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#8  『にほんのわらべうた』 - わらべうたを、子どもたちに返そう / ゲスト・ 甘利  京子さん
2026-10-01 1:02:56

#8  『にほんのわらべうた』 - わらべうたを、子どもたちに返そう / ゲスト・ 甘利 京子さん

第8回目の今回は、甘利  京子さんをお招きして、「いま、誰かと話したくなった本」を題材にお話を聴いてみました。
 

【今回のゲスト】
「ひきざくらの会」/甘利京子さん

子どもと本に長く関わり、現在は「ひきざくらの会」の一員として、昔話などを本を見ずに語るストーリーテリングの活動に取り組む。小学校などで子どもたちに物語を届けるほか、わらべうたや手遊び、手作りの小道具を取り入れたおはなし会も行う。まちとしょテラソでも季節ごとのおはなし会を開催し、子どもたちが物語や言葉を体いっぱいで楽しめる時間をつくっている。

 

【今回、甘利さんが話したくなった本】
『にほんのわらべうた』近藤 信子

感想

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サマリー

小布施町立図書館「まちとしょテラソ」の館長が、甘利京子さんの人生と三つのライフワークを聞く。甘利さんは岡山生まれで、長野、金沢、鎌倉、牛久などを経て2022年に小布施へ移住した。昔話を覚えて語るストーリーテリング、わらべうた、手作りおもちゃを続けており、方言で桃太郎を語る魅力も話す。わらべうたでは近藤信子さんに2009年から2015年まで毎月つくばへ通い、子どもたちや高齢者施設で歌や遊びを届けてきた。番組では『日本のわらべうた』をもとに、「ほほほたるこい」「一山越えて二山越えて」「もちっこ焼いて」「あんたがたどこさ」「テルテル坊主」などを実際に歌い、手遊びやお手玉も披露する。わらべうたは音域が狭く伴奏なしで歌え、生活の中で誰でも楽しめることに価値があると甘利さんは語る。手作りおもちゃでは、クリアファイルを使う「プラトンボ」を東日本大震災の被災地の小学校へ送った経験も紹介された。最後に、子どもたちへ生の声で昔話やわらべうたを継続的に届けたいという希望と、定期的に一緒に遊ぶことの大切さを語り合う。

甘利京子さんの来歴と小布施での暮らし
こんにちは。小布施町立図書館まちとしょテラソ館長の荒代祐一です。 この番組テラソで、あの本の話を。ラジオは、小布施で暮らす方、働く方をゲストにお迎えして、今誰かと話してみたい一冊をきっかけに、本と人生について語り合っていく、そんな番組でございます。
本って一人で読むことが多いんじゃないかなと思います。もちろんそれだけでも十分面白い。でも誰かと話してみると、思いがけない見え方に出会えたり、その本の中にあった自分の気持ちに気づいたりすることがあります。この番組では、そんな誰かと読む読書を、この小布施でテラソで一緒に面白がっていけたらなというふうに思っております。
それでは今回のゲストは、あまり京子さんです。あまりさんよろしくお願いします。よろしくお願いします。よろしくお願いします。なんかあまりさんとは、本当に館内もしくは運動場あたりで、いろんなおしゃべりをその瞬間パーッとするみたいな感覚があるので、こうやってちゃんとおしゃべりするのがなんだかんだ初めてだなと。
そうですね。楽しみにしてきました。よろしくお願いします。ありがとうございます。あまりさんと最初会ったのは、僕まだ館長になる直前ぐらいでしたね。3月かな。3月に僕が3月中旬ぐらいから半月弱ぐらい、館長前にバイトをしてたんですよね。
バイト、アルバイトをしてて、アルバイトするのすごく久々だったんですけど、アルバイトをして時に、なんかあれですね、グラウンドでなんかすれ違ったとかなんだかでちょっとおしゃべりしたみたいな感じでしたね。
館長さんと前のね、2人で出ていらっしゃった時にちょうど行き合って。
はいはいはい。それであまりさんですって言われて、あまりさんなんだと思って。
そう、なんか長々となんか。
あの時なんかすごい話した気がする。
すごいなんか私、図書館に対してとかなんかすごいなんか。
そうそう、あまりさんなんか図書館に対するフィードバックみたいな。
そうそうそうそう。
最初聞いた気がする。
もう初、初めて会った方なのにあんなになんか。
いや全然。
づけづけと。
いやもう全然ありがたいです。
なんだかんだでもう半年前ぐらい。
そうですよね。
9月だったので。
っていう感じになってます。
あまりさんも結構よく図書館に来てくださっているので。
よくあまりさんだみたいな感じで。
またあまりさんだみたいなことをよく思っております。
お越しいただきありがとうございます。
いえいえ。
でその後、たまたま知人が横浜に住んでて。
横浜ライブラリーフレンドっていうなんか会に入ってて。
その開放しにね、なんかオブセを載せたいっていうので。
インタビューに伺ったこともありますけれども。
その時もお世話になりました。
ありがとうございます。
無事に。
あまりさんの活動の幅が広すぎて。
そんなことないです。
毎回衝撃を受けるんですけど。
いえいえ。
しかもオブセだけじゃないっていうね。
そうです。
じゃあ改めてですね。
あまりさんにも自己紹介をお願いしたいなというふうに思いますが。
よろしいでしょうか。
大丈夫です。
あまり京子と申します。
1955年、岡山生まれです。
学生の時に長野に来ました。
長野で少し小学校で働いた後、金沢で結婚して鎌倉。
夫の転勤で茨城県の牛久町、今の牛久市なんですけども、そこに住んで。
その後また鎌倉に戻り。
それから両親の介護で岡山に行き、またオブセに来ました。
2022年にオブセに来て、それからオブセに住んでます。
なるほど。ありがとうございます。
いろんなところに来たんですね。
知らなかった。
そうです。
牛久大仏があるところですよね。
私が住んでる頃はまだなかったですけど、ちょうど息子が2歳くらいの時に
筑波万博があって、お友達が来て案内しました。
ちょうど娘が86年に生まれたんですけど、その姿ぐらいに牛久市になったのかな。
そうなんですか。
あの大仏、そんなに昔からじゃないんですか。
ですね。私が知らなかっただけかもしれません。
すごい大きいやつですよね。
そうです。ユメですよね。
大きい大仏さんですよね。
娘さん86なんですね。
86年生まれです。
息子は83年生まれで、子供2人です。
僕が91なので、娘さんが近いですね。
嬉しい。
しかもね、そうだそうだ思い出した。
初めて話したときかもしれないですけど、鎌倉にみたいな話をしてて、
それこそ僕3月まで鎌倉の横の寿司市に5年くらい住んでたので、
すごい近くにいたんですねみたいな話もしましたね。
家族で釣りに行ったり、おいしいお魚屋さんに行ったり、
図書館ももちろん何度も来ましたけど、いいとこですよね。
確かにね。鎌倉も寿司もね。
僕、寿司海岸でよくサップをしてたんですよ。
え?
サップってわかります?
わかんないです。
サーフィンのボードみたいなやつに立って、
パドルみたいなのを飛ぶみたいなのがあるじゃないですか。
よく湖とかで、波がないところでよくやってるんですけど、
寿司は比較的さがみ湾の中にまたちっちゃい湾があるみたいな感じのところで、
波が少ないので、
なのでどっちかというとサーフィンとかいうよりかは、
ウィンドサーフィンとかサップとかがやる人がすごく多くて、
よくそこら辺にぷかぷかしていまして、
最近はこっちにしちゃって、
サップずいぶんしてないなーって思ったりとかしてます。
この番組、このテラスであの本の話をラジオに出てくれた、
一人目かな?
一人目に出てくれた牧さんっていう方がいらっしゃって、
牧さんは鶴見の方で葡萄とかリンゴとかやられてる農家さんなんですけど、
生まれもこちらなんですが、
彼も鎌倉寿司あたりに何年前かな、結構な期間住んでるんですね。
そうそう、彼が前にいた会社のことを僕はすごくよく知ってたりしてますね。
狭いですね。
狭いなーって思いながら。
だから結構ね、たぶんここだけでも鎌倉寿司周りが2、3人いるんで、
盛り上がりましょう、それで。
結構オブセにいるかもなーって思ったりしてます。
そうなんです。
ちなみにあの鎌倉さんは、
オブセはもう基本的にこの数年間いらっしゃるんだろうと思うんですけれども、
オブセに旦那さんのご実家がある。
そうですね。
はいはいはいはい、そっかそっか。
じゃあオブセ自体は昔から何度も来られていたんですか、その住み始める前に。
そうですね、結婚してから、
盆正月、ゴールデンウィッチとか。
だから昔からリンゴを作ってたもんですから、
鉄果とかそういうことをやったし、
あと長野のオブセって年末すごいごちそうを作るんですよね、年越しの。
ちょうどその夫の母がうどんとかを作るのがすごい上手な人だったので、
ジコナっていうんですかね、
それに水を混ぜてお米の袋に入れてこねて、
それを足で踏んで、
それをのし器っていうんですかね、
それでのして細くしてうどんを作って、
うどんと天ぷらみたいな感じのね、
年末のイメージのごちそうなんですね。
それってここら辺の方、皆さんですか、そういうわけじゃないんですか。
私もよく知らないですけど、
でも年越しにごちそうを食べるんだっていうのは、
ついで初めて知りました。
そうですか。
さっき学生のときに長野っておっしゃったじゃないですか、
それはあれですか、
そうですね、ご結婚前にっていう。
そうです、はい。
そうですか。
ちょうど高校の修学旅行で長野に来たんですよ。
ちょうど秋だったのでリンゴ狩りもできたし、
禅孝治の宿望で夕飯を食べて夜行で帰ったんですけども、
すごいいいところだ。
やっぱり生まれが岡山だからリンゴとかあんまりおいしくないじゃないですか。
あっちにはないですもんね。
こんなにおいしいリンゴがあるところに住みたいっていうので、
その頃まだ岡山から四国に渡るのは瀬戸大橋ができてなかったので、
海外に行くよりは地続きで長野の方がまだいいだろうっていうんで、
両親も許してくれて。
そういう理由なんですか。
そうなんです。
距離はありますけど。
いやいやいや。
そうですか。
岡山だってやっぱあるのってみかんとかですか。
そう、でも岡山はね、やっぱりフルーツ王国だから、
マスカットとか、それから白桃とか、果物、それあとお魚も結構たくさんありますけど。
確かに岡山の駅とか行くとそういうお土産とかたくさんある。
そうですよね。
きび団子がたくさんある気がするけど。
ぜひぜひまた行ってみてください。
そうなんですか。
結構今だと岡山で降りて、電車に乗ったまま香川行けるじゃないですか、高松に。
行けます、瀬戸大橋で入りますね。
入れるじゃないですか。
あれがすごい楽だなと思って。
いいですよ。
いいですよね。
昔大学生、大学生の時かな、とかはよくうどん食べたいなと思って関東から、
うどん食べに行ってました。
岡山で降りて、うどん食べに行ったりしてました。
そっか、なるほどな。
じゃあ長野で学生をして、
はい、勤めて。
そのまま、そうか勤めたのも長野で最初。
そうです、はい。
そうですか。
それでご結婚されて長野に出たんですか。
そうですね、はい。
そうですか。
はい。
なるほど、その時はお布施ではなかった、住んでたのは。
金沢に住んで、それで結婚して鎌倉に住んでました。
学生の時、長野に住んでたのは長野市あたりだったんですか。
学生の時はそうですね、長野、全高寺の裏あたりに住んでました。
そこら辺に、そうなんだ、そうなんだ。
ちょうど来年、ご会長の年ですね。
そうですよね。
そうですよね。
ご会長の年だから、全高寺のいろんなことを調べたいなと思ってたんですけど、
この図書館にあんまり全高寺のご会長周りの本がなくて。
そうなんですね。
買わなきゃなって思ってたんですよね。
そうですよね、受験の時に地元の方に朝早くに山道に座って、
お珠子ちょうだいって言って。
お珠子?
はい、珠子を持って歩いて、一人一人の頭というか肩を撫でてくれるっていうので、
それで行かなくちゃって言って参加して、そのご利益があって、長野に住むことができました。
そうなんですか。
そうなんです。
それっていつもやってるんですか。
毎朝じゃないですか。
毎朝なんだ。
と思いますけど、また調べてください。
そういう珠子持って触れに行くみたいなの、他でも聞いたことがないですね。
そうですか。
あるのかな、そうか。
僕は油断ですけど、京都に住んでる時期があって、京都にいたときにすごい知ったことの一つで、
だいたいどこのお寺も朝からお勤め、どこもしてますけど、そのお勤めに全然関係ない人が参加できるっていう。
そうなんですか。
京都だけのうちはわかんないですけど、僕がいたエリアでいくつかお寺あったんですけど、
全部朝7時とか6時から一般の人も入れるお勤めがあって、結構それによく行ったりしていて、
そこは珠子持って歩きながら触れるみたいなというよりかは、本当にお経読んでって感じなんですけど、
各お寺ごとに、もちろん周波によっても違いますが、お経の唱え方というか歌い方が全然違くて。
そうなんですか。
すごいシンプルに着実に唱え続けるみたいなところもあれば淡々と、
すごい音楽みたいに曲やってるみたいな、バンドやってるみたいな感じのところもあったりとかして、
なるほどね。
これなんか昔、今みたいな音楽がないときに京都かそういう場所での音が本当に今のそれこそテスみたいなところになっていたっていうのは、
全然やっぱあるんだろうなーみたいなことを思ったりとかしてたんですよね。
なるほどね。
そうそうそうそう。
今でも多分やってると思いますけど、北鎌倉に縁学寺っていうお寺があるんですよね。
駅前の、はいはい。
そこは書き講座っていうか、夏に4日間くらい、朝早く半日講座があって。
半日もいいですか。
そうですね。前は足立館長だったんですけれども、今は横田さんかな。
その館長様のお話があって、いろいろとゲストが呼ばれるんですよ。
谷川俊太郎さんの会があって、そのときも行って、いろいろとお話を伺うことができたしね。
足立さんいらっしゃったんですか。
いました。
踊れるときに。
はい、そうです。よかったです。
憧れるのはいいな。
広い法所っていうか、本当にぎっしり皆さん熱心に通われてて、楽しかったですね。
とにかく地獄は、そういう半日になったやつじゃなくて、いつかな、何か数年前に一回妻と朝5時とか4時からやる、
座禅会ですか。
座禅会かな。
ありますね。
5時ぐらいだった気がする。なんか電車ないぐらいの時間のやつ。
えー。
私にいたからすぐパス入れたんですけど、そう。
まあ、にしても眠いしみたいな。
でもやっぱね、すごいたくさん人いて、普通の平日に皆さんやっぱいらっしゃるんだなって、すごく一回って思った記憶がありますね。
なるほどね。
そうそうそうそう。
なるほど、そっか、面白いな、なるほどね。
ちなみに、まわりさんは今ここのお布施にいらっしゃって、基本的にいらっしゃるようになってから、じゃあ数年経つっていう。
そうですね、はい。
いつぐらいからでしたっけ。
2022年の秋ですね。
4年ぐらいって感じですね。
語りと岡山弁の昔話
で、あとでまたお話しますけど、ライフワークが私3つあって。
いいですね、とても素敵ですね。
その1つが語り、というか昔話を覚えて語るってストーリーテリングなんですけど。
で、お布施の駅について、まず来たのがこの図書館で。
最初に?
そうです、降りてすぐに。
それで、お布施でそういう素話とかストーリーテリングをやってる会はないですかっていうことで、一番に聞いて紹介してもらって。
今、ひきざくらの会っていうのに入れてもらって、小学校で語りをやらせてもらってます。
ちなみに、僕もあんまりまだわかってないんですけど、語りって何ですかって聞けたらどういう説明の仕方されますか。
語りですか。
私のイメージでは、本当に昔から語られてきた昔話。
伝話みたいな。
そうです。本当に覚えて語る。
昔は、いろいりとかそういうところで、おじいちゃんおばあちゃんが孫とかに語っていたっていうのが自分の。
なるほど、なるほど。
でも、今そういうこともなかなか伝承はないので、テキストとかを使って、それで覚えてそれを語る。
聞いたことはないんですか。
聞いたことはなくて。
じゃあまた来てください。
イメージとしては、特に何も原稿を見るわけではなく。
持たないで。
さらっちで何も持たずに。
さらっちで。
目の前に人が居る中でお話をするっていう。
そうですね、はい。
イメージ、落語って言ったらですけど、落語もある意味何も見ずに。
そうですね、でもそんなに表情をつけないし、役業もつけない。
演技するようなものではない。
ただただこう、淡々とっていうか、そういう感じで語るっていうんですね。
それで、僕すごいめちゃめちゃ興味があって。
なんで興味があるかっていうと、
あさに語りって文字がある意味我々の手元にあるというか、書けるようになってから、
もちろん文字にして残すこと、みなさんがやることもできるわけじゃないですか。
それでもやっぱり言葉で語り続けるっていうことって、やっぱなんか意味があるんだろうなみたいな。
そうですよね。
そうすごい思うんですよ。
例えばなんか、僕最近、数年前だな、数年前スリランカにしばらく行ったことがあって、
その時にアイルベイダーっていう向こうの現地の伝統医療を受けるみたいなことをしたことがあったんですけど、
体験みたいな感じで、2週間くらい。
その時に教えてもらってへーって思ったのが、
結構今でこそ、結構その伝統医療の医術がある意味テキストになって文字化されてるけど、
結構最近までテキストがなかったっていう話をしてて、
何なんですかって言ったら、向こうって昔だからサンスクリット語っていう文字なんですけど、
全部歌だったらしいんですよ。
本当に歌を歌いながら医療、医術するみたいなもので、
なのでどっちかっていうと、歌を歌うことによって、
それの音も踏まえて歌うと、それが全部勝手に記憶していくみたいな、
っていうものとして、歌として医療があったみたいなものを聞いて、
めっちゃ面白いなみたいな。
いいんじゃないですか。
語りっていうのも文字にわざわざせずに、言葉で語り続けるのって、
やっぱなんかそういうふうに残し続けるため。
そうですよね。
だし、かつやっぱり文字にすると変えづらくなるから、
その時代に合わせて変化させるために、
わざわざ文字にせずに、本当に言葉、口で語っていくっていうものとして存在してるのかなって、
今聞きながら思っていて。
なるほどね。
そう、なんかちょっと青森さんのこの気に入こうと思いました。
いらっしゃいませ。
先ほどほら、一時、牛久町に住んでたって言われましたけど、
その時私ほら、妊婦で、男の子だったもんで、
ちゃかちゃかちゃかちゃか走り回ってて、
もうほんと大変だわなんて思ってたら、
広報誌に語りの勉強をしませんかっていう、
その後に、保育ありますって言われて、
語りの勉強よりも保育ありの方に惹かれて、
これはちょっと保育してもらえるんならやってみようって。
勉強してる時に預かってくれる。
そうです。
小島光子さんって、トルコの昔話とかね、
そういうのの翻訳をなさった方が講師だったんですけれども、
私それまで岡山出身って言いましたけど、
岡山弁ってあまり綺麗な言葉じゃないんですよね。
なにしょんで、さっさとせられとか。
すごい劣等感があって、
あんまり人前で岡山弁はしゃべりたくないし、
そういうことを思ってたんですけど、
小島さんが地元で古く伝わってきた言葉だし、
親から聞いてきた言葉を大事にやっぱりしましょうっていう言葉を聞いて、
そうだなって言って。
例えば私が実家に行っても、
私と両親とか私と祖母とかは岡山弁でしゃべって話が通じるけど、
それが子どもたちにはちんぷんかんぷんっていうことがあるじゃないですか。
だからそれで、そういう地元の言葉を、
わざわざこれはこういう意味ですっていうふうにやるんじゃなくって、
その昔話を、
例えば桃太郎とかね、
向こうの昔話がありますけど、
桃太郎を岡山弁にして語ると、
子どもたちはお話を聞きながら、
なんかおじいちゃんおばあちゃんが語ってる言葉が出てきたみたいなことで、
なんかちょっと親しみ持てるかなと思って、
それですごい岡山弁に対してすごく愛着が湧くっていうか、
その当時はもちろん両親とは離れて住んでたから、
テキストを一応標準語じゃないですか、
それをいちいち電話して、
父にここは何て言うんだっけとか言ったら、
そうじゃなーとかって父が言いながら、
岡山も広いからそうなんで、
北のほうと南のほうと父が生まれ育ったところとやっぱり方言がね、
一応岡山の民話とかになってても違うところがあるじゃないですか、
こういう言葉を使わないなーなんて思いつつ、
それで結構それで、
岡山弁で語る桃太郎とかね、
そういうのを自分で研修して、
今度また聴いてください。
それで結構ね、
昔話って書くとストーリーテリング。
面白いですね、最初のきっかけは別に語りと言えば語りだけど、
保育と言えば保育っていう。
そうなんですよ。
確かにね。
よかったです、本当に図書館でそういうことをやってください。
それ図書館でやってたんだ。
そう、図書館の主催で、よかったです。
それがきっかけで語りの世界にのめり込みました。
確かに誰かが見てくれているっていう時間がちょっとでもあるだけずいぶん楽しいですもんね。
僕も娘がいるようになってからそれを感じるようになりましたね。
ですよね、大変でしたあの頃。
いやですよね、みんな最高だなって思いますよね、
お育てしていると。
よく生きているな、みんな。
大変ですよね。
わらべうたと学びの歩み
ちなみにさっきライフワークが3つあるというふうにおっしゃっていました。
2つ目はどんなの?
2つ目はわらべうた。
すごい今一生懸命いろいろと歌ったりしてるんですけど、
それはたまたま絵本の勉強会っていうのはまだ横浜でやってるんですけど、
その子どもたちが横浜で帰国子女の子どもたちを対象に文庫って本を並べてね、
少し日本語が、向こうでまた育った方で、
学校についていけないとか日本語もよくわかんない子どもたちのために
いろいろとケアをしているみたいよっていうので、
じゃあどんなところか見に行きましょうって言って、
行ったらたまたますごい昔の友達で、えーっていう感じで、
たまたま文庫、全国にいろいろそういう文庫があると思うんで、
その帰国子女の子どもたちは対象に来た。
それで今度ね、わらべうたの講師に、
近藤信子さんって方を呼ぶんだけど、聞きに来るみたいな感じで、
近藤信子さんってわらべうたでは本当に知らない人はないっていう感じの、
えーそんな方の話が聞けるんだって、もちろん実践もあるんですけど、
行きたい行きたいって東京に行って、もうすっごい楽しくて、
本当にもう何時間も遊び倒して、
もうぜひ先生のところに通いたいんですって言って、
で、筑波ですよ、行きますとかって言って、もちろん働いてたんですけど、
もうその日のだからもう約束して、
次の年の4月かな、そうなんですよ、
2009年から2015年まで6年間毎週、
6年間毎週?
毎月、第1月曜日に。
毎月もすごいですけどね。
毎月、はい。
横浜にいたんですか、その時は。
そう、鎌倉にいた時に。
鎌倉から筑波に毎週ですか。
そうなんです。
だから本当にお昼食べたらすぐに職場から帰ってきて、
1時過ぎの電車に東海道線に乗って、
東京まで行って、八重洲口から高速バスで筑波に行って、はい。
すごい。
いやいや、すごくないです。
それはさすがに日帰りじゃないですよね。
はい?
日帰りじゃないですよね。
日帰りもちろん。
それでだからだいたい6時ぐらいから8時ぐらいまでやるんですけど、
それで8時半ぐらいのバスに乗らないと、
もう1時間1本ぐらいしかない。
そう、それで高速バスに頼んで、
上野、東京が最初ですけど、
上野で降りて八重洲口まで行って、
また東海道から大船まで戻って、
毎月。
いややっぱり、なんていうんですか、
この3月ぐらいに知り合ったときから、
そうすると思ってましたけど、
アマリさんの変わらないバイタリティみたいな、
何かどこからへんからやってきてるのか、
すごい興味があるんですよ。
やっぱりね、なんかほら、今習えるのは今しかないっていう、
ありますよね。
なんていうんですか、好奇心という。
そうですね、いつまでも勉強してる。
ちなみに、アマリさんの好奇心がどこからやってきてるかを
聞きたいと思った瞬間ではあるんですけど、
一旦ライフワーク3つ目をお聞きしたいと思ったんですけど、
いかがですか。
手作りおもちゃとプラトンボ
3つ目は、手作りおもちゃ、
おもちゃ作りなんですけど、
それもね、たまたま2008年かな、
東京おもちゃ美術館って四つ園にあるんですけれども、
そこでおもちゃコンサルタント養成講座っていうのがあるんですけど、
夜なんですけれども、半年間通って、
中野まで。
おもちゃコンサルタントと、
おもちゃコンサルタントマスターの資格を取って、
いろいろとなんか、
例えば、いろんな講師の方が来てくれたり、
それからいろんなとこ回って、
自分が発掘っていうかね、
これはと思うおもちゃを選んできましょうとか、
なんかそういうのをやってて、
すごい楽しかったんです。
ちょうどその2011年かな、
東日本大震災があったじゃないですか、
ちょうどその頃に習ったおもちゃっていうのが、
プラトンボって言って、
プラトンボ。
これ見たことがありましたっけね。
竹トンボっていうのはすごく有名だと思うんですけれども、
その竹トンボの羽のところが、
クリアファイルの表紙になっているんですよ。
なるほど、
だからプラスチックのプラですね。
そうです、そうです。
プラトンボ。
そうです。
出典はものづくりハンドブックっていう、
小説社から出ている本なんですけれども、
これを見て、
これだったら軽いし、
被災地に送ってもね、
たぶん子どもたち喜んでくるんじゃないかっていうので、
岩手、宮城、福島の被災のあった小学校に全部送りましたね。
へえ。
すごい喜んでもらえて、
そういうおもちゃを勉強してよかった。
そっかそっか。
で、いまだにだから、
手作りおもちゃっていうのはね、
やっぱり好きですね。
いろいろと自分で工夫して、
そうなんですか。
やっております。
そうなんだ。
なんかおもちゃ博物館、
全国結構ありますよね。
あります。
ここら辺は基礎ですね。
そうです。
基礎にありますよね。
パンフレットも取り寄せてますので。
すごい。
ちょっとね、行ってみたいなと思ったんですけど。
本当にね、
お子さん連れでも楽しめます。
もちろん大人も楽しめますので。
基礎だとさすがにあれなんですね。
リンゴの木みたいなものがあったりとか。
リンゴの木そのものじゃなくて、
木でリンゴの木を作っているって言うんですかね。
そうですね。
これは言葉でつないで難しい。
ちょうど私が鎌倉に行った頃は、
そのメンバー、
神奈川支部っていうんですかね、
そのメンバーで、
横浜に総合っていうデパートがあるんですけども。
駅直結のね。
そうそうそうそう。
そこの9階か何かシミホールっていうのがあるので、
そこをゴールデンウィークの5月の3、4、5を、
私たちのおもちゃの会に使わせてくださるっていうので。
そうなんだ、ありますよね、広いところ。
で、手作りおもちゃのコーナーがあったり、
そういういろんなおもちゃを並べたり。
で、その時に、
ワラベルトもやってらっしゃる方がいたりっていうので、
すごいそこでいろんな方が来てくれて、
いろいろ交流もあって。
10階はご飯どころで、
1階から結構広場があるんですよね。
そうなんですよ。
よくわかります。
はい。
ちなみに、総合の今、地下1階の入り口入って、
真正面がオブセドが入ってますからね。
あ、そうなんですか。
そうそう。
こぼれかわずと、もうあそこでドラッグ買えるっていう。
なるほどね。
すごい、そうなんだ。
他、沖縄だとヤンバルにあって、
ヤンバルって沖縄一応北部の森ですけど、
中におもちゃ博物館があって。
あ、そうなんですか。
そこの館長がどうやら、
僕の妻の仲良しの旦那らしくて。
そうなんですか。
行きたいなって思って。
ぜひぜひ行ってみてください。
いやーすごい。
そっか、その3つがね。
そうです。
今の3つは、ライフワークといっても、
本当に最近の取り組みとして見ている家が、
本当に昔からずっとやられている取り組みってことですよね。
そうですね。今も続いている。
それ変わらず持ち続けて、
しかも変わらずやられているっていうのはさすがですね。
そんなことじゃないです。
なるほどね。
『日本のわらべうた』を紹介
ちなみにそんなあまりさんにも、
そろそろ本の話にも入ってみたいなって思ったんですけど、
もともとこの番組が、
図書館のテラソのラジオとしてやっておりますけれども、
せっかくそういう場所でもあるので、
いろんな方が、
それぞれ今誰かと話したい本を、
ちょっと持ってきてもらって、
それも返しながらお話をできたらなというふうに思って、
事前にお願いをさせてもらったときに、
持ってきてねみたいな感じの話もさせてもらっておったりするんですけど、
あまりさんはどんな本を持ってきていただいたんでしょうか。
私が今日紹介するのは、
日本のわらべうた、近藤信子さんが書いた本で、
野牛源一郎さんという方が絵を描かれた。
さっきね、わらべうただったらこの方、
野牛源一郎さんは花の花の話とか、
卵の赤ちゃんとかそういう本を書いた方なんですけれども、
写真もいっぱいあるし、
それからこの解説もすごく楽しいし、
いいなと思って、福音館から4館出てるんですけれども、
1,2,3館は子どもたちが遊んでいる様子。
写真もあるんですね。
写真もたくさんあります。
それで4館目が、これが楽譜とCDもついてるので、
だからそれを聞きながら一緒に歌えることもあるかなと思って、
今日は楽譜も抜いてきましたので、一緒に遊びましょう。
結構あれですね、この本も昔からある本ですよね、きっと。
2001年かな。
でもそれくらいなんだ。
結構いろんなデザインで出てるっぽいですね。
そうですかね。
表紙違うやつがいくつかありそうですね。
2001年、福音館から出てる日本のわらべ歌、全4館です。
これはあまりさんはいつぐらいのタイミングでこの本と出会ったんですか。
本を知ったのは出てすぐだと思いますけど、
でも実際私はこの中のほとんどの遊びを
つくばに通って体験したので、
直接ですもんね。
そうです、だから本当に楽しさっていうか、面白さとか、
奥深さを本当にたくさんの方に伝えたいとか、
近藤さんは子どもたちにわらべ歌を返すっていう言い方をなさるんですけれども、
返すか。
返す。
本当にそういうことでぜひぜひ紹介したいなと思って、
今日は一緒に嵐尾さんも歌って遊んでもらおうと思って用意してきました。
わかりました、ありがとうございます。
お願いします。
わらべうたを歌って遊ぶ
ちなみにこのわらべ歌って、
言葉自体は多分大体の人が、
言葉としては聞いたことあるような気もするんですけど、
わらべ歌って何を指しているんですか。
来ましたよ。
よく見た言葉に動揺とか消化とかあると思うんですけれども、
動揺っていうのは、大正時代に鈴木美恵さんって方が北原博集の協力を得て、
自動文学の活性に力を尽くして、
大人が子どものために作曲した歌なんです。
上層教育を目的にされてて、
例えばみかんの花咲く丘、赤い靴、嬉しいひら祭りとかがあるらしいですよね。
消化っていうのは文部小小歌とかって言われますけど、
小小歌の小ってどういう意味ですか。
口辺に火を置く。
歌うの小歌。
戦前の小学校教科の一つで、
音楽教育のために作られた歌の、ブログのあれですね。
だから、赤とんぼとか、春の小川とか、
蛍の光とか、ふるさととかがあるそうです。
なるほど。
そのわらべ歌っていうのは、
子どもたちが遊びながら口伝えで伝えたもの。
作者不明で、かぞえ歌とか、お手玉歌とか、こもり歌とか、
かごめかごめとか、とおりゃんせとか、あんたがたどこすか。
そういうのがあるんですよね。
消化に入るんだ。
そうです。ということを、
出てました、一応。
たぶん聞かれると思いましたから。
さすがですね。
いやいや、そんなことないですよ。
分かられている。
分からなかったらまた。
ありがとうございます。
ちなみに、さっきのライフワークという話の中で、
ちょうどあまりさんが、わらべ歌に対しての気持ちはずっと、
昔からあるよと。
牛久の頃から。
いやいや、わらべ歌は筑波で。
でもその前からは、
鎌倉にまた戻ってきたのが、
1988年なんですけども、また筑波から、
牛久町から鎌倉に来たときに、
それこそまたさっきみたいに、
転入届のところの行政センターの2階が図書館なんです。
大船図書館なんです。
大船図書の。
だから1階が図書で、2階が図書館なんですけども、
すぐに上がって行って、
すいません、鎌倉で語りをやっている勉強会ありませんか?
って聞いたら、
ちょうど私が牛久町で習った。
同じくらいに、
だからそこで鎌倉でもお話し会を勉強して会ができたっていうので、
すぐ入れてもらって、
それで近隣の保育園とかに行くようになって、
毎月、今でもまだいるメンバーは毎月保育園に行ってますね。
私なんかも結構頼まれて、
多いときには3つか4つくらい1月に保育園に行って、
あとそのあと少し後に、
ブックトークで本を紹介するっていうのもたまたま勉強したので、
だから語りと、それからブックトークと、
わらべ歌を小学校に届けて、
それからあとその語り、お話とわらべ歌を保育園に届けていくって形で、
ずっと2015年までやってました。
忙しかったですね。
わらべ歌というものがあまりさんとして、
なんて言ったらいいかな、
好きといえば好きかもしれないですけど、
好き以上に何かしらのお気持ちがたくさんあるんだろうなと思いながら、
聞きながら思ってたんですけど、
そこら辺を聞きたいなと思ったんですが、
わらべ歌って例えばどんなものみたいなやつも、
ちょっと1つ2つ挙げてもらった上で話した方が、
この番組的にもというか、
確かに僕もわかるなあみたいなことを思ったんですけど、
じゃあ実践していいですかね。
ぜひぜひ。
では楽譜を渡しますか。
ぜひぜひありがとうございます。
映像がないのがちょっと申し訳ないですけど、
この番組をリスナーの皆さんに、
僕だけちょっと、
あまりさんが楽譜を渡そうとしてくれてました。
黄色い何かを出してくれましたね。
そうです。
一応四季をすべてこう。
そういうこと。
そうなんです、はい。
黄色い何か布みたいなね。
そこに28番ってわかります?
はいはい、28番。
28、28、
ほほほたるこいというのがありますね。
その歌は知ってますか。
知らないです。
知らないですか。
じゃあちょっと歌ってみますね。
嬉しい。
ほほほたるこいがいいぞ。
ほほほたるこいがいいぞ。
ほほほたるこいがいいぞ。
聞いたことあります?
あります。
よかったよかった。
タイトルを知らなかったです。
ごめんなさい。
全然。
こういうタイトル。
そうなんです。
あらしのさんもしワラベルトをするときに
ニックネームで呼ぶとしたら
何ちゃんと呼べばいいですか。
ちゃんなんですね。
じゃあ徐々にお布施の中で
呼んでくれる人が徐々に増えている
あらちゃんでお願いします。
あらちゃん、はい。
あらちゃんともう一回一緒に歌いますから。
いいじゃないですか、あらちゃん。
で、その同じところに
ほほほたるこいっていう
上にありますね。
別の曲なんですか?
別の曲なんですけど、
ちょっとそれを歌ってみますね。
山道をちょいと見てこい
ほほほたるこい
山道をちょいと見てこい
って言って歌うこい。
下はほほほたるこいなんですけど
これを二人で同時に歌うんですよ。
だからあらちゃんは
ほほほたるこいを歌ってください。
で、私はほほほたるこいを歌います。
で、二人で。
それで同じペースで。
同じペースで。
ずっとそのペースで合わせる。
できない気がする。
大丈夫ですね。
どうぞ。
大丈夫ですか?
もう一回いきますね。
あらちゃんがほほほ
わかりました。
入りがわからなかった。
どうぞ。
ほほほたるこい
山道こい
あんどの光をちょいと見てこい
ほほほたるこい
山道こい
あんどの光をちょいと見てこい
いいじゃないですか。
そういう感じ。
これほほほほほたるこい。
これで今度はね。
ちなみにこのわらべうたで、
今この二つあげてくれましたけど、
この二つあげてくれたのがどういう意味合いであげてくれたの?
一人で歌うのも楽しいけど、
相手の方の声を聞いて一緒に合わせるのも楽しいんじゃないかなと思って。
僕こういう声を出すということに対してすごくコンプレックスがめちゃめちゃあるんですよ。
だんだんそれを直してきました。
逆転嬉しいなと思って。
そうですね。
次今度は52番。
ちょっと歌ってみますね。
一山越えて二山越えて
三山のたぬきさん
淡々そうじゃないか
今はご飯の真っ最中
おかずはなあに
うめぼしこうこ
ひとくちちょうだい
いやいやしんぼ
っていう歌です。
めっちゃむずい。
これは歌いっていうんじゃなくて
特にね、おかずはなあにの後に
うめぼしこうこって
うめぼしとこうこってたくあんなんですけども
たくあんのことなんですね。
だからね、子育園なんかでこれをやるときは
こういうなんか人形のブラブラ人形も
使うんですけども
先生とかあと子供たちに
なんか好きなもの2つ言ってねっていう形で
問いかけるんですよ。
あらちゃんは何と何が好きですか?
食べ物ですか?
そうです。
何と何?
なんかそうだな。
じゃあ最近食べたのが何かあるかな。
じゃあ
そういうやつなんだろうね。
例えばカレーとかね。
カレーと?
カレーライスとハンバーグレースみたいな。
豪華ですね。
じゃあカレーとハンバーグでいいですか?
では歌いますから。
ありがとうございます。
カレーとハンバーグ
一口ちょうだい
いやいやしんぼ
という形で歌、どんどんそこ。
子供たちを巻き込んで。
そうです、巻き込んで。
そういう感じで人形を使ってやります。
今ね、あまりさんが持ってくれた人形は
ブラブラ?
そうそうブラブラ人形。
ブラブラ人形。
今これ狸さん&キツネさんっていう感じですね。
そうなんですね。
ありがとうございます。
本当はテーブルでやるといいんですけど
音が響きすぎるかなと思って今日省略した。
確かに。
これちょっと聞いてみたいんですけど
はい、何でしょう。
わらべうたの楽しさと継承
それこそこのわらべ歌自体が
今こうやって2、3曲聞かせていただきましたけれども
あまりさんとしては
これの面白さでどこら辺に一番感じているんですか?
面白さですかね。
自分も楽しいけど
やっぱりみんなで一緒になって
さっきみたいにあらちゃんと一緒に歌うってこともできるし
今日はもちろん座って歌うだけですけど
体を動かしたり
ハゴメハゴメみたいに体を動かしたりして
本当に子供に戻れるっていうのかな。
自分を解放できるっていうか。
確かにさっきもおっしゃってた近藤信子さんが
わらべ歌を子供に返すみたいに表現されてましたけど
返していく。一緒に返していくみたいな感じ。
一緒に返す。
なるほどね。
次いっていいでしょうか。
まだありません。
今度66番。
66。
もちっこ焼いて。
歌ってみますね。
どうぞもちっこ焼いて
とっくらきゃして焼いて
醤油をつけて
食べたらうまかろう
もちっこ焼いて
とっくらきゃして焼いて
醤油をつけて
食べたらうまかろう
これもほら猫にね
醤油をつけてってあるじゃないですか。
あらちゃんなら。何をつけますか。
もちっこにですよね。
納豆かな。
納豆。いいですね。
じゃあ納豆つけますよ。
あらちゃんも歌えたら一緒に歌ってください。
どうぞもちっこ焼いて
とっくらきゃして焼いて
納豆をつけて
食べたらうまかろう
いいじゃないですか。
そっか。それなんか今こうやって音源だけだと
わかんないと思いますけど
あまりさんが手をつけながら
みぶり手振りをつけながら歌ってくれてましたけど
下に向けたり上に向けたり
醤油をつけるみぶりをしたり
食べたり
こういうのこの場所一緒にやったりしてるんですね。
ちなみに納豆今出ましたけど
もう一つどうですか。
何だろう。砂糖醤油。
砂糖醤油。いいですね。
どうぞもちっこ焼いて
とっくらきゃして焼いて
砂糖醤油をつけて
食べたらうまかろう
いいじゃないですか。
そっか。
なんか僕すごい興味があるのが
わらべ歌って何であるんだって
さっき上層教育みたいな話もしてくれてましたけど
そういう商家とかそういうのがね。
なんかそれがあることによって
やっぱり何かしら大事なものが伝わるだったりとか
もちろん単純に楽しいとこもあると思いますけど
今多分昔からこういう曲がある中で
ずっとあり続けるのって
どういう理由であるんだろうなと
すごい興味がわくタイプなんですけど
あまりさんはこれがこういうふうに
現代にもつながり続けているのって
何でかなってどんなふうに思ったりしますか。
何ででしょう。やっぱり音階がそんなに
広くないじゃないですか。誰でも歌えるし
こういう形で今歌ってますけど
伴奏はないじゃないですか。
だから本当に後で子守唄も紹介しますけど
本当に子供を抱きながらでも
本当に寝かしてるときでも
どこでもいつでも
わらべ歌が生活の中にあるって素敵だなって
自分でも思っているので
そうなんだそうなんだ
へーなるほどねー
そうなんですよ
では次の巻に行きますね
すごいな
どっちが
次ラストぐらいな感じで
いやいやいやまだまだ続きますよ
時間がだんだんね
えそうなんですか
じゃあどっか書いて
42番
42
42
どこだ
あこれですね
これ知ってますかね
歌ってみます
ずいぶん歌ったことないけど
どうぞ
あんたがあったどこさ
黄色さ黄色どこさ
ふまもとさ
ふまもとどこさ
千葉さ
千葉山には
たぬきがおってさ
それを漁師が
鉄砲で撃ってさ
煮てさ焼いてさ
食ってさ
それをこの葉で
ちょいとおかぶせ
で地方によって少し
違うところがあるかもしれないですけども
そうなんですか
でもこれはね
皆さんよくご存知のことじゃないですか
であの
先ほど近藤信子さんの
話がありましたけども
神奈川県の厚木に
田村陽子さんという方がいらして
その方が日本わらべた教会の
理事
もう亡くなった
わらべた教会が亡くなったんですけど
そちらに田村さんという方が
いらっしゃるというのは
先ほどおもちゃの
祖豪のおもちゃの広場で
おもしりあってお手玉とか
いろいろやってくださって
神奈川にこういうお手玉とかね
いろいろとできる方がいるんだっていうので
厚木にも勉強に行って
私ほんとお手玉できないんですよ
だけど
楽しいじゃないですか
すごい
ありがとうございます
お手玉なんてもういつぶりかな持つの
最初からやるのは
あんたが
こうやって
こういう感じで
ちなみに田村さんに
お手玉の中身って
何がいいんですかねって聞いたら
これはねいろいろ作った方がいいのよ
って言って
ちなみにこれは
じゅず玉で
横須賀線
大船から北鎌倉の横須賀線
沿いに
いっぱい生えてるところがあったので
そこを傘を持って行って
傘の柄のところで
引っ張ってきて
袋に入れて
中の芯を取って
作ったんで
じゅず玉でもいいし小豆でもいいし
いろんな素材で
作ってみて
あといろんな重さで作って
子供たちが
これ音が違うとかね
いろいろ持ってくる
今日は全部じゅず玉なんですけど
重さが違う音が違うねっていうので
楽しんでもらいたいっていうことを
おっしゃってたので
そうかそうかということで
それで
行ってきました
お手玉を二人で手に取りながら
そうそうそう
傘のところだけちょっと
なるほどね
こうやってやるとすごい大変なのでね
じゃあやってみましょうね
どうぞ
あんたはたどこさ
ひいごさ
ひいごどこさ
くまもっとさ
くまもっとどこさ
せんばさ
せんばやまには
たぬきがおってさ
それをりょうしが
てっぽうでうってさ
にってさやいてさ
くってさ
それをこの葉でちょっと
おかぶせ
いいじゃないですか
これなんかあれですね
すごいずいぶん
おってやったことはないですけど
やってみると同時並走するのが
若干その戸惑いますね
でもおぶせにはね
お手玉上手な方がたくさんいらっしゃると思うので
それこそまた教えてもらいたいね
と思いますけれども
全然私はそんなできないので
でもあるだけちょっとなんかね
子どもたちが
頭にこう乗せて
こんにちは
今年も
お米がたくさんとれますように
お願いしますってこう
かがんで頭の上から
上手にこう手のひらに
乗せるかなとかね
一つあればいろいろと使えますので
いいかなと思います
そうなんだ
もう最後なんですか
もう一つ
さすがだな
じゃあラスト1で
あと1時間くらいしても大丈夫
ごめんなさいね
これっていうのが
52番ですね
テルテル坊主的な
何かを今もらいましたよ
そうです
先ほど
あらちゃんの方から
松果とそれから
わらべとの違い
あったじゃないですか
テルテル坊主って
偶然そのねわらべ歌にも
テルテル坊主があるんですけども
同様にもあるんですよ
同様ですごい有名なのは
中山新平さんの方が作られた
歌で
そちらを歌うと
テルテル坊主
明日天気に
しておくれ
っていうのが
同様
こっちのテルテル坊主の
わらべ歌の方は
こんな歌なんですよね
歌ってみます
どうぞ
テルテル坊主
テル坊主
明日
天気に
しておくれ
テルテル坊主
テル坊主
明日
天気に
しておくれ
違うじゃない
違うんでしょ
何が違うと言っても
違いますね
これをねもちろんこうやって
テルテル坊主みたいなのを作って
子供たちと一緒にやることもあるんですけども
高齢者施設に
行ってるときに
最近はまってたのが
テルテル坊主を
横に置いてもらって
それでこれの替え歌を作るんですよね
そのテルテル坊主のところを
肩
肩
自分の肩
肩
肩坊主
肩坊主
明日
元気に
しておくれ
腰とかも
腰
腰坊主
腰坊主
明日
元気に
しておくれ
膝も
膝膝坊主
膝坊主
明日
元気に
しておくれ
さすりながら
今ね
各部位をさすりながら
やってくれたんですよね
そうなんです
高齢者施設って楽しいじゃないですか
面白い
やってそうなイメージが浮かびますね
ありがとうございます
元歌もう一度ね
一緒に歌いたい
どうぞ
テルテル坊主
テル坊主
明日
元気に
しておくれ
テルテル坊主
テル坊主
明日
元気に
しておくれ
ありがとうございます
ありがとうございます
テルテル坊主というものを持ったのも何年ぶりかわからない
でも作ったことはありますか
小さい頃ですからね
遠足の前とかね
運動会の前とか
いつ僕がテルテル坊主を作らない人間になってしまったんだろうと思いました
いやいやいや
さようならの歌が
一番最後に
これが一番最後
今回出してくれている本も
今のこの楽譜
これたぶん4冊目ってことですよね
4冊目にこれが入ってる
これは書く本に入ってるんです
書くこの2本の
4冊目はこういう形で大きな
楽譜とあとここに
CDが
この2本のアラベーターが
1から4まであって
全部この図書館にあるやつを持ってきてみて
大丈夫ですよ
では2の82番
最後
これをやりますね
これはね
そうなんですよ
本当はねコモリュータもやろうと思って
時間がなかったので
今度ということで
これは
さようなら
あんころもち
またきなこ
おにぎり
なるほどね
今手で
あんころもちを作って
食べるっていう動作をしてくれてましたね
今度は大きな象さん
あんころもちを
さようなら
あんころもち
またきなこ
今度はアリさん
アリさんはすごくちっちゃくて
さようなら
あんころもち
最後は
お土産にするからね
お腹に入れるように
食べないでね
さようなら
あんころもち
またきなこ
みなさん
さようなら
すごい
子どもへ継続的に届ける願い
なかなかワラビオイトを
子どもたちとやる機会が
無いので
私の今の希望としては
保育園で
毎月
子どもたちにお話や
ワラビオイトを届けたいな
というようなのを希望しています
そうなんです
そういうのって今はやられてないんですか
今は全然ないんです
そうか
なるほどね
お話も
ワラビオイトもそうです
やっぱり保育園で
3歳児とか
最初のうちはポーンとやってても
2年3年毎月
言ってるじゃないですか
だんだん子どもたちも
ワラビオイトの楽しさっていうのが
だんだん
伝わってきて
またあれをやろうとか
これでまた遊びたいっていう風に
向こうから言ってくることもあって
すごいね
卒園までに
たくさん
数じゃなくて遊び
倒すっていうか
いっぱい遊べるような
そういう機会ができたらいいかな
っていうのは私の今の感想ですね
今の子どもたちもそうですけど
子どもたちがみんなで
やってるのを想像するのが
かわいい感じがしますね
そうなんですよ
やっぱり
僕も親になって1年ぐらいなんですけど
なってみてすごい思うのが
子どもが一番喜ぶ
楽しむ
遊びというものを
大人は知らないんだな
っていう感覚がすごいあって
自分はもちろん
昔子どもだったはずなんですけど
あの時楽しかったことみたいなことを
何も記憶もしなければ
何かしら
無意識以下にあるかもしれない
残ってるかもしれないですけど
全然わかんないから
娘と2人でいるときとかに
何していいかわかんなくなって
一緒にゴロゴロしたりとか
絵本読んだりとかはしてるけど
絵本で限界な感じが
すごい
もうちょっとやってください
こういうのがいろんな人がちょっとでも
知ってるだけで
一緒に遊べることが増えたり
楽しめることが増える
アラちゃんと一緒に歌うと
またそれで楽しいし
だから本当に
お子さんたちもパパが歌ってくれる
今CDとかいっぱいありますけど
本当に
語りもそうですけれども
本当に生の声で
届けるっていうのはすごく
大事なんじゃないかなと
思っております
ぜひぜひまた
ご興味のある方は
テラソマでご連絡ください
どこでも行けます
アマリさんがすぐ飛び込んでいきます
条件としては
毎月行かせていただきたい
っていうのが
年に1回ポッと行っても
そうですね
ゆっくりでも継続していくみたいな
大事さはある気がしますよね
別に短髪の意味があるとは思いますけど
やっぱりより大事にしたいんだとしたら
そうです
定期的にやるといいな
すごい
いっぱい引き込んで
さすがでございます
まさかこんなことになると思って
コモリ歌とか
いっぱい用意しましたが
また機会があったら
ご準備いただきまして
こちらこそありがとうございます
僕としてもこういう番組をする中で
自分で歌うって言ってもあれですけど
こういうふうに声を出すのは
初めてなんですけど
結構長年個人で
やってましたけど初体験
面白い初体験
こちらこそ読んでいただいて
ありがとうございました
楽しかったです
そろそろ終わっていきましょうか
今日も皆さん
お聞きいただきましてありがとうございました
あなたの読書体験が
ちょっぴりでもより面白く豊かになっておられたら
嬉しいです
ではまた次回のテラソで
あの本の話をお読みにかかりましょう
それでは今回のゲストは
あまりきょうこさんでした
ありがとうございました
01:02:56

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