1. 干城の黄金の経験 Gold Experience Tateki Tech
  2. Ep22 十六代目侍・不完全は完..
2023-12-19 1:06:46

Ep22 十六代目侍・不完全は完璧:Zen Takai

エピソード22!バイオハッカーサミット2023アムステルダム開催する週に、ユネスコ文化遺産に登録された施設ベームスターにて収録したエピソードのゲストは十六代目の侍Zen Takaiさんです。過去のポッドキャストゲストEp15に登場した赤坂陽月さんがZenさんとメキシコで出会い、点と点が繋がった御縁です。

リアルサムライが話す武士道や昔の日本人が大切にしていた文化や伝統、プロ格闘家としてキャリアを積んできた干城にとって少なからず「Samurai」と形容されてきた過去を振り返っても、まだまだ自分は未熟だと感じた機会でした。次世代の武士道や侍の哲学を共に学び、我々の目指すウェルビーイングへのヒントとなれば幸いです。


SHOWノートはこちらから>⁠https://tatekitechmatsuda.com/podcast/jp/ep22

エピソードの要約

 Imperfect is perfect

 オープニング「世界遺産で収録」

 ゲストの紹介「十六代目の侍」

 本日のゲスト「Zen Takai」

 十六代の歴史「侍と忍者の違い」

 なぜメキシコへ?「伝統を進化させる」

 多様性の完成形「武士道にはバイブルがない」

 文武両道の原点「武芸十八般」

 手の内の秘密「日本刀の奥深さ」

 歴史・文化・科学「侍+テクノロジー」

 近未来が見える「日本人が意識する場所」

 意識と無意識の間「自分の可能性を知る瞬間」

 400年以上伝わる教え「侍の教えに言葉はいらない」

 感性の武術「女・子供の直感力」

 矛盾の中に生まれる「漢字に込められた深い意味」

 歴史を振り返る「陰と陽の振り幅」

 答えは空「色即是空」

 タテキのまとめ「次世代の武士道」


ホスト紹介

松田干城(まつだたてき)Tateki Tech Matsuda 学位 セーラム州立大学・スポーツ科学科コーチング学部 卒業 ノースイースタン大学大学院・応用栄養学専攻修士課程 修了 資格 ストロングファースト SFGレベル1 インストラクター FMS (Functional Movement Systems)   レベル1 経歴 アメリカのボストンを拠点に世界中のプロフェッショナル達と交流を持ち、現役プロ格闘家の傍、パーソナルトレーナー、ヘルスコンサルタント、ビジネスコーディネーターとして引き続きボストンを拠点に活動している。世界のスーパーモデルやベンチャーキャピタリストなど分野問わず世界を牽引する人物をコーチングし、格闘技の運動や専門の栄養学だけでなくホリスティックなコーチング法が評価されている。2020年にバイオハッカーセンタージャパンを設立。日本人バイオハッカーの第一人者として健康やウェルビーイング(健康で幸福な状態)手に入れるためのバイオハッキング(「QOL(生活の質)」を高めるために行う行為全般)を日本へ普及させるため目下活動中。

サマリー

このエピソードでは、高井善先生が16代目の侍としての背景や、日本を離れてメキシコで活動する経緯を語ります。また、侍と忍者の違いや文化的な概念の重要性について深く掘り下げ、現代における武士道の進化について考えます。日本の武士道や霊気の歴史とその発展、侍の動きに関する深い洞察が語られています。特に刀の扱いとカリグラフィーの共通点に焦点を当て、伝統と革新のバランスの重要性を強調します。侍の思想や技術を現代に残す重要性が語られ、Web3やメタバースが文化の認知度向上に貢献する可能性にも注目しています。侍の武術を学ぶ中で、身体と心の関係やオンラインでの教育の新たな試みについても探求されています。エピソード22では、侍の哲学と古武術が現代における自信や感性の重要性にどのように結びつくかについて語られ、次世代の武術における感性やバランスの取り方、無意識の力が強調されています。このエピソードでは、侍文化とその変遷について議論され、不完全さがどのように完璧であるかに焦点が当てられます。また、次世代の武士道を探求し、多様性の重要性が強調されます。ポッドキャストでは、過去のゲストからの学びやウェルビングに関する考えが語られ、リスナーに感謝の意が表されています。

高井善先生の紹介
不完璧は完璧
ヴァイオハッカーズ・ポッドキャストが忙しくてですね、健康科学を深掘る別番組、ヴァイオハッカーズ・ポッドキャストとは別にやってたんですよ、Tatekiの黄金の経験、どうですか、オリジナルリスナーはTatekiがヴァイオハッカーズ・ポッドキャストと黄金の経験2つチャンネルを持っている、知らない方もいらっしゃると思いますし、
なんだそれ、ヴァイオハッカーズ・ポッドキャストって気になる方はね、ぜひアップル・ポッドキャスト、グーグル・ポッドキャスト、アマゾンミュージック、スポティファイでは動画バージョン、そして誰も見ないとか言わないでください。一応動画バージョンアップロードしているYouTubeのチャンネル登録もよろしくお願い致します。
後取りのイントロでちょっと凄かったんですよ、しかもここどこって話じゃないですか、Tateki、今オランダはアムステルダムではなく、アムステルダムからちょうど車で3、40分くらいのところですね、郊外にあるベームスターという、チーズが有名なベームスター、ビームスターという街に来ておりまして、このホテルはですね、ユネスコの文化遺産に登録されている場所で、今はちょっと高級スパみたいな形で、
運営されているんですけれど、ここの施設を使って、1日ワークショップを昨日運営してきたところでございます、バイオハッカーサミットアムステルダムTatekiをフォローしている方は、この熱伝わりますか?
そうですよ、過去のポッドキャストゲスト、溶月赤坂もこちらに来ていますし、あとは他のポッドキャストゲスト、過去リスナーの方は分かると思うんですけど、その人も実はもうすでにオランダ入りしているとのことで、点と点が繋がる、もうTatekiはね興奮が止まらないですよ、で、そんな中、コネクティングザドット、点と点が繋がっているプロセスを得て、出会った侍
侍が本日のゲストということで、1年ちょいぶりくらいの更新で、やるしかないということで、ぶっつけ本番で急遽収録が決まりました。本当に今日のゲストはですね、セレンディビティが重なって、ガチガチの日本人ですけど、今拠点を海外に移して、海外で侍スクールを運営していて、そこでたまたま溶月さんなんですけど、
溶月さんが今年のSXSW公式アーティストに選ばれて、チームを組んでバンクレスモンクとしてTatekiと溶月さん、テキサス州オースティンでSXSWに参加してきたんですけど、その後にツアーの行き先がなんとメキシコだったんですね。
メキシコのトゥルムという町ですごくアーティスティックな町で、そこで溶月さんが出会った侍、紹介していただき、でも速攻ですよ。
フィンランドの本部に侍がいると。でもアムステルダムに集合が決まって、昨日のワークショップ
すごかったですね。日本勢の活躍も含めて、Tatekiが求めているウェルビングがどんどん重なってきて、そして格闘技人生で学んできたことと、これからの自分も含めて
侍から学んで、それをどう人生に応用できるか、今後どう表現してくるか、自分の自己表現の仕方とかそういうことも含めて、この方から多くを学びたいと思っています。
ということで、本日のゲストはこの方です。 本日のゲストは
高井善先生。 16代目の侍ファミリーです。
どうも、よろしくお願いします。 今日はイントロを全然収録しないで、ぶつけ本番でいきなり収録という、ここアムステルダムから40分から離れた
ゲームスターというユネスコの世界文化遺産に登録されているところで、バイオハッカーサミットに向けて、1日ワークショップを昨日終えたばかりで、本日はバイオハッカーズウィークに
メキシコへの移動と文化的背景
メキシコから? そうですね。今はメキシコのトゥルモン本拠地に活動しています。
すごく謎が多すぎて、先日ソーシャルメディアのフォロワー、特にアメリカ人の子が
あの侍は何なんだっていうメッセージをいっぱいいただきまして、 自分もまだ善先生、いやこれちょっとアメリカンスタイルなのか、高井先生、善でいいですよ。
何者なのかっていうところを含めて、16代目っていうのは、そもそも武家の地筋でずっといて、メキシコに移住されたっていう感じなんですか?
そうですね。16代っていうのは、うちのファミリーブックでは一応千年の歴史になってるんですよ。
だけど、やっぱり侍なので途中で名前が変わったりしてるんですね。
確実に墓があったりとか、確認できるのが16代前なんですよ。
そっから善という名前がつながってるんですね。
例えば、ひいおじいちゃん善石だったりか、善ザブローだったりとか、善っていうのが16代続いてるっていうんですね。
なので私は16代の侍ということで。
もしかしたら16代よりも長いかもしれない。
一応ファミリーブックではそうなってるけど、侍って職業サラリーマンみたいなところがあって、結構それ持って書いてたりするんですよ。
実はうちのファミリーはなんとか天皇の血筋だみたいなのが書いてあったりするので、そこはちょっと確認できないじゃないですか。
なので16代っていうのは確実に墓があって、血がつながってるだろうっていう、名前もつながってるということで16代ですね。
どんくらいですか?江戸時代からは確実に?
そうですね。ちょっとポイントになってるのが、うちのファミリーは16代前ぐらいに名前が変わったあたりで、忍者になってるんですよ、一回。
だから一番16代の初めの墓は伊賀にあるんですよね。
そっから侍にまたディベロップ。もともとは侍だったんだけど、一回忍者になってまた侍になったっていう。
そもそも多くの日本人も、多分外人さんも含めて忍者と侍ごちゃ混ぜになってるじゃないですか。
なってますね。
その違いみたいなことで言うと、侍っていうのは単純に言うと大企業に勤める会社員。
要はGoogleとかFacebookとかに勤める人たちですね。もしくは親国みたいな感じですね。要はパブリックな人たち。
忍者っていうのは要はスパイなんですね。
個人事業らしい。
フリーランサーアーティストみたいな。
なので多分16代前に、詳しくはうちのファミリーブックには書かれてないけど、多分戦に負けて忍者になったんですよ、その時に。
なるほど。
で、そっから戦国の世が終わって、忍者っていうのが、服部半蔵と一緒に働いてたんですよ、女戦国は。
えー。
で、服部半蔵が福川家に召使えられて、要は侍にディベロップしたわけですよ。
はいはいはい。
それ忍者侍とか言われてたりするんですけど、そこのファミリーの一部のファミリーだったんですよ。
すごい。
そう。なので、侍と忍者両方のテクニックを学んでるっていう感じですね。
なるほど。道理で手裏剣とか鎖鎬の動きとかも。
すごい。
えー。
そう。ちょっと特殊なんですよ。
特殊ですね。
自分詳しくないですけど、徳川とかだったら何代目だっけ。
生類憐れみの霊を出したあたりから、すごく平和になっていったじゃないですか、世の中が。
はい。
そこで侍も戦争のために武力を鍛えるっていうところから、どんどんそれこそ馬術だったり、他のアートを学んでいったりとかして、どんどん歴史とともに変わっていくじゃないですか。
そういうのは、やっぱりわからないですけど、掛け軸とか家から代々伝わるなんかに、家庭とかっていうのは記録されてたんですか。
そうです。記録というよりも教育の仕方とか、やっぱりそういうのが残ってますね。
技術もそうだけど、やっぱり侍の面白いところって、普通の世界中いろんなマーシャルアーツありますけれども、マーシャルアーツはやっぱりボディーガードの歴史なんですよ。
要はキングがいて、そのボディーガードが武将。
侍っていうのは世界で唯一、社会のトップでありながらマーシャルアーティストだった。
なので、マーシャルアートの中にものすごくいっぱい哲学とか、いろんな文化的なことが含まれてるんですね。
もうちょっと別の切り口で言うと、日本っていうのは基本的な宗教を持ってなかった。
なので、社会の全体の倫理観として仏子堂みたいなのが作られてる。
まさに二戸稲造が日本のあれですよね。
日本はなんで宗教がないのに、こんなに道徳心があるのかっていうところで、すごいな。
一番、自分が気になったのは、なんでメキシコのテルムなのかなっていう、きっかけがあったんですか?
きっかけはコロナですね。
私は東京の浅草にある道場で教えてたんですよ。コロナの前まで。
そうなんですか。
でも、教える生徒はほとんど99%が外国の生徒なんですね。
私の教え方のスタイルっていうのは、哲学とか、いろんなものを含めて教える。
すごくトラディショナルなスタイルの教え方なので、そうすると外国人の人は興味あるんですね。
日本人の人はどちらかっていうと、もうちょっと剣道とか、コンペティションスタイルだったり、もしくはコスプレとか。
あんまり哲学とかにそんなに興味がある方があんまりいなくて、やっぱり外国の方が圧倒的に多かったんですよ。
で、コロナの後に浅草の道場が閉めて、それからニューヨークに行ったんですね。
ニューヨークで道場オープンして、またニューヨークもコロナになって。
で、そのときメキシコはまだオープンだったの。それからメキシコに移ったってことですね。
侍の哲学と伝統の継承
で、メキシコのテルムっていうところは、そういう結構文化的な方が多くて。
だからそこに重要と供給がぴったりあったっていう感じですね。
たぶんポッドキャストのリスナーは、久々に、1年ぶりくらいにタテキがこのエピソードを更新して、
なんで侍なんだっていうところはあると思うんですけど。
そうです。過去のポッドキャストゲストの赤坂陽月さんと全高井さんがメキシコのテルムで出会って。
そうですね。陽月さんとで、そのご縁ですよね。
そのご縁でここまで来て、今オランダにいるというすごいセレンディビティというか。そうなんですね。
そう。だから逆に言うと、なぜ今メキシコでいまだにコロナ終わっても活動してるかっていうと、
やっぱり伝統的なものを守るっていうこともあると思うんですけども、
私の感覚では進化させていくっていうときに、やっぱり日本の中にいると、
どうしてもユニオンだったりとか、そういう保守的な社会もあったりするわけですね。
でも外国人の方に教えてると、新しい発見が自分にあるんですよ。
全然違う視点からの質問だったりとか、受け答えだったりとかあるので、
そうするとその中から、じゃあ世界のために使える武士道、
現代においての武士道みたいなのを進化させるには、
やっぱり外国の方とどんどん関わっていったほうが、
これからの世の中のためになるんじゃないかという、
私の使命感みたいなとこから外国で行ってるって感じですね。
自分みたいなものが比べていいのかなって思っちゃうんですけど、
外国人扱いずっとされてきてるので、人生の半分以上アメリカで過ごしてきて、
だからその気持ちをすごくわかってるんですよ。
わかってるというか共感するというか。
そうなってくると結局、自分に残るのってもちろん侍のアートを教えてるっていうところもありますけど、
やはり日本から来た一人の日本人というのがアイデンティティーの中に大きくあるじゃないですか。
そうするとあなたの名前が誰であろうが性別が何であろうがっていう、
勝手になんか日本代表になってるっていうところが自分もアメリカ来た時にあって、
そうなってくると自分の行いで日本人ってこういう奴なんだって思われるのが、
すごく海外に出ると先輩方、歴代の日本人がどれだけすごい功績を残してきたか。
それでさらに進化していくためには変わらないために変わり続ける。
これも過去のポッドキャストの方からすごく重い一言をいただいたんですけど、それに尽きるなと思いまして。
やっぱり日本の古き良き伝統とか歴史とかが後継ぎがいないとか、
そういうところでどんどん停滞する中で、海の向こうから祖国を見て感じるものっていうのはありますか。
海の向こうから見てるんですね。
例えば侍の道場、これから先どうなるのかとか、
あとやっぱり刀、刀鍛冶の打つ人とかも減ってるとかしてるじゃないですか。
そうですね。私のあれとしては、やっぱり日本の中にいるとどうしても停滞してしまう部分みたいなこと、
武術業界で言うとどうしてもあるので、
やっぱり私の意義としては、いかにして現代にコネクトしていくかっていうところ、
現代にいかに生かすかっていうところなので、なんですかね、伝統を保持するっていう大切さもあると思うんですけども、
それと同時にやっぱり外にも出ていかなくちゃいけないので、
まあその部分ですよね。
外国から見た日本どうかっていうと、
ちょっと逆に日本の若者があまりにも日本の伝統的な侍の文化に興味がなさすぎて、
ちょっと寂しい気はしますよね。
やっぱり戦後終わって、第二次世界戦が終わって社会がガラッと大きく変わったときに、
武士道と霊気の歴史
やっぱりアメリカの文化がバーッと入ってきて、武道禁止令というのがあったりとか、
そのときに侍の人たちが刀を振れることが違法になってしまったりとか、
9年間そういうのがあったりとかするんですけども、
そのときに埋もれてしまった、その英知みたいなのがいっぱいあるんですよね。
そこの部分に、やっぱり今の外国の人たちに興味を持ってるので、
日本の人たちにも興味を持ってもらいたいと思いつつも、
もっと海外に出て、いろんな教えを伝えて、
あのね、伝えて、ディベロップさせて帰ってくる。
霊気もそうじゃないですか。
霊気もね、日本ではオウムのこととかがいろいろあったりとかして、
それで宗教みたいなのがちょっと、宗教離れがあって、
外国に行ってものすごくディベロップさせて、逆に霊気が逆輸入みたいになってるみたいな。
なんか波動とか名前を変えて入ってきてる気がしますよね。
そう。だからまあ、そういう生き残り方もあるし、いろんな形があっていいと思うし、
武士道の特徴は私の視点から言うと、やっぱりバイブルがない。
いろんな人のいろんな捉え方があるっていう、ダイバーシティ、多様性っていうのが非常に、
武士道っていうのが生き残っていったところのポイントの一つだし、
伝統を守るっていうところも必要だけど、
ディベロップさせるっていうところも必要だというのが私は考えですね。
刀の文化と輸入の問題
昨日ご飯を一緒にしてお話ししてたときに、
なんでしたっけ、刀が年間20本まで出してる。
ちょっと正確なあれは忘れちゃったけど、20本ぐらいしか作れなくて、今その法律でですね。
それは戦後、日本が敗戦国になった時点で決められた法律で。
そのことによって、やっぱり刀鍛冶の人があんまり売らなくなってきたりとか、
外国の、アメリカさんとか中国さんの安いものがどんどんアマゾンで売れてって。
私の生徒もやっぱり日本刀欲しがるんですよ。
だけど日本から買って輸入するのって結構大変だったりとか、
あとはものすごく高いんですよ、日本刀って本物の。
そうすると2万円ぐらいのアマゾンで買えるやつを買って、
問題はそれ本物じゃないから、振ったときに本当に刃が抜けたりするんですよ。
危なっ。
要はそれはものすごくシャープなんだけど、デコレーション用で作ってるから安く。
それ危ないですよ。
危ないんですよ。そこが大問題なんですよ、本当。
年間に何人か亡くなったりしてますね。振って、それが抜けて。
そうじゃないものがどんどん世の中に出回ってしまってるっていうのがあって。
だから私は、稽古とかでもSNSの中でも絶対木刀しか使わないんですけどね。
日本刀本当に使っちゃうとみんな生徒が買うって言っちゃうから。
カリグラフィーと武術の共通点
そうか。
木刀を、テイムと昨日、さっきから話してたんですけど、
木刀で動きとかやって、10年そこらの鍛錬じゃ動きできないよねっていう、リアルだって。
これはサムライの動きっていうんですか。見て素人でもわかるというか。
あとさらにカリグラフィーもアートで教えてるじゃないですか。
あれは普通に書道とかやられてたんですか?
私は普通の書道というよりも、サムライの一つのエディケーションとして、
カリグラフィーもあったりするんですけども、
あれは完全に、一つの例で言うと武芸十八般っていうのがあって、
江戸後期からぐらいになると、サムライの一つのルールとして、
十八の事柄を学ばなければいけないと。
要は刀だけじゃなくて手裏剣術があったりとか、
定刃だったりとか、文化的なこと、舞だったりとか、
ポエムだったりとか、いろんなもの。
その中の一つとして、私はカリグラフィーをやってるんですけども、
あれもだから刀の感覚と全く一緒なんですよ。
自分のエネルギーをいかにして素早く一触だけでパッと紙の上に表現するかっていうのが、
日本刀の感覚に似ていて、それの全く別のものではなくて、
同じ本質みたいのを捉えるために別のことをやるっていう。
十八のことをやっても、一つのことを表現してるっていう。
なので、宮本武蔵とかはいろんな本を書いたりとか、
カリグラフィーだったりとか、彫刻作ったりとか、素晴らしい作品を残してますけども、
彼は五輪章の中でも自分は一つのことを追求してるっていうことを常に言ってるんですよね。
それを、あえて一つのことを掴むために一つをやるんじゃなくて、いろんなことをやるっていう。
それがカリグラフィーの一つの意味ですね。
それって本当に刀における持ち方とか、
短練とか、刀の扱い方とすごく共通しますよね。
その、パラドクスというか矛盾の中に、
力を入れるんだけど力を入れないとか、
こっちがインとイエンのバランスがあるからこそ、
本当に無の状態である。
やっぱり日本人特有の神道で、刀が常に上にあるっていうところと、
すごく全てが繋がってるというか。
そうですね。
ものすごく繊細なもの本質、
自分の中のダイヤモンドみたいなものに触れておけば、
どんなことでも可能っていうような、
あれですね、ルネッサンスじゃないですか、
レオナルド・ダ・ヴィンチ的な発想ですよね。
でもやっぱり武術、特に侍の武術っていうのは、
コンペティションスタイルとはちょっと違う点は、
やっぱりどういう状況にも反応しなくちゃいけない。
要は3分間ナンナウドっていうのと、
もしくはもう敵が何人とかも決まってない、
時間も何も方法も決まってない中で対応するには、
そこを掴んで、そこの感覚を信じるしかないっていう。
本当に意味があるというか、あの構えで骨盤を開いて、
360度全部っていう、常に見るっていう動きはすごい理にかなってて。
だから格闘技の右利きっていうよりかは、
右利きの侍はあれですよね、
右利きのサウスポーの構えになるんですよ、我々の視点から言うと。
だから刀ってやっぱ触れただけでちょんって、
それこそ首とか経動脈に入ったらもう勝ちだから、
逆に力みっていうのはネガティビティでしかないっていう。
そうですね。
だからやっぱ日本の文化の面白いところっていうのは、
格闘技だけじゃなくて踊りだったりとか歌いだったりとか、
全部がとにかく脱力っていうのが一番大きなテーマになってるんですね。
筋肉をなるべく使わないことによって、
リリースすることによって最大の力を出すっていう逆説的なあれで、
侍のもちろん技術もそうで、
やっぱこう前に対してパッと瞬発力で進む瞬間に、
じゃあどうするかっていうと地面蹴るんじゃなくて、
力、膝を抜くっていう、
膝を抜いた瞬間にグラビティを前にストンと落とすだけ。
っていう感覚のあれなんですね。
なので全部がパラドックスというか、
その中で自分の動きを作っていくっていうところが大事ですね。
でもそれっていうのは何ですかね、
それを追求していくと面白くて、
いろんなことに応用できる。
宮本武蔵の生き方を見てるとすごく学べるのは、
それは例えば関係性。
何かすごく仕事で進めなくちゃいけないと思ったときに、
逆にリリースしてグラビティ、流れにパンと乗っけちゃうみたいな感覚とかを使うとすごく上手くいったりとか。
そこで無理しようとすると逆に力みで、
逆にスピード遅れてしまったりするっていうような。
雑念があると。
こういうのっていろんなことに応用できるんだなと思って。
そこが武術の面白さですよね。
だから刀を握るときも小指を意識するって、
すごく解剖学的にも、
ランナーが手を振るときにいかに効率よくするって、
やっぱり人差し指とかじゃなくて小指を意識したほうが、
交互相反運動があって、
体のねじれとか、
勢いを使って連動させる。
それとか、あとは刀を振り抜くときの二本刀ってやっぱり、
切るというよりかは引く動作じゃないですか。
あと聞いてなるほどなと思ったのは、それこそ、
昔の悪い方たちが小指を切り落とすっていうのは、
そこでもう、落とすとか刀を握れないっていう。
すごく、ああそういうところで小指の大切さって。
西洋は中指はすごく、やっぱ弓矢とかを引くから、
そこでもう全然視点が違うなっていうところが、
本当に面白くて。
そうですよね。だからよく時代劇で言うのは、
お主の手の内を見たって。
手の内のを見たっていうのは、もうお前の指の動きは分かったっていうことですね。
なのでパッと抜くときも、この小指の握り込みからスッとこういう動きですね。
ここでもう刀の動きが全部決まってしまう。
でもやっぱ筋肉に集中したら、ここの動きなんか大きくなっちゃうとどうする。
これが見破られるけども、ここだけでコントロールするんですね。
ヒュッって刀を。
そうすると自分のサインも消えるし。
ジャブみたいな感じですね。
ヒュッって。
なので日本の武術は、とにかくものすごくミクロの世界にどんどん入っていくことによって、
マクロをコントロールするっていう。
そういう考え方ですね。
恐ろしいですよ。
幕末とかの刀を置いて、正座してポンって抜いて、
居合とかで、あんなスキルを持った侍がゴロゴロいたのかって考えると、
恐ろしくてしょうがないというか。
だって至近距離だったら、銃よりも刀のほうが全然早いですもんね。
そういう実験がYouTubeとかでありましたけどね。
刀のほうが早かったって。
そういうときに教えられるのは、刀って鞘に入ってるじゃないですか。
これは日本独特で、
いろんな世界中にソードを使ったマーシャルアーツってありますよね。
どっからスタートするかって言うと必ず、
こっからスタートする。
抜いた状態からスタート。
でも侍の場合は世界で唯一、
この状態からスタートするんですよ。
だから要は、抜くときに、
右で早く抜くためには左を早く引くっていう考え方なんですよ。
早引きをキュッと。
だから動きがバックステップですねって言ったところは。
そう、バックステップから学び始めますよね。
あとは右手の気配が消せるっていうのと、
右手に力が入らないこそ、
無知のようにスポンって抜けるだけ。
これが一番のスピード感。
筋肉で行くと、どっかブレーキをかけながら前に行ってるけども、
右手は脱力して小指で握り込むだけ。
左はとにかくスパッと早く引くっていうの。
これもパラドクスですね。
なるほど。
結局は軸がしっかりしてないと反対方向に行くから。
だから訓練で鍛えるのって結局アイスメトリックなんですよね。
できた反動をガッと止めるっていう、
コアの動きですよね。
それとあとはやっぱり弾力性でエラスティスティですよ。
スナップとか。
そこが肝っていうか。
だから面白いのは、
いろんな説あるんですけど、
西洋の動きとか現代的な動きって
コアって真ん中じゃないですか。
でも昔の日本人のコアは
二軸あったって言われていて、
右と左で右を前に左を引く。
これが全ての運動を作ってたっていうのがあって。
いろんな説あるんですけど、
面白いのはジャパンは2本じゃないですか。
なので一軸っていうのは1本。
軸が2本あるから2本っていうのが生まれた。
要はトリーですよね。
トリーも真ん中歩いたらいけないじゃないですか。
あれはエンプティネスを常に保ってて、
右と左だけをコントロールするからエゴがなくて、
身体もシュラインと同じような
トリーの身体である二軸を使う。
それだからこそ日本っていうのが
生まれたっていう説もあるんですね。
説もある。
すごくしっくりくるな。
まさにウェルビーングの
いかにバランスを取るかっていうところに
繋がってくるなっていう。
勝手に自分の考えを
無理やり持ってってる感じがするんですけど。
昨日お話させていただいた中で、
お茶の間の人たちは
いろんな分野で日本文化の後継者とか
あとは認知度も含めて
どんどん停滞してるのはなんとなく分かってる。
その中で
さっきの年間刀
侍の思想と技術の重要性
20本しか生産できないってなったら
お茶の間の人たちっていうのは
普通にそういう職人さんっていうのは
あんまり自分が何をやってるのかとか
オンラインでインターネットを通じて
販売するとかっていうスキルがないから
全然認知度が上がらなくて
どんどん跡取りがなくなってるって
ほとんどの人は思ってると思うんですよ。
けど
戦後の法律で決まってて
それ以上作っちゃいけないって
上限が決まってて
今はインフレとかもあるわけじゃないですか。
だからこれをどうやって
救うかっていう中で
流行ってるというか
注目されてるのがWeb3とか
メタバースとかの世界で
そこに
日本の伝統的では
見えない文化とかを
残して
認知度を広げていこうっていう
のがある中で
ゼンさんはやっぱりソーシャルメディア
Web2の分野はもちろんですけど
メタバースの分野とかでも
オンラインレッスンの新たな試み
ご興味があって
可能性を感じますか。
そうですね。私
コロナの前とか
武術的な視点で言うと
オンラインレッスンとか色々やるの
抵抗があったんですよ。コンピューターを使って
何かを伝えるっていうのは
そういうフィジカルな
部分で伝えられない部分とか
見えない部分があるから
質が落ちるだけじゃないかっていう。
オンラインでは教えられないですよね。
でもコロナになって
しょうがなく始めたあれなんですけど
その中で色んな人と
コンタクトができるじゃないですか。世界中の。
教えていくうちに
試行錯誤しながらやっていくうちに
やっぱり体でこうやって教える
画面上で教えるというのは限界があるけど
その会話の中で
コミュニケーションしたりとか
侍の思想みたいなのを伝える中で
頭脳で理解した上で
パッと動きをやってもらうと
本当に瞬間的にそれが
変わったりするっていう。
今までは武術の伝統的なものっていうのは
体から知って最後に脳で理解する
っていうのがあれだったけど
反対もありえるんだな
っていうのも感じて
感じたりとか
色んな可能性で感じるのは
ちょっと別角度で言うと
インドの少年から連絡があって
インスタグラムを通じて
彼らはインドのすごく田舎町に住んでて
要はレッスン費を払えるお金もないんだけれども
すごく興味があると
すごい熱意があったから
コンタクトして
レッスンしたりしたんですけど
例えばインドの田舎の方では
いまだに
結婚相手を両親が決めるっていう伝統があるらしい
それは若者は
すごく反発してて
いろんなチョイスがあるじゃないですか
その結婚のシンボルって
伝統的なインドの
刀なんですよ
カーブしたこういう
あれに若者たちアゲインストしてて
それで上の世代を
襲ったりとか
そういう物騒な話で
伝統が崩れつつあると
でもその伝統を
守る意味も感じてないと
でもそれに彼は
心というかすごく
心配をしていて
25歳くらいの青年ですけど
侍っていうのは
刀をリスペクトしていて
いまだに伝統的なことが守られてるから
それを学んだ上で
自分たちの文化をもう一回理解したいと
そういう繋がりが
できたりとか
それは
オンラインじゃないと彼は日本にもちろん
来ることもできなかったし
そういうところで
新しい距離とか
生活環境は全然違うんだけど
何かコミュニケーションできる
あれにもなるし
そういうことは面白いなと思ったりします
でも
テクノロジーの分野では
探伝の感覚とその訓練方法
心の中とかがそれこそ
VRの世界とかで
宇宙のようになって
それが自分の生態データとかを通じて
心がちょっと
雑念があって
ズズズッとなったりとか
あとはVRの世界で
動きをやったりとか
360度敵がいるのを
想定して動くとかっていうのは
できそうな感じがしますけど
できるんだったらやった方がいいよっていう
推奨派ですか?それとも
実践とは違うでしょみたいな
私はなんか
詳しく知らないっていうのも
あるけど
すごく興味がありますね
それはなぜかっていうと
VRの世界の方と話してると
侍が学んでた脳の世界に
すごく近いんですよ
侍は
いろいろ学ぶために
一つは脳を学べなくちゃいけなかったんですけど
脳面ってものすごい目のところがちっちゃいですね
正面しか見えなくて
足元も見えないし
左右も見えないし
でもその中で自分の想像力とか感覚を
最大限に活かして
自分のイメージを発表していく
っていうような
イメージをコントロールするってことですよ
そのことによって観客にも伝染させて
それをパフォーマンスとして見せるというような
ものすごくVRの世界に近い
彼らはなぜそういうことをやってたかっていうと
やっぱり暗闇の中で戦わなかったり
いけなかったりとか
あと視覚に頼れない
要は正面の敵だけじゃないから
後ろの敵も察知してそれにも対応しなくちゃいけない
っていうこととか
あとはVRじゃないかもしれないけど
時間軸をずらす
座頭位置とか
パパパってきて
カチンとなった後に敵がバタバタバタ
あれも一つの訓練方法があって
例えば
昨日やったじゃないですか振り下ろすの
振り下ろすのは必ず探店のとこまで振り下ろす
でもヒッティングポイントはこの辺なんですよ
この辺で
止めたらダメなんですよ
振り下ろすっていうことを考えて
もう未来に行っちゃわないとダメなんですよ
すってこの未来に
現在にフォーカスしすぎると
やっぱこうヘジテートしたりとか
いろんな切るのに躊躇したりとか
いろいろあるけど
もう未来に行っちゃうっていうのが重要なんですね
もう切れ終わっちゃう
切り始めた時が切れ終わっちゃう
そういう訓練があるんですよ
これちょっとVRとかね
4.5次元の世界じゃないですか
3次元プラス時間軸を
さらにその先に行くみたいな
あの訓練方法が時代劇でよく使われてるわけですよ
要はカチって
もうこっちは終わってるわけですよ
その後に死ぬっていう
そういう訓練方法がね
400何十年前からあったっていうことじゃないですか
それを
なんかね
役に立つからずっと残ってきてるわけで
実践の中でね
それってすごく
これからのテクノロジーの世界に
すごく応用できるポイントがあるんじゃないか
と思いますよね
いやぁ
すごい鳥肌立っちゃった
そっか
近未来に行ってるんですね
そうだから勘でに降ろすっていうのも
送るっていうこと
すごいな
いわゆる外人さんは
腹ポジションって
よく
格闘技の世界でも日本語が
英語化してるんですよ
例えばけさがためが
畳ポジションだったりとか
あとはアキレス拳がためとか
ヒールフックとかちょっと柔術の技とかになると
足ポジションって
言ったりとかして
だから探伝は腹って言うんですよ
腹ポジションって言うんですけど
だから
侍トレーニングで探伝探伝って言ったら
たぶん探伝って言ってなんか
市民権得そうですけど
得そうですよね
探伝もさっきの一本軸二本軸じゃないけれども
侍の
あれから言うと探伝って
3つあって下探伝
中探伝上探伝
ここは脳みそがあるじゃないですか
脳みそを使ったりとか
直感を得たりとか
3面はチェストポジションですね
ここはすごくエモーション
あとここってすごく筋肉がものすごく発達してるから
どうしてもここを伝えたがるんですね
エモーションを使ったりとか
筋肉を使ったりとか
でも侍は絶対ここを使っちゃいけない
だから昔の坂本龍馬とか
侍の写真見ると
ほんと肩がストーンと落ちてるんですよ
胸の筋肉も全然ないんですよ
ストーンと落ちて
剣豪と呼ばれる人であればあるほど
胸の筋肉がないんですよ
ここが完全に落ちてる
でも探伝に力が充実してるような
でも面白いのは
切腹もそうですけども
あと帯の結び方が重要だったり
昔の日本人は
ここに探伝にいろんな意識を持ってたんですね
探伝って何があるかっていうと
例えばストマックポジション
だったらシックスパックという
筋肉があるじゃないですか
胸は筋肉もあるし心臓もあるし
ここはブレインがあるし
探伝っていうのは一番人間
意識的にコントロールできない
ところなんですよ
オーガンがあるだけで
足とか手はコントロールできるじゃないですか
探伝って一番意識的に
コントロールできないから
ここが人間の中の一番のエンプティースペースなんですよ
なるほど
目に近い
そうですね
12番目の脂のさらに
下ですよね
おへそから指3本くらい
だからこそここに集中すると
人間の体っていうのも
自然の一部だから
自然と無意識でバランスを取ってくれる
っていうのが考え方なんですね
要は探伝って
エンプティーポイントなんですよ
そこに魂がある
っていう風に考えてたんですね
すごいな
でも面白いですよね
意識できないところを意識するっていうことによって
本当にバランスが取れるっていう考え方
これが本当のパラドックスですよね
パラドックスですよね
バランスを取るっていう
私も稽古してて
生徒とかにも
探伝を意識させるんですけども
やっぱり普通だと
3年くらいかかりますね
探伝をなんとなく分かった
っていうところまでいくには
やっぱりどうしても
筋肉とか色んなものを意識的に動かすっていう風に
人間意識がいっちゃうので
そうすると腕とかの筋肉を作ろうと思ったら
見えるじゃないですか
パンプアップして何センチパンプアップされたとか
探伝っていうのは
これが探伝意識なのかどうなのか見えない
分からない
けども何かあるっていうところまでいくには
やっぱり3年くらいかかるんですよね
でも面白いのは
本当に探伝の感覚が
ふっと分かる瞬間があると
筋肉っていうのは例えば
家の骨組みを立ててる感覚なんですよ
一個一個土台を作って木を組んで
で探伝を理解する瞬間って
電気が通る感じなんですよね
電気が通る
そう全部こうコネクトしてって
ある瞬間にピッと押したら
ブワーって全部が繋がるみたいな感じ
これって多分なんか私は全然分かんないんですけど
昔の仏道の人が
悟ったっていうのは
それに近いんじゃない
エンライトメントに近いんじゃないかなと思って
筋肉だと一個一個
自分の努力とか
積み重ねとか時間の積み重ねとか
努力であるけど
探伝っていうのは
探伝が来るんですよ
この感覚みたいな
これ揃ったみたいな
その感性を維持するってことが大事なんですね
だから探伝の感覚が分かった瞬間
私ありますけど
絶対これだと思う
来たみたいな思った
次の日に全部忘れてたりするんですよ
でも何にも意識してない時にバチッとスイッチが入ったりするんですよね
だから色々繰り返して自分でバランスを知っていくしかないっていう
努力でどうにかなるもんじゃないっていう
探伝感覚と自信
身を任せる感覚を持って
エンプティーに自分を投げ込む
そのバランスを知るっていう
体験の中で知るっていうのが
多分探伝感覚
これ多分エレクトリック感覚で近いんですよ
電気がポッとしたらバーンみたいな
一個ずつ積み重ねられる努力じゃないっていう
ノックアウトする時とかも
ガッっていうよりかはストーンっていう
感覚の時とかも
あれっていうのもありますけど
その力の伝え方とかは
やっぱいいのってしなりますよね
体の動きが
柔らかいですね
トップ選手ってみんな柔らかいですよね
色んなスポーツ選手まで
マイケル・ジョーダンとかイチローもそうだけど
すごく柔らかい
ガチーっとした筋肉団ってあんまいないですよね
そのフレキシビリティみたいなのが結構重要なんかな
やっぱ探伝の
感覚がつかめてくると
本当の意味で自信が持てるんですよ
なるほど
こう稽古してるじゃないですか
そうすると自分の体が勝手にバチッと
完璧なバランスって思えるところに
自分の体が持ってってくれるんですよね
そうすると自分の体って
トレジャーボックスみたいな
俺はトレジャーボックスと一緒に
生きてるんだみたいな
今までの話をおさらいすると
それって近未来が見えてるから
うん
自信があるっていう
体に自信が持てる
それは筋肉をディベロップして
一つずつ積み上げたエフォートとかじゃなくて
自分っていうのをこういう
素晴らしいバランスをもともと持ってるんだ
っていうことに静かに感動していく
みたいな
でもそれって本当の自信みたいなものにつながっていく
でもこう積み重ねて
努力で積み重ねたものって
どっかで崩れやすさもあるのかな
みたいな
両方大事だと思うんですけど
でも探伝感覚から得る自信っていうのは
ちょっと別物じゃないかなと思って
侍の教えとコミュニケーション
私は
結構そういう
いろんなスポーツの考え方あるけども
本当に探伝に特化して
古武術的で
無理をしないけども本当に自分にフォーカスして
自分が自然であるってことを認識する
体の鍛え方っていうのは
次の世代にとってものすごく重要な
ことなんじゃないかなって私は思ってるんですよね
格闘技の
本当に20代頃の
キャリアの時に今のお話を聞きたかったです
瞑想とか
そういうのとかって
イケイケの時っていうのは
やった分だけ
それなりに結果が出てきたりしたので
その感覚って
今になって
知識とか経験も含めて
きっとそうなんだろうなって
すごく期待できたりとか
文字通り自信のつけ方って
もう人によるじゃないですか
どれだけやっても
自信つかない人もいれば
ちょっとやったけど自信ついちゃったり
あと全然根拠もない
自信を持ってる人とかもいて
だから
侍のアプローチっていうのは
道理で外人さんが
興味あるなって
いう風になるのが
すごい分かりますね
いかにして無意識
自分を投げ入れるかみたいな
無意識と意識
狭間のラインの上に
ロープウォーキングしてる
感覚があれば
バランスが取れてる
まさに今週末の土日
ですよね
意識を拡張させる
っていうところは
全三の
マッチしてるというか
これ以上にないことですよね
でも私も
偉そうに言ってますけども
生徒さんたちから
すごく教えられてますよね常に
一つの
思い出というと
東京にまだ同情があったときの
話なんですけども
予約の電話が入って
アメリカの26歳の
青年から連絡が入って
レッスンを受けたいと
レッスン前日に
その方のお父さんから
連絡があって
お父さんが言うには
うちの息子は精神の
障害があると
でもそれでもレッスン受けて
大丈夫かって言って
貸切状態にして
次の日来たわけですよ
その26歳の青年がお父さんと一緒に
そうすると要はコミュニケーション
できない絶対面合わせないで
ずーっといろんなこと
いろんなこと喋ってんすよ
情報量がすさまじくてカンフーのこととか
侍のこととか
マーシャルアーツボクシングのことものすごい情報量
ずーっと喋り続けて
コミュニケーションできないんですよね
その中でも少しずつ
レッスンをスタートして
日本の小武術のやり方で
相手と共鳴する
敵を知るには己を知る
己を知るには敵を知る
最初打ち合うんですよ
その形だけを覚えてもらって
次に何をするかというと
リラックスをして握手をするんですね
握手をしてそのまま離れていくんですけど
ずーっと繋がった感覚だけを持っておく
要はハーモナイズしたような状態の
感覚だけを持っていって
もう一回握手してそれを刀で
くっつけ合って今度は
刀で握手するように
打ち合うわけですね
それで徐々に速くしていって
パンパンパンパンと速くしていく
そういう傾向方法があるんですけど
その瞬間に彼が
ピタッと止めて
私の目を見て完璧に
ハーモニーした状態で打ち合える
その後スムーズに
レッスンがいって最後は深く
バウをして帰られたんですけどね
これが私にとっては感動的で
それはなぜかというと
26代のアメリカの生は全然
違う状況に育ってるじゃないですか
これ私がいいレッスンをしたとかそういうことではなくて
これ私のレッスンじゃないですよ
400何十年前からある
侍のトラディションが
90分間のレッスンの中で
完璧に彼の頭から
つま先までストーンと入ったわけですよ
何かが変わったわけですよ
それのあれとしてやっぱり後ろに
見てらっしゃるお父さん
見てらっしゃる見学でお父さんが
涙バーみたいな
これはなんか
私はそのやっぱもう
自分はブリッジになるべきだと
自分の使命はそれだと
要はそれが伝わるわけだから
この英知をいかにして
現代にブリッジするかっていうのが
大事なことなんだなと思って
すごいなノンバーバルで
肉体を使って
そうでこの感覚の稽古だけで
それって
大した技術もいらないじゃないですか
それがやっぱり
昔の本当に侍の人たち
すごかったなっていうリスペクトもあくし
自分のミッションみたいなものも
すごく明確にできたし
そういう体験がいろいろあって
自分でも少しずつディベロップできたのかなっていう
現代の武道の変化
いやもう謙虚の姿も
まさに侍なんですけど
本当にそう思ってますもんね
自分の力とは全然思えないから
あとは別の経験で言うと
ウインドエレメントのトレーニングで
昨日やりました
後ろから叩いた時に避けるっていうのがあるんですけども
あれも伝統的な
稽古ですけども
今まで
東京から道場あったときから
ずっとカウントすると
ものすごい数の人たちをやってきてるわけですよ
子供からおじいちゃんおばあちゃんまで
マーシャルアーツの人もいれば
いろんな女性もいるし
その中で
四角を使わずに
サッキを引けたときに避けるってのは
圧倒的に
女性か子供なんですよ
避けられるのが
男はね
男はどうしてもエゴっていうか
できなかったら恥ずかしいみたいな
どうしても出てきたりするだろうし
100発100中で当たる気がしますね
私自身もそうだし
出るじゃないですか
エゴっていうのが
女性と子供ってやっぱ直感
で、私が思ったのは、そのときにニュースを見てたんですよ。
ニュースを見てたときに、ボストンマラソンのテロの事件ありましたよね。
はいはい、2013年ですね。
あのときに女性がインタビューを受けてて、
なんか変な人がいたから、道の反対側に分かった瞬間に爆発したんですよ。
しかも彼女は妊婦さんだったんですよ。
えぇー。
で、これって直感だなと思って、何が言いたいかっていうと、
現代で刀を持って外で戦うことないじゃないですか。
ないですよね。
今本当になんか争うって言ったら、例えば拳銃だったりとか、爆発物だったりとか、
究極言えば核爆弾みたいな、そういう戦いになってきてるじゃないですか。
そのときに大事なのは、次の世代の戦い方っていうのは、
やっぱりその感性がもう磨くっていうことが武術によって大事なんじゃないか。
要は戦う前に察知して避けるっていう。
でも鉄砲持ってたら勝てないじゃないですか、やっぱりね、その筋肉があってもね。
だから、そういう女性的な武術の時代に次っていうのが来るんじゃないかなって。
要は感性の武術。
今まではマッスルの武術とフィストファイティングの武術っていうのがいっぱいあったと思うんですけども、
なんか私は次の世代そういうのが来るんじゃないかな。
苦の市ですよね。
苦の市。苦の市の世界が来ますよ。
苦の市といえば、女の股に力と書いてる。
昨日聞いた漢字の意味、なんとかの術とかの術は、
人の中心にコーン、トウモロコシがあって、
そのトウモロコシが昔の人はコンピュータチップのように精密な、
まるで規則性が正しく詰まったコンピュータチップというかテクノロジー。
それをマスターしたからアウトプットできるっていう意味が込められてる。
それが本当に術を得た。
術を得たっていう。
でも英語で言うとテクニックになるんですね。
でもテクニックって言うとどうしても身体的な技が身についただけだけど、
本当の術っていうのは感性、体の中のものすごいコンピュータみたいなものをいかにしてコントロールするかを学べるっていうのが術だったらしいですよね、語源としては。
でも昔の人すごいですよね、感性とかあんまり言語化できないのに、
言語化してるのはすごくサイエンシックじゃないですか、コンピュータチップっていうのは。
コーンがある感覚をね、それを図柄にして相手に伝えるっていうのはすごい感性ですよね。
すごいですよね。
だからそこも究極の矛盾というか、力を使うけど力を使わないとか。
あとは、昨日お話しした中ですごく残ってるのが、無敵の意味ですよね、敵がいないっていう。
全員やっつけちゃって、もう敵いないよ、最強だっていう、敗戦がないっていう無敗。
そもそも侍にとっての無敗っていうのは、
無敵っていうのはもう敵を作らない、そもそも敵がなしっていうのがもう最強の武術であるという考え方なんですね。
それが元々禅師さんの課見に伝わる、武士道のスタイルの動きを置いてる。
やっぱり古武術はそのルートですね。
やっぱり特に戦国以降に作られた江戸からの武術っていうのが、エディケーションで大きく発展したので、
いろんな流派がここでいっぱいできたわけですよ。
その前まで戦国っていうのはとにかくファイティング・ジェネレーションみたいな、とにかくアタックするみたいな。
その後にいろんな哲学が、江戸のときにものすごく発展したわけですよ。
文化として発展した。
文化として発展した。
これも面白くて、陰と陽のバランスで、
戦国時代って日本の中によってものすごく重要な、いろんな侍がいた強烈な時代じゃないですか。
あれって、戦国時代って80年しかないんですよ。
80年って一人の一生ぐらいじゃないですか。
そう、80年しかなくて、この間に日本ってちっちゃな島国だけど、
世界中にいろんなアーミーいるじゃないですか、スペイン国とかいろんなの。
そこの人たちよりも、殺人の数と兵器の数、爆発的に分かったわけですよ。
経済的に見ても、武器の量とかも含めてすごかったんですよ。
侍文化の変遷
とんでもないエクスプロージョンしたわけですよ、80年間に。
その後、江戸が来るわけですよ。
江戸の警察のリポートを見たら、殺人が年間に2件なんですよ。
めちゃめちゃ平和なわけですよ。
急に陰から陽にいっちゃってるみたいな。
でもその振り幅が、いろんな文化を呼んだんじゃないかなと思って。
そこの身体的な時代、要はファイヤーエレメントのエクスプロージョンで戦いの時代があって、
急に平和になって、そこでものすごく戦いに意味をつけてった。
体の動きとか、実際のこうやって使われてた動き、
ファイティングに使われてた動きの中に意味とかエディケーションつけてたので、
そこでものすごく発展したんですね、江戸で。
だから秀吉とかも、我々が学校で習ったことっていうのは、
ちょっと最後土地狂って朝鮮に手を出したとか言ってますけど、
あれはもともと本当、天下統一したら、それまで戦いに明け暮れてた武士たちが、
チャンピオンになって、格闘技引退した後の格闘家が、
アイデンティティクライシスになるじゃないですけど、
実際領土を拡大するというよりかは、
できる将軍っていうのは常にみんな共通して、
出兵するっていうのがあったかっていうから、
だから本当変わりよって恐ろしいですよね、戦国時代から。
そうですよね。
徳川の家康が戦いを知ってたっていうのも大きいみたいですよね。
戦いにおいてはとにかくぐちゃぐちゃになるだけで何も生まない。
とにかく戦いを避ける政府を作るという方にダーンっていって、
そこで平和の世の中がいきなりできて、ダイバーシティの世の中ができて、
そこでわーっと文化的な側面が発展したっていうことですね。
不完全さと完璧さ
敵がいないっていう、無敵っていう侍の文化があって、
黒船見て、いや戦わないとやられるって、すごいですよね。
武士道の面白さってそういういろんな時代を経てるから、
いろんな捉え方ができるし、
そっから何を自分たちがピックアップするかっていうのは、
要はこのバイブルがないし答えもないわけですよ、要は。
自分たちがどの視点を持つかっていうことによって、
いろんなものを吸収できるから。
そうなってくると、次の世代、我々がやるべきっていうことは、
本当の武士道とはとか、過去についてああだこうだって議論するんじゃなくて、
やっぱりそういうのを、自分も格闘技界にいると、
例えば格闘技雑誌の最後のほうのページとかに、
古武術のDVDとかいろいろあったりして、いろんな流派があるんですよ。
人の武士道観っていうのは人によって違ってるので、
そうなってくると、過去を見ても武士道の形って変わってきてるから、
今、現代を生きる我々が、次にとってベストな武士道っていう形を、
やっぱり作る努力っていうのをしなきゃいけないんだなっていうお話聞いてすごい思いました。
そう、まさにそこですね。だから、答えはエンプティですよね。
インパーフェクトイズパーフェクトなんですよ。
インパーフェクトの中にパーフェクトを求めるっていう。
そう、だからやっぱり。
陽下と赤坂も音楽の中でよく言ってます。
いや、すごいこのセレンディビティ。
だから、バイブルがないっていうのと、無っていうのがテーマであるってこと、
空の理論っていうのがテーマであるってことは、
すごくいいものを私は次世代に残してくれたなっていう。
だからよく、生徒がどんな本読めばいいですかって、
宮本武蔵の五輪の書読んだけど全然わかりませんでしたっていうのがいつもあるんですよ。
五輪の書って有名じゃないですか。
彼ら読むんだけど、五輪の書ってすごくポエティックに書いてるわけですよ。
風のように切れとか、地のように走れとか。
すごくポエティックで、理論的にわかんないわけですよ。
でも宮本武蔵とか五輪書、侍の武術書っていうのは、
いつもそういう書き方なんですね。
ポエティックに書いてあって。
要は、自分がそれを見て何か答えを発見するしかないんですよ、自分が。
そこに答えが書いてあるわけじゃなくて、ヒントだけがあるので。
なので私も五輪の書を読みますけど、毎年全然違う感想なんですよ。
毎年。
でもそれは自分の傾向方法とか、傾向の段階が変わってきてるから、
風のように切れっていうのはこういう感覚なのかもしれないっていう解釈が毎年変わるんですよ。
だから鏡みたいなようなもんなんですね。
だから今までの武士道の侍の人たちが残してくれたヒストリーもまさにそうで、
その中を様子を見ながら、彼らのその中に答えがあるんじゃなくて、
自分で答えを見つけて次に進むっていうのが非常に重要なことであり、
私は次の世代に、次の世代にとってはものすごくフィットしてるからと思うんですね。
次世代へのメッセージ
やっぱりダイバーシティとか、個々のその多様性。
自分で答えを見つけて、その自分の身体の傾向を通してその答えを見つけていく。
っていうことが非常に重要じゃないかっていう。
いやー、ありがとうございます、すごく。
自分の中のウェル・ウィングをテーマに、このポッドキャストを
多敵の黄金の経験っていうタイトルでやらせていただいてるんですけど、
まさに答えがないんで、バランスの取り方は、
自らが満たされているウェル・ウィングを目指しちゃうと本当に周りに迷惑がかかる。
って勝手に思ってるんですよ、自分は。
だからそのウェル・ドゥーイング、自分を犠牲にしていろんなことを与えるオープンに、
特に今のバイオハッカーサミットではもうまさに
松田忠樹が、俺があれをやる、これをやるじゃなくて、人々に与えるっていうセルフレスな気持ちで今週は臨んでいて、
そこで自分を満たされて、パラドックスの中に生まれる、本当にこうやって人生を豊かにしていくんだなって、
勝手に現時点では自分はそう思ってるんですよ。
このやり方がそれなりに善さんのお話を聞いて、
たぶんやってることは大間違いではないなって思えて、すごく勉強になりました。
ありがとうございます。
どうですか?昨日のワークショップを終えて、あと本ちゃんは土曜日曜のサミットなんですけど。
いや面白いですよね。やっぱりいろんな感性の方がいて、いろんな視点の方がいて、
その中でやれるっていうのは私も本当に刺激になるし、
なんとかこういうところに伝統的な侍が呼ばれるっていうふうに思った。
いやもう言いなきゃいけないでしょ。
すごい、なんだろうな、そのネクストジェネレーションの可能性みたいなね、楽しみですよね。
昨日善さんの予定が、もう俺のプログラムはカットしていいから早くって言って。
ありがとうございます。
次自分がやりたいのは侍文句っていう。
善さんと氷月さんのコラボ、ぜひ全米ヨーロッパツアー。
侍文句ってもう響きがかっこよすぎるので。
ということで、急遽決まった収録なんですけど、
リスナーの皆さんにもなんかの一つの学びを得たらいいかなと思いますので、
こんな感じでもうお時間もよろしいので、善さん本日はどうもありがとうございました。
ありがとうございました。また引き続きよろしくお願いします。
ということで、タディティックポッドキャストからサインアウトします。
ということで、本日のゲストは、侍の善隆さんでした。
善さんで結構ですって言われたので、善さんと呼ばせていただいたんですけど、
日本式に言うと高井善先生ですか。
どうでしたか、皆さん。
すごい鳥肌立ちまくりで。
やっぱり重みというか、毎日稽古しているから、
すごいですよね、一言一言。
言葉に魂が乗るというか。
本当侍といえば刀ですよ。
刀が常に上にあるから、
これ面白いなと思ったのは、
海外カブレじゃないですけど、さすがにね。
日本出てから、日本以外での月日が人生の半分以上になると、
どうしても外人目線になっちゃうというか。
特にドイツの刃物とか、すごい有名じゃないですか、包丁とかも含めて。
グリップがすごく人体の手の形とすごくフィットするんですよね。
善さんもお話ししてたんですけど、
それで切れる。すごいフィットする。
さすがドイツの技術は世界一というかね。
世界一じゃないんですけどとか言って。
やっぱり日本人ですから。
日本の包丁って持つグリップが本当に木だけじゃないですか。
あれは、善さん曰く刀を扱う。
侍が刀に合わせる。
刀が上なんですよね。
つまりその刀の上を行ってはいけない。
すごいなと思って。
難しいし、ほぼ不可能じゃないって思いますよ。
やっぱり最大の敵は己にありというかね。
自分に勝つって格闘技やってる人ならみんな実感すると思うんですけど、
昔の人たちっていうのは自らのエゴを克服するために
内観して瞑想したりとか、いろいろなプラクティス、実技を実践する中で
常に自分自身よりも刀が上にある状態。
だから神棚とかに飾ったりとか、そういう文化あるじゃないですか。
それがこのグリップに、刀の持ち方、
グリップを人間にフィットさせるのではなく、
刀の持ち方、自分自身の体の一部として扱わないとダメだなって思って。
そうしたらそれがやっぱり人が上になっちゃうじゃないですか。
奥が深いなって思いましたよ。
だからそうなってくると、高校時代に野球部で
道具を大切に扱わない奴はダメな選手だっていう
監督とかコーチの言葉が心に響くというか、
格闘技の道具とかも全て自分の身を守ってくれるものだし、
帰ることができましたし、帰ることができたというか、本当そうだよなと思って。
それは別に格闘技とか、いわゆるコンペティターとか、
そういう何か競技をやってる人じゃなくて、
それこそ板前さんとか寿司シェフとかもそうじゃないですか、
包丁とかも扱う。
あれってやっぱり、だから常にトイでコンディションを整えておく。
基本、プロフェッショナリズム。
それ以外にも会話の中から皆さんも人生にそういう視点があったのかと思うような場面、
いっぱいあったと思います。
これね、やっぱり海外にいる日本人ってどうしても
やっぱ外国人かぶれなんでしょうとか、
あとは、いや日本の伝統とそういうの違うから、みたいな。
一番最初にそれが来ると思うんですよ、特に日本にいらっしゃる方たちは。
でも今後、じゃあ人口減少していく日本で、
後取りがいないとか、前産も投げてましたけど、
今の若い子たち、正直はね、若いって言葉を使いたくないんですけど、
次世代の子たちが侍文化に対してあまりにも関心がないというか。
でも入り口は何でもいいと思います。
それこそこっちはナルトとかすごいですよ、本当に。
でも形から入って、それがきっかけで勉強するのとかもありじゃないですか。
大切なのは、やっぱりパンデンに終わるっていうことが分かっていると、
近未来を見れる。
侍は近未来を生きてるってところですごくビビビですよ、たできは。
だから、その考え方とか、
あと皆さんが普段ベルビーングを充実させるためにやってる日頃の何かに、
何か今日のたできと前産の対談からヒントがあって、
役に立ちましたって思っていただければ幸いです。
ということで、久々のたできの黄金の経験の更新ですけれども、
バイオハッカーサミットアムステルダム、今週末控えてます。
格闘技の方も今のキャリアと年とか立場を考えると、
対戦相手とかどのプロモーションとかって選べる立場じゃないってことは分かっているので、
常に準備して、できたら来陣…黙っておきなさい。
ファイターとしてもね、侍らしくしっかり自分が納得できる形で
自己表現できればなって思っているので、
いろいろ松田たできの中でも人生のチャプターが変わっている
ピリオドというか、そんな感じがします。
そういう貴重な、貴重というか、毎日貴重なんですけど、
今を生きていく、その瞬間を生きることがなんだかんだ言って大切だと
ウェルビングと学びの重要性
過去のポッドキャストゲストから学ぶ中、
あ、正解は分からないけど、
自分がやってることは間違ってはいないのかなって思えるのが、
たできが止まらない理由なのかなと思えた気がします。
ということで、頑張って黄金の経験も今後…
面白いね、もう候補はいっぱいいるんですよ。
更新していきますので、気軽にポッドキャスト、
Spotifyでは動画バージョン、YouTubeでも各プラットフォームで
Apple PodcastはiPhoneユーザー、Google PodcastはAndroid、
Amazon Musicでも聞くことができます。
ということで、この人面白いなとか、
あ、なんかためらうこと言ってんじゃんって思ったら、
ぜひ友人や家族にシェア、そして星5ついただけるとたでき喜びます。
ということで、あなたもウェルビングが充実してたら、
つまらない争いとか、戦争とか、誹謗中傷とか、
嫉妬とか、そういうのがなくなるんで。
なんかね、かつくなとか何とか思ったら、
いやもうね、そういう時は金網の中に入って、
白黒をはっきりさせればいいじゃないですか。
とか言っちゃってね、すごく乱暴な終わり方ですいません。
久々の更新ですごくなんか嬉しくて、
フォーマットも気にせずギリトークの感じでアウトローしてるんですけど、
このウダウダ感、本当に前高井さんとのお話での感覚ですね。
これも次につながるような気がします。
そして今後またね、ゲストに呼ぶ方たちから、
いろんなプロフェッショナルから学んで、
たできのウェルビングの先にあるものが見えたらいいかなと思います。
ということで、たできテックマツダコットコムからサインアウトします。
皆さんも良い一日を過ごしてください。
どうもありがとう、オブリガードじゃなくて、
Kiitos!
Kiitos!フィンランド語を流行らせようって思ってるんですよ。
Kiitos!もいもい!もいもい!じゃねー!
01:06:46

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