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みなさん、こんにちは。一億総子育てラジオ、通称おくいくラジオのたからんです。
このチャンネルでは、小中学生の子供を持つアラフォーパパが、子育てや働き方、日々の生活から得られた、ちょっとした気づきをシェアしていきたいと思います。
今、中1の娘がですね、体育の、学校の体育の授業のバレーボールをやった時に、月指、月指っていうかなんかこう、念座みたいになっちゃって、
指が、中指、右手の中指と薬指をなんかこう、ちょっと痛めてですね、今包帯でぐるぐる巻きになってるんですね。
で、まぁ、やっぱ利き手なんでね、あの生活がなかなかいろいろ大変になっちゃって、
で、で、ちょっと今朝、今朝とかもですね、娘がお風呂入るんで、入るんだけども、
娘が洗ってあげなきゃいけないんで、あの、一緒に入ってですね、髪の毛洗ってあげるっていう、なんか赤ちゃんみたいだ、みたいな感じで言ってました。
で、なんか、うん、で、で、さっきもちょっと出かける時に学校、ちょっと連れて行ったんですけど、自転車乗れなくて。
えーと、まぁちょっとその直前にですね、ちょっとパパ、紙、紙結んでって言うんですよね。
紙結んで、どうするの?って言ったら、こう、2手で1つに結んでって言うんですけど、
で、ぐるってこう後ろ向いてもらってですね、まぁもうなんかこう、中学にもなって娘の髪結むなんてことはね、なかなかないんですよ。
もう小学校中、もうしばらくないんですけども、保育園の時にね、毎日のようにこう、よくやってたのを思い出してですね、
おぉ、なんか懐かしいな、みたいな感じになって、三つ編みしていい?とか言ったら、ダメって言われたんですけど、
中学校で三つ編みしてる子いないか、みたいな。
なんかね、三つ編みとかね、あのー、なんすか、くるりんぱとか、ツインテール、くるりんぱって分かります?
あとあの、魚の骨、なんて言ったらいいんだっけ、フィッシュボーン、フィッシュボーンとか言って、なんか4つ、三つ編みは3つだけど4つに分けてやるんだったかな。
なんかね、いろいろ覚えましたね、昔ね。
あの、紙を結うおもちゃみたいなのがあって、それについてたこう、ガイドブックみたいなのを見てですね、娘の髪もいろいろやってましたけども、なんか超懐かしかったですね。
はい、そんな朝でしたけれども、今日のお話は、子供が今使える言葉で伝えようとしていることっていうテーマなんですけども、
子供の語彙力って言うんですかね、知っている言葉で思ったことを表現するって、大人が思っているよりも割と語彙力ってそんなにまだないから、
意外とこれだったら知っているだろうって言葉が意外と出てこなかったりしてるんですよね。
これは子供というよりね、自分の話なんですけど、自分が私の子供の時の話なんですけど、
あの、お母さんにね、私の母に、赤と白のかまぼこを食べたいって言ったんですよ。
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で、それ聞いて母親がですね、いいよいいよって買ってきてあげるって言って買ってきてくれて楽しみに待ってたんですけど、
買ってきたかまぼこがですね、お正月の時に買うような紅白の赤と白の赤いかまぼこと白いかまぼこっていうのとかだったんですよ。
で、そうじゃないよって言うんで、私泣いちゃったんですけども、
あの、私ササカマじゃない、カニカマが食べたかった。
あの、叫ぶやつ。叫ぶやつが食べたかったんですけど、カニカマって言葉あったのかな?わかんないですけど、子供の時その時知らなかったんですよね。
で、まあそれをね、そんな話を今家族にしたら、妻も、まあ子供たちもですね、最初に言ったら、
赤と白のかまぼこって言ったらそれ正月のやつだろって言って、おばあちゃん何も間違ってないって言われちゃったんですけど、
えーって思いながら、まあ何だろう、もうちょっと買ってきてもらえると思って楽しみに待ってたのが違ったって言って、何だろう、伝わんなかったっていう気持ちが結構ちょっと悲しかったんですよね。
で、子供の時って、物の名前とか状況とか感情を表す言葉ってやっぱりそんなにやっぱりまだ知らなくて、
知らない中で自分がこうやりたいんだとか、今こういう気持ちなんだ、あれが欲しいんだっていうのを伝えなきゃいけないんですよね。
で、それを伝えられないから、やっぱりまあイライラしちゃうし、悲しくなるしっていうんで、まあよく泣いたりするっていうことが多々あるだろうと思っています。
特に赤ちゃんなんかはね、もうそれこそゼロから始まって、言葉が分からずに、全ての感情の意味も分からずに、なんて表現したらいいかも分からずに、
暑いんだか寒いんだか苦戦いんだかこう、ね、っていうのも、お腹空いたっていうのも全部泣いてるわけですけども、ちょっとずつ言葉を覚えていって、
まあね、2歳3歳4歳ってなってくればだいぶ言葉も覚えてくるんだけど、
でも言葉、意外ともう喋れるようになると、結構ね、大人ももうだいたい分かってる風に勘違いしやすいんですよね。
子供も結構喋れるし、自分と同等、同等っていうかまあ同等に喋れてると思って、使ってる言葉はそれなりなんだけど、実はそんなに意味が分かってなかったりとか、
自分の考えてる範囲ってすごい彼らの範囲が狭くて、狭い範囲で喋ってるとか、伝わってなかったりとかっていうことがなんかよくあるんですよね。
なんか、いやいや気なんかまあ多分そんなのが強くって、自分はこうしたいんだとかこういう風にやりたいんだとか、
こう思ったんだっていうところが伝わらずに、
まあ親の、親の大人の都合というかね、ペースで動かなきゃいけないことへの不満も、どういう不満かも表せずにみたいな感じで、わきゃーってなっちゃうと思うんですよね。
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だからこう、子供が喋れないし、喋れるようになったとしても、その語彙の使い方っていうのはまだうまく使いこなせない中で、
今の状態で何を表現したいのかなっていうのは、こっちがめちゃくちゃ、親、大人がね、想像する、想像するというか、できない状態を想像するっていうのがすごく大事なんじゃないかなって思ってます。
具体的にはですね、自分が火星とかに行って、火星人の世界に入って行って、入って行った中で喋んなきゃ、伝えなきゃいけないってなった時に、
火星に1年住んで、動作とか火星語、単語を何となく分かった時に伝えようとして伝わらない感、みたいな感じなんじゃないかなって私はそういうふうに思うようにしてるんですけど。
そうすると結構きついじゃないですか。だからイエス・ノーの単語を多分覚えて何とかやってるくらいな感じだと思うんですよね、そういう時って。
2歳児とかまだそんな状態じゃないかなと思ってて。だからもうそういうふうにギャーギャーギャー言ってるのは、SOSと言いますかね、苦しんでるって言うか分かんないけど、もどかしい気持ちがあるんだというふうに思って、全然わがままとかそんなんじゃないんだよっていうことをやっぱり考えてあげた方がいいんじゃないかなっていう話でした。
やっぱり自分が宇宙人の中に入ってるって想像すると、なんかわかる気がしますのでちょっと考えてみてください。想像してみてください。子供の大変だねっていうふうに思うと思います。
今日も最後まで聞いていただきありがとうございました。私の知らない新しい世界を教えてくれるあなたの存在に感謝します。
皆さんにも新しい気づきのある毎日となれますように。タカランでした。それではまた会いましょう。