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【聖書からはじめる信仰入門③】この世を創造された神様(創世記1:1-25)
2026-06-13 19:54

【聖書からはじめる信仰入門③】この世を創造された神様(創世記1:1-25)

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プロテスタント教会に興味がある方へ向けて、その入り口となるメッセージをお届けします。
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【概要】人間の永遠の疑問?この世は誰が創ったのか?初めに神様が!御言葉と御霊によって!  
6日間の創造を振り返ってみながら…秩序の神様!秩序を破ると必ず死ぬ。創世記  
神様が語られたとおりになったとは?御言葉の権威…この世で最も確かなのは?御言葉を聞いて従うこと。マタイ,25  
・神様が創られた万物をご覧になり、「良しとされた」の意味は?…主の栄光の為に。 被造物の必然的な存在理由と目的、多様性の中で独特性。
#あるアフリカの宣教師の例え話、私たちの人生に起こる すべての出来事には?神様の驚くべき絶対善の計画がある。私は偶然、ここにいるのではない。

【聖書の箇所】創世記1:1-25
はじめに神は天と地とを創造された。 地は形なく、むなしく、やみが淵のおもてにあり、神の霊が水のおもてをおおっていた。 神は「光あれ」と言われた。すると光があった。 神はその光を見て、良しとされた。神はその光とやみとを分けられた。 神は光を昼と名づけ、やみを夜と名づけられた。夕となり、また朝となった。第一日である。 神はまた言われた、「水の間におおぞらがあって、水と水とを分けよ」。 そのようになった。神はおおぞらを造って、おおぞらの下の水とおおぞらの上の水とを分けられた。 神はそのおおぞらを天と名づけられた。夕となり、また朝となった。第二日である。 神はまた言われた、「天の下の水は一つ所に集まり、かわいた地が現れよ」。そのようになった。 神はそのかわいた地を陸と名づけ、水の集まった所を海と名づけられた。神は見て、良しとされた。 神はまた言われた、「地は青草と、種をもつ草と、種類にしたがって種のある実を結ぶ果樹とを地の上にはえさせよ」。そのようになった。 地は青草と、種類にしたがって種をもつ草と、種類にしたがって種のある実を結ぶ木とをはえさせた。神は見て、良しとされた。 夕となり、また朝となった。第三日である。 神はまた言われた、「天のおおぞらに光があって昼と夜とを分け、しるしのため、季節のため、日のため、年のためになり、 天のおおぞらにあって地を照らす光となれ」。そのようになった。 神は二つの大きな光を造り、大きい光に昼をつかさどらせ、小さい光に夜をつかさどらせ、また星を造られた。 神はこれらを天のおおぞらに置いて地を照らさせ、 昼と夜とをつかさどらせ、光とやみとを分けさせられた。神は見て、良しとされた。 夕となり、また朝となった。第四日である。 神はまた言われた、「水は生き物の群れで満ち、鳥は地の上、天のおおぞらを飛べ」。 神は海の大いなる獣と、水に群がるすべての動く生き物とを、種類にしたがって創造し、また翼のあるすべての鳥を、種類にしたがって創造された。神は見て、良しとされた。 神はこれらを祝福して言われた、「生めよ、ふえよ、海の水に満ちよ、また鳥は地にふえよ」。 夕となり、また朝となった。第五日である。 神はまた言われた、「地は生き物を種類にしたがっていだせ。家畜と、這うものと、地の獣とを種類にしたがっていだせ」。そのようになった。 神は地の獣を種類にしたがい、家畜を種類にしたがい、また地に這うすべての物を種類にしたがって造られた。神は見て、良しとされた。

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サマリー

このエピソードでは、創世記の冒頭部分を通して、天地創造の起源と神の主権について解説します。神は御言葉によって秩序ある世界を創造され、すべての被造物には固有の目的と計画があると説きます。また、アフリカの宣教師のたとえ話を通して、人生で起こる出来事すべてに神の絶対的な善の計画があることを示し、聖書を学ぶことの重要性を強調しています。

創世記の重要性と起源
みなさん、こんにちは。東京ぶどうの木教会のファンと申します。
私たちの教会は、神の御言葉、聖書を用いて、みなさんにグッドニュース、福音を伝えたいと思っています。
今日は創世記のはじめの部分を一緒に分かち合いたいと思います。
聖書の理解のために、一番大事なのは、創世記のはじめの部分をどう読むのか。
はじめのボタンを正しく閉めるとき、次のボタン、次のボタンを正しく閉められるように。
信仰生活のはじめのボタンということは、創世記はじめの部分の理解です。
何週間続けて、創世記の部分を分かち合いたいと思います。
聖書には、どんな本にも書かれていない、天地相乗のお話が書かれてあります。
もともと、創世記は英語でジェネシスということで、起源ということを意味します。
創世記は、今、私たちの周りに存在するすべてのことの始まりと、起源について、正確な情報を私たちに与えてください。
創世記一章一節、はじめに神は天地を相乗された。
これは本当に大事なメッセージですね。
全世界、この地球はどのように存在するようになりましたか。
天地万物を相乗された神様はどんな方ですか。
皆さん、この世で過ごしていた、このすべての人は、一度このような希望を持てたと思います。
あえて、誰がこの世の中を作られたのか。
こんな大きなものを、誰が作ったのか。
しかし、誰かが作らなかったら、これは存在しないでしょう。
考えはしてみますけど、答えは誰もわかりません。
ですからここに、かつて多くの神話が存在します。
また、進化論。
チャールス・ダーリンという人。進化。進化してこのようになった。
また、相乗論ということがあります。
しかし、天地万物の初めのところの天地万物の相乗のことは、
どこにも書かれていないし、誰にも見たことはありません。
だから、みんなわかっていません。
ただただ、進化論ということは偶然にできたということです。
これでいいでしょうか。
また、相乗論ということは、ある絶対者が特別な目的を持って、このすべてを相乗された。
じゃあ、どちらを信じるのか。
それは私たちの人生で非常に大事。
聖書は初めから、初めに神は天地を相乗された。
断言しています。
神の主権と人間の疑問
神様がこの世の中のすべてを相乗されたとするなら、なぜ作られたでしょう。
その理由、その目的、それをわからないまま人生を過ごすなら、
これは正しい人生になれるでしょうか。
世の中はどうだとしても、皆さんはどうですか。
私は、私自身に対して、本当に深刻な疑問を持っています。
なぜ私は。
正直に私の体、私の姿、全体が私に気にありません。
私の弟が私より、背が10センチも高い。
なぜ私は背が低い。
また、あまりイケメンという姿ではない。
また、私の家は貧しかった。
なぜ私の家は。
また、頭もあまり良くない。
悔しさがあります。
そして、母に聞いてみました。
なぜ私をこんなに小さい、頭もあまり良くない、あまり姿も優れてない、こんな状態で作ったんですか。
と言ったら、母がこう言いました。
私があなたを産んだけど、私自身もわからないよ。
では、母もわからなければ、誰が私をこのような姿で作ったんでしょうか。
これが今日の聖書の一章一節。
初めに神が天地を作られた。
神様に、なぜ私をこんな姿で作ったんですか。
聞いてみなければいけないでしょう。
聖書は、その神様が主権を持っている。
また、永遠に自ら存在しておられる。
始めであり、終わりであるお方だ。
ご自分の意のままに、すべてを作られるお方だ。
これが神様の主権。
そうじょう主神様、非常口だろう、私たち。
では、私たち非常口だろう、私たちは、そうじょう主神様の主権を認めなければいけない。
このような言葉が、そうじょう主神様の主権に、非常口である私たちがどのように反応するかによって、その非常口のすべてが決められる。
一生涯、なぜ、なぜ、反発して生きるか。
神様の主権を認めて、神の御胸に従って、合わせて生きるか。
これが人生のすべてを決められる。
創造の六日間と秩序
では、初めに想像されたこの世界の状態はどうですか。
聖書は混沌、無実情、テイヨスという。
しかし、そこに神の御言葉が入っていったら、美しい実情がある世界になった。
御言葉が入っていったら、無実情が美しい世界になった。
これが、神の御言葉を私たちが学ぶ理由があります。
では、3節を見てみましょう。
3節からは、天地創生の始まり。
まず神様が始めに、光を創る。
この光は、今、私たちが照らされるこの光ではありません。
これは、命の生き、生きと言いましょう。
すべての万物を生かして動かす力。
これは、聖書の中では、神の御品性と言われています。
初めの日、光を創られました。
2番目の日、初めに創られた地球は水に覆われていた。
その中で、神様が大空を創られました。
大空の上の水と、下の水があります。
後に見てみますと、大空の上の水は、ノアの洪水の時に雨として地上に降られて、下の水は海になりました。
2日目は、海と土の上に、いろいろな草、果樹、野菜を創られました。
4日目に、太陽と月と星を創られました。
5日目には、水の中の生き物、また空の中の生き物を創られました。
6日目は、地上の上の生き物、また人間を創られました。
そして、創られたすべてのものに対して、埋めよう、増えよう、地に満ちて、地に満ちて、ということで、すべての被植物が繁栄するように祝福された。
これを見てみますと、初めに環境と条件を創られました。
そこから、無生物から段々とレベルがある存在を創られました。
最後に、このすべての世の中の管理・責任者である人間を創られたということが理解できますね。
天地相乗の中で、まず一つ覚えるべきことがある。
神様は、秩序の神。
神様は、この世の中を秩序の中で、すべての被植物が幸せに過ごすように創られた。
大事なのは、秩序を破壊するなら、必ず死ぬということです。
ですから、魚は陸地の上に登りません。
鳥は水の中に入りません。
自分の居場所を離れたら必ず死にます。
地球が太陽の周りを回っているのですが、正確に距離を保ったまま回ります。
勝手に近づいたり遠くなったりするなら、地球の上の生き物がすべて凍ったり、燃やされたり、全部死んでしまいます。
ですから、神様は秩序の中で、美しい世界の中で、すべての被植物が幸せになるように創られた。
しかし、秩序を破壊するものがあります。
それは、自分の位置を離れた天使たち。
この天使たちが、これから悪霊、悪魔になってしまいます。
また、人間が、地獄の知識の木の実を食べて、神様から離れてしまいます。
その時、地獄の知識の木の実を食べたら必ず死んでしまう。
神様との関係がダメになるということもありますが、
そうすると、神様からの罰、死ぬ。
ですから、この悪霊と神から離れた人間は、地獄の刑罰を受けるようになります。
神の御言葉の力と保証
小説1章を読んでみますと、
神様が言われた、神様が言われた、
この、神様が言われた、
これが、続けて、続けて、神様が言われた時、何が起こったのでしょうか。
神の御言葉はどんな力がありますか。
言われた通りになった。
これは、神の御言葉の力。
人間がいろいろな言葉を語りますが、
その御言葉通りになるような、これを成し遂げる内的能力はありません。
人間は、自分が約束したことを守る力もない。
しかし、神様は全てを守る力があります。
ですから、私たちの人生の一番確かな保証、
神の御言葉に委ねて生きる時、一番確かです。
世の中がなくなっても、神の御言葉、一点一角も変わりない。
すごいでしょう。
被造物の意味と目的
神様が作られた、全てを見られた、この所感ということは何でしょう。
良かった、良かった。
そして最後は、人間が作られたからは、非常に良かった。
これから見てみますと、非常物の存在意味と目的は、
神様を喜ばせるため、神の栄光のために生きるという言葉がここから出てくる。
非常物を見てみますと、神様の想像の中で見てみますと、
神様が一回作られたら、これは永遠にOK。
何かを補ったり、修正する必要が全くありません。
神様が一回で完全にOK。
また、多様化の中で独特性。
植物が23万種類、動物が100万種類、世の中にはあるって言うんですけど、
この一種類であり、アリっていうことが、皆さん土の上をよく見てますと、
アリがあっちこっちにあります。
数多いこのアリの中で、一匹も全く同じものは存在しない。
全てが違う。独特性がある。
これは本当に考えていいでしょう。
また、非常物には必然的な目的と計画がある。
道端の草一本さえも、そこにいるべき理由があるからそこにいるんだ。
人間は、神様がすべての万物に、はるかに偉いものとして人間を作られた。
だから、人間は必然的な計画と目的を持って、今ここに存在している。
じゃあ、この神の計画、必然的な目的と計画をどうして、どうすれば、これは分かりますか?
ですから、聖書を学ぶ必要がここにある。
アフリカの宣教師のたとえ話
それをいつ悟るか、そこから誠の人生の始まり。
アブラウンは、75歳にそれを分かりました。
ゴーゴルセは、80歳になって分かりました。
シト・パウロは、ダマスコで雷を打たれてから分かりました。
誠の意味がある人生。
それを私たちも、聖書の学びを通して、見つけるべきではないかと思います。
そのために、一つ例を挙げてみましょう。
このアプリカの宣教師の話です。
20世紀の初めに、アメリカでリバイバルがありました。
そこから、全世界に世界宣教が行われました。
ある若者が、イエス様に出会って、自分の人生を主に捧げたい。
そして世界に出て、世界宣教を、あちこちから宣教師たちが帰ってきて、
この国に来てください、来てください。
自分はアフリカに行って、宣教をしたいと思って、
神様に祈って、熱心に熱心に私を使ってください。
私はここにいます、という祈りを続ける。
ある日、事故が起こりました。
大きな交通事故。
病院に運ばれて、
病院からは仕方がなく、足を切断しなければいけません。
自分は神様のために、世界宣教をする、神に献身する思いを持って、
主のために行きたいと思っていたのですが、
もう、交通事故で障害者になってしまいました。
それを考えるときに、私は神のために行きたいと思いました。
神様が私に何をしてくれたのか。
恨んだ。
新学校の寮に過ごしたと思います。
新学校の寮の人々が彼を見て、
毎日神様を恨んで、お酒も飲んで、何とかいろいろやっているから、
彼は事故によって人がためになった、ためになった。
人に会いたくもない。
でも、自分の人生をやめたいと思って、自殺も図ったのですが、
なかなか死ぬことさえも自分勝手にはできません。
だから、人たちがいないところに行きたい。
ああ、昔考えていた、アフリカに行こう。
アフリカに行って、海辺で、後ろは森があり、
前にはスミブ、砂の上で、周辺線を見ながら、
その日もお酒を飲みながら、
自分の人生を恨んでいるところ、
人食い人種たちが、その人たちに捕まえて、
連れて行かれて、これからも壊れるような状況になる。
その時、彼は自分の足、
切断した足のところにゴムで作った足を入れておいたところに、
ゴムの足を剥いて、それからガーッと投げた。
人ごとに実はびっくりするのです。
ああ、この人間は食べられない人間だ。
その時、もう神を拝むように、
この人の前でヒレをして、わーっと拝もうとする。
その時、彼は悟ったのです。
なぜ神様が、私の足を、
この切るほどの軸を与えてくださったのか。
もし自分は、もう健全な体を持ってアフリカに来ていたら、
この次の日、人食い人種に食われてしまったかもしれない。
だから、自分の足を、このような軸を。
そのことによって、人食い人種たちは、
この人は食べられない人間だと思って、
その人は神のように考えながら、
その人からの教えをもらい、福音を伝えることができた。
人生の計画と聖書の学び
皆さん、私たちの人生に様々なことが起こります。
私たちの人生に行われる全てのことには、
神様の必然的な計画があります。
絶対全の計画があります。
それを聖書を通して、神の身分を学びたくはありませんか。
そして、私たちの人生を、
本当に神様が願われる素晴らしい人生として、
これから生きたくはありませんが、
私と共に、一緒に、この聖書の学びを続けてやっていきましょう。
今日も聞いてくださってありがとうございます。
神様、本当に、
神の見姿で私たちを作られたことを感謝します。
私たちの人生は、全て計画があり、
神様の身分があることがわかります。
私に与えられる神様の身分を教えてください。
神の後計画を教えてください。
私たちは従って、
私の人生を神様に、
本当に意味がある人生、
祝福される人生として生きたいと思います。
イエス・キリストの名を通してお祈りいたします。
アーメン。
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