1. たからんの慮らないラジオ✨
  2. 言いたいことが伝わらないのか..
2022-09-09 08:25

言いたいことが伝わらないのかも知れないと思いながら人と接する #105


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皆さん、おはようございます。たからんです。
一応、草をくすられているラジオを始めたいと思います。
ここ最近ですね、スタイフとかSNSとかTwitterとかいろんなところで、
いろんなつながりが、少し新しいつながりができたりとかして、
いろんな方の配信とか言葉とか聞くことが多くなってきまして、
一つ一つに気づきといいますか、思うところが溢れてきてですね、
あっちにも返したい、こっちにも返したいというか、コメントしたいとか考え話したいみたいな、
いっぱいいっぱい出てくるんですけれども、
なかなか自分で発信する、全部で発信するチャンスがなかなか取れなくてですね、
もうちょっとその辺もやもやしてる、ここの通知図なんですけど、
一つ一つどこかでコメントできたらなと思っています。
今日は皆さんの言葉ではないんですけれども、
数日前に自分でツイートしたことについて話そうかなと思ってて、
自分、物を考えるとき、思考するときっていうのかな、
頭の中に言葉を思い浮かべますよね、
頭で喋るというか、
それって日本語じゃないですかって皆さん分からないけど、
私はもう日本人で英語も得意じゃなかったりすると、
頭の中に日本語が浮かんできて日本語を考えると、
お腹減ったなって考えるんですよね、
I'm hungryって考えないというふうに思ってて、
その時に、乳幼児って子供って言葉まだ知らないじゃないですか、
彼らは何を感じてるんだろうなって思うんですよね。
まだこれが熱いとか痛いとか、
そういう表現の仕方が知らないで、
体での表現も分からないけど、言葉も分からないけど、
分かったところで発声できないとかね、
多分分かってもするんでしょうね、
お母さんお父さんが喋ってるのを聞いて、
その時きっと覚えるんですよね、
これが痛い、これが熱いとか、お腹すいたとか、
そういうのが思うんだけども、発音はまだできないとかね、
そういうのはいろいろあると思うんですよね。
小学生くらいになってもまだまだ言葉を知らないことがいっぱいあって、
語彙の量っていうのは限られてるんで、
その中で言葉を自分で作って表現してると。
って思った時に、
例えば2歳とかですね、
2歳のやいやきってよく言われてるところ、
まだ言葉なんか分からないぐらいですよね。
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幼稚園というか5歳ぐらいになってきたとしても、
小学校低学年だったとしても、
結構喋れてるようで、
意味が分かってなかったりとか、
ちょっとずれてたりとか、
知らない表現だからこっちの表現で言ってるとか、
そんなことも結構あるんじゃないかなと思ってます。
それに対して大人、親とか大人って、
どうしてもどうしても、
分かってるように感じちゃうっていうのかな。
結構達者に喋るじゃないですか、
3歳ぐらいの女の子とかも。
もうなんか分かってるような感じに感じちゃうんだけど、
多分何も分かってないって言っちゃ悪いけど、
分かってないことすごい多くて。
その中で表現したり、
感触を起こしたりとか、
あるときあるのを、
ちょっとそれは見てあげないとというか、
そういう気持ちを察してあげないと、
子供ってきついよなって思うんですよね。
自分でどう表現したらいいか分からないってときに、
できないってなって、
言い出されてなるじゃないですか。
何やってるのとか、そうじゃないでしょ。
何が言いたいの、何が言いたいか分かんないんだよ。
何言ってるか分かんないんだよみたいな話になってると思うんで、
どうしてもそういうふうにイラッと親がしちゃうときって、
逆に結構子供はイラどころじゃない、
窮地に立たされてる可能性があるなっていうふうにちょっと思ったりしてます。
ツイッターのコメントにもいただいたんですけれど、
子供にね、何々したかったんだよねっていうふうに一言言ったら、
うんっていうふうにストーンと落ち着いて、
もうすぐに笑顔になったとかですね。
そういうこともあるので、やっぱり表現ができない。
表現ができないけど、表現してもらえればそうなんだっていう気持ちになれるってときがあると思うんですよね。
私はやっぱり、
分かんないこと、分かってない、表現できないもどかしさがあるっていうのを、
理解するというか、組むというか、
っていうのが、まず一つ子育てかなというふうに思ったりするんですけど、
結構それと実はそれ、子育てだけじゃなくて、
結構誰にでもそうなんじゃないかなって思うんですよね、大人同士でも。
見てる世界が全然違って、やってきた経験が全然違って、
知らない言葉だったりとかして、
そんな中で、使ってる言葉の表現のニュアンスが、濃度というか、
ちょっと違ったりもするかもしれないし。
その中、きっと分かんないとこあるよねっていうようなことを、
感じながら相対するということをしていかないと、
結構相手が知らないうちに、辛い思いをしているということがありそうだなというふうに思いました。
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だから私は、特に子供を育てて、小さい頃は、
自分が宇宙人、宇宙に行って、宇宙人と会話しなきゃいけなくなったときにどうすればいいの?
どういう状況になるの?っていうのを想像したりするんですよね。
こいつらに今、腹減ったっていうのをどう伝えればいいの?って。
分かんねえよ、みたいな。
分かんないよ、みたいなことになると思う、多分。
っていうのを想像しながらやったりしています。
あと想像だけじゃなくて、実は近い親戚の方に、
病気というか、脳梗塞で半身不遂になっちゃって、
言葉がしゃべれないというようなことになっちゃった方がいまして、
その人も車椅子でおしゃべりながら、言いたいことがあったんだけど、
言葉が出てこないというときに、すごいイライラした感じで、
バンバンバンって膝を叩いたりとかして、何か言ってこようとするんですよね。
その元気だった頃も知っているから、
そういうこんなふうにイライラしちゃうんだって思ったんですけど、
やっぱり言葉がうまく出せないときっていうイライラ感というか、
伝わらない、自分が言いたいことが伝わらない、
もしかしたら言葉がちゃんとあったとしても伝わらないことの辛さっていうのって、
すごくあるよなって思って、
そういうことをちょっと考えながら、
人と対立することができるといいのかなって思ったというお話です。
子どもの話からいろんなところまでバラバラとなっちゃったんですけども、
宇宙人と対話することを考えると、
少し優しくなれるんじゃないかなという、私の考え方のお話でした。
今日も最後まで聞いていただきありがとうございました。
私の知らない新しい世界を教えてくれるあなたの存在に感謝します。
皆さんにも素敵な日付のある毎日となりましたように。
タカランでした。
それではまた会いましょう。
08:25

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