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2026-02-15 34:38

「『離れること』が祝福になるように」2026年2月15日のメッセージ

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東京ぶどうの木教会 2026年2月15日(日)主日礼拝のメッセージです。

牧師:アブラハム黄

▼メッセージをスライドで: https://x.gd/0dA0T

▼ポッドキャストへのご感想はこちらへ!: https://forms.gle/fHcRBqaFSat8EQfE9

▼教会へのお問い合わせ: tokyo.vine.church@gmail.com

▼メッセージの自動文字起こしはこちら: https://listen.style/p/tokyovinechurch

 

(聖書) 創世記12:1-4 主はアブラムに言われた。「あなたは生まれ故郷/父の家を離れて/わたしが示す地に行きなさい。わたしはあなたを大いなる国民にし/あなたを祝福し、あなたの名を高める/祝福の源となるように。あなたを祝福する人をわたしは祝福し/あなたを呪う者をわたしは呪う。地上の氏族はすべて/あなたによって祝福に入る。」アブラムは、主の言葉に従って旅立った。ロトも共に行った。アブラムは、ハランを出発したとき75歳であった。 

 

メッセージ題 : 「離れること」が祝福になるように (創世記12:1-4)

*新年の初めから教会に寂しい雰囲気が…開拓してから初めて任命された金勧事さんが韓国に帰られることで…寂しい気持ちで聖書を読むと?聖書は離れること、別れることばかり?創世記それが神様の御旨なのか! 

*良く見てますと、離れることが祝福になる場合も、祝福にならない場合も…


1.離れることが祝福になる為に? その良き事例が…創世記12章からのアブラムとロトの記事。

*創世記12:1神様がアブラムに離れなさいと命じられたとき、アブラムは御言葉に従って旅立ちましたが、ロトは?アブラムについて行きました。それにも、アブラムと一緒にいるから祝福を…創世記13:2,5。 それだって、アブラムがいつも御言葉に従っていきたのではありません。カナンに飢饉があったときには?豊かなエジフトに。ひどい目にあって戻って来るときも。 *その中でもアブラムは祝福されました。どうして?12:3!アブラムに問題が生じると?将来、来られるメシアに問題が!従って、駄目になってはいけない!=これがアブラハムの祝福。 *これは今のキリスト者にも同じ!キリスト者が駄目になるなら、福音は誰が伝えるのか?マタイイエス様の再臨も…福音の故に駄目になってはいけない。←この為にイエス様が十字架で。ガラテア-14 アブラハムの祝福+聖霊様?

 

2.ロトはアブラムについて行きながら…すべての祝福を共にいただきました。そして、大金持ちに!そしたら問題が!

*お互いの財産と家畜が多いので、それを管理する僕たちに争いが…ここでアブラムが、家族の間に争うのはやめようと…提案を。創世記13:5-12あなたが左に行くなら私は右に、あなたが右に行くなら私が左に…譲ります。ここで信じる人の成熟した内面性が!なぜなら、祝福を与えて下さるのは神様なので!そしたらロトは素早く…ソドムの地に。麗しい地のように。しかし霊的な分別力は…

*今まで一緒であった甥ロトが離れた後…アブラムに寂しい思いが!←神様からの慰めと確信が

-17ご臨在の約束!―>アブラムの感謝礼拝で…ロトとの別れで寂しくなったアブラム

*その後、ロトはソドムの麗しき地で繁栄し、ついに地方の有名人に。19:1しかし、アブラムはカナンで厳しい信仰の訓練ばかり・・それでロトの人生は成功を!アブラムは訓練と苦労ばかりの人生のように

 

3.それで永遠に続くと思いましたが… ついに、神様の(決算)裁きのときが!

*創世記18章、神からの使者が現れました。「神様からの祝福と裁きのお知らせ」を伝える為に。18:1

→アブラハムの天幕に尋ねたとき…祝福の御言葉を、あなたに男の子を与える。そして、ソドムに対する裁きの計画を伝えます。ロトを愛したアブラハム、とりなしの祈りを…善人50いるなら?赦されますか?45、40、30、20、10人いるなら?赦される約束を…しかし10人がいなくて滅亡されます。

ここで神の救いの約束があるとしても信仰がない妻と婿たちは?娘とロトの間に?モアブ、アンモン人

*反面一生涯、訓練ばかり受けていたアブラハムは天使のあらわれた後、祝福が…21:2,5,6イサク

*なぜ、二人の人生は、こんなに明らかに異なるようになったでしょう?神のみ旨、創世記、イエス様の命令、マタイ… 安住より離れるのが重要ですが… #離れることが祝福になる為には?

1)神の栄光の為に、神の御心を成し遂げる為に、離れなければなりません。 アブラムは? ロトは?

2)神の御言葉の導きに従っていかなければ。アブラムは?ロトは?→結局、アブラハムを通して神の約束が成就され、信仰の先祖、祝福の源に。アブラハムの子々孫々… *金勧事の離れが祝福に

サマリー

このメッセージは、東京ぶどうの木教会で2026年2月15日に行われた主日礼拝のものです。開拓以来初めて任命された勧事(キムさん)が韓国に帰られるという寂しい状況から、聖書における「離れること」が祝福になる場合とならない場合について考察します。創世記のアブラハムとロトの物語を例に、神の御言葉に従い、神の栄光のために離れること、そして神の導きに従うことが、離れることを祝福に変える鍵であると説きます。アブラハムは神の約束に従って離れたことで祝福の源となりましたが、ロトは自分の利益のために離れた結果、悲惨な状況を招きました。最終的に、離れることが祝福となるためには、神の御心と栄光を目的とし、神の御声に聞き従うことが不可欠であると結論づけています。キムさんの旅立ちが祝福となるよう祈りが捧げられています。

「離れること」が祝福になるように:導入と聖書の視点
今日は、「離れることが祝福になるように」という対応をもって メッセージを分かち合いたいと思います。
私たちの教会、今開拓して7年、8年になりますけど、 私たちの教会が開拓してからコンサーニムとして任命された方がキムスコンサーニムです。
教会が開拓して任命されたコンサーニムが韓国に行かれることによって、 天道寺さんも私も非常に寂しい思いをしているところです。
寂しい思いをしているところで聖書を読んだら、 聖書の中でほとんどが離れること、別れること、このような記事ばっかり見えてくるような状況であります。
カインが神様から離れ、ノアの息子ハムとセムとヤベットがお互いに別れ、 バベルトを立てながら言葉が違うのでみんなが別れ、
アムラムとロットが生まれ故郷、父の家を離れ、 またヤコブが父と母から離れてハランに行く、
またヨセフが父と母のところから奴隷になってエジプトに離れて行く、
聖書を見ていますとほとんどが離れる、別れることが記事がたくさんあるんですよ。
もともと神様の身群は、創世記1章28節、 埋めよう増えよう地に満ちて、
私たちがあるところに暗中することではなく、 それを散らばっていくこと、これが神様の身群だと思われるほど、
神の故計画はそこにあるのではないかと思います。
ところが、散らされる、別れる、離れることが祝福になる場合もあるし、 祝福にならない場合もあります。
ですから私たちの教会からコンサニムが韓国に行かれるんですけど、 離れることですね、別れることですね、
これが祝福にならなきゃいけません。
私たちのすべてが祝福になるためにどうすればいいのか、 これを今日一緒に考えていきたいと思います。
今日は創世記中2章から始まる、このアブラムルと、 アブラムルもずっとストーリーなんですけど、
アブラムルとロトが生まれ公教、父の家から離れる記事から始まるので、
その部分を皆さんと分かちあげながら、 この離れることが祝福になるためにはどうすればいいのか、
考えていきたいと思います。
アブラハムの祝福:神の御言葉に従うことの力
じゃあ創世記中2章1節、もう一度読んでみましょう。
主はアブラムルに言われた、
あなたは生まれ公教、父の家を離れ、 私が示す地に行きなさい。
と言ったら、4節にアブラムルは主の御言葉に従って旅立た。
またロトはただ共にいたと書いてあります。
神様がアブラムルに、生まれ公教、父の家を離れて、 私が示す地に行きなさいと言ったときに、
アブラムルは神の御言葉に従って旅立たんです。
しかしロトは何についていたんですか。
神の御言葉に従っていたではなく、 聖子はただ共にいたと言われます。
ロトは人についていたんです。
アブラムルは御言葉についていたんです。
それにもかかわらずロトはアブラムルと共にいたから、
アブラムルが祝福されるときにロトも共に祝福されました。
聖子は結局彼たちはこうなったと言います。
創世紀13章2節、アブラムルは非常に多くの家畜と金銀を持っていた。
5節を見ますと、アブラムルと共に旅立ったロトもまた、
羊や牛の群れを飼い、たくさんの天幕を持っていた。
これから見ますと、祝福される人と一緒にいるなら、
自分も共に祝福されることがわかります。
ですから皆さん、祝福される人のところに行って一緒に過ごすこと、
一緒にいること、これが非常に大事です。
ところが、それだってアブラムルはいつも御言葉に従っていたことではありません。
創世紀12章、カナンと地に行ったときに、カナンにひとい貴賓があったんです。
そのときに、環境を見て神の御言葉を忘れてしまって、
環境だけ見て、エジプトに逃げてしまいます。
エジプトに行ってからひどい目に遭って、それからエジプトに戻ってくることもありますけど、
間違えてエジプトに行ったときにも、アブラムルはたくさんの財産を設けるようになります。
だからアブラムルはどこに行っても祝福されるんです。
間違えて行っても祝福される。戻ってきても祝福される。
いったいアブラムルはなぜ祝福されるのか、それは12章3節のゆえです。
神様がアブラムルに、おまわりごきょう、父の家を離れて私が死滅しに行けなさい、
中旬したので12章3節がアブラムルのものになってしまいます。
あなたを祝福する人を私が祝福し、あなたを呪う者を私が呪う。
地上の種族はすべてあなたによって祝福に入る。
あなたを祝福する人を神様が祝福し、あなたを呪う人を神様が呪います。
だからアブラムルの周りに、アブラムルを祝福する人はますます祝福され、
アブラムルを呪う人を神様は呪ってしまうからいなくなります。
結局アブラムルの周りにはアブラムルを祝福する人だけ残されるようなこの工場になってしまう。
この見事な12章3節、本当に不思議な聖書です。
みなさんなぜアブラムルに特別なこの恵みを与えてくださるんですか。
アブラムルが間違えるなら、アブラムルがダメになるなら、何が問題になるんですか。
これからアブラムルの子孫として生まれるメシアが問題になるんです。
メシアは絶対問題になってはいけないから、アブラムルは絶対問題になってはいけません。
だからアブラムルを祝福する人は神様が祝福し、
アブラムルを呪う人は神様がもうこれは呪って、これは取り除いてしまいます。
これがアブラムルの祝福です。
私がなぜアブラムルとなるのか、反アブラムルなのか、みなさん理解できますか。
とにかくアブラムルは祝福されるしかない。
なぜ祝福されるしかないのか、キリストのゆえです。メシアのゆえです。
これがアブラムルの祝福です。
これは今のキリストシャーも同じなんです。
キリストシャーである私たちがためになるなら、何が問題になるんですか。
イエス・キリストの福音が問題になります。
また24章14節に福音が血の果てにまで伝えられると終わりが来る。
終わりが来たらイエス様が再臨なさる。
キリストシャーが問題になったら福音が問題になって、福音が問題になったらイエス様の再臨が問題になります。
だからキリストシャーは問題になってはいけないものなんです。
絶対キリストシャーはダメになってはいけないんです。
なぜなら福音のゆえにです。
これを、このためにイエス・キリストが十字架で死んでくださったわけです。
これを一言でよく教えてくださる聖書がカラディア3書中3節中4節です。
私は読んでいます。
キリストは私たちのために呪いとなって、私たちを立法の呪いから贖い出してくださいました。
木にかけられたものはみんな泥われていると書いてある。
これは中3節はイエス様は十字架に書かれて死んでくださった理由は、
キリストが泥われることによって私たちを贖うためだったということです。
中4節、それはアブラムに与えられた祝福はキリストイエスによって違法人に及ぶためであり、
アブラムに与えられた祝福、これが創世紀中2章1節から4節です。
これがイエスキリストによって違法人である私たちに与えるためであり、
また私たちが約束された聖霊を受けるためだった。
イエスキリストが十字架で死んでくださった理由は、
アブラムがいただいたこのあなたを祝福する人を私が祝福し、
あなたを呪う者を私が呪ってしまうということも含めてアブラムに与えた祝福です。
それがキリスト者である私たちが受けるため、なぜですか?
福音のため。福音、私たちじゃなければ福音を伝える人がいないから。
未信者が福音を伝えますか?
いいえ、信者たちが福音を伝えるからイエスキリストの再臨のために、
地の果てに福音を伝えるためにキリスト者が必要なんです。
だからキリスト者は絶対ダメになってはいけません。
そのプラス、聖霊様まで私たちに与えてくださった理由がここにあるんです。
じゃあキリストがなぜ大事なのか、福音がなぜ大事なのか、神様に対してはキリストが非常に大事です。
また福音が非常に大事です。
ですからアブラムとキリスト者たちは絶対ダメになってはいけません。
私たちがこれから、私はこれをいつたくさん感じたのか、
私が福岡にいる新学校の時にこの見言葉を本当に私は味わいました。
いつか私たちの教会に恵みが与えられたら、もう一度皆さん福音に対して情熱が与えられるでしょう。
そしたら皆さんもまた福音を伝えるために何か忙しくなると思います。
その時この見言葉が私たちの皮膚に感じるようになると信じます。
その時期が早く来るように。
ロトの選択:祝福と悲劇の分かれ道
じゃあロッドはアブラムについていけながら祝福を全部受けました。
そしてロッドは大金持ちになったんです。
アブラムはアブラムだから大神様から大きな祝福をいただき、
ロッドはアブラムについていったからアブラムを受ける祝福をロッドもたくさんいただくようになりました。
そしてロッドが大金持ちになった。
そして見たらお互いに財産がたくさんある。
当時の財産ということは金も銀もあるんですけど、
大抵牛、老婆、羊、牛、このような家畜がたくさん必要です。
家畜はいつも餌が必要なんです。
だから草原とかいいところを先に占めなきゃいけない。
だからアブラムの牧者たちとロッドの牧者たちの間に
このいい動物の餌を確保するために争いがあったんです。
そして家畜の中で喧嘩が生じるんです。
この時アブラムが私たち家畜じゃないか。
家畜同士に争うのをやりましょう。
世の中の人々が見ているんだから。
じゃあ私たちお互いに別れるべきではないか。
そうして創世記中3章5節から9節にずっとお話があります。
9節を見ますとアブラムが
あなたの前にいくつかの土地があるんじゃないか。
ここで別れよう。
あなたが右に行くなら左に行くなら私が右に行く。
あなたが右に行くなら私が左に行く。
あなたが先に決めなさい。
あなたがいいところに行きなさいということです。
ここでアブラムの信仰の内面性。
いいところを先取りにしたらこれをいいところに祝福されますか。
良くなりますか。
アブラムはそう思っていないんです。
祝福は神様が与えてください。
私は人間的にいいところを先取りにするんだって。
これは必ずしも祝福になることはない。
祝福は神様がくださる。
アブラムはそういう考えを持っていました。
だからロットがあなたが先にやりなさい。
だからロットがいろいろ調べてみて
ソドムの地域、当時ソドムは滅亡される前だから
そこにヨルダン川が流れるから
ヨルダン川のほとりですから
そこには本当にいいところに見えた。
そこにロットは自分の家族を連れて
全部そこに行ってしまいました。
アブラムだけ残されてしまったんです。
そこでロットは決定的なミスがあるんですけど
ロットのもともとの価値観がそうなんです。
礼儀的なことにあまり気にしない。
ソドムの地域が神様の前で邪悪な地域
罪深い地域なのに
ソドムは罪深いか関係なく
もう豊かなところだったら私はいいと思って
そこに行ってしまった。
今までずっとハランから一緒に来たアブラムとロット
ロットが離れてしまったら
アブラムは心からすごく寂しくなってしまいました。
アブラムが寂しくなった心を
神様がずっと見ているんです。
そして神様が現れて
神様が慰めと確信を与えてください。
これが宗席十三章の十四節から十七節です。
これから私は
あなたは東西南北をずっと見るがよい
あなたが見えるすべての土地を私があなたに与える
またあなたには
もうここには何と書いてありますか
あなたの子孫を大地の砂粒のようにする
大地の砂粒のように
砂粒のようにたくさん子孫を与える
他の聖書は大抵天の星のように
海辺の砂のようにという表現で
あなたの子孫がこのようになるよという音を下さるんですけど
今日はここでは大地の砂粒のように
あなたの子孫をたくさん増やしてあげる
ロットが離れた後
寂しいアブラムの心を
神様が現れて慰めと確信を下さるんですけど
あなたに土地を与える
またあなたに子孫をたくさん与えるから
心配するなということです
それをいただいてアブラムは
中三朝中八節に神様に礼拝を捧げます
礼拝ということは
アメン 信じます 決断しますということです
そしてロットはソドモのところに行き
アブラムは反対側のところに行って
そこから滞在するようになります
その後ロットはソドモの豊かな土地の中で
繁栄していきます
すごく繁栄していきます
その時アブラムは神様から信仰訓練ばっかり受けます
ロットは繁栄するときに
アブラムは繁栄よりは神様からずっと訓練ばっかりやっている
ロットはソドモに行ってどうなったのか
創世記中九章一節を見ますと
ロットはソドモの門のところに座っていた
これは何か
昔は城の上に立っている人
これは城を管理するリーダーを
大抵そこに座っている
そこでこの町の城門を手入れする人を
全部管理するというようなところだから
ロットはソドモに行って
その地方の有名人物になったことが分かります
ロットは本当にすごくソドモに行って
繁栄し有名になり
アブラムは神様から訓練ばっかり受けていたということですね
それが永遠に永遠に続くと思ったんですけど
ついに神様の決算の時期が来た
神様からの裁きの時期が来たんです
神の裁きとアブラハムの執り成し、そして対照的な結果
神様がその地域を裁かれるために
訪ねてこられます
神様は霊なんで
霊の神様をどのように訪ねてくれるのか
今日の十八章一節を見ていますと
三人の人が現れた
皆さんたびたび神様がまた使者を使わされます
これは天使なんですけど
皆さん天使が人間の姿で
人の前に来られることもできるんだということ分かりますか
そうです
私はたびたびカオジから教会に来る時に
私なりに心から
あ 神様だと
あ 天使が来たと思う時がたびたびある
なぜなら
ある夏
いつも私にいろいろと何かこう
示されることなんです
ある日夏
ものすごい暑い時に
川口駅から私の家に行くところで
ある人が皮膚病を持っているんで
私はそんな皮膚病の人を見たこともないほど
ひどい方が
ベンチに座っているんです
あ なんとか私が
クリスチャンとして何か役割をしなきゃいけないなぁと思いながら
私が何ができるかと思いながらそれを通り過ぎてしまった
その中でものすごい良心の何か
責められることがありました
あ その方が神様からの使者ではないかと私は思う時がたびたびあります
またそこに行ってみたらいなくなりました
また最近
すごく寒い日の中で
非常にマジシック見える人が
見えたんです
それも通り過ぎてしまいました
ああと思って
この後
それだってお前が何ができるかと
まあいろいろ私弁明をしながら通り過ぎてしまったんですけど
そのところで
その方がたぶん神の使者ではないかと
思ういろいろな私自身に対して
あなたは使えることができないんだ
愛がないんだということを示されることがたくさんありました
ああそれが神様からの指摘だ指摘だと思いながら私は
いろいろ何か良心の何かを責める時がいろいろありますけど
まあ今日もこの
アブラムのところに3人の使者が現れた人間が現れた
それ聖書はその人が神様からの使者だ
神様が現れたと言われているところですから
まあそれを参考にしていただければと思います
アブラムは自分が建てたテントの前に座っていた
3人の天使が来ました
それをアブラムはうまくもてなしをするんですね
そのところでアブラムに神様が
神様からのメッセージを伝えます
神様からのメッセージは2つです
一つは祝福のメッセージ
もう一つは裁きのメッセージです
アブラムには天使が祝福のメッセージを伝えました
来年度今の頃私がもう一度ここに来る
その時あなたの妻サライは男の子供を産むことになる
子供を与えられる祝福の約束を言われます
またロッドに対してアブラムに言われます
ロッドのソドムとコムラがこれから滅亡される
というメッセージをください
神様からのメッセージを2つ
祝福のメッセージと裁きのメッセージ
ロッドがソドムにいるので
ソドムが滅亡されるというお話を聞いたら
そこからアブラムはロッドを思い出しながら
ロッドのために虜の祈りをします
有名な虜の祈り
18章20節からのことです
誠にあなたは正しい方を悪い者と一緒に滅ぼされるんですかと言いながら
ロッドを考えながら
ソドムの街に正しい者が50人いたら
その者のためにソドムの滅亡を許してくださいますか
その50人 45人いたら40人いたら30人いたら
20人いたら10人いたら許してくださいますか
10人いたら私は許してあげる
それでアブラムは安心して
その天使をこのソドムの地域に送り出すんですけど
神様が皆さん
アブラムの粘り強い虜の祈りを聞かれて
ロッドの家庭を救われるように
神様が決められたのではないかと思います
そしてロッドの地域 ソドムの地域にいたら
統制愛ということを堕落した街を分かります
それでこの次にソドムとソドムが滅ぼされるようになるんですね
その時神様がアブラムの虜なし祈りを聞かれて
ロッドの家族を救おうと
神様からの決断があったと思います
しかしロッドの家族がすべて救われたのか
救われてません
なぜでしょう
アブラムは祈りました
取り出し祈りをしました
神様もそのように
分かった分かった結論を立ちました
ところがロッドの家族は救われなかったんです
なぜなら救われるのに信仰が必要だった
みんな救われるべきなんですけど
なぜ救われなかったのか
ロッドの妻は
後ろを振り向いてはいけませんと言ったのに
彼女は信仰がなくて
後ろを振り向いてしまったから
塩の柱になってしまった
向こうたちがいました
向こうたちは信仰がもともとなかったから
ロッドがこれからソドムの町が滅ぼされるんだよ
これから救われるために逃げなさいと言った時に
向こうたちは冗談と思った
それでロッドと二人の娘が
その地域から逃げるんですけど
遠くまで行けないから
近くところに逃げて行きます
しかしそこで何が起こるのか
これから私たちはもう滅亡されてしまったら
私たち男性がいないから
私たちは子供を産むことができないんじゃないか
父との間にお酒を飲ませて
それで子供を産もうとする考えを
娘たちがやるんですよ
その乱な世界の中で育てられ
そこでずっと見たことがそればかりだから
そのことを平気にする人になっていった
それで父親との関係の中で
アンモンとボアブの侮辱が生まれるようになった
ということです
何を言いたいかと言いますと
ロッドは神様から祝福されて金持ちでした
そしてソドムの地域にいたら有名人物になりました
豊かな人物になりました
自分たちも神様を信じて信仰があるように見えました
ところがちっさい
ソドムが滅病されるときに
母親も娘たちも
そしてまたロッド自分も救われたんですけど
娘たちとの間に恥ずかしいことばかりやりながら
ロッドの家族は結局ためになってしまった
ソドムの地域から救われたんですけど
皆さん娘たちとの間に子供を生まれるような変なことをやりながら
生きたいんですか皆さん
もう知りたいんじゃありませんか
結局ソドムの地域が滅亡されることによって
ロッドの家庭はためになったってことです
聖書を言いたいのはこれなんです
離れることが祝福になるための条件
ところが一生懸命訓練ばっかり受けたアブラムは
天主たちの訪問の後に
祝福の扉が開かれたんです
一生の願いであった子供を得ることができました
その子供の名前が何と言ったんですか
イサクってことです
皆さんイサクの名前の意味は笑ったってことです
結局神様からの祝福の子供イサクが生まれたときに
笑った
訓練の結果はこの笑ったってことです
25年間苦労したんですけど
うまくうまく準備できたアブラムには
子供が与えられこれから信仰の先祖として
祝福の源になる道が開かれたんです
信仰の結果
皆さん考えてみてください
同じ日に生まれ恒久父の家を離れ
私が示す地に行きなさい
離れました出発しました
同じ日ハランから出たアブラムとロット
アブラムはそれから祝福の源になる
信仰の先祖になる
そんなに願われたイサクを
いただくことができたのに
ロットの家族は恥ずかしく
悲惨な状況になってしまった
なぜこの二つの家庭が
はっきりと分かれるようになったのか
もともと神様の計画は
創世紀1章28節
埋めよ増えよ地に満ちて地を従わせよ
知らされることです
イエス様も同じです
また28章19節
だからあなたたちは行って
全ての民を私の弟子にしなさい
キリスト者たちはある地域に安住する
そこがいいからそこに留まりましょう
ということは
これは神の見守りではありません
私は反省します
私はこの教会いいからまあということを
言ったことを私は反省します
地の果てにまで福音を伝えるために
知らされることは神の計画です
知らされることはいいんですけど
その知らされることが
祝福になるためには
二つが必要です
一つは
なぜ知らされるのか
神の栄光のために
神の御胸を成し遂げるために
知らされること離れることなき
第一コリント中小三十一世
だからあなた方は
食べるのにして飲むにしろ
何をするにしても
全て神の栄光を表すためにやりなさい
アブラムはカルデアウルを
離れなくてもよかったんです
なぜならカルデアウル地域で
アブラムの家庭は金持ちだったんです
封城を作ったから
金持ちの家で
もう一人息子長男ですから
もう金持ちだったんです
離れなくてもよかったんです
しかし神様の命令に従って
神の御胸を成し遂げるために
アブラムは離れたんです
しかしロートは
何のために離れたんですか
ロートは初めから
ちゅうと御言葉に従って
離れたことはありません
ロートはいつも実行中心だった
自分のために行くんです
またこの世の利益
これをばっかり考えるんです
礼的に堕落した町でも大丈夫
そこにいたら豊かでお金持ちになったら
そこでもいいと思っている人でした
結局アブラムのように
神の御胸を
神の栄光のために離れた人
よくなりました
しかし自分の利益
また実行中心的に
いつも動くロートは
結果的にはためになってしまった
また
目的が大事ですよ
また離れるんだとしても
アブラムのように
主の御声を聞きながら
従うことが大事
それだってアブラムはいつも
主の御声を聞き従ったことではありません
エジプトに行って
人生に会ってまた戻ってくることもありました
しかしながらアブラムは
もう悟った時には
早く悔い改めて
早く道を直して
それで主の御声に聞き従うものでした
結局アブラムを通しては
神様の約束
神の計画を成し遂げられ
信仰の先祖になり
祝福の源として
アブラムの祝福は
イサクの祝福になり
イサクの祝福はヤコブの祝福になり
ヤコブの祝福は
ヨセブの祝福になって
結局イスラエル民が
祝福される祝福の
源になりました
またアブラムのゆえに
今私たちキリスト者たちさえも
イエス様を信じる私たちさえも
祝福を受けるようになった
ことではありませんか
今日二つ
約束を神様の栄光のため
神の約束のため
神の見守りを成し遂げるために離れる
離れるんだとしても
神の御心に
聞きながら
従ってずっと離れること
それができるなら
離れることは祝福だと
言われることです
今度キムスクンさんに
韓国に行かれることを見ながら
神様が働いてくださること
神の導きをよくよく
見ることができて
非常に安心しています
ぜひともキムスクンさんにも通して
韓国で神の見守りが
成し遂げられ
神様が栄光を受けられますように
また残されている私たち
キムスクンさんにも
役割がパルナバの役割だ
ということを先週の金曜日
皆さんに申し上げたんですけど
パルナバの役割を
キムスクンさんにもいらっしゃらなければ
どうなったらやりますか
ぜひ私たちの教会に
パルナバが与えられるように
またパルナバのような
人が立てられるように
ぜひお祈りいたします
そうしながら
日本の働き
これも私が初めに申し上げましたけど
与えなさい
そうすれば与えられる
押し入れ
譲り入れ
そして諮りをよくして
たくさん与えてくださる
神様を信じながら
これから私たちの日本の働きを
これから頑張っていきたいと思います
じゃあキムスクンさんにも
通してまた
残された私たちを通して
神様が栄光を受けられますように
それから
キムスクンさんにも行かれるところどころ
祝福されることを
私たちはずっとこれからも
祈っていきたいと思います
お祈りいたします
主よ
2026年の新年の初めから
本当に
寂しい思いがいっぱいです
しかしこのすべてが
神の御胸通り
神様が導いておられることだと
信じます
全知全能の神様が
キムスクンさんにもと
また私たちの教会を通して
栄光を受けられ
また神の御胸
また地の果てにまで
福音が述べ伝える
神の御胸が成し遂げることを
私たちが切に祈っています
キムスクンさんにも
祝福します
行くところどころ主が導いてくださり
こうやって祈り
豊かな神様の祝福を
与えてください
イエス様の皆を通してお祈りいたします
アメン
アメン
34:38

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