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こんにちは、たまです。
こんにちは、まりかです。よろしくお願いします。
今日はですね、私が最近こういう悩みがあるんだよね、みたいな話をたまさんにすると、
たまさんがそれのいい面というか、でもそれってこういういいメリットがありますよね、とか、
それって強みですよね、みたいな話をすごいナチュラルに即列してくださるっていうシーンが何回かあって、
例えばその完璧主義みたいなところでも、細かいところが細部が見えちゃうんですよね、みたいな話をされたりとかしてて、
今まで自分の完璧主義みたいなところはやめた方がいいよ、みたいに言われることはあっても、
それを強みとして生かすみたいなことがあんまりこの人生で言われてきたことがなかったなっていうことがあったので、
なぜそもそもたまさんはそういう人のマイナスとして見ているもののいい面からそんなにナチュラルに見れるんだろうということを聞ければなと思うんですけれども、
それって何かきっかけだったりとか、何か学んだ好転的なものなのかとか、その辺教えていただけますか?
そうですね、多分圧倒的に好転的に身につけたんだとは思うんですけど、
きっかけはいろんなきっかけがあるんですけど、思い当たるのは人事を昔やってたっていうのがでかいのかなとは思います。
若かったですけど、その時に人の能力って、その人の能力と環境に求められているものとのフィット感でしかないなと思って、
なのでさっきのマリカさんのやつだと、完璧主義をやめた方がいいよっていうのはあくまでその状況においてマリカさんの能力がそういうふうにフィットしてなく見えるだけであって、
それ以上でも以下でもないかなって思っている。
だからそれって別に直した方がいい能力の偏りとかではなくて、能力的な特徴でしかないかなって思っているので、
だったら活かせる機会を探せばいいじゃんっていう、環境を探せばいいじゃんって探していくと、
じゃあこういう時に役立つこういう能力なんじゃないですかねっていうふうに思いつくっていう感じで考えてますかね。
あとは、私昔働いた会社でMVTIの、今最近流行っている16パーソナリティーズじゃなくて、本格的なガチのMVTIを社員に受けさせて活用している会社にいたことがあって、
そこでみっちりめに勉強したことがあるんですけど、その時に言ってたのも、
ざっくり16タイプに分けられて、その16タイプに分けるための指標があるんですけど、
それは優劣ではなくて、世の中との向き合い方が違うとか、自分の中での情報の取り入れ方や処理の仕方が違うとか、
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そういう感じのことを言っていて、それも結構大きいですね。
人の能力を見る時に、自分の中でその時に学んだ指標は結構活用することが多くて、
例えば一番役に立った経験で言うと、すごい感情ドリブンな人っているじゃないですか。
感情的かどうかを置いておいて、すごい気持ちにドリブンされる人っているじゃないですか。
私そうじゃないんですけど、ちなみに。
モニカさんも多分違うんですけど。
そういう人と私、長らくうまくいかなかった時期があって、
若かった頃ですけど、うまくいかなかったことがあって、
その時にNBTIのFとTの考え方っていうのがあって、
Fがフィーリングで感情で、Tがピンキングで思考みたいな感じなんですけど、
正式な定義忘れちゃったんでちょっとあれですけど、
要は考える人か感じる人かみたいなところなんですね。
感情ドリブンな人っていうのは、やっぱりFの人が圧倒的に多い印象。
本当はもしかしたらTだけど、Fっぽくなっちゃってる人もいるかもしれないですが、
少なくともそこの場ではFっぽいビヘイビアが多いので、
それは感情的で面倒くさいなこの人って思うよりは、
この人は感情ドリブンな能力の人だから、
こういうふうに付き合っていかないと、
私がトロッと言ったことがものすごく冷たくグサッとなっちゃったりとか、
私の淡々と喋る感じが相手に興味ないように見えるとかっていうのを感じちゃうんです。
勝手にそういう人って。
なのでちょっと配慮して、すごい共感するコメントを挟んでいったりとか、
そういう人ってだいたい自分の感情を理解してもらうのが好きなんで、
こうやって思っちゃいますよねっていうのをなんとなくゲス地と言って、
そうなんですよみたいな感じでボンディングするみたいなのとかをよく使ってて。
なのでそういう感情ドリブンの人に嫌われると厄介なんで、
嫌われないように諸手術みたいなところでも、
この人は何ドリブンの人かなとかっていうのはすごい気をつけてみてるっていう。
能力のところとまたそれますけど。
そんな風には。
なるほどね。
確かに。
良い悪いじゃないんですよ。
そうだね。
左利きと右利きないのぐらいの感じなのかなっていう気もしましたね。
そうそう、ほんとそんな感じですね。
そうそうそう。
か、視覚優位と聴覚優位の違いみたいな。
そうそう、全く。
そうそうそう。
それだけも。
情報のインプットなりアウトプットなりの手段とか。
アウトプットなりの手段の違いみたいな感じですかね。
そうそうそう。
そんな感じかなって思ってて。
だから逆に何かこう、思考ドリブンの人こそ正義って思ってる人とか、逆に何か、
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いや、女性にも多いんですけど、何か感情を理解できない女性なんて、
女性としてどうなのみたいな人とかは、私の中敵ですという。
いや、決めつける人っていうかね。
これはあなたの意見ですよね、でしょうか。
なんか、あなたはそう思ってるってことは分かりました、なんですけど、
別にその人が思考ドリブンだったとしてイコール冷たいとか、イコール良いってわけでもないし、
イコール悪いってわけでもないし、そこに変な意味付けをする人っていうのが一番厄介だと思ってて、
それは結構99.9%良かれと思って言っている。
相手のためにそういうのやめた方がいいよとか、もっとこういう風にした方がいいよっていうのって、
相手のことを思って言ってるから余計厄介なんですよ。
確かに。
だから、完璧主義やめた方がいいんじゃないとかは、ありがたいけど黙っててくれないからみたいな、
基本的にそういう素質ってやめられないくて、やめようと本人もしてもやっぱりできないところで悩んでるじゃないですか。
それをやめた方がいいよっていうアドバイスってある意味何の意味もないというか、
何もないんですね。
ただ否定するだけで終わっちゃうような気がするから、
それは自分対自分にも言えるなという気がして、
自分のこれまで築き上げてきたその気質みたいなのを、
なんかダメだとか変えようとするんじゃなくて、
じゃあそれをどこの場に自分を置いたらいい面が出せるんだろうっていう方に力を注いだ方がいいんだろうなというのは今聞いて思いました。
本当そう思いますね。
そこで言うと、自分の能力の特色みたいなところを能力の良し悪しだと勘違いして、
伸ばせるとか直せるって思い込んでる人がすごい多いなって思っていて、
私自身も昔ちょっとそこを思い違いしてたなってところがあって、
聞き手みたいな感じで変えられないんですよ。
だから聞き手を左手にした方がいいよとか言っても黙っときてるじゃないですか。
言ってることそれと同じなんですよ。
アプローチとしては右利きなのは分かったから、
でも両利きでいた方が何かと便利だから、
右手でしかできないことを左手でも若干できるようにしたらどうですかとか、
左利きでいきにくいとかあるんだったら、
右利きも聞き手としていざという時に使えるように鍛えておいたらどうですか、
だったらまだ分かる。
そこを変えるっていうのは結構人に安易に言うのも本当によろしくないなと思っていて、
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なので思い当たる人はぜひ心を温めていただきたいんですけど、
対子供とかだとよく言っちゃう人はいるのかな。
対大人は言わないけど子供だとめっちゃ言っちゃうとか、
相手が若いと言ったら治るんじゃないかなと言っちゃうとか、
あんのかなとは思うんですけどね。
やっぱりでもこの辺ってすごい、
教育、日本で教育をどう受けてきたかも結構根深いような気もしていて、
何々しないようにしなさいみたいな、
多分人と違うことをした時にみんなに合わせましょうだったりとか、
大多数の子あるべきみたいなものに違う人を教育するみたいな感じのも、
少なからず影響はしているのかなという気もしていたりするし、
その人が持っているものがみんな違うのを揃えるんじゃなくて、
じゃあそれをどう武器として使えるかっていう方にシフトするっていう教育はあんまりされてきてないような気がする。
その辺な気もするなぁと思ったり。
子あるべしみたいなのがわりと明確に決まってますからね。
ちょっとそのアドバイスを聞いて、
悩んでてもある意味しょうがないなというか、
変えられないものをどうして私は左利きなんだろうとか、
悩んでるのと一緒だなというのは思うとすごくしっくりきたので、
どうそれを強みとして変換できるかをちょっと考えたいなという素敵な機会でした。
はい、ありがとう。
本日は以上にしたいと思います。
ありがとうございました。