1. 問いたいオンナたち
  2. #1 自分なんかが評価していい..
2026-02-13 43:43

#1 自分なんかが評価していいの?

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▼ep1 概要欄
【今回の問い】こんな私が評価していいの?

自分も他人も評価するのが苦手なYoko  女性が陥りやすいある症状とは…?
▼今回のトーク
Makiの大人に頭を下げられない学生時代/Yokoの戦略的関西弁スイッチ/こんな私が評価していいの?/成功が自分の実績だと思えない/「出来ないクセに」が怖い/インポスター症候群/状況による認知のゆがみ/「使える奴使えない奴」が嫌い/共感力が高いから胸が痛い/失敗経験からの自己認識/評価は凸凹を把握する作業/評価に不満なのはちゃんと見てもらえていないから/子どもの凸凹がアウトプットになった時/そこに愛があれば

▼番組について
仕事も家庭も、それなりに頑張ってきたアラフォーのワーママ  MakiとYokoが、日々ふと湧いてくる「これって、私だけ?」 そんな小さな疑問や違和感を、持ち寄って話します。
通勤電車の中や、家事の合間に。答えは出なくても、一緒に“問い続ける時間”を つくっていきましょう!

▼番組への感想やメッセージ、あなたの問いをお待ちしてます!
リンク

サマリー

アラフォーのワーママであるMakiさんとYokoさんは、自己評価やキャリアに関する疑問を共有し、評価面談やプロジェクト成果に対する自信のなさについて話しています。このエピソードでは、彼女たちの自己紹介を通じて、それぞれのキャリアパスや考え方を探ります。また、評価の難しさや自己評価についても掘り下げており、特にインポスター現象や女性特有の評価の葛藤について触れています。成功と自分の能力に対する認識のズレについての考察も行っています。このエピソードでは、評価に対する苦手意識が他者へのフィードバックにどのように影響するかについても考えています。さらに、自己評価の重要性や子供の強みを正しく評価する必要性について語られています。エピソード1では、他人を評価することへの不安や、愛をもって他人の凸凹を理解する重要性についても考察されています。

自己紹介から始まる対話
問いたいオンナたち。
仕事も家庭もそれなりに頑張ってきたアラフォーのワママMakiと
Yokoが
日々ふと湧いてくる。これって私だけ?
そんな小さな疑問や違和感を持ち寄って話します。
通勤電車の中や家事の合間に、答えは出なくても
一緒に問い続ける時間を作っていきましょう。
さあ、エピソード1なので。
はい、エピソード1ですね。
今日の自己紹介をしながら、場を温めていきたいかなと思います。
まだなんか緊張感ありますね。
ありますね。
噛んじゃいますね。
噛んじゃいますね。
では、私の自己紹介。
はい、Makiさんから。
Maki、40歳。
40歳。
昭和60年生まれです。
生まれは横浜なんですが、
地はですね、宮崎によっている。
うちのお父さんとお母さんは、2人とも宮崎県出身で、
父はいわゆる定種間白。
母は夫の後ろを3歩下がって、みたいな、
非常に男尊女卑な家庭で育ちましたが、
育ちましたが、結構うちの親は、
女性がたくましく生きていくために、みたいなことをよく語っている親でして、
資格も取った方がいい、みたいなことで、
小さい頃から結構勉強しろって言われてました。
なので、大学生の時、結構チャランポランだったんですけど、
いかに就職活動しなくて生きていけるか、みたいな話をしていた時に、
じゃあ資格取れば、みたいな話になって、
目の前でティッシュ配ってたのに、
CPAって書いてあったんで、これにしよ、みたいな感じで、
会計士の勉強をし始めて、会計士になって、
ところが会計士自体はすごくつまらなくて、
これはつまらないから、この先ずっとこの仕事はできないぞと気づいたところから、
アドバイザリー業務で、買収案件とか、
そういったところのアドバイザーを務めて、
かっこいい。
それでも、なんか元気だったんでしょうね。
シンガポールに行って、全く働き先も大して決まってない中、
シンガポールに行って、そこで就職面接を受けて、
それでシンガポールに移住して、2年ぐらいですかね、働いて、
シンガポールも大変だ、みたいな、そんなノリで日本に帰ってきて、
ファンド業務をやったりとかして、
今大手の日経の企業に勤めるようになったと。
一気にいきましたね。
ところですね、確かに。
最後ガガガガっと。
なんか途中で気になったんですけど、就職活動をしなくていいように資格取ったってどういうことですか。
普通しますよね。
その時すでに、しゃに構えすぎていて、
大人に頭を下げることができない。
よろしくお願いしますとか、雇ってくれたらこんな頑張りをしますとか、
そういう可愛げを見せられないって自分で思っていたので、
普通の就職活動をしても絶対勝てない。
面白い。
まず自分との戦いだ、みたいな、そんなところだったので、
いかに人に頭を下げなくても、それなりの給料がもらえるのかなって、
そういう、
なるほど。
そういうちょっと、しゃに構えた意思決定でした。
戦略的に就活をせずに済む方法を考えたんである。
そう。結構早々に就職活動は嫌だなって思ってましたね。
で、就職活動イコール、まきさんの中で人に頭を下げるみたいなイメージがあったってことですよね。
評価の苦手意識
あとね、集団行動が苦手で、
当時は、まさにこう大きな会場、国際フォーラムとかに集まって、
もうほんと何万人がここにいるんだろう、みたいな中、ブースに行って、
そこで同じ服を着て、
やってましたね。
という、集団行動が苦手だったっていうのもある。
なるほど、なるほど。そういうことか。
すごいですね。でも冷静に自分を見つめて、
冷静だったのかな?
向き不向きとこう、あと戦略的に勝てる方法を考えて、
なんてしただかな。
どうだろう。
まあ、そんな感じだったので、ちょっと回り道しながら、
一番がやりたいことを探してきたっていうことかもしれないですね。
なるほど。
じゃあ、ちょっとひるがえって、
ようこさんの自己紹介を。
はい。
みなさんこんにちは、ようこです。
私はですね、私も今39歳。
まきさんの一つ下、昭和61年生まれという感じで、
出身は大阪。
大阪、大阪の結構南の、
なので、ちょっとイントネーションがちょいちょい関西が混じるんですけど。
もっと出していいけどね。
結構関西弁のようこさん好きだけど。
そうですね。本当ですか。
結構ゴリゴリの、本当大阪の南の方なので、きつめの関西弁だったんですけど。
きつめの関西弁。
それこそ就活とかで結構強制されていってというか。
マイルドになったんだ。
なったんやと思います、たぶん。結構マイルドになっていて。
で、それでも最初就職して、新卒の時は大阪勤めだったので、
もうゴリゴリの関西弁だったんですけど、
東京がもう長くなって、何年だ?
もう10年、15年とか6年とかになってくるので。
そうなると、逆にコテコテの関西弁は使えなくなったりするの?
いや、全然実家に帰ったり、家族と話すときは全然できますね。
スイッチが入る。
スイッチが入ります。
でもなんかちょっと客観的に見てる自分もいるので、なんか…
今、私コテコテだなみたいな。
意識してコテコテスイッチを入れているような気がする時点で、
もうコテコテではないのかもしれないと思う時はありますが。
標準語の人としゃべるときは、コテコテスイッチ入れにくいってことかな?
そうなんですよ。入れにくいって感じですね。入れにくいっていう感じですね。
確かにね、度合いがありますよね。
そうなんですよ。
陽子さん、今関西弁スイッチ入ったなっていうときと、今は入ってないなみたいな。
なんか、あえて入れに行くときの方が増えたかもしれないですね。
なんか大事なプレゼンのときちょっと入れたりするよね。
あれは戦略的に。
戦略的に無意識だけど、ちょっと意識してやってるんでしょうね。
その方が個性が出るとか、自分が相手に印象付くんじゃないかみたいな気持ちで、多分やってると思います。
結構その大事な、GO、NO GOみたいな判断をしなきゃいけないプレゼンのときとかに、
お、出た。関西弁だ。
そうそうそうです、多分。
その方が強い感じになると思っているのかな?なんかわかんないですけど。
そうかもしれない。
意志のありそうな感じに聞こえると思って、そうしているのかもしれないですが。
まあまあどちらも流暢に使いこなせるようになってきたはず。
いいよね、確かに。すいません、再現してしまいましたが。
すごい、もうそこで。
なので、まきさんとの対比で言うと、前回も話しましたけど、私は新卒からずっと同じ企業に勤めて、
今も本当にまきさんと一緒に仕事を同じ会社でしているという感じですけど、
その中でのキャリアはいろいろと変わったりはしていますが、
基本的に同じ会社で17年間ぐらいずっと働いてますというところですね。
そうだよね、すごいよね、もうこの前金属何年で表彰されてたっけ?
15年が去年か、あれ?
一昨年か。
一昨年とかにありましたね。
春で17年ですね。
すごいよね、私一番長い前職で6年なんですよ。
そうなんだ。
だから、17年って、本当すごいなと思いますね。
すごい浮気しないいい女みたいな。
そうですね、でも別に辞めたいと思ったことも、直近はちょこちょことありましたけど、
絶対絶望的にもう無理だ、辞めようみたいなことは、前向きにキャリアチェンジしたほうがいいかなみたいな気持ちはあることはありますけど、
割とこう、盲目的に愛せるタイプかもしれない。
盲目的に愛せる、なんか危険なニュース。
割と好きになったら一途かな。
では今日、アジェンダにしたい問いは、こんな私が評価していいの。
これは、ようこさんがピックアップしてくれた問い、第一発目なんですけど、
これ、ちょっと話したいなと。
この問いは自分ごとだなと思った、そんなエピソードはありますか?
なんか評価、評価が苦手なんです、私多分。
よくあるじゃないですか、普通の会社さんだったら評価面談というか、
あの場がまず、そもそも結構いつも苦手で、
自己評価、自分を評価するっていうことがまず苦手っていうのと、
あと、上司の360度評価とかよくあるじゃないですか。
それも結構苦手。
すごい苦手でやりたくないなって思いながらやってますっていう話と、
今私マネジメントの役職でいうと一歩手前ぐらいなので、まだ部下はいないんですけど、
その年次とか立場になるとそれも視野に入ってくるわけで、
これ自分が部下を評価するのかっていう、
自分なんかがっていう、なんかは言い過ぎなんですけど、
でも私が評価しちゃっていいのかしらみたいな、
そんなことを結構、特にこないだ会社が一重にだったっていうのもあって、
年明けて評価面談みたいなのをして、
そういう時はいつも結構思いますねっていうこととか、
あとなんか、こないだ前の部署の、私の今の所属じゃなくて前の部署の仲間たちとの飲みに行って、
そういう時って結構昔の楽しかったプロジェクトの話とかするじゃないですか、
で、その中で、でもなんか同じプロジェクトの評価をした時に、
私はやっぱりなんか自分の実績だとあんまり思えなかったというか、
結構そのプロジェクト自体は私が回したもので、私がプロジェクトマネージャーだったものなんですけれど、
やっぱりそのリーダーとか上司がいたからこそできた結果であり、私の成果では、
それは会話の中ではどういう感じになるの?
いや私の、私なんかではなく、あの時の○○部長のおかげですみたいな、
なんかやらしいな、いやいやいや、そういうことじゃなくて、なんでそんな、
でも、私がやっぱり多分自信がそんなにないみたいな、
その例えば前職の職、仕事場に戻って、
例えば立場が変わって上になって活躍できる自信があまりないみたいなこと、
多分こぼしちゃったと思う、こぼしちゃったんだと思うんですよ。
私よりすごい人たちがいっぱいいるしみたいなことを言った時に、
なんかその時のリーダーだった人が、
え、じゃあお前あのプロジェクトもあれ、自分がやったって、
自信のなさとプロジェクトの成果
自分のおかげで今プロジェクトとかブランドが上手くいってるって思わないの?って言われて、
え、思わんなぁみたいな話になって、思わんっていうか、
ちょっと心の中で誇りに思う気持ちはちょっとあるんですけど、
どっちかっていうとちょっとなんですよね。
どっちかっていうと、やっぱりあの時リーダーと課長、マネージャーがいたからできた仕事だって思います。
それを見た、たまたま他の人たちみんな男性人だったんですけど、課長もリーダーもそうだったんですけど、
真っそく自分とは違う、自分はそうは、自分だと思わないっていう感じだったんで、
これ私個人の話なのか、女性にありがちなのか、みたいなのもちょっと思う中で、
今回このアジェンダがあったんで、ぜひみなさんどうなのかなっていうのを聞いてみたいなって思ったっていう感じでしたね。
なるほど。それはファクトとしては、やっぱり陽子さんがいなければ、このプロジェクトはうまくいかなかっただろうなとは思う?
いや、それが思わないんじゃないですかね。
私じゃなくてもあれはうまくいってたみたいな話?
はい、言ってしまえばそうですね。課長とリーダーがあの人たちであれば、うまくいったんじゃないだろうかって思う気持ちがあります。
私だったら恵まれて、その課長とリーダーに恵まれて、いい指導とかいいサジェスチョンをもらって、いいリードをしてもらったから、
基本私がプロジェクトというかブランドのマネージャーなんですけど、
評価の難しさ
やっぱそう導いてもらったからできたことであろうっていうふうに思ったって感じですね。
確かにプロジェクト何か成功するときに、何かをエクセキュートする、実行するみたいな人のほかに、それを正しい方向にガイドするっていう人がいるほうがうまくいくことは多いけど、
これ結構二人三脚じゃないですか。
そうですね。
一つの脳みそで、マネージすると、エクセキュートする、実行するっていうのをやると、どうしても自分に甘くなっちゃったりするし、
絶対メタ認知とかしづらいですよね。
だから、その両輪だなって思うんだけど、そのガイドがあるとして、自分は実行能力が高いのかな、みたいなことにもならなかった。
これで、評価の話じゃないかもしれないですけど、もしかすると、私がマネージャーになったらしたらというか、
一つ目線が上がったとしたら、役職が変わったとしたらしても、当時の私のような人をリードできるような立場にあるんだろうか、みたいな感覚だったので、
なんか、より評価しづらいのかもしれないですね。
インポスター現象の理解
なるほど。感想レベルでしかないけれど、そこのプロジェクト、重要なプロジェクトを任された時点では、実行者としての経験値がどんどん高まっていったけど、
その、水先案内人みたいなことをやる訓練は全然なかったから、自分が水先案内人になれるイメージを持てなかったとか、そういうことかもしれない。
でも、そうかもしれないですね。
そうですね。
まあ、そうかもしれないな。
もしかしたら、いつまでもこの完璧な自分みたいなものとか、少し先の自分みたいなものを追いかけて、足りないものを結構埋める形で割と自分を成長させてきたみたいなタイプなんで。
好情心が高いね。
いや、でも、なんか一生そこは評価難しいのかなと思ったりっていうのと、あとなんか、評価することで、自己評価の話もあるんですけど、
相手の評価みたいなところで言うと、なんか結構評価して、嫌われるのが怖いみたいな気持ちがあるのかなって最近思ったり。
それはネガティブなことを言いづらいってこと?
そうですね。ネガティブなことを言いづらかったり、評価するっていうことは相手にできていないっていうことも含めて言うじゃないですか。
じゃあなんか、お前はできているのかっていう跳ね返りが怖いんだと思うんですよ。
そうだね。
なんかそういう、一番私が多分恐れているのは、できないくせに〇〇って思われること?
それは自分が嫌いなタイプってこと?
それを思う人ですか?
うん。その自分ができないくせに、相手のことをネガティブに評価するみたいな人を見て、こいつみたいにはなりたくねえなみたいな。
いや、それは違うんですよね。
あ、そうなんだ。
私はあんまりそれはなくてですね、むしろそれを言っている人が結構苦手なんですよ。
それを見る、そのシーンを多分何回か見たことがあって、できない人に対して、できないくせに〇〇って。
できない人っていうか、そもそも彼女とかその彼とかから見ると、できないように見えて、その分野においてはできないように見えている人たちが、なのに高いポジションにあるとか評価するみたいなことが、なんかに対して文句とか不満みたいなことを言っているシーンを多分見たことがあって、そういうふうに自分も言われたらどうしようっていう恐怖だと思います。
なるほどね。
なんかそのレッテルを張られるぐらいなら、自己評価を下げたほうがいいって思ってるんじゃないかなって。
じゃあ一応守りの手段として、それだったら評価しない立場のほうが楽だし、みたいなことを。
自分の評価自体は低いって思ってたほうが楽だって思ってるのかなって、最近ちょっとこれを深掘りしてみて思いました。
この私なんかが評価していいのっていうアジェンダを上げたときに、私ちょっと違う本とかで読んだ研究の話があって、ちょっと古い研究なんですけど、インポスター現象っていう名前がありまして、
これ1978年にポーリン・クランスさん、スザンヌ・アイムズさんという2人の研究者が論文を出しまして、工学歴、すみません、工業籍女性に見られるインポスター現象なるものを研究したものです。
で、工学歴女性、工業籍女性、専門職、エリート職、いわゆる成功者と言われる女性たちが、その成功にもかかわらず、自分を有能だと思えない、成功を実力と結びつけない、いつか正体がバレると恐れているという共通のパターンがあることを発見した人。
あ、結構似てるね。
私だ。正体がバレるって思ってる。
そうそう。で、自分の成功を自分の能力だと認めず、例えば、いやいや私は運が悪かっただけなんです。
はいはいはい。
庶民が助けてくれたからなんです。
運が良かったってことですね。
課題が簡単だったんです、と言って、自分の能力ではないと切り離すと。
で、逆に失敗した時には、すみません、自分が無能だったんです。
はいはいはい。
ってする。
なるほど。
成功は外部要因で、失敗は内部要因と、非常に非対照的な原因帰属を起こしていると。
そんなような結果が出ました。
なるほど。
で、これ、常にバレる不安を抱えていると。
はいはいはい。
さっき言ったのですけど、いつかは周囲に見抜かれちゃうんじゃないか、みたいな慢性的な不安があるので、こういう発言をしてしまうと。
なるほど。
で、これは多くの人が完璧主義的に準備しすぎたり、なんか不安が強すぎて先延ばしして、直前で必死であるみたいな変な行動パターンも生んでしまうと。
はいはいはい。
で、どちらもこのような極端な行動パターンを生んでいるのは、実力が漏停するのが怖いというところにあるらしいです。
なるほど。
これは私の、私について書いたような。
ぐさぐさくる、ぐさぐさくる。
当時のこの2人の研究者の仮説は、女性は喧騒を求められる文化におり、成功を主張しにくい社会的期待があり、男性中心の職場で例外的な存在になりやすい。
そのため、自分の成功を正当な実力と感じにくく、常に居場所が不安定だと感じやすい、とのことです。
なるほど。
なので、実はこの行動とか発言っていうのは、実際の知能や能力の低さとかにはあんまり関係がないということで、認知の歪みですと。
成功体験がちゃんと内在化されてないっていう、そういう心理状況なんですよ、というような話がありました。
評価の葛藤と社会的期待
さっき陽子さんの口からも、女性特有なんですかって話があったんですが、このインポスター現象、インポスター症候群ってちょっと現代的には呼ばれてますけど、
実は男性にも起きる。
なので、さっき言った喧騒を求められる文化とか、成功主張しにくい社会的期待があったりとか、
自分が例外的な存在になりやすいみたいなことが当てはまれば、この現象は起きるっていうことなんですかね。
なるほど。
だから自分がちょっとでもマイノリティで、異質な存在だと扱われやすい状況にあったりとか、
なんかひけらかすと嫌われるみたいな、そういう状況にあると、自分が成功しても、
そうなんです。今年の評価はAでお願いします。って言いづらくなるっていうことですかね。
どうだろう。今のその仮説、喧騒を求められる文化、成功を主張しにくい社会的期待、例外的な存在である。
この辺は当てはまる感じしますか。
なんか、例外的な存在であるみたいなのあんまり、当てはまるのか、
まあ当てはまるか、冷静に考えると言ってもいないな。
男性優位な。
私がそのブランドの担当し始めた頃とかは、確かにチームにも女性いないみたいな感じでしたけどね。
上司は?
上司も男性。
男性。
男性、まあ確かにね。ありますかね。言っても無意識のうちにあるかな。
あとなんかその完璧主義っていうのは、だからこそそうなるっていうのはなんかよくわかるなっていう気はしました。
そうだね。
なんか未完成だから、やっぱり評価してはいけないみたいなこととかはやっぱり思うし、
それが女性が特にそういう風に自分の評価をしがちっていうのはなんかよくわかるなとは思いますね。
これ、昇進の話とか出た時も、私なんかが昇進しちゃって、周りの人よりも評価されていいんでしょうかみたいに。
いや、これね、私違うんですよ。それ思わないんですよ。
そっちは違うんだ。
で、なんかその差は何だろうと思った時に、昇進は評価を受け取ることじゃないですか。
それはできるんですよ、別に。
だっていただいて、謙遜しつつも別に評価してもらうっていうこと自体は喜ばしいし受け入れられることなんですけど、多分自分で評価することが苦手なんですよね。
だからなんか評価するってやっぱ自責じゃないですか。
自分に対してもこうだっていうとか、相手に対してもこうだっていう、なんかそれの自信がないっていう感覚。
ちょっとこれ人によって違うんかもしれないですけど、私はそうなんですよね。
おそらくその昇進して両立できるかなとか、仕事と家庭と育児と両立できるかなとかっていう、そら不安はあるかもしれないんですけど、
でも一定昇進イコール評価だと、その職責を担えると評価されたっていうことに対しては受け入れられるけれど、
誰かを評価するとか自分を評価するっていうことは苦手であるっていう、なんかそういう感じですね。
なるほどね。
っていう感じですね。
なんか、評価っていうもの自体が苦手っていう感じなんですよね。
で、なんか私これ結構解釈する中で、人のことを使える使えないっていう人いるじゃないですか。
怖い怖い。
私それ本当苦手で。
確かに言ってないね。
めちゃくちゃ怖いなって思うんですよ。
確かに。
よくその言葉を普通の顔で言えるなという気がしてしまうタイプで。
人間不信。
人間不信。なんかその、なんでしょう、雑な評価みたいなものがすごく嫌い。
逆に言うと私多分すごく愛ある評価を結構受けてきたという感じがしていて、さっきの周りに恵まれたみたいなのもそうですし、
今までの評価面談とか、低い評価がついたとしても納得できなかったことはないんですけど、
どっちかというと、評価を雑につけるとか、まるで物のように扱うみたいなことの方が怖いみたいな気持ちがあるんだなって思ってきたんですよね。
私その金融業界に行った時の毒を吐くと、その使えないやつみたいなワードは頻発されてましたね。
もう物のようですね。
アソシエイト、そのまだ若手で、エクセル使いながら分析したり、カーボン作ってダメ出しを受けてるような若手が、
アソシエイトって呼んだりするんですけど、アソシエイト使えないとか、アサイン外してやるぜみたいな、
そういう悲しい会話は結構飛び交っていましたね。
その時は言うてもみんなどんなにボロクソ言われても、結構すぐ転職しちゃうんですよね。
だからその言葉が中長期的にどう響くかみたいなことを考えてなくて、
採用コストこれぐらいかかったから、採用年でこれぐらい回収しなきゃいけないよね、ぐらいのドライさはあった気がするな。
苦手だな、その世界は。
だから評価する立場になった時も、新しいタスクが増えたな、みたいな感じでしたね。
もちろんすごく人間味があって、ネガティブなこと言えないっていう人もいたんですけど、
でもみんな結構次のキャリアを考えてる人たちが多かったから、
はっきり言ってくれないと、今の評価は良かったってことですか?それとも悪かったってことですか?どっちですか?みたいな、
理解に苦しむんですけど、みたいな逆フィードバックが来る。
なるほど、なるほど。
はっきり言ってくれ、みたいな。
はいはいはい、面白い。
だから、言葉で頑張ったんだけど、こういうところでもうちょっとだよね、みたいな言い方をすると、
え、だったらBじゃないですか?なんでCって書いてあるんですか?みたいなことで、
BじゃなくてCの理由、AじゃなくてBの理由っていうのが、結構問われがちなイメージですね。
なるほど、なるほど。
評価に対する苦手意識
そうですね、だからフィードバックだったら、違和感ないんだと思うんですよ。
なんかその、やっぱりその評価して、点をつけて、短期的に人を、なんかコマのように扱うじゃないですか、みたいなのが、
なんかちょっと苦手だな、それって自分がやられたらすごく傷つくな、みたいな、なんか気持ちなのかもしれないんですよね。
なるほどね、なるほどね。
自分が評価されてるかどうかというよりも、こうちょっと見下すじゃないけど、リスペクトがないような言動はあんまりできなくて、
ネガティブな評価をしなきゃいけないときに、そこはうまく落とし込めないっていうことなのかな、感情の整理が。
そうですね、なんかその他人から向けられる矢印みたいなものに、多分敏感なタイプなので、
それこそ女性に多いのかもしれないですけど、空気を読めるじゃないですか、やっぱり女性の方が。
っていうことを考えたときに、敏感になったときに、やっぱり人から厳しい評価を下すことによって、人から嫌われたらどうしよう、みたいな気持ちがあったりとか、
誰かがこう評価をしている、厳しい評価をしているのを見て、自分もそれをされたら辛いみたいな、我がことのように感じてしまうみたいなのがあったり、するのかなというふうに思ってました。
共感力が非常に高いからね、それが武器であるし。
そうですね、なんかその裏返しに、女性の強みの裏返しな気はしますけどね。
相手の感情が結構伝わってきちゃうから、その先にどんな感情を持つんだろう、みたいなことも予想がついちゃうのかな。
ちなみに、ホラー映画とか平気?
いや、でもあんまり見ないですね。
私もね、ホラー映画すごい苦手で、もうその切り刻まれる主人公とかの気持ちになりすぎちゃって、気持ち悪いんですよね。
でも結構その、ホラー映画平気な人って、ある意味共感スイッチはプチッと切れるっていうか、
これはもうフィクションだし、なんならこれがフィクションでなくても自分ごとじゃないし、みたいな。
痛そうだけど、自分は痛くないみたいな。
なんかやっぱり個人差の中で、共感力がね、強い人は評価するときに、胸痛むっていうところはあるよね。
でもなんか、役割なんですっていう風に言われると、少し役割を果たしてるだけっていう風にも思えるのかもしれず。
なんか最近はちょっとだけ変わった感じも、まだ根っこはそれは変わらないんですけど、やっぱりみんな苦手だなっていう気持ちはあるんですけど、
なんか私今、わりと新しいことをする仕事をしている中で言うと、結構この3年ぐらい、何も特に上手くいかない。
まきさんにちょっとこの話すんならどうかと思いますけど。
踏み出してくれ。
めっちゃ失敗したなっていう感じがあるわけなんですよ。
そうだね。
結構今までの人生あんまり正直、なんかでかい挫折とか、なんとなく正解かなっていう方行けば正解みたいな。
それこそ、空気を読んで人が求めてることを出していけば正解みたいな。
それで上手く立ち振る舞ってきたわけなんですよ、私は。
なんですけど、結構この3年何もそれを上手くいかなくて、今までのやり方が、新しいことをやろうとしたときに。
で、なんかようやく結構自分って完璧な人間じゃないなっていう、そのオペレーショナルな世界では結構上手く立ち振る舞えるけど、
やっぱり新しいことをやろうと思ったら全然上手くいかなかったりもするし、
それってなんかアイデアとかクリエイティブみたいなところが弱いのかなみたいなところも含めて、
こうなんかデコボコある人間なんだなみたいなのが結構腹落ちしたというか。
で、なんかやっぱメンバー、他のメンバー見てて私より優れた部分がある人たちとかもいっぱいいるし、
だからこそチームでやんだよねっていうのがなんか。
へー。
分かったなみたいなところがあって。
さっきのその役割じゃないですけど、評価ってつまりその人のデコボコを把握する作業なのであるって思えば、
なるほどね。
なんかいけるなって、まぁフィードバックに近いかもしれないですけど。
なるほどね。
って思えば、やっぱどっちだ、ボコの部分はちゃんと言ってあげた方がいいし、
確かに確かに。
デコの部分はちゃんと言ってあげた方がいい。
確かに。
やっぱチームで強くもなるし、人は成長するっていう風になんか捉えられたら結構楽になるなって思ったんですよね。
さすが原告の人。
いやいやいや、っていうのもなんか結構この自分が今まで多分完璧主義で結構失敗をうまくなんかしなかったからこそ、
はいはいはい。
なんかあった怯えなのかなみたいな気持ちもあり、ちょっと新しいことをやってみて結構強烈にうまくいかなかったから、
なんかようやくデコボコのある自分を見えて、
なんかまあそういうものを伝えるのが評価であるって思ったらいけるなと思ったのと、
自己評価の重要性
もう一個あったんですけど、なんか自分を正しく評価しないとなんかメンバーのこととか、
あと子供のこととかを評価してあげられないんじゃないかなって思ったんですよ。
なんかやっぱり私たちの時代って結構成績優秀でこうオールで、
私めちゃくちゃ中学の時内進生、内進典とかめっちゃ高いタイプだったんですよ。
なんかこう技術とか美術とか体育とかに至っても運動神経悪くても、やっぱこう内進なのでテスト頑張って先生に求められることを優等生的にやれば、
まあ充果つくみたいな時代だったわけですよ。
でも多分これからそういう時代でもないじゃないですか、好きなこととか、個人のその強みとか好きみたいなのを伸ばしていく時代だろうなみたいなことを思った時に、
なんか子供ってほんと自分と全然違うじゃないですか。
確かに。
みたいな子供のその本当は強みだけど、一律の評価だと、とか自分の物差しだとやっぱり低くつけてしまうところが実は強みであるっていうのも、
なんかちゃんと評価してあげて伸ばしてあげないといけないみたいなことだと思うので、
別に小学校で優等生じゃなくても、すごい強みがあるからそこを突き抜ければ、彼女とか彼にとっていい未来があるかもみたいなことを考えると、
なんかそこちゃんとデコボコを把握する作業だって割り切ってやれるようにならんといかないなみたいな気持ちもあったみたいな感じですかね。
なんか確かにうまくいってない時に、うまくいってるよってごまかされても、全然腹落ちしないもんね。
そうですよね。そうなんですよ。
うまくいってない時に、うまくいってなかったよねって言われたら、そっからそうなんですよ、こっからどうしたらいいんでしょうとか言い出しやすいしね。
そうですね。
すごいそれはその通りだなと。
そうなんですよ。
なんか私が今までの評価にさっき満足してるって言ったのは、別になんか高かったからではなくて、ちゃんと見てくれていた納得感があったってことだと思っていて、
なんか世のワーママとか時短勤務の人って正しく評価されないっておっしゃる方結構多いんじゃないかなと思って、
私の方がどっちかっていうとその評価に満足してるのは結構レアケースだと思うんですけど、
でもなんかそれってつけられた評価が低くて満足してないっていうよりも、やっぱちゃんと見てもらえてないとか、
なんかそういうことに、見てもいないのにこの評価をしているってことにみんな怒ってるんじゃないかなってちょっと思ったりして、
確かにね。
言って、なんか評価っていう言葉が悪いんじゃない?みたいなことをちょっと思いました。
なんか愛情を持ってデコボコを把握する作業であるみたいにね、
そうだね。
思えばなんかいけるなぁみたいなことがありましたね。
なるほどね。
これ自分の後輩が同じ悩みを持っていたら、そういうふうに言語化するのかな?
そうですね、だから下に見るっていうことじゃなくて、なんかデコボコを把握する作業だよねみたいな、
それこそさっきまきさんも言ったような、なんか偉いとかじゃなくて役割として、やっぱりチームをプロデュースするとか、
マネージメントしていくってことを考えたときに、一人一人のやっぱり強みとか個性っていうのを把握してちゃんとフィードバックする作業だから、
そうだね。
偉いとかじゃないし、自分ができてるできないはあんま関係ないというか、
そうだね。
客観的に見て、
そうだね。
自分ここが強いと思うから伸ばそうだし、弱いと思うから、
そうだね。
っていう話なのかなっていう、なんか結構しんどい作業じゃないですか。
しんどいね。
自分がポジションが見えてきて、マネージメントもいつかしなきゃって思ったときに、今まで自分を評価してくれた人たちはすごい時間を費やして、
なんかそこをやってくれていたんだなっていうふうに思ったので、
なるほど。
それをね、覚悟を持ってちゃんとやる、雑な評価を私はしないぞっていう心を新たにしたっていう感じですね。
親になることを目の前にして親心を知るみたいな。
そうですね、まさにまさに。
そうですね。
そういうことなのかも。
悩ましいですけどね、私全然そんなふうにはなってなかったですね。
それはそれで強いですけどね。
白黒つきにくい業種とかだとね、やっぱりフィードバックの納得性っていうところが大事になりますよね。
そうですね、たしかに。
投資とかだとね、今期儲かった儲かってないみたいな、プロジェクトやってやってないみたいなのが、
はっきりしてるんで、そこ見てもらってる、見てもらってないの以前に、数字が出てきちゃうみたいなところもあるから。
だけど、さっき言ってくれたように、新しいビジネスやるときって、プロセスの評価もすごい大事だからね。
この言語化はすごく、フィードバックの時に、ボコの時にボコと言うというのは大事なんだろうね。
そうですね、両方いりますよね、成果の部分と果たしたプロセスの部分とね。
そうだね。
それをちゃんと切り分けて正しく評価できるかなみたいなのと、
なんか、子供が、またここで最後に余談挟んでいいのかわかんないですけど、子供がこの間、小学1年生ですよ。
おめでとうございます。
年始に書き初めというか、鉛筆で書き初めをする宿題があって、それをやったら、先生からある日電話がかかってきて、
子供の書き初めがクラスの代表と学年の代表になって、今度なんかコンクールに出しますみたいな電話がかかってきたんですよ。
で、それをね、この間貼られてるのをね、小学校で見たんですけど、
誇らしい。
なんか誇らしい、そう誇らしいんですけど、何が誇らしいって、やっぱ1年生の時なんで別に、まあそれなりじゃないですか、
確かに、あ、ナニナちゃん上手に書けたなと思うんですけど、なんか私がそれで嬉しい気持ちになったのが、
その書き方が他の子より上手だったというよりも、たぶん特に書き方なんてね、見方によって全然違うので、明確な点数とかじゃないんですけど、
彼女は結構、人の要素めっちゃよく見てるんですね、いつも。
で、その彼女の観察力みたいなものが、たぶん日本を見て書くみたいなことに、
あ、生きたんだみたいな、なんかちっちゃい頃から保育園預けても、いっつも人のことばっかり見てる子だって言われたんですけど、
それってなんか、人の目ばっかり気にして、ちょっとどうかなって思ったんですけど、それが生きたなっていうのと、
あとなんか根気強いみたいな、やりだしたら一応も絶対最後まで諦めずに、時間かかってもやるみたいなのが評価されたってことなんだなって解釈が結構すぐできて、
それは誇らしかったですよ。成果ももちろん嬉しいけど、やっぱりそのプロセスがちゃんと評価できると嬉しいことだなと思ったというか、
子供の強みを評価する
なんか評価ってそういう、なんかやっぱり凸凹を把握する作業なんだなって、それからも思ったんですよね、っていうちょっと子育てにも。
確かにね。
一番そばで見てきたからこそ、さっきのその子が持っている特徴と、アウトプットとしての初動につなげられたってこともあるしね。
評価の不安と愛の重要性
そうですね、そうだと思います。
確かにね。
結構その、〇〇なくせに〇〇って言っている人を見るとき、だいたいちょっとやっぱ離れてたりとか、
取り方が遠い部長さんとか役員さんとか見て言ってるような気がしていて、
なんか、それはあんまり怖がらなくていいというか、愛情を持ってちゃんと凸凹を把握していれば大丈夫なんじゃないかなみたいな気持ちが、その初動からもちょっと感じたというエピソードでした。
確かに。
はい。
格言なのかな、凸凹を見てあげることが評価してあげることなんだよと。
はい。
じゃあここまで、私なんかが評価していいのっていうのを話してきました。
はい。
で、やっぱりその仕事の中でマネージャーとかに上がるタイミングで、どうしてもメンバーのことを評価しなきゃいけないっていうことがあったんだけど、
なんかまあ嫌われるみたいな、もっと謙遜しなきゃとか、なんかそういうところからあったりするし、
まあなんかいつか見抜かれちゃうんじゃんみたいな恐怖があるけど、
でもまあ陽子さんが言う通り、それはそのフィードバックをしてもらう側の凸凹をきちんと感じ取ったところを教えてあげて、
実態に即すっていう作業だし、多分凸凹の実態に合ってる評価が来た時、そんなに悪い気はしないし、むしろ納得感は高いっていうことなんですかね。
そこに愛があれば大丈夫。
そこに愛があれば。
そこに愛があれば大丈夫と。
やっぱり愛だった。
愛ですね、私は思いました。
感想と次回の予告
どうですかこのエピソード1、この私なんかが評価していいのにしてみて、なんか簡単に感想があれば。
いやでもなんか、まあそもそも私だからなのか、女性だからなのかみたいなことから最初思ってましたけど、
なんかまきさんのそのインポスター症候群の話とか聞いて、やっぱ女性にありがちなんだなみたいなのはなんか、すごく安心した部分でもありましたし、
やっぱりなんか話す中で、自分なりのなんで嫌なのかみたいなことも解釈できて、
そうですね。
すごい良かったなという気がしますね。
私もなんかデコボコっていう言葉が出てきた瞬間に何かスッと落ちるものがあったし、
あんまり自分のこと謙遜しないタイプだけど、でもなんか言われてみるとちょっと心がチクチクしてた記憶もあるかもなーっていうのがあったんで、
すごいまとまって良かったなと思います。
次回はですね、エピソード2は、家での家事・育児分担、再交渉のタイミング。
再交渉。
交渉じゃなくてね、再交渉なんですよ。
これはちょっと私が、ぜひようこさんから色々聞きたい、教えてほしいところなので、
次回はそれに向けて話を盛り上げていきたいなと思います。
はい。
じゃあ今日もありがとうございました。
ありがとうございました。
バイバイ。
43:43

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