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こんにちは、たまです。
こんにちは、まりかです。よろしくお願いします。
今日はですね、いわゆる弱さを認める みたいな話をしていきたいんですけど、
私が結構人に外から言われて面白いなと思うのが、
自分の弱い部分を躊躇なく開示しているというか、
そこに結構驚かれることが多くて、
例えば、私がこういうふうにちょっと悩んでいるとか、
診療内科の診察に行ったときの話をすると、
そういうことを開示する気軽にというか、
隠したいこととして隠すんじゃなくて、
しかもそれをアピールしたいというわけでもなく、
自分が普通のこととして喋っていることに、
結構驚かれるタイミングが多くて、
私からすると普通に喋っていることなんだけど、
どうやら世の中的には珍しいことらしいという話をから始めたいと思うんですけど、
たまさんとしてはどうですか?その辺の開示みたいなところって。
そうですね、原則苦手ですね。
もっと言うと、ピエン系の人が苦手なんですよ、私。
私何々できないから何々やってピエンみたいな人が、
すっごい苦手で、
だから自分の弱さを振りかざしてくる人みたいなのが、
結構寄ってきやすいんですね、私昔から。
なので、何かやってくれそうに見えるからっていう見た目的にはできないんです。
なんか言われ、しっかりしてそうだからとか言われる子供だったので、
それが未だにあるっていうのがあるので、
あんまり同じ属性になりたくないっていうのはまずありますが、
最近は考え方がそれでもちょっと変わってきて、
今年すごい売れた本で、
弱さに考えるって書いて、弱さ講という本なんですけど、
元ニュースピックスの編集長の方かな、
今はもう独立されてるんですけど、
立ち上げの時にめちゃくちゃ大変で、
鬱になっちゃって、ちょっと休職して直そうとしたんだけど、
最終的に結構長期の休職に入られて、
今も鬱は感知せず、
一緒に鬱と生きていくみたいな感じの人で起こっている方なんですけど、
その方が現代の成果を出すとか、
頑張るみたいな価値観ってどうなんだろうかみたいな、
弱さと生きていくことができるんだろうかみたいなエッセイを書かれてて、
それを読んだ時に、ちょうど私自身も人生立ち止まっているみたいな時だったので、
こういう一緒に生きていく考え方もあるのかな、
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みたいなのはちょっと思ったっていうのはありますね。
あとは最近チャットGPTと悩み事を一緒に整理してた時に、
チャットGPTが言うには、
生き方ってタイプAとタイプBって言ってたんですけど、
タイプAは何かに没頭して、それで一生懸命全てを捧げて、
それで価値を出していくみたいな生き方がAで、
でもタイプBはそうじゃなくて、
自分のできないことも認めつつ、
できることを明日も同じペースでできるように、
コンスタントにやっていくみたいな、
何かに打ち込むっていうよりも、
安定したエコシステムを作るっていうやつだったんですけど、
こういう生き方の方が、
実は先が長くて、実は幸福度が高くて、
私にも合ってるんじゃないかみたいな話をしてて、
それってちょっと弱さを受け入れるみたいなところ、
弱さを解決しなくても、
どっちかというと、それでも回る生活とか、
回る人生を構築するみたいな概念の話なんで、
確かにそれは良い生き方かもなって思いました。
つよつよでずっとギアを入れては生きていけないから、
そういう時もあるし、ギアを入れない時もあるしっていう、
いろんなものを自分の中に開在させるのを、
認めてあげるっていうよりは、
そういうもんだよねって思って、
その中でどう頑張ったり頑張らなかったりするかっていうのが、
さじ加減な気はするので、
誰しもやっぱりそういう部分があるっていうのを、
受け入れちゃった方が逆に楽っていうか、
弱いものを隠そうとかなくそうとすればするほど、
無理なことをして、
しわ寄せが行くというか、
矛盾をしたことをやっている気がするので、
そういうもんだよねって思えるかどうかみたいなところが結構、
大事なとはしたたりします。
そういうもんだよねって思うのを、
ゼットするかヒットするかみたいなところって、
かなり価値観によるだろうなって思ってて、
私が育ってきた環境ってあんまりそれを、
いいよいいよって感じの環境では少なくともなくて、
絶対頑張れって感じでもなかったんですけど、
いいよいいよではなかったので少なくとも。
それを思ったように価値が出せない自分とか、
思ったようにできない自分とかっていうのを、
上手く付き合っていくっていうのは、
上手くってなんだっていうのはあると思うんですけど、
それでも回るようにっていう、
安定して回せるようにっていうところに着地するっていうのが、
いいんじゃないかなって。
それが最終的に自分と周りの大事な人の幸福に繋がるなら、
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それでいいんじゃね?みたいなところは正直ありますね。
でもイコール、
私、PNKはやっぱりどうかなって思うっていうのは正直あって、
私の中でのPNKって結構スペシフィックなんですよ。
例えば何々できません、調べません、
知ってそうな人がいます、丸投げします、
イェーイみたいな人を私の中ではPNKって呼んでて、
何も自分の弱さと付き合おうとしてないっていうふうに、
私にはそれが見えてくる。
人に頼ることは全然いいんですけど、
頼り方はちょっとそこは私は結構ピッキーですね。
自分で自分の人生に責任を持ってはいるんだが、
困っているところに助けてもらいたいっていうのか、
それとも誰かに何かをやってもらえる前提なのか、
自分の足で歩いてるかどうかみたいな感じなのかな。
難しいですね。
彼らなりに自分の足で歩いてるんだと思うんですよ。
だけど、何なんでしょうね。
相手のリソースを、頭のリソースなり時間のリソースなりを
食うっていう感覚が薄い人。
でも私できないからっていうのを振りかざしてくる人っていうのは、
男女問わずPNKの人っているので、
そういう人は純粋にテイカーだなって思うし、
自分が不得意な分野とかで、
自分からギブできるものがないから、
結果的にテイカーになっちゃうことってあると思うんですけど、
それとはまた別次元で、
弱さとうまく付き合うと、弱さを振りかざして
人のリソースを食いまくるのは違うかなっていうのはやっぱり思いますね。
でも今の話を聞いているPNKと私の弱さを開示しているのは
微妙にというか違いがある。
と思いますけどね。
救済を求めているかどうかなのかなって思って。
マリカさんって別に救済を求めて開示してるわけじゃないじゃないですか。
自分でうまく付き合ってます以上ですっていう。
ただそれをうまく付き合っていることを開示してもらうことによって
すごい励まされるじゃないですけど、
ちょっと勇気をもらうみたいな要素があるんですよね確実に。
一方で救済を求めて開示してる人は、
救済したい人っているのでうまくマッチすればいいのかもしれないけど、
救済したくない人に救済を求め続けるのって
なんかハラスメントじゃない?みたいなのはちょっと思うっていう。
人を癒す仕事っていうのもあるので、
そういうプロに頼りに行くのはぜんぶいい。
むしろやるべきだと。
自分のその弱い部分を認めた上で
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それを他人に何かしてもらうのか、
それと認めて自分の中でうまく付き合うのかっていう
解決を誰に求めるかっていうのが違いみたいな感じかな。
分かんないですけど、4証言で救済を求める求めないと開示するしない
みたいなのが多分組み合わせで4パターンぐらいあって
多分一番いいというかヘルシーなのかな?
あんまり過度な一般化したくないですけど、
救済を求めてるわけじゃないけど開示をするっていうのが
多分一番自立した付け合い方なのかな?
長期的に生きやすい感じのね。
そうですね。
めっちゃ開示しててめっちゃ救済求めてる人は
うまく噛み合えばいいけど噛み合わない人が大半なんで
知らず知らずに。
ラブルは起きやすいですよね。
人もリソース食いに行ってるだけですからね。
かといって救済を求めているのに開示しないっていうのは
多分めっちゃアンヘルシーだと思います。
程度によりますけど、やっぱりそういう人はどっか来てポキっていきます
っていう経験があるし。
開示しないで、しかも救済求めてないっていうのは
それは自由だと思います。
そういう人もいるし、別に
別に助けてほしくないからうまくやってます。
それで本人で掃除役できるなら全然ね。
人に弱さを出すことは別に強制もしないけど
誰かしら多かれ少なかれゼロではないと思うから
それをヘルシーに出せた方がガス抜きじゃないけど
長期戦略という意味では
確かに行きやすいというかヘルシーだっていうのは
すごいわかる気がするな。
救済とかその状況が良くなることを
別に何も期待せずでも開示するやり方なり
開示する相手、環境とかを見つけていくと
だいぶ行きやすくなるかなっていうのは本当そう思います。
カウンセリングとかでもいいのかもしれないし
雑談とかでもいいのかもしれないし。
その辺はだから自分が危なくなった時に
プロに依頼するみたいなのは結構うまく
自分の中でサイクルが作れてるからこそ
心がちょっとうまくいかないなってなった時に
気軽に診療内科に行ったりして
自分の頭の思考の癖みたいなのをリセットして
戻ってきたりするので
その辺は適切な自分なりの
こうすればいいという解決策とセットで
持ってると大変に行きやすいと思ったりしています。
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最近はオンラインカウンセリングとかもあるし
ほんがらがあった問題をうまく解きほぐして
整理してくれるみたいな。
それこそ生成AIだってあるわけだし
手段はだいぶ増えましたからね。
うまく使って弱さと付き合っていきましょう
というところですね。
そういうことでございました。
ありがとうございました。
本日は以上にしたいと思います。
ありがとうございました。