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2025-07-13 26:20

「聖霊様と共に歩む生活」2025年7月13日のメッセージ

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東京ぶどうの木教会 2025年7月13日(日)主日礼拝のメッセージです。
牧師:アブラハム黄 
▼教会へのお問い合わせ: tokyo.vine.church@gmail.com

▼メッセージの自動文字起こしはこちら https://listen.style/p/tokyovinechurch

(聖書)出エジフト16:1-8 イスラエルの人々は、エジプトの国を出て三月目のその日に、シナイの荒れ野に到着した。2 彼らはレフィディムを出発して、シナイの荒れ野に着き、荒れ野に天幕を張った。イスラエルは、そこで、山に向かって宿営した。3 モーセが神のもとに登って行くと、山から主は彼に語りかけて言われた。「ヤコブの家にこのように語り/イスラエルの人々に告げなさい。4 あなたたちは見た/わたしがエジプト人にしたこと/また、あなたたちを鷲の翼に乗せて/わたしのもとに連れて来たことを。5 今、もしわたしの声に聞き従い/わたしの契約を守るならば/あなたたちはすべての民の間にあって/わたしの宝となる。世界はすべてわたしのものである。6 あなたたちは、わたしにとって/祭司の王国、聖なる国民となる。これが、イスラエルの人々に語るべき言葉である。」7 モーセは戻って、民の長老たちを呼び集め、主が命じられた言葉をすべて彼らの前で語った。8 民は皆、一斉に答えて、「わたしたちは、主が語られたことをすべて、行います」と言った。モーセが民の言葉を主に取り次ぐと

メッセージ題 :祭司の王国、聖なる民となれ(出エジフト19:1-8)

*先週、荒野の訓練について。食べるものがないところでマンナを通して訓練を。日用の糧の訓練、安息日の訓練。従順するのかを。19章からは、ビジョンと法を与えて下される神様。何を目指して、どのように生きればいいか、確かな目的と方向を。ここにある神様の御旨?民たちの反応?
1.先ず、鷲の翼に乗せて導き出された神様!
*出エジフト19:4鷲の翼に乗せて連れ出されたとするなら?鷲の訓練が・・・雛鷲を高いところから落とすことを繰り返しながら肩が強い鳥類の王となるように。神様はイスラエル民が強い民になることを願われた。例)創世記17章でアブラムをアブラハムに名前を変えて下さった理由?神様は諸民族の父として!‐>神様は自己中心、小市民的ではなく、世界を創世記3章から救うように
*信じる私たちは、このような神様の夢とビジョンを受け入れなければなりません=救いの理由!
2.神様がイスラエル民を救われた理由?
*出エジフト19:5,6 1)神様はイスラエル民を?わたしの宝と言われます。今までイスラエル民はファラオの奴隷であった。そのときは、重労働と鞭で支配された。エジフトの古代の遺産を作るのに苦労してた。今は、神の所有になったのですが、神様は御自身の宝、大切な存在と?触るな
2)あなたたちは、わたしにとって祭司の王国と言われます。祭司の役割?神様と人との間に仲介役。預言者との違いは?罪と過ちによって呪いの中に過ごす人間を救う為に、贖罪の生贄を?罪の赦し、呪いを無くし、癒しをさせる役割。世の人々は皆、罪によって苦しみ、地獄に行くが、すべての原因を取り除く働き。この祭司長がいなければ?また、人々が神を知らなく自分勝手に過ごしながら祝福されないが、神に対する真の知識を伝えて祝福の人生になるように助ける!毎週の主日の礼拝がその恵みに預かる時間!どれほど大事なのか。そして全世界を救う役目を!
3)聖なる国民になりなさい。聖なる?=神のご品性、また聖さは区別の意味。この世の人と区別
‐>神様は以前のような堕落した貪る内面性ではなく神の聖なるご品性に預かる民になるように
#神様は以前、奴隷だった民を集めて1)、2)、3)のビジョンをどのように?8節、御言葉に従順で
#従順の誓いを聞かれ・・・喜んでご臨在を。19:9,そして祝福、23:25-26、民たちの決断24:3

3.結局旧約のイスラエルはできなかった。しかし諦めない神様、イエス・キリストを送られ新しい契約を
*ルカ22:20イエス様が旧約のイスラエルができなかったことを回復させる。これからは罪人だった私たちを通して・・・Ⅰペトロ2:9-10 あなたがたは、選ばれた民、王の系統を引く祭司、聖なる国民、神のものです? 再び夢とビジョンを与えて下さる神様。本当に神様は・・・ マタイ12:20
#人類の救いの御業の為の神様の熱心は・・・しかし資格ある人は誰もいない。ここで、イエス様の十字架による救いの恵みを悟った人、神のもの、祭司の王国、聖なる民の御旨が照らされた人は
@物足りない私たちですが、神様の夢とビジョンが照らされるように!確信をもって用いられる

サマリー

このエピソードでは、神様がイスラエルの民に対して、最初の王国と聖なる国民になるように呼びかけています。アブラハムの名前の変化から、神の夢とビジョンに従うことの重要性が強調され、最初の役割についても語られています。このメッセージでは、神様との契約と新約におけるイエス・キリストの役割について伝えられています。さらに、神様のビジョンと夢が私たちに与えられており、私たちが神の計画に従うことが大切であることが強調されています。

神の訓練と目標
今日は、祭祀の王国、聖なる国民となれという対応をもって、メッセージを分かち合いたいと思います。
先週、私たちはアラノの訓練についてメッセージを分かち合いました。 アラノというところは、
食べるものは何にもないところ。 その食べ物が何にもないところに神様が導かれて、
マナーを通してイスラル人たちを食べさせながら、訓練をされるんです。
2つの訓練をしました。 日中の糧を食べる訓練、また、安息美を守る訓練でした。
神に従うのか、従わないのか、それを見てみたかった。 日中の糧を食べること、安息美を守ることに対する神様の忌ましみを従うのか、従わないのか。
従うなら、合格。 従わないなら、これはもうパスできなくなりました。
そして、その訓練が終わったところで、今日読んでくださった 出世辞典中級書は、出世辞典の中で一番大事なところです。
その部分を一緒に考えていきたいと思います。 今まで、神様はイスラル人たちに
ビジョンと神様の立法、神様の法について何にも与えることはありませんでした。
しかし、これからは夢、ビジョンとまた神様の法、また立法を与えられます。
これは何の意味ですか。 これは今まであなたたちは何の目的もなく過ごしたんだけど、これから私が見せるビジョン、
私が示す夢、そこに目指していきなさい。 目標が与えられます。
また、その目標を達成する生き方、方法ということを神様が与えてくださっています。
神様は目標を下さいました。 また、目標を達成するいろいろな方法について教えました。
これからイスラル人たちは自分の目標じゃなくて、神の目標、また自分の生き方ではなく、
神様の生き方に従うのかどうするのか、これが大事なんです。
神様がこのような確かな目標を与えてくださったのは、彼たちを通して成し遂げたいという何かがあるからです。
これは何なのか、またそれを成し遂げる方法、これが何なのか、これを今日一緒に分かち合いたいと思います。
アブラハムの使命
まず初めに、出世述説中九章4節には、
あなたたちは見た、私がエジプト人にしたこと。
また、あなたたちを、わしの翼に乗せて、私のもとに連れてきたこと。
まず神様は出世述説ということを、わしの翼に乗せて、私のもとに連れてきたということを神様が言われています。
ここで、わしの翼に乗せて、私のところに連れてきた、ここで何が考えられるのでしょう。
そこで、わしの訓練ということがあります。
皆さん、わしの訓練とは何でしょう。
わしの赤ちゃんというんですかね。
赤ちゃんを、わしがどのように訓練されるのか。
まず、翼に乗せて、高いところに登るそうです。
そこで一番高いところから、この赤ちゃんのわしを落としてしまいます。
だったら、これがずっと落ちて落ちて落ちるので、地面にぶつかろうとしたら、
ふっとして、また翼に乗せて、また上に登ります。
また上から落とします。
これ落ちて、もうぶつかるんじゃないかというところに来て、
また翼に乗せて、また上に行って落とす、上に行って落とす。
残酷ですけど、これは何を意味するのか。
これは、わしは強い肩を持たなきゃいけない。
翼を持たなきゃいけない。
わしの訓練ということで、
もうこれ、残酷すぎるかもしれないと見えるんですけど、
それがわしとして生きるために、
これを、わしの親わしがそれを行うということです。
ですから、わしはこの肩、この翼が強いので、
世の中、どんな鳥よりも強いということです。
ですから、太陽が来るときに、
もう全ての鳥は逃げるんですけど、
わしは太陽の上に登って、
それから見下ろすこの姿で、
この世界を見ているということですから、
わしのこの素晴らしさ、これが強いんですね。
神様が私たちに願っておられることもそれなんです。
神様は弱いイスラエルを願っておりません。
神様は強いイスラエルを願っています。
その一つの例として、
創世紀17章で、
神様がアブラムに現れて、
神様がアブラムの名前を書いてくださる場面があります。
これからあなたは名前がアブラムじゃなくて、
アブラハムになれ。
アブラムということは良い父、グッドファードということ。
アブラハムということはグレートファード。
これは諸国民の父という意味です。
当時イスラエルが与えられたので、
アブラムはイスラエルを愛して愛して、
それで神様に何というのか、
これイスラエルだけがうまく流れられますようにと、
いつも祈るんです。
神様はイスラエルだけで、
愛して良い父として過ごして、
それで人生終わりだと思っているアブラムは願っていなかった。
だから神様がアブラムじゃなくて、
あなたの名前はアブラハムだ。
これは諸国民の父になれ。
神様の願いは諸国民の父です。
なぜなら神様は全世界の神様です。
神様は全世界が創世紀3章以来、
サタンの試合下にあり、
呪いの中にいることを見ることはできませんでした。
サタンの試合から、呪いから、
この世の中を救い出したかった。
そのためにアブラムに命されたものですから、
あなたはアブラムに住んではいけない。
アブラハムとして生きなさい。
神の夢は、ビジョンは、
最始の王国への呼びかけ
これは諸市民的に過ごしては、
これを成し遂げることができません。
アブラハムにならなければ、
それはできません。
神様がイスラエルの民たちに置かれた、
この夢、ビジョンとは何でしょう。
これがシチュエルト中級書5節、6節にあります。
今、もし私の声を聞き従い、
私の契約を守るならば、
あなたたちは全ての民の間にあって、
私の宝となる。
世界は全て私のものである。
あなたたちは私にとって、
最始の王国、
聖なる国民になろうと言われます。
まず神様が私たちを、
イスラエル人たちを、
私の宝と言いました。
今までイスラエル人たちは、
誰の所有だったんですか。
ファラオの所有でした。
エジットのファラオの所有。
ファラオはイスラエル人たちを、
どのように取り扱ったんですか。
奴隷として。
だから奴隷として、
もう中労働を課せながら、
大抵エジットの古代の遺跡は全て、
イスラエル人たちによって建てられたんじゃないかと思われるほど、
労働、労働、中労働、
それで愚痴を打たれながら、
イスラエルを支配しました。
これがファラオの支配下にあった、
イスラエル人の姿です。
しかし今は、もう主人が変わりました。
神のもの、神の所有になりました。
神様は神のものだけじゃなくて、
私の宝だと言います。
神様の一番大切な存在だと言います。
神様の愛、神様の関心、
神様の保護、
神様の配慮が全て置かれている、
神の素晴らしい大切な存在が、
イスラエル人になりました。
私のものだ、手を出すな。
神様はイスラエル人をそれほど大切に思われます。
また神様は、あなたたちは私にとって、
最始の王国だと言います。
全世界に対して、最始の国になれ。
皆さん、最始朝の役割は何ですか。
神様と罪人の間の仲介の役割をする人が最始朝です。
仲介の役目をする二つの職務があるんですけど、
最始朝と預言者があります。
最始朝は、神と罪人の間の役目ですけど、
民の立場から、
罪人である民の立場から、
神様に仲介を求める人たちが最始朝です。
神様の立場から、
罪人、民たちに仲介の役割をする人が預言者です。
神の御言葉を伝える。
この最初の役割がなぜ大事なのか。
皆さん、世の中の人々は、罪と過ちによって、
みんな呪いの中にいます。
創世紀3章の呪い。
その呪いの中にいる人間を救うために、
神様が許された礼拝の中で、何をするのか。
生贄を捧げるんです。
この食財の生贄を通して、
人々の罪、呪い、病気、
それを全部取り除く役割を最初がやります。
ですから最初が、
神様、この人の罪をこの羊に移します。
だったら、この罪が全部移されます。
それを認められる人が最初です。
最初がいなければ、
この人の罪が取り除かれない。
この人にある呪いが取り除かれない。
この人々が苦しんでいるこの病気、
いろいろな難しさを取り除くことができない。
最始は神様が認める仲介者です。
この最始がいなければどうするんでしょう。
ですから人々が最始のところに来るときに、
最初は民粋紀6章24節からのことに、
神様があなたに祝福してくださいますように、
あなたを守ってくださいますように、
神の恵みを豊かに与えてくださいますように、
神様の平安を与えてくださいますようにと、
最初は祈ります。
だったら、その通り神様が成し遂げてください。
神様の前で罪人の代わりに、
神様お願いします、この人を許してください、
助けてください、平安を与えてくださいと、
祈るとき神様が許してくださる、
聞いてくださる方が最初です。
この最初がいなければ、
民の罪はどこで許されますか。
民を持っている病気、いろいろな呪い、
災い、どのように取り除くありますか。
最初です。
ですから神様は最初たちに、
この世の中のすべての人の罪を取り除く、
また呪い、病、また神様の見事も、
彼たちに伝える役割をしてくれという意味で、
イスラエル人たちが全世界に対する、
最始の国になってくださいと言うことです。
最始の役目。
皆さん最始がいなければいけませんよ。
私たちはみんな万人最始です。
ですからキリストたちはみんな自分の家庭で、
また自分の職場で、
自分が置かれている社会の隅々どころで、
最始の祈りをしなければなりません。
神様祝福してくださいますように、
守ってくださいますように、
恵みを与えてくださいますように、
平安を与えてくださいますように、
そして皆さんが祈るなら皆さんの家庭に、
それが望まれます。
神様の祝福は与えられます。
だからこの祈りができる人が最始。
私たちはみんな世の中の最始として、
これから行かなければなりません。
また神様は、
聖なる国民になれと言います。
聖なるということは、
区別です。
また聖なるということは、
神様の御因性です。
だからこの世の中と区別された、
神の御因性を持っている民になれと。
神様は汚い、汚れた人たちの神ではなく、
清い者たちの神です。
だから昔は汚れた人間として過ごされたかもしれないけど、
今は清い者、
神の見姿に見習う者になってくれということ。
これは当たり前ではありませんか。
そのようになることを願って、
あなたたちは清い者だと言いながら、
神様はそのようにさせてくださいます。
今神様は何をされていますか。
奴隷、
エジプトの奴隷として長い間生活したイスラエル人たちを連れ出して、
この奴隷出身の人々に、
これからあなたたちは私の宝物だ、
あなたたちは最終の国になってくれ、
聖なる者になってくれと言っているんです。
じゃあ皆さんこれができると思いますか。
神様の希望、神様の夢は大きすぎるんじゃありませんか。
これどうすればこれができますか。
これから神の御言葉に従うならできます。
御言葉に従うたびにこれを一つ一つ一つ一つ変えてくださって、
汚い汚れた人々が清い人々として変えていくんです。
神様このメッセージをくださったら、
シュチェリット中級書6節、
あなたたちは私にとって最終の王国、聖なる国民となる、
これがイスラエル人たちに語るべき言葉であると言われたら、
中級書8節に、民はみんな一斉に答えた。
私たちは主が語られた言葉、全てを行いますと言ったんです。
神様に私は全てを行いますと誓ったので、
神様が喜んで喜んで、彼たちをこれから助けながら、
そのようになるようにさせてくださるでしょう。
私たちは神様御言葉に従います。
もうついていきますと告白したら、
神様何をされているのか、
中級書9節には何というのか、
神様が喜んで喜んで、彼たちのところに、
ご臨在される場面が現れます。
皆さん、神様は何を願っておられますか?
昔は私たちはどうでもいいです。
しかし、神様のものになって、
これから大事なのは、
神の御言葉に受け入れ、従います。
神の夢と神のビジョンを私のものとして、
これから生きたいですという人たちがいるなら、
神様が恵みを与えてくださるだけじゃなくて、
その中でご臨在されて、
神様との契約
これからあなたと共にいる、共についていくということを、
神様が示してくださることです。
その神様の御言葉に従いますと、
約束した。違ったから、
神様はこれから大事なことがあります。
20節に見ますと、10回を与えてくださいます。
10回与えた場面がこの場面なんです。
また人生の様々な場面について、
神の基準はここである。
このようにしてくださいということはあります。
また神様に舞いで、
守るべき祭りを神様が示してくださいます。
私たちがこのような神様の忌ましめと、
神様の立法、
また神様が支持されるすべてを従って生きるなら、
23章の25節と26節に、
あなたが食べるパンと水と、
あなたが足りない日常の糧をすべて与えてください。
また、あなたたちの間にある病気を全部取り除いてあげる。
また、あなたの国の中で流産する人がいなくなり、
不倫の女がいなくなる。
また、あなたは天獣を全うする。
長く生きる。
神様は私たちが願われるということを、
すべて与えてくださると約束します。
そしたら民たちはもう一度決着にします。
24章3節。
私たちが主が語られた言葉をすべて行います。
誓います。
これがイスラエル人たちと神様との間で、
シナイザーのところに行われたことでした。
ところが、
この神様との約束通り、
自分たちが誓った通り、
イスラエル人たちがこれのように過ごされたら、
どれほど良かったでしょうか。
イエス・キリストの役割
しかし、結果的には彼たちはできなかったということです。
できなかったということで、
神様は諦める方ではありません。
神様はどうされたんですか。
神様は神の夢、人類の救いの計画、
神のビジョン、絶対諦めません。
皆さん、神様が当時諦めてしまったとしたら、
日本の私たちは救われるのでしょうか。
私は誰も救われていないと思います。
神様は人々を救う神の計画を諦めません。
それで何をされるのか、
イエス・キリストを送ってください。
イエス様は来られて、
十字架を背負う前、
最後の晩餐の時にこのような約束をします。
食事を終えてから、
酒漬けをどうもにして言われた。
この酒漬けは、
あなた方のための流される私の血による、
新しい契約である。
旧約聖書で、
神様とイスラエル人たちが誓ったこの契約、
これはもうダメになりました。
守られませんでした。
しかし、それで終わりじゃなくて、
イエス様は来られて、
新しい約束を与えてくださると言います。
神様は私たちが、
神様との関係の中で取り戻されて、
祝福されることを願っているんです。
旧約聖書を守れなかったことは、
終わりじゃなくて、
新約聖書でもう一度、
あなたたちを救いたい、
回復したいと願っています。
また、新約時代、
神様の夢とビジョンによって救われた私たちに、
神様が同じようなことを教えてくださるんですけど、
旧約聖書の時は奴隷を集めておいて、
神の夢を教えたとしたら、
新約時代、私たちは何ですか?
罪人じゃありませんか?
過去、私たちはみんな罪人でした。
上司的な罪人でした。
罪人を集めておいて、
神の夢とビジョンを教えるんですけど、
これが第一ペテロ、二聖救世主です。
しかし、あなた方は選ばれた民、
王の系統を引く妻子、
聖なる国民、神のものとなった民です。
それは、あなた方が暗闇の中から驚くべき光の中に、
招き入れてくださった方の力の見業を、
あなた方が広く伝えるためであろう。
神様はこんなお方です。
神様は、一回私たちが守らなかったことで、
諦める方ではありません。
私たちは見捨てられる方ではありません。
最後まで絶えず我慢してくださり、
絶えずビジョンを与えてくださり、
神の栄光のために使ってくださるお方です。
限りない恵みを与えてくださるお方です。
このような神様の熱心がなかったら、
今の世の中の救いの御業はどうなったんでしょう。
私が聖書の中で一番好きな御言葉があります。
これが、マタイ十二章二十世記です。
彼は、傷ついた足を折らず、
くすぶる闘心を消さないお方です。
皆さん、昔、私は傷ついた足でした。
ものすごい傷ついた。
劣等感の塊でした。
また、罪人の塊。
私には希望がありません。
くすぶる闘心です。
このような罪深い人間である私、
捨てませんでした。
人々はみんな私を捨てました。
皆さん、私と出会った人が、私を捨てた人がたくさんいます。
偉い先生たちもそうしました。
しかし、神様は私を一度も捨てたことはありません。
私がそんなにたくさんの罪を犯したのに、
御言葉を守れなかった私なのに、
一度も神様は悔いを改めるとき、
いつも喜んで受け入れてくださいました。
捨てることはありませんでした。
ですから、私は救われたし、
もう今、私は誇らしい牧師としての役目を果たしているところです。
牧師として使ってくださる神様のこの素晴らしい見方。
神様は人類救いの計画に対する熱望はどれほど大きいのか。
旧約聖書は奴隷たちを集めておいて、
あなたたちは選ばれたためだ。
神のビジョンと夢
最始の王国になれ、聖なる国民となれ。
新約時代には、もう罪深い人間、私たちを集めておいて、
あなたたちは選ばれたためだ。
最始の王国になれ、神の聖なる民になれと言っておられます。
事実は私たちは神の御前で、
もう自分の資格があって持てられる人は誰もいません。
神様がもう受け入れる熱心がなかったら、
みんな捨てられるべき私たちです。
しかし、神様は私たちを救ってくださったし、
イエス・キリストを送ってくださり、救ってくださったし、
精霊様を送ってくださって、今も助けてくださり、
神の御業に用いられるようにしてくださる私。
もう一度皆さんに申し上げます。
神の御業、神の夢とビジョンは誰が成し遂げることができるんですか?
十字架の功労によって、救いの恵みを預かった人なんです。
私は汚い罪人でした。
この罪人を地獄に投げ込むようでではなく、
救ってくださって天国に行くように導いてくださり、
神の子供にならせてくださった。
この恵み、何という恵みなのか。
また、いくら考えても罪しかないのに、
あなたは神の聖なる最初。
あなたはもう最初の王国だ。
聖なる国民だと言われる神のビジョン、夢、
それが照らされた人、感謝する人だけが神様に用いられることができます。
2025年度、私たちの集まり、本当にもう人数も少ない。
この場面を見て誰が希望を持つことができるんでしょう?
しかし神様は違います。
小さな群れである私たち、小さな信仰共同体としても、
私は神の最初の王国であり、
聖なる国民、神のものだと確信をして、
自分の存在意味と目的を悟って、
主よ私を使ってくださいと思っておられるところがあるなら、
神様は私たち、いくらでも恵み、いくらでも助け、
いくらでも祝福してくださって、私たちを使ってくださるお方です。
このような神様の夢とビジョン、奴隷たちを集めておいて、
あなたたちは最初の王国だと言われる。
今は罪人たちを集めておいて、あなたたちは大切なものだ。
あなたたちは最初の王国だ。あなたたちは偉いためだよ。
言いながら私たちは夢とビジョンを与えてくださる。
この神様の夢、ビジョンを受け入れることさえできるなら、
神様は今も私たちを使ってくださいます。
皆さん、終わりの時に、今一番大事なことは偉い人ではありません。
神の恵みを悟って、主よ私を使わせてくださいという人たちだ。
イザヤのように、ここは私はここにおります。
私を使わせてくださいというその人がいるなら、
神様は天の全ての祝福を注いでくださって、私たちを使ってくださるでしょう。
私たちの教会、小さい群れなんですけど、
このような神様の夢、ビジョンを受け入れる。
神様の前で大切な教会になっていきましょう。
お祈りいたします。
主よ、終わりの時が近づいたと言っています。
世界はますます難しくなり、
まだどう生きればいいか分からない状態です。
この時、私たちは萎縮してしまって、
畜を中心的になったり、初心的なものになってしまいます。
しかし、私たちは神の恵み、救いの恵みをいただいたものとして、
神のもの、大なる祭祀、聖なる国民として、
まず、神の国と神の寄与を求める私たちにならせてください。
イエス様の皆を通してお祈りいたします。
アーメン。
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