じゃあ今日は、キリスト者と呼ばれる教会の対応をもって、メッセージを分かち合いたいと思います。
初代教会の中で、全部伝道した、全部世界選挙を行ったことではなく、ある教会が福音センターとしての役目をもって、全世界に福音を伝えることになりましたけど、その教会がアンティオキア教会です。
アンティオキア教会はどんな特徴があるのか、どうしてその教会は世界に向かって選挙する教会になれたのか、これを一緒に考えていただきたいと思います。
ステパノが立派なメッセージをしましたね。立派なメッセージのおかげで、エルサレムで迫害を起きて、ユダヤ人たちがキリスト者たちを迫害し始めました。
だったら、エルサレムでは耐えられないから、みんな隣の国に散らされてしまいます。
その散らされた神道たちが、ユダヤ人だけ福音を伝えました。
なぜかと言いますと、ユダヤ人は先民意識があります。
違法人は獣だと思ったから、ユダヤ人だけが神様が選ばれた民、天国に行く者たち。
違法人は地獄のたけびのような存在だと考えたから、違法人は見てもなかった。
ユダヤ人だけメッセージを、福音を伝えた。
しかし、この散らされた人の中で、ある違法人でありながら、教会に来られた人がいました。
その人たちがキリシテア語を使う違法人たちに福音を捨ててみた。
たったら、その人たちがイエス・キリストを受け入れて、信仰に入ったんです。
だから、その人たちが集まって教会を作ったところが、アンディオキア教会です。
皆さん、ユダヤ人の問題は先民意識。
自分だけが神様が選ばれた民だ。
他の人たちはもう関係ない。
私たちだけ偉い、清い者だと思って。
それがユダヤ人の一番大きな問題だったんですけど。
キリシア人、違法人であるキリシア人の問題は何かと言いますと、傲慢なんです。
キリシア人は、ストア各派とか、エピクロス各派とか、いろいろな哲学、勉強、文学、そのことに非常に興味があって、
非常にこの新しい技術、新しい学問、新しいニュースには非常に関心があったんですけど、
そのことに対して自分たちは満足できない、そのようなものだったら無視した。
だから、キリシア人の一番の問題は傲慢だったんです。
学問的な価値がなければ、もう認めてくれない、このようなこと。
ですから、この人たちは、十字架の福音、みんなの罪のためにイエス・キリストが死んだ、イエス・キリストに信じたら救われる、
こんな愚かな話がどこにあるのかと思いながら、キリシア人たちは十字架の福音を愚かなものだと思いました。
この愚かなものだと思っている、この人たちに福音を知らせる、これは難しいでしょう。
一番の問題は、問題をたくさん抱えている人に福音を伝えるのはやりやすいんです。
問題が全くないように見える人、お金もいっぱいあって、たくさん勉強している博士のような人、
世の中でいろんな権力を持っている、この人たちに福音を伝えらせようとしたら、なかなか受け取れない。
そのことがやっぱりキリシア人の世界にもありました。
だからそこに行ってパウロも転倒するのに非常に難しかったんですけど、
でも今このアンディオキア地域にあるキリシア人たちに、キリシア語を使う人々に福音を伝えたら、受け入れたということ、信じてくれたということ、
これが本当に不思議なことです。
これは人たちによってできた教会ではなく、一般の信徒たち、また違法人である信徒たちによってできた教会だから、特に関心がありました。
このように福音を述べ伝えること、これが神様が一番喜ばれ、
また教会が建てられることを神様が本当に大事に思っておられます。
ここで福音に対して少し考えていきましょう。
天地を作られた神様、神様はないことがない、全てを持っておられます。
しかし天地を作られた全てがあるチェンチチェンノウの神様が一番願っていることがあります。
これは何かと言いますと、神の見姿で作られた人間が、創世紀3章の蛇によって、
全悪の知識の木の実を食べて、罪を犯し、神様から離れてしまいました。
神の見姿で作られた人間が、神を信じないで自分勝手に過ごしていること、これを考えるときに、神様が胸が痛くなります。
その人たちは罪を犯して、罪は問題ではないが、霊的な目が暗くなります。
罪がなければ神を見ます。清い人は幸いである。神を見ると言います。
しかし罪があれば、ますます神が見えなくなります。神様の存在もわからなくなります。
だから自分勝手に過ごします。
世の中の人々は罪を犯して、もう神が見えないから、神様などない。
だから自分勝手に過ごします。
しかし人間は宗教心があるので、永遠の命に対する希望があるので、何かあるんじゃないかと思いながら、
勉強を通して、哲学を通して、修練を通して、宗教を通して、神様を探します。
しかし、目が見えない、霊的な目が全く見えない人が神様を見つけることができますか?できません。
神様をどのように出会うことができるのか、道はただ一つです。
神様が私たちを救うために送ってくださった、イエス・キリスト。
イエス・キリストを通してです。
ヨガネ14章6節、イエスは言われた、私は道であり真理であり命である。
私を通らなければ誰も父のもとに行くことができないと言いました。
私たちをために神様が与えてくださった道、神様が与えてくださったイエス・キリストを通して、
神を出会うことができるし、見ることができるし、知ることができる。
イエス・キリストがなければ誰も神を知ることはできません。
神を知るとき、神に出会うとき、救いが与えられるので、
私たちはイエス・キリストを通した、この福音を通して神様に出会わなければなりません。
これはもうユダヤ人であり、イホウ人であり、私たちであり、誰もイエス・キリストに出会わなければいけない。
道はイエス・キリストだけなんです。
イエス・キリスト皆さんに申し上げましょう。今世の中で一番大事なことが何か。
皆さん、お金。世の中の人々はお金さえあれば幸せになると思います。
しかし、この100年たけ少し幸せになるかわかりませんけど、
今世の中で一番大事なことは救いです。救い。
なぜなら、私たちはみんな死ぬからです。
死んだ後、終わりならいいんですけど、死んだ後、聖書は何と言われるのか。
死んだ後に裁きがあり、それから天国と地獄に行くということです。
天国は神様の栄光の中で永遠に祝福されるところです。
地獄は、火の池の中で永遠に罰を受けるところです。
永遠な罰、永遠な祝福。天国と地獄です。
皆さん、この地獄から天国に行く。これが世の中で一番大事なことです。
みんな地獄になるしかないんですけど、イエス・キリストによって地獄に行く者が天国に行くようになる。
火の池で永遠な罰を受ける者が天国で神様の栄光と祝福の中で永遠に幸せに生きる。
これは皆さん言葉で言うから、まあそうかなと思うんですけど、
実際、地獄を見て、天国を見た人は、もうこれは比べられないほどの素晴らしいことなので、
世の中で何がなくても、もう世の中で何が問題があったとしても、
もうイエス様のためにいくら私たちが苦難を受けるんだとしても、
天国に行くということだけでも、永遠に感謝し、永遠に喜び、永遠に神様に褒めたたえることしかない。
皆さん、これ以上のものはないんです。
世の中の人はみんな死んだら終わりだと言います。
また誰でもこう言います。死んだらみんないいところに行ったと言います。
そうではありません。天国、永遠な地獄があります。
なぜこの世の100年がみんなあるのか。
皆さん、世の中でみんな120年は言語管理をすれば生きることができます。
なぜ120年を私たちに与えてくださったのか。
天国、地獄があるから、この生きている間に準備しなさいということです。
皆さん、120年で立派なビジネスをして、自分の名前を世界に有名にさせて偉そうにするために120年があることではありません。
120年の目標は、天国、地獄があるからあなた準備しなさいということです。
120年の間にイエス・キリストに出会うことができなければ、この人はもう可能性がない。
皆さん、この福音、聖書で書かれたこの福音を世の中誰もわかっていない。
世の中で一番私が天才だと思っている人は、エップル・シャーのスティーブ・チャプスという、皆さんご存知でしょう。
この人は亡くなったんですけど、このような天才の人も、天国、地獄、死んだ後、裁きがあることをわかっていなかった。
だから世の中にいるときに、こんな立派なエップル・シャーという会社を作ったんですけど、彼は天国、地獄があることをわからなくて死んだから、どこにいたと思いますか。
世の中の人々はみんな、100年もいけない、この100年の意味、目的をよくわからなくて、
100年の間に有名になりたい、出世したい、金持ちになりたい、権力を持ちたい。
これで欲を持って世の中で一生懸命過ごしながら、死んで地獄に行っています。
これを説明するんだってできますか。見せてくれと言いますけど、見せることはできますか。礼儀的なことなんで。
だから神様が、伝道という愚かな方法を通して、私たちを救われることを喜ばれたと、大地古霖と一書21節には教えています。
皆さん、この救いということは、個人的な事柄です。誰も代わりにしてあげることはできません。
親の一番の願いは、私が地獄に行ってもいい、私の子供は天国に行ってほしい、これがみんなの親の願いです。
しかし、親が子供のために代わりに地獄に行って、あなたは天国に行きなさいと、これを代わりにしてあげることはできますか。できません。
救いは個人の事柄です。私たちがイエス様に出会ったように、私の子供がイエス様に出会わなければなりません。
これで、このランディオギア教会はすぐ隣がタルソスといって、ここにパウルの故郷がある。
パウルが今、そこにいるんです。
だから、パルナバはパウルを連れて行こうとしてパウルに行った。
皆さん、パルナバは謙遜な人。本当に真面目な人。謙遜な人。
例えば、皆さん、私みたいな人間はどうですか。
あ、ランディオギア教会が恵みが来てる。うまくできる。
だったら、いや、この教会を私が建て上げたと言うように、
ひどりじめにして、周りの人、来ないで来ないで、他の先生一気に来ないでください、
私が何とか独占して、そこで何とかやろうとするでしょう。
パルナバはそんな人ではありませんでした。
パウルのような先生が必要だ。
行って、パウルを連れて来るんです。
なぜパウルを連れて行ったんでしょう。
パルナバは精霊に満たされて、真面目な人だから信仰が良かったと思います。
しかし、自分に弱い部分があることは分かりました。
それを満たしてくれる方がパウルだということは分かりました。
皆さん、パウルの人生には学ぶことがたくさんあります。
パウルはもともと迫害者だった。
キリストに反対して、教会を迫害する者でした。
しかし、パウルはイエス・キリストに出会いました。
光のように望んだイエス・キリストに出会って、目が痛くなったんですけど、
このイエス・キリストに出会って、素晴らしいイエス様に魅了されてしまいました。
それで彼がいきなり迫害者が伝道者に変わった。
それはできますか。
彼は本当にドラマティックな人生を生きた。
信じていない時と、信じた後がはっきり見える。
これは素晴らしいことです。
皆さん、ここが大事なんです。
過去、私はどんな存在だったのか。
そして、私はどのようにイエス様に出会ったのか。
イエス様はどんな方なのか。
じゃあ、イエス様に出会った後、私はどのように変わったのか。
イエス様に出会った時に、私にどんなビジョンを与えてくださったのか。
この4つ。皆さんの人生の中で、この4つをいろいろ考えてみていただきたい。
これがしっかり見えた人が、これは信仰が正しい人。素晴らしい人です。
昔、私はどんな存在だったのか。
どのようにイエス様に出会って、イエス様はどんな方だと受け入れたのか。
また自分は変わって、私はこれからどのように人生が変わったのか。
また、私にはイエス様からどんなビジョンが与えられたのか。
これがはっきりした人が、パウルなので、パウルを連れてきて、
1年間、アンティオ教会で教えたんです。
じゃあ、一般的に皆さんに、私はこの福音に対して、皆さん今日分かち合いたいんですけど、
信じる前、未信者の状態。
世の中で未信者、たくさんおられるんですね。
未信者の状態があります。
まず、未信者は、皆さん、言葉ではもう難しいんですけど、悪魔の奴隷なんです。
実は、未信者の霊を支配しているのは、これは悪霊なんです。
悪霊。
悪霊の支配下にある人たちの特徴は何か。
偶像を保っている。
皆さん、日本でいろいろ祭りされるんでしょう。
また、いろいろなことがあるんですね。
私の家は、もともと、先祖に対する犠牲や儀式がいっぱいあって、いっぱいあって、
それをうまくやるから、私たちの家は一番ヤンバンだと思っているところです。
しかし、偶像を拝めば拝むほど、家に呪いがあって、
もう私の父の家は徹底的に呪われました。
だから、皆さん、偶像を拝む霊力の問題がある家には、呪いがあります。
呪いの種類はいろいろありますけど、これはみんな今、経験していると思います。
また、悪霊がいる人は精神的な問題が来ます。
精神的な問題。
皆さん、今、21世紀はウチの時代だと。精神病。
本当に問題です。
もうストレスから来たと言いますけど、
この悪霊、このような霊力なところから来たものがたくさんあります。
みんな薬を飲んでいるし、みんな、大変です、大変です。
次に、体の問題が来ます。
霊力の問題、精神的な問題、体の問題、逃れることはできます。
苦労しています。
世の中で、人々の中で、苦労していない人は誰もいない。
みんな、世の中で幸せになりたくて、精一杯頑張るんだけど、みんな苦労しています。
それで死んだら、裁きを受けて地獄に行きます。
それで終わったらいいんですけど、
私の父、私の先祖たちは何を言っているのか。
私が死んだら、お前私に、
ジェサチネス、何て言いますか。
先祖を拝む、そのことをやりなさいと言われて。
もうそれを頼んでから死ぬから、また子孫たちは親を拝む。
このような空中を続けています。
皆さん、この未死者の状態、悪霊が支配します。
霊力の問題が臨んでいます。
精神的な問題が臨んでいます。
体の問題は多発しています。
また死んだら地獄に行きます。
それを同じような呪いを子孫たちに必ず頼んでいきます。
このような呪いの鎖から逃れる人は誰もいません。
誰もいません。
じゃあ、昔私はそのように過ごしました。
それで私はイエス・キリストに出会いました。
イエス様はどんなお方ですか。
みんな出会う場面は違うんですけど、
イエス・キリストの十字架の復活によって私は何ができたんですか。
罪の問題が解決。
皆さん、呪いは罪のゆえに来ます。
うんちがあれば虫が来るように、
罪があるから世の中の呪いが来るんです。
このうんちをどのように解決しましょう。
この罪をどのように解決しましょう。
イエス・キリストの十字架の秩序以外は解決する方法はありません。
だからイエス・キリストによって罪の問題が解決できた。
呪いが、今私たちは呪われることはないようになっています。
また私たちを誘惑する悪魔、悪霊、
イエス・キリストの十字架復活によって悪霊を滅ぼした。
イエス・キリストに何を言っても出て行けと言って出て行っちゃう。
こんなパワーが私たちにはあります。
信じた人はどうなるのか。
昔の私、イエス・キリストに出会いました。
これから私はこの世に変わりましたということです。
信者としての生き方、皆さん信者としての生き方で祝福される方法は
過去の生活を捨てなきゃいけない。
私は信じるんだと言いながら昔のことをそのままやっています。
やればやるほど昔のようになります。
だから一番大事なのは過去のことを全部捨てること。
過去の間違えた生活、過去の間違えた習慣、
過去の間違えた考え方を全部捨てることです。
またイエス・キリストによるイエス・キリストに従う、
イエス・キリストの価値観を受け入れることです。