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2026-02-27 09:32

2026/02/02 たまゆらタイム

立春と節分について

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こんにちは、石井ケンイチです。 今週も、たまゆらタイムの時間がやってまいりました。
2月に入りましたね。 カレンダーを1枚めくっただけなのに、気持ちのどこかで
ああ、もう1年の12分の1が終わったんだなぁと、 そんな感覚がふっと湧いてくることがあります。
寒さそのものはまだ真冬です。 けれど、朝の光の入り方や、夕方の空の色の変わるスピードを見ていると、
時間だけは確実に前へ進んでいることがわかります。 同じ気温、同じ道、同じ景色なのに、1週間前とはなぜか少し違って見える。
この時期って、そんな見えない変化が静かに積み重なっていく季節でもあります。
さて、今日から始まるこの1週間、2月2日からちょうど 立春をまたぐタイミングに入ります。
暦の上では春が始まるとされる時期ですが、 実際の体感としては、まだまだ冬の真っ只中ですよね。
ただ、昔の人たちは気温だけでなく、日の長さや星の動き、風の向きなど、様々な変化を手がかりに季節の伏し目を感じ取っていたようです。
この伏し目という考え方が、今日の後半の話にもつながっていきます。 まずは、この時期に起きたいくつかの出来事を少し振り返ってみましょう。
2月3日、1870年、日本では太陽暦、今、私たちが使っている暦が正式に採用されました。
それまで使われていた太陰太陽暦から、大きく生活のリズムが変わった出来事です。
季節の感じ方や年中行事のタイミングも、この切り替えをきっかけに少しずつ形を変えてきました。
私たちが当たり前だと思っている暦の感覚も、実は150年ほどの歴史しかない、比較的新しい仕組みなんですね。
また、2月5日は日本で初めて普通選挙法が公布された日でもあります。
それまでは一定の条件を満たした人しか選挙に参加できませんでしたが、この法律によって多くの人が政治に参加できるようになりました。
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一票という言葉が私たちの日常に当たり前のように存在している背景には、こうした制度の積み重ねがあります。
そして2月6日は、北海道札幌で日本で初めて本格的な雪祭りが開かれた日でもあります。
今では世界中から観光客が集まる大きなイベントですが、最初は地元の人たちが作った節奏がきっかけだったそうです。
雪という厄介にもなり得る自然の存在を楽しみや文化に変えていった発想、これは日本の暮らしの中に昔から根付いている感覚なのかもしれません。
こうして振り返ってみると、この時期というのは制度が変わったり、暮らしの形が少しずつ更新されたり、そんな切り替えの出来事が意外と多い時期でもあります。
そしてもう一つ、この時期を象徴する言葉があります。
さっきもちょっと出てきたんですけどね。
それが節分と立春です。
今日の後半では、この2つの言葉の持つ意味や、なぜ2月の節分だけが今でも私たちの生活に残っているのか、そんな話を少し折り下げてみたいと思います。
さて後半は、立春と節分について少しじっくりお話ししてみたいと思います。
まず節分という言葉、文字通り読むと季節を分ける日という意味になります。
実は昔の小読みでは、立春・立夏・立秋・立冬の前日、つまり年に4回節分が存在していました。
春の前、夏の前、秋の前、冬の前、それぞれが季節の切り替わりの節目だったわけです。
ところが、今私たちが節分と聞いて思い浮かべるのは、ほとんどが2月の節分だけですよね。
なぜこの2月の節分だけが残ったのでしょうか。
理由の一つは、立春が昔の小読みでは1年の始まりと考えられていたことにあります。
つまり立春の前日である節分は、いわば大晦日のような位置づけだったわけです。
新しい年を迎える前に、災いや不条なものを払い、気持ちを整えておく。
そのための行事として豆まきの風習が定着していきました。
ではなぜ豆をまくのでしょうか。
そもそもまく相手が鬼じゃないですか。
鬼というものは実在しないもんですよね。
この鬼は病や災害、気持ちの落ち込みなどの象徴ということなんですよ。
その魔を滅するということで、魔滅豆という言葉が出てきたわけです。
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豆が邪気を払う象徴として使われるようになったという考え方ですね。
もう一つ豆は生命力の象徴でもありました。
種をまけば芽が出て命が育つ。
その力を借りて災いを遠ざけようとした。
そんな意味合いもあったとされています。
ただし豆まきに使う豆は基本的に一旦豆です。
生豆をまくと拾い忘れた豆から芽が出てしまい、そこから災いが再び芽吹く。
そんな縁起を気にしたとも言われています。
目に見える合理性というものより、縁起や言葉のイメージを大切にしてきた日本らしい感覚ですね。
そして今ではスーパーやコンビニにずらりと絵本まきが並ぶ光景が当たり前になりました。
ただこの習慣は実は全国的な伝統行事として古くからあったものではありません。
もともとは関西地方の一部で行われていた風習が関西の大手スーパーが中心になって販売を開始し、
さらに1998年だったと思うんですけど、大手コンビニチェーンが全国展開した。
そこから一気に今みたいに盛り上がったんです。
時代の流れの中で行事や習慣が商業やメディアの力を借りながら形を変えていく。
それ自体は決して悪いことではありません。
ただ昔からの伝統と思っていたものが実は新しい文化だったというケースは意外と多いんですね。
ここで面白いのは節分という行事そのものは何百年も前から続いている一方で、
その楽しみ方や見え方は時代ごとに少しずつ更新されているという点です。
立春は春が始まる日、節分は古い季節を手放す日。
たとえまだ寒さが続いていたとしても、心のどこかで次の季節に向かう準備が始まる。
そんな意味を持った節目なんだと思います。
今年の節分、もし豆を蒔く機会があったらなぜこれをやっているんだろうと、
ほんの少しだけ立ち止まって考えてみるのも案外楽しいかもしれません。
来週は肉の日やフグの日にもあたりますし、
実はもうオリンピックが本格的に進んでいる時期なんですね。
ただこの放送って前の週の木曜日に収録しているので、
オリンピック自体には間に合いません。
なので、実は今回開催されるイタリアのコルツィーナ・ダンペッツで、
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70年前に海峡を成し遂げた日本人のお話、
それをちょっと取り上げてみたいなと思っています。
それではまた来週この時間にお会いしましょう。
石井ケンイチでした。
たまゆらのような優しい時間をどうぞお過ごしください。
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