導者たちは大騒ぎになりました。
彼らはもう大変だったと思って人たちを捕まえて牢に入れました。
それで人たちを呼んで尋問します。
その時ペテロが大祭司長と人たちの前で
今行ったことがなぜできたのかを説明します。
あなた方もイスラエルの全体を知っていただきたい。
この人がよくなってみんなの前に立っているのは
あなた方が十字架につけて殺し、神が死者の中から復活させられた
あのナゼレ人イエスキリストの名によるものです。
他の誰によっても救いは得られません。
私たちが救われるべき名は天下のこの名のほか
人間に与えられたことはありません。
ペテロ素晴らしいでしょう?
無学者ペテロが宗教主導者たち、立法学者たちの前で
こんな素晴らしいメッセージをするんだ。
そうしたら宗教主導者たちはどうしたらいいか分からなくなっちゃった。
ですからこの人たちを脅しをしながら釈放してあげます。
彼らがこう言います。
あの者たちがどうしようか、あの者たちをどうしたらいいでしょうか。
彼らが行っためざましい示しは、
イエルサルムに棲む全ての人が知れは立って、それを否定することはできません。
しかしこのことがこれ以上民衆の間に広まることはないように、
今後あの名によって誰でも話すことはないように脅しておこう。
そして脅して、この人たちを釈放します。
皆さん、共同体がいつ作られたのか、集められたのか。
宗教主導者たちの脅しの中で信仰共同体が立てられた。
平安の中ではありません、安全なところではありません。
周りがもう怯えている、もう脅して殺してやるわと言っているところで、
信徒たちの共同体が集まったということです。
創世紀2章にも、指導経典2章にも共同体が立てられ、
ちょうど指導経典4章にも集まるんですけれど、4章32節、
信じた人々の群れは心と思いを一つに、
一人として持ち物、自分のものだという人がいなく、
みんなそれを共有しながら愛し合った。
恋愛し賛美し、神様を褒めたたえたので、
おびただしい人々がその仲間に加えられた。
これが神様の伝道です。
神様の伝道は、一人一人教会に来て下さい、このことではありません。
リバイバルが起こったら、ゴリンジャイ伝道ということがあって、
ものすごいパワーが周りに引き渡され、
そして周りに歩いている人が、もうその群れに加えられ、
涙を流して、もうそれでイエス様を信じますと言うように、
これは不思議な力に引っ張られるようなパワーで、
リバイバルが来たら人々が救われるようになる。
初めは、ペンテコステのリバイバルの威厳を語ることを不思議に思って人々が集められた。
この3章には足が使えない人が癒やされる、
癒やしの軌跡によって人々が集められた。
そうしたら問題が起こります。
今まで静かに教会で礼拝ばかり捧げて、
教理・立法を静かに守っていく、これが信仰生活だと思っていたイエルサイレムの信徒たちは、
今私たちが見ていることはどう理解すればいいか。
静かに礼拝し、静かに立法を守ることが信仰生活だと思っている人が、
この大騒ぎのような精霊による軌跡と癒やしといろいろな働きを見て、
一体これはどのように理解すればいいか分からなくなっちゃった。
特にこれがイエス・キリストの皆によって行われたと証するから、
リバイバルの力とインパクト
イエス・キリストを実際殺した宗教主導者たち、またイエルサイレムのユダヤ人たち、
この人は加害者ですから、人殺しですから、
自分たちがこれをどのように説明すればいいか分からなくなった。
だから彼らたちは言います。
使徒経典4章18節から、そして二人を呼び戻し、
決してイエスの名によって話したり教えたりしてはいけないと命令した。
しかしペテルとヨアネは答えた。
神に従わないであなた方に従うことが、神の前で正しいことは考えてみろと言う。
私たちは見たこと、聞いたことは伝えることを伝えなければいけませんと言います。
不可抗力と言いましょうか。
どうすることもできないこの使徒たちの働き。
これを抑えることもできない。
これが大祭司たち、宗教主導者たちの働きでした。
この状況をずっと見ていた神教共同体の使徒たちと弟子たちが神様に嘆きの祈りを捧げるんですけど、
これが今日読んでくださった聖書です。
私は29節から読んでみましょう。
主よ、今こそ彼らの脅しを目を止め、
あなたの子供達が思い切って大胆に御言葉を語ることができるようにして下さり、
どうか御手を伸ばし、聖なるしもべイエスの名によって病気を癒していただき、
しるしや不思議な業を行われるようにして下さいと言います。
そのように祈ったら、その集まったところが揺れを起きながら、もう一度イエルサレムにリバイバルが来た。
これから皆さん、イエルサレムが何回もリバイバルの中でこのリバイバルが来ます。
その時、共同体がますます増えていき、その時パルナバという人も共同体に合流したと。
ここで一行伝の記録パターンがあります。
聖霊のリバイバルが来て、みんなが聖霊十万になれるなら、
自分たちが計画を立てたのではなく、
聖霊様の導きによって、行くところどころ不思議な働きが起こる。
行くところどころ不思議な奇跡が起こる。
聖霊の働きを行ったら、次は必ず函館が来ています。
その時、信徒たちが神様に叫び求めるなら、そこにもう一度リバイバルが来ます。
福音を伝えたら、奇跡が起こります。
それを見て反対者たちは函館します。
それをもって神様に祈るなら、それを乗り越える大きなリバイバルが来る。
それで第二、第三のリバイバルによって、福音がイエルサレム、ユダヤ、サマリア、
そして地の果てにまで、ますます広まっていくんです。
リバイバルが来たらいい面は、信徒たちは力と勇気をいただきます。
大胆さが与えられます。恐れがなくなります。
みなさん、恐れがなくなる。不安、心配がなくなる。
これでもすごいことですよ。
また伝道が行われます。また癒しが伴います。奇跡が伴います。
しかしいい面だけあることではありません。難しいことあるんですけど、必ず敵が攻撃します。
この敵はどなたなのか。同じ信仰を持っている宗教主導者たちでした。
彼らたちも神様信じてと言いました。
彼らたちはどんな人なのか。古いカーブクロの人です。
新しいカーブクロの人たちを攻撃します。
みなさん、今は古いカーブクロ、新しいカーブクロよく見えないんです。
しかしリバイバルが来たら、古いカーブクロが現れて、新しいカーブクロを迫害します。
同じ信仰を持っている人のように見えるんですけど、
神の前では古いカーブクロ、新しいカーブクロは全然違うんです。
この後、聖書をちょっと読んでみますと、
宗教主導者たちの迫害、牢に閉じ込められ、
ステパーノが宗教主導者たちによって殉教され、
エルサレムから追い出され、
エルサレムから追い出された人々はエルサレムにある家、財産をそのまま置いていって逃げるでしょう。
だから全財産を奪われ、死の恐怖の中で苦しむんですけど、
彼たちはこのような迫害、このようなことをどのように乗り越えたのでしょうか?
イエス・キリストの皆によって。
皆さん、イエス・キリストの皆によって何があるのか?
シト・パウルはエペソ1章3節に、
イエス・キリストの皆の中には神様の神霊な祝福が全部あると言います。
今持っている財産いらない。
イエス・キリストの皆によるパワーが、これから私たちを食べさせ、
活かさせ、癒やされ、すべてを満たしてくださるんです。
皆さん、リバイバルを聞いてみれば、イエス・キリストの皆がどれほど素晴らしくか分かります。
イエス・キリストの名前を呼ぶときに、
聖霊様が働いて、すべてを解決してくださります。
信仰の力と恐怖
しかし、このイエス・キリストによる信仰がない人は、
宗教使徒たちがもう怯えて、いろいろをやっているときに、
恐れて、自分の信仰を捨てるしかないでしょう。
皆さん、今私たちが警察から連絡が来て、
いついつ警察に来てください。
あなたに尋問することがあります。
皆さん、とりあえず、もう怖いですね。
彼らは宗教使徒たちを呼んで、これからイエスの名によって絶対伝えてはいけない。
言ってあげたら、あなた全部殺してしまうよ、と。
このような世界だった。このような雰囲気だったんです。
このほど怖いんです。
しかし、イエス・キリストの皆を信じている人は、
あなたの話を聞くべきか、神様の話を聞くべきか、
あなた考えてみろと言いながら、私は見たこと、聞いたことを伝えなきゃいけない。
イエス・キリストの皆によって、これからも伝え続けるんです。
私はこれをどのように解釈するのか。
聖霊の炎が一人一人の上に臨んだら、私たちに何が入ってくるんですか。
聖霊の力が入ってくるんです。
私が今日のテーマで、福音の火種、火種があなたの中に生きていますか、と。
火種が私の中にあったら、私が出会った人にこの火種を分け与えたら、
この日も人も火が燃える。この日も火が燃える。この日も火が燃える。
火種がない人はいくら人に出会っても何にもない。
火種がある人が人々に火を燃やさせることができる。
だから、これは火種を持っている人が福音を伝えた時に、
イエルサレムだけじゃなくて、小アジア、ヨーロッパまで福音が同盟に伝えられた。
私はこのメッセージを準備しながら、私が私自身に聞いてみた。
あなたは、あなたの心の中で、今、福音の火種が生きているのか、燃やされているのか、
もし、あなたが今、消えているのではないか。もしかして消えたかもしれない。
なぜなら、新学校以降、私はあまり伝導したことがない。伝導したことがあまりないんですね。
もちろんないことではないんですけど、考えてみたら、主にやったことはあまり、
以前の福岡は良かった。福岡の時は燃えていたんです。
しかし、同業に来てからは、私は誰に福音を伝えたことがあるのか、よく分からない。
ただ、牧師をやっただけなんです。だから、私は大変だと。
どうしたら神様、メッセージを準備しながら、神様、私の火種が消えたかもしれません。
火種を生き返らせる
だったら、私からは、もう福音の見業が何にも起こらないんじゃないですかと思って、
神様を求めていたら、神様が聖書をください。これが、マタイの中二章二重説です。
イエス様ですけど、彼は傷ついた足を折らず、くすぶる刀身を消さない。
また、異邦人は彼の名を望みをかけると言いました。
ここで見て、皆さん、イエス様は、くすぶる刀身、今、消えていくこの火を消さないお方だ。
ああ、私は消えていくものだったんですけど、イエス様は、私の中にある福音の火種を消さない方だと。
また、異邦人たちに希望を与えるお方だと。異邦人は、私に希望を与えるお方。
イエス様は信じます。私の家に火種をもう一度燃やしてください。
この火種を通して、日本の方々を救うように、神様、私を使ってください。
私はこれを、本当に必死に神様に求めることができました。
皆さん、私は新学校の時に、私の証があります。これを皆さんに申し上げたいと。
福岡の新学校の時に、九州の長崎の少し下の熊本の少し下のところに行ったら、
水俣というところがあります。水俣に、新学業種と新学生が研磨、実践、修行ということでやるように行きました。
水俣病ということが、昔、1950年代ですかね、化学工場から出た汚染物が、魚とか海産物の中に入って、
その海産物を食べた人の体が、いろいろ麻痺がきったり、いろいろな問題が起こることでした。
これで、この住民たちは深刻な被害を受けました。
この被害を受けた水俣病の被害者たちを、面倒を見ている人たちがいるということを知っていますか。
私は新学校の時に向こうに行って分かりました。このボルンティアたちはすごいですよ。
この人たちは、その人と一緒に生活をしながら、その人を助けるんですけど、
政府に対していろいろな抗議をしながら、この人たちのためにいろいろな働きをやっていることです。
その人たちが、私たちが行ったところでこう言いました。
私たちはこの人を面倒を見るために、こんな働きを今までやっている。
しかし、キリスト教は何をしていたのか。
キリスト教は水俣病があって、みんなが被害を受けた時に、キリスト教は一体何をしたのか。
どうして今になってから来て、この人たちになんとか伝導するとか、福音を伝えるとか話をするのか。
それで、この人たちが妨げになって、私たちがその人を直接であったりすることはできなくなったんです。
だから現場に行って、その人たちに出会うこともできない。福音を伝えることもできない。
その悲惨さだけ聞いて、それでその夜、
神学の教授と一緒にいた学生たちが一緒に交わりの場、対話の場を作るんですけど、
そこに驚いたものがありました。
神学教授と神学生たちがお酒、日本酒を持ってきて、それを教授は大好きですね。
それを飲むんです、夜通し、お酒。
私は韓国出身だから、韓国の信者たちもなかなかお酒を飲まないじゃん。
また、お酒を飲んだらクリスタルらしくないと言われるところなんです。
向こうにいたら神学教授がお酒、また神学生たちがお酒を飲ませるようなこの雰囲気。
それを見て私はかっかりしました。
それで夜明けになって、みんな寝ているところで、私一人外に出ました。
もうどうすることができないこの鬱憤ということがあって、外に出て、
そこで私が叫んだことが、今日読んでくださった、使徒行伝4章のところなんです。
29節からもう一度読んでみましょう。
主よ、今こそ彼らの脅しを目を止め、
あなたの子供たちが思い切って大胆に御言葉を語ることができるようにしてください。
どうか御手を伸ばし、聖なる子供へイエスの名によって病気が癒され、
知る人を不思議な業が行われるようにしてください。
私はこの祈りを何回も朝起きて、周りをクーッと回りながら、
それでこの祈りをし、神様に祈って、また祈りをし、もう涙が出る。
こんなね、なんとか殿堂するべきものなんですけど、現場ではキリスト教、昔何を知っていたのか。
今になってキリスト教に来て、福音を伝えるとか何とか言う。
あなた出てけ。
そのところに行って福音を伝えるべき神学者と神学生の集まりは夜通しお酒を飲んでいる。
この現実を見て腹が立ち、神の心で私はもうこの聖書を何回も何回も何回も何回も繰り返ししました。
ああ、その時私には心の中で火種が生きているような気がしました。
ところが今はどうでしょう。
今は少し恥ずかしいところなんですけど、
私は私の中にこのイエス様はくすぶる投資を消さないお方だと信じているから、
私の火種を消さなくて、イエス様はそれを生かしてくださるんじゃないかと。
伝道の実践
皆さん、福音の火種が皆さんの心の中で生きてますか、死んでますか、消えてますか、これは非常に大事です。
私たちをどうして神の御業が伝えられるか伝えられないか、ここに鍵があるからです。
しようどうか私の心の中のイエス・キリストによるこの福音の火種を生かしてください。
生かして、もう一度、もう一度生かしてください。
その心でいっぱいです。
では、これから私たちはリバイバルを待ちながら積極的にやるべきことは何か。
第2テモテ四書二世辞です。
見言葉を述べ伝えなさい。
折りが良くても悪くても励みなさい。
見言葉を述べ伝えなさい。
念のし、チャンスがあれば見言葉を伝えなさい。
折りが良くても悪くても、あなたたちはいつもここに励みなさいと言う。
私たちがどんな状況であるとしても、
イエス・キリストを皆を述べ伝える、福音の働きを述べ伝える人になるなら、
聖霊様が私たちの心のある火種を、
またもう一度生かしてくださると信じます。
先週、結成真似会を終えて帰ってくるところで、
天道寺さんと一緒に列車を待ちながら、
隣に中学3年生の男性がいました。
私が天道をしようとする思いがありませんでしたが、天道をやりましたね。
その中学3年生に、この世の中が全部ではない。
人は一度は死ぬ。
天国地獄がある。
天国に行かなきゃいけない。
私は罪があるから、天国に行けない。
私の罪のためにイエス・キリストが来られて、
十字架で死んでくださった。
このイエス・キリストを信じて受け入れる人には、
イエス様はこの罪を許してくださり、
あなたを天国に導いてくださるんだ。
あなたは信じますか?
あなたは教会に行きなさい。
もう列車が来てしまった。
それを見ながら、私もやらなきゃと思いました。
皆さん、福音を伝えるって難しいことではありません。
隣の人に楽に、
あなたは今何年生?
中学3年生。
言いながら、少し心が通じると思ったら、
福音を伝える。このチャンスを生かして。
皆さん、簡単です。
何言葉で、福音を伝えることができる。
これを私たちが人に出会う。
チャンスがない。無理やりやる必要はないのですが、
チャンスがあればやる。
もしチャンスがなければ、しっかり祈って、
この人のためにしっかり祈ったら、神様がまたチャンスをくださる。
このことを私たちがこれから生活家にしていきましょう。
口を閉じて、静かにやるのはいいかもしれないけど、
この人を愛して、
ぜひともこの人が天国にいてほしいと思ったら、
ぜひとも福音を伝える機会を持っていくのが大事ではないかと思います。
皆さん、ぜひともこれから、
個人伝導。
福音を伝える重要性
また、先週の金曜日の取り直し・乗り換えの資料と、
メッセージを録音したことを、ぜひ聞いてみてください。
関係伝導。
関係性を持っている伝導。
ここにいろいろなノウハウがありますので、
それを通して皆さん、
ぜひ、これから福音を伝えるこの雰囲気を作っていきましょう。
私たちが福音を伝えてみたら、
皆さんの心に神様が熱望を与えてくださる。
火種の火を燃やしてくださる。
そうしたら、いろいろな働きが自然にできるようになって、
その働きを行っている間に、
精霊様は喜ばれて喜ばれて、
もっともっと救われるべき人を送ってくださるでしょう。
たったら命の救いの働きもできるし、
また一番大事なのは、
伝える人に神様が信仰と大胆さと、
また私たちがもっと大きなパワーを与えてくださる。
ですから私たちはこれから、
使徒浄土2章から4章に現れているリバイバルを思い出しながら、
これから命の救いの働き、
ここに力を入れていかなければいけないんじゃないかと思います。
皆さん、神様がこんな広い場所、
この真ん中に10人くらいまだ座りますよ。
この広い場所を与えてくださった理由、
このスペースをくださった理由は、
これから私たちに人を送ってくださるということでしょう。
人をどのように送ってくださいますか?
外に出て出会った人に、
イエス・キリストを簡単に伝えたのに、
この人は心を開かれて、
おー、行ってもいいですか?
私も恋愛参加していいですか?
と言いながら、この場所に導かれるようになる。
これは聖霊様は全部なさいます。
ですから私たちこれから大胆に、
神様の恵みが私たちの中で今働いておられるところですから、
ぜひとも、個人伝道、関係性を持っている伝道、
その伝道の働きをこれから励んでいただければと思います。
リバイバルの可能性
お祈り出します。
主よ、今日はリバイバルが来たら何が起こるのか、
使徒行伝を通して分かち合いました。
本当に2章から4章まで、素晴らしい御業がありました。
3000人、5000人が集まられ、
癒しが伴われ、
また素晴らしい人々、もう働きが伴うこと、
これは静かに礼拝する人たちには全く経験できないものですけど、
リバイバルが来るなら、こんなことができること、
本当に素晴らしいと思います。
私たちも新しい川袋を成し遂げられ、
この働きができるように主を導いてください。
そして私たちにリバイバルを与えてください。
私たちのゆえに、同居にリバイバルが来るように、
そして大勢の人々が救われるように、
私たちを用いてください。
イエス様の皆を通してお祈りいたします。
アーメン
41:01

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