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2026/10/05 たまゆらタイム
2026-10-10 11:06

2026/10/05 たまゆらタイム

 時刻表がつないだ旅の歴史

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サマリー

10月5日から1週間の記念日として、世界教師デー、レモンの日、国際協力の日、ミステリー記念日、木の日、世界郵便の日、目の愛護デー、国際ガールズデーが紹介されます。後半では時刻表記念日にちなみ、日本初の本格的な月刊時刻表とされる1894年刊行の『汽車汽船旅行案内』の成り立ちをたどります。時刻表は鉄道や船の時刻、運賃、沿線案内を載せた旅行ガイドとして発展し、戦時中の縮小を経て復刊、戦後の鉄道発展とともに厚みを増しました。スマートフォンが検索や乗り換えを担う現在も、紙の時刻表には自分で旅を組み立て、読み物として旅気分を味わう価値があると語られます。

10月5日からの記念日
こんにちは、石井ケンイチです。 今週もたまゆらタイムの時間がやってまいりました。
今日は10月5日。 10月に入って最初の月曜日です。
朝晩はずいぶん秋らしくなってきました。 そして、秋といえば食欲の秋、読書の秋、スポーツの秋、そして旅行の秋でもあります。
電車に乗って少し遠くまで出かけてみる。窓から景色を眺めながら知らない街を訪ねてみる。
そんな旅にも良い季節になってきました。 実は、
今日後半の話は、そんな旅に欠かせなかったあるものにつながっていきます。
さて、ここからは今日10月5日から1週間ほどの過去の出来事や記念日を見ていきましょう。
今日10月5日は世界教師デー。 ユネスコなどが中心になって世界の教師と教育について考える日です。
そしてレモンの日。 1938年10月5日は高村幸太郎の妻知恵子が亡くなった日。
知恵子賞に収められたレモン愛家にちなんでいます。 そしてもう一つ、今日10月5日は時刻表記念日。
これがさっきお話ししたものですね。 こちらは後半でじっくりお話しします。
10月6日は国際協力の日。 1954年のこの日、日本が国際的な技術協力を行う
コロンボプランへの参加を決めたことに由来します。 10月7日はミステリー記念日。
推理小説の元祖とも言われるエドガー・アランポーにちなんだ日です。 10月8日は
木の日。 漢字の十と漢字の八を組み合わせると木。
なるほど、わかりやすいですね。 10月9日は
世界郵便の日。 今ではメールや sns で一瞬にしてメッセージを送れますが、
手紙が人と人をつないでいた時代も長くありました。 10月10日は目の愛護で。
10を二つ横にすると眉毛と目のように見えることから10月10日になったとされています。 そして10月11日は国連の国際ガールズで。
世界の女の子たちが直面する問題について考える日です。 こうして見てみると教育、文学、国際協力、郵便、
そして今日取り上げる鉄道の時刻表、人から人へ何かを伝えるものに関係した1週間でもありますね。
時刻表記念日と日本初の本格的時刻表
さてここからは今日10月5日の時刻表記念日についてお話ししましょう。 今電車や列車でどこかへ出かける時、
皆さんはどうやって時間を調べるでしょうか。 スマートフォンに発車する駅と到着する駅を入力すると、何時何分の電車に乗ってどこで乗り換えて何時に
着くのか、運賃まであっという間に表示されます。 本当に便利になりましたよね。
でも少し前までは違いました。 旅行へ出かける時に活躍したのが分厚い一冊の時刻表。
駅名が縦につらりと並び、その横には数字がびっしり。 特急、急行、普通列車。
ページを行ったり来たりしながら、この列車で行けばこの駅で乗り換えられる。 一本前ならここで30分時間ができる。
そんな風に自分で旅を組み立てていました。 では、
日本で本格的な時刻表が生まれたのはいつなのでしょう。
今から132年前。 1894年明治27年10月5日です。
法院審査社から 汽車寄船旅行案内という本が発行されました。
これが日本初の本格的な月刊時刻表とされています。 今日が時刻表記念日とされるのはこの日にちなんでいます。
発行に力を尽くしたのが手塚竹明という人物でした。 後に時刻表の父とも呼ばれる人物です。
福沢雪地から イギリスには鉄道の時刻をまとめた便利な本がある。
日本でも作ってみてはどうかと勧められたことがきっかけだったと伝えられています。
当時の日本では鉄道が開業してからまだ22年ほど 現在のように日本中に鉄道網が張り巡らされていたわけではありません。
それでも鉄道は少しずつ全国へ伸びていきました。 そこで必要になってきたのが
いつ列車が出るのか、どこへ行けるのか、いくらかかるのか。 そうした情報を一つにまとめたものだったんですね。
汽車、機船旅行案内には鉄道だけでなく名前の通り 船の時刻も掲載されていました。しかも現在の時刻表とはかなり見た目が違います。
まず、右開き、縦書き、時刻は関数字。 さらに運賃や沿線案内なども掲載されていました。
単なる列車の時間一覧ではなく当時の旅行ガイドブックでもあったわけです。 そして時代が進み、1925年、大正14年、今のJTB時刻表につながる時刻表が登場します。
時刻表の発展と戦後の鉄道
名前は 汽車時間表
鉄道省が業務用として作っていた時刻表を一般の旅行者向けに編集して発売したものでした。 こちらは現在の時刻表に近い左開き、そして関数字ではなく算用数字が使われました。
たくさんの数字を読むにはやっぱり関数字で並んでいると見づらいですよね。 やっぱり普通に算用数字で123って書いてある方がわかりやすいでしょう。
まあこれは当然の判断だったような気もしますね。 そしてこの時刻表は戦争の時代も経験します。
列車そのものが減り時刻表も薄くなっていきました。 戦争末期には冊子ではなく一枚ものになった時期もありました。
それでも終戦翌月の1945年9月には復刊しています。 鉄道が動き時刻表が発行される、それは人々の暮らしが少しずつ日常へ戻っていくことでもあったんでしょう。
戦後鉄道もはさらに発展します。 特急急行寝台列車そして1964年には東海道新幹線が開業。
時刻表もどんどん厚くなっていきました。 かつての時刻表を見ると列車の時間だけではありません。
駅弁、ホテル、船、バス、飛行機、旅館の案内、 ページをめくっているだけで日本中を旅しているような気分になれたものです。
そして現在、全国版の代表的な時刻表には JTB時刻表とJR時刻表があります。
JTB時刻表につながる汽車時間表は1925年創刊。 2025年には創刊100周年を迎えました。
一方現在のJR時刻表につながる時刻表は 1963年に創刊されています。
スマートフォン時代の紙の時刻表
でも今では時刻を調べるだけならスマートフォンの方が圧倒的に便利です。 遅れが出れば最新の時刻情報もかかります。
乗り換えも自動的に探してくれます。 それでは紙の時刻はもう必要ないんでしょうか。
僕は役割が変わったんだと思います。 スマートフォンは答えを教えてくれます。
でも時刻表は自分で旅を考えることができます。 ページをめくりながらこの列車に乗ってみよう。
ここで途中下車してみよう。 一本遅らせればここの名物の駅弁を買えるかもしれない。
そんなことを考えているうちに自分の部屋にいながらにして旅が始まってしまうというね。
そういう読み物としての 価値はあるんじゃないでしょうかね。
僕は子供の頃からこの時刻表を何時間もずっと 読み漁るのが好きだったんですよ。
だからまだ昔みたいに毎月買うとかはしなくなりましたけど 今でもたまに買ってみてね。
ペラペラめくりながら 旅をした気分を味わったりしています。
今はGoogleのストリートビューなんかで実際にその場所を見れたりして それの方がビジュアル的に本当に行った気分にはなれるんですけどね。
その辺組み合わせていくととても面白い楽しみ方ができるんじゃないでしょうか。
今日10月5日は時刻表記念日。 もし昔の時刻表が本棚のどこかに残っていたら
久しぶりに開いてみてはいかがでしょうか。 そこにはもう走っていない列車や今はなくなった駅そして
そしてあの頃の旅の記憶まで残っているかもしれません。 さてお別れの時間が近づいてまいりました。
今週も最後までお付き合いいただきありがとうございました。 お相手は石井ケンイキでした。
それではまた来週この時間にお会いしましょう。 たまゆらのような優しい時間をどうぞお過ごしください。
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