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スピーカー 2
働き方ラジオ始まります。株式会社SessionCrew代表、働き方エヴァンジェリストの田中健士郎です。
このラジオは、誰もが自己表現をするように、情熱を持って働く、そんな世界を目指す、仲間作りをしていくポッドキャスト番組になります。
みなさん、自己表現していますか?
はい、ということで、リサさん。なんか今日はですね、会いたい人に会いに行く活動をリサさんがやっていたら、また面白い方に出会ったという報告を受けたんですけど。
スピーカー 1
えっとね、知り合いの知り合いの、また知り合いっていうところで、2年前に最初に会いに行った方なんだけど、
この間ね、またちょっとミラノで2年分に再会した方なんですけど、
スピーカー 2
なんで会ったんだっけ?どういう繋がりだったんだっけ?って2人で思い返したくらいな謎な出会いをしましたという方を、今日はぜひみなさんにご紹介したいなと思って出てきました。
なるほど。ありがとうございます。ということで、今日はイタリア関係の話でもあるっていうのもあるんですけど、宮内としきさん、ミヤも一緒に参加しています。よろしくお願いします。
はい。ということで早速ね、リサが紹介してくれたゲストをお呼びしたいと思うんですけど、
イタリアで通訳業をされている伊藤イタルさんに今日はお越しいただいてます。
スピーカー 1
イタルさんよろしくお願いします。よろしくお願いします。よろしくお願いします。
スピーカー 2
ということで、またイタリアの方をリサが連れてきたということで、
スピーカー 1
ちょっと増えてきた。
スピーカー 2
もう何回?そうですよね。4人目くらいかもしれないですね。もしかしたらね。
なるほどなるほど。じゃあ、ちょっとそうですね、通訳業をされているということなんですけども、
スピーカー 2
ちょっと自己紹介を伊藤さんにしていただいてもよろしいですか?簡単に。
スピーカー 1
はい。僕は通訳になろうと思って、今の自分がやるわけではないんですが、
もともとは多摩美術大学というところで芸術学科で勉強していて、その後、初学期をもらってイタリアに来たのが90年なんですね。
今、これで36年目になるんですが、きちんとした仕事というか就職をすることなく今に至っている人間なので、
スピーカー 1
よく自分でも割りながら生き延びて来れたなって思ってるんですが、
いろいろしているうちに結局言葉ができるということが自分の生活を助けてくれて生き延びてきたという感じなんですね。
ここ10年近く前くらいからは会議の同時通訳を、数は多くないんですけども、特殊な技能というか同時通訳をしているので、
そこに引っ張り上げてくれた通訳の先輩がミラノにいて、その後、やはり同時通訳をやる人たちの数は限られているので、
その方たちの中で一緒に仕事をさせてもらっています。
もちろん特に僕の場合はエージェントがいるとか、本当によくどうやって仕事を探しているんですかって聞かれるんですけど、
スピーカー 1
仕事を探しに行ったことは一度もなくて、人捨てというか、
誰かの紹介で、喜んでくれた人はまたそのまま頼んでくれたりとか、その人の紹介でということで、
なのであまり成立活動をしたことがないんです。
スピーカー 2
なるほど。いろいろ気になりますね。
でも聞くところによると、本当に世界的に有名な方の同時通訳とかもされているという話だったので。
スピーカー 1
最初から通訳をやられていたんですか?志していた?
違うんですよ。美術史の勉強がしたくて。
元々は多摩美大学で芸術学科というところができたときに、
いわゆる美術を作る人の養成だけではなく、
いわゆる美術館で働くとか、転落家を作るとか、
美術を見る人たちとものを作る人との間をつなぐ人の養成をする学科として、
芸術学科というのが作られたんですね。
東野邦明先生という方はお亡くなりになりましたけど、
アメリカのポップアートを日本に紹介された方が補品としてできた学科で、
そこに入ったのがきっかけで、最初にイタリアに留学したときは、
当時はまだイタリアのアートはアメリカ経由でしか入ってこなかった時代で、
ダイレクトにイタリアから日本に足渡しできるようなことができないかなというのがあって、
イタリアを選んで留学したんです。
だから最初の目的はイタリアの現代美術を自分の目で見て、
スピーカー 1
日本に伝えることができないかなというのから始まっていて、
結構最初の頃は他にはならないそういう面白い作家さんを見つけて、
自分でいいなと思ったものを日本の画廊に紹介するとか、
ちょっとした作品の売買に携わったりとか、
そんなところから最初学生に毛が生えた時代でやったのが最初はそこでしたね。
でもなかなかそれでやっぱり生活を、家賃を払うだけのお金をきちんと得ることも難しいし、
親の援助もあるところではやっぱり切らなくちゃいけないと思っていたので、
それでありとあらゆることをやってきて、
最初は日本のショップレストランに出ていた広告で、
アルバイト募集、日本語がワープロが使える人っていうのがあって、
それがイタリア人の弁護士の方だったんですけど、奥さんが日本人で、
スピーカー 1
日本の生地メーカーとの商売があって、
その人のオフィスで2年ほど、半日だけアルバイトをしました。
そんなうちに今度は旅行会社から旅行のガイドの通訳みたいなのを依頼が来て、
そんなのもしたりとか、そうするうちに今度は企業の関係の通訳もポチポチ入るようになり、
っていう感じでそれがどんどん増えたという感じですかね。
スピーカー 1
ある時、自分の中でとても感謝している同僚のヤハギさんという方がいらっしゃって、
彼女はある時一緒に仕事をした時に、
日本の企業が買収したイタリアのメーカーさんだったんだけど、
僕は経営立て直しということで、2年間ぐらいずっとそこに住めるような通訳として働いたことがあって、
でもとても本国から社長さんが来るという時に、
もっと優秀な通訳さんにっていうことで呼ばれてきた方がヤハギさんだったんですけど、
社長の挨拶をみんなの住民の前で訳されたんですね。
その時に彼女は東京外語大学のポルトガル側を出てたって言ったかな。
もっともっと言葉をきちんと勉強された方だったんで、
本当に惚れ惚れするような綺麗なイタリア語に出していて、
帰りに地下鉄が一緒だった時にちょっとお金の端になったところで、
いとうさん、あなたいくらぐらいで仕事してるの?って言うから、
これぐらいでって言ったら、なんか目を悪くされて、
やめてくれないとかって言って、
そんな金額でしたらあなた市場嵐になるわよとかって言われて、
だいたい相場の話を彼女がされて、
僕は学生に手が入った感じで仕事していたから、
あまり自分の人生をきちんと作っていくために貯金をしたりだとか、
年金のことを考えての生活もしてなかったんで、
これでなんとか生活できたらっていう形でやってたので、
そんなにもらっていいんですか?みたいな。
でもあなたのレベルだったらそれぐらいやってくれないと、
私たちきちんとプールでやってる人間が困るからって言われて、
スピーカー 1
その時に初めて自分が日当半倍ぐらいにあげたんですよ、一回。
こんなにしたらこれまで読んできてくれたお客さんからは、
いそおきにちょっと何考えてんのとか、
通訳は意味書きじゃないからねっていうような形で、
もちろんいなくなったお客さんもいれば、
スピーカー 1
でもそれ以降僕の仕事を金額で受けたお客さんからは、
ずっとそれで続くようになり、
仕事の量は減ったけど収入は変わらないみたいな、
そういう風になったところが一つあって、
確かに自分を安売りしちゃうとどんどんディスカウント聞かれるんだけど、
スピーカー 1
僕が一日この金額でしか仕事をしませんっていうのを言ったら、
そこで聞いてくるお客さんは絶対ディスカウント、
値下げをしてくれって言わないんですよね。
なのでそれがベースになって、
自分ももちろん経験も増えてきたし、レベルも上がっているのと同時に、
そういう料金なんかも完成しながら今使っている感じですね。
同時通訳の仕事をするようになってからは、
やっぱりそういう国際的な同時通訳の協会みたいなところが指定している、
いろんな仕事の条件っていうのがあるので、
そんなものを見ながら、
本当のプロでガンガンやっている人は、
スピーカー 1
ここまで強気でいろいろお客さんに言えるんだっていう。
特に英語やフランス語など、
イタリア語よりももっと同時通訳の世界では
重宝される言語っていうのはそれなりに組合というか強いし、
イタリアはどっちかというとなんちゃって通訳の世界って
同僚の中でも言うんですけど、
スピーカー 1
やっぱり利用言語としては英語、フランス語に比べると圧倒的に少ないので、
国際会議なんかの回数も、また実際に仕事をする量っていうのも
英語、フランス語などに比べると少ないんですよね。
そうするとどうしても自分たちの立場を強く言える英語やフランス語ほどなくて、
そんな中で以前ローマでやっぱりG7の会があった時に、
同時通訳ブースって会場の裏方に作られるんだけど、
当然やっぱり非常に静かな音で音がないところで仕事をしなくてはいけないのに、
裏方さんのいわゆる音声の人とかガチャガチャするところにブースが設置されていて、
しかもその狭いブースの中で3人がいないといけないんだけど、
スピーカー 1
夏だったけど冷房もなかったんですね。
そうしたら同僚の横にいたフランスの人が
この状況では仕事できないって言ってなんか抗議しだして、
僕たちはそういう与えられた条件でやるのが慣れちゃってるから、
そこで声を上げた隣の人たちを見てびっくりしたんだけども、
定期的に休憩室で休ませてもらうような場所もなければいけないし、
このスペースで3人はありえないとか、位置が良くないとか、
とにかくすごい言われるんです先生の方が。
こういう世界がきちんとあるんだっていうことで、
徐々に自分たちも言うべきことは言っていかなくてはいけないね、
みたいな話をしてたことがありますね。
スピーカー 1
ちなみにそういう通訳の世界でやりながらも、
生き方としてずっとイタリアに住みたいっていう思いが強かった。
スピーカー 1
僕はね、もともとが正確的に言いたいことを口にしないと気が済まない性分で、
大学の時に今でも必ず日本に帰ると会う友達から、
イタリアは一心同心って言葉を知らないのかって言われたことがあって、
スピーカー 1
知らないことはないけど、思ったことを言わないのは嫌だなっていうか、
でもやっぱり話を大切にする日本では、
あまり自己主張が強いのは当然人も嫌われるし、
イタリアに来た時に本当に言いたいことを言って、
まず自分の言葉がきちんと通じないところに行くっていうことは大変ではあるんだけど、
スピーカー 1
もともとやっぱりそういう自分のことを伝えたいという意思が強かった性格。
とても居心地が良かった。
やっぱりディスカッションして意見が分かれても、
それをとことん話して納得いくまでお互い話すか、
あるいは喧嘩ばかりになるのかわからないけど、
そういうことが決して悪いことではないっていうところに自分がいることは、
とても自分にとっては精神的に健康にいられるんですよね。
なのでここは自分で合ってるのかなっていうか、
あと寛容的なところも、
例えばイタリアで日本から比べると、
スピーカー 1
かなりいい加減で時間なんかも回らない人多いんだけど、
自分が遅れていても、
僕は極力時間通りに行くようにしているけど、
多少遅れてみんながきちんとしていることによって、
ちょっと遅れるだけで怒られちゃうじゃないですかね。
だけどやっぱりそれは持てずもたれずだから、
自分が相手が遅れた時も多少それを許してあげるようなところの方が、
リラックスしてストレスは少ないんですよね、きっと。
そんなこともあって、
スピーカー 1
イタリアはやっぱり自分らしくいられる。
あと子供の時、来たばっかの時に笑っちゃったことが一つあって、
ローマで自分の父くらいの年の人が、
駐車場でこちょこちょ二人でおじさんが過眼で遊んでるんですよ。
何やってるんだろうって見たら、
スピーカー 1
いわゆるツリートみたいな透明な糸の先に、
5000リラ、まだ当時リラだったんだけど、
スピーカー 1
そのリラの札をつけて置いて、
それを拾うと人が来るとそれをスッと引っ張るっていうことをやって遊んでたんですよ。
朝からおじさんたち仕事もしずにここで何をするんだろうと思って、
すごく不思議だったけど、
でもこの年した人がこんなことをしている国って、
日本で見たことなかったし、
スピーカー 1
あとおじいさんがね、
僕は甘いものが好きなんですけど、
お菓子屋さんの前で一生懸命自分が食べるケーキを選んでいる姿を見た時も、
ここはやっぱり自分が住むべき国だなって思ったんですよね。
僕は試合もアイスクリームも好きで、
家族で職人夜に出かけた後、
サーティマンのアイスクリームを買いに来て、
スピーカー 1
歩きながら名古屋の街中なんですけど、
歩いているとやっぱり当時、
男や息子が歩いてジェラートを食べる姿っていうのは、
やっぱり木に映ったみたいで、
結構ジロジロ見られた記憶があって、
それがこちらでは、
背びれを着た人たちが普通にジェラートを3人組で歩いているのも当たり前だし、
パフェを、高校の時にパフェを食べたいと思ったけど、
パフェは女の子が食べるものだから、
男はちょっと恥ずかしいみたいな風に言われたこともあって、
そんなところで自分の思っていた違和感がイタリアのどこにもなかったっていうのも、
この国があった理由の一つなのかもしれないですね。
スピーカー 2
じゃあ割と苦労していたその若い時代も、
日本に戻ろうとかはあんまり思わなかった?
スピーカー 1
そうですね。最初の初日に留学生の振動まで身ぐるみ剥がされたんですよ。
身ぐるみが盗まれたっていうことなんですけど、
寝道の空港に着いて、
スピーカー 1
いわゆる車のついたカートにスーツケースを置いて、
その裏側に自分の大切なものが入ったリュックを置いて、
物の15秒くらい時間表を見ている。
フィレンゼに行かなくてはいけなかったんですけどね。
その間に気づいたらそのリュックがなくて、
スピーカー 1
その中には留学に必要な書類から、
カッターばかりのカメラから全部入っていて、
幸いかな、お財布だけはポケットにあったんですね。
それで警察にいた人に聞いたら、
警察に行って被害届を出しなさいと。
それをした時にローマの刑務所に行ったら、
10人くらいのイタリア人が僕の前にすでに7時半の段階で並んでいて、
イタリアの人がこれだけ盗まれるんだったら、
外国人の僕なんて来たばっかで、
初心者だから仕方がないって諦めるんだけど、
その時でさえ確かにちょっと焦ったけど、
スピーカー 1
まだここで学べるんだっていう楽しみ、
ワクワク感の方が強かったので、
仕込みもなく、それが最初でしたね。
それ以降はいつも通り物を盗まれることなく今に至っています。
すごい悟り方ですね。
スピーカー 2
10人並んで。
通ってますよね。
じゃあいいかみたいな。
そういう、なるほど、本当働き方ラジオ。
でも結構そういう自分らしい働き方されている方をよく呼ぶので、
すごい面白いなと思うんですけど。
ある意味、そこから通訳としてどんどん成功していくわけですけど、
その前の時代も割と楽しくワクワク暮らしていて、
スピーカー 2
今もずっとっていう感じなんですね。
スピーカー 1
そうですね。
スピーカー 1
りささんとお話しした時に、
僕自分がイタリアに来るきっかけを作ってくださった
ナンバー・カズヒコ先生っていうタマビで、
建築家の方なんですけど、
スピーカー 1
その後東大で教えられた先生が、
都市論っていう中で記号論っていう授業をするとき、
とても自分には大きな人生の転換期になっているっていうか、
スピーカー 1
その方との出会いがあったから、
異国のうちで言葉が通じないところでの生活が楽しめるきっかけを作ってくださったんです。
どういうことかっていうと、
その授業であったのは、
人間って自分が慣れた空間や慣れた環境、慣れた人たちの中で
居心地よく住んでいるけど、
世の中にいろんな人がいて、
自分の考え方が通じなかったり、言葉が通じなかったり、
変だなとか気持ち悪いこの人とは避けたいっていう人もいる。
スピーカー 1
でもそれっていうのは記号論的に言うと、
自分が持っている高度と同じ高度じゃない人と出会ったときに、
やっぱりそういう拒絶感や距離を取りたい気持ちになるけど、
スピーカー 1
あえてそういう人たちに近づいていって、
その人たちがなぜそうなんだろうとかっていうのを
ちょっと深よりして調べてみると、
スピーカー 1
それはそれなりにきっと理由があるんだろうから、
それをみんなに、
人が使って自分が変だと思うもの、嫌だと思うものを選んで、
それについて研究してみなさいっていう授業があったんです。
そのときに僕はたまたまナンバー先生が、
帰りのバスが一緒で、
スピーカー 1
ボスアリーノの帽子をかぶられて、
ヒゲを生やしていて、なかなかダンディな先生なんだけど、
今日授業を受けた伊藤、問いかけての伊藤ですと。
で、初めて授業と何を選んだらいいか分からないんだけど、
みたいな話をして、
そして先生に、
なんで先生は帽子をかぶっていらっしゃるんですか?
当時なかなかボルサリーノの帽子をかぶっている日本人が見たことがなかったので、
そうしたら先生がポッと帽子に手を当てて取ったら、
ハゲついたんでしょうね。
で、ニヤッと笑って、また帽子割りして、
君は今、僕になんで帽子をかぶってるんだって聞いた。
そのなんでについて調べてみるかどうかと。
つまり彼はヒゲは生えてて、髪の毛がなかったので、
ヒゲについて調べてみることにしたんです。
で、1月かけて渋谷と六本木だったかな。
スピーカー 1
で、ヒゲを生やしている人を片っ端から見つけてはインタビューして、
年齢や職業や政治的な思考だとか、
いろんないくつかのことをインタビューしてまとめたら、
だんだんとやっぱりそれなりにヒゲを生やしている人たちに
共通するいろんなものが出てきて、
スピーカー 1
だってヒゲの歴史っていうものを読んだら、
やっぱり長い人間の歴史の中で、
特に宗教であったりとか、戦争があるなしであるとか、
そんなことでヒゲがとても流行する時代とない時代、
またアルビの世界では、戦争した相手のヒゲを燃やすことが
一番相手に対する屈辱的な行為であるというようなものを読んだりとか、
やっぱりヒゲというもの一つにとっても記号があるというのが分かってきて、
つまり自分が不思議だなと思うものについて調べていくことが楽しく、
その経験からなったんですね。
なのでイタリアに来た時も、
要は自分を伝えられないところに追うことは決して苦ではなく、
楽しみになる。
知らない人と話すことも、自分の言いたいことやっぱり相手に理解してもらっても、
努力しなくちゃいけない。
それが周りからすると大変だろって言われるんだけど、
そのことは全然大変、自分の中では大変なことではなくなくなっていたんですね。
だからフットナンバー先生との出会いというのが、
自分の中ではすごく大切なターニングポイントだったと今つくづく思います。
スピーカー 2
面白い。
そこで自分と違う人に拒絶するんじゃなくて、むしろ気になるから聞いて、
なんでなんですかっていうその姿勢、それこそが人生を楽しくするという感覚をその時に得て。
スピーカー 1
そうだと思います。
高校までやっぱり名古屋の新興住宅街みたいなところで育ってて、
中学も高校も本当に似たような環境の中でしかいない人たちと生活していて居心地も良かったし、
それが大学に行ったらたまびっていうのはやっぱり理解志向の人ってそのなりに自分が強い人だから、
高校までに会ったことがないような不思議な人たちがいっぱいいて、
初めて投稿拒否みたいなことを大学になってやったんですよね。
っていうのはあまりにも自分と違いすぎて、聞けるものから聞く音楽からあまりにもちょっとやっぱり怖かった正直言って。
ある飲み会で飲み会というか友達のとこで4人で喋ってて、
みんなが俺中学の時に投稿拒否してたんだよなみたいなこと言ったら残りの2人も俺も俺もになって、
僕だけは楽しくずっと中学に行ってたから、何この人たちって思ってしまったのが最初あって、
それとかがみんなそれぞれきちんと自分を持っているからそういうことになるんでしょうけど、
僕はそれまではこう、なんていうんですか、そんなに紛まれた環境で勉強して、
周りと同じことしてることが当たり前で来れてたから、何の意識もなかったんですけど、
ただもしかすると自分自身が同性愛であるということに気づいた時に、
居心地の悪さは何かあって、それをもう少し外国に行くことで、
それがもう少し楽になるのかなっていうのがどこかで真相の部分にあったのかもしれないですね。
でもそれは南馬先生との出会いがなければ、もしかすると僕はそれなりに高校までの友達と同じように大企業に入ったりとか銀行で、
それなりの生活も自分はそれなりにできたような気もするんですよ。きっかけがなければ。
それなりにきちんとしてるので、大抵きちんとしてるというか、普通にそういうことをみんなと同じすることもできてたので。
スピーカー 1
わかんないですね。やっぱりどこかでちょっとやっぱりそれはそれで大変なことになったかもしれないですけどね。
今の違和感のお話をね、初めて会いに行った2年前に私は聞かせていただいて、
ヒゲと帽子っていう話だったから、あれ?けんしろ?みたいななんか。
スピーカー 2
今日はかぶってないけど。
スピーカー 1
今日はかぶってないけど。
スピーカー 2
ハットよくかぶってます。
この後ろね。
スピーカー 1
渋谷の街とかでね、ハットとヒゲの人にインタビューをずっとし続けたっていう話で、
あの時確かイタルさんから聞いたんですけど、普通の勤め人の人がほとんどいなかったみたいな。
そうね。
スピーカー 1
言ってましたよね。
デザイナーだったりとか広告関係だったりとか、
当時初めて渋谷のメンズ館っていうどこかのデパートで、
いわゆるデパートの店員さんがヒゲを生やすことが許された初めての時があった。
スピーカー 2
そうなんですね。
スピーカー 1
やっぱりそれまでせっかくいう人間がヒゲを生やすっていうことは日本ではよくなかったし、
僕の祖母も父がちょっとだけ風化したときにやっぱり戦争の記憶からヒゲっていうのは憲兵さんとか、
すごく謙虚化学の嫌な存在として捉えられたりとか、
スピーカー 1
そんな時代から今はもうね、かなりソフトになってファッションの一部になってるけど、
まだ90年代、80年代まではヒゲなんていうのは全然ファッショナブルなものとしては日本では捉えられてなかったと思います。
スピーカー 2
本当にナンバー先生と出会って、真相的なものはあったんですよ。
そこでパッと意識が変わって、イタリアに行こうとなって。
なかなかそこで、なんて言うんですかね。
やっぱりこう、ある意味自由みたいな話でもあるなとは思ってて、一つのテーマとしては。
スピーカー 2
やっぱりこう、わりと決まった方の道に日本にいると乗りやすくなるけれども、
結構それを30代でとか、また40代で、僕なんかもある意味そうかもしれないですね。
起業とかをこの30後半でして、またラジオやったことで自由っていう言い方が自立なのかもしれないですけども、
自分で道を作るみたいな。
イタリアさんはそれをもう本当に20代前半からというか、やってこられたんだなと思って。
スピーカー 1
これ今その生きる道っていうか、本当にいつもこれいろんな人に会う方に必ず僕言うんだけど、
イタリアに来てよかったなって思うことの一つが、本当に生きる道は一本ではないっていう。
すごく体感できたことで、あるときに、いつでしたっけね、覚えてますか?
皆さんちょっと若いかな。
ビル・クリントンってアメリカ大統領がステージしていたレビンスキーっていう人と恋中になったことが騒がれて、
公にちょっと謝罪したことがあったんです。
その同じ時期に日本ではオークラ賞の官僚がノーパンシャブシャというところに出入りして、
そのことがきっかけで殺された官僚が二人いたっていうのが同じ時期にあって、
イタリアの日刊誌のコリエル・セーラっていう新聞がね、
両面に左側に謝罪しているビル・クリントンの写真と、
右側に日本の官僚というかそういう官庁外の写真を載せて、自殺した二人の官僚みたいなのを出していて、
それを見た時にすごくなんて悲しいんだろうと思ったんです。
日本ってやっぱり自殺率の高い国じゃないですか。
もちろんいじめもあればいろんな形で死ぬことによって全てをチャラにするみたいな文化は全くない。
スピーカー 1
もともとあるのかもしれないけど、
残された家族は決してそれで全てがチャラになるとは思わないし、
間違ったことをしたかもしれないけど、
お父さんが生きてくれている方が絶対僕はいいと思う。
その時にイタリア人だったらどうするだろうっていうか、
もちろんこの国も自殺がないわけでもないし、
最近やっぱり日本と同じように増えているって言ってはいるらしいんだけど、
人によって見方を変えて、
元官僚がやっていたノーパンサブサブぐらいの形で、
次の自分の人生を切り開くことがこの国は一緒な気がするんですよね。
そうしてもダメだったら引けばいいし、
右にも左にも行ってもいいし、
日本の場合道が一本あってそこから外れてしまうと、
どうしても道も幸もいかなくなって命を殺してしまう人が多い気がして、
イタリアに住んでいると道は一本じゃないから、
失敗したって道を変えればいいんじゃない?
それが社会的に日本よりは寛容にあるような、
だからストレスも少ないのかもしれないですよね。
有名なので言うと日本って恥の文化って呼ばれていて、
欧米は罪の文化って言うので、
スピーカー 2
神との契約の中で正しければそれで良いという意味合いです。
日本の場合は社会っていうのは実は輸入品なので実はなくて、
社会で全然駆動していなくて、
世間で駆動している国ではあります。
世間で駆動しているか。
スピーカー 1
そうそう。
スピーカー 2
特に思ったのがコロナ禍の時に、
人の扱いとかがもう、
何て言うんですかね。
スピーカー 2
オカミとシモジモみたいな感じだったりして、
人の人権みたいなところの薄さというのを感じましたし、
一方でワクチン打ち出すと、
打つまでがめちゃくちゃ手続きがあって全然ダメだったのに、
打ち始めたら8割打つっていう。
あっという間。
これはもう恥の文化としか言いようがない。
逆に打ってないの?みたいな。
そうそう。同調圧力がすごくて。
同調圧力とね、あとあのマスクひどかったですよね。
あれはなかなかの、もう。
いやー。
スピーカー 2
なかなかの迷惑されますもんね。
外でも。
文化の違いを感じましたね。
スピーカー 1
周りにいたお友達で、やっぱりご両親がちょっと具合悪くなって遅刻したかったけど、
やっぱり兄弟から、というか亡くなった、
お父さんが亡くなったときに葬式に行こうとしたら兄弟から、
いやー姉貴、今みんながミラノに姉貴がいるの知ってるから、
山梨の人なんだけども、
ちょっとお葬式避けてくれた方がいいかも、みたいなことを言われたりとか、
彼女の友達でニューヨークにいる人も、ある町の市町さんをしているお兄さんがいて、
そのお兄さんが亡くなってきたら、
スピーカー 1
ときにやっぱりお葬式には出てほしくないっていうことを言われたっていう。
もしでも帰国して、PCR検査して陰性が出てれば、
だからそこに入れるわけだけど、
そういった科学的な根拠以上に、やっぱり外国にいる人っていう目でその人を見て、
その人がいることがちょっと怖いっていう風になってしまうのは、
本当にちょっと意味がないですよね。
スピーカー 1
ちなみにイタリアの嫌いなとことかってあるんですか?
イタリアの嫌いなこともありますね。
やっぱり日本の人の一目の赤が、
千日で飲ましてやりたいと思うようなことは、
たくさんあってはないですね。
やっぱり、自分の気を認めることなく相手を攻撃してくるところ、
スピーカー 1
何かがあれば、
僕たち日本人ってちょっと自分もいてのことだから、
スピーカー 1
気が自分の中にもあるんじゃないかってちょっと思うと思うんですよ。
それがやっぱりない感じ?
どうしてそこまで?
しかもそういう人に限って圧倒的な人が悪かったりするから、
その辺はやっぱり嫌ですよね。
スピーカー 2
僕、今国際プロジェクトやってるんで、めっちゃ参考になりますね。
なるほど。
スピーカー 1
そっかそっか。
スピーカー 2
やっぱりイタリアの特徴なんですか?
スピーカー 1
まあ、お米人全体にそうなんじゃないですかね。
私イタリアに来た時、25年前なんだけど、
最初言われたのが、
よく、ノネコルパミーヤって、
僕のせいじゃない、私のせいじゃないっていう言葉をよく聞くと思うよって言われて、
でもなんか言われたほど聞かないなっていう感じはあるんですけど、
ヒタルさんどうですか?聞けます?やっぱり。
僕のせいじゃない。
スピーカー 1
そんな別に誰のせいとかって話してるわけでもないのに、
なんでいきなり、なんか自分が責められそうになると、
そうやって僕のせいじゃないって言うような、
でも思いっきりは僕はする。
でもね、なんかそう、
それで言うと、
スピーカー 2
あ、私のせいって言われた時ちょっとびっくりした記憶がある。
スピーカー 1
イタリア人にとっては。
でもほんと小さい時から、
公共の後も一つ、
イタリアも最近日本にイタリア人も多いから、
みんな本当に驚いて、
日本がいかに綺麗な清潔な生存されて、
ゴミの落ちない国かっていうことに感銘を受けてみんな帰ってくるのと、
スピーカー 1
みんながやっぱりとても優しいっていうことを言って帰ってくるんだけど、
確かにイタリアの人たちって自分たちの家の中はピカピカに磨く割には、
外ではゴミを捨てる人が多いのは、
これもやっぱり良くないなって思うことの一つですね。
スピーカー 2
逆ですね、日本とか。
スピーカー 1
ねえ、日本は家の前の方が綺麗にしていないから、
スピーカー 2
意外に汚いですよね。
スピーカー 1
ですよね。
スピーカー 2
ゴミ箱がないっていうのが目にする。
スピーカー 1
そうですよね。
ほんとにゴミ箱ない。みんながここに捨てられてきてるっていう。
ただ僕だってイタリアの友達で、
日本から本当に喜んで素晴らしいって帰ってくる友達にいるのが、
もちろん客として日本に行ったらこんな良い国はないって分かるけど、
お前がやっぱり日本の中でそういう綺麗なものを
きちんとタイムテーブル通りに運行する電車を動かしている役割の一員となって
生活するということを体験してみたときに、
スピーカー 1
それが本当に今と同じように見えるかどうかは分からないよって試してみます。
やっぱりあれだけきちんとしているのは、
みんながそれぞれ自分の役割を守って仕事をしている国だから、
客で行ったときに最高のサービスが受けられるわけであって、
でもイタリアではみんなそうやって電車も送れる、
ウェイトレスさんの対応が悪いっていうことで日々みんな文句言ってるけど、
でも結局自分もそういう性格の一人としてイタリアに生きてるから、
そういうことになっちゃうんであって、当たり前だろって僕は思うんですね。
スピーカー 1
でも僕は多少綺麗なことをする人がいても、
だから何っていうぐらいの方が楽で、
きちんとしなくちゃいけない、
例えばお店にシンタースのチケットを買ったり、
お店に行って買い物すると、
直接自分が対応してくれてる人以外もお店を出るときに
ありがとうございますとかすごくみんなで叫んでくれたりするじゃないですか。
スピーカー 1
ああいうのってすごいびっくりするっていう、びっくりしますよね僕は。
あとここまで一生懸命常に仕事をしているような振りっていうか、
人生にとって本当にここぞっていうような時ってそんなに多くはないと思うんですけど、
日本で仕事してると常に自分が全身全霊で仕事してる状況を作っておかないといけないぐらい
一生懸命してる人が多い気がして、
その必要はそこまでのエネルギーを割く必要としてここにあるんだろうってちょっと思うんですよね。
スピーカー 1
そういったところできちんと仕事しなくちゃいけないけど、
普段そこまでできまなくてもいいんじゃないのっていうような。
確かに。
なのでやっぱり社会全体がそういうものを求めるのにみんな適応して仕事してるんだろうなって思いますね。
イタリアもナーナーだけど別にナーナーの中でみんな文句言いながらも、
それで一応回ってるからこの国はこれで。
最初の頃は結構両国の比較をしながら自分でもいろいろ考えたけど、
最近はできるだけやっぱり自分が気持ちよくいくためには、
イタリアにいるときはイタリアのチャンネルに合わせて、
日本に帰ったらもうイタリア忘れて日本のラジオのチャンネルに合わせるように日本の。
スピーカー 1
そうすることでもうこれはこれ、あれはあれっていうことであまり比較はしなくなりましたね。
じゃあなんか日本の仕事をするときとか日本に行くみたいになるとちょっとチャンネルを変えて。
スピーカー 1
変えても変えられない。当然もう僕は完全にイタリア人の体になっちゃってるから無理なんだけど、
でも極力やっぱり日本に合わせる努力はしてる。
スピーカー 2
逆にイタリアではもうイタリアの。
スピーカー 1
最近もうちょっと日本の親父との大臣の通訳をすることがあったんですけど、
やっぱり日本の役者の仕事は大変ですね。
準備からあといろんな意味で、その組織、時間、タイムテーブル、
スピーカー 2
すごいですよね。
移動についてもね。
本当に行ってみると意味は2日一緒にしただけだったけど、
スピーカー 1
これもう勘弁。
スピーカー 2
本当に踏ん刻みってこういうことかみたいな、しかもそのリハーサルするぐらいの。
じゃあ表舞台でもない?
スピーカー 1
ありとあらゆることを想定しているぐらいで発言要項っていうのが来るんですけども、
確かにそういうのを目を通させてもらえることによって本当に仕事は楽になるんですけど、
本当に100ページあるうちの実際使ったら2ページにも及ばないみたいな。
切ないですね。
働くとはなんだっていう気持ちになりますね。
そうなんですよね。
スピーカー 2
じゃあやっぱりイタリア人の働くっていうものへの認識はやっぱり日本のそれとはだいぶ違うっていう感じですか。
他の皆さんのスタンスっていうのかな。
スピーカー 1
でも実際そうですね。
僕は寿司職人、仕事にもよる寿司職人さんとかやっぱり自分の手で働いている人たちを見ていると思うんですけど、
やっぱり手に職のある人たちで、寿司職人の友達、今72歳になる方で、
イタリアでは寿司おにぎり屋で第一人者のパルさんっていう人なんですけど、
彼はやっぱり16ぐらいからもう仕事をしてきてるから、
イタリアに来てから彼らにとって若いイタリア人や中国人や今寿司ブームだからそういうことをやりたい人たちっていうのはやっぱり
お金が寿司を握れると儲かるみたいな形でやってるけど、
パルさんはやっぱり寿司を握ることでやっぱり自分自身を精進するというか、
人間性を高めるみたいな、そんなやっぱり気持ちがずっとあっている。
それが全くやっぱりないところが全然違うっていうことに出たし、
多くの場合、やっぱり日本人は仕事そのものが一つの生き甲斐にもなっている。
長かったですよね。
やっぱりそれは非常に少ないと思います。
あくまでも生活のためのお金を貸していくためのもの。
スピーカー 1
あとやっぱり労働組合っていうのの存在についても考えたんだけど、
イタリアってもちろん今経済的に理由の中ではもちろん再開を言ってるけれども、
かつて日本と同じように戦後の経済成長によって、
とても飛躍的に経済が伸びた国ではあるんですけど、
その時に労働組合っていうもともと社会主義が強かった中で、
スピーカー 1
労働者に対する権威を守る効率がしっかり高めあるんですよね。
でも日本の場合は高度経済成長の時には、
今イタリアの法律からしたら明らかに人間の作死だと思われることを
当たり前にすることで大きく経済が成長したけど、
その反面やっぱり養育休みもなくて家族と過ごせる時間もないまんま、
スピーカー 1
ずっと来ていた何十年もあったと思うんですよ。
ある時に日本の企業を買収したイタリアの企業が、
イタリアの企業を買収した日本の企業の社長が、
経済の中でこんな労働者が守られていくには物なんか作れないって
ふてゼリフを書かれたんだけども、
その方からしたらやっぱりイタリアの従業員によるに何かというと、
例えば会社が利益を生んでいなくても従業員には証拠を聞く権利があるっていうものがあるらしくて、
日本だったらそんなのもあり得ないし、
スピーカー 1
日本人はどっちかというと多少、
給料、ボーナスがなくてもそこに仕事があればありがたいっていうので、
そういう状況を受け入れるタイプがあるわけですね。
それがイタリアの場合には企業家トップはトップだ、
会社業務がいかなくてもそれはお前らの責任で、
ただ時間を提供して仕事している我々には関係ないっていうところで、
労使の関係っていうのは非常に対立している感じがあって、
その辺が日本では労働者も巻き込んで企業の労働機能が動いているから、
スピーカー 1
あんまりそういう対立がない感じですね。
でも今本当にドイツもフォルクスワークも悪くなって、
スピーカー 1
とんでもない状況がこれからされるらしいんだけども、
そんな中でイタリアもそれに関連する企業がいっぱいあるし、
カイコが何千人単位で宣言されている大きな企業もあるのを見ていくと、
本当に今までのヨーロッパのやり方も良かったのかなっていう状況には来ていると思います。
それは本当は日本も同じで全世界中なので、
スピーカー 2
特に日本はやっぱり無欠革命で日本っていうのができた国なので、
自分たちの手で勝ち取ってないっていうのはでかいなと。
なので市民性っていうのがうまく導入されなかった国なので、
スピーカー 2
特に労使の問題とかは弱いですよね。
なのでAIが来ている時代にさらに弱くなっちゃうので、
スピーカー 1
もう少し対等なやり取りとか、働き方の要求みたいなのをしてもいいんだろうなとは思っていますし。
スピーカー 2
そういうことですね。
スピーカー 1
国外というのはやっぱり企業とカテゴリーごとになっているんですね、イタリアでは。
企業仕事ですよ。
企業仕事になっていて企業の単位ではないですね。
スピーカー 2
うん、それでかいですよね。
日本はそれを認めなかったり、潰してきた歴史とかもあって。
各会社ごとにあるから、みんな部下というか雇われなかった。
改修的にはたからえないという前提の中で、いい感じにちょっと交渉するみたいな。
スピーカー 1
僕は自由になりたくて会社員を辞めたので、
スピーカー 2
この契約は奴隷契約なんじゃないかとかつい感じることとかもあったし。
雇用契約はね。
スピーカー 1
守られている部分もすごくあるから、洒落で言ってるわけですけど、
スピーカー 2
一方で人の人権とか人の自由とかをどこまで理解しているのかなというのはすごく足りてない要素だと思います。
スピーカー 1
僕以前にね、日本語を勉強していたマルコっていう友達が学生の時にて日本の賞者に入ったんです。
すごく喜んでいて、1年後に会った時に聞いたら辞めたって言うんですよ。
その理由っていうのは、やっぱり上司の実態復習っていうところに対して
やっぱりイタリア人の僕としてはやっぱり受け入れられなかった。
自分で納得すればやるけど、説得するあれもなくこれをするって言われたら
日本の僚僚たちはみんな当たり前にするけど、自分は納得できないことを言われてもそれに対してはいとは言えなかった。
だから完全な事故消滅、事故を消すことと絶対復習、この2つが入られなかったって言ったんですね。
そのことを名古屋にいる妹に話した時に、彼女は当時日本のデパートで広告の仕事をしていたんだけど、
私はでも自分が失敗しても周りが守ってくれるし、自分が上手いこと言ってもそれが自分だけの手柄じゃなくても
その全体のグループとしての手柄になるっていうその地の方が好きだから、
マルコさんとは違う、私は違うって言った。
スピーカー 2
日本のアウってことですね。
スピーカー 1
そうなんだなって思った。
それまさにそんな感じの文化なんだけど、全然守ってくれなくなってきたのがこの10年ぐらいで。
スピーカー 2
いわゆる就寝行為ってもう無理だよねって経団での人が言ってるくらいですから。
それも変わってきたけど、その会社のカルチャーのその絶対復習が残ったりしてるとよりこう歪になっちゃうっていう。
そういうことですよね。
今日本で起きてるのは。
そこはだいぶ変わりつつある部分もありつつみたいな。
まだまだ全体としてはこれからって感じで。
イタリアに学ぶことも結構ありそうな感じですね。
日本の企業がイタリアのことを見て学びに来る観客たちの通訳が多かった中で、
スピーカー 1
自分の中でちょっとやっぱりバランスが崩れちゃって、
なんでここまで日本の人たちがイタリアにこんなに自分たちのお金をかけてわざわざ来て。
ある時に逆のケースがあって、
スピーカー 1
僕自分の中でバランスが取れたら嬉しいなと思って。
ちょっと今どの企業だったか記憶にないんだけど。
あるイタリアの、
日本の大手企業がイタリアに進出して、
そこで働くイタリア人の人たちがすごく意図して仕事をしている現場を見ることができて、
日本のやり方を世界的に展開している会社だけども、
もし自分がイタリアの会社に入ってたらこのチャンスはなかったとか、
特にデザインの分野で、
これまでは日本の大手の会社が社内でやっていたウェブのデザインとかそういう部分で、
スピーカー 1
イタリアがやっぱりミラミラのデザインオフィスが素晴らしいからって言うんで、
そこを買収して、
そしたらそこは社長含めて10人足らずのデザイン事務所だったというところが、
今度は日本の資本のおかげで世界中に彼らのやっていることが届くようになって、
初めて日本の本社のビルの最上階に行った時に、
スピーカー 1
社長室でたくさんの重役の前にプレゼンテーションした時には、
本当にびっくりしたけど、
それがきっかけで、
自分たちのイタリアの良いところを伸ばしてもらえる日本のおかげでというようなものだとか、
いくつか日本の人たちがイタリア人の良い部分を理解してあげて、
資本力を使うことで、
もっと広いところに出してあげれるような状況をいくつかちょっと見る機会があった時に、
日本の人が頭を下げて教えてくださいって来るのではなくて、
イタリア人が日本から学んでいる現状を見て喜んでいる姿を見て、
自分の中ですごく嬉しくなった。
でも最近本当に日本ブームが続いていて、
金継ぎなんていうのも日本以上にイタリア人の子供がたくさんこの言葉を使っているんじゃないかっていうぐらい、
その金継ぎがブームで、
でも金継ぎでとても面白かったのがある。
イタリア人の女性で、ミラノで金継ぎをワークショップでやっている女性がいて、
スピーカー 1
定期的に日本に行って先生から学んでいるんですって。
その彼女が自分の経験をイタリアでいろいろ話しているうちに、
ガンセンターの乳がんのいわゆるチュートを受けた人たちのサークルみたいなところで話す機会があって、
要は壊れたものを直すっていうところで、
日本の金継ぎによって新たな命を吹き込まれた焼き物たち、
胸を切られてしまった女性たちが自分自身の精神的な痛みっていうのを直す手段として金継ぎが素晴らしいっていうことになって、
そのことがまた彼女が経験を一つの本に感じたら、
それが日本中の侵入学者の女性の人に心を打って、
今度は一旦日本でできた金継ぎがイタリアに来て、また別の形になった金継ぎっていうものが日本に来てっていう、
そういうサイクルがあったのを最近聞いて素敵なことだなと思います。
スピーカー 2
金継ぎそんなブームになってるんですね、今ね。
うん、とってもブームですね。
スピーカー 1
元々日本で生まれたものを大切にした時代に、家で使うものを直して、
でもお客さんには、客には出せないものとして、だから欠陥品としてあったものなんだわけだけど、
もう完全にこちらで控えされているのは新たな技術作品じゃないけれども、
見た目の美しさで、だから人によってはちょっとおかしいけど、
あえて壊して直したりとか、本来の金継ぎというものではないんだけど、そんなものも出てきてますね。
スピーカー 2
じゃあ日本ブームっていうか、アニメはもちろんありますしね、
いろいろ受け入れられている感じなんですね。
特にヨーロッパの中でもイタリア人の日本への旅行で行く人の伸び率は圧倒的に高いっていうのが分かりましたね。
スピーカー 2
なんかやっぱ刺さるんですかね、イタリアの方々に。
そうですよね。
スピーカー 1
昨日僕を仕事の後、ヘルージャムで連れてきてくれたドライバーの人も5回行っていて、
白カーゴがすごく良かった、自分にとっては白カーゴが日本の魂だって言ってましたけど、
とにかく食べるのが好きで、いろんなところに行って本当に何でも食べて、
最初に行った時は朝食はやっぱりすぐには味噌汁とご飯と鮭の塩焼きは食べれなかったそうなんだけど、
2年目から完全に朝昼晩、朝昼晩ずっと大体1回行くと2週間から3週間和食だけで過ごしてきてましたね。
だからね、昔よりも確実に体験者が増えてる感じがすごいですよ。
ヘラカーゴとか日本人はあんまり行かないですからね。
日本人はなかなか行きづらいとか思ってなかなか行かないですよね。
スピーカー 1
ありがとうございます。
スピーカー 2
いろいろ日本とイタリアの話も聞けたんですけど、
スピーカー 2
イタルさんの話で言うと、現在とかこの先みたいなところで何かワクワクしてることとかあるんですか?
スピーカー 1
この先、ちょっと今自分の中でポッと落ち着いちゃってる感じがしますよね。
なんとなくこのまま最後もできるんじゃないかなっていうような感じが覚えてて。
スピーカー 2
いいことです、いいことです。
スピーカー 1
ただ特にワクワクというか、
ただ今個人的にはずっとミラノに住んで生活してましたけど、
ここ3年前からジェノバっていう町にも相棒がアパートを手に入れたことによって行くようになったんですね。
で、その海がある町に生活できることは今とても自分は幸せだなって思っていて、
魚がやっぱり好きだし、種類はそれほど豊富でないんですよ。
新鮮な魚が家から住むところで飼えて、それを生で食べられる環境にあることは本当にありがとうっていう感じです。
しかも最初に…
スピーカー 2
生魚も?
スピーカー 1
生魚もね、あとそのちっちゃなエビとかね、とても甘い。
その湾でしか獲れないようなものが地元でやっぱり安く、
しかも弱いらしくってミラノまで運ばれることがなくて、地元でしか食べられないようなものがあって、
それを直接口に入れることができるのは本当に嬉しいんだけど、
僕最初にとてもあの時こうだったなって思うことがあって、
自分が学生で初めてジェノバの地に降りた時に、港まで歩いて降りていく間に、
下から上がってきたおじさんに、お前日本人かって声かけられたことがあって、
そうだって言ったら、お前の国は素晴らしいっていきなり言われて、
俺は船に乗っている人間なんだけど、横浜で2週間滞在して生活したことがあるって言われたんですね。
一人で旅行しているとなかなか人と話す機会もないし、そんな風に声をかけられていきなり言われたのがジェノバだって、
その時に海が見えてて、ここの海から船に乗って日本まで行けるんだなって思った時に、
その記憶がジェノバにあって、実はいつかその船、日本まで直接行く船はないみたいなんだけど、
いろんな商船というか、荷物を運ぶような船を乗り継いで日本まで行くことがやってみたいなってワクワクする話が、
スピーカー 1
ジェノバからできたらいいなって思っていますね。
スピーカー 2
じゃあ今は海のある環境に寄り行けるようになって、美味しいご飯も食べつつ、
いつかはそこから海に出て日本まで。
スピーカー 2
いいですね。でもそうですよね、船の旅とかできそうですよね。
それこそいろんなところに立ち寄って、中東とかインドとか。
スピーカー 1
自分が学生の時代に世界中で学んでいた十字軍というのがあるじゃないですか。
スピーカー 2
ああ、十字軍。
スピーカー 1
聖地学会の。
まさにそのジェノバの港には、十字軍の人たちが集まって、そこから船が出て、
ヤリセル河まで行ったという建物が、いわゆる12世紀ぐらいの建物が残っていて、
いわゆるマインスジェラクトじゃないか、ヨーロッパ中から騎士や犯罪者たち、船に乗り込むような人たちがジェノバに集まってきたときに、
船が出るまでの間、そこに滞在してというような建物が、今は教会になっているんですけど、
なんかあるんですよ。それを見たときに、やっぱり代年として知っていた漠然と十字軍というのがあったんだということはならないけど、
それが目に見える形で、ここから船が出てきたんだというのを見たときに、やっぱり全然感じ方が違って。
ベネジアからも出ていますけど、ジェノバとベネジアから、そうやってヨーロッパの人たちがイスラムの国に向かっていったんだなという、
そういう名残がある町に、というのがとても魅力的なところですね。
スピーカー 2
歴史を感じられるというのがいいですね。
スピーカー 1
そうですね。僕もやっぱり基本的に歴史が好きなんだと思います。
スピーカー 2
十字軍ですよね。第何時十字軍だった?第4ぐらいまであるんでしたっけ?
スピーカー 1
もっとあったような気がする。
スピーカー 2
もっとありましたよね。
スピーカー 1
もっとあったんですね。
スピーカー 2
なかなかね、うまくいかないという。
僕もトラジメを見たとき、ここでハニバルが戦ったんだと思ったら、めっちゃ上がりました。
スピーカー 1
行ってみたいなと思ったぐらいで。
スピーカー 2
やっぱりそうやってね、住む場所がまた変わっていくと、いろいろな楽しみがまた増えてっていう感じで。
スピーカー 1
やっぱり悲劇があるのは良いことですよね。
スピーカー 2
そうですよね。しかも今ね、2拠点じゃないですけどね、いろんな形で住めているっていうのは、またそれがいい刺激になってそうですね。
スピーカー 1
そうですね。
スピーカー 2
なんかね、いろいろ聞くとイタリアにどんどん行きたくなるっていう感じなんですけど、
宮さんなんか今ね、日本にイタリアのテリトリーを作るんだってね、まさに活動されてますけど。
スピーカー 1
先ほど伺って、やっぱり田舎の方に大きな会社だっていう話があったけど、
イラノから住んでいたお友達で、日本に最初に帰国した友達が六本木に一時期住んでいたことがあって、
その人が最近ゴートクジっていうところに移った。
その時に彼女が言ってたことが面白くて、なんかここに来たら自分が背が高くなっている気がするんだよね。
当然やっぱり六本木のビルに囲まれているところにいるのと、やっぱりその2階建てぐらいの建物が多いような地域では、
スピーカー 1
いつ人間のやっぱり大きさって相対的に変わるじゃないですか。
僕もよく日本に行って東京から行くと思うんだけど、ここでやっぱり一人一人が相対的に小さくなっちゃいますよね。
街が大きいから、大都会はどこでもそうなんだけど、ちょっとやっぱり出てみると、建物が小さいところに行ったりすると、
人間の大きさがやっぱり大きくなる。
今ここにオンブリアにいてもそうだけど、一人一人がやっぱり強く生きていられるような気がしますよね。
街があまり大きすぎないほうが、人のバランスと気に相対的に。
スピーカー 2
僕も寿司っていう海沿いの町に住んでるんで、鎌倉の隣なんですけど、
ちっちゃい家しかないし、多分ちょっと大きく感じられてる気がする。
スピーカー 1
帰ってくるとほっとしますね。東京から帰ってくると、あー帰ってきたなーって感じで。
スピーカー 2
そんなところで、色々とお話聞かせていただいて、またよりイタリアに行きたくなったっていうのが今日の感想なんですけど、
やっぱりいい国だなって、そのカルチャーも含めてすごく自分らしくいられるというか、
自分のそれこそ、それぞれの道を行くっていうのを体現した国だし、そこで働き方を追求っていうんですかね、
スピーカー 2
その道を歩んできたイタルさんの話にすごい説得力がありました。
ということで、今日はイタルさんにゲストにお越しいただきました。ありがとうございます。
ありがとうございました。
今回もお聞きいただきありがとうございました。
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