1. tantotの時々読書日記
  2. #45 司馬遼太郎『空海の風景』..
2026-01-08 13:52

#45 司馬遼太郎『空海の風景』〜神秘体験から生まれた異端の天才

spotify

今回は司馬遼太郎さんの名著『空海の風景』を取り上げます。古本市で偶然手に取ったこの一冊。最初は「分厚い専門書に挑む前の準備運動」くらいの気持ちでしたが、読み始めると司馬さんの筆力に圧倒され、一気に空海が生きた時代の「風景」へと引き込まれてしまいました。

​本書で私が最も衝撃を受けたのは、若き日の空海が室戸岬の洞窟で経験したという「明星(金星)が口に飛び込んできた」という神秘体験の描写です。エリートの道を捨て、放浪の末に得たこの抽象的世界への目覚めこそが、後に唐で密教の正統な継承者となる「異端の天才」を形作ったのだと深く納得しました。

​学術的な解説書とは一味違う、司馬さんの鋭い洞察とエッセイのような語り口を通じて、空海という巨星の孤独や、ライバル最澄との対比も浮き彫りになります。歴史の波間に消えない空海の「熱量」を、皆さんと一緒に感じられたら嬉しいです。

​https://amzn.to/4aJ76Ea

https://amzn.to/4qn2t7u

#読書 #書評 #読書日記 #司馬遼太郎 #空海の風景 #空海 #歴史小説

サマリー

このエピソードでは、司馬遼太郎の著書『空海の風景』を取り上げ、空海の生涯や思想、密教の導入について考察しています。また、空海が体験した神秘体験が彼の人生や思想に与えた影響についても詳しく述べています。

空海の風景と著者の紹介
tantotの時々読書日記第45回です。
今日は、司馬遼太郎の空海の風景という本について話してみようと思います。
こちらは結構古い本で、手元に文庫があるんですけど、
文庫版が1978年初版で、手元にある文庫は94年の第21版で、
見つけたのが、とある部本市で、
だら上下感合わせて200円とかで売っていたので、
空海のことが気になっていて、何となく気になっていて、
いつかは空海について知りたいなと思っていたところで、
200円だったら失敗してもよかろうと思って、手に取ったというところになります。
最近、安藤玲司さんでしたけど、空海というめちゃめちゃ白くて、
めちゃ分厚くてでかい本がちょっと前に出ていて、
その本とかがすごい気になったりしていたんですけど、
いきなりそこに取り組むのはハードルが高かろうと思っていた中で、
司馬遼太郎であればきっと間違いはないんじゃないかなというところで、
読んでみたという形になります。
94年のものなので字が小さいので上下感結構長いんですけど、
やっぱり司馬遼太郎もうまいなというふうに思ってずっと読んでました。
書き方はこれ一応司馬遼太郎自身は小説だというふうに言っているんですけど、
他の司馬遼太郎の本よりもかな、言ってそうだと思うんですけど、
結構作者の司馬遼太郎の意見がガンガンに出てくるみたいな感じで、
小説というよりは電気とか、電気じゃないのみたいな客観的な描写というよりは、
エッセイ、空海についてひたすら色々調べたり考えたりしたことを書いている、
司馬遼太郎のエッセイみたいなそんな趣かなと。
とはいえ、内容として空海の生涯とその生涯を描きながら空海が到達した思想だったりとか、
空海の神秘体験
背景にある時代の風景、空海の風景というのはそういうことだと思うんですけど、
その時代の風景というのを描くというような形で、
そういう意味では物語、小説ではあるのかなというような感じでした。
空海って、方々大使ですね、あと高野さんを開いたという形ですけど、
司馬遼太郎曰く空海は、密教を日本に持ち込んだ、
日本でこの後密教ってすごく広まるんですけど、
密教を持ち込んだすごく第一人者というような感じで、
密教って結構神秘体験みたいな感じが強い。
神秘体験、密教ということなので体験を重視する。
教え手もそうですけど、経験とか体験しなければわからないことみたいなことを結構重視する。
自分自身の体験を重視するというところで、
そういうところにいて、それが根本にあるというか原点にあるのが、
空海って一回都に出て大学に入ったんですけど、すぐ辞めて、
その後、四国とかキーとかもあるのかな、あの辺をかなり旅をしている。
修行なのかなと思うんですけど、旅をしているんですね。
その中で、どこかの岬で神秘体験をすると。
それが彼の原点になっているんじゃないかという。
その神秘体験のところの描写は結構面白いので、そこを読もうかなと思います。
室戸岬の辺りなのかな?歩いてたときの話ですね。
室戸にある岬ですね。
さらに彼に異変があったのは苗城のことである。
彼がお祭りをしのぐべく入り込んでいたと思われる洞窟は今も存在している。
その中に入ってほら口を見ると、あたかも窓のようであり窓いっぱいに映っている外形といえば水平線に隠された天と水しかない。
宇宙はこの塩が岩を穿って作った窓によってすべての凶殺するものを捨て、ただ空と海とだけの単一な構造になってしまっている。
洞窟の奥に潜み、この単純な外形の構造を日夜凝視すれば精神がどのようになっていくか、それについての変遍とした心理学的想像はここでは振りずにおく。
ただ空海をその後の空海たらしめるために重大であるのは明星であった。
天にあって明星が確かに動いた。
みるみる洞窟に近づき、洞内に飛び込み、やがて凄まじい衝撃とともに空海の口中、口中に入ってしまった。
この一大衝撃とともに空海の儒教的事実主義は粉々に砕かれ、その肉体を地上に残したまま、その精神は抽象的世界に棲むようになるのである。
本当に神秘体験ですね。明星、金星がガーッと近づいてきて、洞窟の中に飛び込んできて、空海の口の中に入ってしまった。
これが天から自分に対して直面が下ったというような体験だった。
この体験がその後の空海の全てを動かす力になっていたんじゃないかというような話をしている。
空海と最澄の思想の対比
これのあたりはすごい面白いなと思います。
大きな流れとしては空海って、そんなにこの人ってめちゃくちゃ家柄が良かったりとかわけではないんですけど、
いろんな経緯でたまたま検討士に滑り込み、ちょうど最澄と一緒に、最澄はめちゃめちゃエリート、超ピカピカの経歴を持ったエリートなんですけど、
最澄と一緒に同じ時期に塔に渡って、最澄は天台宗を持ち帰り、空海は神言宗、密教を持ち帰ったというような感じなんですけど、
この後結構後半はずっと空海と最澄の格室に近いような話が結構出ていて、
ここは結構しば寮太郎が空海の思いとか最澄のお互いへの思いみたいなところをかなりうがった感じで推測しながら書いている。
そのやりとりも面白いんですけど、
最澄はめちゃくちゃエリートで、職務にも忠実で天台宗というものを持ち帰っているんですけど、
それもパッと持って行って天台宗を学んだらすぐ帰ってくるみたいな、やるべきこと、自分のお仕事とミッションとして与えられたことをやったらすぐ帰ってくるという感じなんですけど、
空海の方はもともと遣唐使でそんな長く行く予定じゃなかったところを何とかお金を汲めして2年間長安に滞在して、そこで密教の師で師を見つけて、
たぶんめちゃくちゃ優秀だったんだと思うんですけど、その人から一師相伝で教えを受けて、
金の後継者として教えを受けて、それを日本に戻ってくるという感じで、そのあたりのなんで日本から来た若僧が急に、その経過でめちゃくちゃ弟子いっぱいいるんですけど、
なのにこの空海に最後全部教えを継ぐみたいな感じに、なぜそこまで夫手のものがところから信頼を得たのかとか、そのあたりはすごくわからないところも多いんですけど、
やっぱりそういう意味でもすごく特別な、めちゃくちゃ優秀だったりとか、何か他の人とは違うものがあったんだろうなというふうになることをしばりお太郎も言ってますし、
そうなんだろうなと。そのあたりの、当時の中央から見たら、日本なんてどいなかじゃないですか、どいなかから来た若者に、よしお前に私の全てを、その経過ってその空海に教えを伝えた後すぐ死んじゃうんですよ。
私の最後の直弟子として全部伝えるみたいなところまで行ったのかって考えると、本当に何なんだろうって、ちょっと結構想像を巡らせちゃうところがありますよねという感じです。
そこまでが、ちょうどその死から受け継ぐというところまでが上巻で、下巻はその途中から日本に帰ってきて、いろいろ活動するというところではあるんですけど、細かいところはそんなにわざわざ一つ一つ語る必要もないかなと思うんですけれども、
これを読んで、そうですね、思ったことね、やっぱりすごく、なんだろうな、日本の歴史、思想史って言っていいですかね、その歴史の中でめちゃくちゃ、
いたんじというか、ものすごく突然現れた、本当にぶっ飛んだ天才みたいな感じなのかなっていうのを読んでて思いました。
そしてそこには、その若き日の神秘体験によって、自分はこのめちゃくちゃ現実的な、さっき儒教的事実主義って書いてましたけど、本当に現実的なところではなく、
もう抽象的な世界に対しての憧れとか、そこをとにかく考え尽くしたいとか極めたいという、そういう思いに駆り立てられてたという感じなのかなというふうに思っております。
そうですね、なんとなくこの本を読んで、めちゃくちゃ密教とか空海の思想について丁寧に解説している本ではないので、本当にどちらかというと空気感とか感覚を得るっていうものかなとは思うんですけれども、
一つ空海の思想とか密教的思想で、それがどう日本の思想に影響を与えてきたのかみたいなことを今後ちょっと深掘っていく上で、
単なる机上の学問的なところではない、風景として理解できるような本だったかなというふうに思っております。
ちょっとあまりうまくしゃべれたかどうか自信がないですけど、やっぱり何よりも柴良太郎の文章の上手さ、巧みさというところをとにかく感じられるものなので、
それですけど意外と柴良太郎の本の中ではそんなに読まれてないのかもなと思うので、もし興味のある方がいたら読んでみてもらえるといいなと思います。
それでは今日はこの辺で終わりにします。ありがとうございます。
13:52

コメント

スクロール