こんにちは。小布施町立図書館まちとしょテラソ館長の荒代祐一です。 この番組テラソで、あの本の話を。ラジオは、小布施で暮らす方、働く方をゲストにお迎えして、今誰かと話してみたい一冊をきっかけに、本と人生について語り合っていく、そんな番組でございます。
本って一人で読むことが多いんじゃないかなと思います。もちろんそれだけでも十分面白い。でも誰かと話してみると、思いがけない見え方に出会えたり、その本の中にあった自分の気持ちに気づいたりすることがあります。この番組では、そんな誰かと読む読書を、この小布施でテラソで一緒に面白がっていけたらなというふうに思っております。
それでは今回のゲストは、あまり京子さんです。あまりさんよろしくお願いします。よろしくお願いします。よろしくお願いします。なんかあまりさんとは、本当に館内もしくは運動場あたりで、いろんなおしゃべりをその瞬間パーッとするみたいな感覚があるので、こうやってちゃんとおしゃべりするのがなんだかんだ初めてだなと。
そうですね。楽しみにしてきました。よろしくお願いします。ありがとうございます。あまりさんと最初会ったのは、僕まだ館長になる直前ぐらいでしたね。3月かな。3月に僕が3月中旬ぐらいから半月弱ぐらい、館長前にバイトをしてたんですよね。
バイト、アルバイトをしてて、アルバイトするのすごく久々だったんですけど、アルバイトをして時に、なんかあれですね、グラウンドでなんかすれ違ったとかなんだかでちょっとおしゃべりしたみたいな感じでしたね。
館長さんと前のね、2人で出ていらっしゃった時にちょうど行き合って。
はいはいはい。それであまりさんですって言われて、あまりさんなんだと思って。
そう、なんか長々となんか。
あの時なんかすごい話した気がする。
すごいなんか私、図書館に対してとかなんかすごいなんか。
そうそう、あまりさんなんか図書館に対するフィードバックみたいな。
そうそうそうそう。
最初聞いた気がする。
もう初、初めて会った方なのにあんなになんか。
いや全然。
づけづけと。
いやもう全然ありがたいです。
なんだかんだでもう半年前ぐらい。
そうですよね。
9月だったので。
っていう感じになってます。
あまりさんも結構よく図書館に来てくださっているので。
よくあまりさんだみたいな感じで。
またあまりさんだみたいなことをよく思っております。
お越しいただきありがとうございます。
いえいえ。
でその後、たまたま知人が横浜に住んでて。
横浜ライブラリーフレンドっていうなんか会に入ってて。
その開放しにね、なんかオブセを載せたいっていうので。
インタビューに伺ったこともありますけれども。
その時もお世話になりました。
ありがとうございます。
無事に。
あまりさんの活動の幅が広すぎて。
そんなことないです。
毎回衝撃を受けるんですけど。
いえいえ。
しかもオブセだけじゃないっていうね。
そうです。
じゃあ改めてですね。
あまりさんにも自己紹介をお願いしたいなというふうに思いますが。
よろしいでしょうか。
大丈夫です。
あまり京子と申します。
1955年、岡山生まれです。
学生の時に長野に来ました。
長野で少し小学校で働いた後、金沢で結婚して鎌倉。
夫の転勤で茨城県の牛久町、今の牛久市なんですけども、そこに住んで。
その後また鎌倉に戻り。
それから両親の介護で岡山に行き、またオブセに来ました。
2022年にオブセに来て、それからオブセに住んでます。
なるほど。ありがとうございます。
いろんなところに来たんですね。
知らなかった。
そうです。
牛久大仏があるところですよね。
私が住んでる頃はまだなかったですけど、ちょうど息子が2歳くらいの時に
筑波万博があって、お友達が来て案内しました。
ちょうど娘が86年に生まれたんですけど、その姿ぐらいに牛久市になったのかな。
そうなんですか。
あの大仏、そんなに昔からじゃないんですか。
ですね。私が知らなかっただけかもしれません。
すごい大きいやつですよね。
そうです。ユメですよね。
大きい大仏さんですよね。
娘さん86なんですね。
86年生まれです。
息子は83年生まれで、子供2人です。
僕が91なので、娘さんが近いですね。
嬉しい。
しかもね、そうだそうだ思い出した。
初めて話したときかもしれないですけど、鎌倉にみたいな話をしてて、
それこそ僕3月まで鎌倉の横の寿司市に5年くらい住んでたので、
すごい近くにいたんですねみたいな話もしましたね。
家族で釣りに行ったり、おいしいお魚屋さんに行ったり、
図書館ももちろん何度も来ましたけど、いいとこですよね。
確かにね。鎌倉も寿司もね。
僕、寿司海岸でよくサップをしてたんですよ。
え?
サップってわかります?
わかんないです。
サーフィンのボードみたいなやつに立って、
パドルみたいなのを飛ぶみたいなのがあるじゃないですか。
よく湖とかで、波がないところでよくやってるんですけど、
寿司は比較的さがみ湾の中にまたちっちゃい湾があるみたいな感じのところで、
波が少ないので、
なのでどっちかというとサーフィンとかいうよりかは、
ウィンドサーフィンとかサップとかがやる人がすごく多くて、
よくそこら辺にぷかぷかしていまして、
最近はこっちにしちゃって、
サップずいぶんしてないなーって思ったりとかしてます。
この番組、このテラスであの本の話をラジオに出てくれた、
一人目かな?
一人目に出てくれた牧さんっていう方がいらっしゃって、
牧さんは鶴見の方で葡萄とかリンゴとかやられてる農家さんなんですけど、
生まれもこちらなんですが、
彼も鎌倉寿司あたりに何年前かな、結構な期間住んでるんですね。
そうそう、彼が前にいた会社のことを僕はすごくよく知ってたりしてますね。
狭いですね。
狭いなーって思いながら。
だから結構ね、たぶんここだけでも鎌倉寿司周りが2、3人いるんで、
盛り上がりましょう、それで。
結構オブセにいるかもなーって思ったりしてます。
そうなんです。
ちなみにあの鎌倉さんは、
オブセはもう基本的にこの数年間いらっしゃるんだろうと思うんですけれども、
オブセに旦那さんのご実家がある。
そうですね。
はいはいはいはい、そっかそっか。
じゃあオブセ自体は昔から何度も来られていたんですか、その住み始める前に。
そうですね、結婚してから、
盆正月、ゴールデンウィッチとか。
だから昔からリンゴを作ってたもんですから、
鉄果とかそういうことをやったし、
あと長野のオブセって年末すごいごちそうを作るんですよね、年越しの。
ちょうどその夫の母がうどんとかを作るのがすごい上手な人だったので、
ジコナっていうんですかね、
それに水を混ぜてお米の袋に入れてこねて、
それを足で踏んで、
それをのし器っていうんですかね、
それでのして細くしてうどんを作って、
うどんと天ぷらみたいな感じのね、
年末のイメージのごちそうなんですね。
それってここら辺の方、皆さんですか、そういうわけじゃないんですか。
私もよく知らないですけど、
でも年越しにごちそうを食べるんだっていうのは、
ついで初めて知りました。
そうですか。
さっき学生のときに長野っておっしゃったじゃないですか、
それはあれですか、
そうですね、ご結婚前にっていう。
そうです、はい。
そうですか。
ちょうど高校の修学旅行で長野に来たんですよ。
ちょうど秋だったのでリンゴ狩りもできたし、
禅孝治の宿望で夕飯を食べて夜行で帰ったんですけども、
すごいいいところだ。
やっぱり生まれが岡山だからリンゴとかあんまりおいしくないじゃないですか。
あっちにはないですもんね。
こんなにおいしいリンゴがあるところに住みたいっていうので、
その頃まだ岡山から四国に渡るのは瀬戸大橋ができてなかったので、
海外に行くよりは地続きで長野の方がまだいいだろうっていうんで、
両親も許してくれて。
そういう理由なんですか。
そうなんです。
距離はありますけど。
いやいやいや。
そうですか。
岡山だってやっぱあるのってみかんとかですか。
そう、でも岡山はね、やっぱりフルーツ王国だから、
マスカットとか、それから白桃とか、果物、それあとお魚も結構たくさんありますけど。
確かに岡山の駅とか行くとそういうお土産とかたくさんある。
そうですよね。
きび団子がたくさんある気がするけど。
ぜひぜひまた行ってみてください。
そうなんですか。
結構今だと岡山で降りて、電車に乗ったまま香川行けるじゃないですか、高松に。
行けます、瀬戸大橋で入りますね。
入れるじゃないですか。
あれがすごい楽だなと思って。
いいですよ。
いいですよね。
昔大学生、大学生の時かな、とかはよくうどん食べたいなと思って関東から、
うどん食べに行ってました。
岡山で降りて、うどん食べに行ったりしてました。
そっか、なるほどな。
じゃあ長野で学生をして、
はい、勤めて。
そのまま、そうか勤めたのも長野で最初。
そうです、はい。
そうですか。
それでご結婚されて長野に出たんですか。
そうですね、はい。
そうですか。
はい。
なるほど、その時はお布施ではなかった、住んでたのは。
金沢に住んで、それで結婚して鎌倉に住んでました。
学生の時、長野に住んでたのは長野市あたりだったんですか。
学生の時はそうですね、長野、全高寺の裏あたりに住んでました。
そこら辺に、そうなんだ、そうなんだ。
ちょうど来年、ご会長の年ですね。
そうですよね。
そうですよね。
ご会長の年だから、全高寺のいろんなことを調べたいなと思ってたんですけど、
この図書館にあんまり全高寺のご会長周りの本がなくて。
そうなんですね。
買わなきゃなって思ってたんですよね。
そうですよね、受験の時に地元の方に朝早くに山道に座って、
お珠子ちょうだいって言って。
お珠子?
はい、珠子を持って歩いて、一人一人の頭というか肩を撫でてくれるっていうので、
それで行かなくちゃって言って参加して、そのご利益があって、長野に住むことができました。
そうなんですか。
そうなんです。
それっていつもやってるんですか。
毎朝じゃないですか。
毎朝なんだ。
と思いますけど、また調べてください。
そういう珠子持って触れに行くみたいなの、他でも聞いたことがないですね。
そうですか。
あるのかな、そうか。
僕は油断ですけど、京都に住んでる時期があって、京都にいたときにすごい知ったことの一つで、
だいたいどこのお寺も朝からお勤め、どこもしてますけど、そのお勤めに全然関係ない人が参加できるっていう。
そうなんですか。
京都だけのうちはわかんないですけど、僕がいたエリアでいくつかお寺あったんですけど、
全部朝7時とか6時から一般の人も入れるお勤めがあって、結構それによく行ったりしていて、
そこは珠子持って歩きながら触れるみたいなというよりかは、本当にお経読んでって感じなんですけど、
各お寺ごとに、もちろん周波によっても違いますが、お経の唱え方というか歌い方が全然違くて。
そうなんですか。
すごいシンプルに着実に唱え続けるみたいなところもあれば淡々と、
すごい音楽みたいに曲やってるみたいな、バンドやってるみたいな感じのところもあったりとかして、
なるほどね。
これなんか昔、今みたいな音楽がないときに京都かそういう場所での音が本当に今のそれこそテスみたいなところになっていたっていうのは、
全然やっぱあるんだろうなーみたいなことを思ったりとかしてたんですよね。
なるほどね。
そうそうそうそう。
今でも多分やってると思いますけど、北鎌倉に縁学寺っていうお寺があるんですよね。
駅前の、はいはい。
そこは書き講座っていうか、夏に4日間くらい、朝早く半日講座があって。
半日もいいですか。
そうですね。前は足立館長だったんですけれども、今は横田さんかな。
その館長様のお話があって、いろいろとゲストが呼ばれるんですよ。
谷川俊太郎さんの会があって、そのときも行って、いろいろとお話を伺うことができたしね。
足立さんいらっしゃったんですか。
いました。
踊れるときに。
はい、そうです。よかったです。
憧れるのはいいな。
広い法所っていうか、本当にぎっしり皆さん熱心に通われてて、楽しかったですね。
とにかく地獄は、そういう半日になったやつじゃなくて、いつかな、何か数年前に一回妻と朝5時とか4時からやる、
座禅会ですか。
座禅会かな。
ありますね。
5時ぐらいだった気がする。なんか電車ないぐらいの時間のやつ。
えー。
私にいたからすぐパス入れたんですけど、そう。
まあ、にしても眠いしみたいな。
でもやっぱね、すごいたくさん人いて、普通の平日に皆さんやっぱいらっしゃるんだなって、すごく一回って思った記憶がありますね。
なるほどね。
そうそうそうそう。
なるほど、そっか、面白いな、なるほどね。
ちなみに、まわりさんは今ここのお布施にいらっしゃって、基本的にいらっしゃるようになってから、じゃあ数年経つっていう。
そうですね、はい。
いつぐらいからでしたっけ。
2022年の秋ですね。
4年ぐらいって感じですね。
で、あとでまたお話しますけど、ライフワークが私3つあって。
いいですね、とても素敵ですね。
その1つが語り、というか昔話を覚えて語るってストーリーテリングなんですけど。
で、お布施の駅について、まず来たのがこの図書館で。
最初に?
そうです、降りてすぐに。
それで、お布施でそういう素話とかストーリーテリングをやってる会はないですかっていうことで、一番に聞いて紹介してもらって。
今、ひきざくらの会っていうのに入れてもらって、小学校で語りをやらせてもらってます。
ちなみに、僕もあんまりまだわかってないんですけど、語りって何ですかって聞けたらどういう説明の仕方されますか。
語りですか。
私のイメージでは、本当に昔から語られてきた昔話。
伝話みたいな。
そうです。本当に覚えて語る。
昔は、いろいりとかそういうところで、おじいちゃんおばあちゃんが孫とかに語っていたっていうのが自分の。
なるほど、なるほど。
でも、今そういうこともなかなか伝承はないので、テキストとかを使って、それで覚えてそれを語る。
聞いたことはないんですか。
聞いたことはなくて。
じゃあまた来てください。
イメージとしては、特に何も原稿を見るわけではなく。
持たないで。
さらっちで何も持たずに。
さらっちで。
目の前に人が居る中でお話をするっていう。
そうですね、はい。
イメージ、落語って言ったらですけど、落語もある意味何も見ずに。
そうですね、でもそんなに表情をつけないし、役業もつけない。
演技するようなものではない。
ただただこう、淡々とっていうか、そういう感じで語るっていうんですね。
それで、僕すごいめちゃめちゃ興味があって。
なんで興味があるかっていうと、
あさに語りって文字がある意味我々の手元にあるというか、書けるようになってから、
もちろん文字にして残すこと、みなさんがやることもできるわけじゃないですか。
それでもやっぱり言葉で語り続けるっていうことって、やっぱなんか意味があるんだろうなみたいな。
そうですよね。
そうすごい思うんですよ。
例えばなんか、僕最近、数年前だな、数年前スリランカにしばらく行ったことがあって、
その時にアイルベイダーっていう向こうの現地の伝統医療を受けるみたいなことをしたことがあったんですけど、
体験みたいな感じで、2週間くらい。
その時に教えてもらってへーって思ったのが、
結構今でこそ、結構その伝統医療の医術がある意味テキストになって文字化されてるけど、
結構最近までテキストがなかったっていう話をしてて、
何なんですかって言ったら、向こうって昔だからサンスクリット語っていう文字なんですけど、
全部歌だったらしいんですよ。
本当に歌を歌いながら医療、医術するみたいなもので、
なのでどっちかっていうと、歌を歌うことによって、
それの音も踏まえて歌うと、それが全部勝手に記憶していくみたいな、
っていうものとして、歌として医療があったみたいなものを聞いて、
めっちゃ面白いなみたいな。
いいんじゃないですか。
語りっていうのも文字にわざわざせずに、言葉で語り続けるのって、
やっぱなんかそういうふうに残し続けるため。
そうですよね。
だし、かつやっぱり文字にすると変えづらくなるから、
その時代に合わせて変化させるために、
わざわざ文字にせずに、本当に言葉、口で語っていくっていうものとして存在してるのかなって、
今聞きながら思っていて。
なるほどね。
そう、なんかちょっと青森さんのこの気に入こうと思いました。
いらっしゃいませ。
先ほどほら、一時、牛久町に住んでたって言われましたけど、
その時私ほら、妊婦で、男の子だったもんで、
ちゃかちゃかちゃかちゃか走り回ってて、
もうほんと大変だわなんて思ってたら、
広報誌に語りの勉強をしませんかっていう、
その後に、保育ありますって言われて、
語りの勉強よりも保育ありの方に惹かれて、
これはちょっと保育してもらえるんならやってみようって。
勉強してる時に預かってくれる。
そうです。
小島光子さんって、トルコの昔話とかね、
そういうのの翻訳をなさった方が講師だったんですけれども、
私それまで岡山出身って言いましたけど、
岡山弁ってあまり綺麗な言葉じゃないんですよね。
なにしょんで、さっさとせられとか。
すごい劣等感があって、
あんまり人前で岡山弁はしゃべりたくないし、
そういうことを思ってたんですけど、
小島さんが地元で古く伝わってきた言葉だし、
親から聞いてきた言葉を大事にやっぱりしましょうっていう言葉を聞いて、
そうだなって言って。
例えば私が実家に行っても、
私と両親とか私と祖母とかは岡山弁でしゃべって話が通じるけど、
それが子どもたちにはちんぷんかんぷんっていうことがあるじゃないですか。
だからそれで、そういう地元の言葉を、
わざわざこれはこういう意味ですっていうふうにやるんじゃなくって、
その昔話を、
例えば桃太郎とかね、
向こうの昔話がありますけど、
桃太郎を岡山弁にして語ると、
子どもたちはお話を聞きながら、
なんかおじいちゃんおばあちゃんが語ってる言葉が出てきたみたいなことで、
なんかちょっと親しみ持てるかなと思って、
それですごい岡山弁に対してすごく愛着が湧くっていうか、
その当時はもちろん両親とは離れて住んでたから、
テキストを一応標準語じゃないですか、
それをいちいち電話して、
父にここは何て言うんだっけとか言ったら、
そうじゃなーとかって父が言いながら、
岡山も広いからそうなんで、
北のほうと南のほうと父が生まれ育ったところとやっぱり方言がね、
一応岡山の民話とかになってても違うところがあるじゃないですか、
こういう言葉を使わないなーなんて思いつつ、
それで結構それで、
岡山弁で語る桃太郎とかね、
そういうのを自分で研修して、
今度また聴いてください。
それで結構ね、
昔話って書くとストーリーテリング。
面白いですね、最初のきっかけは別に語りと言えば語りだけど、
保育と言えば保育っていう。
そうなんですよ。
確かにね。
よかったです、本当に図書館でそういうことをやってください。
それ図書館でやってたんだ。
そう、図書館の主催で、よかったです。
それがきっかけで語りの世界にのめり込みました。
確かに誰かが見てくれているっていう時間がちょっとでもあるだけずいぶん楽しいですもんね。
僕も娘がいるようになってからそれを感じるようになりましたね。
ですよね、大変でしたあの頃。
いやですよね、みんな最高だなって思いますよね、
お育てしていると。
よく生きているな、みんな。
大変ですよね。