-
-
まてぃ
こんにちは。このTFCチャンネルは、エグゼクティブコーチ根本 Deacon 雅子とMCのマティがお届けします。
本日は、人を動かすのが承認のパワーをテーマにお届けします。
根本Deacon雅子
はい、昨日部下あるいは相手をうっかりついてしまうと、誰も何も話をしてくれない。
まさにカモメとアサリの例でお話をさせていただきました。
それが絶対悪者かというふうにしてね、固くならなくなっちゃう。
それっていうのは、絶対アサリが動いてくれないじゃないですか。
そうではなくて、まさにそのアサリがパカーッと伸び伸びと開いてくれるような状態っていうのが、この承認のパワーなわけなんですよね。
人を動かすのが承認のパワー。
承認というのは、褒めるということとちょっと違うんですよね。
褒めるっていうことは、もちろん素晴らしいですし、
褒める子は伸びるっていうふうなフレーズもあるように、もうその通り。
人間を褒められると嬉しいし、もっと頑張ろうっていうふうにモチベーションになりますよね。
で、褒めるということっていうのはちょっとイメージしていただきたいんですけども、どんな時に起きますか。
往々にして親が子供、あるいは上司が部下というふうに上下関係で発生することが褒めるということですよね。
承認というのは、そこに上下関係というのはあってもなくても関係ないんですよね。
イコールの状態でも承認は可能ですし、あるいは逆にその上下の下から上ということも承認というのは可能なんですね。
承認というのは、あるものをあるというふうに認めるんですよね。
褒めるというのは、褒める側に何か相手に対してもっとこうなってほしいなとか、作為的なことがあることがあるっていうのが一点と、褒めるというのはどうしても上下関係といったところから起きてくるので、上から目線的なところがあるんですよね。
あるいは、初対面の人はバックス的ですねっていうふうに、本気でそういうふうに思われるケースもあるかもしれないけれども、相手といい会見を作りたいといった作為的なところから褒めるっていうのは何かひょっとしたら自分の趣味じゃないけれども、
相手に対して媚びを売るみたいな時にも、この褒めるっていうのは使うことがあるんですよね。それが、媚びを売ることが悪いわけではないんですけれども、承認ということは媚びを売ることでもないんですよ。繰り返しになりますけれども、承認というものは、あるものをあるというふうに認めることなんですよね。
その人の存在をそのままであってくれていいというふうに認めることなんですよね。
例えば、子どもがご飯を食べ終わった後に食器を台所に持ってきてくれて、
子供が食器を同じように台所に持ってこようと思った時に、謝って食器が手からすべって割れちゃった。
そんな時にも承認はできるんです。
花ちゃん、持ってこようとしてくれたんだね。
ありがとう。でもこういうこともあるね。一緒にお掃除すれば大丈夫だから。
というふうに、相手がやったこと、いること、その人の状態をそのままでいいんだというふうに承認する。
会社とかでも、褒めるというのは成績効果あるいはプロジェクトの進捗があった時に褒めるということはあるかもしれない。
それは非常に明らかで簡単ですよね。
でも、その人の存在を承認するということは毎日できるんですよね。
今日会社に出社してくれているんだということ。
おはよう、今日も会えて嬉しいというふうなことも承認になりますよね。
今日も元気そうだねって言ったところも、ご承認になりますよね。
何かあったの?今日なんかちょっと顔色が悪そうだねって言ったところも、それも承認になる。
承認の機会というのは、実はたくさんあるわけなんですよね。
そんな承認、承認と褒めるの違いって言ったところなんですけども、イメージつきましたか。
マティさんどうでしょう。
まてぃ
これ私がよくやっていることなんですけれども、私の仕事は一人では完結しないことがほとんどなので、
例えばライターさんにお仕事をお願いしたり、デザイナーの方にデザインを作っていただいたりっていう、
誰かにお願いしていただいて、それで初めていろんな人の力が合わさってできるという仕事がほとんどなんですね。
よくあるのがライターさんたちって、私も自分がライターやってよくわかりますけれども、原稿を書くのって大変なわけですよね。