梶谷敦史の自己紹介
飛鳥山の窓から、TOKYO NORTH MOVEMENT
東京都北区飛鳥山。暖炉のある小篠光洋さんの部屋には、未来を思うさまざまな人たちが遊びに来ます。
情熱とアイデアが交錯した素敵なおしゃべり。さあ、今夜はどんな話が飛び出すんでしょうか。
飛鳥山の窓から、TOKYO NORTH MOVEMENT
パーソナリティを務める小篠光洋です。
今、私がいる場所は、大寺飛鳥山にある邸宅の談話室。
こちらに、北区内外の多彩な企業家、経営者をお招きしてグラスを傾けながら、じっくり楽しくお話しする。そんな雰囲気でお送りしたいと思います。
今月は、北区大寺の飲食店を6店舗経営されているスペシャリストをお迎えしております。
株式会社みのりプロジェクト代表取締役、梶谷敦史さんです。よろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。
早速、梶谷さんから事業内容を含めて、簡単に自己紹介をお願いできますでしょうか。
はい。私、株式会社みのりプロジェクト代表取締役の梶谷敦史と申します。
株式会社みのりプロジェクトは、東京都帰宅大寺の1丁目でだけで飲食店6店舗をやっておりまして、本店がイタリアンレストランのトラットリアみのりというお店で、今8年目になります。
その他、バーピュアレストノートですとか、コーヒーの焙煎所の大寺、コーヒー焙煎所サクラピアス、ハーブ&ビアダイニング、春風千里など、大寺のお店でいろいろ楽しいお店を展開させていただいております。
なるほど。いろんなメディアでも梶谷さんのお店を見ることが多くて、本当に勢いの止まらない梶谷さんでございますけれども、
今日はね、これからね、あんまり収録とか言っちゃいけないので、5本撮りますから。今月5本でいきますから。
ぜひ、梶谷さんの仕事っぷり、それからプライベートも含めてですね、たっぷりと深掘りをしていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。
子供時代の思い出
ということで、ちょっとプライベートからスタートしたいと思いますけれども、ご出身はどちらになるんですか?
私出身は、今はですね、実家が兵庫県の神戸市にあるんですが、生まれたところは大阪府の値上川市。
父の実家の関係で、基本的にふるさとを帰省する先は島根県の出雲市になります。
なるほど。神様に守られているような。
そうなんですよ、本当に。私も神族に神社にとっついた人とか、毎年出雲大社なんで、本当にちっちゃい頃から毎年行ったりとかするぐらい。
何年ぐらい前かな、50年ぐらい前、小学校6年生ぐらいのときに行きましたけどね、なんかやっぱりちょっと空気の違う場所ですよね。
そうですよね。ありがとうございます、来ていただいて。
学生時代は打ち込んだ部活とかそういうのあるんですか?
部活って言うほどうちの、私が行ってた学校がそれほど部活に力入れてるわけじゃなかった。
あんまり物だった活動はしてないんですけど、一応野球というものに所属はしていましたが。
今でも野球好き?
好きですよ。見るも、やるはもう多分ね、筋肉がついていかないんですけど。
やっぱりプロ野球のご秘技は阪神タイガスですか?
そんな時期もありました。
そうですね。野球の話を始めちゃうと、僕もずっと野球やってたんで、これで終わっちゃうんですから。
そう、5本いけますよ。全然私もいけますよ、5本ぐらい。
じゃあそれは次の機会ということで、またお仕事の話に戻りたいと思うんですけども。
今、飲食店を経営されてるんですけれども、ご自身も料理とかもされるんですよね、もちろん。
もちろんです。全然調理場立つこともありますし、イタリアンレストランにランチ来ていただける私よくピザを焼いている人が見られると思います。
経営だけじゃないですよね。プライベートでもご家庭で料理をされる機会もあるんですか?
これがこの仕事をやり始めてから、もう家で一切と言っていいほどやらなくなってしまって。
というのも私、今は独身なんですけど、家帰っても一人なわけですよ。
やっぱり飲食店って誰かに食べてもらうものじゃないですか。
食べてもらう人がいない料理に面白みを感じなくなってしまって、家は本当に調理器具もないんじゃないかぐらい何もしてないんですよ。
それはやっぱり食べてもらう人を探さなきゃいけないんですよ。
どなたかいれば、いいですか、このラジオで募集しても。いつでもお店のほうでお待ちしておりますので、いつでも私のお隣に立っていただける方、募集しております。
そうですか。私の身内にも何人かおりますので、ぜひ面倒し方々、お店に連れて行きたいと思います。
よろしくお願いします。
さて、本当に今のお仕事ぶりからすると、大変起業家精神にあふれる梶谷さんなんですけども、子供時代というのはどうですか?
やっぱりそういうリーダーシップにあふれたみたいな、そんな感じだったですか?
リーダーシップ。その中、一番イケてるチームに入ってたとか、そういう感じというよりかは、
みんないろんなところで一人で遊んでたり、どう加わっていいかわかんないかなみたいな人たちと、隅っこのほうでみんなで遊んだりしてるような感じだったような気がしてはいます。
何かクラス全体をまとめて、公式に何かとかっていうんじゃなくて、どっちかというとちょっとした何人かの集まりの中で中心になってみたいな感じかな?
そんな感じです。生徒会長みたいなのやったことないですし。
その中で、こんな面白いことやったよっていうのは。
何かあるんですかね。でもよく公園とかにみんなで集まって、秘密基地作ったりとか、落とし穴作ったりとかして、いろいろ怒られたりもしましたけど、
みんなで何か作業するみたいなのは結構好きでしたね。
今の子供たちも秘密基地作るってやるのかね?
やっていい場所ありますよ。何か田舎だったからいいですけど。
結構僕たちの子供の頃っていうのはね、まだ昭和40年代ですからね。
行ってみても、いわゆる太平洋戦争が終わってから20年とかね、そういうタイミングでしょ。
なんとなくやっぱりそういう意向とかが残ってて、ちょっと不思議な穴蔵があったりとか。
それからドラえもんなんかによく出てくるけど、土管があってとか。
秘密基地にしたくなるような場所がたくさんあったですよ。
梶谷さんの周りにもそんな場所があったんですか?
そうなんですよね。私今ちょっと最初に申し上げましたが、今神戸が出身っていうことなんですけど、
ニュータウン開発みたいなのが結構盛んだったところで、結構まだ使われてない空き地とか、
資材置き場とか廃材が捨ててあったりとか、そういう場所が結構あって、材料と場所には困らなかったっていうのがあるんですよね。
それで結構やれたかなっていうのがありますけど。
その場にあるもので眺めながら、これちょっとライフルに似てるから見立てにしようとか、
これはこういうところで使えるとかね。
僕自身もそういうところでその場にあるもので楽しむみたいな物語作っていくみたいなね。
秘密基地で何々が攻撃してくるからそれに備えようとか、
自分の中でどこかで見たようなストーリーを自分の中で作ってみたいなのがあったと思うんですけど、
そういうのありました?
そうですよね。僕は木の上とかに作るのが好きで、本当に見つかりにくい場所みたいな。
高いとこ登りたかったんですよね。何にも襲われるとかでもないんですけど、
自分たちが誰からも世界から確立された場所じゃないけど、
そういう感じの意味合いで作って、時々みんなで登って、何をするわけでもなくみたいな感じのとこが好きでしたね。
やっぱりまさにマーク・トウェインのトム・ソウヤみたいなね、世界で。
今、東京ディズニーランドに行ってお金払って、それがあります、それを楽しみますみたいな感じなんだけど、
そういうのを自分たちで作るっていうのは、今の子どもたちにも色々やってもらいたいなと思うよね。
そうですよ。めちゃくちゃ思います。もし仮に私に子どもができることがあるんだとしたら、そういうことができるようにしたいなと思いますね。
なるほど。
秋葉原の飲食店経験
さて、少し飛びますけれども、大学出られて、
結構転職をされて、まず最初は秋葉原のコンセプト系の飲食店とか、
ちょっとその辺の職業遍歴みたいな話をしていただけます?
いいんですか。一周終わるかもしれないですけど。
最初ご紹介いただいた秋葉原のコンセプト系飲食店は、いわゆるメイドカフェだったりとか、
例えば鉄道モチーフにしたお店ですよとか、スプレーモチーフにした居酒屋ですよとか、
そういう飲食店をやっていただける会社さんだったんです。
全然新卒の感じというよりかは、本当に街のタンカー、求人誌に載ってるようなもので、
普通にふらっと面白そうだなって、アルバイト行くぐらいの感覚で応募して、
なんか楽しかったんでそのまま入っちゃったみたいな会社なんですけど、
本当に食というものを使っていろんなアプローチの仕方をする。
特にその会社さん、アニメとか映画とか、アーティストさんとかですね、
コラボのカフェ、そういうコンテンツと出てくる料理とか、
何々のアーティストさんが好きな飲み物とか、そんなのでお店を作り上げるみたいなところをやってて、
いろいろただ料理作るとか飲み物作るだけじゃない方向性を楽しませていただいたような会社が一番最初でした。
そういう中でご自身が携われて企画で一番印象に残ってるとかっていうのがあれば教えてもらえますか?
そうですね。一番気になるというと、アニソンのレーベルさんの大きい、
もう最大手かそれぐらいっていうアニソンのレーベルさんですね、レコード会社さんが、
秋葉原のコンセプト系飲食店からの経験
自分とこのアーティストさんほぼ全部集めて野外フェスをやります。
何万人って集める野外フェスを東京と大阪と名古屋というか愛知県とあとは仙台でやりますみたいなやつの
公式飲食ブースの企画から運営まで全部やったんですけど、本当にアーティストさんのイメージ許諾どりからどういうやつやって、
売上だって何千万億とかになってきて何万人が使うお店をどう処理するかみたいな位置から作るっていうのは、
本当にアーティストさんレコード会社さんの柔軟な発想というかこれやったら面白いんじゃない、
こんなんできるんじゃないのみたいなその我々の飲食業の常識を超えたところの要望があって、
実際やっぱり普通の飲食業専門とかだといやそんなんできないよみたいなのがある中で、
僕はたまたま面白そうじゃんと思って何も知らないわが像だったんで、
やった結果すごい喜んでもらえて実現してお客さんもすごい反応良くて、
私が退職してから別の会社がその企画を引き継ぐことになったんですけど、
未だにその企画の種がずっと続いてるみたいなのがあって、
すごいそれは未だに印象に残ってて私のターニングポイントだったんじゃないかと思って。
なるほどね。
その他岡山県の農家に住み込みをされたり、大阪の八百屋さん、兵庫の温泉ホテルの調理場っていう、
食っていう共通点は全部あるんだけど、いろんなジャンルを経験されてるんですね。
私が食に携わるきっかけっていうのは全然大学生のアルバイトの時に、
イタリアのレストランだったりタイニングバーだったりっていうところでやらせていただいたんですけれども、
そこからいろいろやるにあたって食にすごい興味を持って、
じゃあ作るところから、流通から、お客さまに届けるところから、
いろんなものにちょっと興味を持ってしまって、
ただその興味のままにいろんなところに問い合わせて、
働きたいですとか求人に応募して働いてみたいな感じを続けたような感じ。
今、興味を覚えてっていう話がありましたけど、
そうすると例えば現在の六店舗を経営されてっていうところから逆算すると、
いかにも大学卒業して、計画的にいろんなジャンルを勉強しようみたいな計画性を感じるんだけど、
そういうことではない?
全くなくて、いまだに別に飲食店を起業しようと思っていることは一つもなくて、
私、大学では都市計画とか地域振興みたいなものを勉強していて、
それはもう小さい頃から、住んでたところから、
島根県の出雲市ってすごい周りに家一個もないみたいな田舎ですし、
そのニュータウン開発の神戸市のところだったり、
長谷川とか文化住宅続く大阪のところで生まれたりとかですね、
そういうこの街の作り、いろんなとこがある中で地域活性だったり、
そういうのに興味があったので、どっちかと言えばそっちをやりたかったっていう中で、
たまたまでもそこの全部のところに軸としてあるのは食だなというふうに思って、
食に興味があったので、いまだに飲食なんでやっているのかなと思っている。
地域活性とアニメートの関わり
なるほど、そうですか。
そして起業直前にはアニメート、これはもうアニメーション関連のグッズだとかね、
大変大きな会社ですが、こちらに入社をされてということで、
ここが一つターニングポイント。先ほどターニングポイントの話ありましたけど、
これも非常に起業直前ですからね、きっかけになったと思いますが、
この時はどんなお仕事をされたんですか。
この時は全国にアニメとかそういうコンテンツをですね、
モチーフにした期間限定のレストラン、カフェをですね、
アニメートは10店舗ぐらい持ってるんですよ、北から南から全員持ってるんですけど、
そこのどういう判件で、どういうそこにメニューやってみたいなのと企画というか、
メニューを考える仕事、メニュー開発の仕事をしてたんですよ。
職の付加価値というところにすごい興味があって、
その専門職に応募させていただいたような感じですね。
なるほど。これが今の緑につながっていくというのは、
そこはちょっと落差がまだ。どういう感じでつながっていたの?
私、全国を岡山だったり大阪だったり兵庫県だったりということで点々とした中で、
当然アニメートという会社は東京にあるわけですけれども、
一番最初働いた秋葉原の会社も東京。久しぶりに東京に帰ってきたわけですよ。
そうすると、秋葉原のコンセプト系のお店で働いていたときの先輩ではあるんですが、
パートのおばちゃんがいて、そのおばちゃんが東京帰ってきたんなら、
ちょっとあんた今土日暇でしょ、あんた友達もいないんだからと言って、
ちょっと手伝いに来なさいって言われて、
王子のイタリアンレストランに私が休みの日にバイトでお手伝いをして関わり始めたのが、
そこで王子につながるんだ。
そうなんですよ。
なるほど。
そのおばちゃんが王子の近くに住んでなければつながってないんです。
なるほど。ちょっとそのおばちゃんを探し出して表彰しなきゃいけない。
そうですか。なるほど。
今まで梶谷さんの人生を遡って伺ってきましたけれども、
ここでようやく王子、そして企業にお話がつながってきましたので、
次週についてはその辺のところを深掘りしてお伺いしたいと思います。
また来週もよろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。