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「御霊によって祈ること」2026年6月7日のメッセージ
2026-06-07 38:30

「御霊によって祈ること」2026年6月7日のメッセージ

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東京ぶどうの木教会 2026年6月7日(日)主日礼拝のメッセージです。

牧師:アブラハム黄

▼メッセージをスライドで: https://x.gd/0dA0T

▼ポッドキャストへのご感想はこちらへ!: https://forms.gle/fHcRBqaFSat8EQfE9

▼教会へのお問い合わせ: tokyo.vine.church@gmail.com

▼メッセージの自動文字起こしはこちら: https://listen.style/p/tokyovinechurch

 

(聖書) ローマ-28 同様に、“霊”も弱いわたしたちを助けてくださいます。わたしたちはどう祈るべきかを知りませんが、“霊”自らが、言葉に表せないうめきをもって執り成してくださるからです。27 人の心を見抜く方は、“霊”の思いが何であるかを知っておられます。“霊”は、神の御心に従って、聖なる者たちのために執り成してくださるからです。28 神を愛する者たち、つまり、御計画に従って召された者たちには、万事が益となるように共に働くということを、わたしたちは知っています。

 

メッセージ題 : 御霊によって祈ること(ローマ-28)

*4、5月を通してイエス様の十字架、復活、昇天について…そして聖霊様を送って下さいました。ここでイエス様が十字架で死んで下さった理由は、信じる神の子供たちをきよめて、聖霊を送って下さる為

*では、聖霊様が来られるのは、なぜ大事なのか?元々天地創造のときの人間は神の御姿、聖霊様が共におられました。しかし罪を犯し堕落してから、創世記6:3神の霊は離れました。Ⅰヨハネ3:8悪魔の支配下で、罪と呪いの中ですごしながら地獄に!イエス様の血潮で聖くなった人に再び聖霊様を!

*これから新たに生まれた神の子供は、どう生きるべきなのか?神様との親しみ+御声に従う。お祈り


1.信仰生活で祈りの生活がどれほど大事なのか!信仰生活は祈りの生活であると。

*祈りの生活?霊である神様と交わりをする方法。
1)ヨハネ14:13神様に栄光を! 
2)箴言15:8神様が喜ばれる! 
3)神様は祈りを通して、神の子供たちの必要を満たされます。マタイ7:7
⇔ここで、神様との交わりを妨げること、祈るとき注意するべきこと? 
1)罪!イザヤ59:1,2 
2)赦さないことと和解しないこと。マタイ5:23,24 
3)心配しながら祈ること。ピリッポ4:6 不信仰の祈りは?信仰には神様が、不信仰には悪霊が。従って、徹底的に悔い改め、おゆるしし、信仰によって祈るように… もし、祈っても祈りの応答がなければ?

 

2.大事なのは…お祈りの中で成長しなければ!

*幼い赤ちゃんの祈り?中高生になるなら?大学生、大人に?また親になるなら、祈りは変わるはず・・

#祈りは祈りによって学ぶ! 信仰生活の初期は、解決するべき克服するべき壁があって、

→しかし神の恵みを沢山経験するなら?祈りが変わる。「われをも救いし!」 イザヤ6:8主に対する献身の心に(私の変化!)信仰に入り洗礼を受けてから、先祖に対する度が過ぎるほどの偶像崇拝をやめた?Ⅰコリント10:20 それによって父親からの迫害、家から追い出された。教会でお祈りしか…ヘブライ11:6

マルコ10:29,30 信仰が試されるところところ…晴らしい体験が!→職場で恵まれ日本駐在員?日本で神学校の献身。神学校で体験した大きいな壁!マタイ6:33の約束を信じて! 御言葉の学び、マンツーマン聖書勉強会を通して、神学校卒業して日本の教会に赴任?神の恵み。Ⅰコリント13:11

 

3.神様は私たちが成熟したキリスト者になることを願われ、また、成熟した祈りを願われます。

*大事なのは、沢山祈ることも大事であり、熱心に祈ることも大事ですが…「何を祈るのか」を見られる

私の場合)沢山、熱心に祈りましたが…神様の助けを求める祈りばかり、信仰の成長、日本人の救いも祈るが…いつも祈りは私の問題解決に集中していた。どうすればイエス様の祈りのように?マタイ26:39わたしの願いどおりではなく、御心のままに?←御霊によって祈る祈り!=私の願い、人間的な計画を降ろしておいて、聖霊様が神の御旨を悟らせてくださるなら、それを祈り。また祈りの主導権を主に

1)聖霊の導きと助けに委ねて祈りこと? 
2)聖霊の充満の中で深い交わりの中で捧げるお祈り?説明難しい

3)従って、今日は異言で祈ることを!ローマ8:26-28「わたしたちはどう祈るべきかを知りませんが、“霊”自らが、言葉に表せないうめきをもって執り成してくださるからです」=聖霊にとって祈ることに!

#なぜ、聖霊の祈りが大事なのか?Ⅰコリント2:10,12聖霊様は神の御旨を知っておられるし、私たちの本当の問題と必要を知っておられる。私たちが知的に知らないことも。この為に聖霊様が私の霊に教えられ私の霊が神様に祈る、異言の祈りが大事!*異言で沢山祈るある宣教師、エジフトでの出来事?@使徒パウロの告白?Ⅰコリント14:18 私たちは知らない神の御心と人々の真の必要を異言の祈りで


 

感想

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00:04
今日は、「御霊によって祈ること」の対応をもって メッセージを分かち合いたいと思います。
私たちの教会は、4月、5月を通して、 イエス様の忠実化と復活、昇天について分かち合いました。
イエス様を復活されて、40日間この世に滞在されて、 それから、天に昇天されてから
10日目に聖霊様が来られました。
イエス様が忠実化を背負われた理由、 これをカラディア3書中3節中4節には
聖霊様を送ってくださるためだったと言われています。 ではなぜ、聖霊様が来られることはこんなに大事なんでしょう。
もともと天地創生の時、 神様は人間を神の見姿で作られました。
創世紀2書7節に、土で人を形作り、 その花に命の息をフーッと入れられた。
この命の息をルーハと言うんですけど、 それは命プラス聖霊様という
いろいろな深い意味を持っている美言葉です。 それから、人間には神の霊が共におられたんです。
しかし、人間が創世紀3書で罪を犯しました。 罪を犯したすぐ、神の霊を取り上げられたことではありません。
3書、4書、5書、6書。 ノアの時代、人間がまるで獣のようになった。
罪が極めて獣のようになった時に、 私の霊は人間と共にいることはできない。
だから、人間の体から神の霊が出てしまった。
第1ヨワネ3書8節。 罪を犯す者は悪魔に直します。
神の霊が、もうその人から消えてしまったから、 その中には誰が入ってますか?
罪を犯した人間の中には悪魔が入っています。
だから、世の中の全ての人は、 それから、アダムの子孫は悪魔の奴隷として生まれるようになった。
それは、幻在ということ。 人間が全部、アダムの罪を引き受けて、続けて、続けて、持っていくようになった。
世の中の全ては悪魔の支配。 だから、第2コリント4書4節には、
この世の神と言いながら、悪魔と言います。
悪魔の支配下の中で、罪の奴隷として、呪いの中で過ごしながら、
結局、みんな地獄に行ってしまう、この人間。
03:00
神様は、この人間を憐れてくださって、 イエス・キリストを送ってくださいました。
イエス様は、この世に来られて、 キリストの宮座として、十字架で血を流して、死んでくださった。
キリストの死を、贖いの死と言うんです。
ご自分の罪のゆえじゃなくて、世の中の人々の罪を背負って、 贖いの死を担ってくださったから、
そのイエス・キリストを信じる人々の全ての罪を、 イエス様は解決してくださる。
罪を解決してくださっただけじゃなくて、
イエス様を信じて、悔い改めて、罪を解決してもらった人には、 聖霊様が来てくださいました。
聖霊様が来てくださった、これ、イマヌエル。
神が私と共におられる。以前は共におられなかったんですけど、 今、共におられることになりました。
イエス様を信じる人は、第二コリン島、古書中七節、 だから、キリストと結ばれている人は誰でも、
新しく創造されたものなのです。 古いものは過ぎ去り、新しいものが生じた。
イエス様を信じて、新たに生まれた人は、 新しく作られたものになりました。
これから大事なのは、新しく作られたものとして、 私たちはどう生ければいいのかということです。
これは十字架の福音を通して、 皆さんで分かっちゃいましたけど、
神様との親しい関係性の中で、 神様の御声を聞いて従うこと。
これが私たちの信仰生活です。
ここで大事なのは、祈りの生活です。
信仰の中で祈りがどれほど大事なのか、 信仰生活を祈りの生活だと言います。
祈りということは、 礼である神様と私たちが交わりをする方法。
礼である神様と私がどのように交わりをするか、 祈りを通してですね。
ヨハネ14章13節、こう言います。
私の何よって祈る、願うことは、 何でも叶えてあげよう。
こうして父は子によって栄光をお受けになる。
私たちがイエス・キリストの皆によって お祈りしますと言ったら、
神様が栄光を受けられる。
だから、たくさん祈って、 イエス・キリストの皆によってお祈りしますと言ったら、
たびに神様が、ああ、栄光を受けられる、 栄光を受けられる。
だから、たくさん祈るなら、 神様がたくさん栄光を受けられる。
また、神言の15章8節。
主は正しい人の祈りを、 喜び迎えられる。
06:00
逆らう者の生贄は、 神様はこれは嫌だと言うんですけど、
正しい人の祈りは、 喜んで迎え入れられる。
だから、私たちの祈りを、主が喜ぶんです。
祈るとき、主は栄光を受けられ、喜ぶ。
すごいでしょ。
だから、神様が祈りを取るほど、 喜んでおられるのか。
また、神様はお祈りを通して、 神の子供たちのすべての必要を満たしてください。
また、イエス・キリストの7章7節。
求めなさい。そうすれば与えられる。
探しなさい。そうすれば見つかる。
門を叩けなさい。そうすれば開かれる。
だから、求める。探す。叩く。
これは祈りではありませんか。
これをお祈りの働きを通して、 主は私たちを豊かに満たしてくださる。
ところが、聖書は、私たちが祈るとき、 気をつけなきゃいけないことがあると言います。
まず、罪を犯して、罪を持って祈ることを 神様は聞いてくださらない。
イザヤ59章1節2節。
主の手が短くて救えないというのか、 主の耳が鈍くて聞こえないというのか、
むしろ、お前たちの悪、お前たちの罪が、 私があなたたちに耳を傾けることを妨げるんだ。
だから、罪、悪、これを必ず解決して、 祈らなきゃいけない。
また、人を許さないこと、人と和解しないこと、 これが祈りの邪魔になるということで、
マタイ5章23節24節に教えてください。
兄弟が私に対して反感を持っている、 腹を立ったとするなら、
その人に言って、まず和解しなさい。
そして、私のところに来て、 祈ったり礼拝したりしなさい。
皆さん、経験ありますか?
私が以前、大学の時に、 私の後輩と一緒に芸塾というところで一緒に暮らしました。
彼が私に対して何か無礼を働きをして、 気持ちがすごく悪かった。
そして、私は金曜祈祷会に参加しました。
祈りができない。
その御言葉が思い出されて、それで家に帰って行って、 寝ている後輩を起こして、
ごめん、ごめんということで言って、 祈りに行きました。
もうその日、御言葉祈り会だったんです。
神様と何か繋がりができたように、 祈りがバーッとできました。
御言葉のパワー。
御言葉通りやれば、祈りが爆発的に神様に捧げられる。
09:05
すごいですよ。
もう一つ気をつけなきゃいけないことは、 心配しながら祈ってはいけない。
これは不信仰の祈りです。
皆さん、信仰の働きには神様が働きます。
不信仰には誰が働きたいと思いますか?
これは悪魔が働きます。
だから私たちは神に祈るんだとしながら、 心配しながら祈るんだとしたら、
これは神様が聞いているんじゃなくて、 悪霊、悪魔が聞いていることです。
ですからピリッポ4章6節には、
どんなことでも思い患いはやめなさい。
何事にすけ感謝を込めて祈りと願いと捧げ、 求めることは神に打ち明けなさい。
最近、天土居さんと私に会うことですけど、
私は出雲市にある集会にその日参加するために、
天土居さんと一緒にここから行くもんだから、
池袋駅で会って、 それから出雲市まで一緒に行きましょうと言いました。
天土居さんがこの結成マニ会に参加することは楽しみなんで、
既に私が行くところで、 もう駅に着いているところでした。
私は天土居さんがいろいろなことを、
ご主人も面倒見たけりゃし、 孫も面倒見たけりゃし、娘さんも面倒見たけりゃし、
いろいろなことがわかっているから、 行きながら心配になって、
何かお家でありましたら連絡をください。
行かなくて私一人で行くからという気持ちで、
何かメールを送りました。
何が起こったか知っていますか。
天土居さんは既に池袋駅で今私を待っているのに、
私がメールを送ったこの後、
娘さんの具合が悪くなって、急に連絡して、
出雲市に行く母を呼び出して、家に戻ってきた。
その日私は反省しました。
心配するなら、心配のことが起こるんです。
信じるなら信仰のことが起こるんですよ。
礼儀的なところに一番大事なのは、
自分の考え通りになってしまうんです。
ああできなさそう、できないんです。
これはできる、もうできるんです。
私たちの考え通りになっちゃうんです。
私が心配で、天土居さん多分時間できないと思うけど、
面倒見る人がいるから、できないと思うけど、
もし問題があったら、私に連絡してくださいね。
その通りになってしまいました。
その通りになってしまうということを考えてみてください。
イエス様は行くところどころ人々が集まりました。
12:02
イエス様はその人を全部癒しましたか?
いいえ、見てみたら何人しか癒さないんです。
なぜでしょう?
信仰を持っている人を探しているんです。
信仰を持っている人を探して、その人を癒したがら、
あなたの信仰があなたを救ったと言うんです。
信仰を持たないまま礼拝とかあちこちどこに行っても、
何にも起こらないんです。
じゃあ大事なのは、祈る前に罪を悔い改めること。
許さないことがあったら、徹底的に許してあげること。
また、信じる前に不信仰は絶対やめて、
全ての主に任せて、信仰を持って行くことです。
そうするなら、もし熱心に祈っているんだとしても、
心配を持って祈る。
できなければどうするの?と言いながら、
そのような祈りをいくらやっても何にもありません。
不信仰の祈りだから。
信仰の祈りに変えましょうということです。
ですから私たちは、祈りの中で成長していかなきゃいけない。
私たちが幼い時には、子供の時に祈ったでしょう。
この祈りと、中高生になったら、中高生が祈ることと、
また大学生になって祈ること、
また大人になって祈ることは違うでしょう。
また親になったら、完全な祈りが変わります。
このように、信仰は成長していくたびに、
私たちの信仰のレベルが違うし、
祈りのレベルも変わっていくんだということです。
ここで、祈りは祈りによって学ぶ。
祈りをやめて勉強するんだって、
祈りは良くなるはずがありません。
祈りは祈りを通して学ぶ。
まず祈るんです。
祈りの中で答えが来なかったら、
なぜ答えが来ないんですか?と言いながら、
祈り続けたら、何か主が間違えたこと、
何か答えができないような、
私の心の姿勢をいろいろ直してくださる。
そのたびにたびに学びを通して、
レベルがだんだんだんだん上げて、
祈ることは全て主が報いてくださるようになります。
そして、その恵みをたくさんいただいてするなら、
イザヤのように、私がここにおります。
私を使わせてください、というレベルまでできると思います。
ここで私の話を少し皆さんに申し上げたいと思います。
私の家は、韓国でも有名な家…
有名ではありませんよ。
なんか悪いところで有名な…
戦場に対する、この…
戦場の亡くなられた日を覚えて、
15:02
その日に家族みんな集まって、戦場を拝むような…
戦場、空城、崇拝が、
ものすごい強い家の町なんです。
私が業界に行って、先例を受けました。
それから僕先生のメッセージを熱心に聞いたんですけど、
僕先生が、第一コリート中小二重説に、
異邦人たちが捧げる、この礼拝、
空城に捧げるものは、これは神ではなく、悪霊に捧げる。
私は、あなたたちが悪霊に共になること、
悪霊に仕えることを、私は願っておりません。
だったら、私の家でやっていることは、全部悪霊にやっている。
先祖にやるのではないか、悪霊にやっているのではないか。
それを分かっている以上、私はそれを続けることはできませんでした。
私はできません、町なんで。
だったら、父が怒ってしまって、
結局、私の父から追い出されたと言いましょうか。
怖くて怖いから、私は逃げたと言いましょう。
それから、私は教会の起動室、ほぼそこで、
私の先生から助けていただいて、本当に苦労しました。
では、みなさん、ここで主法の前面の、この右の下の段をご覧ください。
一週間、最も気になった聖書。
四辺の三十四の中九。
正しいものには災いが多い。
しかし、主は全てその中から、彼を助け出される。
偽人は苦難が多いんですよ。
しかし、神様は必ずその人を助けられる。
私が家から追い出されて、
学校からものすごい大きな奨学金を受けました。
その奨学金で生活も全部できたし、
大学院卒業までの学費が全部できました。
すごいでしょう。
神様は私の人生をものすごい、
家から出てしまったんですけど、
追い出されたんだけど、祝福してくださって、
卒業の後、韓国のサムソンというところに入社して、
それからまた中年だったら、日本駐在として出てしまった。
その時、私は神様との昔々約束があった。
私は平信と宣教師になりたいという、
神様と約束したことがあって、
日本で会社を辞めて、
福岡にある西南学院大学、新学校に行きました。
新学校に行ってから、
私の人生が本当に難しいことが分かりました。
18:03
新学校、私はその時、夢を考えていた新学校は、
私は新学校に行ったら、本当にうまくできると思いました。
しかし、全く違いました。
ビジネス日本語、一切通じない。
これは本当に、どんな新学校も同じだと思う。
日本の新学校中心の信仰ですから。
西南の教授たちはみんな天才。
私がもう考えられないほどのレベルが高い天才。
言葉があまり、私は理解できない言葉ばかり。
一番難しかったのは、言葉でした。
いやー、日本の学生たちは、もうペラペラ、すごいなと思いました。
また、日本の学生たちは、みんな自分の父親は立派な教会の僕先生の息子。
だから、もう卒業したら、行くところがすでに定まっている。
しかし、私は日本で誰も知り合いがいない。
言葉もできない。
また、新学校は給料がないんですよ。
昔は給料をもらったんですけど、
給料がない世界に行って、家族4人で一緒に暮らすということは難しかったですね。
特に、何にも分かっていない。
何にも知らない。
日本に対して文化も何にも知らない。
言葉もできない。
私のみたいなものを、どんな教会が使ってくださるか。
新学校3年間、毎日心配しました。
毎日毎日。
私は会社で、当時は部長だったんですよ。
サムソンの部長だった。
辞めて。
それから、4人の家族を連れて新学校の寮に住んでいるんですけど、
そこから、赴任先が決められて、牧師になったらいいんですけど、
私を受け入れてくれるところがなくて、牧師にならなければどうするんですか。
だから、北海道から沖縄まで、日本のマップをそこにかけておいて、
主をどこでも送ってください。
どこでも。小さな教会でもいいから、どこにでも送ってくだされば、私は行きます。
祈りました。
本当に3年間、つらい。
本当につらい。
誰も助ける人がいない。
神、ただ神様しかいない世界。
中で、ただただ祈りで、たくさん泣きましたよ。
これから私の人生、こんな冒険はいないもんだから。
卒業の前に、神様が私に赴任先を与えてくださりました。
これは奇跡だと思います。
その中で私がやったのは、ただただ祈りだけでした。
21:03
何にもできない。
何にもできない。
日本の社会ということは、どれほど厳しいのか。
分からないことばかりで、
その中で、誰を私が、私みたいに人間を使ってくださるかと言ったのに、
全然分かってないある教会が連絡をきて、
赴任先決まりましたか?
いいえ、まだです。
だったら来週1回来てもらえません?
向こうに行ってメッセージをしました。
もう一度来てもらいますか?
2回に行ったら、来てくださいと言って、
いやー、その教会に行きました。
夢のことが起こりました。
ところが、お祈りは、たくさん祈ることも大事だし、
熱心に祈ることも大事ですけど、
何を祈るのか、これがまたもっと大事だと思います。
私は家から信仰をはじめに持って、
父からの迫害に耐えるために祈ったり、
また職場、また家庭のために、
職場の中で祈ったり、
また日本の新学校に行って、
必死に毎日祈ったりしましたけど、
私の祈りのポイントはいつも私なんです。
私の何か解決してください。
どうすれば私は、
イエス様が祈られたこと、結成までの祈り、
しかし私の願い通りではなく、
御心のままにと祈られたんですけど、
私はそのような祈りはしたことはありません。
どうすれば、神様が願われる祈りをすることができるか、
大事なのは、祈りのレベル、
成熟した祈り、
今まで普通の、
自分のために祈ることはたくさんやりました。
しかしだんだん進行ができればできるほど、
私は何か主に受け入れられる、
主を喜ばれる祈りをしたいんで、
じゃあこれをどうすればいいのか、
これを今日皆さんと一緒に分かち合いたくて、
今日メッセージのテーマを決めてみました。
それでは、
三玉による祈り、
三玉に助けられて祈ること、
三玉に助けられて祈るということは、
私の欲とか人間的な計画を下ろしておいて、
主の身、胸が何なのか、
精霊様が悟らせてくださる通り、
祈ることを意味します。
先週私はいろいろな資料を調べてみました。
精霊による祈りとは、
精霊の導き助けに委ねて祈ることだと。
何かピンときますか?
ああ、もっと難しくなりました。
また精霊十万の中で、
24:02
深い交わりを通して捧げる祈り。
もっと難しくなりました。
だから私はこれをいつか皆さんと一緒に
メッセージで分かち合いたいと思いますけど、
私が今、精霊の助けによって祈る、
これを今どのように実践しているのかを、
今日皆さんと分かち合いたいと思います。
それは、皆さんが受け入れられてくださるかは
分かりませんけど、
意見による祈りということを
皆さんに申し上げたいと思います。
その根拠は、今日一緒に読みました
ローマ書8章26節から28節。
もう一度読みましょう。
同様に霊も弱い私たちを助けてくださいます。
私たちはどう祈るべきか知りませんが、
霊自らが言葉に言い表せない
うめきを持って取り成してくださるからです。
人の心を見抜く方は、
霊の思いが何であるかを知っておられます。
霊は神の御心に従って、
聖なる者たちのために取り成してくださるからです。
神を愛する者たち、
つまり、御計画に従って召された者たちには、
万事が益となるように共に働くということを
私たちは知っています。
私はこれが、
聖霊に助けられて祈ることと、
これが、
意見の祈りと関係があると、
私は考えています。
皆さん、意見の祈りということは、
私のうちには聖霊様がおられるでしょう。
聖霊様が、私の霊にいろいろ教えてくださいます。
私の頭では全然考えてもしていないことを、
私のうちにおられる聖霊様が、
私の霊に、
これは考え、これは心、
霊に教えてくださって、
私の霊が神様に祈ることです。
だから、この祈りの問題は、
私がわからないということです。
この祈りの何を祈るのか、
私自身がわからない。
しかしながら、
聖霊の祈りがなぜ大事なのか、
第一コリント二章中節に、
私たちは神の霊によって、
このことを明らかにしてくださいますが、
霊は一切のこと、
神の深みさえも極めます。
私たちは世の霊ではなく、
神からの霊を受けました。
それで私たちは、
神から恵みとして与えられたことを、
知るようになったのです。
すなわち、
聖霊様は、
神様が何を願っておられるのかを、
聖霊様は知っています。
皆さん、私たちは、
神様は何を願っておられますか?
私が何をすることを願っていますか?と、
いくら祈っても、
わからない。
しかし、私のうちにおられる、
聖霊様はこれを知っています。
27:01
また、私がある教会の方たちのために祈ります。
名前を読んで祈ること。
これはいいでしょう。
しかし、その方が今、
何を悩んでいるのか?
どんな問題を抱えているのか?
事実は皆さん、
私が私をわからない。
事実は私の要望、
頭で考える要望は知っています。
しかし、
本当に私に必要なものは何なのか、
私自身もわからない。
私自身がわかったら、
それを祈って、
それで神様から助けられて、
私はよくなるでしょう。
自分が自分をわからない。
しかし、自分がわからない自分自身を、
聖霊様は知っている。
だから、聖霊の御声を聞くことは、
本当に大事なんです。
ここで、
私はいくら考えてもわからないことを、
聖霊様は神様について、
全部わかっている。
聖霊様は私について、
私よりもっとよくわかっている。
教会の神と皆さんのために、
私は祈るといつも言うんですけど、
表面的なことばかりで、
本当に深い悩み、
深い問題、
深い必要を私はわかりません。
だから祈りができない。
これはどうしてわかって、
どのように祈るのか、
だから私はこれを、
聖霊様に頼るということです。
最近、
結成マニ会のすごい先生たちが、
大勢いらっしゃって、
ある韓国の宣教師を読んでおられて、
そこで集会をするんです。
韓国の宣教師は、
その先生は言い言をたくさんされる。
私たちに、
一日何時間祈るのか、
一日七時間祈りなさいと言って、
言い言で。
その先生はもう一日中言い言で祈るそうです。
だからその日、
みんなが一日七時間祈りますと約束して帰りました。
祈る。
なぜそうするのかと言いますと、
言い言の祈りは本当に大事だということです。
その宣教師が、
エジプトに、
アフリカのエジプトに、
宣教師と行かれて、
エジプトはイスラム圏じゃありません。
イスラム圏でイエス・キリストを述べされたらどうなりますか。
もう、打ち殺されるとしまう。
その先生どうされたかと言いますと、
ずっと言い言で祈られて。
それで言い言で祈って、
外に出て人に出会ったら、
自分から何か不思議な、
何かが繋がりがその人にあって、
癒しが伴ったり、
また何かいろいろ、
神様の働きがその人に及ぶようになった。
30:03
その人が気がついて、
何ですか、これ。
聞いたら、
密かに、
イエス・キリストの福音を伝えることになった。
大やけに言い荒らせたら殺されるんですけど、
癒しが伴うことを通して、
その人にイエス・キリストを述べたいところで、
福音を伝えるようになった。
その日、帰ってきて、
それから、
言い言で祈ろう。
以前、私は言い言でたくさん祈ったんですよ。
しかし、途中で何にも、
自分自身がもう、
言い言で祈っても何の効果がないかなと思って、
やめちゃった。
その先生からショックを受けて、
もう、それから祈りましょう。
言い言で今、祈っています。
ほぼ、私は言い言で祈っています。
それから、
何か、メッセージに、
パワーがありそうな、
何とか、
何か、祈りの力ができたような、
また、信仰生活が何か、
以前と違うような、
感じています。
精霊の油注ぎ、
精霊に助けられて、
何かを感じる、
この気持ち、皆さん理解できるんでしょうか。
言い言について、
第一コリント、
中四節には、こう言っています。
二節に、
言い言を語る者は人に向かってではなく、
神に向かって語っています。
彼は、礼によって神秘を語っている。
四節に、
言い言を語る者は自分を作り上げている。
予言する者は教会を作り上げるんですけど、
言い言は自分を作る。
自分の何か、いろいろなメリットがある。
また、中八節には、
私は、あなた方、誰よりも、
多くの言い言を語ることを、
神に感謝しています。
そうしながら、三十九節には、
言い言を語ることを禁じてはなりません。
私は、教会の、ここに、
教会の方たちの、
祈りのリストが全部入っています。
それをもって、一日三回、
祈りします。
でも、私たち神徒は少ないから、
祈って、
名前だけさささっと読んだら、
5分かかりません。
だから、一日三回、
とにかく祈ろう、とにかく祈る。
サムエルが、
私が決して、
祈ることをやめる、
罪を犯したくないと、
言われた通り、私は祈ります。
神徒たちのために、
祈りを続けてやれないことは、
罪だと、私は、
サムエルから教えてもらって、
祈りを言っています。
それから、
残りの時間は、
全部、言い言で祈ります。
なぜなら、
分からないから。
その人の悩みも分からないし、
私が今、
何をもって、
33:00
その人を助けなきゃいけないのか、
分からないから。
とにかく、精霊様に、
その人を助けてください。
委ねる祈りを、
切実に、切実に言っています。
また、私は祈りについて、
教会の皆さんに、こう言います。
祈りは、一回で終わるものではない。
祈りは、積み上げるものだ。
積み上げるもの。
積み上げて、積み上げて、
やっと、ある視点から、
答えが来ますけど、
答えは、続けて、続けて、
出てきます。
ですから、大事なのは、
答えが来るまで祈る。
続けて祈ることです。
落胆しないで。
できれば、意見で祈ることは、
大事だと言っています。
教会の私は、皆さんに、
本当に感謝していることがあります。
私たち教会、
LINEの家族部屋があるんですけど、
LINEのチェッティング。
ある方が入院されたと言ったら、
教会に、ククッと、
LINEの家族部屋に、
誰々が入院されました、
みなさん、お祈りお願いします。
急に、お祈りお願いします。
教会、みんな、祈るんですよ。
すぐすぐ、答えを。
私、祈ってます、
祈ってます、
祈ってます。
これ、結果ということは、
多分、それを、
私は、
これは、いちいち、
数えることではないんですけど、
神様が、必ず助けてくださることは、
私は分かりました。
えっと、
マタイの中八神、中九神。
また、はっきり言っておくが、
どんな願い事であれ、
あなたたちのうちに、
二人が地上で、
心一つにして、
祈る、求めるなら、
私の天の父は、
それを叶えてくださる、
共同体の力を、
感じています。
私の教会、
素晴らしいですよ。
人数が少ないから、
できるかもしれません。
大きな教会、
多分、無理かもしれません。
教会が何かあったら、
みんな一緒に祈るんですよ。
それを、LINEの家族部屋に、
一言、
言葉を通して、
いろいろメモを、
残してくださるから、
もっともっと力になるんです。
本当に私は、
それを通して、
この教会、
もう天国に行くまで、
私たちは、
この状態を、
ずっと維持ができれば、
一番いいなと。
一人一人に行う問題、
いろいろな悩み、
これが私たちには、
もう奇跡を見る、
チャンスだということで、
いつも考えながら、
私たちは祈っています。
共同体の、
本当にパワーの素晴らしさ、
いつも教会の皆さんに、
感謝しているところです。
さあ、信仰生活は、
祈りの生活です。
自分のために祈ることは、
もちろん大事ですけど、
神の栄光のために、
信徒たちのために、
祈ることを、
私たちは神様は、
願っておられるでしょう。
しかし、
神の栄光のために、
何を祈るべきか、
信徒たちの本当の必要、
36:02
本当に大事なことを、
私は分かりません。
これは聖霊様が知っています。
ですから、
私たちは自分の考えで作った言葉で、
祈ることも、
もちろんやっていますけど、
意見で祈ること、
これが本当に大事だと思います。
最後に、
私たちの教会のお年寄りの方が、
私も年寄りになっているし、
私たちが願っていることは、
アンナとシミオンのような人になることです。
おじいちゃん、おばあちゃん、
おじいちゃん、おばあちゃんが何をやったんですか?
メシアを送ってください、
メシアを送ってくださいと祈りました。
結局、
アンナ預言者と、
シミオンの祈りの結果、
イエス・キリストが、
来られて、
自分の何か、
母のところで何か、
来られたよ、来られたよ、
それをやったように、
私たちは日本のリバイバルが来ることを待っています。
皆さん、私たちが伝導すること、
本当にこれは、
オチーフを拾い、
拾いと言うんです。オチーフを拾い。
リバイバルが来たら、これは収穫になります。
日本で一番必要なのは、
収穫、リバイバルです。
リバイバルが来るなら、大収穫はありますけど、
リバイバルは、
祈りを持って準備しなければいけない。
その祈りの群れの中で、
年寄りになった私たちが、
そこに参加できれば、
いいなと思っています。
じゃあ、私たちみんな、
これから日本のリバイバルのために、
一生に、
祈ってみませんか。
お祈りいたします。
神様が神の子供に与えてくださった、
素晴らしい素晴らしい、
独見、
祈りです。
よくよく使って、
神に栄光を与え、
また、神様を喜ばせながら、
神のすべての祝福をいただいて、
日本の方々を使える、
私たちになりたいです。
どうかしよう、
祈りの霊を、
私たちに、
豊かに与えてください。
イエス・キリストの皆を通して、
お祈りいたします。
アーメン。
アーメン、ありがとうございます。
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